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2008年11月 アーカイブ

2008年11月05日

仕掛けの季節

27日、福岡の井出健一郎さんからメールを頂く。福岡でdesigning?というイベントを仕掛けている若手建築家。面識はなかったが、「BUILDING Kを見学させて欲しい」「時間があったらお話させて欲しい」とのことだったので、お会いすることにした。

お会いしてポートフォリオや活動の資料を見せてもらったら、とても精力的で驚く。designing?は福岡で2004年にスタートし、今年で4回目。たったふたりの仕掛けで数万人を動員するほどまでに成長しているというからすごい。ガイドブックのデザインもクオリティが高い。短い時間だったが、すぐにピンと来て、RAJ8用にインタビューをお願いすることにした。

2日、改めてインタビュー@BUILDING K。話を聴けば聴くほど問題意識が一致する。同世代で同じ問題意識を持って活発に活動している人に出会えたことに軽く感動すら覚えた。収録したインタビューはRAJ8のなかでも重要な位置を占めるだろう。

その後、外苑前でマシツマJP、mashcomixの真取さんと「建築マンガ」の打ち合わせ。その足で立ち寄った「日本史」の切れ味に驚く。デザインとか作品の切れ味もなかなかのものだったが、何より岡田さんの企画の鋭さが際立っている。ポストモダンな記号論的アプローチは今の主流ではないが、「あえて仕掛けている感」がカコイイ。

岡田さんは椅子の研究をしているそうなので、今回のような企画との関係をどのように位置づけているのか質問すると、幕末から明治に掛けての、社会状況の変化とデザインの関係に興味があるとの話を聞いて大いに納得。革命はデザインを生むというが、権力構造の変化とデザインの関係はつくづく興味深い。derollシリーズの今後の展開に期待したい。

その足でミッドタウンのDESIGN TIDE TOKYOへ。入口で谷尻誠さんに会う。谷尻さんの会場構成がとてもいい。忙しそうな谷尻さんと少しだけ話して、会場を回る。ISOLATION UNITの柳原君やcentral line studioの酒井君がいて直接話を聞くことができた。初めて行ったがとても楽しい。建築でもこういうことができたら面白いかも知れない。

3日、14:00ブリティッシュ・コロンビア大学のスタジオへ。エスキース・チェック。「顔を作る」とか「構えをつくる」という問い自体に戸惑っている人も多いが、「建築で」ランドマークをつくる、という課題に答えられなければ、インテリア・デザインや看板に負けてしまう。頑張ってもらいたいと思う。

4日、理科大の非常勤後、横浜の山本理顕事務所へ。山本理顕さん、西田司さんと今月21日(金)から始まる展示の打ち合わせ。3人で行うシンポジウムは30日(日)の14:00からと決まった。

終了後、近くにある平田晃久さんの「イエノイエ」を見学。屋根の集合というコンセプトに対し建物全体の輪郭の印象が少々強い気がするのと、内部では意外と構造が気になったが、全体としてはコンテクストに対しアイコンとしてよく機能しており、ただの住宅ではないと感じた。

20:00ロッテルダム在住のDirk来社@BUILDING K。建築家だが、2006年からロッテルダムで「CAMERA JAPAN」という日本映画をテーマとしたイベントをオーガナイズしているのだという。映画関係のイベントだが、藤本壮介さんを呼んだらたくさん人が来たとのことで、次年度以降の企画に再び建築関係の企画を入れることを考えているそう。

それにしても、今週はイベントの仕掛け人に良く会った。秋は仕掛けの季節なのだ。

準備中の書籍のタイトルが決まった。1月のイベントに間に合わせるべく、著者校正用原稿の作成に取り組む。
fujimura

2008年11月09日

建築界のザクティ革命!?

g86と筑波批評社がチャット対談していますね。

筑波批評社×g86対談 前編(筑波批評社ブログ)
[Interview]vol.17批評集団 筑波批評社(g86)

参考:藤村龍至インタビューについて(筑波批評社ブログ)

前半は「議論する僕ら」の自意識について語り合い、後半の最後のほうに議論の枠組みが見えてきます。なかなか面白いですね。

*(以下引用)

塚田: 地域とか地方とかの関係で建築が担える役割みたいなものってあると思いますか?

