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議論してものをつくる世代

8月後半は原稿、決算、学会、論文等重なり異様なプレッシャー。せっかく確保した事務所の夏休みも、自転車旅行から帰ってきた翌日から仕事・仕事・仕事。

14日、せっかくの夏休みなので、図書館に行く。丸1日体を動かした反動で、異様に作業がはかどる。

19日、事務所再開。朝8時に出社。始業前に2時間ほど集中できるのはよい。特に原稿は集中する必要があるので朝しか出来ない。

この日からオープンデスクのメンバー入れ替え。2週間完全交替制も定着してきた。新メンバーで自己紹介など。

午後のお茶の時間(15:00)に学生達と話す。ある学生から「新建築出てましたね」と言われたので感想を求めたところ、「痩せたなと思った」などと顔写真の話しか出て来ない。よくよく聞いてみても、書いてあることは「よくわからない」という。

昨今の学生諸兄に議論を呼びかけてもあまり反応がないことには慣れているつもりだが、それはなぜだろうと思って聞いたところ「単語がわからない」という。新建築8月号の藤本壮介さんへのインタビューの最後で「コンポジションとコンテクスト」をめぐって質問を投げかけているのだが、その学生は「コンポジション」も「コンテクスト」も意味がわからないのだという。

私:「コンテクスト」の単語の意味くらい知っているだろ?
学生:え・・・「文章(´Д`)?」
私:それは「テクストΣ(´д`;)」

どうりで東工大で学生にレクチャーの感想を聞いても「藤本さんって堂々としてるんですね!」とか、「石上さんってよくしゃべるんですね!」とか、表面的な感想しか言わないわけだ。最初は遠慮しているのかと思ったが、どうも本当にそのような感想を抱いているようだ。

Table of Youthにしても、フリーペーパーにしても、読者の9割くらいは顔写真と経歴のみしかみていないのではないか。そう考えると、なんとなく薄い彼らのリアクションにも納得がいく。

考えてみれば、今の建築界に「議論してものをつくる」というロールモデルがなさ過ぎて、イメージがわかないのかも知れない。そもそも議論とは「互いの前提を明らかにすること」だが、あちこちでみかける野武士世代の某巨匠らの対談のように信念を吐露し合う(過剰にぬるい)か、「朝まで生テレビ」のように唾を飛ばして論争する(過剰に熱い)ものだと勘違いしている人が多いのかも知れない。

少し絶望的になりつつも、この日から彼らとは、建築についての議論を求めることを止め、「なぜ議論するのか」「どうやって議論するのか」という、「議論することの意味を議論」することにした。彼らなりに僕の言っている意味を理解してくれているとは思うが、道のりは険しい。

そんな日の夜、東工大3年生の鎌谷、山道、小林が来社。昨年設計の授業でアシスタントをしたときに出会った連中で、設計でも目立ちつつ、建築以外の知識も豊富で、議論もでき、なかなかバイタリティがある若者たちである。

1986年生まれの彼らは、我々の「76世代」に対抗?して「86世代」を名乗り、この夏から興味を持った人に手当たり次第インタビューをとってサイトで公開するという、前のめりな活動を始めた(space journal)。

やや肩肘張っているとはいえ、問題意識が明確で、文章もなかなかうまい。何よりも建築が好き、というまっすぐな感じがとてもいい。

彼らには是非、「議論してものをつくる」というあたりまえのロールモデルを、同世代の連中に向けて示して欲しい。そうすれば、トートロジーに満ちた日本人建築家たちの議論も、少しは変わるのではないか。

元気な後輩達に刺激され、自分のやるべきことも見えてきた。今後の展開に期待したい。
fujimura

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2007年09月03日 18:50に投稿されたエントリーのページです。

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