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中村竜治講演会から『1995年以後』を考える

1/31のLRAJ2009から2/7のけんちくの手帖にかけて、RAJが発信源となる議論の場が持っている役割のようなものについて考えることができた。特にけんちくの手帖というアウェーがLRAJ2009直後にあったことは大きい。個人的には、建築雑誌の執筆原稿をまとめるいいきっかけになった。それにしても、藤村くんのリュ調査に比べるにつけ、自分のしゃべり下手には心底がっかりする。少しでも観客の方々に伝わっただろうか。観客の皆様、吉永さん、山崎さん、ありがとうございました。

さて、LRAJの一週間前に楽しみにしていたのが、中村竜治さんが出るアーキフォーラム(1/24開催)だ。変化球だらけだった昨年の「国境と建築」に比べると直球勝負の「建築の跳躍力」。2000年以後の建築作品について語りおろされるという、作品主義を突き詰めたら突き抜けてしまったかのような趣向がおもしろい。年代を使って考えることの効用が、そこにははっきりある。2008年5月のOZONE展で心底感激させられた中村竜治さんのソロ講演。期待しない訳にはいかない。

今回は「形」と銘打たれ、箱展「insect cage」、「ヘチマ」、そのアイデアを使ったコンペ案、一連の「JIN’S」と作品が淡々と紹介される。ヘチマで部材と形の関係性から導きだされた、海外コンペで提出された展望台のシルエットに度肝を抜かれる。同じ原理でつくられた小さな「くま」と、巨大な展望台のアイデア。両者が同一平面に並べられ、当たり前のように、同じ言葉=考え方で語られる。その過剰なまでの「まともさ」が、中村さんの発する中毒的な魅力の源泉なのではないかと思う。あの講演を聴いた誰もが、彼が、構造も素材もディテールも施主の要望も等しく重視していることに気付くはずだ。そして最後に提出されるのが、これ以外にない、という唯一無二の「形」を伴っていることに、人は驚き、深く納得する。もし彼の「形」が外観の主観的な操作で生まれるように見えるなら、デザインからすっぱり足を洗うべきだろう。

講演を聞いて、中村さんの「形」の新しさは、その形が生む空間(もちろん周辺も含んでいる)の中で、濃淡を経験できることにあると考えた。濃い/淡いというのは、塗り分けを回避し、ぼんやりと、しかし確かに連続して色合いの変化として経験される。つまり、空間を経験する者にかなり強く主体性を(無意識的に)実感させる設計がなされていると思う。その点において、石上さんの建築と似ているとも言える。

濃淡は軽重ではない。現代建築ではなぜか「軽い/重い」という形容詞が乱発される。その是非はここでは問わないが、ポイントは、その形容詞の接続する先が「建築」であるということだ。これは、建築というものを頭から信じている場合にのみ可能な表現だと思う。一方の「淡い/濃い」は、空間、あるいは経験という言葉に接続される。淡い空間とは、つまり、人格のある個人が経験することで初めて発せられる表現だ。空間の経験を前提としているということは、そこに主体的な個人が想定されているということだ。もっと言えば、人を信じているということだ。

そういった、淡い経験/濃い経験のグラデーションを設計できることが、中村さんのもっとも驚嘆すべき力量だと僕は思う。こう考えると、それが「感じられるもの」である点で、中村さんが「形」にこだわるのは至極もっともな筋道だった考え方だと言える。

だから、例えばribbon projectの展覧会でつくられた空間のありように、僕は戸惑ってしまう。まず、あの空間は美しくない(と僕は思う)。その理由を次のように考えている。おそらく空間の成り立ちは、あるいは他のプロジェクトよりもスムーズに説明されるものだと思うのだけど、そういった手続き的な面での説明可能性は、中村さん固有の設計手法=良さとはあまり関係がないのではないか。発想の飛躍こそが作家性だ、それこそが素晴らしい、などと言いたいのではない(そんなつまらない考え方は燃えるゴミの日に生ゴミに混ぜて捨てるべきだ)。考えが空間に結実していくルートそのものを中村さん自身が作ってしまうような、そういう「たどり方」が必要だったのではないかと思う。

……えーっと、という話を、翌朝大阪から某所までお連れする車中で、恐れ多くも本人にしてしまった。でもこんな戯言にもきちんと耳を傾けて、真剣に答えてくださった。講演でも改めて実感されたが、言葉をとても大切にする方なのだ。ありがとうございました。

実は、その姿勢は、2月20日発行の『1995年以後』でも明瞭で、中村さんのページは、彼と藤村くんが本当に真剣に言葉を交わしている姿が手に取るように分かる。

普通は、同じ言葉を使っているにもかかわらず違う内容が話されることが多い。しかもそのズレを当人が自覚していないために、議論が無限定的に拡散してしまい(平行線というやつだ)、読者は置いてきぼりにされてしまう。しかし、彼らは、一見違う言葉で、同じ内容を議論している。だから数ページの間に言葉がどんどん深まっていく。これこそが、『1995年以後』のおもしろさの、つまり「議論の場」が顕在化することの、一つの重要な局面なのだ。


yamasaki

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2009年02月11日 01:53に投稿されたエントリーのページです。

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