山道: そこを今めちゃかんがえて、ショッピングセンター研究をしているのですが、都市形態とかと絡められるんじゃないかなとか。

塚田: 個人的には安易に、その地域っぽさを取り入れる、ご当地キャラみたいなものはいやだなとか思って不安に思ってるのですが。

山道: それこそ地域の差異を建築の何かに変換したいですね。

塚田: 今ある都市の形を所与の条件として、そこに最適化するみたいなことですかね。

シノハラ: まさに、藤村さんの批判的工学主義みたいな話ですね。

山道: 特産品とかではなく、空間的な差異に落としたいですね。

(中略)

鎌谷: 実際藤村さんのインタビューをされて、どんな感想をお持ちになりました建築にたいして。

シノハラ: 実務と思想が繋がっていること(実務的な思想を作ろうとしていること)、新しい価値基準を作ろうとしていること、建築業界そのものを変化させようとしていることの3点に、なるほどなあと思いました。すごくざっくりした感想で申し訳ないですが。

山道: 東工大の建築の文脈て、スペクタクルじゃなく、どうインパクトを作るかっていうのが、あるかもしれませんね。そこにある、ごく普通の要素をどうこねくりまわすか

klov: ショッピングセンターとかコンビニとか普通に考えたら建築家の作家性とか絡まないところに絡む。

山道: そうですよね。ショッピングセンターとかコンビニがおもしろいのはシステムと絡んでるからだと思います。

塚田: 作家性が取り戻せない状況でいかに振舞うかについてかなり刺激的でした。そういうのって文学でもなんでもいろんなところで見られる現象なので。つまり作家性が抜け落ちるということだよ、ケータイ小説とか。

山道: 村上春樹も、ビームサーベルとかが出てくるようなSFでないのに、飛び感があるのはそれに近いと思います

klov: 飛び感。

山道: あくまで日常的だけど内容は飛んでる。ケータイ小説とかはとび感は無いような気もしますよね

klov: なるほど。ベンチューリの逆!

それにしてもg86といい、筑波批評社といい、行動力、仕掛けのタイミングの読み、文章の編集力、どれも抜群です。もはや学生の域を超えていますね。

『筑波批評 2008秋』はいよいよ本日(11/9)秋葉原で行われる文学フリマで発売されるそうです。より多くの人に読んでもらえるといいなと思います。

大学院に在籍していた頃(ってそんなに昔ではないですが)、情報化とは何か、市場化とは何か、郊外化とは何か、社会の動きについて話し合いたくても製図室や研究室では話そのものがなかなか成立しなかった記憶があります。今日のように社会が動くときに建築そのものを見ても何も見えないのは当然で、だからこそ学際的な議論がいるわけですが、少しずつ議論が育って来て、分野を超え、世代を超え、面的な広がりを感じられるようになって来ました。

シノハラ君の言う「ザクティ」の意味はよくわからないが、彼らの動きが彼らの世代の学生たちのロールモデルとなって、本当に「革命」のような動きに育って行けばいいなと思う。
fujimura

11/21-30「西田司+藤村龍至」展@BankART

現在開催中の横浜トリエンナーレ関連イベントとして、建築家・山本理顕さんのご推薦を頂き、下記の展示を行う運びとなりました。お忙しいことと存じますが、お立ち寄り頂ければ幸いです。

同世代の建築家、西田司さんとの2人展です。

*(以下、概要)

BankART BANK under35
西田司+藤村龍至展
「URBAN COMMONS」

横浜トリエンナーレに連動し行われている「BankART Life 2」展で山本理顕氏ディレクションのもと行われる展覧会。同じ1976年生まれの西田と藤村が、都市の共有物(URBAN COMMONS)をテーマに展示を行う。

場所 BankART studio NYK 1F (BankART Mini)
(横浜市中区海岸通り3-9)
期間 11月21日(金)〜11月30日(日)
時間 10:00-19:00
入場 900円(共通)

11/21(金)18:00より会場にてオープニングパーティを開催
11/30(日)14:00-16:00 山本理顕氏を交えシンポジウムを開催
16pのカタログを発行予定

問い合わせ先 BankART studio NYK 045-663-4677

fujimura

2008年11月13日

明日、広島に行きます!

