「LIVE ROUNDABOUT JOURNAL 2009」の写真を下記にて公開しています。
BUILDING K 日記 (1/31)
リアクションが出揃って来たので軽くご紹介します。
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まずはリアクション編。
[1]出演者、スタッフなど
1.[建築浴のおすすめ]
http://kntkyk.blog24.fc2.com/blog-entry-199.html
2.[mosaki]
http://blog.mosaki.com/?eid=812029
3.[g86 sando]
http://d.hatena.ne.jp/g86/20090202
4.[City_Scape]
http://d.hatena.ne.jp/cityscape/20090201/1233563585
5.[sumica 02:21:23]
http://ibano.jugem.jp/?day=20090205
どれも臨場感がありますが、特に4,5はスタッフの様々な努力を知ることが出来て面白いですね。
[2]昨年も参加した人など
1.[ぽむ日記]
http://pomu.tv/cgibin/nikki/read.cgi#31
2.[DESIGN HUB]
http://blog.livedoor.jp/koyonet/archives/51547955.html
3.[seedandrippleの日記]
http://d.hatena.ne.jp/seedandripple/20090202/1233590348
1はクールなレポート。確かに、「アーキテクチャ」というならブログ執筆を「呼びかけ」ちゃダメなのです。昨年痛烈批判してくれた2は落ち着いた感じでレポートしてくれています。3は去年総括だけ見て面白いと思い、今年は最初から見てくれたそうで、とても嬉しいです。
[3]今年初めて参加した人など
1.[考える建築店]
http://d.hatena.ne.jp/hattorikazuaki/20090131/1233431053
2.[matt]
http://www.mattoct.jp/blog/2009/02/live_round_about_journal_2009.html
3.[Architectural Creation Garage]
http://d.hatena.ne.jp/miyachikunihiko/20090202/1233557776
1は最速で、帰宅する頃には事務所宛にメールが届いていました。2は会場で質問してくれた李明喜さん。3は比較的辛口。作家性にこだわる建築学生の典型的な方法論アレルギー的リアクションでいい感じだが、結論を逆にした方が主張としては批評性がある。
[4]他分野の人など。
1.[logical cypher scape]
http://d.hatena.ne.jp/sakstyle/20090202/1233582958
2.[No Hedge!]
http://d.hatena.ne.jp/klov/20090202/1233579811
1,2とも印象論ではなく、きちんと内容や関係で理解しているところがすごいですね。異分野の人とここまで議論を共有できるのが単純に嬉しいです。
多少の異論、反論はありますが、まずは書いてくれたことに感謝したいと思います。どうもありがとうございます。
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次にリアクション編。
[1]ディスカッションの狙いと達成度
1.情報系の「アーキテクチャ」なる概念を建築界へ里帰りさせる
2.大阪から3組を呼ぶことで、東京的な作家主義を相対化する契機とする
3.異なる方法を持つ人々が、問いを共有して並ぶ状態をつくる
1は濱野さんのおかげである程度達成できたが、李明喜さんが批判されたようにまだまだ方法の議論になっていない。2はアンケートを読む限りまずまずのインパクトを示せたようだ。3までは到達できなかったが、山崎さんやmosakiも含め、「クリエイティブなアーキテクチャーをどうやったら設計できるか」という問いを立てて並ぶという議論の平面を示す1歩手前までは行ったのではないか。
[2]発見された仮説
1.建築家が方法論を否定するのは、方法論が作家なる存在を相対化してしまうからである
2.建築家の議論が主観的であり、実践的であり、個人的である理由は、建築がフィジカルな存在であることに関係がある
3.情報環境を設計する際に、人がフィジカルな存在であることを考慮するとき、建築のあり方は示唆的である
