建築夜楽校第2夜、無事終了しました。
さっそくブロガー諸兄のレポートをどうぞ。
archi theater「建築夜楽校2/絵を描くのは誰か」
shoya.n design site「建築夜学校2008 第2夜」
City_Scape「建築における『出来事』、『非場所』における場所性」
サイコロガシ「建築夜楽校 第2夜レポート『場所性と身体性』」
No! Hedge「建築夜学校2008 第二夜 「ショッピングモール」とローカル・シティ」
ブロガーというカテゴリーではないかも、ですが、
ぽむ日記
*
4日、13:30豊洲の迫事務所へ。迫慶一郎さんへインタビュー。北京へ戻る飛行機の前に時間を作って頂き、シンポジウムの後日談的にお話を伺う。これまで短い時間でお会いすることはあったが、サシで話をするのは初めて。
インタビュー後、「『批判的工学主義』については今回のシンポジウムでよくわかった。でもそれは、自分が普段から考えていることだからだ。他の人に伝えたいなら、もっとビジュアルインパクトをつくった方がいい」と言われる。「言っていることに共感するからこそ、苦言を呈したい」と、熱いメッセージを受け取った。
その後、柄沢祐輔、南後由和、編集の飯尾さんと神楽坂で会い、軽くブレスト。
17:00石上事務所へ。石上純也さんへインタビュー。開催中のベニスビエンナーレのこと、神奈川工科大学工房のことなど、じっくり話を伺う。石上事務所へはRAJ1のインタビューのときに来て以来だから、約1年半ぶりだろうか。そのときは「工房」の1/3模型がたくさん並んでいて圧倒されたが、今は少し落ち着いている。
石上さんの鋭くて迷いのない答えのなかに、戦略的に自分を社会の中に位置づけるデザイナーの姿勢を感じ、ふと京都の森田一弥さんを思い出した。自分とはアプローチもスタイルも異なるが、社会への位置づけ方にある種の交換可能性を感じる人のひとりである。
5日、9:00建築会館へ。ArchiTVの一企画「ソツセイ脱構築」へ。長谷川逸子さんと五十嵐太郎さんと一緒にゲスト審査員。言葉を審査し、次にボードを審査する。模型を封じるという形式で卒業設計のあり方を問うというもの。審査は面白かったが、応募者のほとんどが会場におらず、自分の選んだ人ではない人のプレゼを聞くことになってしまった。
総評で「建築家には建築家固有の思考と言葉があるので、それを意識して語って欲しい」と述べたら、長谷川さんに「私たちの頃は建築家で言葉が閉じていると批判されてばかりだったから、時代が変わったのね」と言われる。控室で長谷川さんから聞く東工大や篠原研の話はとても興味深かった。
終了後、五十嵐さんに誘って頂き、写真家の小山泰介さんと昼食。作品は表層の読み替えを主題にしている。組んだら面白いかも知れないと思う。
6日、打ち合わせを終え、14:00で小川晋一さんと待ち合わせ@航空公園。タクシーで日本大学芸術学部へ。所沢は地元だが、このキャンパスに来るのは初めて。3年生の集合住宅の課題を講評させて頂く。アイディアに拘ってかたちを発展させていない人が多いようだ。設計のうまい人はかたちをどんどん発展させて行くのだが、その違いは案外気がつかないことかも知れない。
終了後、プロペ通りの飲み屋で懇親会。芸術学部の学生だけあって皆それぞれ個性的で人間的な魅力もあるが、「建築に興味が持てない」という学生が多い。製図室にも残らないというし、あまり雑誌も読まないようだ。
学生がどんどん建築を離れるようになった。もちろん僕らの頃も一定の割合でそういう人はいたが、最近は建築そのものを語る学生になかなか会わない。時代を反映しているのだろうか。
7日、9:30理科大非常勤。課題の「ピクニック」について小嶋研助教の坂下加代子さんとエスキス。ピクニックを空間の問題として捉えるのは難しい。聞いているとゲームや仮装の話に脱線しがち。「それは企画の話であって設計ではない。企画と設計の違いを考えよう」と口を挟んで回る。1年生なのでほとんど高校生のように幼いが、それゆえに面白い。
午後はレクチャー。小嶋さんにリクエストを頂き、課題でもある「篠原一男の空間」を解説。東工大を離れると、東工大を語る場面が増える。「住宅は芸術である」というマニフェストを紹介し、4つの様式を解説。その後、自分のレクチャー。1年生も対象だったが、容赦なく「批判的工学主義としての建築」を語る。
小嶋さんも聞いて下さっていたので話に熱が入り、質問もたくさんもらってなかなか楽しかった。終了後、「僕らの頃は『○○主義』と言われないようにするのに必死だったのに、自分からあえて『主義』を唱えるのは逆に新鮮」とコメントを頂き、なるほどと思う。
最近、レクチャーで受ける反応が少し好意的になって来た。『SD2007』の頃は完全なる逆風だったが、最近は徐々に変わって来て、時に追い風すら感じる。しつこく議論の場を仕掛けて来た成果も多少はあるのかも知れないが、やはり『新建築』で作品が発表されたのが大きな転機となったように思われる。
8日、11:00mosakiのふたりが取材で来社。syncでは一時期場所を共有していたが、じっくり話すのは久しぶり。14:00UBC(ブリティッシュ・コロンビア大学)の乾久美子さんのスタジオの最終講評会へ。中野の一角に小さな建築を設計するというお題。うまくまとめている人はいたが、形そのものを捉えている人は案外少ない。今月の下旬からいよいよ自分も教えることになるので、楽しみ。
