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2008年10月 アーカイブ

2008年10月03日

美と崇高、ストックとフロー

2日の建築夜楽校はすごかった。動員が心配だったが、ふたを開ければ満員御礼。パネラーやコメンテーターの顔ぶれが豪華であったこともあり、「グローバル社会における『建築的思考』の可能性」などという堅めのタイトルにも関わらず大いに盛り上がった。

以下、ブログの速報です。

City_Scape「建築をストックせよ!」

DESIGN HUB「建築夜学校2008 経済を愛する方法」

archi theater「建築夜楽校1/愛される建築のために」

shoya.n design site「建築夜学校2008 グローバル社会における『建築的思考』の可能性」

kamatani/g86「建築夜学校レポート」

syojoa「about建築夜学校001」

9日も盛り上がると思うので乞うご期待!

25日、18:00東京理科大学の宇野研にてレクチャー。作品>理論>方法論>メディアといういつもの流れで1時間+討議。こじんまりとした空間だったのでじっくりと議論できて充実していた。学生のひとりに「説明に完璧を尽くそうとするから逆に反論したくなる」と言われなるほどと思う。宇野さんに『ストリートスマートな建築へ』を頂く。宇野さんの「建築学的多様性」という概念に興味を持つ。

26日、9:20南後君と待ち合わせ、TXで流山おおたかの森へ。社会学者の若林幹夫さんと駅前のSCを見学。噂通り、駅と巨大SCとタワーマンションだけで街がつくられており、ランドスケープがない工学主義の街。中村竜治さんの「short cut」を見学後、シンポジウムの打ち合わせ。その後、現場定例、コンペ打ち合わせなど。

27日、11:00H邸地鎮祭。クライアント夫妻、工務店関係者、構造家のオーノ氏と。いい天気。来年の春先には角地に不思議なスケールの住宅が建つだろう。住宅は初めてだが気合い入れて行きたい。

夕方、土肥研の先輩である古山さんの就職お祝いパーティ@東工大。OBもたくさん集まり、ちょっとした同窓会。社会工学科の人たちと話すのはいつも新鮮で楽しい。3:00くらいまで話す。

28日、11:00アトリエワンの新作の見学。旗竿敷地。フォルマリスティックで、レトリカル。とても知的な建築でとても盛り上がる。アプローチから見ると本しか見えないのもいい。

15:00塚本由晴先生と貝島桃代さん来訪@BUILDING K。竣工後、初めてご案内させて頂く。下から順にご案内し、最上階の事務所にて進行中のプロジェクトをお見せし、じっくりと感想を伺う。貴重な時間である。「各パートの説明は明解だが、もっと関係を説明した方がいい」とアドバイスを頂く。

29日、11:00乾久美子さん来訪@BUILDING K。じっくり見て頂き、感想を伺う。ちょうど乾さんの作品集『そっと建築をおいてみると』が届いたばかりだったので、そちらの感想なども話す。

15:00柄沢祐輔君と待ち合わせ、東浩紀さんと打ち合わせ@新宿。東さんとは初めて顔を合わせる。シンポジウムの趣旨、当日の運びなど説明。「批判的工学主義」についても事前にテキストを読んで頂いたので、「むしろあなた方と議論したい」と言って頂き、イベントの趣旨や進行について説明し、軽く議論。東さんの著作はいろいろ読んで来たので、直接議論できるのは嬉しい。

18:00編集委員会@建築学会。来年の企画案など審議が続く。終了後の飲み会で五十嵐さんにベニスビエンナーレの写真なども見せて頂く。

30日、9:30東京理科大の野田キャンパスへ。今学期より、初めての非常勤講師を務めさせて頂くことになった。野田はTXのおかげで思ったより近かった。運河があり、芝生が広がるキャンパスはオランダの風景を思い出させる。小嶋さんにご紹介頂いて学生に挨拶。

14:00銀座PJ打ち合わせ@築地。今後の方針と予定を確認して16:00塚本研ゼミ。9/30付けで博士課程を単位取得退学するため、これが学生最後のゼミとなる。つかもと師といつものように議論しつつ、あまり最後という気もしないが、しばらくはこの場に参加することもないだろうと思うと不思議な気分となる。

その後、この日から加わる留学生の歓迎会を兼ねた壮行会。つかもと師と最初の出会いから回想しつつ話す。塚本研に合格し、大学院からの編入が決まった日がついこの前のようだ。あれから8年。「論文は書けなかったけど、一定の存在感は示した」とのお言葉を頂く。

一応、博士論文は書き上げるつもりなので、この日は制度上の区切りに過ぎないが、塚本研究室で師に教わったことは量りきれず、深く感謝したい。

短くお礼を言い、学生だけで自由が丘へ行き2次会。3:00解散。長かった学生生活の終わり。この先は論文だけになるため、吉村さんや後輩諸兄とはこの日である程度区切りとなるのかも知れない。いろいろお世話になった。

1日、17:00打ち合わせ@空間研究所。篠原聡子さんにお誘い頂いて、10/19(日)に日本女子大で行われるシンポジウムにパネラーとして出席させて頂くことになった。東大の大月敏雄さんと初顔合わせ。

2日、11:00ペンシルベニア大学の大学院生ご一行が来訪@BUILDING K。引率のMattias HollwichさんはOMAでポルトのcasa da musicaなどを担当したそうだ。ペン大の院生だけあって皆落ち着いていて優秀そう。12月の最終講評会に来てくれと言われる。面白いかもしれない。

