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建築夜楽校2009を終えて--集合知形成のプロセスにおける建築的思考の可能性

8日、1日に引き続き「建築夜楽校」のシンポジウム「データ、プロセス、ローカリティ」の第2夜「プロセスとローカリティの関係を考える」が開催されました。

今回もハッシュタグ(#yagakkou)にて活発な意見交換が行われました。
twitter--#yagakkou

そして、今回も石川君が実況してくれました。実況芸がだんだん板についてきましたね。
建築夜学校2009 第二夜 前半部分(architecture_database)
建築夜学校2009 第二夜 後半部分(architecture_database)

議論の内容は上記のtwitterほか、下記のリンク先を追いかけて頂ければ幸いです。
今回もたくさんのレポが上がりました。

ぽむ日記(10月9日)
建築夜学校第二夜レポート(deline)
建築夜楽校2009第二夜(To scene Too good)

「データ、プロセス、ローカリティ」解題(kuro-nicle -chronicle-)
登山からピクニックへ | 建築夜楽校2009 第2夜
「町の自転車屋さん」との邂逅(ASD blog)

建築夜楽校2009第二夜・感想(東亜重工)
合意形成ツールとしての建築(eureka)

建築夜学校第二夜レポ(koichi_katayama blog)
建築夜楽校第二夜(ARCHI BLOG)
建築夜楽校:第二夜(post_tokyo)

会場外から

建築夜楽校2009(culAstu)
建築夜楽校2009第2夜のこと01/twitterの実況ログを読んで(建築について)
建築夜楽校2009第2夜のこと02/twitterの実況ログを読んで(建築について)

第一夜が基礎編だとすると、第二夜は応用編。いつもは2夜目になると動員ががくんと落ちるのですが、今回はほとんど落ちず、むしろ熱気は高まったように感じられた。

今回は五十嵐さん(北海道)、家成さん(大阪)、井手さん(福岡)と、あえていろいろな地域から建築家をお呼びしましたが、その狙いは下記の通り。

1. オーセンティックなローカリティが成立しない状況=郊外化した社会的コンテクストを浮かび上がらせること
2. そのような流動的な環境で、どうやって場所の固有性を浮かび上がらせるか、という方法論を提示すること

3人はその明快な設計論において、場所の固有性を浮かび上がらせる方法を持っている建築家だと確信がありました。

そのうえで、議論の設計コンセプトとしては、個人的な実践に見えるプロセス論を、より大きなコミュニケーションのためにどう使うか、という課題設定。その実践に最も近いところにいらっしゃる建築家のひとりが古谷誠章さんであり、建築の物理的限界を乗り越えるための方法論として鈴木さんや濱野さんの見解が必要不可欠でした。

建築家はどれだけの人とコミュニケーション可能なのか、と鈴木さんはあえて基本的な問いかけをしてくれました。壇上ではオープンエンドにすることや設計者と使用者が融合して行くイメージが比較的語られていましたが、それは実際には聞こえはいいけれども、終わりのないマラソンのようなもので、設計者にとってはなかなか過酷な環境のような気がします。人間が物理的な存在である以上、ひとつのプロジェクトに無限に関わり続けることは明らかに不可能です。切断が生じるのはやむを得ず、むしろその切断の仕方をどう変えるかを議論した方がよい。

その意味ではベタにWEB礼賛みたいな感じで議論がまとまったように見えたのは少々心残りです。希望が見出せる展開は、というと、それは以下のようなものです。

建築という意思決定システムをweb的に再編成し、ローカリティをあぶり出す装置として読み替える。ローカリティとは、コミュニケーションのプロセスとともに立ち上がるものであって、あらかじめそこにあるものではない。

つまり、ローカリティとは、あらかじめ目に見えているものというよりも、コミュニケーションを発生させることで初めて見えるものであり、ラディカルに言えば、ローカリティとは、設計作業のプロセスを発生させることで生成可能なものだともいえる。

すなわち、設計プロセスの設計の仕方によっては、コミュニティを検索エンジンのように用いることができ、ローカリティを検索結果としてシステマティックに得ることができる。そしてそのプロセスは同時に、コミュニケーションのメディアとしてのリッチネスも備えており、コミュニティの強化にも役立つ。

今回の建築夜楽校で立ち上がりつつあるのは、そういうイメージなのではないか。

建築はwebと比較してもメディアとしてのリッチネスが高く、人を動かし、一体感を生み出してしまう力がある。建築実務の経験者なら、規律訓練によって完全にコントロールされた工事現場の様子を思い浮かべることも可能でしょう。だからこそ、建築設計のプロセスをWEB的に読み替えるならば、社会的にはWEB以上にWEB的に機能するコミュニケーションのプラットフォームを構築することができる。それは建築の可能性と言ってよい。

五十嵐さんや家成さん、井手さんの作品をその文脈で読むことはなかなか難しいけれども、濱野さんとの議論で出てきた「人間をアルゴリズム化する」という機械と人間が共存するイメージを、もう少し膨らませて共有して行ければ、議論はまだまだ発展しそうです。