1は倉方さんやmiyachikunihikoさんのリアクションに典型的に表れている。建築界の「方法論アレルギー」を緩和し、新しい議論の平面をつくるのが当面の課題。2は李さんからの質問などに反応しながら考えたこと。建築家の勉強不足と捉えるより、構造的だと捉えた方が見えて来ることがある。3は1/28のシンポジウムを聞きながら思ったこと。建築家は情報社会を語るとき、もっと胸を張ってもいい。
[3]個人的な発見
1.倉方さんのモデレーションは作家単位で進行する。やはり作家論の人だけある。
2.南後さんのモデレーションは関係づけで進行する。さすが社会学者らしい。
3.濱野さんのコメントは入り口がマニアックだが、展開力がある。
限りなく印象論に近く、事後的な分析ですが、モデレータやコメンテータの個性がよく分かりました。
[4]構造的課題
1.「知っていたけど行かなかった」という人が多かった。
2.総括ディスカッションでマイクが回って来ない。
3.最後にレクチャーをする建築家が最初の建築家のレクチャーを聞いていないので、全体で前提を共有できない。
1については話を聞くと、11:00-20:00という時間設定が規制力として働いたらしいことがわかる。また、出演者の人数に関わる問題でもある。人数を多くするのには、既存媒体に出演機会の少ない人に発言機会を提供し、新たな議論の平面をつくるという狙いがある。人数を絞ると新人、メディア関係者、異分野、組織に属する人、地方の建築家等がリストに乗らなくなることが多くなり「常連」が同じ話を繰り返す場になってしまう。しかし、2の状態が続くと、発言がネガティブになってしまう。量をさばくシステムが必要だろう。3は総括ディスカッションを編集時間に充てているため生じる問題。改善するには抜本的に構造を変える必要がある。
[5]今後の課題
1.閉鎖的に見える(と批判されがちである)
2.総括ディスカッションにしか来ない人が少なくない
3.議論の軸が見えない(と批判されがちである)
1は谷尻さんが指摘して下さったり、mosakiもたびたび言及していたが、1/28のシンポで東さんも言っていたように、議論が開かれているかどうかは固有名詞の問題であることも多い。「一般の人」を盾にするような議論を避ける方法を考える。2は作家のネームバリューで判断している人が多いということ。作家主義の強い建築業界では仕方がないが、時間の問題。文脈や関係こそが面白い、という感覚が共有されてくれば、個別のレクチャーを通しで聞く人も増えるはず。なお、アンケートによると通しで朝から聞いた割合は28.8%だった。何とか80%くらいにしたい。
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最後に課題。
[1]目標
1.参加したくなる
2.通しで聞きたくなる
3.ブログでリアクションしたくなる
1は告知、評判だけに限らない。話題になればなるほどインディーズ・バンドのライブのように閉鎖性が高まることもある。常連だけにならず、かつ一度来た人がまた来たくなる仕組みづくりが必要。2は空間そのものの魅力に限らず、議論の設計の問題かも知れない。総括ディスカッションは何らかのかたちで解体する必要があるだろう。3はリンク、匿名性など、ネットの仕組みを上手く使うことがポイントとなるだろう。もうひとつの参加の仕組みとして、アンケートはわりと使える気がした。
[2]結論:議論のアーキテクチャをどう設計するか
1.量をさばくこと
2.関係を構築すること
3.方法的であること
1は開放性の問題。メンバーを入れ替える、話題を入れ替えるようにする。そのために量は欠かせない。多人数で議論を成立する仕組みを考える。2は議論の鮮度の問題。作家主義を相対化し、新たな議論の平面をつくったほうが作家も編集者も観客も刺激を受ける。セッション制にしてカップリングする、レクチャーにタイトルをつけてもらう(LRAJでは「近作について」を避けるようお願いしている)、異分野の人をコメンテータにする、など。3は方法論の問題。「アーキテクチャーを設計する」と主張するからには、LRAJも方法で語れるようになっていなければならない。方法が提示されていれば真似することが出来るだろう。
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イベントの仕組みや成果を分析することが、そのままアーキテクチャについての議論になっている。その意味で、LRAJは単なる興行ではなく、建築論になっている。次回(?)に向けて、イベントそのものが提示できることをもっと考えていきたい。
fujimura