15:00麹町PJ定例。16:45建築会館へ。いよいよ建築夜楽校。いつもに増して緊張した。続々パネラーの方々が集まって来て、パソコンの設定にあたふたしているとあっという間に本番となり、会場は満員で、議論は大盛り上がり。それもあっという間に終わり、打ち上げと2次会を終えると3時。いつものように、頭の芯から疲れたが、心地よい充実感が残る。

事前の仕込みにはそれなりに時間を割いたつもりだったが、よくも悪くもコントロールの難しい議論となってしまった。

原因は大山/東さんの「萌え」を位置づけるのに手間取ったこと。大山顕さんは、単なるノスタルジーを超えるために戦略的に「萌え」てみせる。あえて無責任な鑑賞者を演じることで、問題を浮かび上がらせるという大山さんのパフォーマンスには植木等的な二重性があるのだが、そこをうまく牽制できず独走させてしまった。

困っていると、東さんが「制約条件と作家の関係は結局美と崇高の話ではないか」とまとめてくれたのだが、建築的思考の可能性についてここで議論するのは時間もないし無理だろうとあきらめ会場に議論を振るとディスポジションのシンポジウムでお世話になった天内さんが「今日の議論はフローからどうやってストックを抽出できるかについて話しているのではないか」と指摘してくれて、ようやく問いが整理された。

僕らとしては最初からそういう問いを投げかけていたつもりだったが、説明が足りなかったのだろう。作家と鑑賞者の対立軸が最初に前景化してしまい、問いを共有するのにずいぶんと時間がかかってしまった。

終了後、観客の反応はとてもよく、打ち上げの席での会話も弾んだ。だが、肝心の「建築的思考の可能性」については結局踏み込めなかったのはモデレータとして力不足であり、反省しなければと思う。

打ち上げの席で大山さんに聞いた話は面白かった。大山さんが大手家電メーカーに勤務していた際に携帯電話の開発に関わっていて、デザイナーどんなにコンセプチュアルなモデルを提案しても社内で揉まれているうちに無難で切れ味のない製品となってしまう状況にジレンマを抱えていたのだという。それはまさにタワーマンションの抱える問題そのもの。大山さんは最後まで「建築家がタワーマンションを設計すると何かいいことあるんですか」と言っていたが、その一見無責任ふうの問いは自分がタワーマンションの作り手ではないことを自覚して意図的に発しているものだということがわかった。どこまでも戦略的な人だ。

いくつか反省点は残るものの、一度こういうメンバーでこういう議論をしてみたかったので、率直に嬉しい。今回のパネラーの皆さんや東さんとはまた個別にお話しさせて頂きたい。

次週も面白い顔ぶれなので今から楽しみである。しっかり準備をして、いい結論を導きたいと思う。
fujimura

2008年10月09日

10/9(木)18:00建築夜楽校2008「グローバル社会における『建築的思考』の可能性」(2)

10月2日(木)に引き続き、本日18:00に田町の建築会館でシンポジウムを行います。アトリエ系、組織系、ゼネコン系の建築家、研究者がそれぞれの立場から現代社会の状況における建築の可能性を議論する予定です。奮ってご参加下さい。

(以下告知)

建築夜楽校2008
テーマ:グローバル社会における「建築的思考」の可能性

主 旨:
商業施設のインテリアでは、什器や商品のレイアウトによって購買客の動線や視線をコントロールし、そっと売り上げを伸ばす工夫がなされている。また、マンションの計画においては、法規や慣習、経済性、物理的条件等、複雑な制約条件のなかで最大限の専有面積を確保する工夫がなされている。このように、社会基盤の整備が進んだ1970年代以降、商業的な効率を最大化するために建築が半自動的に設計され、1990年代以降のグローバル資本主義の台頭によってより一層のスピードが要求される状況が生まれている。
そこで本企画では、このような市場化と技術依存が進んだ「工学主義」的状況で生まれた郊外型の商業施設やタワーマンション等、従来の建築デザイン論にとって周縁であった領域で生まれつつある建築を取り上げ、パネルディスカッション形式で議論することを通じて、グローバル化する社会における建築の新たな可能性を描くことを目的とする。

第2夜:「ショッピングモール」とローカル・シティ
日 時:10月9日(木)18:00-20:30(開場 17:30)
パネリスト:
中村竜治(建築家・中村竜治建築設計事務所主宰)
岩佐明彦(建築計画学者・新潟大学准教授)
芝田義治(建築家・久米設計設計本部建築設計部主査)
関谷和則(建築家・竹中工務店東京本店設計部設計主任)
モデレータ:南後由和(社会学者・東京大学大学院情報学環助教)
藤村龍至(建築家・藤村龍至建築設計事務所代表・建築文化事業委員)
コメンテーター:若林幹夫(社会学者・早稲田大学教授)

