11月6日から14日にかけて、「ARCHITECTURE AFTER 1995」展および、関連シンポジウムがすべて終了した。3回のシンポジウムはとても有意義だった。これまでの蓄積と、新しい可能性を感じることができた。今回の企画の実現に尽力して下さった関係者の皆さん、ありがとうございます。
展覧会の様子
「ARCHITECTURE AFTER 1995」展(BUILDING K日記)
「ARCHITECTURE AFTER 1995 展覧会」(大阪工業技術専門学校)
「ARCHITECTURE AFTER 1995」展(architecture 6×6 square 3×2 rectangle)
シンポジウム含め、全体の流れについて(スタッフの目線)
YOU AND I ARCHITECT(S)(WSにスタッフとして参加していたOCTの学生yui okadaさんのレポート)
ARCHITECTURE AFTER 1995(1)
ARCHITECTURE AFTER 1995(2)
ARCHITECTURE AFTER 1995(3)
ARCHITECTURE AFTER 1995(4)
シンポジウム含め、全体の流れについて(参加者の目線)
建築について(高知在住のstttsさん。高知から通って参加して下さいました)
「ARCHITECTUER AFTER 1995」展のこと
「ARCHITECTUER AFTER 1995」キックオフミーティングのこと
「ARCHITECTURE AFTER 1995」シンポジウム「『2010年以後』を考える」のこと01
「ARCHITECTURE FTER 1995」シンポジウム「『2010年以後』を考える」のこと02
その他にも、渾身のレポートが上がっております。いくつかご紹介。
ArchitectAfter1995を通して考えること。(ケンチククラブ)
architecture after 1995(Bogus Headache)
1995年以後を考える(シコウの日々)
「ARCHITECTURE AFTER 1995」展(sumica02:21:23)
Architecture After 1995展 シンポジウムA 「2000年以後を考える」レポート(deline)
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6日の鈴木謙介さんとの討議は、「設計」という行為について、改めて考えさせられる機会となった。8日のシンポジウムの最後のコメント(ちなみにこの日は鈴木さんはゲストではなく、観客として参加してくれていた)も、建築家に対する皮肉もなかなか利いており、説得力を感じた学生も多かったようだ。
〈ほんもの〉を捏造する(Soul for Sale)
五十嵐太郎さんはtwitterのコメントで「RAJや展覧会を通じて敵を増やしている」と指摘して下さっている。五十嵐さんにとっては論争を巻き起こすこと=クリエイティブなことなので、褒め言葉として受け取らせて頂いているが、仕掛ける側としては「繋がり」のほうをつい強調してしまうので、鈴木さん同様、いいご指摘を頂いたとも思う。
僕らはこうした議論の場を「ラウンドアバウト」と銘打っている以上、究極的には誰でも入って来れて、いつでも出て行けるような構造を指向している。イベントも、できるだけニュートラルかつ、巻き込み型の構造をできるだけ実装したいと思っている。
けれども、そうした意図とは裏腹に、こういうシンポジウムなり、展覧会なり、何かイベントを興すと、即座に「参加する人/しない人」を分けてしまう。つまり、何かと「繋がったこと」を強調すると、何かと切断されてしまったことを忘れてしまいがちである。そこで疎外感を感じた人が心理的に「敵」になってしまう可能性があることは偶然ではなく、一定程度構造的な問題だとも言えなくもない。
社会学者はそこを指摘するのも大事な仕事なわけだけど、建築家としてはその指摘を受け入れた上で解決策を提示しなければならない。建築家も社会学者や批評家がいうほど現実に無頓着なわけではないけれど、「設計する」という行為にはある程度ついて回る問題について考える、いい機会だと捉えたい。
では、どう考えて行けばいいか。
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僕らとしては、今回、3つの戦略があった。
1. 東京の建築家だけでなく、関西の建築家だけでもなく、約半々とした
2. 同世代だけでなく、梅林さん、宮本さん、五十嵐さんを巻き込み、2000年の議論と接続した
3. メインの展示を学生ワークショップによる制作とした
今回、最も発見的だったのは、3の「ワークショップ」の部分ではないかと思う。
ワークショップ「『1995年以後』から『2010年以後』を考える」(BUILDING K日記)
ARCHITECTURE AFTER 1995 ワークショップ初日(大阪工業技術専門学校)
ARCHITECTURE AFTER 1995 ワークショップ2日目
