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2007年08月 アーカイブ

2007年08月01日

建築のコンピュータライゼーションを考える

27日、羽田よりSKY便で神戸へ。神戸空港を初めて利用。片道10,500円は新幹線より安い。あっと言う間に神戸上空へ。眼下に淡路島が見えると思ったら、明石海峡大橋あたりを東へ向けてターンして、須磨浦公園、和田岬をかすめて西から滑り降りるように着陸。

小さな空港で降りるとすぐポートライナーの駅があり、そのまま三宮へ。神戸新聞会館が「ミントビル」というビルに建て変わっていた。ミント色のタイルが評判いいらしい。そういえば阪急会館もきれいな緑色だったが、今は見る影も無い。丸いアーチから出て来る阪急電車のカッコよかったこと・・・。

阪急六甲の伯母宅へ立ち寄る。震災後、だいぶ建て変わったものの、この街の明るさはいつ来てもとてもいいと思う。僕にとって神戸という街は都市性の象徴。埼玉のような郊外にはない心地よさがあって、それは何かとずっと思っている。

伯母宅を後にして、阪急電車で大阪へ。震災後、特急が岡本に停車するようになったことには驚いたが、最近は夙川にまで停まるのですか。ビクーリ。

神崎川駅で下車し、dot architectsの家成さんと待ち合わせ。川を渡り、dotのオフィスへ。広くて明るくて、オシャレなオフィス。スライドの打ち合わせをして、心斎橋へ。歩きながらレクチャーとトークの方向性を話し合う。話しながら、「超並列性」「超線形性」をキーワードにすることにした。あっという間に開始時刻となり、「建築のコンピュータライゼーションを考える」を開始。

最初はdotが「超並列性」を、僕が「超線形性」を軸に自作を紹介。設計プロセスにおけるコンピューター的思考の可能性をプレゼンテーション。質疑応答はとてもたくさんの質問を頂いた。議論の軸を明快にするために「並列/線形」「スケッチ/模型」といった対比をつくったのは、うまく行ったのではないか。個人的にはdotの設計プロセスについて知れたのは面白かった。

最後につかもと研の先輩カガワ氏に質問を求めたところ、「こういう設計プロセスを経て、いいことは何ですか」とちゃぶ台をひっくり返されてしまい、若干しどろもどろのまま終了。

終了後の飲み会は同世代の建築家やデザイナーがたくさん集まり、とても楽しかった。俊さんの一言に皆が一斉に突っ込む。関西的なノリについていけず、やや唖然としつつも、ものすごく仲が良くて互いに刺激し合っている様子が手に取るようにわかった。今回はこちらが一方的に作品を紹介しただけだったが、皆で集まって作品を発表し合うプチ学会のような催しをやったら盛り上がるのでは。これからも絡んでいければと思う。
fujimura

2007年08月10日

国境と建築/AMOレニエ・デ・グラーフ氏レクチャー

7月28日、三宮で高校時代の友人Nと待ち合わせ。昼飯を食いつつ近況を話す。15:00家成さんと待ち合わせ@梅田。昨晩のレクチャーのことを話し合う。いろいろ寄り道したりしつつ、アーキフォーラムへ。

今回が今年のシリーズ「国境と建築」第1回目で、この日は岡部明子さん。やまさきさんが趣旨説明等。

デンマークとスウェーデンの国境=エレズンド、ヘルシンキとタリン=タルシンキ、ルクセンブルグとルール、ウイーンとブラチスラバ等、ヨーロッパの国境付近で連携する都市群の動きを紹介。「国境が揺らぐ欧州空間をいかにデザインするか」「変質する国境に都市や建築は空間的にいかに呼応するか」というヨーロッパにおける建築の課題を紹介。

岡部さんはレクチャーの最中に「ヨーロッパ空間」という単語をよく使っていた。日本にいながら「アジア空間」を意識することはあまりないが、ヨーロッパに滞在するとよくわかる。ベルラーヘにいた頃は、コールハースがWIREDの乗っ取り編集をやって「空間」をテーマにビジュアルな世界地図を大量に発表した頃で、みんなが政治と空間の関係に向かって議論しているようにすら感じられたものだ。