会 場:建築会館ホール(東京都港区芝5-26-20)
定 員:300名(当日先着順)
参加費:無料

問合せ:日本建築学会事務局出版・普及事業グループ 鎌田
TEL 03-3456-2056 E-mail kamata@aij.or.jp

来られる方はお早めに。

fujimura

2008年10月11日

作家像と場所性の再定義に建築的思考の可能性を見る

建築夜楽校第2夜、無事終了しました。

さっそくブロガー諸兄のレポートをどうぞ。

syojoa「建築夜学校002」

sakane / g86「建築夜学校レポート」

archi theater「建築夜楽校2/絵を描くのは誰か」

shoya.n design site「建築夜学校2008 第2夜」

City_Scape「建築における『出来事』、『非場所』における場所性」

サイコロガシ「建築夜楽校 第2夜レポート『場所性と身体性』」

No! Hedge「建築夜学校2008 第二夜 「ショッピングモール」とローカル・シティ」

ブロガーというカテゴリーではないかも、ですが、
ぽむ日記

4日、13:30豊洲の迫事務所へ。迫慶一郎さんへインタビュー。北京へ戻る飛行機の前に時間を作って頂き、シンポジウムの後日談的にお話を伺う。これまで短い時間でお会いすることはあったが、サシで話をするのは初めて。

インタビュー後、「『批判的工学主義』については今回のシンポジウムでよくわかった。でもそれは、自分が普段から考えていることだからだ。他の人に伝えたいなら、もっとビジュアルインパクトをつくった方がいい」と言われる。「言っていることに共感するからこそ、苦言を呈したい」と、熱いメッセージを受け取った。

その後、柄沢祐輔、南後由和、編集の飯尾さんと神楽坂で会い、軽くブレスト。

17:00石上事務所へ。石上純也さんへインタビュー。開催中のベニスビエンナーレのこと、神奈川工科大学工房のことなど、じっくり話を伺う。石上事務所へはRAJ1のインタビューのときに来て以来だから、約1年半ぶりだろうか。そのときは「工房」の1/3模型がたくさん並んでいて圧倒されたが、今は少し落ち着いている。

石上さんの鋭くて迷いのない答えのなかに、戦略的に自分を社会の中に位置づけるデザイナーの姿勢を感じ、ふと京都の森田一弥さんを思い出した。自分とはアプローチもスタイルも異なるが、社会への位置づけ方にある種の交換可能性を感じる人のひとりである。

5日、9:00建築会館へ。ArchiTVの一企画「ソツセイ脱構築」へ。長谷川逸子さんと五十嵐太郎さんと一緒にゲスト審査員。言葉を審査し、次にボードを審査する。模型を封じるという形式で卒業設計のあり方を問うというもの。審査は面白かったが、応募者のほとんどが会場におらず、自分の選んだ人ではない人のプレゼを聞くことになってしまった。

総評で「建築家には建築家固有の思考と言葉があるので、それを意識して語って欲しい」と述べたら、長谷川さんに「私たちの頃は建築家で言葉が閉じていると批判されてばかりだったから、時代が変わったのね」と言われる。控室で長谷川さんから聞く東工大や篠原研の話はとても興味深かった。

終了後、五十嵐さんに誘って頂き、写真家の小山泰介さんと昼食。作品は表層の読み替えを主題にしている。組んだら面白いかも知れないと思う。

6日、打ち合わせを終え、14:00で小川晋一さんと待ち合わせ@航空公園。タクシーで日本大学芸術学部へ。所沢は地元だが、このキャンパスに来るのは初めて。3年生の集合住宅の課題を講評させて頂く。アイディアに拘ってかたちを発展させていない人が多いようだ。設計のうまい人はかたちをどんどん発展させて行くのだが、その違いは案外気がつかないことかも知れない。

終了後、プロペ通りの飲み屋で懇親会。芸術学部の学生だけあって皆それぞれ個性的で人間的な魅力もあるが、「建築に興味が持てない」という学生が多い。製図室にも残らないというし、あまり雑誌も読まないようだ。

学生がどんどん建築を離れるようになった。もちろん僕らの頃も一定の割合でそういう人はいたが、最近は建築そのものを語る学生になかなか会わない。時代を反映しているのだろうか。

7日、9:30理科大非常勤。課題の「ピクニック」について小嶋研助教の坂下加代子さんとエスキス。ピクニックを空間の問題として捉えるのは難しい。聞いているとゲームや仮装の話に脱線しがち。「それは企画の話であって設計ではない。企画と設計の違いを考えよう」と口を挟んで回る。1年生なのでほとんど高校生のように幼いが、それゆえに面白い。

午後はレクチャー。小嶋さんにリクエストを頂き、課題でもある「篠原一男の空間」を解説。東工大を離れると、東工大を語る場面が増える。「住宅は芸術である」というマニフェストを紹介し、4つの様式を解説。その後、自分のレクチャー。1年生も対象だったが、容赦なく「批判的工学主義としての建築」を語る。

小嶋さんも聞いて下さっていたので話に熱が入り、質問もたくさんもらってなかなか楽しかった。終了後、「僕らの頃は『○○主義』と言われないようにするのに必死だったのに、自分からあえて『主義』を唱えるのは逆に新鮮」とコメントを頂き、なるほどと思う。

最近、レクチャーで受ける反応が少し好意的になって来た。『SD2007』の頃は完全なる逆風だったが、最近は徐々に変わって来て、時に追い風すら感じる。しつこく議論の場を仕掛けて来た成果も多少はあるのかも知れないが、やはり『新建築』で作品が発表されたのが大きな転機となったように思われる。

8日、11:00mosakiのふたりが取材で来社。syncでは一時期場所を共有していたが、じっくり話すのは久しぶり。14:00UBC(ブリティッシュ・コロンビア大学)の乾久美子さんのスタジオの最終講評会へ。中野の一角に小さな建築を設計するというお題。うまくまとめている人はいたが、形そのものを捉えている人は案外少ない。今月の下旬からいよいよ自分も教えることになるので、楽しみ。