今回は専門学校が舞台であったということもあり、専門学校生や大学生だけではなく、工業高校の高校生も参加する仕掛けがあらかじめ要請されていた。いろいろアイディアはあったのだけど、実行委員のみんなで議論していくうちに、今回の「100人で、2日間で、300個の模型をつくる」という企画が出てきた。ギャラリーや専門学校のキャパシティから設定された「100人で300個」というヴォリュームに、『新建築住宅特集』に掲載された住宅2300件のなかからランダムに抽出された住宅を300件を一斉につくる。
もちろん、参加人数とか、情報の伝達の範囲とか、通える範囲という限界は存在する。参加したかったけど都合が合わず参加できない人もたくさんいる。しかし、「キャパシティ」で決めた人数と、「ランダム」に選んだ対象を展示する、というコンセプトは、コミュニティや能力やトピックで選ぶタイプのイベント(例えば、大学で/大学院生を対象に/「アルゴリズミックデザインについて」討議しましょう、と呼びかけるイベント)とは異なる開放性があるように思える。
他方、「誰でも入って来れて、いつでも出て行ける」などというと、いかにもリベラルでいいんだけど、だいたいにおいてその手のイベントは往々にして「ぐだぐだ」になる。その状況を安易に肯定する立場もあるだろうが、具体的な成果を上げることを目的にされなければ、社会に実装されるような設計思想を実験することにならないだろう。
フラットな姿勢を表明しつつ、「成果を上げる」ために、人々を正確に誘導する環境を設計するということはどういうことか。そのことについて思考するには「100人で2日で300個」という条件設定はなかなか絶妙であった。
当初、ワークショップが始まってしばらく経った初日の午後くらいには、作業がなかなか進まなかった。よくよく観察してみると、作業が進まない班は机が乱雑であった。そこで片っ端から「カッターマットの角度を正す」と「リーダーを確認する」という単純な確認を徹底していったところ、見違えるように作業がはかどり出した。まさに金子郁容がいう「ルールとロール」である。
あくまでこれは一例だが、フラットでリベラルな環境を指向しても、それに上手く機能させるための訓練やフィードバックもまた、必要とされる。「カッターマットの角度」は環境的な数値に過ぎないのだけど、それを正すだけで姿勢が直り、集団の一体性まで生まれて行く。「超線形設計プロセス論」を教育現場に導入し、それがうまく浸透すると、不思議な一体感が生まれるのだが、同じ理由である。
このことをどう捉えたらいいのだろうか。成果を上げるために、参加者ひとりひとりとコミュニケートし、規範を内面化するような規律訓練的なプロセスもないわけではなかったが、異なる学校、異なる学年、異なるモチベーションで集まったバラバラな集団をコントロールするには、カッターマットの角度を直して回るだけでよかった、という視点は建築的でなかなか面白かった。
今回のAA95ワークショップは、アーキテクチャ型の意思決定システムを設計するための条件を考察するには、最適な素材だったと言える。その意味で、東浩紀さんらの提唱する「民主主義2.0」を実装するための具体的な方法として、「設計」や「教育」や「建築」を考えて行く。そういう場だったといえるかも知れない。
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ところで、8日のシンポジウムに参加して下さった五十嵐太郎さんから、日記で以下のようなコメントを頂いた。
運動家としての藤村龍至
いつもの調子で煽っていただけなので恥ずかしい限りだが、会場を煽るのもゲストの役割ではある。ただ、60年代的なオーセンティックな「運動家」と似て非なるところがあるとすれば、煽ることが全てのプロセスではない、ということであろうか。全体のアーキテクチャがうまく設計されているならば、最後にちょっとアジテーションするだけでものすごく盛り上がるからである。アーキテクチャを設計し、それをドライブさせる工夫をする「動物的/工学的」作業のほうが重要で、煽ったり宣言したりする「人間的/政治的」作業はほんの一部だけで良い。
ルールとロールの確認を徹底し、最後にちょっとだけアジる。民主主義2.0社会での建築家の具体的な役割のイメージは、そんなところかも知れない、と考えさせられた。
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AA95展は、単なる若手の世代論的展覧会という枠組みを超えようと試行錯誤したが、結果として、ゼロ年代の総括や社会実験としての意味も含んだ、多義的なものへと発展することができたのではないかと思う。今回の一連のイベントを通じて紡がれた思考の断片は、また別の機会に引き継がれて、発展していくだろう。実に刺激的な2週間だった。
こうした機会をつくって下さった建築展実行委員会の皆さんを始め、協賛を頂いたOCTやAD&Aギャラリーの皆さん、出展者、登壇者の皆さん、twitterで実況したり突っ込み入れてくれた皆さんなど、このイベントの実現に尽力してくださった関係者は数知れない。皆さんのご協力に感謝したいと思う。
今回は一緒にできなかった人とも、次回は一緒に何かやりたいと思う。そうやって徐々に発展させて行けばよい。物理的な限界はあるにせよ、巻き込みのアーキテクチャを意識的に設計し続けていれば、少しずつ理想に近づくだろう。
fujimura