森山茜/卒園式/神尾真由子/京都建築スクール
ここ3週間を備忘録的にメモ。父親目線(藤村くんのすすめによる)です。
13日は夜、RADで森山茜さんのレクチャーを聞きにいく。一年前に、代官山の修士設計展で宮本佳明賞を受賞したテキスタイルデザイナーだ。現在はスウェーデンのコンストファック王立芸術学校に留学中。展覧会の会場構成(というか展示空間をつくった)「Go Branc」の出来が出色。展示室の入口ドアをあけた瞬間に、風が吹き込む。その風圧で室内を満たす布がぶわっと膨らむ。その様子を動画で見た瞬間、すごい空間が生まれたんだなと確信した。質疑では、ファッションにおけるテキスタイルをどう考えているか、、また、布と布のこすれる音や匂い、触覚など、建築的な空間とはことなる、布でできた空間のもつ素材性をどう考えているのか質問したり。NUNOの安東さんとはまた異なるアプローチで空間をつくるデザイナーが、誕生しつつあると感じる。RADの場所力がすごい。 14日は、息子が通う保育園の卒園式に参加。といっても息子が卒園する訳じゃなくて、親の卒園ぶりを見に行く。そうやって卒園する親の姿を見に、実にたくさんの在園の保護者が卒園式に参加する。なにしろ、午後全部を使う長丁場なのだ。いわゆる卒園式的な儀式は早々に終えて、卒園児童の親たちが次々にスピーチの段に立つ。当たり前だけど、それぞれの家族にまったく異なる物語がある。スピーチの場で始まる夫婦のチャンバラとか、親本人が煩った大病とか(30〜40代は病気をし始める年代だ)、聞く方も笑ったり泣いたり冷や汗をかいたりで大忙しである。スピーチには夫婦関係のきわどさ・あやうさ、つまり濃密さが避けがたく露出する瞬間がある。それがめっぽう面白い。そんなストーリーが20数本もあるのだから。 15日、兵庫県芸術文化センターに神尾真由子を聴きにいく。昨年秋に大植英次指揮の大阪フィルで聴いて、夫婦ともすっかり虜になってしまった。ブラームスの「ヴァイオリン、チェロと管弦楽のための協奏曲」は思いのほかリズミカルかつスリリング。神尾さんは今回も存在感が際立っていた。休憩時間に館内をうろうろと探検。ドリンクのカウンターが2カ所あって、飲み物や軽食を手にするために延々並ばなくてすむのがいい。ホワイエの空間はしゃきっと背筋が伸びる縦長の空間。西宮北口にはこのくらいの控えめなスマートさが適しているのかもしれない。設計は日建設計。 19日は、4月から始まる京都建築スクール(京大田路研、立命館八木研、京都工繊阪田研、京都造形松岡研、京都建築専門魚谷研の合同スタジオ)の打合せに同席する。昨秋から準備を進めてきた、「(都市をつくる)ルールのデザイン」を主題に3カ年計画で展開されるスタジオ。建築を規定する現行のしくみをリサーチして、新しいルールを編み出し、そのルールを条文化して他校に手渡し、自分たち以外のスタジオがつくったルールに従って設計を行うスタジオ。今年のテーマは「境界線のルール」。4月7日が初日である。
ちなみに、保育所と幼稚園は管轄する役所が違うことに象徴されるように、その性格が若干異なっている印象を僕は持っている。名称が示す対象が真逆というか。
保育所は働く親、それも基本的に共働き家庭のための施設だ。だから子どものためというよりは大人のためにつくられた気配を感じる(厚生労働省管轄)。教育機関として運営される幼稚園にも(文部科学省管轄)、きっと独特のありようがあるんだろうけど、保育所の持つ一体感はちょっと言葉にしがたい。息子の卒園まであと2年。
帰り道、京大の前を通りかかって(保育所の行き帰りに毎日通るのだけど)、昨年の同じ時期に見たある看板を思い出す。実はこの時期は最終講義が目白押しで、日程を知らせる立て看板がいくつも立っている。理学部のある先生の退官講演のタイトルは、「できたこと、できなかったこと」。タイトルだけでごちそうさまな、最終講義にふさわしいすばらしいセンスだったと思いだす。
プログラム後半はチャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」。チャイコフスキーは希代のメロディメーカーで、つまり「必殺のメロディ」を書く人なのでどの曲もドラマチックなのだけど、悲愴は劇的な部分がややこれ見よがしにも思えて、個人的には、少し、白けなくもない。全体的に歌謡曲や演歌の領域に思える。4番や5番の荒削りな雰囲気や素朴さが後退して、演出的な要素がうまくはまり過ぎていているのかもしれない。
それにしても、座席が3階席なのでなにしろ遠い。5〜6階建てのビルがすっぽり入りそうな巨大な内部空間。気になったのは拍手の音で、いくら手を叩いても、拍手の音に参加できていないように感じた。でもまあ、もう少しお金を払って、1階で聴かないとなんとも言いようがない。全体的には十分満足。オーケストラも後半はのびのびしていたように思う。黒字をたたき出すなりの、運営の緻密さを感じる。
コンサート終了後、駅までの通路をぞろぞろ歩く途中(雨が降っても濡れない)、ジムでワークアウトを真剣にこなす人びとが、大きなガラス面の向こうにずらりと揃い、機械の上を走っている。そして、ガラス越しに、みなこちらに顔を向けている。向こうからは、こちらはどう映っているのだろう。
yamasaki