95年以後展、準備を急ピッチで進行中。いつもの通り、予算も時間もギリギリですが、出展者の皆さんに協力頂き、実行委員の皆さんと連係をとり徐々にカタチになりつつあります。
ワークショップは既に準備が始まっている模様。関西の学生100名が集まり、2日間で1995年以後の模型300個を作成するという企画です。大学生だけでなく、専門学校生、高校生がチームを組み、プロの指導を受けつつ模型制作のスキルを身につけます。模型の課題は1995年以後の雑誌からランダムに抽出し、成果物は展覧会のメインコンテンツのひとつとなります。
学生や一般の方々を巻き込み仕掛けとしてワークショップという企画はよくありますが、展覧会のおまけのように扱うのではなく、きちんと技術の教育をして、そのうえでキュレーションのプロセスそのものに巻き込む仕掛けを盛り込みました。
実行委員会のメンバーも、TEAM ROUNDABOUTも、それぞれの仕事で忙しくしていますが、力を合わせて成功させたいところです。
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そんなふうにテンパっている折、僕のことをいろいろと書いてくれているブログを見つけました。
政治家的建築家 藤村龍至論(上) Ryuji Fujimura: Political Architect (1)
政治家的建築家 藤村龍至論(下) Ryuji Fujimura: Political Architect (2)
どういうわけか、僕は非モテ系ブロガーにターゲットにされる傾向があるのですが、彼もその一派のようです。しかも、失礼なことばかり書いてくれている。
もともと建築的ライターとして様々なメディアに登場していたが、近年高円寺に集合住宅と店舗の複合したビルを実現し、建築家としての手腕も示した人物だ。
うーん。「建築的ライター」と名乗ったことはないのだが。最初の作品発表は『新建築』の2004年10月号で、文章を本格的に書くようになるよりずっと前。
佐藤敏宏さんのサイトで、『藤村龍至さんとベラ・ジュンさんと建築あそび』をみて以来興味を持っていた人物なので、まだ学生あがりだった頃から一応知っていたことになるが、
興味を持って頂くのはありがたいが、「学生あがり」なんて言葉をweb上で使うかな。
建築家が勝手に自分のメディアを作るというのは、実はかなり伝統的な行為でもある。『エスプリ・ヌーヴォー』を創刊したル・コルビュジェはじめ、アーキグラムやレム・コールハース等、枚挙に暇がない。
まあ、そんなことは世界の常識ですが。
彼らの初期衝動は、まず間違いなく「俺をみろ」という一念だったろう。「自分が世界で一番面白いことを考えているはずなのに、誰も実際にアイデアを実現する機会を与えてくれない、どのメディアも取り上げてくれない。ならば自分で自分を取り上げるメディアを作ってしまおう」という哀しい怒りだ。
雑誌メディアにはデビュー作から掲載の機会を与えて頂いている(もっとも、最初の頃は撮影・掲載して頂くまでに随分と時間がかかり、絶望的な気分になっていた)し、文章はその前からいろいろな媒体で書かせて頂いていた。「哀しい怒り」など感じたことはなく、むしろ経験の少ない自分にいろいろなことを教えて下さった編集者の方々にはいつも感謝の気持ちを忘れたことはない。それはコルビジュエだってコールハースだって同じだろう。何を勘違いしているのだろうか。
この人物はおそらく、僕らのフリーペーパーの実物を読んだことがないのだろう。RAJは「ブログと雑誌を繋ぐ」をスローガンに、メディアに出ている人物から出たことのない人物まで、幅広く取り上げている。若い建築家や学生の皆さんに執筆の機会を与え、編集者の方々に情報提供する役割を果たしてきたし、既にメディアに出ている方々にも、既存の記事では見られないRAJならではの切り口を提供している。自分たちや他人の宣伝というよりも、議論の場を取り戻したい、という社会的な動機に基づいており、「建築」という職業に対する奉仕活動である。宣伝が目的ならば自分だけ取り挙げれば良いし、ビッグネームとだけ対談すればよい。「同世代」などという切り口は明らかに効率が悪いではないか。
私個人に対する挑発ならともかく、許し難い書き方もあった。
若手建築家はまだ正規メディアにそこまで取り上げられていないし、そんなに忙しくもないので、
失礼極まりない、この書き方はどうだろうか。忙しい時間を割いて協力して下さっているインタビュイの皆さんを見下すような言い方は許し難い。
実際に、インタビューを受けて下さった方のなかには「これまで受けたインタビューのなかで最も自分の方法論に肉薄したインタビューだった」「新しいイメージを切り拓いてくれた」と言って下さる方もいるし、なかには「RAJのインタビューだったら喜んで承ける」と言って下さる人もいる。
インタビューというものは、信頼してもらえないと承けてもらえないし、読んでもらえない。建築家がメディアをつくるというのは、その意味でずっと難しいのである。そういう緊張感の中でやっているということをこのブログの主は理解するべきである。
