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fujimura アーカイブ

2006年10月18日

再び

お久しぶりです。しばらく間が空いてしまいましたが、それぞれ状況も変化したところで、リニューアルさせて頂きました。まずはjournalをサンドイッチ・ブログ形式で再開ということで、よろしくおつきあい下さい。

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2006年10月19日

新建築10月号の月評

月評に悩む。締切はとっくに過ぎてしまっているのだが・・・。これまでのを読み返してみると、なんともさらりと読めてしまうのだが、これでも毎月毎月七転八倒している。いつも作品を擦り切れんばかりに読み込んで、なんとか刺激的な評論に仕立て上げたいと考えているのだが・・・。

「最近勢いがダウンしている」とつかもと師や後輩諸君にダメ出しされてきたが、10月号の青木藤本論はわりと評判が良かった。「今までで一番いい」という人も何人かいた。二項対立なんて猿でもできる評論の形式で少し安易なのだが(実際そういう批判もあるにはあった・・・F事務所のA君とか)、言いたいことは整理しやすいし、伝わりやすい。

今月はどうしようかな。ラインナップとしては、SANAAのトレド、石上さんの工房、松川さんたちの海の家あたりを攻めようと決めてみた。いろいろな展開があり過ぎてすでに数パターンはスケッチできてしまったのだが、オチが決まらない。うーん。

仕方ないのでいろいろたまっていた仕事を片付ける。労務関係の書類を大量に作成してみたり。今夜中には決着つけなくては。

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2006年10月24日

東浩紀の授業、Table of Youth勉強会など

午前は事務所にて定例。いろいろ確認。13時、昼飯を食べていると不意の来客。青森の祖父母であった。以前から「事務所を見たい」といっていたので見せる。5分で帰り、静岡へ向かう。

14時、移動して東工大で東浩紀の授業「ポストモダンと情報社会」。2年生に混じって受講する。文系の授業なんて10年ぶりである。遅刻したので後ろの方の席だったが、睡魔に倒れる学生が続出し、次第に視界が開けていく。ラカン、デリダ、フーコー、ドゥルーズ、リオタールなどをハイテンションで解説。話が脱線しまくるが「まあそんな話をしてもしょうがない」といって無理矢理戻していく。

「60年代のフランスの現代思想が70年代にアメリカに輸入されたときに、『脱近代』という理論的テーマが『脱工業化』という社会的テーマとブレンドされた。誰もこういうふうには説明していないかも知れませんが、ここが一番大切です。覚えておきましょう。」という結論が印象に残る。東さんらしい説明だ。

製図室で2年生に絡んで若干の議論をし、研究室に顔を出して4年生の論文を見たあと、事務所に戻ってスタッフと打ち合わせ。17時、スーツに着替え、都内某所の測量事務所を訪問し打ち合わせ。その後事務所に戻って着替え、20時から建築ノートの巻末企画「Table of Youth」の勉強会。大学院生を中心に週1回集まっている。若い連中と気ままに議論するのは楽しい。

前回同様、大学院生12名を集めてみんなでコラムを書かせてもらう予定。面白いメンバーが揃ったので濃い内容が期待できそうだ。スタッフと打ち合わせ後、終電で東工大に戻り、後輩と議論とかしつつ、深夜3時ジャーナルを更新。

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2006年10月28日

今週

今週は既存のプロジェクトに動きがある一方で、新プロジェクトがいくつか動き出しているので、身辺はにわかに慌ただしかった。静かなときは静かなのに、お座敷がかかるときはいつも同時だ。

24日、午前は所内で打ち合わせ。午後はとある件の打ち合わせで横浜へ。久しぶりだ。用件を済ませ、事務所へ戻る。翌日のプレゼ内容を確認し、夜は先日声をかけて頂いたある企業の担当者の方々と会食。先日させて頂いたプレゼについて、担当者の方は「意表を突かれた」と表現されていた。条件を整理して可能性を場合ごとにパターン化して提示させて頂いたのだが(藤村事務所はそういうプレゼが多い)、頂いたお話の内容からすればちょっと枠を広げた内容だったかも知れない。

25日、既存のプロジェクトで懸案事項がまとまりそうだったので久しぶりに関係5者によるミーティング。問題は次から次へと出てきて気が遠くなりそうだが、こういうときこそ緊張を保たなければいけない。その後大学へ飛んでいき、17時過ぎ、塚本研のゼミへ。30分ほど遅刻したため塚本師の機嫌が悪いが、そういうときは内容でフォローしようと頑張るので逆に発言は冴える(気がする)。ゼミは夕食なしで22時30分頃終了。事務所へ飛んで帰り、翌日のプレゼ内容を確認。いろいろやり残しがある。

26日、午後イチで新規プロジェクトの初回プレゼンテーション。いろいろご意見を頂き、修正を約束する。スケジュールが少し延びそうなので、時間があるうちにスタディを重ねることにする。16時、大学へ戻り大学院生の授業へ。Adnan Hrambasicというノルウェー人建築家の集中講義のアシスタントをしているのだが、この日は横で聞いて時々コメントするのみ。半分が外国人留学生ということもあり、グループ作業なので一見よくわからないが、しばらくみていると学生の能力差とか役割、掛けた時間の差、というのは手に取るようによくわかる。仕事上でも、短い時間に掴んだ相手方の人間関係などがプロジェクトの鍵を握ることがあるが、それは自分たちにとっても同じこと。他山の石としよう。

27日、朝から諸手続きで役所を回る。途中、旧渋谷公会堂(C.C.レモンホール)の前に大量の熟年女性が集まっており、何かと思えば氷川きよしのコンサートだった。あれだけ特定の世代にアピールできるのはすごいことかも知れない。夕方、事務所へ戻り書類整理をしていると、最近ヨコミゾ事務所から独立した伊藤君から電話。たまたまその日が事務所のオープニングとのことで偵察に出かける。会場に着くと女の子やガイジンが大量に集まってオサレムードに満たされており、さすが段取り上手の伊藤君・・・と、うっかりと勘違いしてしまいそうであったが、実はシェアしている事務所の方々の合同パーティ。23時、大学へ戻ると学園祭の準備が行われており、若者ムード。デザイン研の連中が設営中で話を聞く。自分たちの作品だからか、緊張感と充実感のある表情がよい。製図室を覗くと学生が数名いたのでいろいろ話を聞く。学年に「やる気のあるやつ」「知識のあるやつ」がいないのが悩みだとか。周りを育てないと、自分も育たないよね。それはいくつになっても同じこと。1時すぎ、研究室で若干の調べものをして帰ろうとすると校門近くで酔っぱらった塚本研の学生たちとすれ違う。コンペの打ち上げで飲みに行っていたらしい。疲れがたまっていたせいもあり、なんとなく調子の合わなさを感じるが仕方ない。

28日、昼前に社会工学科時代の同級生である大東君から電話。社会工学科の同級生はコンサルや金融関係が多いのだが、彼は設計をやっている数少ない同志である。近所に現場があり、渋谷まで来ているとのことで急遽来所。彼は社会工学科の大学院を出た後、外資系の設計事務所に就職している。仕事は外資系のオフィスのインテリアが多いらしい。就職、結婚、子供、と人生双六を快調に駆け上がる彼の次に狙うところは、転職かマイホームか。「子供が小学校に入る頃には自然の多いところに引っ越したい」のだそうだ。オトナだなあ。事務所を隅々までチェックされ、「椅子くらいは良いの買えよ。安いところを紹介してやるよ。」とありがたいアドバイスを頂く。事務所設立時にお施主様から頂いた椅子もあるのでしばらくは控えようと思っていたが、そろそろ考えようか。16時、谷内田事務所のオープンハウスにお邪魔させて頂く。今年に入って3回目だが、今回もまたいろいろ勉強になった。谷内田事務所の仕様は比較的統一されているのだが、逆に担当者の違いが出ていて面白い。今回のはとても繊細な感じがした。途中下吹越事務所の高橋君と会い、仕事の話など聞く。こういうときの情報交換はなかなか得難いものがある。

今週はこんな感じでした。


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2006年10月29日

伊東豊雄展

永山祐子展、無事オープンしたようで、おめでとうございます>キュレーター氏。こちらではオペラシティギャラリーで開催中の「伊東豊雄 建築|新しいリアル」を見てきたので感想を。

まず会場構成について。展示は以下のようになっていました。
SPACE A:最近のテーマである「エマージング・グリッド」というコンセプトについて解説
SPACE B:「物質」をテーマに、1/1の図面、TOD'Sの1/1モックアップなど
SPACE C:伊東事務所の歴史について、関係者へのインタビューを交え、年表形式で総括
形而上(概念)/形而下(空間)/年表と、かなりオーソドックスな三部構成でした。建築関係以外の人にもわかりやすい感じ。

SPACE Bで壁面のTOD'Sの実物大模型を見て思い出したのが、GAギャラリーで開催された「Alchitecture展」。アルミ建築をテーマにした展覧会で、吹き抜けのところの大きな壁面に1/1の断面模型がありました(よね)。

それを作ったのは何を隠そう私(と友人H)です(威張ることではないが)。伊東事務所のオープンデスクに呼ばれて行ったら、中山さんに「フローニンヘンのアルミの家の実物大断面模型を1/1で作って下さい」と言い渡され、大量のアルミレンガの断面をひたすら切り抜きました。事務所に場所がないということで、自宅に持ち帰って製作したり。

床に並べるはずが、あるとき伊東さんの鶴の一声で壁に吊ることになって、本当に断面を切ったみたいにしようと、スタイロフォームとか、床の断面の根太とか、フローリングとか切って並べました。模型はバラバラのアルミレンガを繋いでいるので精度が出にくかったり、全体を吊っているので垂直を出すのが難しかったりで設営にすごく時間がかかったなあ。設営後、なんとか締切に間に合ってみんなでほっとしていると二川幸夫氏が現れて、車の断面がそうみえなかったらしく、「これ何?」「車です」「・・・あんまり、センスないな」と言われて一同がっかりしたり。懐かしい思い出です。

そのときはアルミの薄さが本当に「薄い」ということを示すという命題があり、「1/1でなければダメ」「断面は垂直面でなければダメ」という具合に、物質性とか空間性をそのまま表現する、というのが展示の趣旨でした。今考えれば、ちょうどその頃「せんだい」の生々しい現場が進行していたわけで、伊東さんの考えが概念的、比喩的なものから、より物質的、空間的なものへと、ドラスティックに変化しつつある頃だったのでしょう。

今回の会場構成は、その分節がSPACE A(概念)とB(空間)の間でより明快なものとされていて、それはまた、伊東さんがずっとこだわっている「ふたつの身体」をそれぞれフォローするものとなっています。

SPACE Cは、細長い空間に年表が並び、ドキュメンタリーがそのまま空間化されたような展示となっており、これもオーソドックスだけどとても見応えがありました。泉さんが初めてメキシコ出張に出かけたときの話など、なかなかドラマチック。そのほか、佐藤光彦さんの「かつては伊東さんのスケッチを楕円に置き換えたりしていたのが、最近はそのままになってきている」というコメントが、伊東建築の変化を端的に要約しているような気がしました。

展示全体を通じて、本質的な問題はただひとつ。「『生成』が比喩ではなく現実の空間を設計する原理となるかどうか」が繰り返し問われています。1970年代以降、伊東さんの言説は、概念と空間の境界(=今回の展示でいうSPACE AとBの境界)が無くなる状態を目指し続け、それができなかった(「建築」になってしまった)と限界を告白する、ということの反復でした。しかし、「せんだい」が竣工した2000年代以降、プラクティカルなレベルで両者がどんどん近くなってきているという加速度を感じます。

SPACE Aで展示されていた「台中」の模型のフラットな床と、SPACE Bの3次曲面の床の孔。両者は何か共通する異物感を持っています。あれがなければ、もっと空間が概念に近づき、概念は空間に近づくのではないか。そう思った人は多いはずです。個人的には、サーペインタイン・ギャラリーのフラットバーに腰掛けて本を読んでいる人々の光景(構造と家具の融け合った状態)に、何か突破口があるように感じました。


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2006年10月31日

初等教育

各方面より「ジャーナル復活したんですね」と突っ込みが入っております。

さて、週明けは事務所でさくっと定例。15時、東工大で授業のアシスタント。東工大では毎年秋に集中講義があり、毎年塚本先生よりアシスタント役を頂戴しております。

2003年秋「Urban Farming」講師:Jacob van Rijs氏 吉村靖孝氏
2004年秋「Ookayama Green Scape」講師:Bernt Knies氏
2005年秋「Terraventure」講師:Wiel Arets氏
2006年秋「Tsukiji Workshop」講師:Adnan Harambasic氏

他にもTokyo Canalとか、いろいろ声をかけてもらって部分的なものもありますが、お手伝いしてきました。学部生の頃からいろんなワークショップに参加してきましたし、基本的にワークショップのノリが好きなので、仕切る側になってしまってもなんらかのかたちで関われることは基本的に嬉しいのです。

最近それがだんだん苦痛になってきました。理由はいろいろありますが、
1.議論が図式的になる(代表例:「日本ではコンビニがあるからキッチンはいらない」とか)
2.具体性は問題じゃなくなる(代表例:「看板の裏に住む」とか)
3.設計がどうでもよくなる(代表例:コラージュに満ちたプレゼとか)
など、バックグラウンドの違うメンバーが集まって濃密な時間を共有する面白さを得る代わりに、建築的なコミュニケーションが希薄になってしまい、ちょっと物足りない感じがしてしまうのです。もちろん、いいワークショップはこれの逆なのですが、単なるコクサイコウリュウならば旅行でも行ったほうがマシなのではという授業もありました。

今回のは学生の取り組む姿勢は比較的マシな感じですが、テーマとしては正直いってあまり自分の役割を見いだせないでいます。

最近は大学院生よりも、学部2年生の授業「設計製図第一」のアシスタントのほうがやりがいを感じます。不慣れな分待ち時間的なものは長いけれど、伸びが素晴らしい。慣れてくると「図式とは何か」「形式と何か」「レトリックとは何か」など、だんだん建築的な議論ができるようになり、図面も見違えるように変わっていきます。全然描けない、と泣きついてきたのに、ほんの数時間で一気に伸びる子もいます。もちろん、適当にやり過ごしてばかりでがっかりさせる子もいますが、全体として教わることが多い。教育には昔から興味があるのですが、方向としてはやはり専門教育よりも初等教育のほうに興味があるなあ。

