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建築の教育、設計の教育

それにしても、我ながら、前回の日記は最後のところでずいぶん身勝手なことを書いてしまった気がします。お前はただのマニアな観客だろと、胸ぐらつかんで言ってやりたいです。

とはいえ、今仕事で建築教育(ただし大学)の特集の一部に関わっているので、どうしてもいろいろと考えてしまう。先週も取材で、3月6日に難波和彦さんに会いに東大に、7日には石山修武さんに会いに早稲田に行った。この二大学では、調布市のコンペで学部生が競作したり、合同ゼミを計画したりと、大学間の垣根を越えた設計教育に取り組んでいる。だから大学ごとのキャラの違いがきっと表れるに違いないと思ったからだ。

難波さんのお話で気づかされたのは、東大の公開講評会が教員主導であったこと。考えてみれば講評会なんだから、教員主導であるのは当たり前なのだけど。とにかく、東大以外の、しかし一流どころによる評価軸を持ち込むことで学内の評価を相対化し(最優秀賞以外がすべて個人賞である点も、評価軸の多様性を担保していると思う)、教員も学生もそのずれを目の当たりにできるという、きわめて教育的配慮に満ちたイベントだ。言い換えれば、大学の設計教育の一環だと言える。しかも学生はスーツを着て、安田講堂という徹底的に祝祭化された空間でプレゼンテーションを行う。いち社会人を育てるための設計教育とでも言うべきか。

一方、石山さんのお話は、とても射程範囲が広い、飛距離の長いものだった。「海外に出ろ」ということと、建築以外の余計な知識(教養)を大事にしろということ。海外に出て戻ってこないぐらいで良いんだ。それこそ国際化だよね?とか。また女性など、社会的なマイノリティが爆発する瞬間に期待しているようだった。建築ガールズが、カワイイとは別の視角から捉えられていた。一方で、早稲田の学生の、学生時代における「旬」など、ほろ苦い話も伺う。いずれにしても、建築は教養の束だという主旨の発言を聞けたのは良かった。

ちなみに、20代の頃学外で最初に講義したのが京大だったそうで、「大教室なのに学生が5人しかおらず、コンチクショーと思ったよ(笑)」という。でもそれ、たぶん、たぶんていうか間違いなく、石山さんが京大生に人気なかったとかでは決してなくて、先生1人に学生5人って京大的には普通のできごとだったんじゃないか(今はそんなことないと思うけど)。数年前に研究室(教育)で川本三郎さんの集中講義を受けたときも、確か受講生10人ぐらいだったなと思い出す。

二つの大学と、8日の修士設計展、9日の卒計展を見て思うのは、建築の教育と設計の教育が、別物として考えられている(あるいはねじれて繋がっている)のではないかということだ。しかも、在学中に受ける設計教育はある意味でどんどん標準化され、逆にその分(その分?)、多様な評価を受ける機会が積極的に設けられている。各地の公開講評会や、何よりせんだいをはじめとする数々の卒計甲子園がある。京都の合同展は教員ノータッチだし、せんだいも学生会議がリードしているから、東大の公開講評会や、全国修士設計展の状況とは違う。つまり、大会自体もさまざまな評価軸を体現している。み江さんは、「わかものは言葉との距離感に悩んでいるんじゃないか」と指摘する。うまく説明できないけど、どこかが繋がっているように思う。

12日はほぼ6年ぶりに大川信行さんにお会いして、またいろいろと示唆を受けた。で、要求工学という分野をはじめて知る。ほんとうに、知らないことがたくさんある。そこに、2月23日のアーキフォーラムでお話しいただいた宮沢章夫さんの議論と、3月5日に見たチェルフィッチュの舞台がふいに重なってくる。そういえば、アーキフォーラムの二次会では、宮沢さんと延々スタディについて議論していたのだった。また考える。

yamasaki

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2008年03月14日 02:57に投稿されたエントリーのページです。

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