18:00東工大へ。坂本一成展のシンポジウム。会場は超満員で既に座席はなく、学生に混じって最前列に体育座り。熱気があって楽しい。

前半は坂本一成さんのレクチャー。「形式と現実の緊張関係」をめぐって展開。完結的な「散田の町家」と開放的な「水無瀬ANNEX」の対比は確かに象徴的。後半は奥山信一さんの司会で、坂牛卓さん、八束はじめさんが加わって討論。建築の批評性をめぐって意見交換が進む。

全体に面白かったが、冒頭で八束さんが「Who cares about design?」と短く述べ、それによって建築の固有性を対象とする坂本さんと、非批評としての都市を対象とする八束さんの対立的なポジショニングがなされたのにも関わらず、そのことについては最後まで触れられなかったのが少々物足りない。

疑問としては、住宅ならばともかく、都市空間ではスケールやプロポーションといったオーセンティックな建築固有の概念が通用しなくなっているのではないか。つまり、坂本さんの「建築」が射程とするところは「住宅建築」であって「都市建築」には届かないという偏りがあるのではないかということ。八束さんにはどこかでそれをストレートに問題化して欲しかった。

もっとも、その構図が最初に顕在化してしまうと議論そのものが成立しなさそうであったので、意図的に話題を逸らしたのかも知れない。質問時間もなく、そのままあっさり終了。終了後、塚本研の連中と飲む。

9日、施主打ち合わせを2本終え、建築会館へ。18:00「建築夜楽校」第2夜シンポジウム「ショッピングモールとローカル・シティ」開始。まずアトリエ派として中村竜治さん、研究者として新潟大学の岩佐明彦さん、組織派として久米の芝田義治さん、ゼネコン派として竹中の関谷和則さんの順にプレゼ。

討議に移ると、若林先生がショッピングモールは「見えない建築」であると指摘。そこでの建築の役割として、経験や仕掛けをつくる可能性を指摘し、「建築的経験」というキーワードを提示。建築は「もうひとつの経験」をつくれるのか?と問いかける。僕は「場所性と商業主義は両立可能か」とブレークダウンしてみたが、若林さんがいわゆるオーセンティックな場所性ではなく、視認性が生む場所性のような「引き算としての場所性」について補足してくれた。南後君は郊外型SCが「中心vs郊外」ではなく「地域vs地域」の構図で捉えられるとき、建築が果たすことのできる役割は?と問う。なかなか興味深い。

2日の討論では作家性の再定義が話題になったが、この日のポイントは場所性の再定義ではないかと思った。「非場所の場所性」という主題に対しては、建築的思考が役に立つ場面は多いように思える。つまり、作家像の変更と場所性の再定義が、さしあたって「工学主義的状況における建築的思考の可能性」ということになるのではないか。

打ち上げの席で竹中工務店の車戸城二さんに伺った話が興味深かった。イオンモールのような巨大な商業施設のプロジェクトでは、企画から竣工までの期間が1年しかないのだという。「現場で電気を消してまわるだけで4時間かかる」という巨大な建築が、それだけの短期間で私たちの日常生活に深く実装されてしまう。

責任所在の明快さと時間短縮の有利さという決定的要因により、ゼネコンによる設計施工の体制は今後ますます有利になるだろう。タワーマンションやショッピングモールのような巨大建築でアトリエ系の設計事務所が設計監理を受注するのは論理的に言って不可能に近く、デザイン監修で生き残るしかないだろう。

芝田さんが「そうすると組織はいらなくなっちゃうんですよ」と言っていたが、なるほど、表層(デザイン監修)と深層(設計施工)の二層構造化を止めることはできないとすれば、案外そういう結論に帰結するのかも知れない。となれば、アトリエ系組織系の建築家はデザイン監修という立場を使ってどこまで領域を拡大できるか、という戦略が主題となる。現に安藤事務所や隈事務所の動きを見ているとそう思わざるを得ない。デザイン監修なんてビッグネームの事務所の話だと思っていたけれど、藤村事務所のような若い事務所ですら、大きな規模のプロジェクトではそういうポジショニングで動くことを求められる。そういう時代なのだ。

車戸さんの「アトリエ派の皆さんの仕事は面白いけれど、我々にとってみればボランティアのようなものですよ」という一言が深く胸に刺さる。

これからの日本社会がアメリカ型の社会へ移行していくならば、アトリエ派、組織派は社会的役割を失い、ゼネコン派は立場上「工学主義」に回収され行くだろう。とすれば、「批判的工学主義」はアトリエ派、組織派、ゼネコン派を問わず、あらゆる立場にとって建築家の生きる唯一の道となる。したがって、現状の日本の建築ジャーナリズムにおける「つくりたいものをつくる(アトリエ派)」「その社会が建築をつくる(組織、ゼネコン派)」という建築家のトートロジーの二項対立には早々に終止符が打たれる必要がある。

自らが仕掛けるシンポジウム活動については、年内はこれにてひとまず終了としたい。「LIVE ROUND ABOUT JOURNAL」から「建築夜楽校」に至るまで、2008年は「建築的思考の可能性」をテーマにずいぶんたくさんの議論を仕掛けてきた。おかげでずいぶん論点も整理され、問題意識もだいぶ共有されて来たように思う。特に「批判的工学主義」は東浩紀さんにまで議論が届いたのが大きな成果となった。