「国境と建築」にふさわしい、ナイス人選でした。>やまさきさん

31日、レニエ・デ・グラーフのレクチャー@森タワー49階。最初は「8年の歳月がかかった」というベルリン大使館(2004)の写真を見せつつ、「それほどの歳月とコストを掛けてまで実現したいという建築の経済性とは何か」と問いかける。そして、「建築家の仕事がどれだけ『考える』ということに傾注したかご覧頂きたい」と畳み掛けレクチャー開始。

まずAMOの紹介。IKEA、AUDI、VWなど、有名企業からのオファーに対し、「建築を『巨大な広告』という以上に根付かせるためには?」と思考したことがAMO設立のきっかけとなったこと。オランダ政府からスキポール空港についてのリサーチを依頼され、徐々に全体的な戦略にシフトし、EUのブランディングへと拡大していったこと。その後2001年の同時多発テロをきっかけとして、仕事の大半がEU・アメリカだったのが、EU・アジアにシフトし、グローバリゼーションの牽引役が英米でなくなったことなど。

現在ではOMAのプロジェクトの大半が民主主義的ではない国に集中し、売り上げの35%を占めるのがUAEでのプロジェクトなのだという。その後はドバイでのOMAのプロジェクトの紹介等。

レクチャー後、後半はつかもと師とのセッション。「建築のオーセンティシティについてどう思いますか」と、思想を共有しようと手を差し伸べるつかもと師と、全然取り合わず実務的な答えばかり述べるレニエ氏。

コールハースは、建築のオーセンティシティ(正統性)にこだわっていて、最近のヨーロッパの若い世代(MVRDVとかPLOTとかのことか?)の提案に対し、「オーセンティシティが足りない」と批判しているのだという。コールハースはおそらく、グローバル資本主義に乗ってアイコン的に建築が消費されていくなかで、建築の正統性こそが建築家の構えをつくると考えているのだろう。その文化的基盤があるがゆえにOMAのアイロニーは成立する。

つかもと師はおそらく、レニエ氏とその問題を共有したかったのだろうが、良くいえば実務的、悪くいえば場当たり的で哲学のない人のようだった。

質問タイムとなり、「OMAのなかでのAMOの机の配置を教えて下さい」と聞く人がいて、マニアックな人だなと思ったら松田達さんだった。レニエは「えーと。長方形ですねえ・・・(笑)」とややシニカルな応対。

感想としては、グローバリゼーションに批判的に介入しようとするAMOの活動は興味深いが、それをアイロニーでしか表現できていない最近のOMAの活動はあまり刺激的なものではない。ドバイの話も中国の話も、「建築的思考」というよりも状況報告的であり、その意味で特に刺激的なものではなかったように思う。

対象が刺激的だけに、レクチャーから得るものに少々物足りなさが残る。
fujimura

2007年08月22日

ツール・ド・三浦半島(前編)

お盆休みの13日、深夜ランニングに飽き始めた後輩K(23)が自転車を購入したことをきっかけにサイクリング部が結成されたため、久しぶりにツーリングに行くことに。行き先は三浦半島がいいのではということで、横須賀に決まる。

前日、ひさしぶりに自転車を取り出したところあまりの調子の悪さに愕然。タイヤはパンク、チェーンは錆び付いており、滑りが悪い上にシフトチェンジするとすぐに外れる始末。全く自転車として機能していない。仕方がないのでパーツ等を諸々買い揃え、調整を試みる。久しぶりに没頭するメンテナンス作業は楽しい。

・・・とはいうものの、久しぶりに慣れないチェーン交換などした結果、うっかり手順を間違えて失敗。予備のピンはなく、夜中にチェーンのピンを売っている店などなく、万事休す。参加をあきらめかけたが、多少の手先の器用さを頼りになんとかリカバリーし、交換成功。なんとか準備を整えたがいろいろ手間取り、結局睡眠時間2時間+朝食抜き+若干の遅刻で大岡山駅に集合。既にタイヤの空気が抜けており、横須賀どころか、川崎までも行ける気がしない・・・。