20時、事務所に戻り「建築ノート」関連の勉強会「Table of Youth」。建築系の大学院生がほとんどなのですが、初めて文章書きます、みたいな人も多いので、これも一種の初等教育のようなものかも。もっと専門的なメンバーにして、高度な内容にしたほうがいいのでは、という意見もありましたが、僕としては若い連中とフラットな感じでつきあっている方が勉強になるし、一緒に成長できるような感じがして楽しいので、このまま続けられたらと思っています。

そんな今日この頃。

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2006年11月03日

今週のおさらい

30日、朝事務所、午後東工大、夜事務所。月曜恒例のToY2の勉強会もいよいよ佳境。各メンバーとも、それぞれのコラムの方向性を定めつつあります。終わる頃、藤本壮介さんから月評の感想メール。「分析のための分析」「肉声が聞こえない」など、藤本さんらしくソフトですが厳しめなコメントでした。早速、お返事を書き始める。

31日、新建築11月号届く。毎月末に翌月の新建築が届き、数週間の苦しく、楽しい時間が始まるのですが、今月も巻頭から伊東さんと藤本さんの対談あり、SANAA、SOSの新作あり、と見所満載。今月も悩みそう。

月評って、なんていうか、「Z会」みたいな感じなんですよね。添削はないですけど。

10月号の自分の月評については、議論の軸はそれなりに明快なものができたと思いますが、文章表現のレベルで整理しきれなかった感あり。今月はいよいよ最後なので、ぴしっとキメたいところ。

1日、午前事務所、午後東工大。ゼミで発表を試みるも塚本師の反応はイマイチ。23時頃終了。仕方がないので終了後後輩と飲みにいく。そういう夜もありますよね。

2日、午前事務所、午後東工大。件の国際ワークショプが終了。Mappingというお題はやや空振り気味でしたが、学生たちは終盤で急激な盛り上がりを見せ、いつになくプロダクティブな最終プレゼ。数年前に比べると学生の英語レベルも上がっている感じがしました。終了後、おでんパーティでシメ。21時、事務所戻り。

・・・いつもはここで終わりなのですが、この日は事務所から戻って24時、後輩Y、N、Sと緑が丘で待ち合わせ。最近YやFが夜中に近所を走っていると聞き、つられて先週くらいからひとりでなんとなく走り始めたのですが、この日は一緒に走ることになり合流。30分だけ走る予定が、いつの間にか駒沢公園まで往復することになり、途中道を間違えるなどした結果、合計10km近く走ってしまいました。最後は無駄にラストスパートなどしてゴール。15年ぶりくらいに部活的風景。気持ちよすぎる。

3日、朝から後輩Sを引き連れ101design+川口有子さんによる「多摩の家」オープンハウスへ。最下階のシンプルな郊外住宅的な空間から最上階の東工大的空間へ至るシークエンスの展開が面白かったです。

4日、深谷でsoupdesignによる「KNOT」オープンハウス。土井さんとは今年の学会ワークショップ(ArchiTV)の審査員でご一緒させて頂きました。ある意味ではとても埼玉的な、厳しい文脈に対し最大限の建築的パフォーマンスで応答されていて、とても刺激になりました。

5日、千駄ヶ谷でAPPOLOによる「GRAPH」オープンハウス。Tokyo Canalで一緒だった小牧君の初現場担当作ということで全力ゼミメンバーの伊庭野(N設計)、本瀬(F事務所)と見に行きました。小牧君が軽くテンパり気味だったので質問を控えめにした結果、「外は何ですか」「公園です」「いい環境ですね」みたいな、不動産屋さんと内見に来た客のような会話を交わしてしまいましたが、気持ちのよいインテリアでした。次回の担当作は来年夏竣工予定とのこと。楽しみです。

そんな一週間。

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2006年11月21日

テーブルにつく


13日、朝イチで某所の現場にて施工業者と打ち合わせ。施工会社の社長は僕よりも若い方でした。予定より長引いて午後の東授業は欠席。

事務所へ戻り、夜はTable of Youthの勉強会。この日で第2期の最終回を迎えました。「建築ノート」の巻末企画として始まった第1期から約1年。留学や就職などでメンバーの半分が入れ替わり、現代思想や社会学の知識がある人、卒業設計やコンペで賞を取っている人、独自の創作論を展開する人など、今回も各大学から多彩なメンバーが集まりました。

このところ集中して週1回のペースを維持したおかげで、話題もそれぞれに展開し、ユニークな評論集になりました。前回と同様、「建築ノート」2号の白黒ページに掲載される予定です。事務所での議論はどうしても実務に偏るので、こういう機会はとても貴重ですね。引き続き第3期に繋げて行ければと思います。

14日、朝事務所に出て、午後は塚本研のゼミ。その後留学生の自己紹介+帰国組の報告会。留学先で得たものは様々あるようですが、留学は帰ってきてからの過ごし方のほうがむしろ難しいと思います。頑張ってほしいものです。

15日、構造打ち合わせ。「かたちをもっとシャープに」とリクエストが入る。期間もコストも限られているなかで勝負できることを一瞬のうちにまとめなければならない場面では、筋力のようなものが問われます。

16日、某社でプレゼ。基本的な方針は認めて頂いたのですが、プランに不安があるということで細かい詰めをすることになり、スケジュール変更することに。事務所へ戻ると友人Tから「近くまで来た」ということで連絡があり、会いました。深夜、後輩YY、Kと走る。

17日は終日仕事。夕方打ち合わせ。

18日は13:00施主プレゼ。その後東工大に行き作業した後、事務所へ、19:00に塚本研の先輩OBのカガワさん来所。ときどき事務所に遊びに来られては、進行中の模型や図面にありがたい突っ込み(というか脅し)を下さる優しい先輩です。今回は「建築家は内装というと棚ばかり作る」とご批判を頂く。

19日は朝から埼玉に戻ったり、いろいろ用事をこなして、19:00より全力ゼミ。いつもは飲み屋とかで互いの近況報告をしながら議論するというざっくばらんなスタイルなのですが、「もう少し生産的な議論をしたい」ということで今回からは事前に統一のお題を出して各自レジュメを準備することに。

どうしても時間が取れず手ぶらで出席したところ、他のメンバーは全員レジュメを書いてきており軽く気まずい。どのレジュメも濃い内容で議論に花が咲きました。全員実務をやっているので、ToYとは違うテンションの高さがあります。

彼らは基本的に東工大の後輩たちですが、研究室も違うし、特に接点がある訳でもなかったのです。彼らが就職してからときどき終電で会うようになって議論するうちになんとなく始まったこのつきあいも、早いもので1年半近く続いています。それぞれ仕事が忙しいのにもかかわらずダレることなく集まりが維持できているのは、メンバーの意識の高さによるところが大きいですね。今後が楽しみです。

今週はこんな感じでした。

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2006年11月26日

レクチャーから自慢話まで


20日、朝は事務所。原稿が大詰め。月評に加え、建築ノート、Jtの作品解説など立て込んでいる。19時よりUBC(ブリティッシュコロンビア大学)のスタジオにお招き頂きレクチャー。前回の講師が乾久美子さんで、翌々日が藤本壮介さんの講演だそうですが、他の方々よりも年齢が近いということで、なるべく素な感じでお話させて頂きました。

英語というのもあり質問にはあまりうまく応えられなかったのですが、今村創平さんがいろいろフォローして下さいました。ありがとうございましたm__m。

21日はプレゼデー。まず朝11時、青山の某社へ伺ってプレゼ。まとまる。事務所へ戻り、15時、今度は埼玉で施主プレゼ。1回目なので緊張しましたが、無事受け入れて頂くことができました。事務所に戻り、新建築の月評ゲラを送信。これで全12回終了。編集部の中村さんには最後までご迷惑をお掛けしてしまいました。18時半、渋谷の某社で3件目のプレゼ。こちらもなんとかOK。

22日、朝11時に編集事務所にて建築ノートの企画「Table of Youth」の原稿提出+打ち合わせ。メールでもよかったのですが、いろいろご迷惑をお掛けしていることもあり、あえて持参することに。担当のKさんとお話しして雑誌全体の空気感もつかめました。今回も面白くなりそう。

午後は塚本研のゼミ。その後留学生の自己紹介+帰国組の報告会の2回目。深夜、後輩YY、K、Nと8kmくらい走る。

23日、終日仕事。16時オーノさん来所など。

24日、朝事務所、15時塚本研でゼミ。卒論、修論ともに大詰め。つかもと師も以前言っていましたが、「M2の冬」はとても楽しいもの。論文執筆の最終段階は思考力の伸びを実感できる機会ですし、特に修士の学生は純粋に「研究だけ」に集中できる人生最後の時間だと思います。そういう時間を共有できるのは楽しい。

25日、後輩I、F、Mと千葉事務所の見学会へ。Mを待つ間、後輩Iが「会社を辞める」というのでFと話を聞いていたところ、(いつも通り)ただの自慢話に。

集合住宅はスタッフによるツアーガイド形式で、我々のガイドは塚本研出身の後輩T。生意気キャラだったTも、だんだん落ち着いて来たなあと思う。建築は駅前、雍壁という土木的なスケールへの対応と、千葉さんらしい図式的なプランのまとめ方でした。設備スペースの解き方は執念としかいいようのない緻密さで、とても勉強になりました。コストのこともあると思いますが、窓にしろ、中庭にしろ、ヒューマンなジェスチャーが全くないのがこの建築の特徴だと思いました。15時、事務所に戻っていろいろ詰め。

今週はこんな感じでした。

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2006年12月03日

動物の時代/そこにしかない形式/ジオメトリー


27日、東さんの授業に3週間ぶりに出席。途中からの出席になってしまいましたが、前半は「解離性同一性障害 (Dissociative Identity Disorder=DID)」について、後半は「動物化するポストモダン」について。「動物化するポストモダン」の解説は、主に時代区分についての解説でした。

1945-70年「理想の時代」
1970-95年「虚構の時代」
1995年-「動物の時代」

東さんは社会学者の大澤真幸らが主張する「理想の時代」と「虚構の時代」の時代区分に加え、1995年以降は消費材と情報処理だけがある「動物の時代」であると主張しています。

そういえば、新建築10月号に掲載されていた伊東さんと藤本さんの対談で、「動物」というキーワードが出てきていました。五十嵐さんが藤本さんの展覧会を評して「動物的」だと述べたのだそうです。対談ではわりとフツーに「直感的」という意味で使われていたので残念ながら「動物化」の議論とは関係なさそうですが。

28日は終日事務所で仕事。終電で大学へ行き塚本研で論文生の進行状況をチェック。

29日、プレゼ。プランに関して了承を頂く。案に対するだいたいの疑問は解消して頂けたようでひと安心。複雑な問題が一気に解けてきました。その後塚本研でゼミ。卒論は大詰め。

30日、この日もプレゼ。こちらも了承。そのまま見積図作成に入ることになり事務所に戻って指示。夜、山崎さんが東京にいるとのことでMDRの飯尾さん、INAXの高田さん、ぽむ桂さんと新宿で飲みました。その後深夜後輩YYと駒沢公園まで往復8km。アルコールが抜けず体調的には辛めでしたが、走ってしまえば気持ちよい。

1日夜、ギャラ間で千葉展オープニング。新建築の編集の中村さんに「展覧会どうでした?」と聞かれたので気楽にコメントしたところ、「展覧会評書く人探してるんだけど」とのこと。・・・まさか試されていたとは。

結局書かせて頂くことになり、さっそく会場に戻って千葉事務所に勤める後輩T(ガイシュツ)と議論しつつもう一度おさらい。複数の作家を並べることのできる月評と違い、千葉さん個人の評論となるので緊張しますね。

2日は奨学金を頂いたロータリー財団の集まりがあり、埼玉へ。年度が変わったので毎年発行される機関紙の編集、名簿の管理の方法等、役員同士の引き継ぎ内容を確認。その後、来年出発する奨学候補生のオリエンテーション。自己紹介、財団の話等に続き、スピーチの練習等。

今年の候補生は、国際政治を専攻するU君と環境社会学を専攻しているS君。それぞれ南アフリカ、アメリカへの留学を希望しています。この日のお題は、「それぞれの専攻分野等について、15分で述べよ」というもの。

U君は沖縄出身で、子供の頃から「なぜ戦争が起こるのか」と考えていたのだといいます。大学に入り国際政治を専攻し、フィリピンにフィールドワークに出かけた際、都市開発によって追い出された人々が暮らしている山間部の悲惨な状況をみて、教育開発の問題に取り組み始めたのだそうです。

S君はもともと野生動物に興味があり、大学に入って「環境社会学」と呼ばれる分野を専攻するようになったといいます。野生動物には希少種が絶滅してしまう方向と、生態系のバランスが崩れたことで特定の種が激増するという方向の、両方の問題があるのだとか。アメリカではオオカミの絶滅によって過剰に繁殖したシカの頭数を抑制するため、カナダからオオカミを輸入し、生態系の回復に成功したそうで、こうした問題についての議論を日本で展開していきたいのだそうです。

それにしても、ふたりともスピーチがうまい。慣れもあるのでしょうが、構成が明快で、リズムがよく、聞き慣れない話に人を引込みつつR財団の趣旨ともうまく結びつけています。

終了後、急いで事務所へ戻り、プリズミック・ギャラリーの 中村竜治展のオープニングへ。レクチャーは聞き逃してしまいましたが、会場は若い建築家、編集者などでとても賑わっていました。どれも思考の蓄積を感じる力作ばかりで、大変刺激になります。

例えばこの椅子には「とりあえず『椅子』のふりをしている立体」とでも呼びたくなるような、物理性と仮想性の不思議なバランスを感じます。また、椅子と並んでクマのぬいぐるみのようなかたちが並べられていることからもわかるように、中村作品においては、ある形態を「理解するための」ジオメトリーと、「作るための」それがきれいに重ねられています。

3日は休み。夕方、少しやり残したことがあり事務所で作業していると、後輩I(ガイシュツ)が来所。この日は朝からサッカーをやり、昼からアメフトの試合を観戦し、さらにフットサルの試合を3時間ほどやってきたとか。しかもこのところ毎日6時には退社しているのだという。「会社のグチ」といいながら、ただの自慢話としか思えない。

今週もこんな感じでした。

fujimura

2006年12月05日

掲載誌情報など


年末から年明けに掛けて、徐々に出る予定です。

12/1 新建築12月号(新建築社):月評最終回
12/15 SD2006(鹿島出版会):SD2006総評
12/20 新建築住宅特集1月号(新建築社):計画案、テキスト、データ等
12/20 建築雑誌12月号(日本建築学会):隈研吾氏インタビュー
12/下旬 建築文化シナジー「旅。建築の歩き方」(彰国社):
松原弘典氏、曽我部昌史氏インタビュー
1/1 新建築1月号(新建築社):千葉展の展覧会評
(詳細未定) 建築ノート2号(誠文堂新光社):Table of Youth