直前ですが、小川晋一さんにお声掛け頂き、近畿大学工学部*にてレクチャーをさせて頂きます。

日時:11月14日(金)10:40-12:10
場所:近畿大学工学部*メディアセンター1階 マルチメディア講義室

外部の方も聴講できるそうです。お近くの方は是非。

*追記:正しくは「工学部」です。お詫びの上訂正致します。

12月に曽我部昌史さんにお声掛け頂き、下記のシンポジウムに参加させて頂きます。

「建築家ピーター・クックと未来を語る」
日時:2008年12月8日(月) 13時~16時30分
場所:熊本テルサ テルサホール(熊本市)
内容:英国現代建築の先駆者ピーター・クック氏を迎え、アートポリスや建築の未来を考えていきます。
出演:伊東豊雄 桂英昭 末廣香織 曽我部昌史 松原弘典 藤村龍至
入場無料、事前申し込み不要

詳細はこちら

南後さん、インタビューされていますね。
インタビュー04「都市・建築における無名性の価値、有名性の価値」/南後由和 前半
インタビュー04「都市・建築における無名性の価値、有名性の価値」/南後由和 後半
(Querycruiseサイト)

(批判的工学主義について)現状の都市・建築をめぐる社会学的診断というか、いわば現代の建築家が置かれている社会的位置を踏まえた姿勢とも言えるのではないでしょうか。だから特定の建築家としての藤村さんや柄沢さんだけが取り組むべき問題ではなく、建築界全体が無視することができない問題のひとつとして、アトリエ系事務所、組織・ゼネコン系事務所、研究者の垣根を越えて、多くの人に開かれたものにできればと思っています。(インタビューより)

ルーツからアジェンダまで、包括的な内容で読み応えあります。「批判的工学主義」についても、南後さんが言うとさわやかに聞こえますね。なぜだろう。

mashcomixの益子悠さんからメールを頂く。ブログで藤村事務所のHPを紹介してくださったとのこと。

ちょっと前ですが、HPをリニューアルしました。扉は益子さんのイラスト。全体はショールームと倉庫というIKEA的二層構造を応用し、JPEG(インデックス)とPDF(データ)の二層構造にしました。

まだまだ改良を重ねるつもりですが、とりあえずご報告まで。

BankARTの展示の準備(11/19まで)を手伝ってくれる方を、期間限定で募集中です。長期は無理だけど少しなら手伝ってみたい方、歓迎です。こちらまで。

fujimura

2008年11月21日

西田+藤村展、本日スタートします

本日スタートします。昨日、UBCでの授業後に設営完了のチェックに行ってきました。ただのチェックのはずが、だいぶ作業が残っており、結局終電まで作業しました。

西田さんエリアと藤村エリアを肩を並べているのですが、なかなか迫力ある展示に仕上がったと思います。

オープニングは本日18:00からです。お近くの方は是非。

*(以下、コンセプト文)

西田司+藤村龍至
URBAN COMMONS

本展は、建築家・山本理顕氏のディレクションにより開催される展覧会である。西田は野毛で計画中の「横浜アパートメント」、藤村は高円寺に竣工した「BUILDING K」を中心に、それぞれの設計コンセプトを展示している。

私たちは同じ1976年に生まれ、80年代の東京郊外で育ち、バブル崩壊後の90年代後半に建築を学んだという共通の背景を持つ。郊外化が進行し、コミュニティも場所も失われていくなかで、どうやったら都市に濃密な経験を取り戻すことができるか、という問題意識もまた、共通している。

