竹中工務店『凸と凹と』ワーキンググループ+長谷川直子著『凸と凹と』を読んだ。これは竹中工務店の建物と設計者がたくさん載っている本で、今回、そのレビューを書くお誘いを受けた。実は先月倉方俊輔さんのレビューにうっかり目を通してしまい、レビューはこれ一本でいいのでは……と思ってしまった。何しろ書籍の内容の紹介、位置づけ、読者としての要望など、ひととおり以上の濃さで完璧にレビューされていたからだ。うーん……。影響されやすいので、一通り忘れてから書くことにしよう。
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ということで気を取り直して、感想を書きます。
まず、建物は、やはり、とてもたくさんの人数がかかわって建ち上げられているということ。そして、その大勢の中の誰かが、最後に何かを決めているということがよく分かる本だった。たくさんの社員が、よってたかって担当者の相談相手になっている構図、とでも言えば良いだろうか。
ごく当たり前のことだと言われるかもしれない。しかし、とかく匿名性が高くなる会社組織(それも巨大な組織)において、竹中工務店の「中の人」が実名で、しかも多くは顔写真入りで登場し、発言している。一般書店で売られる本としては、画期的な出来事だ。出版社を子会社に持つ鹿島建設だって、こんなプレゼンブックはつくっていないはずだ。
僕が一番面白く読んだのは、206-207ページの「デザインレビュー ----組織で設計するということ」という記事だ。DR(デザインレビュー)と称される社内のデザイン検討会議を説明したもので、毎週月・火曜日の13時から行われる「関門」の様子が描かれている。
一つの建物にとてもたくさんの人間がかかわることのできる方法。竹中工務店という会社組織がそういった設計の方法を持っていることが、ひしひしと伝わってくる。全体のボリュームにとっては決して多くないこの2ページにこそ、竹中工務店の「なかみ」がしっかり表れていると思った。
会議の機微も感じられる。「大勢の社員が、担当者の相談相手になっている構図」がよくわかるし(否定ではなく、設計に説得力を持たせるための相談)、社内に満たす前向きな空気を表しているように思えた。そういったものを、あるいは社風と呼ぶのかもしれない。とにかく、もっと膨らんだものを読みたいと素直に感じたページだ。
同様の理由で、202-205ページの「現場のおしえ」もとても面白い。「総括」と呼ばれる上司からのアドバイスがどのように設計を変え、あるいは設計者を変えたのかが、建物を通してじわじわと読者に伝わってくる。建築書が、専門家以外に面白がられることがあるとすれば、それは、こういった生々しいプロセスを紹介できたときなのかもしれないと思わされた。
ところで、『凸と凹と』(でことぼこと)と銘打たれたこの本だが、僕は、凸についても凹についても、実は書かれていないような気がした。この本に書いてあるのは、凸と凹を重ねたときに生まれる接着面のありようや、重ね方=ストーリーだからだ(ついでに言うと、凸とか凹とかに分けて考えると、わからなくなるものがあるな、とも思った)。
あえて言うと、各々の建物がつくられる過程をストーリーだてた文章については、もちろん面白く読めはしたものの、反面、物足りなさも残った。
たぶんそれは、竹中工務店以外の人間が不在だったからだと思う。ともすれば社員同士が思い出話に花を咲かせているようにも読めた瞬間に(もちろんそうじゃないですが)、読者である僕は、どこか疎外感……というか、参加できないな、と感じてしまったことを告白しておきたい。一言で言えば、「俺、竹中の社員じゃないなー」と思わされたということだ(当たり前だけど)。そして、設計者じゃないんだな、とも思ったのだ。あるいは単に僕のコンプレックス(単にうらやましいだけ)なのかもしれないけど。
クライアントを引っ張りだすのは難しかったのかもしれないが(最後の手紙は泣けました)、社外の人が多少でも話し相手に選ばれていたら、と思う。あるいは、個々のストーリーがつやつやの成功潭で、きれいすぎて見えたからなのかもしれない。
その意味でも、施主・設計・施行のすべてを担った(施主を兼ねられるのがすごい)東京本店のプロセス(たとえばDR)を、もっと知りたくなった。平松さんの「光の教会」や「東京都庁舎」でもいいのだが、「竹中工務店東京本店」だからこそ伝えることができる建築の面白さだってあるだろうし、それは新鮮な印象を伴って受け入れられるように思ったのだ。
最後に、レビューの機会をあたえていただいた長谷川直子さんに感謝いたします。ありがとうございました。