ずっと前に書いたものもありますが、たまたま発行時期が重なりました。テキスト、計画案、インタビュー、企画モノなど、いろいろあります。

12月号で新建築の月評も最終回。毎月毎月、送られて来るとそればかり考えてしまう生活を送っていたため、今月もつい、どんなストーリーを組み立てようか、などと考えてしまいます。

振り返ってみれば、石上さんと西沢さんを並べた2005年12月号(1発目)の月評が一番手応えがあったかも。坂本先生のquico神宮前が掲載された3月号あたりで力尽き、8月号の集合住宅特集あたりはバテ気味な感じ。

東工大の連中に聞くと、アトリエワンに楯突いたりした5月号あたりが「一番テンションが上がった」らしい。その他、青木さんと藤本さんを並列的に論じてみた9月号の月評が「面白かった」と言ってくれる人も結構いました。身近な人たちから感想をもらえるのはありがたいですね。

さて、最新の12月号を見ると、中山さんの住宅はやっぱり目を引きますね。箱がすっと浮かんでいる写真が誌面で見ても強烈。苦心の跡も散見される断面も見ていて飽きない。過剰に作家性が演出されたテキストやタイトルまわりも、あそこまで完成度が高いとかえって自然にすら見えてきます。

12月号にはK事務所の後輩Hの担当作や、同級生Hの処女作も載っています。Hのテキストはユクスキュルの環世界みたいな空間観を説明しようとしているみたいですが、作品の説明としては無理があるような。ボキャブラリーが単純すぎる気がします。

ともあれ、新世代の登場が印象づけられた誌面であることは確かですね。

fujimura

2006年12月11日

論文のリズム/建築と教育/建築の図式性


4日、朝は事務所で定例。東授業は休講。16時からゼミ。卒論が大詰め。

5日、終日仕事。

6日、事務所→塚本研ゼミ。

7日、朝イチで工務店訪問。打ち合わせ。近所にある現場を回るなどして、事務所に戻って打ち合わせ、17時、大学へ。卒論の提出へ向けて大詰め。3人の卒論生のために、15人近い先輩が総出で作業している。M1の学生が作ってくれたカレーがうまい。結局徹夜。つかもと師も徹夜。

この間、梗概のチェック→修正が無数に繰り返される。言葉が入れ替わり、図版が入れ替わり、論がどんどん進化していく。8ヶ月近く見てきた論文だが、80%くらいはこの日に進化するのではないかと思えるほど充実した時間。

つかもと師が文章で引っかかるポイントは「主語述語をはっきりさせろ」「淡々と述べろ」「繰り返しを無くしろ」のいずれかなので、頭で論の内容をフォローしていなくても、3つのうちどれかを予測的に当てはめ、言葉にするとだいたいOKが出る。つかもと師が「俺は坂本研のゼミ中ずっと寝ててもシャープなコメントができた」とよく自慢していたが、要は「論のリズム」のようなものをつかめるかどうかだと思う。それが論文の全てだとは思わないが、論の流れをつくる(読む)ために必要な感覚であることは確か。あるベテラン不動産コンサルの人が「税金でも家賃でも、話しながらだいたい適当に数字を載せていくと計算ができあがる」と言っていたが、ひょっとしたら近い感覚かも知れない。

2人目の3回目のチェックが終わった明け方5時過ぎ、力尽きて机上にて睡眠。言葉に集中していると、体というより頭の芯が疲れる。横ではつかもと師も突っ伏している。

9時、全員起きて再び梗概チェック。序論から順に読み合わせながら、言葉のひとつひとつを確認していく。程なくして「俺、序論と結論だけ見ようかな。」とつかもと師。せっかく全体の完成度を上げようと皆で頑張っているのに嫌なこと言うなあと思ったら「昔、坂本先生がそう言っていて『なんて嫌なことを言うんだ』と思ってたけど、最近はその気持ちがわかる」とのこと。ちょっと見透かされた気分と、妙な説得力。

提出間際、研究室のメンバーが一致団結して、奇跡的な作業効率を発揮する。12時、最後まで落ち着かないままに梗概が完成し、3人とも無事提出完了。A3用紙1枚に膨大な労力がつぎ込まれ、3つの論文がかたちを成した。

提出後、皆で近所のイタリアンレストランまで歩き、ランチ。塚本研では「梗概提出後のイタリアン」がいつの頃からか恒例になっている。興奮冷めやらぬうちに今年の論文の出来を振り返るこの時間は、いつも楽しい。4年生Kが3人を代表してお礼のスピーチ。素直な感謝の辞ではあったが、内容はまだまだ練習が必要だな、後輩Kよ。

事務所に戻り、打ち合わせ。夕方、明治大学での坂本先生のレクチャーへ。徹夜明けで少々疲れていたのだが、出かけることにした。明治の連中は活発なので事務所に手伝いにきてもらったり、レクチャーや勉強会などいろいろなところでよく会うのだが、彼らの勉強する環境を一度見たいと思っていたのと、事務所のスタッフにも一度坂本先生の話を聞かせたいと思っていたこともあった。

レクチャーのタイトルは「建築のつくりかた」。設計手法が主題のようだが、坂本先生らしく内容の厳密な定義に従って「散田の住宅」から順番に振り返る。住宅作品の説明に「包含関係」とか「隣接関係」とかが普通に出て来るが、聴衆はどのように受容するのだろう。詳細はまた機会を改めてレビューしたいが、「新作発表と裏話」に終始する日本人建築家のレクチャーとは大いに異なる、とても刺激的で、かつ自分の頭の中が整理されるような、論理的な一貫性に満ちたレクチャーだった。

終了後の懇親会で田路先生とお話する機会があり、田路研で行われる実施設計はどのように進むのか訪ねたところ、「学生の案は実施では大概使えないけれど、彼らが『自分で考えた』と思えるようにうまく誘導する」と教えてくれた。話を伺いながら、この田路先生の人柄こそが、学生が萎縮すること無く、伸び伸びと成長させるポイントなのだろうと感じた。最近明治大出身の若手建築家が活躍しているのも頷ける。

帰り道は事務所のスタッフや2年生も一緒だったこともあり、建築と教育の関係について考えさせられる。このところ論文につきあっていたせいかも知れない。

9日、終日仕事。論文でロスした分を取り戻す。

10日、後輩Iに車を出してもらい、F事務所のM、塚本研のNとともに保坂猛さんの「アクリルの家」のオープンハウスへ。アクリルによって、目地、方立といった建築的な部位が消去された、巨大で透明な開口が新鮮。とくに外からの見え方は面白く、斜めから近づいて見ると、めらめらしたテクスチャーも相まって、「境界面」を強く感じる。

躯体は合板+FRPなので、テラスも含めて枠とか立ち上がりなどのディテールがほとんど省略されているのに加え、「座れそう」とか「隠れられそう」というヒューマンなジェスチャーが開口部周りから限りなく消去されていることもあり、きわめて建築の図式性が強調された構成となっている。そういう意味では素材よりも全体の構成の論理が気になる建築。

その明快さに頷く一方で、そこまでして図式を指向する必然性とは一体何だろうとも考えさせられる。それは設計をしていて、大野さんといつも議論になるポイントでもある。もっとも、現代は構成の論理よりも素材の並びが前に出て来る時代だし、ここでも「4周に開く」なんていう図式は便宜的に用いられているのに過ぎないのだろうけれども。今回に限らず、大野さんが関わる一連の作品には水平連窓が多いが、いつかじっくり分析して位置づけてみたい。

今週もこんな感じでした。

fujimura

2006年12月31日

2007年に向けて


年末は慌ただしく、いろいろ楽しい出来事があった。思い出していくつかご報告。

16日22時過ぎ、F本事務所に勤める後輩Mから「芸大の後輩が藤村さんの事務所に興味があるそうなので、ポートフォリオを見せに行きたいと言っている。私も同席します。」というヘンテコなアポを取られたので待っていると、後輩Mがひとりで登場。

Mは遅れてきたうえになぜひとりでいるのかもわからない。他方で事務所のスタッフは来客にコーヒーも出しておらず、なんという段取りの悪さ!とイライラしつつ冷蔵庫に牛乳を取りにいくと、ガチャリと事務所の扉が開き、扉の向こうに後輩がなんだか大勢いるのが見えた。しかも全員にやにやしてこっちを見ている。

事態を飲み込めずあんぐりしていると連中がどやどやと入ってきた。東工大の連中は卒業生から学部2年生まで、オープンデスクに来てくれている明治大学の学生とか建築ノートのToYに参加しているメンバーなど、いるわいるわ、総勢30名近く。最後に後輩I(よく出て来る)が大きな箱を抱えて登場。

みんな17日が僕の30回目の誕生日と知って集まってくれたのでした。

大きな箱の中身はなんとK-PROJECTのかたちをした特製ケーキ。正確に1/100で、パイプシャフトのメッシュがチョコレートで表現されているなどディテールも完璧。1階はちゃんと浮いており、ガラスが飴で表現されている。サッシュの寸法の違いまで表現してあって、しかもちゃんと最新案なところがマニアック。

聞けばこの日のためにみんなでケーキ作りを画策していたそうな。自作しようと思ったが無理だと悟り、ケーキ屋をあちこちあたって結局ヨックモックで特注したのこと。ケーキ用の図面を引き、若いパティシエと打ち合わせしながら作ったらしい。なんなのその行動力?

なんか花束とかプレゼントとかいろいろもらって何から何まで過剰な演出。もはやネタとしか思えないがここまでされちゃうとやはり嬉しい。しかしみんなよく集まったなあ。K事務所のMは、「さっき打ち合わせ終わって駆けつけました」と言っていたし。

驚きのあまり気の利いたリアクションできなかったけど(泣くとか)、一生忘れられない思い出になりました。みんなありがとう。

23日、信濃町のハウス・アンド・アトリエワンにて恒例の合同忘年会。アトリエワン、塚本研、貝島研のメンバーとそのOBOGらが集合。20日に新建築住宅特集の若手特集が出たので、その話題なども出る。つかもと師が「若手の作品はディスプレイ的でよくない」などと批判するので「マドビルなんてディスプレイそのものなのでは」などとみんなで言い返す。

今年はOBの作品が続々と発表されたこともあり、酒も入って次第に激しい批判合戦へ。忘年会でつかもと師を囲んでこういう議論をするのは初めてだ。後輩たちは遠巻きに眺めている。自分の作品を背負って議論をするというのがかくも楽しく、厳しいものだとは。結局明け方まで議論は続き、一層の気合いが入る。

27日夜、藤村事務所の忘年会。8月の納涼会とあわせて恒例になりつつある。いつものようにオープンデスク君たちに少し早めに集まってもらい、事務所を掃除して、模型をきれいに並べ、料理と酒を用意して、オープンな感じで。19時きっかりに編集者の中村謙太郎さんが来られたのを皮切りに、同世代の建築家、構造家、設計事務所に勤める人々、学生、編集者、大学の同級生や後輩等、続々と集まる。入れ替わり立ち替わり、延べ100名近くはいただろうか。いろいろな人に会えて、近況報告や情報交換をすることができた。忙しいのに毎回顔を出してくれる方もいてありがたい。またやりますのでよろしくお願いします。

28日、早稲田のsyncで恒例のsyncactiveに参加。syncのメンバーとゲストが集まり1年の報告を行い、それについてみんなで議論をするというガチンコな忘年会。今年で3回目。ちょっと遅れて到着すると中村謙太郎さんが軍艦島のスライドショーをしているところだった。

続いて田中浩也さんが久原真人さんとのユニットTENTでの活動を中心に発表。札幌でのつららをモチーフにした照明の作品など、徐々に活動の幅を広げている。松川さんが執拗に創作の動機を問う。ふたりの掛け合いは漫才のようで、聞いていて心地よい。

次が僕で、「建築のスタディと形態の論理性」というテーマで発表。田中さんに「君は何ですぐ創作の根拠を『都市』に結びつけたがるのか」と批判されたが「それは田中さんの創作の根拠が『美』で語られるのと等価でしょう」と反論してみる。相変わらずみんな鋭く、テンションが上がる。

続いて写真家の阿野太一さん。「後輩の鈴木さんという人のスライドショー」>中山英之さんの「2004」の写真(カラー)>「2004」の写真(白黒)>「青森美術館の写真で建築家や関係者に選ばれなかった写真群」が順に発表される。最後の写真群について「これを作品と呼べるかどうか」という阿部さんの問いかけについて、みんなで議論する。

mosakiは今年一年の執筆活動と、co-lab.の活動を報告。2006年は合計50本のインタビューを行ったのだという。相変わらず旺盛な意欲に頭が下がる。その後異業種交流とコミュニティについてなど議論。

次は松川さん。Urban Computerというタイトルのケータイ空間へのコンペ案をプレゼ。いつものように自信たっぷりな松川さんにみんなで反論する。特に田中さんと僕は「この案はコンセプトであってデザインではない」という点にこだわったが、松川さんは「それがデザインだ」と譲らない。そうやって議論を戦わせるうちに、互いの立場が理解されていく。

最後にASDの田畠君。関東学院大学の授業で作った「関数空間ー海の家」のプロセスについて。建築のコンセプトも素晴らしいが、教育のプロセスとしてもとても興味深い。

各メンバーとも、それぞれの分野で活動を拡大しているのが素晴らしく、いい刺激を受けた。みんな自分のやりたいことを掴んで、真摯に追求しているのがいい。

例年時間が足りないということで14時に始められたこの会も、結局終了したのは深夜3時過ぎ。前日の忘年会と違い少人数の集まりではあったが、その分議論も深まって、とても濃密な時間を過ごすことができた。

こうして振り返ると、今年も年の瀬に有意義な議論をたくさん共有することができ、この1年を総括し、次の1年に向けて勢いをつけるための、よい機会となった。よきライバルたちに負けないよう、2007年も気を引き締めて頑張りたい。

というわけで皆様、今年もご愛読ありがとうございました。よいお年をお迎えください。

fujimura

2007年01月25日

寒中お見舞い


申し上げます。今年もよろしくお願いします。

4日、10:00事務所年始のミーティングで仕事始め。実家に帰っていたスタッフの顔色がよい。13:00研究室年始ミーティングでこちらも仕事始め。つかもと師に論文のテーマを言い渡され、「そろそろ潮時だろう」と言われる。

