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けんちくの手帖にて、フィジカルなアーキテクチャの可能性を考える

まずは毎度おなじみ、マシツマ日記での渾身のレポートをどうぞ。

山崎さんと一緒に、吉永健一さんと山崎亮さんが主催のイベント「けんちくの手帖」に出演してきました

カブハウス
ケモノミチ ~ Another position
空間感傷。

着いたときには既に席が埋まりつつあり、レクチャー開始時には立ち見も出る盛況でLRAJの余韻を感じました。「議論のアーキテクチャを設計する」と題したレクチャーの内容はマシツマ日記のレポートのように、LRAJというイベントそのものの手の内側=アーキテクチャをプレゼンテーションし、今後の展望をお話ししました。

続いて、山崎亮さんの司会でディスカッション。先日とちょうど反転していました。私たちの活動は「けんちくの手帖」のコンセプトと限りなく近く、いろいろな水準で対称性のある議論となりました。

地下のカフェに下りる階段に入れない人が溢れる。最終的には80人も集まったそうで嬉しいです。フィジカルな限界を感じつつも、熱気を共有するというフィジカルな空間の持つ純粋な可能性も再認識しました。

二次会ではLRAJに出て頂いたdot architectsの家成さんと大東さんを始め、『1995以後』でもインタビューさせて頂いた森田一弥さんのほか、同世代の建築家や、学生も大勢来てくれて朝まで議論。楽しかったです。吉永さん、山崎さん、お招きありがとうございました。

翌日、山崎さんと新大阪駅で待ち合わせ、ラウンドアバウトジャーナルの今後についてミーティング。出版に伴う販促イベントの可能性と、いくかの企画について。14:00の新幹線で帰京後、渋谷駅近くのいつもの場所にて東京のメンバーとミーティング。大阪で話し合ったことを共有する。

LRAJ以後、いろいろ議論は飛び火しているが、メタフィジックスとフィジックス、専門性と一般性、客観と主観、どちらにも触れているのが建築の可能性だと再認識している。『1995年以後』の出版を控えて書籍のことをよく考えるが、書籍とか、本屋のことを考えると建築の可能性が見えて来るように思う。逆に言えば、出版社や本屋は物理的なアーキテクチャ=建築の可能性をもっと考えた方がいいのでは。

例えば、けんちくの手帖の最後に山崎亮さんから「これまでのバックナンバーはPDFで公開しないんですか」と聞かれて、たぶんしないほうがいいと答えた。「ライブ編集」でネットに勝とうと思ったように、フィジカルな限界はフィジカルに超えようと模索した方が新しいものが生まれる気がするからである。物理的なアーキテクチャの限界を見極めて、可能性に展開するようなデザインを考えたい。

LRAJで得られた知見をもとに、メタフィジカルなアマゾンに負けないフィジカルな本屋とかレコード屋の設計など、考えられないものだろうか。同じ問題意識を持っている書店の経営者がいたら、ぜひ一度話してみたい。

そんなことを考えながら帰宅し、目に飛び込んで来たのはTVCC炎上のニュース。フィジカルな炎のなんと恐ろしいこと。同じ「炎上」でも、タレントのブログとはわけが違う。行方不明の消防士もいるようだが、無事を祈りたい。
fujimura

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2009年02月10日 01:46に投稿されたエントリーのページです。

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