4月になり、2,3月と続いた卒業設計講評会シーズンも無事終了。今年はたくさん回ったので、軽くおさらいしてみたい。
京都:Diploma x KYOTO '10
152作品。日本一決定戦をのぞくとおそらく日本で2番目に影響力のあるイベント。審査の様子は以前のエントリで書いた通りである。京大の学生たちは自分たちのスタイルを洗練させて関西のシーンをリードしてきたわけだが、今年の京都と仙台の審査結果は彼らのスタイルが洗練され、成熟し、それゆえにインパクトを失い始めたということなのかも知れない。軸を失った関西地区の学生はしばらく迷走するかも知れないが、そういうときにこそ新しいものが生まれるので来年以降の行方はむしろ楽しみである。
新潟:Session! 2010
33作品。新潟大の岩佐明彦さんが熱心に学生たちを指導しておられ、新潟大学、長岡造形大学など新潟地区の大学に加え、富山、金沢工業大学など北陸圏の学生が集まる。大都市の学生が美術館と集合住宅の提案が多いのに対し、地方都市の学生は地域活性化や商店街再生の提案が多い。故郷の商店街の再生を提案し、寂れ行く故郷への想いを語るうちに泣き出してしまう学生がいたり、メディア化した大都市のイベントが自分語りに終始しているのとはまた異なる雰囲気がある。
ここでは、順位を選ばず、審査員毎に設定したテーマをもとに作品を選定し講評する審査の形式が新鮮だった。審査員は持論を存分に発揮できるし、いろいろな審査の軸で討議するのでいろいろな学生の作品にコメントが行き渡る。やみくもに祝祭化せず、議論をじっくり盛り上げたい皆さんはこの新潟方式を参考にするといいと思う。ただし、今回は岩佐先生がしっかり場を仕切っていたからこそ機能していた側面は否めないので導入する際には先生や先輩など仕切り役をお願いする必要があるかも知れない。
熊本:(熊本大学3年生)
卒業設計ではないが、3年生の課題講評会。熊本大学の田中智之さんがこの時期に毎年開催されているそうだ。熊本中心部の寺町という都市形態のはっきりした街区に建築を提案するという方法論的で刺激的な課題にも関わらず、雑誌のイメージを程よくまとめたような作品が上位に選ばれており、何か問いかけても「私はこれでいいんです!」みたいな答えばかりでややのれんに腕押しの感があったが、学部3年生ということを考えると仕方ないのだろう。
打ち上げに集まったのは田中研の院生が多かったが、twitterを見て押し掛けてきた鹿児島大の連中が盛り上げてくれて楽しかった。鹿大では数年前に建築家の松永安光さんが退官され、意匠系の先生がいなくなった危機感から自分たちで主体的に活動するようになり、どんどん盛り上がってきたのだという。最後は熊大田中研の院生たちと夜中まで議論。九州各地から集まったノリのいい連中で楽しかった。ノリがよく、研究室の活動も盛んで、よく勉強している感じは信州大坂牛研の感じにも似ていた。頼もしい限りである。
名古屋:dipcolle
68作品。3年連続で呼んで頂いている。今年は来場者の票を審査員の票と並列に扱ってしまうなど(これは組織票がものを言ってしまうのと、ゲスト審査員に対して少々失礼なのでやってはいけない)、運営に多少問題があったが、審査員の人選のバランスもよかったので議論は充実していた。
ただ、昨年来少し気になっているのはdipcolleに参加している一部の学生たちが運営にあまり協力的でないと感じられたこと。イベントや今後の活動について聞くと「僕はFLATじゃないので」みたいなそっけないセリフが何度か返ってきた。聞くとFLATのメンバーは今、5名しかいないのだという。たった5名であれだけのイベントを仕切っていると聞いて逆に驚いたのだが、dipcolleの参加者はFLATの学生たちの努力のおかげでこのイベントが実現していることを自覚して、もっと主体的にこのイベントを支えるべきではないかと、余計なお世話ながら思ってしまった。
ただ、イベントそのものは作品も多く集まり、滋賀や栃木からも参加者があるなど東海地区の枠組みを超える盛り上がりができ始めているので、うまく宣伝すればもっと盛り上がるのではないかと思う。あとはそこに新潟や北海道のような一体感が生まれるかどうか。
JIA神奈川:卒業設計合同講評会
37作品。規模もそれほど大きくないので、じっくり話を聴いてから投票するポスターセッション方式で地方都市型の進行。傑出した作品はなかったが審査委員長の高橋晶子さんの采配が絶妙で議論はわりと盛り上がったのではないかと思う。学校名は伏せて発表されるのでフラットに眺められたのはよかったが、建築そのものというよりは背景の知識がやたら豊富で説明がうまく、そのわりには提案が建築的でない学生がたまにいて、それらはほぼSFCの学生だったのが印象に残っており、また考えさせられた。明治大、神奈川大、東海大の学生たちはプレゼや形態はうまいのだが、肝心のストーリーがイマイチな学生が多く、最優秀含めバランスがよいと感じたのは横浜国大の学生が多かった。
北海道:北海道卒業設計合同講評会
27作品。記念すべき第1回目。五十嵐淳さんを始めとする地元の若手建築家の皆さんのバックアップを受け、北海道中から集まった学生の団体である「北海道組」の主催で開催された。北海道組のとりあえずの目標が合同講評会の開催だったそうなので、本イベントの開催はひとつの達成であるが、参加者は予想よりも少なめだったとのこと。大学の一部の学生の間では「建築家とコネクションをつくっても仕方がない」みたいなシラケた空気もあるらしい。