5日、14:00からつかもと研のホルヘの博士論文発表会。つかもと研からは初めての発表者ということもあってか、つかもと師が緊張している。細かいところはいろいろ取りこぼしがあったが、テンポの良いプレゼと冷静沈着な質疑応答を聞きながら「優秀だなー」と感じる。

博士論文は「なぜその研究を行うのか」というイントロや研究と研究のつなぎ方等、全体構成の問題が大きいと改めて思った。夜は同世代の建築関係の友人たちと飲み会。I君の入籍に乾杯。おめでとう。

6日、某プロジェクトのため「建築計画のお知らせ」看板を設置。いよいよ近隣。

10日、近隣でさんざん搾られた後、ハウス&アトリエワンへ。今村創平さんにお声をかけて頂き、つかもと師、ロンドン在住の島崎さん、東大の南後君と僕とで集まりが開かれた。contextを建築のテーマとしている島崎さんが塚本さんに共感を示し、今村さんが突っ込みを入れるという基本形を、若手2人が眺めるという構図。南後君はルフェーブルに詳しく、ルフェービリアンの塚本さんがいろいろ質問している。

14日、休日だが朝9時から全力ゼミ。その後ベルラーへOBの人々とランチ@青山。

15,16日は近隣説明会。参加者の方々から野次が飛ぶ場面もあったが、入念な準備が功を奏し、なんとか無事終了。資料の形式や会場のレイアウトなど、工夫が活きた。特に論文発表会の経験を念頭において準備した想定問答集は役に立ち、ほとんどの質問は想定の範囲内で済んだ。

19日、その昔、証券会社でバイトをしていた際にお世話になったSさんと、当時のバイト仲間だったT君が来所。Sさんとはしばらくお会いしていなかったが、今年の年賀状を見て事務所の法人化を知り、わざわざお祝いを持ってきて下さった。バイトとはいえ厳しい職場で、怒鳴られながら仕事を覚えた。挨拶の仕方や報告や連絡の大切さ、後輩の面倒を見ることなど、社会人としてのイロハをこの人からいろいろ教わった気がする。まだまだ駆け出しではあるが、こうやって近況をご報告できるのは嬉しい。

20日、11時、松川昌平さんの車でSFCへ。松川さんと、田中浩也さんの授業の最終講評会が同じ日に行われ、ゲストクリティークに呼んで頂いた。

田中さんの授業は「パブリック・アレンジメント」というテーマで、「公共圏」がテーマである。松川さんがシステム理論のフレームで参加者の提案を整理し、みんなで所感を述べあう。もう少し議論したかったが時間が来て終了。

松川さんの授業は自身の展開する「関数空間」というコンセプトを授業のテーマにしていて、参加者にまずプログラミングを習得させ、それをもとに建築の設計が行われる。冒頭で僕と、松川さんのコラボレーターである瀧口浩義さん、田中さんが最近の仕事を紹介し、参加者のプレゼ、審査講評を行う。

クリティークをダブルヘッダーでさせて頂いたのは初めての経験だが、どちらも刺激的な内容だった。ここでの議論をこの日限りで終わらせるのはもったいない。何らかのかたちにまとめたい。

その晩、プリズミック・ギャラリーに駆け込み、中村拓志展のオープニングへ。スライドレクチャーの最後の部分を聞くことができた。中村さんの作品は全体的に演劇的だが、最近は「Lotus Beauty Salon」とか「ネックレスハウス」など、構成的、形式的な作品も顔をのぞかせており、中村さんが今後どのような建築的文脈を展開するのか、楽しみである。

次は藤村展(3/16-5/6)なのだが、中村さんの展示を見て、自分のやるべきことは僕のなかでかなりはっきりした。これから気合いを入れて準備したい。

21日、朝から全力ゼミの連中とミーティング。午後は同級生の長谷川豪が設計した住宅で新年会。つかもと師が夜遅く登場。その後23時、事務所にてミーティング。

以下、告知等(五十嵐さんふうに)。

*インタビューアーとして参加させて頂いた建築文化シナジー「旅。建築の歩き方」が刊行されました。ここでは松原弘典さんと、曽我部昌史さんのパートを担当させて頂いています。松原さんは構成的な話し方をされる方だったのですんなりお話を伺えたのだが、曽我部さんは僕が無理に構成をつくろうとするとするりと交わされてしまい、難しかったことを思い出します。どのインタビューも面白いので、ぜひご一読を。

*「新建築」2007年1月号にて、ギャラリー間の千葉学展の展覧会評「そこにしかない問題を、明らかにする形式の可能性」を寄稿しました。後輩から「あれいいっすね。」と感想をもらう。

*「建築ノート」02号が出ました。今回も巻末企画「Table of Youth」を担当させて頂きました。東京近郊の大学院生を中心に声を掛け、それぞれの関心に従って週1回ペースでレジュメを持ち寄り、意見交換を重ねた成果をテキストにまとめるというもの。前回と半分のメンバーが入れ替わり、新鮮さをキープしつつ、掘り下げる部分もあるという、独特の空気感を内包したページになったと思います。こういう機会から次世代の書き手が生まれるといいですね。

*2月9日16:30より、名古屋工業大学でレクチャーをさせて頂くことになりました。一般にも公開されるとのことでしたので、東海地区にご在住の方はぜひ足をお運び頂ければ幸いです。

fujimura

2007年01月27日

オープンデスク考


最初に「設計事務所」というところに行ったのは学部2年生の頃、表参道駅近くのビルの谷間にある、中庭を囲んだ平屋のオサレなオフィスだった。デペロッパーの下請けでマンションばかり設計しているところで、マンションの模型ばかり作り続けた。

そのうちN建設計とかN本設計などの大手組織設計事務所にバイトに行くようになった。「模型番長」みたいな(女の)人がいて、模型の作り方をいろいろ教えてもらった。

初めてアトリエ事務所にオープンデスクに行ったのは大学院に入ってから。SxLのコンペで大賞をもらった時に、つかもと師に「ほうびをやる」と言われて紹介されて以来、伊東事務所に通い始めた。そのときの仕事はアルミ建築をテーマにした「Alchitecture展」の模型作りで、入所したての中山さんが担当だったので毎日楽しかった。伊東さんはたまに見かけるという感じで、気がつくと背後からじっと模型をのぞいていたりする。風のように現れては消える感じに「建築と同じだ!」と興奮を覚えたりした。

その後、事務所を持つようになって、オープンデスクを呼ぶ側になった。「学生」というとどこにでもいるようだが、事務所のスタディのペースに見合うだけの人手をコンスタントに確保するにはそれなりの工夫を要する。とくに私たちのように模型を大量に作る事務所では、人手の確保が設計の質を左右してしまいかねない。

今、うちの事務所に来てくれるオープンデスクの主力は学部2年生と3年生である。4年生になると研究室に所属してしまうので呼ぶことができず、M1は就職を前提に動くので、結局頼りになるは彼らである。

幸い、2004年と2006年は東工大で2年生の設計製図のアシスタントをしていたので、多くの2年生と知り合うことができた。最初の住宅課題が終わった頃、元気の良さそうな学生数人に声を掛け、しばらくつき合っていくうちにコアな数人が残ってレギュラーのように通ってくれている。

建築学科の2年生とはいえ、最初はどうにも使い物にならない。「面取り」も「一枚残し」もろくにできないし、連絡もせずに欠席はするし、挨拶もせずに帰って行く。だから最初はそのあたりを丁寧に教えないといけないのだが、やがてそのうち言わないでもきちんと掃除をし、しっかりと挨拶をして帰るようになる。3年生も後半くらいになると力がついてきて、時間の読みも正確になるし、自分たちで議論しながら段取りをし、手分けしてきれいな模型を作ってくれるようになる。

2006年の夏休みは試みとして、期間を2週間ごとに区切って募集をしてみた。きちんと終わりを定めて通ってもらい、ずるずると期間を伸ばしたりしないことにした。そのかわり期間中は集中して毎日定時に通ってもらった。2週間くらいならばスケジュールも調整しやすく、挨拶や模型道具の使い方など一通り教えるのにちょうどよい長さだと考えたのである。結果、学生の上達も早く、こちらとしても指示が出しやすく、成果としてはまずまずであった。

今年の2年生をみていると、夏休みに2週間手伝いにきていた子たちは、その後の課題でも順調に成果を上げているようにみえる。模型で差がつくのはもちろん、段取りがよくなるのでプレゼもうまくなるし、設計の内容も次第によくなる。ひとつひとつの課題で成果を出すようになれば自信もつくようだ。

こちらとしてはせっかくいい感じに育った連中が4年になると途端に来てくれなくなってしまうのはイマイチ残念ではあるが、実際のところそのくらいのスパンがちょうどよいのかも知れないとも思う。学部のうちは身近な事務所で集中して通い、修士になったら就職を睨んで憧れの事務所に狙いを定めて通うのがよいだろう。

他方、夏休みや春休みなどの長期休暇は、地方の大学に通う学生たちと知り合えるいいチャンスでもある。2006年の夏休みには遠く新潟や大阪からも来てくれた。オープンデスク慣れしている東京の学生に比べると最初は覚束ないが、変にスレていないので上達は早い。

昨夏に1ヶ月ほど通ってくれたある学生は、帰ってから「急に模型が作るのが好きになった僕をみて、皆が驚いていました。」と言っていた。また別のある学生は「人生で最も濃密な時間を過ごせた。」と言っていた。私たちが何か特別なノウハウを提供した訳ではないが、ひとりひとりと丁寧に向き合おうとする姿勢が、どこか通じたのではないかと思う。彼らはこの春休みにも再び参加してくれる予定である。

というわけで(前置きが長いが)、2007年春休みのオープンデスクを募集しております。申し込みはこちらまで。お待ちしております(^_^)/。
fujimura

2007年02月11日

名古屋工業大学レクチャー


6日、工学院大学のA君という学生からメールがあり、早速7日からオープンデスク開始。「泊まり込み可能です」と売り込んでくるだけあって初日から手際が良い(実際に泊まり込むことはなく、春休み期間中のオープンデスクは毎日22時までに終了させるようにしている)。そろそろ卒制も片付いてきたのか、各大学の学生から続々とオープンデスク希望のメールが入っている。いい感じだ。

8日、16時半八束研の唯島君来社。打ち合わせ。しばらくして、南後由和君来社。3人で座談会を行い、収録。南後君とゆっくり話をするのは初めて。いい議論ができたように思う。

その後19時半、K社に勤める同級生のM来社。打ち合わせ+情報交換。23時終了。終電で東工大へ行く。製図室をのぞくと、さすがに緊張感が感じられるようになってきた。後輩Kは順調にスタディを進めているようだ。

9日、朝、出社後、昼過ぎの新幹線で名古屋へ。16時少し前、名古屋工業大学に到着。北川啓介先生と約8年ぶりに再会。

北川先生とは1999年、コロンビア大学のサマースクールに参加した際に出会った。その後何度かメールのやり取りをさせて頂いたあとはご無沙汰してしまっていたが、覚えていて下さり、今回のレクチャーに呼んで下さった。

今回は学部生向けの授業の一環で、名古屋を拠点とする吉村昭範さん+篠原真基さん、東京から中村拓志さんと僕とで3夜連続のレクチャーシリーズとのこと。前日、前々日とも大いに盛り上がったらしく、「『月評』効果(?)で他大学からもたくさん申し込みがありましたよ。」とハッパをかけられる。参加人数は最終的に100名くらいになりそう、とのこと。

予定の16時半になり、会場へ移動。小さな講義室のようなところかと思っていたら、大きな階段講堂のようなところに案内され緊張が高まる。

・・・と思いきや壇上に上がってしまえば意外にも興奮のほうが勝り、テンションが上がる。経歴を紹介して頂き、レクチャー開始。

今回は学部生向けということもあり、「学生時代の作品から紹介してほしい」というお話だったので、悩んだ末、下記のような4部構成にした。

1.2005- 藤村事務所での作品
2.2003-2005 ISSHO時代の共同設計作品
3.2000-2003 塚本研、ベルラーへでのリサーチ
4.2001- Dual Space Study(個人でやっているリサーチ)

1はUTSUWAとK-PROJECTに絞り、設計の詳細や制作プロセスや設計プロセスをやや丁寧に紹介。2は作品解説を比較的淡々と。3は塚本研で参加した「ペット・アーキテクチャー」とMVRDVのヴィニー・マース・スタジオで参加した「SATELLITE URBANISM」という対照的な2本のリサーチを紹介。4は修士の頃からずっと考え続けている「空間と情報の関係」をテーマにした都市空間の経験についてのリサーチで、僕の一連の設計活動において通奏低音を成しているアイディアでもあるので、最後に総括的に紹介。

最後は1-4のまとめとして、現代社会における建築の可能性について、このところ議論し、考え続けているところを述べさせて頂く。全体に、作品についてというよりは、そのような作品を構想させるに至った背景、特に塚本研や、ベルラーへ、昨年の月評などの執筆活動で感じたことについては強調して話した。予定通り90分で終了。

休憩後、質疑応答+議論。都市空間と建築のスタディの関係、設計における感覚と論理の関係、身体感覚についての考え方、留学で学んだことについて、など質問が続く。思ったよりも話を正確に捉えてもらえたのが嬉しいと同時にやや驚く。社会人とか、東京から来たという人もいた。19時過ぎ終了。

意外だったのは、今回のレクチャーの内容について「社会学的なアプローチ」と表現する人が多かったこと。「社会学」的な説明は一切していないし、そういう単語も使っていないので不思議ではあったが、「社会工学科卒」という経歴がそういう印象を与えるようだ。

ちなみに、「社会工学」とは「社会に対して工学的にアプローチする」という学問であるが、話した内容は「工学化する社会に対してどうやってアプローチするか」というもので、ちょっと違うのだが、人から言われるとある種の因縁を感じざるを得ない。

終了後、北川研究室に戻り、懇親会。北川先生、学生の皆さんと話す。「パラサイトシネマ」などの、北川先生の最近の活動についてもお話を伺うことができた。「名古屋のインフラは整いすぎている」という北川さんの認識は面白かった。オランダ人の認識と似ているかも知れない。

最近は学生たちをどんどん海外に連れて行っているのだという。北川研の皆さんは元気がよく、それでいて適度に緊張感があってまとまっている雰囲気が素晴らしい。限られた時間ではあったが、いろいろな人と話せてよかった。

レクチャーは、自分の考えをまとめ、ストーリーをつくるのに絶好の機会だ。うまく今後に繋げて行ければと思う。お世話になった北川先生、学生の皆さん、どうもありがとうございました。
fujimura

