『1995年以後』おかげさまで南洋堂の月間ランキングで2位だそうです。発売後約1週間しかなかったことを考えると、なかなかの初速です。ありがとうございます。
28日、その南洋堂書店さんでイベント「けんちく書店でけんちく書とけんちくの未来を考える」を開催させて頂きました。
以下、議論のまとめです。
<第1部:「勝手メディア」の可能性>
1.ネットにダイナミズムをどうやって生むか
→イベントや書籍をきっかけにレビューの執筆を呼びかけてきた
2.ネットのダイナミズムを失わずに、どうやって紙媒体を使って議論を展開できるか
→ネットのアーキテクチャをあえてフィジカルに追いかけることに可能性を感じる
(ex.ライブで文字起こし、紙媒体の配布先をネットで募集、レビューを地域毎に募集etc...)
第1部は平塚桂さんが『建築雑誌』4月号で企画された「勝手メディア」特集の意図からスタート。雑誌が元気がないと感じたという。ネットでは自由だったのに、紙媒体だとおとなしくなる!?「私」の主観で議論できないことがそもそもの原因なのか。他方でネットもおとなしい。ブログレビューを呼びかけること等で、横の繋がりをつくれないか、ネットとリアルと、連動するように仕掛けを打てないか、と議論が進行。
<第2部:フィジカルなメディアの可能性>
1.専門/一般、ネット/紙、同世代/多世代、非商品/商品
建築はずっと2つの言葉ををブリッジしてきた
→2者の「統合」よりも、2者間の「運動」に可能性がある
2.『1995年以後』を出版したことで、Team Roundaboutの活動はひとつの局面を迎えた
専門、ネット、世代、非商品というローカルな領域で生まれた活動のダイナミズムをグローバルに開放できるか?
第2部は書籍を作るということはどのような意味があるのかについて。結局のところ、ウェブと紙媒体の違いは単なる言葉の違いでしかない。ウェブの方がローカルで、紙の方がグローバルのメディアだというのはあまり意識したことがなかったが、ある意味で発見だった。
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以下、会場で頂いたご質問です。
Q.面白いブログ/つまらないブログの基準は何か
-中身で判断することはない。知っている書き手かどうか。知り合いのブログは読むし、知らない人のブログは読まない(伊庭野)。
→ネットでは無限の広がりが得られるというより、フィジカルに広がりをつくらないと、ネットでの仕掛けそのものが広がりを作れない。
Q.「世代」の持つ政治性を意識しているか
-意識していなかったが、今回自覚した。ブログと一緒で、会ったことがある人に話を聞いただけ(藤村)。
→その力を次の企画で使うか使わないかで展開が違って来るだろう。
Q.インタビューをして、どれだけ共感されたか
-「問いの理解はしている」という状態を作りたかった(藤村)
Q.建築の言葉が一般性を獲得できるか
-「地震が恐い」みたいなリテラルな身体性からアプローチしたい(平塚)
-設計者は勝手に規範を作り上げる(松島)
-建築の本は、一般の人は絶対買わない(伊庭野)
-読者に教育をする(刈谷)
→ローカルな言葉=力があるけれども、広がりがない、グローバルな言葉=広がりがあるけれども力がない 専門/一般、ネット/紙媒体、世代/多世代、どれでも共通することだが、ローカルな言葉の「力」を、グローバルな広がりの中で展開できるか
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「話が長い」とイハツにダメだしされるなど、モデレートに反省が残るが、専門誌が休刊し、ブログが無数に乱立している今日においてどのように議論の場を設計するか、あらためて戦略を練るきっかけになりました。「平塚さんと」「南洋堂書店で」議論した成果だと思っています。平塚桂さん、南洋堂の皆さん、来場者の皆さん、どうもありがとうございました。
3月7日(土)は大阪INAX TILE the SPACEに、8日(日)は京都スフェラにTEAM ROUNDABOUTが出没します。近畿地方の方々、よろしくお願いします。
fujimura