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「世界水準の」デザイン/思考の場をつくるために

19, 20日と大阪で開催されていたDESIGNEASTへ行ってきました。とても気持ちよくプレゼンテーションできたし、いろいろな人のトークを楽しんだし、打ち上げに参加させて頂きながら、心地よい充実感を一緒に味わうことができました。主催者の皆さん、成功おめでとうございます。

家成さんから準備の状況を聞いていましたが、短期決戦であれだけのイベントを成し遂げたことは快挙と言えるでしょう。

他方、このイベントに参加させて頂いて、突き上げるような高揚感を共有させて頂いた反面、イベントを仕掛ける同世代の立場として、いろいろ考えさせられるところもありました。

一番重要な問題は、何が「国際的」で、何が「世界水準」なのか、ということです。今回も、「世界水準のイベントを」と銘打たれてはいましたが、外国人のレクチャーが前日やその日の日中にあったという事実以外は、いつものメンバーといつもの話をしてきたという感じもありました。僕が発表させて頂いたのはその日の最後のコマで、こちらがまとはずれだったのか、運営メンバーも少々お疲れ気味だったのか、質問も受けられず、少々まとまりのない議論になってしまった、という意味では、いつも以上の成果、とは言えなかったかも知れない。

「国際的」ということに関して言えば、以前オランダに留学していた頃、「議論ができない」というコンプレックスがありました。言葉の壁もあるにはあるのですが、比較的英語は好きで日常会話程度なら何とかなっていたので、それより大きなことは「語るべきことがない」あるいは「語るべきことがうまく言葉にできない」ということでした。

留学するまでは「海外で働く」ということに漠然とした憧れがありました。学部3年生の頃、とある国際ワークショップに参加したことがきっかけで英語でコミュニケーションすることの楽しさに目覚め(ありがちですが)、バイトして貯金しては海外に行く、という日々を過ごし、英語もどんどん覚えることができました。

他方、留学している当時OMAにあった伊東事務所にバイトに通わせてもらっていたので、OMAのCCTVチームで怒号を飛ばして仕切っている重松さんや、毎日明け方まで働き、早朝出て行く白井さんを横で見ていて、インターナショナルなチームのなかでバリバリ働いている本当の意味で「国際的な」活躍をしている日本人に憧れる一方で、そういう環境に立つことの難しさも悟らされました。

重松さんのように帰国子女で英語が全く不自由しないか、白井さんのようにまとまった実務経験がある人もいるが、そのどちらもない自分がそのまま就職を試みてかたちとして「海外で働く」ということになっても、単なるCG係、もしくは模型係となってワークショップの片隅で黙々とヒートカッターの技を披露するだけなのではないかと。

もっとも、学校では毎週火曜日のイブニングレクチャーで必ず質問する、帰ってから必ずroundabout journalの日記でレビューする、というささやかな実践も行っていました。外国人のことなのであだ名など付けて気楽にレビューしているうちに、日本の建築関係者のあいだでも多少知られるサイトになり、同時に、よくしゃべるヨーロッパ人にもいろいろいて、本当に耳を傾けるべき議論を展開している人はごくわずかであることもわかってきました。

その経験を通じて、「海外」であること、「英(外国)語」であること、「国際的」であることそのものには何の意味もなく、「議論の濃度=ナカミ」こそが重要であるという認識を持つに至りました。何とも当たり前のことですが、それまでの自分は「海外」であること、「英(外国)語」であること、「国際的」であることがより特別で、より複雑で、より上位であることだと思っていたのです。

遅まきながらそのことに気がつき、海外に長く留まることに意味を見出せなくなり、1年でさっさと帰国してしまいました。

それからというものの、それまでの海外志向の反動で、単なる「コクサイコウリュウ」に疑問を感じるようになりました。留学帰りということで、東工大で毎年開かれる国際ワークショップではしばしばTAをやらせて頂いていたのですが、その当時はそれが嫌で嫌で仕方がなく、留学生に話しかけられたりしても、英語で何か話をするのもかったるく感じていたほどでした。

それでも毎年繰り返される「国際ワークショップ」にはコミュニケーションの面で多少の苦労が伴うので、苦労を共に乗り越えて行くプロセスで独特の高揚感も生まれ、最終日の打ち上げでは毎回なんとなく「感動」してしまう。でもゲストらが帰国し、報告書をまとめる頃には「楽しかったけれど、楽しかっただけなのではないか。何か得たことはあるんだろうか」と反省することになるのでした。

もちろん成功例もたくさんあって、MVRDVのヤコブや吉村靖孝さんを講師に迎えて行われた「URBAN FARMING」のワークショップなど、楽しいだけでなく、コンセプチュアルな水準で刺激的だったワークショップの経験もたくさんありました。

つまり、こうした企画の成否は、コンセプトやテーマの切れ味に尽きるということです。単に「国際的」というだけでは、それ自体に意味はない。似たものに「異分野」と「1/1」があります。雑誌やイベントなどの企画会議をやっていると、そういう企画がしばしば出てくるのですが、「国際的なこと」、「分野が異なること」、「つくること」そのものの意味を問うような問題設定があれば別ですが、無批判にこれらのテーマを選び、そこそこ盛り上がり、何かをやった気になって終わるということもしばしばです。

もちろん、経験として「楽しさ」を得ることは大事なので、20代まではそれでいい気がします。だけど、それだけでは先へ進めない。30代になったら、見せかけの「楽しさ」でごまかさず、本当に刺激的なコンセプトを生み出す濃密な議論の場を、まずはつくらなければならないのではないか。そこから生まれたコンセプトが、本当に刺激的なものなら、それは必ず異分野の人にも届くし、外国にも届くし、つくることに繋がるのではないか。

僕らはそういう問題意識のもと、「日本語」で、「建築の内側」で、「同世代」で、というように「あえて閉じる」戦略を採るようになりました。闇雲に「開く」とか「つくる」ことを唱えるよりも、第1段階としては、「閉じる」とか「考える」ことを唱えたほうが構築的で「濃密な」議論が出来るからです。本当に濃密で「ヤバい」議論は、誰かが必ず「翻訳」して伝えようとするし、その流れで「開いて」「つくって」いけばよい。というか、本来そういう順序であるべきでしょう。

DESIGNEASTの興奮から一夜明け、ぼんやりと、しかし何度も考えたことはこんなことです。運営の完成度はとても高かったし、イベントとして華やかで楽しかったし、ラストの雰囲気にはとても感動した。けれども、そこで交わされた議論を振り返ると、彼らのいう「世界水準の思考の場」はどの程度生まれたのだろうか。確かに、海外からも、東京や他の地方からも、異分野からも、多彩なゲストは集まった。トークもそれなりに弾んだ。でも肝心の議論は、「思考の場」として、どれだけの強度があったのだろう。「デザインの状況」について、どれだけ踏み込めていたのだろう。イベントに参加させて頂いた者として、同世代で近い問題意識をもって行動する者として、自戒をこめて、そこは冷静に考えていきたいと思いました。

ただ、確実に言えることは、今回のDESIGNEASTに参加させてもらって、僕らも本気で「世界水準の」議論を目指さなければ、と奮い立つことができたということです。こちらにも、フリーペーパー、シンポジウム、書籍、展覧会と議論の場を展開してきた蓄積があります(「閉じて」きただけに)。ここからどう世界へ向けて展開するか、を僕らもそろそろ考えなければならない。大阪の皆さんが短期間であそこまで展開したのだから、こちらも彼らに負けないスケールで外向きに情報を発信しなければ、と心を新たにしたのでした。


fujimura

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2009年09月29日 11:57に投稿されたエントリーのページです。

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