2007年02月17日

プリズミック展にむけて


プリズミックギャラリーで個展を開きます
3/16(金)より、5/6(日)まで。

開催まで4週間を切りました。隈研吾のいう「カラオケ的状況」においては、いかに上手く空気を読んで場を盛り上げ、次の人に繋げるかがポイント。ただし、中央アーキ>中村竜治さん>中村拓志さんときた後なので、正直空気読みづらい。

14日、展覧会用DM原稿を入稿。これまで展示された方々のDMを並べてみると、ほとんどが代表作の竣工写真であったため、ここはあえて外してみよう、ということで社内の意見が一致。「プロセス」がテーマなので、ライブ感を演出してみた。

展示の核となるK-PROJECTの1/20断面模型は福岡大のM、工学院のAが抜群のコンビネーションを発揮して制作を進めており、当初の遅れを取り戻しつつある。14日は東工大のベテランSYが来てくれて、場が引き締まった。設立当初から来てくれているSYだが、彼が「2日で終わる」といったら必ず2日で終わるし、「3日かかる」といったら必ず3日かかる。全体の理解が早く、時間の読みが正確なのだ。MとAも刺激を受けたようだ。
彼のようなレベルの高いオープンデスクと出会えたのは幸運だったが、もうすぐ4年生になるため、オープンデスクも卒業しなければならないだろう。誰が彼の後を受け継ぐだろうか。

当社の長期休暇中のオープンデスクは、2週間を単位とした入れ替え制なので、次週からは新しい顔ぶれに引き継がれる予定だ。夏休みにも来てくれた新潟大学のSが再び来てくれることになっている。楽しみだ。

fujimura

2007年03月09日

オープンデスクの風景

16日からプリズミックギャラリーで開催させて頂く展覧会の準備ため、このところ連日オープンデスクの学生諸君で賑わっている。これまで2週間交替で準備を進めてきたが、今週からはついに9名体制となり、作業場所を確保するために模型作業を中心にレイアウトを変更。暫定的にこれまでの打ち合わせ室を設計室とし、打ち合わせ室を模型室と兼用としてみた。

このところ、東工大のレギュラー陣を筆頭に2チームに分かれ作業を進めてもらっている。同じ学部生でも、普段からオープンデスク等でトレーニングしている人と、課題しかやったことがない人ではスキルにくっきりと差が出てしまう。仕方がないことだが、少し様子を見て、こちらでそれとなく格付けをしてやると役割分担がはっきりする。

初日はさすがにスタッフも掛かりっきりだったが、2日目くらいからは自分たちで議論をして、どんどん作業を進めてくれるようになった。議論のレベルと、作業のレベルがどんどん上がっていくのがわかる。学生は何かを作り、それについて話し合っているときに一番成長するようだ。真剣に作業の方法について議論している彼らをみていると、こちらも嬉しくなる。

とはいえ、しばらくすると私語に夢中になったり、作業が雑になったり、効率が落ちてしまうわけです。マメにテコ入れしなければならず、それがなかなか大変。

9日は午前中、オープンデスクとスタッフ全員でギャラリー間のアトリエワン展に出かけてみた。4階に模型がたくさん並んでいるので、お手並み拝見・・・的な。ただ別々に見るだけではうまく吸収できないと思い、ひと通り眺めたあとで集合を掛け、全員でひとつひとつの模型を順番に回って感想を出し合ってみたところ、家具の作り方、見せ方、断面の扱い、模型台の扱い、など、様々な意見が出た。そのまま事務所に戻って1/20模型制作を再開したのだが、課題がよく見えたあとでは、作業のテンションも上がるというものだ。

2月22日、夜。F事務所のA君来社。このところ仕事の合間を縫って続けているメール対談の行方について議論。話しているうちに、全体のフレーム結論が、導かれるように見えてきた。同じ1976年生まれで、共にFさんの少なからぬ影響下にありつつ、東工大的文脈にも精通している彼との議論はまさに弾むように展開した。成功の予感。

24日、工務店の工場で組み立て中の「写真館のショーケース(仮)」を埼玉へ。複雑な多面体で、寸法の管理に苦労している様子。仕上がりが気になるが信じるより他はない。

25日、朝、後輩I、FG、JP、MT、KYとミーティング。議論しながら、次第にコンセプトが見えてくる。

午後、増田アトリエの「北本の家」のオープンハウスへ。増田さんとは一度お会いしただけだったが、オープンハウスのお知らせの写真と解説が興味深かったので伺わせて頂くことにした。

面白い住宅だった。複雑な空間だけれども、言語がとても整理されているせいか、くどくない。確信犯的にマニエリスティックなところもあるし、強引なところもあるけれど、かなり知的な住宅だと感じた(概要がこちらに載っている)。

27日、朝、所用により表参道のヨックモックへ。初めて中に入った。だいぶくたびれているが、品のあるインテリアだ。マルチメディア工房の構造のヒントとなったという天井の照明をまじまじと眺めてしまった。

3月2日。朝から「写真館のショーケース(仮)」の組み立てがあるので所沢へ。土台から仕上げまで1日で行う。パーツは工場で組み立て。

そして今、展覧会の準備が佳境。明日はいよいよ搬入である。告知も、諸々の仕込みも終わったので、残るは巨大模型と、スタディ模型のディスプレイ、作品解説のレクチャー準備などを残すのみ。オープンデスク諸君の頑張りもあって、なんとか間に合いそうだが、まさに「予断を許さない」状況。

人手も場所も、予算も少ないが、知恵と熱意と、野心だけはたっぷりある。あと2日、頑張りたいと思う。
fujimura

2007年03月18日

藤村龍至展スタート/round about journal発刊

プリズミック・ギャラリーにて、展覧会が始まりました。スタッフとオープンデスク諸君の頑張りにより、最後まで緊張感を保つことができ、予定していたものがなんとか完成。これまで作って来た1/100スタディ模型の蓄積と、新作1/20模型の勢いと、大量の写真に込められた情報量によって、かなり濃密な展示に仕上げることができたように思う。

16日朝、印刷所よりフリーペーパーround about journal到着。会場に積み上げる。昨年末から約3ヶ月、週末を中心にミーティングを重ねて編集作業を続けて来たものだ。こちらも後輩I、F、JP、Mと、デザイナーKYの頑張りと、協力者の皆さんの熱意によって、かなりハイテンションな誌面に仕上げることができた。

17日10:00出社。レクチャーや展示の図版差し替えの準備など、最後の詰め。

15:00オープンデスク集合。京大のTによる仕切りで、料理が始まる。

16:30展覧会の会場へ向かう。途中、昔のバイト仲間2人(5年ぶり)と高校時代の同級生N君(10年ぶり)に会う。N君は水泳部で一緒で、建築をやっていたというのは聞いていたが、その後はしばらく音信が途絶えていた。奥さんと子供連れで来てくれた。

17:00学生向けのオープニング開始。人が集まりだす。

18 :00一般向けのオープニング開始。壁沿いが埋まりだす。

18:30作品解説のレクチャー開始。すでに満席。なんとか開始。UTSUWAとK PROJECTのプロセスを中心に説明。質疑応答とかやりたかったが、あまりにも混雑しているのであきらめる。最後に「『工学主義』の批判的実践」というマニフェストを用意していたのに、あまりの混雑に気を取られ、言うのを忘れる。

たくさんの人に来て頂いたのはありがたかったのだが、廊下まで人があふれ、新建築のSさんに「インディーズっぽいですね。」と言われる。中村さんみたいに2部構成にすればよかったかな。

UTSUWAもK PROJECTも、新建築など雑誌に発表したことはある作品であったが、「意外とちゃんとしてるんですね。」みたいな感想が多かった。仕方がないことではあるが、寸法とか形式性に厳密な感じとか、こちらの設計姿勢についてのイメージがこれまではいまいち伝えられていなかったのかも知れない。それが伝わったのはよかった。

20:30片付けを終え、2次会へ移動。後輩Iのセッティング。広さも料理もお金もバチーリで、さすが2次会のプロ。こちらではゆっくり皆さんと話せた。

23:30終了。3次会へ移動。最後は松川昌平さん、ぽむ桂さん、後輩I、Mと西麻布のGでラーメンで締め。

この数ヶ月はこの展示の準備と、K PROJECTを始めとする仕事の詰めが重なり、とても濃密な時間であった。スタッフ、オープンデスクの皆さん、RAJの編集をやってくれた後輩諸氏など、ご協力頂いた皆さん、お疲れさまでした。また、貴重な機会を与えて頂いた忙しいなか展覧会まで足を運んで頂いた皆様、プリズミック・ギャラリー関係者の皆様、どうもありがとうございました。

会期は5月6日までです。会場ではフリーペーパーround about journalを配布中ですので、お時間のある方は、会場まで足をお運び頂ければ幸いです。

以下、round about journalの概要です。

1976年前後生まれ世代の建築家、アーティスト、研究者などによる鼎談、インタビュー、テキスト、コラム、ビジュアル作品等によって構成された、本気度120%のフリーペーパー。「1995年以後」をテーマに、コンピューター・アルゴリズムからサブカルチャーまで、ローレンス・レッシグから東京マラソンまで、熱い議論がクールに展開。

round about journal vol.1
特集「1995年以後の建築」
山崎泰寛/松川昌平+田中浩也/福西健太/石上純也+徳山知永/長坂常/松岡康友/畑克敏+城間真琴/山本茂/柄沢祐輔/青木弘司/青柳創/本瀬あゆみ/成島大輔/佐野哲史/藤村龍至(掲載順)

round about journal vol.2
特集「1995年以後の都市」
Droppaper/南後由和/唯島友亮/吉田桂子+和泉芳典/川西敦史/伊庭野大輔/坂東幸輔/Samira Boon/村井一/小川裕之/益子悠/松島潤平/藤井亮介/北川健一/尾田のぞみ/土屋匡生/玉井夕海/しんけたつま/刈谷悠三/藤村龍至(掲載順)

企画・編集:藤村龍至
編集協力:伊庭野大輔/藤井亮介/松島潤平/本瀬あゆみ/刈谷悠三
レイアウトデザイン:刈谷悠三

当分の間、藤村龍至展会場にて限定配布します。部数に限りがありますので、お早めにどうぞ。

fujimura

2007年03月19日

「卒、」の講評会

「卒、」の講評会に呼んで頂き、出かけて来た。

10:45立川駅着で、明治大学のMにばったり会う。岡田公彦さんと落ちあい、一緒に会場の「花みどり文化センター」へ。

「卒、」には昨年、堀越英嗣さん、長坂常さんと参加させて頂いたが、今年は金箱温晴さん、桑原立郎さん、岡田公彦さんと僕、の4人で審査員を務めさせて頂くこととなった。金箱先生とは初対面(何度もお見かけしてはいたけれど)で緊張する。

12:00、会場を回って作品を選ぶ。集計し、8作品に絞ったところ、「地域社会」「設計論」「地形」「郊外化」の4つに分けられそうだったので、その順番で発表してもらった。

2つずつだと対比的に論じられるので講評もしやすく、なかなかグー。いい感じで講評が進み、議論を楽しめた。

個人的には筑波大学の有原君の「おどる住宅地」という作品にかなりの切れ味を感じた。「せんだい」でも高評価だったようだが、風刺があり、ひねりがあり、表現がある。素晴らしい。

また、千葉大の皆川君の作品で「いちょう団地」が出て来たのに驚いた。神奈川県にある、外国籍の住民が多数住んでいる団地であるが、どひ研で先輩の調査についていった記憶が思い出された。

「卒、」に限らず、合同作品展が盛んなのは素晴らしいことだと思う。学生の皆さんのオーガナイズも気持ちよく、今回も参加できてよかった。また呼んで下さい。

fujimura

2007年04月01日

ROUND ABOUT JOURNAL vol.1 全コンテンツ解説

1日夜は花見を兼ねROUND ABOUT JOURNAL編集者で打ち上げ@六本木。お互いの記事の感想など。おかげさまでいろいろなところで読んで頂いているようです。ありがたいですね。

では、勝手にコンテンツの解説など。

山崎泰寛「『議論の場』の設計」
最初に山崎さんにこのフリーペーパーの企画を相談したとき、「なぜ藤村展の会場にフリーペーパーがあるのか、説明が必要だ」と指摘され、解説をお願いしました。「議論」することと「設計」することが切れそうになっているところを、うまく繋いでくれました。

松川昌平+田中浩也「『誘導』から『栽培』へ!?」
2006年末のsyncactiveと松川さんと田中さんのSFCでの授業の講評会での議論がなかなかヒートアップしたので、それの延長で座談会を企画した結果、5時間ぶっ通しのガチな議論に。巻頭記事にふさわしい、熱い内容にまとまりました。文字起こし手伝ってくれた長瀬君は大変だったと思います。どうもありがとう。

福西健太「『カーン』と『セシル』の間で」
福西君とはかれこれ7年くらいの付き合いです。伊東さんが最近のGA JAPANでペン大のセシル・バルモンドのスタジオのことを話しているのを読んで「へぇ」と思っていたらたまたま福西君から久しぶりにコンタクトがあって、ペン大にいることを知って急遽お願いして書いてもらいました。彼らしい素直な言葉で紡がれる戸惑いの言葉がいいですね。

石上純也+徳山知永「自然な思考の流れをつくるために」
TN probeでの石上さんのレクチャーを聞いたとき、アプリケーションを作って設計をしていると聞き、興味を持っていたので、アプリケーションを書いた徳山君にも同席してもらって、その話をメインで聞きました。石上さん独特のリズムを誌面でも感じて頂ければ嬉しいです。

長坂常「『宙ぶらりん』にしたまま設計する」
長坂さんは、直接対象に取り組むというよりは、対象の捉え方の手法に工夫を重ねるタイプで、CGとかコンピューターというツールがそこに重ねられているということがよくわかりました。長坂さんのキャラクターがよく出た記事になっていると思います。

松岡康友「建築のロボット化」
「情報技術の進化との関連性から建築を眺める」ということで僕としてはキタキタキター!、みたいな。機会があれば彼の作品や研究を交えてもっと聞かせて欲しいですね。

畑克敏+城間真琴「検索過程と比較過程」
藤村事務所のスタッフに、伊庭野君が切り込むというスタイルが、うまくハマったような気がします。ふたりの性格が浮かび上がっているのでは。

山本茂「藤村事務所が『模型』でやっていること」
オープンデスクの山本君へのインタビュー。インタビューしてみて、考えたことをはっきり言葉にできるという点において、とてもレベルが高いと感じました。