2009年に向けて、議論の成果を徐々にアウトプットして行こうと思う。
fujimura

2008年10月15日

菊竹清訓さんを迎えて

建築夜楽校2日目の打ち上げの最中、突然携帯が鳴る。菊竹事務所の塚本さんからで、明日10時に菊竹清訓さんがBUILDING Kに来て下さるという。

先日INAX:GINZAで行われた菊竹さんのレクチャーを聴きに行った際、メガストラクチャー+方法論という組み合わせに勝手に親近感を抱いてはいたが、恐れ多くて話しかけることなどできず、そそくさと帰ろうとしたときのこと。スタッフの塚本さんが紹介して下さった。恐る恐る名刺交換させて頂き、「メガストラクチャーとテンション構造で集合住宅を作りました」と言うと、「今度見に行きます」と菊竹さん。

そしてついに実現

概略をご説明し、構造の説明に及んだとたん「基礎梁はどのように入っているのですか」「杭長は」と質問が始まる。少し興味を持って頂けたのか「これまで設計の経験は」「大学は」とバックグラウンドに質問が及び、まず「構造が上手ですね。寸法も上手です」とコメントを頂く。

だんだんとボルテージが上がり、「吊り材のジョイントは」「たわみの調整方法は」といったディテールレベルから「なぜ窓はこんなに小さいのですか」「あなたのコンセプトは何ですか」といったコンセプトレベルまで、質問が鋭くなる。しどろもどろになりつつ、夢中になって答えていると「それは理由になりません」「そんなものはコンセプトではありません」とどんどんハードルが上がっていく。

最上階の空中路地に着く。「いや、大変面白い。これだけの才能をお持ちなのだから、もっと表現するべきです。」「スケッチをしなさい。言いたいことはスケッチに表れます。」「海外に出なさい。そして仲間を見つけなさい。あなたの言うことを理解する人が必ず現れます。」と激励を頂く。

思い切って「なぜ先生は方法論を問題にされようとしたのですか」と伺ってみた。すると菊竹さんは「それは仮説を問題にするためです」と即答された。「ノーベル賞を取った学者も言っていたでしょう。仮説が重要なのです。」仮説とはもちろん「か、かた、かたち」の「か」に他ならない。

力強い激励のお言葉を頂いていると、伊東さんや藤本さんが「思いっきりやれ」と言うのがなんとなく理解できた。壮大なイマジネーションと強固なアイデンティティがないとこの気迫に対抗できない。

わずか1時間ほどではあったが、何か強烈な印象を残して帰られた。この日のことは一生忘れないだろう。

お忙しい時間を割いて下さった菊竹先生と、スケジュールの調整に骨を折って下さったスタッフの塚本さんに感謝したい。いつの日かまたお目にかかれればと思う。
fujimura

2008年10月16日

制度と生活のデザイン

帰宅して晩ご飯を食べていると、奥さんから、「ハンコンデモってのがあったんだって」と聞かされた。半婚?犯婚?と脳内変換できないで困っていると、反婚なんだという。ようは反戦と同じつくりの言葉なんだけど、結婚に反対ってこと? と考えるうちに、ますます分からなくなった。おかしな言葉だなと、まずは思う。

で、検索してみると、ありました、こんな記事

実は、ぼくと奥さんは結婚しているのだけど、一度入籍した後でよく相談して、結局それぞれがもともと持っていた名前を使っている。よくある「仕事は旧姓、戸籍は本姓」ではなく、仕事も戸籍も本名に戻して生活している。結婚を機に名字を変更して「それまで存在しなかった人名」が出現することに、大きな違和感があったからだ。この経緯はとてもおもしろいんだけど、長くなるのでそれは省きます。

さて、自分の話はいいとして、「反婚デモ」である。ぼくたちは、この記事が不快だった。どこか、おかしい。何かがずれている。客観的に見れば、ぼくたちも既存の婚姻制度に疑問を持って、別姓を求めた結果として籍を抜いたのだから、まあ、行動としては反婚と言えなくもない。でも、この「反婚デモ」は方法として間違っているんじゃないかと思う。どうにも共感できない。

たしかに、たとえば10代で子どもを産んで女手一つで育てるのにはたいへんな苦労があったと思う。でもたぶん、その苦労と現状の婚姻制度の間には、まったく関係がない。

現在の婚姻制度には問題がある。たとえば、戸籍を一つにしなければ得られない優遇措置がいろいろとある。夫婦のどちらかが扶養という優遇制度を甘受するためには、自ずから収入に限度を設けなければならない。だから、それぞれが経済的に自立したままで関係を継続するのは不可能だ。現行制度上、夫婦はあくまでも合わせ技で一本なのだ。

でも、それは制度のデザインの問題であって、結婚の実体がそこにあるわけでは決してない。結婚生活のデザインは、自分たちで何とかしなければならない。もし自分の不遇の現況を制度に求めるとするならば、それこそが、制度を過信(盲信)し、制度に身を委ねた思考にほかならない。少なくとも、「自分たちにはこんなに良いアイデアがある」と主張しなければならないと思う(記事に載っていないだけで、叫んだのかもしれないけど)。極端な言い方だが、「子守りをしてくれる人を探しても家族制度が壁にな」るなんて主張は意味不明だし(経験上はありえない)、「友達に結婚しない生き方を理解してもらえない」のは、本人の友達の質の問題に過ぎない。つまり、社会や制度のせいではなく、あくまでも自分と社会の関わり方の問題だと捉えるべきなのだ。

