永山祐子展、無事オープンしたようで、おめでとうございます>キュレーター氏。こちらではオペラシティギャラリーで開催中の「伊東豊雄 建築|新しいリアル」を見てきたので感想を。
まず会場構成について。展示は以下のようになっていました。
SPACE A:最近のテーマである「エマージング・グリッド」というコンセプトについて解説
SPACE B:「物質」をテーマに、1/1の図面、TOD'Sの1/1モックアップなど
SPACE C:伊東事務所の歴史について、関係者へのインタビューを交え、年表形式で総括
形而上(概念)/形而下(空間)/年表と、かなりオーソドックスな三部構成でした。建築関係以外の人にもわかりやすい感じ。
SPACE Bで壁面のTOD'Sの実物大模型を見て思い出したのが、GAギャラリーで開催された「Alchitecture展」。アルミ建築をテーマにした展覧会で、吹き抜けのところの大きな壁面に1/1の断面模型がありました(よね)。
それを作ったのは何を隠そう私(と友人H)です(威張ることではないが)。伊東事務所のオープンデスクに呼ばれて行ったら、中山さんに「フローニンヘンのアルミの家の実物大断面模型を1/1で作って下さい」と言い渡され、大量のアルミレンガの断面をひたすら切り抜きました。事務所に場所がないということで、自宅に持ち帰って製作したり。
床に並べるはずが、あるとき伊東さんの鶴の一声で壁に吊ることになって、本当に断面を切ったみたいにしようと、スタイロフォームとか、床の断面の根太とか、フローリングとか切って並べました。模型はバラバラのアルミレンガを繋いでいるので精度が出にくかったり、全体を吊っているので垂直を出すのが難しかったりで設営にすごく時間がかかったなあ。設営後、なんとか締切に間に合ってみんなでほっとしていると二川幸夫氏が現れて、車の断面がそうみえなかったらしく、「これ何?」「車です」「・・・あんまり、センスないな」と言われて一同がっかりしたり。懐かしい思い出です。
そのときはアルミの薄さが本当に「薄い」ということを示すという命題があり、「1/1でなければダメ」「断面は垂直面でなければダメ」という具合に、物質性とか空間性をそのまま表現する、というのが展示の趣旨でした。今考えれば、ちょうどその頃「せんだい」の生々しい現場が進行していたわけで、伊東さんの考えが概念的、比喩的なものから、より物質的、空間的なものへと、ドラスティックに変化しつつある頃だったのでしょう。
今回の会場構成は、その分節がSPACE A(概念)とB(空間)の間でより明快なものとされていて、それはまた、伊東さんがずっとこだわっている「ふたつの身体」をそれぞれフォローするものとなっています。
SPACE Cは、細長い空間に年表が並び、ドキュメンタリーがそのまま空間化されたような展示となっており、これもオーソドックスだけどとても見応えがありました。泉さんが初めてメキシコ出張に出かけたときの話など、なかなかドラマチック。そのほか、佐藤光彦さんの「かつては伊東さんのスケッチを楕円に置き換えたりしていたのが、最近はそのままになってきている」というコメントが、伊東建築の変化を端的に要約しているような気がしました。
展示全体を通じて、本質的な問題はただひとつ。「『生成』が比喩ではなく現実の空間を設計する原理となるかどうか」が繰り返し問われています。1970年代以降、伊東さんの言説は、概念と空間の境界(=今回の展示でいうSPACE AとBの境界)が無くなる状態を目指し続け、それができなかった(「建築」になってしまった)と限界を告白する、ということの反復でした。しかし、「せんだい」が竣工した2000年代以降、プラクティカルなレベルで両者がどんどん近くなってきているという加速度を感じます。
SPACE Aで展示されていた「台中」の模型のフラットな床と、SPACE Bの3次曲面の床の孔。両者は何か共通する異物感を持っています。あれがなければ、もっと空間が概念に近づき、概念は空間に近づくのではないか。そう思った人は多いはずです。個人的には、サーペインタイン・ギャラリーのフラットバーに腰掛けて本を読んでいる人々の光景(構造と家具の融け合った状態)に、何か突破口があるように感じました。
fujimura