16日、18:00中央アーキのサカカヨに拉致られ、赤坂の中華料理屋へ。石川初さん、住宅都市整理公団や『工場萌え』で有名な大山さんをはじめ、石川さんの仲間の方々、ぽむ桂さん、編集者など、10名以上集まっている。
そもそもこの集まりは、『新スケープ』をみた石川さんが中央アーキと話したい、ということでセッティングされたらしい。で、なぜか僕が付き添いということで同席。石川さんに「弁護士を連れてきた」と煙たがられる(?)。
「なぜ『新スケープ』なの?」「『速度』って冴えているよね」とか矢継ぎ早に質問+感想を繰り出す石川さん。対して中央アーキの3人は、警戒しているのか「理論めいたことをいうと叩かれるから、なるべくそれっぽく見えないようにした」などと、さらりとかわそうとする。
途中からほとんど石川さんの説教部屋(?)状態となり、大山さんが横から突っ込みを入れるという構図へ。口の挟みようがなく、しばらく傍観。
しかし、話が展開するうちに以下のような構図が浮かび上がってきた。
新スケープ:団地、工場、高層ビル、首都高 etc...=郊外的、テクノスケープ的
旧スケープ:合掌造り、棚田、里山 etc...=正統的、伝統的
大山さんは所沢で生まれ、千葉に引っ越して育ったという典型的な郊外っ子なのだそうだ。「新スケープ」的なるものを肯定するほかはないのだという。対して石川さんは、「新」にも、「旧」にもどちらにもつかないというか、決められない、というスタンス。
聞いているうちに『東京から考える』の東vs北田みたいになってきて、面白いので口を挟み、石川さんのスタンスを問う。
同じ郊外育ちの僕としては、「新スケープ」にある種の親しみと諦めがあることは確かなのだが、同調に留まることには違和感があり、「批判的新スケープ」なるものを構築する必要があるのでは、と(大真面目に)主張。
いつの頃か、「住宅都市整理公団」のサイトをはじめて見たとき、ある種の親近感と不安感を抱いた。大山さんが「団地」や「工場」の企画を仕掛けるのは、「まず笑ってもらうところから入らないと、議論そのものが起こらない」という考えからなのだという。単なる鑑賞に留まらない、大山さんなりのアクション(=政治)の方法なのだと聞いて、今さらながらとても勇気がわいた。
大事なことは、「新スケープ」は「旧スケープ」の批判ではない(つまり、単純な世代論ではない)ということ。「旧スケープ」に対する批判と、「新スケープ」に対する批判は別モノであり、旧スケープと新スケープの混在状況において現代のデザイナーは皆、そうした状況をどう整理し、介入するかスタンスが問われている。
・・・ということが僕のなかで整理された。「新スケープ」というコンセプトは、「新スケープ」を批判的にデザインしていく活動として、広く展開されればもっと面白くなるのでは。
その後中央アーキの3人とミッドタウンに移動し、飲み直す。2:00頃終了。
翌日、『STUDIO VOICE』の中矢さんから最新号が送られてきて、書評欄をみたら『新スケープ』が取り上げされており、「藤村龍至との対談はアトリエワン以降の東京観を示す」と紹介して下さっていた。ありがたいです。
fujimura