メンバーは後輩Kのほか、H部、K笹の4人。K笹は杉並から東工大までチャリ通学していたとかで装備が本格的。KとH部はビギナーらしい。僕は一応チャリ部だったが・・・自転車はガタガタだし、体力的に既にきつい。環7から第2京浜に入ったところで早くも置いていかれ、年齢差が空間化される。

後輩K笹が順番を替わってくれ、先頭となって進むもやがてバテバテとなり、超スローで鶴見川を渡る。すぐ横の歩道を老人がママチャリで追い抜いていく・・・。我ながら情けないが、足に力が入らず1パーミルでも勾配があると全然スピードが出ない。後輩達は優しくついてきてくれる・・・。

なんとか横浜へたどり着き、関内のローソンで休憩。やや回復。空腹を満たしたので少し調子が出たが、やがて登り坂となってバテる。

金沢八景で昼になり、昼食@某ファミレス。カロリー重視でガッツリと。クーラーとかソファーとか氷水とかが異様に心地よい。「ファミレスには公共性がある」と主張するH部。

注文待ちの間に自転車のメンテなど。ドロドロの格好のまま集団で行動するこの感覚かなり懐かしい。

昼食+メンテで体調+自転車ともようやく調子が出てきた。灼熱の16号を横須賀目指して南下。危うい路肩を走りながら、自転車専用道を造って欲しいと切に願う。路線バスなど、構わず寄せて来るので実に危なっかしい。「『曖昧な空間』など不要、現代都市は機能主義的であるべき」とひとり心の中で若手建築家批判など展開しているとやがてトンネルが現れる。

トンネルは非日常の象徴・・・。短めのトンネルをリズミカルに抜けていく。

4つか5つ目のトンネルをくぐると、急に視界が開けた。左側に海、前方によこすか芸術劇場(丹下健三)が見える。横須賀に来るのは高校生の時以来かも知れない。懐かしい。坂を駆け下りる。・・・ゴールはもうすぐだ。(続く)
fujimura

2007年08月23日

ツール・ド・三浦半島(後編)

自転車を三笠公園に止め、東京湾唯一の自然島である猿島へ。フェリーで海を渡る。非日常的である。

猿島のビーチはかなりの混雑。それでも施設がいろいろ整備されており、便利である。太陽が照りつけ、猛暑。海の家でレジャーシートとパラソルを借り、海へ飛び込む。泳ぐというよりは体をほぐす、的に。遊泳禁止のブイまで往復し、昼寝。後輩諸君は浮き輪を借りて遊んでいる。

16:00になり、帰りの船は長蛇の列。横須賀側に戻り、とりあえず海軍カレーを魚藍亭にて食す。後輩K笹の頼んだイカスミカレーが異様な辛さ。

食事を終え、帰路につく。体が軽くなってきて、16号を快調に飛ばす。トンネルをいくつかくぐり、金沢文庫。磯子の高層マンション群を抜け、運河沿いを登っていく。このあたり空間の広がり方が、なんとなくオランダの風景に似ている。

あっという間に横浜市内。信号が多く走りにくい。

桜木町駅前のコンビニで小休止。クーラーが異様に寒く感じる。ほどなくして動きだし、そのまま国道15号(第一京浜)を飛ばして鶴見。蒲田から環8に折れる。

最後の環8が長かった。チャリ部の合宿で東工大から羽田へ向かうときにこの道を通ったときのことなどを思い出す。あれからかれこれ10年近い。風景はあまり変わらない。自分は変わっただろうか・・・などと考えていると田園調布で曲がるタイミングを間違えそうになる。

