今年もまた多くの人々のお力添えをいただき、盛況のうちにライブイベントを始め、終えることができた。今思うと、去年は無我夢中すぎて自分が何をしているのかがよく把握できていなかったが、今年は、イベントを開催する理由をはっきり意識しながら進めることができたと思う。
以下相変わらず自分目線でしか語れないのですが。今年の僕の主な役割は、レクチャーの内容をまとめてコメントする、レビュアだ。といっても、12名のレクチャーが連続して行われるLRAJで、1人の人間がレビューを書き続けるのは不可能だ(聞いている間は書けないから)。だから、本瀬さんと分担して、セッションの前半の人は僕が、後半の人は本瀬さんが書くことに決めた。ちなみに昨年のレビュアは、松島くんと本瀬さんだった。 ということで、僕が書いたのは、成瀬猪熊さん、mosaki、寳神さん、勝矢さん、原田さん、石上さんの6名分。その他に、レクチャー終了後の討議の間に、表紙に掲載するリード文と、最終ページに掲載する編集後記を書いた。また、g86が文字数を詰めてまとめてくれた文章にできるだけ目を通し、前述の6人に関しては気付く範囲で手を入れた。 去年僕は1/19だけ実作業をしたのだが(26日は大阪でアーキフォーラムで司会だったので不参加)、実は永山祐子さんの原稿だけは、ほとんど読むことができなかったのでした。でも今年はとんでもなく優秀なテキストが次々でき上がってくるのだから、僕がやるよりもずっと良かった。 ところで、そもそも、ライブ編集版RAJには予定稿が存在しない。もちろん、いつでも変わらない基礎的情報(=プロフィールやタイムテーブルなど)はあらかじめデータ化されレイアウトされていたが、当日のレクチャーで変動する部分(タイトル、原稿[文字も漫画も]、見出し、画像、レビュー、リード文、編集後記など)は、当然、当日生産するのである。ページデザイン、レイアウト作業も同様だ。刈谷くんは、骨格の設計と基礎的情報の配置までで準備を終える。掲載する写真も、その場で撮られたものだ。 言うまでもなく、いわゆる完成度を求めるならば、ポートレートは事前に提供していただき、図版もレクチャラと相談して絞っておき、場合によってはレビューと原稿のスケッチぐらいはしておくべきかもしれない。しかし、LRAJでは、それはあり得ないのだった。すべてがその日その時その場所での「事件」を前提として、できるかぎり純粋な伝達に徹するメディアだからである。漫画も当然、その日その場でセッションを聞いてから、描かれている。この無謀さを支えているのは、その「事件」がどいつもこいつもすばらしいものであるという、最大限の希望的観測だ。(あ、そうだ。次回は、レビューの文末や当日撮った写真のキャプションに、時間を入れておくといい。[15:48] [スタッフ一同 10:43撮影]とか。今度提案しよう) 総括議論は編集ブースで声を聞くだけ(眺めたところで、立ち見が幾重にもいらっしゃって、討論の場までは見通せないのだった)。だが、議論がまとめに入った、あいさつを始めた、など聞いていれば分かるのだから、作ってるこっちは焦る一方。刈谷くんは動揺していないように見える。すごい。mashcomixは、というと、一仕事終わりましたモードに入っている。これもすごい。テキスト作業に煮詰まったので、立ち上がって一同に会したレクチャラを見ると、背後の垂れ幕には2つの対照的な画面が投影されている。「作業デスクの上の一杯のコーヒー=mashのデスクはもう作業が終わっている」と、「文字を流したり直したりと目まぐるしい=刈谷くんのデスクトップ(でも本人はクール)」。ライブ感、というか、文字通りライブだ。 議論の内容については、学生スタッフの文字起こしチームが最後まで起こし作業を続けてくれた。全くすばらしい働きである。議論も丁々発止、白熱していた。あの様子を見ていただけたのは良かったと思う。内容についてはさまざまにフォローがあるだろうし、多くのブログ諸氏のレビューを読むことで代えたい。いくつか見つけたが、こういうタイプの積極的な議論は、昨年はあまり見受けられなかったと思う(社会学者云々のところは言いたいことがあるので別に書きます)。どんな感想が、批評が飛び出すのか、楽しみ。いつも書くことなのだが、終わってからが本当の始まりだ。飲み会では参加していただいた皆さんの様子を眺めていた。始発で解散。 翌2/1はお昼からBUILDING Kで書籍の作業に合流。編集の伏見さんも、デザインの刈谷くんも、もちろん藤村くんも朝から作業している。小一時間ほどの、藤村くんへのインタビュー(多分初めて)をして、あとがきをまとめた。 夕方早退して、桂さんと待ち合わせてディーナー&ディーナー(D&D)を見る。昨日の感想など伺う。やっぱりやって良かったなと実感する。さて、D&Dの展示空間は意図が明確に伝わるし、何より非常に美しい。本人が展示構成をしたそうだ。窓を写した写真と、窓から写した写真。窓に注目した巨大なパネル写真と、周辺地域の中に建築がとけ込んだかのような模型プレゼンも、都市的。パンフレットもすばらしい。でも、展示がすばらしかった分、なぜ今、どういう経緯でD&D展を開催することになったのか。その辺りを知りたくなる。 20時頃東京駅から京都に戻る。帰宅すると、石山修武研究室の絶版書房から、第一回配本「アニミズム周辺紀行」が届いていた。ドローイングが素晴らしく力強い。テキストは知性的私性の極地。これで2,500円(送料込)というのはずいぶん安いのではないか。編集する者としてはこのプロジェクトに参加できないのが悔しいが(そもそもシステム的にも外部に編集者を求めないタイプの作り方)、この勝手メディアぶりは感動的。RAJのことを考えても思うのだが、メディアとは、そもそも勝手に始まるものだし、既存メディアにとっては、勝手なふるまいに見えるものなのだ。絶版書房のシステムも、既存の書籍流通・制作環境に対する痛烈な批評であることは言うまでもない。そうやってあらゆるメディアがいったん相対化されて、残るものだけが残る。読みながら泥のように眠る。 yamasaki