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2008年04月 アーカイブ

2008年04月01日

新潟郊外をフィールドワーク

28日、10:30チーム110第1回合宿を解散。温泉にも入らず、アルコールもほとんどなしでノンストップ議論。心地よい疲労感が残る。これから1年間、継続的、定期的に議論を続けて行くことを確認する。

17:00東京に戻り、明治学院大学へ。文学部の長谷川一准教授にインタビュー。機械と身体の縫合域という連載でスーパーマーケットやターミナル駅の内部空間について議論を展開されている。

31日、9:00東京駅で南後君、柄沢君と待ち合わせ。上越新幹線で新潟へ。新潟駅で岩佐明彦先生と岩佐研の小出君と待ち合わせ、新潟市周辺における郊外型ショッピングセンターと、信濃川沿いのタワーマンションをめぐる工学主義建築のフィールドワークへ。

最初は新潟亀田IC周辺の大型店舗を回る。アークプラザ新潟+スーパーセンタームサシ新潟店(2002)。運営はアークランドサカモト(本社:新潟県三条市)。スペースフレームの庇がかっこいい。次にイオン新潟南ショッピングセンター+ジャスコ新潟南店(2007)。運営はイオン(本社:千葉市)。売り場面積69,079sqmで新潟県最大。2007年11月の都市計画法改正により、最後の大型開発となるらしい。さらに近所にあるアピタ新潟亀田店(2000)へ。運営はイオン(本社:愛知県稲沢市)。資料集成にも掲載されているという大型店舗だが、昨年のイオンの出店により競争を強いられているという。

イオンとアピタの間には建築的にクリアな差があるのが面白かった。

アピタ:直線、蛍光灯、直接照明、Pタイル、計画学的、工場的
イオン:曲線、ダウンライト、間接照明、タイルカーペット、インテリア的、住宅的

アピタとイオンの差は機能主義と工学主義の差異を考察する上で示唆的だ。逆に言えば、アピタがイオンに逆襲を仕掛けるには、工学主義に基づく建築学的知見が使える、と感じた。

今回の発見は「ロードサイドショップ」と一言で言っても、建築的にはどんどん世代交代が進んでいるということ。イオン系のショップが成功しているのは建築的仕掛けも重要な役割を果たしていると言えそうだ。2007年11月の法改正以降郊外型店舗の出店が抑制されている現状では、旧世代型の大型店舗は新世代型へ建築的なリニューアルを進める必要に迫られるだろう。

その後、新潟空港近くの河渡地区にある小型のロードサイドショップが駐車場の周囲を取り囲む、ヴィレッジ型の事例を見学。貯木場跡を埋め立てた土地だという。

このような点在型を第1世代(河渡地区)、機能主義的複合型(アピタ新潟亀田店)を第2世代、工学主義的複合型(イオン新潟南SC)を第3世代、というように、とりあえずは分類できるような気がした。

さらに、朱鷺メッセの展望台で新潟市内を見下ろしたあと、万代橋周辺の高層マンション群へ立寄り、ショールーム等を見学。信濃川沿いに高層マンションは絶対高さ50mの規制があるため、敷地の間口一杯に板状に横に広がる傾向にあるのだという。建築規制のあり方と、それによって誘導される都市景観の関係について、考えさせられる事例である。

その後、ベルラーへ時代の同級生の東海林君らが主宰するアトリエsikiへ。新潟大学のOBで新潟をベースに活動している。川沿いの工場にあるアトリエは、かつてマース川沿いにあったMVRDVの旧オフィスを思い起こさせる。新潟や青森でプロジェクトが進行中とのこと。

sikiの一角をお借りして岩佐先生へインタビュー。フィールドワークで発見したこと、岩佐先生の研究や問題意識、計画学との関係、これから展開の方向性など議論。

古町の一角で飲んで帰京。議論が盛り上がり、結局終電になってしまった。明治学院大長谷川先生、新潟大岩佐先生へインタビューの内容は『建築雑誌』6月号の第2特集「批判的工学主義」特集に掲載予定。