「横浜アパートメント」と「BUILDING K」の共通点は、ともにコモン・スペースを内包していることである。前者は1階に、後者は屋上に、それぞれコモン・スペースを持っている。ここでは、こうしたコモン・スペースでのアクティビティの可能性を、西田は都市のグランドレベル(1階)、藤村がルーフレベル(屋上階)を切り口に、それぞれ表現している。

それらのスペースはそれぞれの建築の特徴に留まるものではなく、それぞれの地域(野毛、高円寺)独特の建築のあり方の提案であると考えた。ここでは、西田は「インタラクション」、藤村は「設計プロセス」をテーマに、それぞれの建築がどのように生まれ、また地域を再定義していくのか、コンテクストとの関係や、それを描くための方法論を表現しようとした。

こうした建築の設計によって得ることの出来るアクティビティの場や、建築言語のような都市の共有物の総体を、「URBAN COMMONS」と名付けた。「保田窪団地」や「建外SOHO」の実践を経て、「地域社会圏」の構想を提示している山本氏と、建築の可能性について議論しているうちに浮かび上がってきた概念である。

「URBAN COMMONS」は、都市空間に濃密さを取り戻すための建築的な方法足り得ると、私たちは確信している。

fujimura

2008年11月22日

教育の場面で

6日18:00、UBC(ブリティッシュ・コロンビア大学)の6週間の課題のうち、最初の2週間の小課題のファイナル・プレゼンテーション@中野。George Wagnerさん、会場淳さんに加え、今村創平さん、木下庸子さん、松本文夫さんも加わってファイナル・レビュー。

今回、浅草の6叉路を敷地に、周囲の7つの角地建築をランドマークとして再設計せよ、という課題を出した。「建築的であること」「ランドマークであること」を条件に、規模や用途の異なる建物を、プログラムや都市形態と関連付けながら設計するよう指示した。たった2週間の課題なのでどうなるかハラハラしたが、リサーチも功を奏して何とか形になった。

生まれて始めて課題なるものを出したが、発表会がこれほど緊張するとは。今まではクリティークするだけなのである意味では気楽だったが、最終発表会は出題者が審査される場であることを身を以て勉強する。

続く4週間は、雷門前の角地(某コンペの敷地)に、同じくランドマークを「超線形プロセス」で設計する、という課題を出した。最初はボリュームとゾーニングだけ、次にプログラム、構造、ファサードと徐々にパラメータを増やしていく。

設計にあたり条件としたのは「毎回必ず1/100模型を作ること」「案を捨てないこと」「枝分かれさせないこと」というもの。超線形プロセス論と同じである。

「考えずに何かをまず作り、それから考えなさい」と言って迎えた第1回エスキス。相変わらずアイディア勝負で作ってきちゃう人や、模型だけでプレゼする、という方法がつかめないのか、ダイヤグラムやらスケッチやらを出してきてしまう人も出てきたが、次第にプロセスのイメージが共有され、3回を経た現段階では全員が案を順調に発展させ、構造やファサードの検討へと駒を進めている。スポーツと同じで、飲み込みのいい人はさっさと感覚をつかみ、どんどん先へ進むが、少々時間のかかる人もいる。

超線形プロセスの授業では、どんな案でも必ず拾う。その時のアイディアの善し悪しで○と×をつけるというよりも、「何を改善した?」「何を発見した?」「で、次は何にする?」と順番に聴いていくカウンセリング型の議論をする。

全員が落ちこぼれること無く、空間のイメージのみならず、構造やファサード、家具に至るまでトータルで設計を行き渡らせるようなスタジオをやってみたいと考えていた。最終講評会は12月9日の予定。さて、どうなるか。

14日、8:15発の飛行機で広島へ。空港で小川晋一さんに拾って頂き、近畿大学へ。小川さんが熱心に働きかけて、合同講評会には毎回東京の建築家を呼んでいるとのこと。そう言えば僕が大学院の頃、つかもと師も行っていた。最近では石上さんや長谷川も来たらしい。

