« 濃密なスライド出来!! | メイン | 『1995年以後』ブログ・レビュー vol.2・完成版 »

RAJ-OK tour (1) 大阪編 アーキテクチャ論の可能性:デザインとユーズの循環的な関係

7日、8日と、TEAM ROUNDABOUTのメンバーと、大阪、京都に行ってきました(OK tourと刈谷氏命名)。いつものように、議論して、議論して、議論しまくって帰ってきました。

イハツ(伊庭野大輔)のレポートは下記。
round about journal in 関西一日目(sumica 02:21:23)

2日間ずっと議論していたのに、帰りの新幹線で力尽きて一眠りして目覚めたら、イハツたちがまだ「批判的工学主義の議論はどうやったら拡大できるのか」について議論していました。マジメだなー。

大阪でも京都でも、それぞれの場所で迎えてくれた最高の仲間と、最高の議論をして、たっぷりと刺激を頂くことができました。

ユーザー性善説 (カブハウス)
訳あって、鮮度落ち (Another position)
3/7 続・手の内側 (”シコウ”の日々)
090309 / 続・手の内側 @ INAX the TILE space (yu-fli_stock)

順に振り返りたいと思います。

7日、7:00東京駅集合。行きの新幹線での議題はとりあえず「TEAM ROUNDABOUTは今後どうするべきなのか」問題。それぞれ考えていることは違う。とりあえず2010年までは続ける、と言ってきたが早いものであと1年である。会社のように頼れる組織ではないが、ただのサークルにしては開かれた存在になってきたこの活動を、解散するわけではないとしても、ひとつの区切りをつけるべきだろう。そのほか、あれこれ話しているうちに新大阪着。

昼食後、肥後橋の柳々堂へ。オーナーの松村さん親子にご挨拶。この旅行の目的として、僕たちの本が誰に、どのように届いているのかを見極めるということがある。本を実際に売って下さるのは書店の方々だから、全員でご挨拶に伺う。店内と店頭で記念撮影。

その後、ISOLATION UNITのオフィスを含むいくつかの柳原照弘さんの作品へ立ち寄ったあと、INAX the TILE spaceへ。徐々に出演者が集まり、16:00RAJ公開ディスカッション「続・手の内側」スタート。

まずはこれまでの議論の経緯、LRAJ2009「手の内側」での議論等をダイジェスト的に説明。続いてSPACESPACEの香川さん、伊藤立平さんにショートレクチャーをして頂く。その後、討議。

ここでは、LRAJ2009でも話題になった「アーキテクチャ」をめぐって議論が展開。

山崎亮さんの職能は「ランドスケープのデザイン」と呼ぶよりも、「アーキテクチャのデザインをしている」と言う。そこで「人のふるまいに関わる物理的な条件」のうち、床・壁・天井といった既存の建築的ボキャブラリを(1)「建築的なアーキテクチャ」(デザインの問題)、ファシリテーションのための物理的な設えのことを(2)「コミュニケーションのアーキテクチャ」(ユーズの問題)と分ける。

すると、柳原照弘さんのいう(1)「デザイン」と、(2)「デザインする状況をデザインする」という議論がシンクロして来る。

SPACESPACEのふたりは、「特定の形態によって、特定の活動を強制する」というよりは「誘導する」のだという。(1)と(2)の関係が一致するというよりは、特定の形態が複数の活動を誘発する(ex.弁当売り場に並ぶ人のために引かれた線が遊びのための線になる)というように、曖昧につながっているというイメージを提示。

本当にそうなのか、コミュニケーションの設計が建築的アーキテクチャを変えることがないのか、と問いかけてみる。

そこへdot architects。彼らの設計上のコミュニケーションから生まれた「超並列」という概念は、建築部位の徹底した「部分化」という形態に直結している。「コミュニケーションのアーキテクチャが建築的アーキテクチャに1対1に対応していると考えたい」と家成さん。

山崎亮さんが(1)「建築的なアーキテクチャ」と(2)「コミュニケーションのアーキテクチャ」の関係を直接的に考えられるのは住宅だからではないのか、と指摘。確かに、SPACESPACEのふたりは組織系の事務所出身で、公共プロジェクトの提案を軸にしているのに対し、dotの3人はアトリエ系の事務所出身で、住宅プロジェクトの提案を軸に議論を展開している。

本当にそうなのか。コミュニケーションと形態の関係は、規模の問題を超えられないのか。

すると山崎亮さんから「自分は常に両者を一致させたいと葛藤している」という答えが返ってきた。意外だが、これで霧が晴れたように感じた。これまで山崎さんのアプローチと僕のそれは、見た目には全く異なるがどこか接点がある、と感じてきたのだが、これで完全に一致していることが明らかになった。

この日の議論のポイントは以下の2点に集約されるのではないかと思う。

1.上流ー下流軸
デザインの上流(前提条件)からアプローチするか、下流(形態)からアプローチするか。

2.建築ーコミュニケーション軸
建築のアーキテクチャとコミュニケーションのアーキテクチャを一体に考えられないか。

1について、この日の議論では「上流から派」の山崎、柳原と、「下流から派」のSPACE、dot、つまり非建築ー建築ときれいに分かれたが、果たしてそれらはきれいに重なるものなのか。

2について、この日の議論では「ゆるやかに関係する」とするSPACEと「1対1に対応する」とするdot、つまり公共ー住宅ときれいに分かれたが、果たしてそれらはきれいに重なるものなのか。

「アーキテクチャ」という概念のもと考えられるのは、デザインというコミュニケーションの形式に、人々のコミュニケーションやアクティビティを誘発する形態を生み出す契機があり、デザインとユーズの循環的な関係が隠されているということだ。そのことが今回の議論でよく見えてきた。そのことこそは、濱野智史さんがいうようなwebの生態系から建築が学べること、あるいは建築という伝統的な社会システムが思い出すべきことなのではないか。

充実した議論で、あっという間に2時間以上が過ぎた。2007年の「建築のコンピュータライゼーションを考える」に始まり、2008年の「若手建築家のアジェンダ」、2009年の「LRAJ2009」および「けんちくの手帖」と、これまで何度も議論を重ねてきたことの蓄積を感じたが、福島から来て下さった佐藤敏宏さんから「お前しゃべり過ぎ!! 早口過ぎ!!」とダメだし。

アンケートでは「大阪で生の議論が見られた」「大阪にはこのような機会がない」という意見が多かった。東京において、議論の内容そのものが新しいシンポジウムがたくさん見られるわけではない。むしろたくさんのレクチャーがありすぎて聴講者側が受動的になっているぶんだけ温度が低いかも知れない。僕からみると、大阪は今、最も刺激的な議論をすることの出来る数少ない場所のひとつとなっている。

刺激的な仲間を見つけ、共有できる議題を見つけ、「議論の場」を設計できるかどうかは結局のところ、自分たち次第なのだのだと思う。そのことをここで再確認した。いつもこちらの議論に熱く応えて下さる大阪の皆さんに感謝したい。
fujimura

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.round-about.org/cgi/mt/mt-tb.cgi/193

About

2009年03月12日 01:10に投稿されたエントリーのページです。

ひとつ前の投稿は「濃密なスライド出来!!」です。

次の投稿は「『1995年以後』ブログ・レビュー vol.2・完成版」です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。