建築は今、コミュニケーション・メディアとしての可能性といった、その政治的な機能について議論することと、グローバリゼーションの渦中でスターシステムにのっとりアイコンをばらまいて行くこととのはざまで、大きく揺らいでいます。「アルゴリズミック・デザイン」というトピックも、都市のコミュニケーション・システムの内部に介入することができるのか、わかりやすいフォルマリスムやパターニズムに回収されるのか、実に微妙な時期にあり、前者のように理解しようとする人は希で、後者のようにベタに捉えようとする議論も多いです。

国内では、スター建築家を大胆に起用していた「熊本アートポリス」が「わたまち」へシフトしたように、バブル期にアイコンを大量にばらまいた日本社会も、バブル崩壊後の1995年以後は低成長型へとシフトし、建築のわかりやすいアイコン性よりも、コミュニケーションのプラットフォームになるような機能性を重視するようになるという流れはベースにあります。今回の夜楽校の議論に一定のリアリティがあるとすれば、そのコンテクストに接続しようとするが故でしょう。

他方、世界へ目を向ければ、猛スピードでアイコンを消費するグローバリゼーションの状況は加速し、データだのプロセスだのローカリティだのなどという繊細な議論はとても成立しなくなっていて、PLOTのように確信犯的にアイコンを量産する人もいます。そのギャップをどうするか。

もちろん、どちらの側面も建築家の職能を取り巻く現実です。現状を見る限り、前者は公共建築を手がけるうえでの方法論になるでしょうが、その作品は海を渡って紹介されることは難しく、後者はビジュアルこそ世界を駆け巡るための方法論となるでしょうが、プロジェクトは美術館でのインスタレーションと国際コンペ案ばかり、という「グローバル・アーキテクト」になる可能性もあります。前者が組織、後者がアトリエ型建築家の進む道の先にあたり、前者の方法論をフォローしたのが今回の夜楽校、後者のそれをフォローしたのがARCHITECT TOKYO、というところでしょう。

結局、プロジェクトはあるけれど有名になれない組織派と、有名だけどプロジェクトがないアトリエの対立を追認するばかりです。

そうした構図を打破ずる唯一のスタンスが、「コミュニケーションのプロセスをアイコンにする」というアクロバティックな方法論によって、両者を架橋しているコールハース、MVRDVということになるのではないか。コミュニケーションのプロセスに介入し、ローカリティを抽出してアイコンにする方法論的なコンセプトを身につけることが、現代を活きる建築家の生命線であると、言えるのではないか。

このところの議論の先に、見えてきたのはそんなパースペクティブです。

2007年にフリーペーパーを創刊し、世代論の切り出しからスタートした議論は、職能の位置づけや設計プロセス論を抽出し、教育や経営、政治の議論へと接続されてきました。

議論そのものは多くの人を巻き込みながら、漸進的に進化しているとは思います。ブロガー諸兄のレビューを読んでいると、理解度がどんどん深まっているのがわかります。決して礼賛してくれるわけではないけれど、確信に基づいて明快な文章を書いてくれる。常に外部へ問いかけようとしている僕らとしては、何よりも嬉しいことです。

他方、今回のシンポジウムに関しては下記のようなレポートもありました。

建築夜学校の第2夜が行われる。(地方競馬に栄光あれ)

先ほどのリンク先をたどって頂ければわかるように、実際には活発な意見交換と議論が展開されたにもかかわらず、「盛り上がりに欠けた」「観念論をこね回す議論」「言葉遊び」など厳しい表現が続きます。もちろん、物事の解釈はひとつではないのですが、何がこの方をしてこのようなネガティブなレポートをわざわざ書かせたのでしょう。

どれだけ濃密な議論が展開されても、あるいは、濃密な議論が展開されればされるほど、このような疎外感を抱いてしまう人が発生する。それは毎回力を入れて議論を行うたびに感じることです。

理由は単純で、コンテクストを共有していない、というだけのこと。

解決法もまた単純で、このような人にこそしつこくアプローチをして、何度も参加を呼びかけることです。2度、3度と参加してもらううちにコンテクストが読めてきて、そのうち冷静で分析的なレポートを書いてくれるようになるでしょうし、こちらも彼らにコンテクストを共有してもらおうと工夫を重ねるので、自然とバージョンアップします。

学生でも同じことで、なんとなく話を聞いて、よくわからないと投げやりな印象論で否定的な態度を取ろうとしますが、「ノートを取り、質問を考え、最後まで残る」ことを呼びかけ続けると、やがて積極的に参加するようになります。

そういった説得と学習のプロセスで、自分たちの議論も少しずつ進化して行けばよい。そして、もっと多くの人を巻き込んで行きたいと思います。

今年もパネラーや参加して下さった皆さんのおかげで濃密な議論が展開できました。「建築夜楽校」という、1990年代から脈々と続く議論の場の歴史の一部に参加できたことを嬉しく思っています。

この流れを、11月の大阪、12月の北海道での仕掛けに繋げて行ければと思います。両者とも、鋭意準備中ですのでご期待下さい。


fujimura

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2009年10月14日 16:37に投稿されたエントリーのページです。

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