近畿大学はスタッフの畑と城間(BUILDING Kの担当者)の出身校と言うことで、彼らのルーツを辿るという意味もあった。

10:40まずは特別講義。先日の学会で会った広大の連中も来てくれている。「愛と力の関係」と題し、BUILDING K、「批判的工学主義」「超線形設計プロセス論」「PROJECT ROUND ABOUT JOURNAL」を語る。約1時間。

非常勤講師の先生方が聴いて下さっているので緊張したが、終了後「面白かった」「文章で読むよりわかりやすかった」と言って下さり、胸を撫で下ろす。

9月のシンポジウムで対立(?)した土井一秀さんには「シンポジウムのときは時間が短くてわかりにくかったが、今回はきちんと背景を理解できた」と言って頂き、9月のリベンジという当初の目的はとりあえず果たされる。

13:10講評会開始。小学校の設計課題。発表者を選び、順番に講評。なるべく建築的、分析的に話すようにする。最後は学部3年生相手にアーキテクチャー論をぶってみる。細かなところはあまり理解されないだろうが、筋の有る話に人は何らかの説得力を感じるものだと思う。自分がかつてそう思った。

終了後、小川研究室にて交流会(第1ラウンド)。3年生のほかに、小川研の4年生、修士の学生とも話す。その後、広島市内に移動し第2ラウンド。小川文象君も合流。しばらく普通に話していたが、だんだんボルテージが上がり、斎藤正さんと藤本寿徳さんに「お前の言うことはわからん」「そもそも『愛』とか『力』とか言うことがおかしい」と絡まれ(?)始める。

「構造家にやりたいようにやられて何も言えなかったんちゃうん」と挑発する斎藤氏。戸惑っていると、先日は対立していた土井さんが味方してくれて応戦する場面も。

言われているだけでも、と思い「構造を表現すると言うのは、それこそ構造家の言いなりになっているだけなんじゃないですか。」「そんな単純すぎることは恥ずかしくてできない」などと言い返しているうちに、互いの立場の違いがはっきりしてきた。「互いの前提の違いを明らかにすること」とは、「議論」の定義である。

この議論ですっかり打ち解けてしまい、斎藤さんや藤本さんの考えもより深く知ることが出来た。きちんと応えれば、より深く受け止めてもらえる。なかなか濃密で楽しい時間であった。

その後、ホテルのラウンジにて学生も合流し、第3ラウンド。広島のほか、島根、兵庫、大阪、香川等関西圏の出身者が多い。ざっくばらんに話す。

第4ラウンドはお好み焼き。来て下さった宮森洋一郎さんに、先日のシンポジウムを見て「いろんな人に影響を与えている」と言って頂く。ただ「谷尻さんは声が大きかったが、藤村さんは声が小さくて聞き取りにくかった。そこに社会に対する姿勢がそのまま出ている。君は社会を語っているけれども、姿勢は内向きなのではないか」と苦言を頂戴する場面もあった。「フリーペーパーでアウトプットするところまでが一連のプロセスなので、そこで評価して欲しい」とお願いする。

第5ラウンドはつけ麺。10倍を必死に食す。0:30解散。朝イチの飛行機から長丁場ではあったが、学生たちとの出会いもあり、なかなか刺激的で濃密な時間を過ごさせて頂いた。小川晋一さん、広島の皆さん、ありがとうございました。

fujimura

2008年11月24日

理論的、広告的、政治的

UBCのスタジオで超線形プロセスを実践していると、
いつも口を突いて出てくるメッセージが次の3つであることに気がついた。

1. "Do NOT Think!"
2. "Do NOT Imagine!"
3. "Do NOT Look back!!"