柄沢祐輔「『ゼロの風景』へ、『超論理性』を以て介入せよ」
同い年で、Table of Youthなども一緒にやっている柄沢君ですが、ちょうど同時期(2002-2003年)にオランダに滞在していたということもあり、背景をいくつも共有しているので話しやすかったです。Table of Youthで展開している「脱シミュラークル」というコンセプトと、「非ユークリッド幾何学CAD」というアプローチの繋がりが見えたのは個人的に大きな収穫。

青木弘司「若手からみたワカテ〜形式的で、模型的で、検索的な建築について〜」
藤本事務所で活躍している青木君とのメール対談。塚本さんと同級生だった山田深さんの研究室の出身なので、どこか親戚のようでもあり、気楽に暴投してもキャッチしてくれるような安心感があります。今回の誌面で展開されている様々な議論の、見取り図のようなコンテンツになりました。

青柳創「壁の厚みが気になる」
書き流した大人の文体で読ませますね。「壁の厚み」への想像力は、「あちら側」へのそれと重なるものがあります。

本瀬あゆみ「風景と呼ばれないもの」
ひょっとするとこのテキストは、郊外空間論としても読めるのでは。テアトロ・オリンピコを用いてビーナス・フォートを批判するというのは切り口としてなかなかシャープです。

成島大輔「無数の消失点が、一本の地平線になる」
後日、成島さんの絵本のような作品を頂いたのですが、そこで表現されていた世界観をみて、このテキストの意味もよくわかりました。彼が問題にしている「無数なもの」「無限なもの」「永遠なもの」への恐れや憧れに、大量消費社会や情報化社会のイメージを重ねることもできるような気がします。

佐野哲史「不完全性を設計することはできるか」
ミースvsシャロウンという構図はちょっと図式的になってしまったけど、彼の問題意識がストレートに出た論考になりました。設計しないで余ってしまう空間と、余すことを設計する
空間の違いを説明するのは難しいですが、設計のテーマとして興味深いです。

次回、vol.2の解説も書きます。

fujimura

2007年04月05日

ROUND ABOUT JOURNAL vol.2 全コンテンツ解説

ROUND ABOUT JOURNALの解説の続きを。vol.2は都市編です。

Droppaper
本瀬から「毎月1回キンコーズに集まり、その場で割付と印刷をして媒体を制作する、という活動を続けている人たちがいる」と聞き、見せてもらったところ、その即物性がなかなかカッコ良く、都市面の表紙をお願いすることに。最後にカリヤ氏が図版を2度傾けたことで、ライブ感をうまく保存できた気がします。

南後由和「『建築的思考』を召還せよ!?」
南後君とは、10+1の現代建築思潮研究会で初めて会い、一度じっくり話をしてみたいと思っていました。ここでは、出たばっかりの『東京から考える』をとっかかりに、社会学と建築学の架橋の可能性について議論しています。この議論を経て、建築家が社会を論じることの価値について堂々と発言してもよいのだ、と素直に思えるようになりました。

唯島友亮「超2層構造論ー『科学的超現実主義』というコラージュ」
ToYなどにも参加してもらっている唯島君ですが、ここではマニアックなキャラを前面に押し出してもらおうと思いました。「竹中久七」という1930年代のマイナーな理論家の文章を発見した、というので、それをベースに展開してもらうことにしました。脚注も遠慮せずに増やしてもらったところ、とてもマニアック・ポップな論考に仕上がりました。

吉田桂子+和泉芳典「『吉田さん』と『和泉くん』」
ルフェーブルvsフーコーという構図は熱いのだけど、そのままだと抽象的になりすぎるので、対談という形式を採ることで問題の構造を人間関係で理解できるようにしたら面白いのでは、と思いました。短い字数でしたが、唯島君の論考と相補的でもあるし、南後君との対談の内容を受けています。

川西敦史「軽さについて」
「1995年」というキーワードに対して、正面から取り組んでくれました。加速する消費社会と、自らの震災体験の記憶の不連続性を彼自身の言葉で紡いでいて、迫力のあるテキストです。

伊庭野大輔「Your Landmarkー無数の超高層建築と、無数の地域的領域」
もともとは構成論として書かれた彼の修士論文を、私小説ふうに開いたもので、景観論としても読めますね。「東京中を自転車で走り回った」というその身体性を強調することで、伊庭野のスポーツマンっぽさも出たし、都市空間に対する身体の介入という現代的なテーマにも接続できたのではないかと思います。

坂東幸輔「ランダムリサーチ」
元スキーマのスタッフで、今ハーバードに在学中の坂東君によるスタジオレポート。主観的な情報の集合から設計に有効な客観性を抽出する手法を指した「ランダムリサーチ」というタイトルは、良い言葉を見つけたな、と思います。

Samira Boon「マスクが作る日本の風景」
デザイナー、Samira Boonのインタビュー。彼女の「フロシキシキ」の名刺入れは、建築業界でも愛用者が多いですね。英語の途中に「ええと、ここでところてんが運ばれてきましてー」という日本語が入る間合いが最高。

村井一+藤井亮介「都市ランニング論ー都市構造を測る!」
長距離をやっていた村井君と、趣味でマラソンをやっている藤井君のマラソン対談。日頃のマラソン体験と、各都市のマラソンコースの比較から、「都市構造を測る」というテーマについて話しています。

藤井亮介「マラソン・モードの東京ー東京マラソン2007体験記」
松島潤平「ローカル・モードの東京ー東京マラソン2007応援記」
時事ネタで東京マラソンレポート。走る側、見る側からみることで、重層的なリポートになっています。当日の非日常性や高揚感を感じさせますね。

小川裕之「交響空間」
代々木公園でのパーティを行って来た過程で獲得された公共性について、体験的に語ってくれています。社会に対して単に抗うのではなく、従うでもなく、周辺と議論しながら自分の居場所を定めようとする意思にとても共感します。

益子悠「(K PROJECTを主題にしたマンガ)」
芸大デザイン科出身で、mashcomixとしての活動や、イラストレーターとしても活躍中の益子さんに、K PROJECTをモチーフにしたマンガの制作を依頼。松島がマンガヲタっぷりを発揮し、素晴らしいやり取りをしてくれて、奥行きのある作品に仕上がりました。

松島潤平「都市の建築をマンガのようにしか経験できない」
隣ページのK PROJECTマンガの解説でもあり、益子論でもあり、建築論でもある。mashcomixの体験から入り、「マンガ中毒キャラ」という設定を介して都市の経験に繋いでいく構成はなかなか完成度高いです。

藤井亮介「早送りされる風景ー世界を映す鏡としてのマンガ」
ToYでも展開してくれた「マンガ建築論」が風景論となってバージョン・アップ。「トラベル」の図像がビデオの早送りに似ている、というところから議論が展開していきました。出版元から図版掲載のOKが頂けたのは大きかったですね。

北川健一「『建築ケーキ』のデザインプロセス」
あのケーキを作ってくれた、ヨックモックのパティシエ北川氏へのインタビュー。伊庭野の「ケーキ用図面」も公開。

尾田のぞみ「先へ」
担当作での体験をベースにしながら、建築がどうやったら自然に建つことができるか、という(真っ当な)問題を論じています。消費社会の中で、それでも建築が生産されなければいけない現代の状況についての戸惑いがストレートに言葉になっています。

土屋匡生「映画館の21世紀」
映画館からみた消費社会論。横浜駅西口の名画座とMM21のシネコンを対比させ、新たなオルタナティブとしてのQ-AXを位置づけています。8講座出身とのことで、北山さんの作品やタームが出てきます。

玉井夕海「水の家」
玉井さんは芸大の建築科出身。「千と千尋の神隠し」リン役を経て、映画「もんしぇん」で脚本・音楽・主演を務め、女優としても活躍中。自分と世界を繋ぐ「水」の尊さ、偉大さ、を語ってくれています。

しんけたつま「ジェスチャーにかんする覚え書きよっつ」
しんけ君のことは10年くらい前から知っていて、しばらく音信が途絶えていましたが、最近再会しました。彼らしいジェスチャーでジェスチャーについて語るという内容。文章の構成と段組みも合っていますね。

刈谷悠三「議論のレイアウトー建築論と都市論のクロス・ワード」
右開き、縦組みで展開されてきた建築論と、左開き、横組みで展開して来た都市論を繋ぐという誌面のコンセプトについて。今回は「1995年以後」という大きな枠組みしか手がかりがなかったので、誌面の形式性によって救われた部分が大きかったと思います。

うーん、都市面にふさわしい、バラエティに富んだ内容ですね。以上、解説でした。

5月6日までPRISMIC GALLERLYで無料配布中です。

ROUND ABOUT JOURNAL vol.1+2は下記のスポンサーのご提供を頂いております。
株式会社INAX 日新工業株式会社 (50音順)

感想、ご批評をお寄せ下さい。メールはこちらまで。

fujimura

2007年04月30日

藤村龍至展、終了間近

会期終了が近づいてきました。まだの方はぜひお立ち寄り下さい。

なお、当初DMやリリース等では「会期中無休」とお知らせさせて頂きましたが、会場の都合により5/3,4はお休みとなりましたのであわせてお知らせ致します。

藤村龍至展
会期 5月6日(日)まで 5/3,4休
会場 PRISMIC GALLERY(プリズミック・ギャラリー)
   107-0062東京都港区南青山4-1-9秋元南青山ビル5F
   (東京メトロ銀座線外苑前駅徒歩5分)
   03-5770-4751 (土日・祝03-5770-4139)
   日曜・祝日はお手数ですが、ビル裏手駐車場内の通用口よりお入り下さい。
URL http://www.prismic.co.jp/gallery/
時間 10:00-17:00 入場無料

会場では、「設計のプロセス/プロセスの設計」をテーマとして、これまでに竣工した店舗や進行中の集合住宅を中心にご紹介(会場風景)しているほか、フリーペーパー「ROUND ABOUT JOURNAL」を配布しています。

近隣ではギャラリー間で「アトリエ・ワン展」が開催中の他、新国立新美術館やミッドタウンなど話題の施設も続々オープンしましたので、ゴールデンウイーク中、あわせて散策されてみてはいかがでしょうか。いずれも徒歩圏内にあります。

○ギャラリー間「アトリエ・ワン展」(毎週土曜日に人形劇の上演があります)
○21_21「Chocolate」(深澤直人ディレクション)
○国立新美術館(「モネ展」ほか

なお、私は会場には常駐しておりませんが、5/1,6にご案内等で行く予定があります。

皆さんのご来場をお待ちしております。

fujimura

2007年05月03日

4月前半を振り返り、「『表層』と『深層』」を考える

3日、事務所に新しいオープンデスク参加者が集合。HPで告知した結果、今期は各大学から8名の応募があった。この日は新3年生が中心でとりあえず4名。

夜、中村竜治事務所の花見へ。工芸品のような模型がきれいに並んでいる。若手建築家が集まってたわいもない話。アットホームなパーティで心温まる。

5日、20:00事務所で南後君と柄沢君と打ち合わせ。フリーペーパーでの議論をきっかけに、UMATという東大の情報学環の国際会議に参加しよう、ということになり、企画の詰め。動いているいくつかの企画を連動させていく。

8日、朝6:30研究室に集合。車に分乗して仙台のアトリエワンの新作「ノラハウス」へ。凸凹の床と不定形の屋根を極細の柱が繋ぐ構成。玄関にしてはやや広く、リビングにしてはやや狭い2400X3600の空間が単位となり、レベル差を持ってランドスケープ的に繋がる。大きな縁側があって、前面道路や畑と緩やかに繋がる。いろいろな場所があるし、回遊できるし、パーティとかやったらとても楽しそう。書斎とかDJブースっぽいし。

外観がとても異様。アニハウスとかも異様だったのだろうけど、たぶん今までで一番異様な気がする。「アニ」は空間図式的だったけど、「ノラ」はとても物語図式的だ。

その後久しぶりのメディアテーク。絨毯や家具等、建物はだいぶくたびれていたが、空間は依然として新しい。以前は気がつかなかったが、今回は7階の素材やディテールの生々しい感じがとても目についた。

新幹線で帰京し、19時から建築道場。トラフのレクチャーとトリコの佐伯さんと岡田栄造さんの対談を聞く。アイディアをリズミカルに繰り出す感じはトラフも佐伯さんも共通している。

12、13日は打ち合わせで飛び回る1日。夜は吉岡賞記念講演会。中山さんのレクチャーはいつもながらポエトリー・リーディングのよう。たくさんの場面のスケッチをFAXでスタッフに送りつけて、送り続けているうちにそれらのスケッチがひとつの空間をイメージしていることに気がついてそれを模型にした、という設計プロセスの話は面白かった。

昔、アメリカの大学を回っていたときにそういう設計をやっている学生がいたことを思い出す。心の中の風景を描き続け、それを精神分析みたいに自己分析し、形式化していくという主観と客観が共存するようなプロセスである。

今のところ、デザイナーの主観的な世界観を強固に構築しておきながらユーザーとの客観的な距離を語る、というパラドックスが中山さんの魅力の核だと思う。聞いているとなんとなくしんみりとしてしまうのだが、同時に冷静に突っ込みを入れたくなる感じ。審査員の入江さんはそこのところをはっきりと突いていた。

14日、12:30ギャラ間のアトリエワン展で人形劇を見る。大盛況。塚本研の後輩たちも出演しているのでハラハラしながら見ていたが、みんな楽しそうだった。会場で坂本研の後輩達に会ったのでそのままプリズミックへ誘導。展示を見せてちょっと議論。事務所に戻り、その後19:00OZONEの大成優子展オープニング。建築のイメージを伝えるにはちょっと概念的すぎる気もするが、意表を突いた感じが大成さんらしい。その後事務所にてToY3の定例ミーティング。3期もいいメンバーが揃ったのでは。

15日、13:00埼玉でロータリーの地区大会。「新世代プログラム」で毎年恒例のご挨拶。打ち合わせを挟んで都内に戻り16:00プリズミック。五十嵐淳さんをご案内。せっかく来て頂いたから、と必死に説明をしていると後ろから「藤村さんですか」と声を掛けられた。広島の谷尻誠さんだった。初めてお話ししたが、事務所の話等いろいろ勉強になった。近い世代の建築家の方々に展示を見て頂けるのはとても光栄なことである。