検索すると、webでの評価も引っかかった。「結婚がおめでとうの社会では、非婚の人が生きづらい」という彼らの主張に対して、「進学おめでとうの社会は、浪人の人が生きづらい」「新築おめでとうの社会は、中古の人が生きづらい」ということなのか?と疑問が呈されていた。その指摘は鋭い。しかも、笑える。

だからぼくたちは、この記事を読んで次の二つの教訓をかみしめた。
1. 自らが被る不利益を、社会や制度のせいにしてはいけない。
2. 主張する時はかならず対案を出し、実行すべく努力する。

ところで、別姓問題では、役所の「裁量」の幅を実感した出来事があった。ぼくたちは同じ住まいで協同して暮らすことを結婚だと考えたので、「戸籍はどうでもよいけど、住民票には何かしらの記載があってほしい」と望んでいた。すると左京区役所は続柄に「妻(未届け)」と記してくれた。もちろんわれわれへの特例ではない。一向に進まない制度改正に歯ぎしりするカップル一般に示される、役所の心意気である。これ、ロマンチックで、とっても気が利いた表現じゃありませんか? ぼくたちはとても気に入っています。

ええと、このエントリの肝は、言うまでもなく、菊竹さんの言う「もっと表現すべきです。スケッチをしなさい」であり、藤村くんが言う「かたちを発展させていく」ことの実践だということです。

yamasaki

2008年10月24日

ゼロ年代の課題

筑波批評社という文芸サークルの同人誌『筑波批評』の最新号で巻頭インタビュー「批判的工学主義とは何か」が掲載されました。

『筑波批評2008秋』について

「批判的工学主義」とか「超線形設計プロセス論」などで述べて来た「データベースの書き換え」「場所性と作家像の再定義」「メディアのあり方」などの一連の主張について哲学を専攻するシノハラ氏と社会学を専攻する伊藤氏と共に議論しています。個人的にも、今考えていることが包括的にまとまった内容になりました。

インタビューしてきた!(9/10のインタビューについて)
インタビュー先をちょこっとだけ公開するよ。(藤村龍至についての紹介)

彼らの同人誌は11/9の文学フリマにて発売される予定だそうです。筑波批評社は東浩紀さん主催のイベント「ゼロアカ道場」に参加しているようで、何だか盛り上がっている模様

「批判的工学主義」などという、印象としては一見閉じているけれども、逆に異分野の人に通じるというのは「理論」の成せる技。もともとは南後由和さんの企画したコンビニのシンポジウムに出たときに配ったフリーペーパーを読んだのがきっかけで興味を持ってくれたようで、きっかけを与えてくれた南後氏には感謝しております。

昔、ブライアン・イーノのレクチャーにレム・コールハースやアレハンドロ・ザエラポロが来ていて、システム理論について議論していたのを見て、理論が分野を超えていくダイナミクスを感じたことを思い出します。今回の件は小さな出来事かも知れないけれども、主張が分野を超えて響いたと手応えを感じたという意味で、ひとつの成果を感じるものになりました。

12日、20:00OMAの重松象平さんインタビュー@BUILDING K。OMAの設計プロセスは、プロジェクトのスペシフィシティ(固有性)を頼りにスキームを発展させて行く、というアプローチらしい。自分のやりたいことはまさにそれで、聴いていてとても共感した。

ただ、Casa da MusicaやCCTVなどのアイコン建築のシリーズ以降、最近のOMAは迷走気味という印象もある。NYのコンドミニアムのプロジェクトは久々にOMAらしさを感じるので実現が楽しみだ。

17日、アーキニアリング・デザイン展のオープニングへ。展示は濃密で面白い。小西さんがいらっしゃったので一緒に見て回る。どれも面白いが、スカイハウス、ポンビドゥーセンター、モード学園スパイラルタワーなどが新鮮で印象に残る。

ひと通り見て、構造表現のフロンティアは平屋と超高層とドームなんだなと思った。ある高さ、あるスパンを超えると工学の割合が強くなる。構造と意匠の融合、工学と社会の関係という観点からいえば、40-50Mのビルで何ができるかを考えることも問いとしては面白いはず。

19日、7:00後輩KとNに手伝ってもらい、自宅の引っ越し。独立当初は事務所にしていたこともあり、UTSUWAやBUILDING Kの初期案などを生み出した部屋でそれなりに思い出深いが、9月末で東工大を離れたことと、事務所を高円寺に移して以来通勤に1時間くらいかかっていて体力的に辛かったので引っ越しを決意した。この機会に荷物も思い切って整理。もっとミニマムにしたい。

引っ越し後、へとへとになりつつ18:30日本女子大へ。シンポジウム「集住とコミュニティ コミュニティはデザインできるか」に参加。司会は篠原聡子さん、パネラーは東大の大月敏雄さん、URの井関和朗さんと僕。西川祐子さんや小谷部育子さんにもお会いする。

西川さんを含む4者の発表を聴き、後半がパネラーによる討論という構成。「若手建築家はコミュニティの問題をどのように見るか」を話して欲しいとのお題を頂き、80年代のニュータウン育ちというルーツも含めて感じたところをお話しさせて頂く。