1.考えるな。考えることに拘ると、手が止まってしまう。何か作り、後で考えれば良い。

2.想像するな。想像することに頼りすぎると複雑さを受け入れられなくなり、図式的になってしまう。目の前の課題を発見し、小さなジャッジを繰り返して発展させれば良い。

3.振り返るな。最初の方がいいのでは、前の方がいいのでは、と振り返ってばっかりだといつまで経ってもアイディアが積み重なっていかない。出来たものに責任を持ち、問題があるならそれをただ改善すれば良い。

そうやって作業していくと、デザインのアルゴリズムがクリアになり、余計な自意識が取り除かれて、アウトプットがやわらかくなる気がする。そういうやわらかな建築のありかたを「社会的」と呼んでも良いかも知れない。

そのような考えを突き詰めた先の風景が、今回のURBAN COMMONSの展示というわけである。

BUILDING K日記
11/21(会場風景)
11/23(オープニング風景)

展示について、ジャーナリストの片野順子さんが早速レポートして下さっています。

Walking Embassy

オランダに留学しているとき、このブログを見てオランダまで取材に来て下さったのが片野さんである。あれから6年経ったと思うと感慨深い。

その他、下記の通り、ブロガー諸兄が感想をうぷしてくれています。

1.コミュニティーとコモナリティー(KELOG)

西田さんは「人間のコミュニティー(=共同体)がつくる風景」を問題にしているのに対して、藤村さんは「建築のコモナリティー(=共有性)がつくる風景」を問題にしている。西田さんのアプローチは空間プロデューサーでも可能かもしれないが藤村さんのアプローチは建築家にしかできない。似ているようで全然違う。

2.西田司+藤村龍至展(deline)

藤村氏はより多くの他者が介入できるプロセスを(主に建築を知っている人たちに)展示していたのに対し、西田先生は設計プロセスは隠し、他者が介入できる表現を作ろうとしていたことである。両者ともに他者介入の方法論を提出していたが、介入できる懐は西田先生の方が深いような気がした。

3.西田司+藤村龍至展/70’世代で建築の地域性を考える(City_Scape)

『建築の地域性』を、藤村さんは『建築形態』によって、西田さんは『空間現象』によって、獲得しようとしているといえよう。(中略)建築デザインは各々の建築家で棲み分けるべきだと思うが、世代を通した建築コンセプトはある程度共有するべきなんじゃないかなと今回の展示を見て強く感じた。

3人ともなかなか読ませますね。3人とも、藤村=建築的、西田=広告的という分類はほぼ共通しているようです。

そこで指摘されているように、西田さんと僕にはバックグラウンドや問題意識には共通点があることは確かであり、世代的にも一定の共感を覚える一方、アウトプットの仕方や戦略は全く異なる。僕は内向きに狭く、西田さんは外向きに広い、という違いである。

印象だが、西田さんのスタンスはぽむ企画にのそれに近い。建築家は言葉が難しいから、わかる言葉で翻訳しよう、そうすれば建築家はもっと社会的になる、という信念を感じる。

それに対して、僕はもう少しターゲットを建築家に絞ろうとしている。建築家の言葉がわかりにくいのは、そもそも社会に出すべきメッセージを失いかけているからだと感じるからである。

そもそも伝えるべきメッセージが無ければ、言葉をいくら紡いでメディアを整えても意味が無くなってしまう。建築家はまず、建築家同士で閉じた議論を繰り返して自分の立ち位置をはっきりさせ(理論的段階)、そのあとそれをわかりやすい言葉でメディアに載せ(広告的段階)、最終的にそれを社会制度上で運用する(政治的段階)を考えるべきだ。

その意味で、西田さんは僕よりも先の段階へ行っている。僕の議論は閉じているように見えるのは、自分の段階を理論的段階にあると位置づけているからである。そのことを狭く捉えるべきではない。

30日のシンポジウムで、そうしたことも話し合えればと思っている。

展示は30日(日)まで、馬車道のBankART NYKにて。刈谷悠三氏のデザインによるかっこいいパンフレット(フルカラー、16p)も出来上がったので、これを手に入れるために来ても損ではないです。特に、卒業設計に悩める諸兄にはぜひ見てもらいたい。
fujimura