1日、年度初め。この日から2人入社し、スタッフは6人に。1人は新潟大院(岩佐研)修了。もう1人は東大(千葉研)卒業。今後は徐々に新卒採用を進めて行こうと思っている。軽くオリエンテーション。オープンデスクも3人来ているので、事務所が手狭になってきた。

11:00書籍企画打ち合わせ@エクスナレッジ。予算計画、スケジュール等諸々固まる。RAJの流れを汲む本格インタビュー集。11月発売に向け、本格的に作業を開始する。

14:00JA編集部斉藤さん来社。企画打ち合わせ。昨年来展開させてきた議論をまとめるいい機会になりそうだ。英訳が予定されているのも嬉しい。打ち合わせ後、K-PROJECT現場へご案内。内装が急ピッチで進み、内部空間の輪郭がはっきりわかるようになってきた。低めに大きく開いた窓がかわいいのでは。
fujimura

2008年04月07日

林昌二の「毒」を倉らう

3日朝、K PROJECTの現場で打ち合わせしていると「杉並区の職員の方が立入検査だと言って来ています」と現場監督。一瞬ひやりとしたが、聞くと「構造について検査して欲しい」と近隣から要望があったのこと。4Mも跳ね出しているので通りかかった人が驚き、区役所に問い合わせたらしい。

現場を案内して、構造の概要を説明。2階の先端部でジャンプする職員。当然びくともしません。メガストラクチャー+吊り構造なので、確かに1階は異様な光景ではあるが、説明したら納得して帰って行った。とりあえず、通りがかった人が思わず通報してしまうくらいのインパクトはあるようだ。

18:00ka座談会@東工大。巻頭特集として、「建築デザインと言葉」をテーマに安田幸一、藤岡洋保、八木幸二、塚本由晴、坂本一成、奥山信一の各教授にみんなでインタビューして回ってきた。最後に総括座談会。白熱して終わる。博士課程の連中で研究室を横断して議論する機会はこれまでなかなか無かったので、いい機会を与えて頂いたと思う。

5日、塚本研究室10周年記念パーティ。3期の5人(長谷川、深海、藤村、松岡、宮崎)で、全体幹事を担当。仕事の合間に名簿作成やらケータリングのセッティングやら当日の司会やらでばたばたしたが、久しぶりに同期で集まって作業できたのは楽しかった。

つかもと師の最新作レクチャー、海外在住の卒業生からの動画メッセージ、プレゼント、スライドショーなどで盛り上がり、1期生のよし村さんの感謝の言葉、つかもと師の言葉、集合写真、で締め。2次会もサプライズケーキなので程よく盛り上がり、明け方散会。

6日、11:00久しぶりに全力ゼミ。それぞれの近況を持ち寄って議論、という原点に戻る。最初はK-PROJECT現場ツアー。今まで散々説明して来たが、目の前に現れつつある建築を仲間に紹介できるのは単純に楽しい。いつもは辛口な連中も、反応は上々。それぞれの近作も興味深い。実務に深く関わるようになって来ているので聞いていて勉強になる。

7日14:00、林昌二氏インタビュー@林邸。批判的工学主義特集で。

冒頭から「皆さん東京が変わった、変わったというけれど、大して変わっちゃいないんですね」とひねりの効いた回答に戸惑うも、これが林昌二の「毒」という奴かと噛み締める。柄沢さんが毒をものともせず粘り強く切り込む。最終的にとても面白い話を引き出せた。

『林昌二毒本』を読むと、林氏がアトリエと組織、有名性と無名性、芸術性と効率性の間で奮闘されて来た軌跡はあまりにも輝かしく、今日の工学主義が全面化したコンテクストにおいてはどの論考もとても刺激的だ。その本人に直接話を伺えたことは、我々にとって貴重な財産になるだろう。

