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論文のリズム/建築と教育/建築の図式性


4日、朝は事務所で定例。東授業は休講。16時からゼミ。卒論が大詰め。

5日、終日仕事。

6日、事務所→塚本研ゼミ。

7日、朝イチで工務店訪問。打ち合わせ。近所にある現場を回るなどして、事務所に戻って打ち合わせ、17時、大学へ。卒論の提出へ向けて大詰め。3人の卒論生のために、15人近い先輩が総出で作業している。M1の学生が作ってくれたカレーがうまい。結局徹夜。つかもと師も徹夜。

この間、梗概のチェック→修正が無数に繰り返される。言葉が入れ替わり、図版が入れ替わり、論がどんどん進化していく。8ヶ月近く見てきた論文だが、80%くらいはこの日に進化するのではないかと思えるほど充実した時間。

つかもと師が文章で引っかかるポイントは「主語述語をはっきりさせろ」「淡々と述べろ」「繰り返しを無くしろ」のいずれかなので、頭で論の内容をフォローしていなくても、3つのうちどれかを予測的に当てはめ、言葉にするとだいたいOKが出る。つかもと師が「俺は坂本研のゼミ中ずっと寝ててもシャープなコメントができた」とよく自慢していたが、要は「論のリズム」のようなものをつかめるかどうかだと思う。それが論文の全てだとは思わないが、論の流れをつくる(読む)ために必要な感覚であることは確か。あるベテラン不動産コンサルの人が「税金でも家賃でも、話しながらだいたい適当に数字を載せていくと計算ができあがる」と言っていたが、ひょっとしたら近い感覚かも知れない。

2人目の3回目のチェックが終わった明け方5時過ぎ、力尽きて机上にて睡眠。言葉に集中していると、体というより頭の芯が疲れる。横ではつかもと師も突っ伏している。

9時、全員起きて再び梗概チェック。序論から順に読み合わせながら、言葉のひとつひとつを確認していく。程なくして「俺、序論と結論だけ見ようかな。」とつかもと師。せっかく全体の完成度を上げようと皆で頑張っているのに嫌なこと言うなあと思ったら「昔、坂本先生がそう言っていて『なんて嫌なことを言うんだ』と思ってたけど、最近はその気持ちがわかる」とのこと。ちょっと見透かされた気分と、妙な説得力。

提出間際、研究室のメンバーが一致団結して、奇跡的な作業効率を発揮する。12時、最後まで落ち着かないままに梗概が完成し、3人とも無事提出完了。A3用紙1枚に膨大な労力がつぎ込まれ、3つの論文がかたちを成した。

提出後、皆で近所のイタリアンレストランまで歩き、ランチ。塚本研では「梗概提出後のイタリアン」がいつの頃からか恒例になっている。興奮冷めやらぬうちに今年の論文の出来を振り返るこの時間は、いつも楽しい。4年生Kが3人を代表してお礼のスピーチ。素直な感謝の辞ではあったが、内容はまだまだ練習が必要だな、後輩Kよ。

事務所に戻り、打ち合わせ。夕方、明治大学での坂本先生のレクチャーへ。徹夜明けで少々疲れていたのだが、出かけることにした。明治の連中は活発なので事務所に手伝いにきてもらったり、レクチャーや勉強会などいろいろなところでよく会うのだが、彼らの勉強する環境を一度見たいと思っていたのと、事務所のスタッフにも一度坂本先生の話を聞かせたいと思っていたこともあった。

レクチャーのタイトルは「建築のつくりかた」。設計手法が主題のようだが、坂本先生らしく内容の厳密な定義に従って「散田の住宅」から順番に振り返る。住宅作品の説明に「包含関係」とか「隣接関係」とかが普通に出て来るが、聴衆はどのように受容するのだろう。詳細はまた機会を改めてレビューしたいが、「新作発表と裏話」に終始する日本人建築家のレクチャーとは大いに異なる、とても刺激的で、かつ自分の頭の中が整理されるような、論理的な一貫性に満ちたレクチャーだった。

終了後の懇親会で田路先生とお話する機会があり、田路研で行われる実施設計はどのように進むのか訪ねたところ、「学生の案は実施では大概使えないけれど、彼らが『自分で考えた』と思えるようにうまく誘導する」と教えてくれた。話を伺いながら、この田路先生の人柄こそが、学生が萎縮すること無く、伸び伸びと成長させるポイントなのだろうと感じた。最近明治大出身の若手建築家が活躍しているのも頷ける。

帰り道は事務所のスタッフや2年生も一緒だったこともあり、建築と教育の関係について考えさせられる。このところ論文につきあっていたせいかも知れない。

9日、終日仕事。論文でロスした分を取り戻す。

10日、後輩Iに車を出してもらい、F事務所のM、塚本研のNとともに保坂猛さんの「アクリルの家」のオープンハウスへ。アクリルによって、目地、方立といった建築的な部位が消去された、巨大で透明な開口が新鮮。とくに外からの見え方は面白く、斜めから近づいて見ると、めらめらしたテクスチャーも相まって、「境界面」を強く感じる。

躯体は合板+FRPなので、テラスも含めて枠とか立ち上がりなどのディテールがほとんど省略されているのに加え、「座れそう」とか「隠れられそう」というヒューマンなジェスチャーが開口部周りから限りなく消去されていることもあり、きわめて建築の図式性が強調された構成となっている。そういう意味では素材よりも全体の構成の論理が気になる建築。

その明快さに頷く一方で、そこまでして図式を指向する必然性とは一体何だろうとも考えさせられる。それは設計をしていて、大野さんといつも議論になるポイントでもある。もっとも、現代は構成の論理よりも素材の並びが前に出て来る時代だし、ここでも「4周に開く」なんていう図式は便宜的に用いられているのに過ぎないのだろうけれども。今回に限らず、大野さんが関わる一連の作品には水平連窓が多いが、いつかじっくり分析して位置づけてみたい。

今週もこんな感じでした。

fujimura

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2006年12月11日 22:36に投稿されたエントリーのページです。

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