2008年11月29日

設計主義/オープンプロセス/複雑さ/人間的思考

21日、五十嵐淳さんインタビュー@BUILDING K。冒頭から「そもそも都市なんて語る必要があるのか」「建築のことだけを考えれば良いのではないか」と逆に問われる。じっくり話を伺っていって、一致している点と異なっている点を整理していく。

一言で言えば五十嵐さんのスタンスは市場主義的、静観主義的であり、僕のそれは設計主義的、介入主義的である。もちろんどちらがいいということではなく、それぞれが自分の持つリアリティに従ってスタンスを定めていくと、たまたまそうなるということだと思う。

何が一致していて、何が一致していないかが明らかになるのが「良い議論」であるという意味で、この日は良い議論をさせて頂いた。

25日、山梨和彦さんインタビュー@日建設計。先日の建築夜楽校の続きを議論させて頂く。山梨さんは「批判的工学主義批判をしたい」とおっしゃっていたが、終わる頃には完全に共感していた。

建築夜楽校での議論でわかったことは、設計にスピードと責任が求められる現代社会においては「アトリエvs組織・ゼネコン」という規模の対立より、「設計事務所(アトリエ・組織)vs設計施工(ゼネコン)」というサービス形態の対立こそがクリティカルであるということ。すなわち、分離発注型の設計事務所か、ワンパッケージ型のゼネコンか。

ワンパッケージ型を選択するならばアトリエはデザイン監修という立場でゼネコンと組み、アイディアのみを提供すれば良く、そうすると組織設計事務所は役割を失うことになる。そのことを踏まえ、組織設計の可能性とは何か。

山梨さんは「設計施工の利点など、単に設計部と工事部の机が横にあることに過ぎない。」と言い切る。「クライアントはワン・ストップ・サービスの利便性よりも分離発注による透明性を求めている。IT等の利用によって情報共有の仕方を工夫すれば設計期間は短縮できる。」と言う。

オープン・プロセスか、ワン・パッケージか。現代の設計者は選択を迫られている。ワンパッケージ型の覇権主義に対抗し、建築家としての自立性、独立性を保ちたければプロセスをオープンにして、情報共有と作業の効率化を図るべし。神秘的な作家性に拘るなら、ゼネコンと組んで延命措置をはかるべし。そういうことなのだろう。

山梨さんと話していて、自分が「超線形プロセス」に拘るのか、その社会的なコンテクストが見えてきた。

これらは現在準備中の『ROUND ABOUT JOURNAL』vol.8(2009年1月発行)に掲載予定。この日で取材が全て終わり、残るは編集作業のみとなる。

28日、9:30東京駅。新幹線で宇都宮のSUMIKA PROJECT竣工式へ。集合時間に東京駅に着くと、歴代の新建築編集長、植田実さんなど、そうそうたるメンバーが集結している。その人ごみのなかに石上純也さん、平田晃久さんがいてほっとする。指定された席に着き、隣は誰が来るのかと思ったらなんとつかもと師。久しぶりに話す。

宇都宮駅より、バスで順番に藤森棟、西沢棟、藤本棟、伊東棟の順に回る。4者4様。もっとも建築的だと感じたのは西沢棟。「立川のハウス」以来の室内風景論は影を潜め、「板橋のハウス」以来の環境建築を追求している。ボキャブラリー、構成ともにモダニズム的で、天井がルーバーで覆われているためか住宅と言うより公共施設のようにも見える。床、壁、天井、と要素は慣習的なのだが、床に芝生が貼ってあったり、壁が建具の連続になっていたり、天井が透明だったり、と各要素のあり方が丁寧に反転しているので超慣習的な建築となっている。

藤本棟はより空間的、身体的。登ったり、潜ったり、跳んだり、なんだかアスレチックのようでもある。ここまで慣習的な要素をキャンセルしてしまうと、建築として何を手がかりに理解すればいいのかわからず戸惑いもあるが、4棟のなかでは最も刺激的な経験。