こうした議論の場は、本来ならば社会に用意されているべきものである。しかし、2000年以降の出版不況によって専門誌が次々と休刊するなかで、従来型の生き生きとした議論の場は次々と失われてしまった。誰かが替わりの場所を用意してくれる、と待っていても始まらない。誰かがやらなければいけない。だから僕たちは自分たちも議論の場づくりに参加するしかない、と活動を始めたのである。繰り返すが、これはあくまで職業に対する奉仕であり、それを通じた社会貢献である。決して内輪の戯れではない。
それにしても、このブログの主はこのような書き方をすれば、自分の見方の浅さを露呈するだけなのに、なぜわざわざこのようなエントリを上げるのか、理解に苦しむ。もっとも、後半はもう少し肯定的なニュアンスで期待を込めて書いてくれているので、失礼極まりないこのエントリも、彼なりの(勇気ある)支持表明の表現だと受け取っておこう。
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他方で、こんなブログもあった。
このブログの主はオマのスタッフらしい。今年のSDレビューに出していたようだが、あの作品こそ「面白いの?」スペクタクル「しか」ないんじゃないの?あんなの、本当に建つの?と逆に聞きたい気分ではある。
そんな反論はさておき、彼の指摘に応えるならば、まず『ユリイカ』では設計プロセスの話に特化しているので詳しい話は伝わらなかったので、こちらのイメージしている設計の「濃密さ」のイメージが伝わり切らなかったのだろうとは思う。例えば、BUILDING Kには空調室外機を裏返して排気ルートを集約し、開放型のダクトを形成している箇所がある。しかもしかもそのダクト部分は構造コアとなり、外観上は周辺のスケールに馴染むための壁面の分節になっている、というアイディアの集積があるが、これなどは設計プロセスの洗い出しを行った成果である。
僕は設計プロセスというのは、枝分かれ、後戻りの繰り返しだと思っている。その費やされる膨大な時間と努力の向こうに誰も予期しなかったアイディアや面白さを発見出来るのではないかと。
念のために突っ込んでおくが、そんなことはあたりまえである(笑)。無限に時間をかけられれば誰でも期しなかったアイディアや面白さを発見出来る可能性は高まるに決まっている。しかし、それでは現代の設計事務所の仕事というより、伝統工芸作家のそれのようになってしまう。社会の経済活動の一端を担うならば、「限られた時間で」誰でも期しなかったアイディアや面白さを発見出来なければならない。その確率を高めるには、より効率的なプロセス論を構築する必要があるというのは誰でもわかる話だろう。
だから私たちは自分たちでもすぐ実行できる仕事上の工夫として、段階毎に模型を残し、合意形成の履歴を可視化して情報共有の効率を高めようとしているのである。それが完璧で揺るぎない唯一の方法だとは思わないが、ちょっとした努力で成果が感じられるならば、やらない手はないと思うのだ。言葉遊びでもなんでもなく、実務に携わるものとして、経営者として、極めてプラクティカルな発想ではないか。
ちなみに、彼が「チェックリスト」と呼んでいるものはちょっと違う。あの「表」は事前に用意した項目を潰したものではなく、プロセスを事後的に振り返って作成したものだ。プロセスを洗い出す中で「発見された」境界条件のリストである。
意図的に挑発的に書くことで自己宣伝しようとする先ほどの某氏より、このオマ氏は思ったことを書いただけのようだから、書き方は失礼だが、許せないことはない。学生たちと一緒で、今は単にこちらの考えに対する理解が浅いだけであるから、いずれ理解してもらえるだろう。
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ある考えが周囲に伝わるには実に多くの時間がかかる。それでも今はネットがあるから、昔よりはるかに効率良く考えを伝えることができるのだろうとは思う。もちろん、聞かなくても済むようなネガティブな評判までこちらに届いてしまうのは精神的に少々疲れるが、こちらはそのメッセージで生きて行こうとしているのだから、それを伝えないわけにはいかない。自己宣伝のような欲求とは少し違う。もう少し衝動的なものである。
衝動で作られたフリーペーパーと、単なる宣伝のために作られたフリーペーパーの違いは迫力に現れる。今回の「ARCHITECTURE AFTER 1995」展も、ほとんど衝動的につくられている。その迫力は感じてもらえるのではないかと思う。衝動に任せている分、関係者に迷惑をかけていることも多いことは自覚しているつもりだが、必死に準備をしていると出展して下さる方々の気合いが伝わってきて、一緒にやって下さる方の気持ちを無駄にしないようにしたい、と思いを新たにする次第である。
自分たちの宣伝をしようなどと考えず、批評レベルでの緊張感を保ち、かつ真面目に取り組んでいれば、「なんだあいつら」と斜に構える人々を正面向かせることはいずれ叶うだろう。我ながら楽観的に過ぎるが、地道にやるだけと思えば特段難しいことではない。
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というわけで6日から始まる展覧会に向けて、ラストスパートしております。関係者の皆さん、どうぞよろしくお願いします。
fujimura