18:00東工大へ。坂本一成展のシンポジウム。会場は超満員で既に座席はなく、学生に混じって最前列に体育座り。熱気があって楽しい。
前半は坂本一成さんのレクチャー。「形式と現実の緊張関係」をめぐって展開。完結的な「散田の町家」と開放的な「水無瀬ANNEX」の対比は確かに象徴的。後半は奥山信一さんの司会で、坂牛卓さん、八束はじめさんが加わって討論。建築の批評性をめぐって意見交換が進む。
全体に面白かったが、冒頭で八束さんが「Who cares about design?」と短く述べ、それによって建築の固有性を対象とする坂本さんと、非批評としての都市を対象とする八束さんの対立的なポジショニングがなされたのにも関わらず、そのことについては最後まで触れられなかったのが少々物足りない。
疑問としては、住宅ならばともかく、都市空間ではスケールやプロポーションといったオーセンティックな建築固有の概念が通用しなくなっているのではないか。つまり、坂本さんの「建築」が射程とするところは「住宅建築」であって「都市建築」には届かないという偏りがあるのではないかということ。八束さんにはどこかでそれをストレートに問題化して欲しかった。
もっとも、その構図が最初に顕在化してしまうと議論そのものが成立しなさそうであったので、意図的に話題を逸らしたのかも知れない。質問時間もなく、そのままあっさり終了。終了後、塚本研の連中と飲む。
9日、施主打ち合わせを2本終え、建築会館へ。18:00「建築夜楽校」第2夜シンポジウム「ショッピングモールとローカル・シティ」開始。まずアトリエ派として中村竜治さん、研究者として新潟大学の岩佐明彦さん、組織派として久米の芝田義治さん、ゼネコン派として竹中の関谷和則さんの順にプレゼ。
討議に移ると、若林先生がショッピングモールは「見えない建築」であると指摘。そこでの建築の役割として、経験や仕掛けをつくる可能性を指摘し、「建築的経験」というキーワードを提示。建築は「もうひとつの経験」をつくれるのか?と問いかける。僕は「場所性と商業主義は両立可能か」とブレークダウンしてみたが、若林さんがいわゆるオーセンティックな場所性ではなく、視認性が生む場所性のような「引き算としての場所性」について補足してくれた。南後君は郊外型SCが「中心vs郊外」ではなく「地域vs地域」の構図で捉えられるとき、建築が果たすことのできる役割は?と問う。なかなか興味深い。
2日の討論では作家性の再定義が話題になったが、この日のポイントは場所性の再定義ではないかと思った。「非場所の場所性」という主題に対しては、建築的思考が役に立つ場面は多いように思える。つまり、作家像の変更と場所性の再定義が、さしあたって「工学主義的状況における建築的思考の可能性」ということになるのではないか。
*
打ち上げの席で竹中工務店の車戸城二さんに伺った話が興味深かった。イオンモールのような巨大な商業施設のプロジェクトでは、企画から竣工までの期間が1年しかないのだという。「現場で電気を消してまわるだけで4時間かかる」という巨大な建築が、それだけの短期間で私たちの日常生活に深く実装されてしまう。
責任所在の明快さと時間短縮の有利さという決定的要因により、ゼネコンによる設計施工の体制は今後ますます有利になるだろう。タワーマンションやショッピングモールのような巨大建築でアトリエ系の設計事務所が設計監理を受注するのは論理的に言って不可能に近く、デザイン監修で生き残るしかないだろう。
芝田さんが「そうすると組織はいらなくなっちゃうんですよ」と言っていたが、なるほど、表層(デザイン監修)と深層(設計施工)の二層構造化を止めることはできないとすれば、案外そういう結論に帰結するのかも知れない。となれば、アトリエ系組織系の建築家はデザイン監修という立場を使ってどこまで領域を拡大できるか、という戦略が主題となる。現に安藤事務所や隈事務所の動きを見ているとそう思わざるを得ない。デザイン監修なんてビッグネームの事務所の話だと思っていたけれど、藤村事務所のような若い事務所ですら、大きな規模のプロジェクトではそういうポジショニングで動くことを求められる。そういう時代なのだ。
車戸さんの「アトリエ派の皆さんの仕事は面白いけれど、我々にとってみればボランティアのようなものですよ」という一言が深く胸に刺さる。
これからの日本社会がアメリカ型の社会へ移行していくならば、アトリエ派、組織派は社会的役割を失い、ゼネコン派は立場上「工学主義」に回収され行くだろう。とすれば、「批判的工学主義」はアトリエ派、組織派、ゼネコン派を問わず、あらゆる立場にとって建築家の生きる唯一の道となる。したがって、現状の日本の建築ジャーナリズムにおける「つくりたいものをつくる(アトリエ派)」「その社会が建築をつくる(組織、ゼネコン派)」という建築家のトートロジーの二項対立には早々に終止符が打たれる必要がある。
*
自らが仕掛けるシンポジウム活動については、年内はこれにてひとまず終了としたい。「LIVE ROUND ABOUT JOURNAL」から「建築夜楽校」に至るまで、2008年は「建築的思考の可能性」をテーマにずいぶんたくさんの議論を仕掛けてきた。おかげでずいぶん論点も整理され、問題意識もだいぶ共有されて来たように思う。特に「批判的工学主義」は東浩紀さんにまで議論が届いたのが大きな成果となった。
2009年に向けて、議論の成果を徐々にアウトプットして行こうと思う。
fujimura