藤森棟はなんとなく絵画的で、フンデルト・ヴァッサーを思い出した。開口を極限まで絞っていたり、部分的には建築的な毒も盛り込まれているが、最もポピュラリティを感じる。

伊東棟は2002年のサーペンタイン・ギャラリーのパビリオンを木造で実現したアルゴリズム建築。木造であること、柱が4本あること、内外がはっきり区切られていること、直角や60度などリジッドな部分があり、完全なランダムではないことなどから印象はだいぶ違う。より自然になっていて、東京ガスのショールームとして違和感無く建っている。

伊東、藤本の前衛組(工学的、動物的)と藤森、西沢の後衛組(慣習的、人間的)の対比が際立っているが、2008年にこうした建築群が同時に生まれ、批評的に均衡関係を保っている状況が興味深い。

最後に伊東棟を眺めながら、隣にいた石上さんに「アルゴリズムとかやらないんですか」と聞いたら、「わからない。今はそういうプロジェクトが無いだけかも知れない」とのこと。

磯崎さん、伊東さんと来て、最後の砦となっているSANAAがアルゴリズムをやり始めたら学生たちも一斉にアルゴリズムへ傾倒するだろう。そのタイミングは秒読みという気もする。今の学部3年生くらいがターニングポイントになるだろうか。

29日、朝から横浜トリエンナーレを見て回る。新港ピア会場は巨大な一室空間の倉庫に作品単位のブースが並ぶ、モーターショー型の展示。雰囲気が楽しい。

BankARTの「URBAN COMMONS展」の会場に戻り、友人、知人のほか、国立近代美術館の保坂健二朗さん、新建築編集長の四方裕さん、新建築住宅特集の斎藤悠太さんなどご案内。

保坂さんがキュレーションした「建築が生まれるとき」展では、青木淳さんの模型が並べられていたが、いろいろ考えるところもあったので、保坂さんには見てもらいたかった。僕は「想像しない」「枝分かれしない」「戻らない」超線形プロセスによって、複雑さをどうやって設計するか、ということを考えているが、保坂さんによれば、美術は逆だと言う。複雑な事象から抽象化を繰り返して、どうやって単純化するかを考えるのだと言う。

確かに、青木さんの展示は「よって廃案」=破壊を繰り返す。構築、というよりも破壊のプロセスのように見える。そこで目指されているものは建築的複雑さと言うよりは美術的抽象性を指向しているように見えた。プロセスの意味が根本的に異なるのだ。

URBAN COMMONS展について、web magazine "OPENERS"で紹介して頂いています。
建築家による建築による都市の再考 (OPENERS)

同じく、構造家の田畠隆志さんがレビューしてくれています。
URBAN COMMONS

なるほど、パンフレットは西田:建築的、藤村:メディア的なのに、展示や建築は逆、という指摘はその通りですね。進化論的設計プロセスが自己組織的ではなく、ダーウィン的だ、というご指摘もごもっとも。松川昌平さんにいつも指摘され、なかなか相容れないところなのだが。

「批判的工学主義」で組織とアトリエの両者を批判し、新しい設計組織像を提示しようとしているように、「超線形プロセス」では工学的なコンピュータ的思考と慣習的な人間的思考の両者を批判しようとし、新しい設計プロセス像を示そうとしている。今後、そこのところをもう少し正確に伝えていきたい。

ここのところの議論はどれも刺激的だった。市場主義と設計主義(五十嵐淳さんとの対話)、オープン・プロセスとワン・パッケージ(山梨知彦さんとの対話)、工学的・動物的前衛と慣習的・人間的後衛(SUMIKA PROJECT)、美術的抽象性と建築的複雑性(保坂健二朗さんとの対話)、コンピュータ的思考と人間的思考(田畠隆志さんのレビュー)といった対立項のあいだで、ひとつのストーリーが生まれようとしている。
fujimura

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