卒業設計イベントで審査を行い、賞を出す目的は文学賞と同じくシーンをつくることであって、そのことで自分たちの活動をアピールし、活動の基盤をつくっていく社会的なプロセスの一部なのだと捉えるべきである。こうしたイベントを単なる個人のアピールの場と捉えてしまうのは実にもったいないのだが、今後イベントが繰り返されて行けば徐々に浸透して行くだろう。
今年優勝したのは北大の学生だったが、北海道の学生は全体になかなかレベルが高いと感じた。入賞者の皆さんは賞をもらって終わりということでなく、自分が受けた刺激を後輩に伝え、後輩の参加意識を育てるところから始めて欲しい。そうすれば来年以降のイベントはどんどん盛り上がるだろう。
その他、非常勤を務めさせて頂いている東京理科大理工学部の講評会も参加させて頂いた。地方都市の比較と言う観点からここでは詳細は割愛させて頂くが、今年の日本一を取ったつくばに石を並べた作品は票を入れたのでよく覚えている。確かに建築の提案というにはあまりにも抽象的だったが、なぜそれを提案するのかという根拠を語るストーリーがよかった。
こうしてみてくると、大都市型の祝祭化、メディア化した卒業設計イベントは均質化の弊害があるのではなく、むしろ学生同士を刺激し、表現を洗練させている。特に京大の学生たちのように技巧的に優れた模型表現は、こうした祝祭化のひとつの効用であろう。他方、そうした風潮を批判するかのような滋賀県立大の又吉君の極小模型が名古屋で最優秀賞を獲得したように、新しい流れも出てきている。地方都市では大学内部での評価を捨てて合同講評会での評価に賭ける学生など、卒業設計のメディア化が新しい流れを引き出す例もある。
となると、俄然問われてくるのは案そのもののインパクトよりも「何が語られるか」というストーリーであり、それらが語られる議論の場としての卒業設計イベントの設えのほうである。よく話すことだが、1995年以後の都市・建築をめぐる一番重要な変化は情報化と郊外化であって、そのリアリティを一番感じているはずの学生がそうしたテーマに取り組まず、いつまでも美術館だのモニュメントだの、旧態依然としたテーマにばかり取り組んでいるのは奇妙なことだ。郊外化の問題を情報化によって乗り越える、というように、積極的な提案も名古屋や札幌など一部の学生の間では少しずつ見られるようになってきた。これは卒業設計というイベント全体の成熟化であって、ようやく卒業設計の講評会が生産性のある議論の場に育ってきたということではないかと思う。
新潟や名古屋、北海道で少し議論になったが、それぞれの地方にコンテクストがあるのだからそれぞれの建築シーンというものを考えると面白いと思うのだが、案外そういう議論は少ない。大学の内部では「小都市の商店街再生」とか「廃墟に建つモニュメント」みたいなステレオタイプばかりが選ばれるため、郊外化に伴う都市問題とか、情報化に伴う現代の建築家の職能というようなリアリティのある問題はむしろあまり議論されないらしい。JIAではもう少し意匠の議論になるようだが、審査員を務める役員の世代の空気が支配してしまい、学生のリアリティからは距離が生まれるという声も聞いた。メディア化された大都市に比べて地方都市が地に足がついているか、というと一概にそうともいえないようだ。
したがって大学ともJIAとも異なる「合同講評会」のニーズとはメディアとのブリッジなのだが、「東京ではこういうものが流行っていますよ」という話をすればよいというわけではなく、訪問者の目でそれぞれの地方のリアリティをあぶり出しつつ、メディアとも接続するようなストーリーをその場所毎に構築する批評力が問われている。呼ばれたからといっていい気になって「好きなもの」を選べばよいというわけではなく、特に僕のような若手にはそれなりに期待される役割があるのだということは最低限自覚させられた。
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余談だが、こうしたイベントに出かけるとだいたい打ち上げがあり、いろいろな学生団体の乾杯の音頭をみるのが面白かった。スピーチを行う代表者の資質もあるが、聞き役のチーム全体が代表者を盛り立てる雰囲気がある団体はまとまりがあって、いい体制ができていることがよくわかる。全般的な傾向として、大都市の学生はふだん生意気な割にスピーチみたいなフォーマルなコミュニケーションはあまり上手くないのに対し、地方都市の学生はプレゼンテーションは素朴なのだが、意外なほどこなれたスピーチをする。地方の学生のほうが社会のヒエラルキーを体で覚えているのかも知れない。
ついでにいうと、土木やまちづくり系の学生のスピーチはもっと上手い。院生などは、即興でマイクを振られても皆こなれたスピーチをする。研究室の活動などでふだんから大人たちの間で揉まれているのでコミュニケーション能力が鍛えられているのだろう。
したがって、これから来年度の卒業設計イベントの準備をする学生たち、特に運営面での問題を指摘された京都や名古屋の学生たちはこれから打ち合わせとともに飲み会をどんどんやり、それもサークルノリで適当に盛り上がるのではなく、全員が順番でスピーチをやるようなフォーマルなノリで進めてはどうか。そうやって普段から練習すれば本番のイベントもぐっと引き締まり、シーン全体が盛り上がって、自分たちの将来も描きやすくなるのでは。
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というわけで今年もいろいろなイベントに呼んで頂き、勉強になりました。17日には神戸大学の講評会があるが、ここで一旦総括としたい。呼んで頂いた皆さん、ありがとうございました。
fujimura