明日はプランテックに伺う予定。乞うご期待。
fujimura

2008年04月12日

人生を設計する

ROUND ABOUT JOURNAL vol.7が台湾の雑誌『DIalogue』をジャックして発行されました。なんと10ページ!!巻頭鼎談ではこれまでの活動、LRAJのリポートとともに台湾の建築ジャーナリズム事情をワソサソこと王銘顕さんに伺いながらディスカッションし、中国語と英語に翻訳されて掲載されています。

収録の様子はマシツマ日記でどうぞ。

K PROJECTの現場写真をUP。スペイン人の写真家Javier Callejas Sevilla氏が撮ってくれたもの。東京がアンダルシアみたいにみえる。現場ではもう外装工事まで終了。竣工まで気を抜かず、急ピッチで進めなければならない。

8日、折からの悪天候により飛行機が遅れてしまい、大江匡さんのインタビュー延期。18:00現場。怒号が飛び交う現場小屋(恒例)。人間関係のもつれを取り除くのも建築家の大事なお仕事。

9日、10:40アシスタントを務める設計製図第一授業@東工大。2004年以来4回目だが、今年で最後になる予定。毎年思うことだが、表情なくぞろぞろと入ってくる新2年生はイモのようである。設計製図第一とは、イモがヒトに進化する過程である。

先生からの言葉、課題説明、製図道具の説明、製図板の配布、課題の配布を終えて終了。水曜日はサークルがあるらしく全体にソワソワしている。この空気に触れると春が来たなと思う。

10日、11:30打ち合わせ@INAX。RAJやLRAJでお世話になった虫鹿さんに近況を伺いつつ、諸々ご相談など。動くときは素早く。

11日、打ち合わせやアポ続く。11:00書籍企画@事務所、13:30プロジェクト定例@品川、16:00K PROJECT現場、19:00佐藤敏宏さん、花田先生@新宿、21:00構造打ち合わせ@オーノJAPAN。

花田先生にRAJの活動をご報告。ジャーナルを研究している方に「ジャーナルです」とモノを渡すのはさすがに緊張するが、先生は批判するでも賞賛するでもなく、「ジャーナルを名乗るにはエディターシップを発揮しなければならない」「定期的に刊行されなければならない」と講義して下さった。

佐藤さんから「RAJはジャーナルではなくPRに過ぎない」と批判され続けてきたが、先生からは「ジャーナル共同体」なる概念を教えて頂く。国家の定義(国民、領域、主権)と同じで、読者、研究領域、方法論、がそろえば、「ジャーナル共同体」が成立する。方法論とは、固有の思考を強調することで共同体の内外に線を引く作業である。RAJは建築的思考の固有性、世代の固有性をテーマとしているから、まさに我々のやっていることである。

いつも思うことだが、周縁から中心へ、オルタナティブからメインストリームヘ、議論を開いていくためには、議論の生成過程の全体を設計しなければならない。つまり、時間的に考えなければならない。

しかし、実際によくありがちなのは言葉を易しくしよう、とか、違うジャンルの人の話を聞こう、とか、ある種の空間的な発想である。一見開いているようでただ漠然と話題を逸らしているだけのことも多い。留学すれば何かが得られる、と漠然と期待するのと似ている。

議論を開くためには、まず議論がなければならない(大前提)。そのためにはまず、ジャーナル共同体を結成し、アイデンティティを確立するところから始めたほうがいい。

まず議論する仲間をつくり(1=結成的段階)、次に議論を通じて共同体のアイデンティティを確立し(2=確立的段階)、そこで獲得されたテーマを社会に広め(3=PR的段階)、論争を仕掛け共有していく(4=政治的段階)、という一連の段階を経て「ジャーナル」は形成されていくと考える。

これを建築家の人生と重ねるなら、1=20代(修行)、2=30代(住宅)、3=40代(商業)、4=50代(公共)に対応するのではないか。一見閉鎖的な議論からスタートし、だんだんと開放されていって、社会化されていく。だから20代建築家は同世代と積極的に交わったほうがいいし、30代建築家は議論を仕掛けてアイデンティティを確立したほうがいい。そうやってその先の広がりを獲得していく。

