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国境と建築/AMOレニエ・デ・グラーフ氏レクチャー

7月28日、三宮で高校時代の友人Nと待ち合わせ。昼飯を食いつつ近況を話す。15:00家成さんと待ち合わせ@梅田。昨晩のレクチャーのことを話し合う。いろいろ寄り道したりしつつ、アーキフォーラムへ。

今回が今年のシリーズ「国境と建築」第1回目で、この日は岡部明子さん。やまさきさんが趣旨説明等。

デンマークとスウェーデンの国境=エレズンド、ヘルシンキとタリン=タルシンキ、ルクセンブルグとルール、ウイーンとブラチスラバ等、ヨーロッパの国境付近で連携する都市群の動きを紹介。「国境が揺らぐ欧州空間をいかにデザインするか」「変質する国境に都市や建築は空間的にいかに呼応するか」というヨーロッパにおける建築の課題を紹介。

岡部さんはレクチャーの最中に「ヨーロッパ空間」という単語をよく使っていた。日本にいながら「アジア空間」を意識することはあまりないが、ヨーロッパに滞在するとよくわかる。ベルラーヘにいた頃は、コールハースがWIREDの乗っ取り編集をやって「空間」をテーマにビジュアルな世界地図を大量に発表した頃で、みんなが政治と空間の関係に向かって議論しているようにすら感じられたものだ。

「国境と建築」にふさわしい、ナイス人選でした。>やまさきさん

31日、レニエ・デ・グラーフのレクチャー@森タワー49階。最初は「8年の歳月がかかった」というベルリン大使館(2004)の写真を見せつつ、「それほどの歳月とコストを掛けてまで実現したいという建築の経済性とは何か」と問いかける。そして、「建築家の仕事がどれだけ『考える』ということに傾注したかご覧頂きたい」と畳み掛けレクチャー開始。

まずAMOの紹介。IKEA、AUDI、VWなど、有名企業からのオファーに対し、「建築を『巨大な広告』という以上に根付かせるためには?」と思考したことがAMO設立のきっかけとなったこと。オランダ政府からスキポール空港についてのリサーチを依頼され、徐々に全体的な戦略にシフトし、EUのブランディングへと拡大していったこと。その後2001年の同時多発テロをきっかけとして、仕事の大半がEU・アメリカだったのが、EU・アジアにシフトし、グローバリゼーションの牽引役が英米でなくなったことなど。

現在ではOMAのプロジェクトの大半が民主主義的ではない国に集中し、売り上げの35%を占めるのがUAEでのプロジェクトなのだという。その後はドバイでのOMAのプロジェクトの紹介等。

レクチャー後、後半はつかもと師とのセッション。「建築のオーセンティシティについてどう思いますか」と、思想を共有しようと手を差し伸べるつかもと師と、全然取り合わず実務的な答えばかり述べるレニエ氏。

コールハースは、建築のオーセンティシティ(正統性)にこだわっていて、最近のヨーロッパの若い世代(MVRDVとかPLOTとかのことか?)の提案に対し、「オーセンティシティが足りない」と批判しているのだという。コールハースはおそらく、グローバル資本主義に乗ってアイコン的に建築が消費されていくなかで、建築の正統性こそが建築家の構えをつくると考えているのだろう。その文化的基盤があるがゆえにOMAのアイロニーは成立する。

つかもと師はおそらく、レニエ氏とその問題を共有したかったのだろうが、良くいえば実務的、悪くいえば場当たり的で哲学のない人のようだった。

質問タイムとなり、「OMAのなかでのAMOの机の配置を教えて下さい」と聞く人がいて、マニアックな人だなと思ったら松田達さんだった。レニエは「えーと。長方形ですねえ・・・(笑)」とややシニカルな応対。

感想としては、グローバリゼーションに批判的に介入しようとするAMOの活動は興味深いが、それをアイロニーでしか表現できていない最近のOMAの活動はあまり刺激的なものではない。ドバイの話も中国の話も、「建築的思考」というよりも状況報告的であり、その意味で特に刺激的なものではなかったように思う。

対象が刺激的だけに、レクチャーから得るものに少々物足りなさが残る。
fujimura

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2007年08月10日 22:18に投稿されたエントリーのページです。

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