専門ではないし、研究を共有しているわけではないという立場から発言を求められていたので緊張しつつも、発表は濃密で学会のようで面白い。「コミュニティ」とか「場所」とか「空間に意味を重ねる」とか、若手建築家の間ではまず議論されない話題ではあるが、発表を聴いてみると意外なほどダイナミクスがあり、逆に新鮮。

日曜日にも関わらずお客さんも集まり、程よく盛り上がって終了。打ち上げで関係者の皆さんといろいろお話しする。小谷部さんに「ニュータウン育ちの建築家に初めてお会いしたわ」と言われたが、あと20年くらいするとタワーマンション育ちの建築家が現れるに違いない。

22日、14:00日刊建設工業新聞の80周年記念号に掲載予定の若手建築家座談会「21世紀の建築・都市」に出席@建築会館。五十嵐太郎さんが司会進行で、メンバーは平田晃久さん、中村竜治さん、福屋粧子さん、吉村昭範さんと僕。

最初に五十嵐さんからベニス・ビエンナーレについて、繊細な日本のデザインと世界のデザイン潮流との距離などが報告され、討論スタート。「21世紀」「グローバリゼーション」「地域主義」等をめぐってそれぞれが持論を展開する。

新聞なのでわかりやすくと思い、建築家が建築家固有の思考と言葉と方法論を持って社会的諸問題に対峙する「建築主義」を唱えたら(例によって)批判が集中。

いや、グローバルキャピタリズムによって社会が流動化しているからこそ、建築はその思考や方法の固有性をまず主張しなければ、という至極真っ当な主張なんですけれどね。あるいはその真っ当すぎる主張が論争を誘発してしまうというか。

座談会をやりながら思ったのは、この日発言した「建築」にせよ、中村さんの「かたち」にせよ平田さんの「生成」にせよ、90年代の後半に「それを言ったら叩かれる」と思われていた一種の地雷タームをあえて復活させている点で共通しているのが興味深い。

例えば、平田さんは90年代にグレッグ・リンらが提唱した「ブロッブ・アーキテクチャー」のコンセプトを意図的に復活させている。座談会のなかで「90年代の試みとの違いは何ですか」と平田さんに聞いてみると、「身体性の有無」だと答えが返って来た。逆に平田さんに90年代のMVRDVの「データスケープ」との違いについて聞かれたので、同じく「身体性の有無」だと答えてみた。

90年代後半に設計環境のコンピュータライゼーションに伴って提出された「ブロッブ・アーキテクチャー」や「データスケープ」などのコンセプトが、身体性や建築性といった概念、場所性や環境といった社会の諸問題を伴って復活してきているのがゼロ年代の一側面なのではないか。

解散後、駅前のカフェでウラ座談会。「皆さんもっと『主義』とか主張してはどうですか」と勧めてみる。中村さんは十分に「かたち主義」だし、平田さんも既に「生成主義」なので、そのように主張したほうがわかりやすいのでは。

18:00事務所に戻ると、dot architectsの家成さんと大東さんが来てくれている。途中でISOLATION UNITの柳原さんも合流。BUILDING Kを見てもらう。その後近所の飲み屋で建築界や社会の諸問題について管を巻き→移動してしっぽり人生について語るコースで夜が暮れる。同世代で、互いに良き理解者であり、心おきなく意見を交わすことのできる貴重な友人たちである。

彼らは大阪ベースなので、近所に住んでいればもっとたくさん議論できるのにと思うが、逆に東京−大阪くらいの距離感がまたいいのかも知れない。2009年は彼らの個展も東京で開かれるとのことなので、たくさん絡めればと思う。

2009年の展開もだいぶ見えて来た。「ゼロ年代」もそろそろまとめに入らなければ。

(以下、『筑波批評』関連の情報を掲載しておきます)

『筑波批評2008秋』

目次
* 批判的工学主義とは何か——建築家・藤村龍至インタビュー
* アダルトヴィデオ的想像力をめぐる覚書——ゼロ年代的映画史講義・体験版(渡邉大輔)
* リアル入門——ネットと現実の臨界(工藤郁子)
* 文芸批評家のためのLudology入門——<ゲーム>定義のパースペクティブ(高橋志行)
* 工学の哲学序説(シノハラユウキ)
* 「コンテンツ植民地」日本(min2fly(佐藤翔))
* ケータイ小説の作り方——ケータイ小説家・秋梨インタビュー
* フィクションするとは一体いかなる行為か(シノハラユウキ)
* 兄弟という水平面/擬似的な垂直性(シノハラユウキ)
* フラグメンタルアプローチ(塚田憲史)
* &LOVE——『あたし彼女』『メルト』(塚田憲史)
* Synodos+筑波批評社
* 座談会 ニコニコ世代に歴史はあるか?