つまり「議論の場の設計」とは、人生の設計なのである。だからこそ、今やらなければならないことがたくさんある。
fujimura

2008年04月16日

思ったよりさわやかな

K PROJECTの現場が佳境。400坪ともなると職人の数も多い。最近は40人くらい入っている。現場とはいろいろ緊張関係もあるが、共同体的な一体感もある。彼らと駆け引きしながら、日本社会はこうやって成長して来たんだなと思う。他方で、高度成長期とバブルの両方を経験している60歳前後の監督がそろそろ世代交代となる。建築業界の雰囲気も少しずつ大きく変わって行くだろう。

13日、20:00チーム110ミーティング@藤村事務所。ドミニク→田中→松川→藤村→南後→柄沢の順にゼミ形式で発表。「設計」をめぐって議論が展開するも、メンバーの全員が建築家ではない(半分は非建築家である)ので、実際の設計プロセスやモノを作るイメージを感覚的に共有できないと感じる場面もあり、少々もどかしいのだが、逆に建築プロパーとだけ議論していると設計過程のいい加減な部分を変に許容してしまうという弊害もある。議論はなまじ通じないくらいが理論が先鋭化してちょうどよい。24:00終了。次回は5月中旬に行うことになった。

14日、12:00南後君と柄沢君と待ち合わせ、プランテックへ。『建築雑誌』の「批判的工学主義特集」に関連して大江匡さんインタビュー。工場や研究所の建築からキャリアをスタートしたことが現在の組織的、領域横断的な設計姿勢に繋がっているのだという。「アクティビティをよく観察する」という設計アプローチは計画学の使い方調査のよう。

最初は緊張したが、こちらの質問について明快な答えをビシバシ返してくれる。ノリにノッている人、という印象。90分が一瞬で過ぎてしまった。社会学に興味があるというのも意外だったが、話を聞いているとなるほど、と理解できる。若手では中村拓志さんの感触に最も近いものを感じる。

15:00設計製図第一@東工大。塚本先生の自己紹介から課題説明。話が長めだなーと思っていたら、結局90分話が続く。

17:30後輩Sを連れて移動。長谷川豪と待ち合わせ、K PROJECT現場へ。いろいろな人を現場に案内しているが、毎回いろいろな発見がある。長谷川が空間やかたちについて詳細かつ的確に指摘するのには驚いた。いろいろ話し合った後で、「思ったよりさわやか」とコメントをもらう。もっとごちゃごちゃしている建築だと思ったとのこと。松川さんとは逆のコメント。

19:00現場からダッシュし、学会の編集委員会に駆け込み議論の途中から拝聴。「批判的工学主義」特集関連のインタビューが無事終わったことをご報告。毎回長丁場だが個性的な方々ばかりで面白い。

21:00いつも必ず出席することにしている委員会の飲み会を欠席し、先日の塚本研10周年同窓会の打ち上げへ。同期の長谷川、深海、松岡、藤村で飲む。先日のパーティを振り返り、来年に向けて引き継ぎ事項をまとめる。

15日、18:00この日は文化事業委員会@学会。10月に建築会館で行うシンポジウムの企画案の概要をプレゼ。委員の皆さんの反応もよく、概ね了承を頂く。終了後は本委員会(=飲み会)。

16日、10:40設計製図第一。トレース課題が始まる。その後塚本研ゼミ。大会論文のチェック等。新学期が本格的に始まった。大学が始まると、生活にリズムができてよい。新4年生の連中にも久しぶりに会う。

藤村事務所にてオープンデスク募集中。新学期、同級生に差を付けたい人はこちらへ。学部生歓迎。将来のために、時間を少しだけ割いておきましょう。懇切丁寧に教えます。
fujimura