16日、15:00授業。17:00塚本研でMDR飯尾さんと打ち合わせ、round about journalを気に入って下さったとのことでとても嬉しい。編集者の方々にこちらの議論のイメージをお伝えするためにも、フリーペーパーは役に立っているのかも知れない。そのまま18:00南後君、柄沢君と打ち合わせ、夕食を挟み20:00第1回全体ゼミ。ロッシ、ベンチューリ、コールハースという建築軸と、ルフェーブル、ボードリヤール、ハーヴェイを思想軸を繋いで読むという企画。南後君、柄沢君、唯島君に参加してもらい、7月のUMATまで毎週続ける予定。盛り上がりそうな予感。

17日はビジネスモードで打ち合わせに回る。

18日、13:00つかもと師をプリズミックへご案内。忙しそうだからためらっていたが、予定に組み込んでもらえた。先生に見てもらえるのはやはり嬉しい。帰り際に「個展といっても、同級生とかなかなか来てくれないもんですね。」とぼやいたら、「それでも無理矢理連れて来るんだよ。」とアドバイスされた。

その後塚本研の後輩連中とプリズミックで合流。ほとんどのメンバーはオープニングに来てくれたのだが、当日があまりに混みすぎてよく見てもらえなかったので無理矢理機会をつくって改めて全員に来てもらった。展示を解説して質問を受け、少し議論。「見解が変わった」という人もいるし、相変わらずそっけない人もいるが、身内とはいつでもそういう存在であって、とにかく見せることが大事。

この日は「街歩きゼミ」という企画で、国立新美術館、ミッドタウンを経由してギャラリー間をみるという企画。21_21で安藤展に寄ったら、安藤さんがいて久しぶりに生で話を聞く。会場に入るなり「安藤先生のご希望で学生の方は前に来て下さい」とアナウンスがあり、学生が前方に集められ、瞬時に熱気のようなものが立ち込める。

のっけから「今の学生はだらしがない。漢字も読めない。対話もできない。うちの事務所の若い連中も対話をしない。」と安藤節全開。「日本人はもっと美術館とか映画館とか行った方がいい。そういうことに積極的なのは女性。男性は家でゴロゴロしている。だからこのギャラリーを作りました」と(無理矢理)締めるころにはいつの間にか大きな人だかりができていた。安藤さんの話は論理的ではなく、建築家というよりは政治家的で、その意味でとても社会的だ。

安藤さんの作品集にはよくパステルカラーの色鉛筆のスケッチが出て来るが、建築を学ぶまではあれが表現だということに気がつかず、本当にああやって設計しているのだと思っていた。長年にわたってそういう「フリーハンドで色鉛筆を走らせ、スケッチを繰り返す」みたいな建築家のイメージを構築して来た安藤さんが、スタディ模型とか施工図を並べることによって大衆の「建築のイメージ」を変えようとする試みは面白い。

ただ、安藤さんの見せるプロセスはあくまで断片であり、少々演劇的だ。あれを見て、設計のプロセスが具体的にイメージできるわけではない。スタートからゴールまで全部見せる()ならば、建築の設計がもっとオープンソース的になり、建築家のイメージも変わるのではないか。

そんなことを考えながらギャラリー間に移動し、「人形劇の家」でゼミ。後輩Kの司会でミッドタウンについて議論。ちょっと前に全力ゼミの連中とミッドタウン・ゼミをやって仕込んでいたので、いろいろ思うところはあった。

ミッドタウンで思ったのは、隈研吾のアルミに桐の突き板を貼った15mmのルーバー(サントリーミュージアム)にしろ、内藤廣の穴開きブロック(虎屋)にしろ、杉本貴志の枕木(MUJI)にしろ、アトリエ建築家らの試みが総じて「ダイノック・シートだらけのミッドタウンにおいて、いかに素材感を導入するか」という一点に集中しているということ。

かつてレム・コールハースは「錯乱のニューヨーク」で、アイコン(表層)としてのスカイスクレーパーと、アーキテクチャー(深層)としてのマンハッタン・グリッドの対立を指摘した。ミッドタウンを見る限り、その対立はますますクリティカルになっているように思える。つまりここには、素材という「表層」を決定する建築家アトリエ群と、全体のボリュームの配置や構造スパンという「深層」を決定するSOMと日建設計のような建築家組織群が対立的に共存しているのである。

これまで建築の世界は「住宅」と「公共(施設)」の差を問題にしてきた。「住宅作家」と「(公共)建築家」という2種類の建築家がいて、「住宅は芸術である」とか、「住宅に批評性はない」といった議論が繰り返されてきた。

今問題にするべきは「住宅」と「公共」の対立とか、「小さい」と「大きい」の対立というよりも、「表層」と「深層」の対立なのではないかと思う。演劇的なスピーチで政治家のように振る舞い、組織事務所すらコントロールしてしまう安藤さんも、圧倒的な仕事量で表層をルーバーで覆い尽くす隈さんも、美術や思想の枠組みを援用しつつ「実践」を標榜するアトリエワンも、それぞれ異なるアプローチで都市の「表層」から「深層」へ介入しようとしているようにみえる。

今日の建築が持ちうる社会的な批評性を考えるならば、六本木は熱い。

fujimura

2007年05月10日

個展が終了し、次のステップへ進む

おかげさまで、6日をもって「藤村龍至展」が無事終了しました。

満員電車状態になってしまい、「インディーズのライブハウス」と揶揄されたオープニングから約2ヶ月。会期中も各所で宣伝して頂いたおかげで動員数は伸びに伸びてプリズミック新記録樹立だそうです。フリーペーパーも好評で嬉しいです。ご来場下さった方々、準備等手伝ってくれた方々、情報掲載等お世話になった方々、そして機会を与えて下さったプリズミック・ギャラリーの方々、どうもありがとうございました。

本日撤収に行ってきました。片付けてしまうとあっけないもの。代わりに事務所がまた模型であふれています。プリズミックの早川社長、ギャラリー担当の立松さんにもご挨拶。次は平田展ですね。楽しみです。

さて、4月後半を振り返ります。

20日、アトリエワンのレクチャー@イイノホール。ルフェーブルの枠組みの説明から入る。新作も交え、たっぷり2時間。「ガエ・ハウス」や「ハウス・アンド・アトリエワン」のビデオがよい。最後に学部1年生が質問したりして、ある種の開放性を感じた。

個人的には「PUPET THEATER HOUSE(人形劇の家)」の話が一番ぐっと来た。解散しそうな人形劇サークルのために作られたこの建築は、ハーバーマス的な意味での公共圏として構想されている。「リムジン屋台」にしろ、「ファーニ・サイクル」にしろ、今まで「マイクロ・パブリック・スペース」といっても美術展の枠組みで作られた作品というところに何か物足りないものを感じていたのだが、この作品には今までにない迫力がある。

ちなみに、その学部生の「質問」というのは「おふたりの建築はすごく『楽しい』んですけど、何かアドバイス下さい」というものだった。その質問に塚本さんが「『楽しい建築』をつくるためにはまず、『楽しい人』になって下さい!」とか応えたりして、やりとりはとても楽しかったのだけど、同時に難しさも感じてしまった。アトリエワンの「楽しさ」の表現というのはグローバル資本主義がもたらした交換可能に都市空間対する批評なのだけど、ヨーロッパならそういう前提で議論が進むのに対し、日本では「楽しい」=「楽しい人」というように、作家のキャラクター性の問題に回収されてしまう。もう少し土壌を育てるような作業がいるのだろう。

その後レポートを担当する南後君、中山英之さんなど交えて打ち上げ@四谷。昔、ピーター・メルクリが「記号を働きに変える」と言っていたという話を貝島さんがして、塚本さんが「それいい!」とかテンション上がり、中山さんが同調する、みたいな感じの議論で盛り上がる。

23日、20:00塚本研にて全体ゼミ。南後君、柄沢君、唯島君が毎週ゲストで参加してくれていることもあり、調子が出てきた。

26日、中央アーキのサカカヨ、編集者の方、カメラマンの方など来社。中央アーキの編著で出るランドスケープ本で載せて頂くことになり、撮影。

27日、そろそろ個展の会期も終了に近づいてきたのでご案内本格化。12:00お世話になっているR社の方々。近況等伺う。中国での大型プロジェクトが成功された様子。

28日、個展ご案内ピーク。アポイントが1時間毎になる。中学校の同級生なども来る。最後は大阪の先輩カガワ氏。流れで飲み会@千駄ヶ谷。塚本研OBが集まる。

29日、この日も朝からご案内。最後は懐かしいメンバーがそろい、飲み会@西麻布。

30日、再びサカカヨ、ライターの阿久根さん来社。件の本に収録する対談を集録。東京の風景について議論する。面白かった。

1日、16 :00過ぎ、五十嵐太郎さん待ち合わせ@プリズミック。忙しいところを時間を割いて来て下さった。展示のコンセプトを解説させて頂く。「本当にこれからスタートしたんですか」「本当にこういう順番だったんですか」と矢継ぎ早にご質問を頂く。後ほど日記で「立体パラパラ漫画」と形容されていてなるほどと思う。20:00塚本研で全体ゼミ。

2日、18:00ギャラ間の「ホワイトリムジン屋台」でパーティ。新入生等と絡む。

5日、12:00プリズミックに森ビルのIさんご案内。7月にアカデミーヒルズのシンポジウムで呼ぶ某外国人建築家の等など。素材のイメージが強い人物だが、博士論文は都市論を書いているはずなのでそういう流れを提案。都市を語れる若い人材を探しているという。14:00中国で働いていて、最近帰国したばかりのU君とMさんご案内。中国的状況をいろいろヒヤリング。中国はやはり面白そう。改めて伴山人家プロジェクトの中止は残念だ。18:00南後君、柄沢君来社。UMAT打ち合わせ。その後22:00大学にて全体ゼミ打ち合わせ。

6日、個展最終日。この日もご案内続く。14:00ギャルリータイセイのキュレーターHさんと大成OGのYさんご案内。学部生時代お世話になった恩人。ギャルリーでYさんが親しく接して下さったおかげでHさんや大成の方々と知り合うことが出来、コルビュジエやミースのことをいろいろ勉強させて頂いた。

この日もたくさんの方が来て下さった。17:00で終了。長いような、短いような会期が終わった。

展覧会のおかげで少しは私のことや建築のこと、考えていることなどを知って頂けただろうか。やってみて、自分の支持層というか、一定の「オーディエンス」のような方々の存在があるということを学んだ気がする。Table of YouthやROUND ABOUT JOURNAL等で若い連中と絡んできたせいか、私の建築なり、話なりに耳を傾けてくれるのは圧倒的に自分より年下=1977年以降生まれの人で、身近な人(東工大生とか)よりも遠い人(地方の学生とか)のほうがより熱心に聞いてくれるという感触がある。これから文章を書いたり、話をしたりするときにもっと世代的なターゲットを絞っていくのも面白いかも知れない。

それにしても、展覧会を通じていろいろな人に会うことが出来たのは収穫だった。展覧会は確かに情報発信の場ではあるが、同時に情報収集の場としても存分に活用させてもらったような気がする。

7日、15:00東工大で学部2年生の授業アシスタント。ガイダンスのときはじゃが芋のようにおとなしく並んでいた彼らも、1つめのトレース課題が終わる頃には少しずつ表情が出て来る。2つめのトレース課題は吉村順三の「軽井沢の山荘」。17:00塚本研で論文ゼミ、20:00全体ゼミ。この日は4回目。ロッシ、ベンチューリ、コールハース、ルフェーブル、ハーヴェイを一度に少しずつ読み続けてきて、少しずつ知識が共有されてきたか。要約等慣れない学生も多いので少々じれったい場面もあるが、皆頑張っているので次回以降がとても楽しみだ。21日は塚本先生も迎えて討論することになった。

8日、編集の伏見さん来社。ブレスト的に打ち合わせ。少し息の長い企画なので、全体のストーリー作りを一緒に考える。こういう作業は楽しい。

展覧会効果か、最近オープンデスクの応募が本当に増えた。最近は各大学から10人くらいが交代でやってくるようになったが、学部生は授業や課題に忙しいようで、週1-2度が限度のようだ。大学院生がもう少し増えるといいなと思う。

事務所では着工前の某プロジェクトのコスト調整が大詰め。10+1原稿もようやく大筋が見えてきて面白くなってきた。展覧会も終わったことだし、気持ちを切り替えて次のステップへ進もうと思う今日この頃である。

fujimura

2007年05月13日

メゾン四畳半など

11日、15:00ジャーナリストのKさんと待ち合わせ@パークハイアット。ベルラーヘにいたときに取材して頂いたのがご縁で知り合った方で、バイタリティあふれる女性である。かれこれ4年ぶりにお会いし、近況等ご報告。16:00ドイツの某家具メーカーの記者会見とレセプションにご一緒する。社長のシュミッツさんは若いが日本語が上手く、一度名刺交換しただけなのにちゃんと僕の名前を覚えていてやり手っぽい印象。学生の課題等はよく聴くが、異業種の人のプレゼを聴くのはいろいろ勉強になる。

20:00事務所に戻ってTable of Youthのミーティング。文章が揃ってきた。メンバーの文章力は様々だが、ちょっと足りていない人の場合、70%くらいまで自力で書けるのだが、最後の30%が足りないという場合があり、そういう場合はさっと手を入れてみる。機械体操でちょっと手を貸すと宙返りが出来るようになり、一度その感覚をつかむと次から補助なしでできるようになる、みたいな感覚かと。

12日、9:30埼玉でロータリー財団奨学金の選考試験。今日は2次試験で、語学の面接等を行う。今年度は学友会会長ということで真ん中に座らせて頂き、英語で志望動機等を質問。例年いろいろな人が受験して来るが、印象がよく、実力のある受験生に会うと嬉しくなる(逆はなかなかつらいものがある)。

17:00同級生Tの結婚パーティ@ウェスティンホテル。とても楽しく、気持ちのよいパーティで、Tの手際の良さを感じる。その後は2次会。いろいろ情報交換。さらに友人Iの自宅にお邪魔して飲む。こちらは少しリラックスしてI夫妻と写真家のHさんとよもやま話。2:00帰宅。

13日、12:30やまさきさんと待ち合わせ@銀座。エルメスにて「メゾン四畳半/藤森照信」展を見た後、情報交換+やや打ち合わせ。

展示ではJ-waveチーム、Casaチーム、エルメスチームが「規定演技」よろしくいくつかのルールのもと茶室を制作。漆喰、焼杉、ゴザ、アコヤ貝など、藤森語彙がふんだんに駆使されていたが、構造は全部「Jパネル」だった。藤森さんが茶室等で使っていると聞いたが、ここでは家具等も含めて全面展開。