東浩紀氏主催の「ゼロアカ道場」についての情報
http://shop.kodansha.jp/bc/kodansha-box/zeroaka.html

「ゼロアカ道場」は、昨年の12月から講談社BOXと東浩紀氏がタッグを組み、若手批評家を育成するというものです。第一関門から第六関門まで設定されており、第六関門突破者には、講談社BOXのレーベルから1万部をもっての批評家デビューが約束されています。

同人誌を販売するイベント「文学フリマ」についての情報
http://bunfree.net/#l2

イベント名:文学フリマ
日時:08年11月9日(日) 11:00~16:00
場所:東京都中小企業振興公社 秋葉原庁舎 第1・第 2展示室
(JR線・東京メトロ日比谷線 秋葉原駅徒歩 1分、都営地下鉄新宿線 岩本町駅徒歩 5分

「文学フリマ」は、小説・詩・批評といった文章系の同人誌を作るサークルが集まり、販売するイベントで、今回が七回目となっています。筑波批評社は当日「B-62」というブースで本誌を販売しています。
http://bunfree.net/dai7kai/circle_detail.html#B62

彼らの挑戦に対し、「批判的工学主義」がどれだけ貢献できたかは定かではないが、頑張って欲しいと思う。
fujimura

2008年10月29日

植田実さんインタビュー

26日、9:30久しぶりにTEAM ROUND ABOUTのメンバーが集結@BUILDING K。編集者の植田実さんを迎える。

現在準備中の書籍『1995年以後』(仮称・2009年1月発売予定)の目玉として、植田実さんにインタビューを行った。伝説の雑誌『都市住宅』の創刊当時、植田さんは32歳だったという。ちなみに磯崎さんが37歳、伊東、安藤、石山らが27歳、元倉真琴さんらは22歳。

たまたまだが、『ROUND ABOUT JOURNAL』でインタビューしているレンジもほぼ一致している。僕が今年32歳。藤本さん、平田さんらが37歳、最年少のg86が22歳。なるほど、そういう距離感で彼らもムーブメントを作り上げていたわけで、大いに勇気が湧く。

植田さんと議論したかったのは、なぜ世代論を仕掛けたのか、それらはどういう意味を持ったと思うか、当時の社会的背景との関係についてどう考えているか、など。

『都市住宅』が創刊された1968年は霞ヶ関ビル竣工の年で、巨大建築とインフラが都市を覆い始めた時期に一致する。『RAJ』を発行し始めた2007年は1995年以降のグローバル・キャピタリズムに伴う都市空間の変化のピークの時期に一致する。100冊を数えた雑誌と10号にも満たないフリーペーパーは比較するのもおこがましいが、両者が世代論を問題にしているのは、単なる偶然というよりは、社会的コンテクストの構造的な反復に起因する。

終了後、植田さんにBUILDING Kをご案内。「今までありそうでなかった建築」「このビルだけで写真集を作れる」とコメントを頂く。『新建築』の掲載記事を読み込んで下さっていて驚いた。

植田さんと別れてから、久しぶりにTEAM ROUND ABOUTでミーティング。全員集合したのは恐らく2月のLRAJ打ち上げ以来。さすがにいろんなアイディアが出てスパーク。いろんな企画が一瞬の内に決まった。素晴らしいチームだ。

なお、当日の様子はこちらにも掲載されているので参照されたし。

27日、14:00カナダのブリティッシュ・コロンビア大学(UBC)のスタジオスタート。生まれて初めて「課題」なるものを出したが、考え始めると意外と難しいもの。

悩んだ末、課題は「建築的ランドマーク」とした。ランドマークとはいかに設計可能か、そこに貢献し得る建築的思考とは何か、といったことを議論できればと考えた。

19:00スタジオ後、編集委員会に合流@建築学会。インテリアをめぐって議論が盛り上がる。インテリアとは結局フェティッシュの表現だ、最近の若手建築家はフェティッシュに傾倒しているのだ、という。

なるほどとも思うが、個人的な実感も含め、インテリアはフェティッシュ(表層)の表現を求められる一方で、動線や収容量など、厳密な機能(深層)の解決を求められる分野であり、異なる表現が乖離的に共存する独特の領域を構成していると思う。

インテリアが批評性を持っているとすれば、社会全体の建築設計に対する要求が、インテリアデザイン的に分解してしまっているという点においてである。建築表現にしても、表層と深層の一致よりもそれぞれの強度を求めるが故に、乖離的にならざるを得ず、インテリア化していると言える。

考えてみれば、誰もそうした指摘をしていないのではないか。商業主義が作家像の変更を迫っていることは確かだが、誰もがインテリア=フェティッシュだと片付けがちである。中村竜治さんの眼鏡屋さんが秀逸なのは、装飾は過剰にフェティッシュなのに構成は厳密に機能的で、それらが一致するというよりただ乖離的に共存している点だということもできるのではないか。

先日見た村野藤吾展は、繊細な手すりと同時に巨大な設備シャフトを同時に設計しているという二層構造が最も興味深かった。おそらく、商業主義に身を投じて建築家として名を残した建築家は、そういう二層構造を持っていたのだと思う。「手すり」も「設備シャフト」も、商業主義と深く関わっていることを考えれば、表裏一体の問題である。片方だけ論じていては見えない問題の広がりがある。

31日、18:00成瀬・猪熊の「ひとへやの森 インタラクティブな風景」展オープニングへ。インスタレーションは想像以上に刺激的で、成功していると思った。ただレクチャー後の討議では平田さんにマイクが回ったら最後、さながら独演会のようになってしまい、議論そのものは面白かったが、結局一言しか話せなかった。

彼らはあの風景を「インタラクティブ」というが、もっと説明が必要だと思った。身体と空間との関わりというならただ収納棚がある部屋だってインタラクティブである。どういうインタラクションなのか、もっと説明すれば、そこに尽くされる言葉から彼らは次の展開を導くだろう。

ヒルサイド・ウエストで11/4(火)まで。詳しくはこちら
fujimura

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