2008年04月27日

『原初的な未来の建築』を読んで

19日、後輩の結婚式2次会@六本木。日建設計+森ビルというビッグネスカップル(?)。森ビルの人たちの威勢の良さに圧倒される。

20日、ロータリー地区大会で埼玉へ。久しぶりに壇上でスピーチ。音楽ホールらしく声がよく響いて気持ちよい。

帰り道、所沢で途中下車し、お世話になっている地元の方を訪ねる。商店街の向こうにはタワーマンションが建ち並ぶ。駅ビルの開発計画もあるそうだ。商店街からは丸井が撤退し、パチンコ屋や百円ショップ、飲み屋チェーンなど、郊外型の店舗だらけになってしまった。だんご屋の醤油の匂いが、わずかに所沢らしさを感じさせる。

22日、10:00INAX:GINZAで打ち合わせ。14:00打ち合わせ@オーノJAPAN。スタッフが増えて活気がある。オーノ氏と冗談をいいながら打ち合わせしている時間は楽しい。最も純粋で建築的な時間のひとつ。

26日、11:00雪谷の「斉藤助教授の家」(1952)へ。取り壊しが決まったそうで、見学会が行われた。行ってみると長蛇の列。整理券をもらうと「12:20のご案内です」と告げられる。

室内から見ると水平性というのは案外感じないが、外から見ると庭にすーっとのびる軒と縁側のラインが気持ちよい。

受付で配布された藤岡洋保先生の論文*1によれば、当初の設計案はより大きな平面計画だったが、厳しいコストの条件から面積が削減され、さらに既存の基礎を全面的に活用することになり、実施案のキャンチレーバーを含む非対称的な要素が生まれたのだという。

制約条件から建築の形式を抽出するのは建築設計の基本だが、制約条件を技術で味方に付けるという発想は、東工大的な思考なのかも知れない。

もっとも、制約を形態に置き換えるだけなら基礎平面と平面形状を合わせたはずで、わざわざ寝室を跳ね出したり、南側にテラスとしてはみ出させたりしたのはインターナショナルスタイルの導入という建築の潮流を読んだ上での美学的な判断があったのだろうし、清家さん独特のユーモアも感じさせる。

今見ると、近代主義と伝統の架橋、というわかりやすい目標が共有された時代がうらやましい。現代でいうと、資本主義と地域性の架橋ということになるだろうか。当時の定番的建築形態と言えば水平ラインだとすると、今はなんだろう。

事務所に戻り、住宅打ち合わせなどを経て、藤本壮介さんの書籍『原初的な未来の建築』出版記念パーティ@INAX:GINZAへ。五十嵐太郎さん、乾さんがスピーチ。ちょっと歓談し、最後に藤本さんのスピーチ。

本は模型写真のビジュアルや文字組等、グラフィックデザインの完成度が高い。コンテンツは、本人によるタイトル付きの明快な宣言文がないのが物足りない感じもするが、前後に伊東さんや五十嵐さん、藤森さんの論考や対談を挟むことで、建築家・藤本壮介第1期の集大成を感じさせる構成となっている。

二次会で青木君と、青木君の後輩K(もしくはKY)君と議論。青木君と目地の形式性の議論。「スチボーの模型通り作りたいじゃないですか」と主張するK君。それは幼児退行ではないか、などと問題提起していると藤本さんが登場し、「目地っていうのは建築の『成り立ち』なんだよ。」と一言。

藤本さんの「成り立ち」という言葉は面白い。帰宅後、改めて藤本さんと藤森さんの対談「人口の建築、自然の建築」を読むと、すーっと入ってくるところがあった。

--時間が経過していたり、大勢の人が手を加えていたりするので、自然物のような存在になりかけているように見えるんです。そういうものを建築家がつくれないものかと。(p.128)

--建築というのはすべて「つくられたもの」だけれども、それを少し超えて「できてしまったもの」のようにすることはできないかということです。すごく厳密な人工的なプロセスと、「偶然性」「曖昧さ」とが同時に立ち現れるような形式がありえるのではないかと思うのです。(p.131)