ようやく自由が丘にたどり着く。心地よい疲労感を感じつつ飲んだ打ち上げのビールが旨すぎる。後輩Kは「あと30kmは走れますね」などと相変わらず余裕をかましている。

4人で長かった行程を振り返りつつ、今後の継続的な活動の構想を語る。もう少し調子を上げて、峠越えなどしたいものだ。(完)
fujimura

2007年08月31日

議論してものをつくる世代

8月後半は原稿、決算、学会、論文等重なり異様なプレッシャー。せっかく確保した事務所の夏休みも、自転車旅行から帰ってきた翌日から仕事・仕事・仕事。

14日、せっかくの夏休みなので、図書館に行く。丸1日体を動かした反動で、異様に作業がはかどる。

19日、事務所再開。朝8時に出社。始業前に2時間ほど集中できるのはよい。特に原稿は集中する必要があるので朝しか出来ない。

この日からオープンデスクのメンバー入れ替え。2週間完全交替制も定着してきた。新メンバーで自己紹介など。

午後のお茶の時間(15:00)に学生達と話す。ある学生から「新建築出てましたね」と言われたので感想を求めたところ、「痩せたなと思った」などと顔写真の話しか出て来ない。よくよく聞いてみても、書いてあることは「よくわからない」という。

昨今の学生諸兄に議論を呼びかけてもあまり反応がないことには慣れているつもりだが、それはなぜだろうと思って聞いたところ「単語がわからない」という。新建築8月号の藤本壮介さんへのインタビューの最後で「コンポジションとコンテクスト」をめぐって質問を投げかけているのだが、その学生は「コンポジション」も「コンテクスト」も意味がわからないのだという。

私:「コンテクスト」の単語の意味くらい知っているだろ?
学生:え・・・「文章(´Д`)?」
私:それは「テクストΣ(´д`;)」

どうりで東工大で学生にレクチャーの感想を聞いても「藤本さんって堂々としてるんですね!」とか、「石上さんってよくしゃべるんですね!」とか、表面的な感想しか言わないわけだ。最初は遠慮しているのかと思ったが、どうも本当にそのような感想を抱いているようだ。

Table of Youthにしても、フリーペーパーにしても、読者の9割くらいは顔写真と経歴しかみていないのではないか。とすれば、なんとなく薄い彼らのリアクションにも納得がいく。

考えてみれば、今の建築界に「議論してものをつくる」というロールモデルがなさ過ぎて、イメージがわかないのかも知れない。そもそも議論とは「互いの前提を明らかにすること」だが、あちこちでみかける野武士世代の某巨匠らの対談のように信念を吐露し合う(過剰にぬるい)か、「朝まで生テレビ」のように唾を飛ばして論争する(過剰に熱い)イメージしかなく、ものを作ることと考えることがすんなりと結びつかない人が多いのかも知れない。

少し絶望的になりつつも、この日から彼らとは、建築についての議論を求めることを止め、「なぜ議論するのか」「どうやって議論するのか」という、「議論することの意味を議論」することにした。彼らなりに僕の言っている意味を理解してくれているとは思うが、道のりは険しい。

そんな日の夜、東工大3年生の鎌谷、山道、小林が来社。昨年設計の授業でアシスタントをしたときに出会った連中で、設計でも目立ちつつ、建築以外の知識も豊富で、議論もでき、なかなかバイタリティがある若者たちである。

1986年生まれの彼らは、我々の「76世代」に対抗?して「86世代」を名乗り、この夏から興味を持った人に手当たり次第インタビューをとってサイトで公開するという、前のめりな活動を始めた(space journal)。

やや肩肘張っているとはいえ、問題意識が明確で、文章もなかなかうまい。何よりも建築が好き、というまっすぐな感じがとてもいい。

彼らには是非、「議論してものをつくる」というあたりまえのロールモデルを、同世代の連中に向けて示して欲しい。そうすれば、トートロジーに満ちた日本人建築家たちの議論も、少しは変わるのではないか。

元気な後輩達に刺激され、自分のやるべきことも見えてきた。今後の展開に期待したい。
fujimura

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