2夜連続で開催されたビッグ・イベントの翌朝、西田司/ON designの新作「横浜アパートメント」の現場へ。
現場は横浜の野毛山動物園裏の住宅地にある。時間が迫っていたが、地図を忘れ、道に迷ってしまう。途中まで辻君に迎えにきてもらい、雨のなか走って現場入り。心臓破りの坂がきついですが。
今回は「横浜アパートメント」の竣工直前の現場で行われたインスタレーションを巡るシンポジウム「僕らは実『現場』所をどこにみるか?」に呼んで頂いた。インスタレーションは、「403 Architecture」という横浜国大出身のグループによる。「横浜アパートメント」には1階に大きなコモンスペースがあり、2階に4つの個室がある。今回はコモンスペースの実践の例として、西田さんが呼びかけて彼らのインスタレーションとシンポジウムが実現したのだという。
まず西田さんに建物を案内してもらい、403のトークからシンポジウムのスタート。「斜に構えた連中の集まり」とかカッコつけている割には、聞いている方が恥ずかしくなるくらいベタに熱くリアルなものを皆で作ったことの感動を述べる403メンバー。いいですね。
6人が今回のプロジェクトで感じたことを代わる代わる語り続けていたが、一貫して単管足場、布板(=マテリアル)の話と現場(=サイト)の話が中心。熱さはあるが、当事者以外にとってはとりとめがなく、広がりの感じられない議論であったのは確かである。当然の帰結として会場から「初めて来た人には通じない話だが、ギャップをどう考えるか」と質問が出る。
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その後、休憩を挟んでシンポジウム。
こういうとき、僕のようなゲストの役割は、
彼らの「熱いが狭い」主張を客観視して、問題を取り出し、議論を拡げることである。
まず予想されるリアクションを整理。
後輩は「先輩すごいなあ」とベタに感動するだろうし
同級生らは「内輪で盛り上がりやがって」と斜に構えるだろうし、
先輩らは「当たり前のことで盛り上がりやがって」と思うだろう。
ラウンドアバウトの議論も全く同じなのでよくわかる。
だからそれがいかに素晴らしかったか、だけを語っても伝わらないので、
いかに客観視する問題のフレームを作れるか、がポイントとなる。
そこで僕が組み立てようとして議論は下記の通り。
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作品をつくることは素晴らしいが、「その先にどこへ向かうか」を考えると、
可能性としては論理的に2つの方向にしか展開し得ないことに気づく。
1.表現を極める=芸術にする=アーティストになる
2.機能を極める=工学にする=工務店になる
その2択感は、建築家が置かれている状況と全く同じ。
1.表現を極める=芸術にする=アトリエ派
2.機能を極める=工学にする=組織・ゼネコン派
本来は建築家という職能は両者のあいだに位置づけなければならないのに、
それが不可能になってしまったのが1970年以後の技術依存が進んだ社会。
ならば君はどうするか?
アーティストか、工務店か、はたまた第3の道を探るのか?
「単管足場」の先に、君のスタンスが問われる。
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現代建築がいかに可能か、について議論をしていると、
図らずもその人の人生観なり、建築観なり、社会観なりが出てしまう。
ああ、君はゼネコンに就職するわけね、とか。
ああ、君はアトリエに行くわけね、とか。
ああ、君は第3の道を目指してけもの道をたどるわけね、とか。
それを明らかにすることがまず重要。
そこが何よりも、建築の可能性を考えるための起点となるからである。
今回のテーマである「実『現場』所をどこにみるか」という問いは、
まず君自身のスタンスに問いなさい、ということになる。
彼らのような20代にとって、アトリエか組織かという就職の問題は
個人の問題のように思えて、そのまま社会の問題に繋がってしまう。
だから大学院生が「社会」とか、「都市」について考えるなら、
セルフビルドのことを考えるよりも、
「就職」のことを考えるのがもっとも正しい。
一生セルフビルドを続けるならそういうスタンスもあり得るけれども、
そんな根性のある人はほとんどいないからである。
やれるもんならやってみたまえ。
彼らは「プロセス」の話に期待して呼んでくれたみたいだが、
話を聞いていると「スタンス」の話のほうがしっくりきた。
スタンスを定めずにプロセスの話だけしていても意味がないし、
逆もまた真なり。
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現状、日本の建築系の議論は90%以上「身の回り」オチである。
「作ることそのものが素晴らしい」とか。
「身の回りから考えていきたい」とか。
それでは話が前に進まない。
当事者で盛り上がって終わり。
そういう話は自分たちで勝手にやって下さい、
という空気になって議論はまずまず閉じる。
西田さんも僕も、その先に行こうとしているし、
403の彼らもそういう展開を期待しているはず(べき)。
メンバーの原崎さんは「藤村さんの言っていることは
社会人になって働くから少しはわかるようになったが
観客の学生の皆さんにはわからないのではないか」と言っていた。
たぶんそうだろう。
それはわかっている。
でも問題は常に提起しなければならない。
ちなみに僕は「どうせすぐには通じないが、しつこく話せばいつかは通じる」と考える。
黒川紀章が「共生」という単語の入った講演会のタイトルを数えたら
1000回超えていたという。そうやって同じ単語を強調していくと
世の中が「共生」「共生」と言うようになる、と。
そういう姿勢が大事かと。
先日の思想地図イベントに参加してくれた人のひとりは
「観客が一緒に成長している」と表現してくれた。
議論の楽しさだけ、充実度だけ考えるなら話す人を選べばいいだけの話だが、
それではやがて管を巻くだけの議論になるのは目に見えている。
成長するためには「話の通じない人に」アプローチするのが重要。
僕らはずっと一貫して「メディアに訴える」という戦略を採っている。
RAJvol.8や福岡のデザイニング展で実感したことだが、
地方の建築家であれば社会=コミュニティやローカリティに直接出会えるが、
東京の建築家はメディアを介さないと社会に出会えないという
決定的なスケールの違いがある。
ゆえに採るべき戦略にも違いがある。
だから私たちはフリーペーパー、シンポジウム、本、展覧会と
メディア活動に焦点を定めて活動を展開し、
メディア関係者にターゲットを絞って問題提起を続けている。
メディア関係者の意識を変えなければ、
議論そのものの風向きが変わらないからである。
西田さんは「横浜」でローカル型、コミュニティ型のアプローチを採りつつ、
しっかり『新建築』の編集長を呼んでいるあたり、
メディア型のアプローチも忘れない。
素晴らしいバランス感覚。
とても共感する。
そして、そんな西田さんの戦略的なフリに対して
ベタなまでに熱く盛り上がっちゃう403のメンバーにも、
とても共感する。
建築家は、熱く、かつ戦略的でなくちゃね。
これからも頑張って仕掛けて頂きたい。
展覧会のオープニングの直後というタイミングで
自分たちの活動を振り返る意味でもいい機会だった。
呼んでくれてありがとう。
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それにしても、すごい建築が現れたと思う。
「スタンス」や「プロセス」がそのまま立ち上がったような建築。
BankARTで模型を見て以来、ずっと期待はしていたが、本当に実現してしまうとは。
「横浜アパートメント」は間違いなく西田さんの代表作になるだろう。
そういう建築が立ち上がる瞬間に立ち会えたのは同世代の建築家として幸運だった。
またそのうち訪れたい。
fujimura