16日、千葉事務所オープンハウス。階段や庇等、要素も多く、図式の抽象性や建物としての完結性というよりは棟の独立性の方が強く感じられ、全体としては散逸的に見える。通路幅の違いが効いて、敷地の奥からも海が見えるのが面白い。
帰り際、千葉さんにお礼と感想を述べる。オープンハウスの感想って難しい。見た直後は、その建築の意味というのはよくわからないからだ。「案を見たときは図式的だと思ったけど意外と気持ちがいい」という感想は9割くらいの人がいうだろうと思い、ちょっとひねったつもりで「図式を見たら全体性が強いと思ったけど案外独立性が強い」と分析的に言ったら後輩Kとコメントが被ってしまい、やや失敗。
16:00事務所に戻り、編集者の方ととある雑誌企画打ち合わせ。編集でも設計でも、企画の初期段階でブレストするのは楽しい。2時間ほど議論して方向が定まる。
19:00先日のLIVE ROUND ABOUT JOURNALの学生打ち上げと、台湾の雑誌『Dialogue』でのRAJ記事掲載祝いを兼ね、ワソサソこと王銘顕さんを迎え「ワソ祭」@事務所。王さんの仕込みもばっちりでワンタン3種(豚、鳥、牛)、焼きビーフン、大根餅のライブ調理で盛り上がる。
友人や後輩、編集関係者にも何人か来て頂き、改めてイベントの感想や反響等を伺う。
訪ねてきてくれた東工大の学生諸兄に設計中の住宅の模型を見せる。せっかくなので感想を求めるも、「屋根がつまらない」だの、「開口がよくわからない」だの、挙げ句の果てには「雑誌に載ってもスルーしそう」だの、言わせておけば言いたい放題である。建設的な意見ももらうが、批判が続出で防戦一方。
生意気な奴らめ!と憤りつつも、自分も午前中のオープンハウスで冴えないコメントを残してきたことを思い出し反省。設計者である自分も含めてその計画の意味や可能性というのは設計過程ではよくわからないし、またあらかじめ分っているものでも、瞬時に判断すればよいというものでもない。
それでも彼らの意見を求めるのは、他人の顔色をみているとなんとなく自分たちのやっていることの意味がつかめてくるからだ。篠原一男はいつも研究室の学生にコメントを求め、その内容にむっとし、無言になりながらも次の日にはちゃんと案を変えていたというが、きっと似たような作業だったのではないだろうか。
建築トークも、非建築トークも、ほどほどに盛り上がって3:00頃終了。最後まで残った若者連中とラーメンをすすって帰る。独立以来、彼らには模型を作ってもらい、議論につきあってもらい、時に一緒に騒ぎを起こしながらこれまでやってきたが、いつまでこういう時間を共に過ごせるのだろうか。
17日、新しいオープンデスク2名来社。初日なので軽く面接。
引き続き住宅の実施設計。篠原一男に倣い、昨日の学生諸兄の意見も参考にしつつエスキス。大枠は変えず、マイナーチェンジを試みる。とりあえず屋根の排水経路がずっと気になっていたこともあり、屋根形式を変更してみることにした。
いつも思うことだが、お施主様でも、役人でも、近隣でも、抵抗や批判を受けたプロジェクトほど面白くなるのはなぜだろう。その逆に、あまり抵抗も批判もなく実現してしまったプロジェクトほど、後で苦労する気がする。人が集まり、意見が飛び交うという状況をつくるのは意外と難しいし、労力もかかるが、面白い建築をつくるためには必要不可欠な作業であると実感する。建築のプロセスはスムースに進んでほしいと願う一方、スムースにいかないことほど勉強になることはない。
fujimura