--全部を自分の思い通りにつくるのではなく、半分は設計するという人工的な作業、半分は建築の形式自身がなりたくってなっていくようななにかがあって、その相互作用のなかで現れる建築に憧れているんです。(p.132)

今まで藤本さんの言説にはなんとなく距離を感じていたけれど、最初の説明は「批判的工学主義」*2で、最後の2つは「超線形設計プロセス論」*3で主張した内容とある部分では共振する。現代的なバナキュラーから建築的形式を抽出し、再構成するという作業のイメージとしては、案外近いところもあるのかも知れない。

違うとすれば、『建築家なしの建築』のバナキュラーなものを引用する際に、藤本さんは普遍的で超時代的な「自然」を参照するが、僕は時間と文脈に即した「社会」を参照するところだろうか。

僕から見ると、1990年代にバナキュラーを参照していた建築論といえば、塚本由晴らの『メイド・イン・トーキョー』だ。しかし彼らは、そこから建築的形式を抽出し、再構成するという方向に向かわず、クリシェ(紋切り型)の抽出へと向かっている*4。

東工大的文脈で以上を整理すると、下記のようになるだろう。

清家:民家の国際様式による再構成
篠原:民家の形式性(幾何学)による再構成
坂本:民家の形式性(関係)による再構成
塚本:民家のクリシェ(紋切り)による再構成

その枠組みで藤本さんを位置づけると次のようになる。

藤本:民家の動的形式性による再構成

立場としては、後期篠原に近いといえるだろう。幾何学がより離散的で、動的なところに藤本さんのオリジナリティがある。

ただし、藤森さんは対談のなかで、以下のように忠告する。

--民家の魅力は、集団の無意識を満たしていることにあります。ああいう形が練り上げられ、成立するために、ものすごい時間をかけているからなんです。その長い時間のなかで、自然化が行われるんですね。(p.128-129)

藤本さんのいう『原初的な未来』とは、本来長い時間をかけて醸成される「集団的無意識」*5を建築的形式によって時間を圧縮し、実現することのようだ。そのことについて、藤森さんは「時間の捏造」ではないか、と執拗に問いかける。

それに対して藤本さんは「『成り立ち』としての時間のようなものを考えている」と反論するが、やや曖昧な印象。塚本さんのいう「オーセンティシティ」のようにも聞こえるが、おそらく違うといわれるだろう。

僕は習慣化し、無意識化した行為、生活のアクティビティを設計行為によって再意識化し、権力の環境化に対抗するというシナリオを描きたいと考えているが、藤本さんは意識化、明示知化することを徹底的に避けている。

そうすると、藤本さんのいう「集団的無意識」に対して、藤本さんの設計行為はいったい何を働きかけるのだろうか。いや、何も働きかけはしない、ということかも知れない。でもそれでは「集団的無意識」は単なるアナロジーになってしまうのではないか。

藤本さんはそのあたり、どう考えているのだろうか。そのうちまた聞いてみたい。

*1 藤岡洋保(2006)「『斉藤所教授の家』の設計過程」日本建築学会大会学術講演梗概集
*2 拙稿「『批判的工学主義』のミッションは何ですか?」,Ten plus one (49),94〜95, 2007 (INAX〔編〕/INAX)
*3 拙稿「超線形設計プロセス論〜新たなコンテクスチュアリズムへ〜」,Ten plus one (48),161〜166, 2007 (INAX出版)
*4 塚本研究室10周年記念パーティでの講演(2008年4月5日, 東京工業大学)
*5 ここではユングの「集合的無意識」に近い意味で使用されている
*6 最近よく議論になる私性と社会性、感性と論理というお題にはあまり広がりを感じないが、無意識と意識、あるいは暗黙知と形式知という軸を導入すると見えてくる関係性があるのかも知れない。
fujimura

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