エルメスチームのはグリーンが見た目に爽やかだが、全体にホームセンターのガーデニングコーナーみたいな意匠。上に登れるのは楽しい。Casaチームのは外装の焼杉が斜めに広がっていて迫力があるが、全体にフォルマリスティックでやや肩に力が入ったような印象。内部のエルメスの座布団は皮肉が利いている。J-waveチームの作品は入口といい、枝を使った天井といい、軽快でとてもセンスを感じた。

fujimura

2007年06月02日

5月後半を振り返り、コルビュジエ再読の可能性について考える

このところ、諸々慌ただしい。15日、19:00寳神さんと待ち合わせてhhstyle新作発表を覗く。その後伊藤君合流し、中央アーキのサカカヨよりご招待頂いたExit to Safe展@AXISギャラリーのオープニングへ。

展示はどれも面白かったが、アーティストの野老さんの作品が特によかった。衣服をシェルターとして考えるというコンセプトはFINAL HOME的だが、「一枚の布」と「複数のジッパー」いう仕掛けが持つ構成のバリエーションが、オリジナルを凌駕しているようにも思える。

19日、平田晃久展のオープニングへ。会場は相変わらずの混雑だが、人数は適正な感じ。展示は模型+図面+文学的テキスト、という建築展の王道セット。レクチャーも、もっと精緻な理論武装的なものを想像していたら、意外にも素直な内容だった。

平田さんが大阪の堺市の出身だったとは知らなかった。古墳のある原風景について語っていて、土木的なスケールでの幾何学性が緑に覆われて自然のようになる、と平田さんはいう。安中のコンペ案で「土量」について主張していたことが思い起こされる。

20日、16:00バーベキュー@森山邸。住人Nさんのイキな計らいにより、急遽実現。伊藤君夫妻らと6人で押し掛け、森山さんも参加。後輩I(アウトドア系)を連れて行った結果、とてもいい働きで大正解。中間期で天気もよく、最高に気持ちよい。

21日、全体ゼミ。ゼミ後、夜中に後輩Kと走る。往復8km。こちらも気持ちよい。

24日、朝、某社でミーティング。新プロジェクト。流れで定例に合流したらチームの一員に森山邸で会ったばかりの友人Cさんがいてお互い驚いた。面白くなりそう。午後、別プロジェクトの仕込みでミーティング@某銀行。複数の論理を摺り合わせる作業。

事務所に戻り、19:00ミッドタウンのd-laboへ。南後君と柄沢君と合流し、東浩紀さんと北田暁大さんのトークを聞く。RAJのフリペや全体ゼミの流れでMDR飯尾さんよりお話を頂き、10+1で柄沢+南後+藤村の3人で鼎談をすることになったのだが、この日はそのための仕込みも兼ねて。

東さんは最近シンガポールに行ったらしく、伊東さん設計のvivo cityを例に挙げ、「建築家がショッピングモールとか設計するといいと思うんですけどね」と言っていた。何気なく聞いていたが、実は結構本気の発言なのかも知れない。東さんは他にも、「シンガポールで一番飯がうまかったのはvivo cityのフードコートだった」などと述べ、動物化した現代人を積極的に演じてみせる。

トークの大半は下北沢の再開発計画に対するスタンスの違いについての議論の繰り返しだったが、後半になって「最近の東京は車からみないと理解できない」という話へ展開。自動車型のショッピングモールも、コンビニの流通システムも、宅配も、全部繋がっている、という話。建築の畑で「自動車スケールで出来た都市」といえば当然「ラスベガス」が思い浮かぶわけだが、ここでは情報化が絡められている。

終了後、議論しつつ論点を整理。

25日、昨夜の議論の記憶も鮮やかなうちに四谷のMDRに再集合し、10+1の鼎談収録。東京の二層構造から路上観察の系譜、「虚の不透明性」、アルゴリズミック・デザインへという、このところ3人で議論している流れ。いつもしている議論をさも初めて話すかのように話すのは意外と難しいが、柄沢氏の文語体マシンガントークは炸裂。全体として、若い世代の勢いは出ただろうか。

26日、11:00友人Oさんの結婚式@広尾。大勢集まる。17:00ハウス・アンド・アトリエワンへ。ペン大の福西君が帰ってきていることをきっかけにみんなで集まる。神戸の家成さんや、終盤でホンマタカシさんも合流。

28日、新プロジェクトに関連して、朝よりシェアオフィス見学会。総勢20名近くで回る。「シェアオフィス」というとco-labやsyncなど、クリエイティブ系のオープンな空間のイメージを持っていたが、司法系のシェアオフィスは完全クローズド。支配人の話を伺っているとそれでも意外に多様性があることがわかってきた。

29日、20:00山崎さん来社。打ち合わせ。

30日、朝授業、午後ゼミ。なんとか終わって18:00某社打ち合わせ。28日の見学の成果を反映した模型を持参しプレゼ。業務の内容や分担についての共有など。雨のなかダッシュで事務所に帰り、南後君、柄沢君と先日の10+1鼎談の文字起こし原稿の校正を詰める。タイトなスケジュールなのでパソコン持ち寄りでその場でどんどん校正していく。かなりライブだがどんどん話の筋が明快になりテンション上がる。

31日、定例@某社。関わっている人数が多いため、全体検討会の後分科会へ。構造と設備スペックの詳細詰める。スケジュールがタイト。検討のスピードを上げなければならない。その後MDRへ。先日の鼎談の他につかもと師と共著で論考を書いているのだが、そちらの最終確認。

1日、たまっていた原稿がどんどん片付く。中央アーキの本のインタビュー原稿も送信。16:30某社訪問。その後、近くのco-labへ。mosakiの元子さんが受付にいた。mosakiやpointの長岡勉さんらの仕事場をみせてもらう。フリペに執筆してくれた小川さんにも初対面。

2日、11:00コルビジェ展@六本木ヒルズ。ふとしたきっかけで南条館長のツアーに参加することに。展示自体はコルビュジエの建築というよりは、その作家性の全体を追いかける内容。ユニテの一室を再現した巨大モックアップを始め、膨大な資料が極めて体系的かつ体験的に網羅されている。

面白い展覧会であることは間違いないが、展示としての批評性という意味では疑問も残った。作家性の全体を再構成することよりも、『輝ける都市』化が進行しつつある現代の東京においてコルビジェを再読することの可能性を問いかけるようなキュレーションもありえたのではないか、などと思う。

南条館長の説明では、観光で来るお客さんにもわかりやすいように、という配慮があったという。それは仕方がない。しかし、コルビュジエは近代化が始まりつつある時代に工学化する都市を予言し、そこにおけるヒューマニズムを提言し続けたわけで、工学化がリテラルに実現してしまった現在、そこに再びヒューマニズムが復活されるべきなのか、あきらめられるべきなのか、自然に問いかけるような議論は出来ないのだろうか。

fujimura

2007年06月05日

SKIN+BONES展@国立新美術館

5日、国立新美術館のSKIN+BONES展のオープニングへ。LAのMOCAで開かれた展覧会の巡回展。80年代以降の建築とファッションを比較し、互いの共通点を探る、というもの。日本人建築家は伊東豊雄、SANAA、坂茂らが、ファッションデザイナーは三宅一生、川久保玲、山本耀司、渡辺淳弥などが入っている。

まず展示の感想としては、実物をずらっと並べているファッション作品の迫力に比べ、写真と小さな模型だけの建築作品がやや迫力不足な点は否めなかった。ただ、LAのMOCAでのオリジナル版ではシアトル公立図書館(OMA)やオリンピック・スタジアム(H&deM)の巨大な模型が並んでいて、両者の迫力は拮抗していたというから、ここでは巡回展という事情を踏まえて見たほうがいいのかも知れない。ちなみに図録を見ると、両者のイメージのスケールが等価になり、建築とファッションを横断的に並べてしまうという、この展覧会のコンセプトが持つある種の暴力性を最大限に感じることが出来る。

作品単体では、入り口にあるHussein Chalayanによる「Afterwords」というコレクションの「Convertible Skirt / Table」は面白かった。テーブルがスカートになったり、椅子のカバーが服になったり、椅子の本体が鞄になったりする。ビデオを見ていると、最後に何もなくなるのだが、そこになんとも言えない喪失感のようなものが残るなあ、と思っていたら「紛争で亡命を迫られる」という設定らしい。なんともヨーロッパっぽい。

ただやはり、ブルック・ホッジのキュレーションについては、大量の作品群を整理する体系としては理解できるが、文脈としてはなんとなく発見的でないようにも感じられた。このテーマを展開するとしたら、互いのデザインプロセスを見せることではないかと思う。衣服のデザインがどのようなプロセスでなされるのか、門外漢の私には全く想像がつかないが、恐らくそれは建築のデザインについてもいえるだろう。それぞれの分野のデザイナーがどのような思考を経てモノを作っているのか、という深いところを見せ合えれば、デザイナーにとって互いの製作のヒントとなり得るような気がした。

ともあれ、80年代以降の建築とファッションの流れを知るにはよい機会かと思われます。8/13(月)まで。10:00-18:00、火曜日休。
fujimura

2007年06月19日

着工など

16日、松田達さんのレクチャー@南洋堂。この6月に独立されたばかりであり、「まだ何も建てていないからこそ、出発点を語る」という趣旨。

「ユルバニスム」という概念の紹介、パリでの中庭のリサーチを経て、今後の事務所経営のイメージやつくりたいという「都市建築」のイメージ、過去の作品紹介等。

後半は松田節が炸裂。曰く、
「建築と都市が『都市建築』という概念をつくればいい」
「金沢と東京が離れているなら『金沢東京』という概念をつくればいい」
「感覚と論理が離れているなら『感覚論理』という概念をつくればいい」
と、リズミカルな展開。

だが肝心の「都市建築」なるものの具体的なイメージは最後まで語られないままであった。あくまで「概念の問題」らしい。

質疑応答はなかなか激しかった。林要次さんが資料について突っ込み、南さん、樫原さんが後輩指導的に内容に厳しく突っ込んだあと、田路先生が「前半はよく勉強しているが、後半の話は『小せぇなあ』という感じ」とバサーリ・・・いろいろ批判されても平然としている本人を見て、この人は60歳くらいになってもこんな感じかも知れない、とふと思う。

18日、K-PROJECT着工。9:00、現場に関係者が集まり四方祓い等。設計期間中はいろいろ問題が発生したり、予定が延びたりするので「一生この建物を設計しているのではないか」と錯覚に陥りそうになるが、ようやく着工までこぎ着けることができた。工事期間中の安全と無事を願いつつ、気を引き締める。

11:00、六本木に移動し、やまさきさんと合流。エイドリアン・フォーティ氏にインタビュー。先日の東大でのレクチャーにはあいにく参加できなかったが、やまさきさんより招集がかかり、同席させて頂くことに。

待ち時間の間、フォーティ氏の旅行に同行していたというやまさきさんに話を聞きつつ、質問を用意する。先日のレクチャーでは「不完全性」がキーワードだったようだ。

難波さんは日記で「当初のデザイン通りに実現されないことをimperfectionというようだが、もうひとつのimperfectionは単にデザインの失敗という意味にすぎないように思える。だとすると議論はあまりに陳腐である。」とバサーリ切り捨てていたのだが、話を聞いていて、どちらかというと、perfectionを求める社会に対し如何に抵抗するか、という文脈でimperfectionという概念を用いているのではないかと感じた。

インタビューはうまく行った。やまさきさん、お疲れさまでした。

15:00設計製図TA@東工大。トレースや調査など、ここまでが毎年長いが、ようやく住宅設計課題にまでたどり着いた。この日はエスキス初日。

寸法とは、形式とは、精神とは・・・1時間くらいで終えるはずが、ひとりひとりとじっくり話しているとあっという間に3時間くらい経っていた。今年はどんな才能と個性に出会えるだろうか。

19日、夕方大阪の先輩Kさんが事務所へ。進行中の内装の図面を見せてもらう。Kさんらしいコンセプトで実現が楽しみ。

その後急いで南洋堂へ。フリーペーパー「ROUND ABOUT JOURNAL」を置かせて頂くことになり、持参。より多くの人の目に留まると嬉しい。
fujimura

2007年06月27日

10+1東京特集など

10+1no.47「東京をどう記述するか?」が発売されました。久しぶりの東京論特集となった今回は、塚本先生との共著「東京のタイポ・モルフォロジー」を寄稿し、柄沢祐輔君、南後由和君との巻頭座談会「アルゴリズムで表層と深層を架橋せよ」に参加しました。

前者は建築類型(タイポロジー)と都市形態(モルフォロジー)の関係を論じたもので、最近の塚本研究室での議論の流れをまとめたような感じにもなっています。博士論文のストラクチャーとなる予定。

後者は3月のフリーペーパー→4月からの塚本研での全体ゼミ→7月のUMAT(堀場国際会議)の流れをまとめたような内容で、勢いに任せたようなところはありますが、3者の色が出されつつ、萌芽的な内容になっていると思います。次号の10+1ではさらに詳しく展開されることになりそうです。

「建築ノート」3号も発売間近。今回も「Table of Youth」を担当させて頂きました。7月は国際会議、Apple心斎橋でのイベント出演、8月はインタビュー記事掲載等、ここ数ヶ月仕込んできたもののアウトプットが続きます。

21日、11:00某プロジェクト定例@虎ノ門。流れを読み、空気を読み、全体が上手く進むように建築をまとめたい・・・ここ1,2週間が正念場。

22日、20:00全体ゼミ@東工大・・・やや遅刻と思ったらつかもと師が帰国していて土産話など。29日に中間報告会をするのだが、あまり準備が進んでいない。ペースを上げなければ。

23日、ロータリー財団のオリエンテーション+歓送迎会@坂戸グランドホテル。ロータリー年度の切替りなので年に1度の大イベントである。最後は2 人の奨学生がスピーチや出し物等。漫才とか三味線とか、なかなか器用。2人とも1年間で素晴らしく成長を遂げたと皆さんが誉めて下さっていた。留学先でもぜひ頑張ってきて欲しい。

今年度は学友会(OB会)会長という立場だったので10回以上埼玉まで足を運んだのだが、社会人として、経営者として、勉強になるとことの多い1年だった。

24日、18:00五十嵐太郎さんの新刊『新宗教と巨大建築』刊行記念打ち上げ@銀座。松田さん、寳神さん、南後君などいつものメンバーに混じり、「ワラッテイイトモ」のK.K.さんなど。K.K.さんはがっしりしてて目つきが鋭い感じが石上さんに似ている。

五十嵐さんの妹さんのジャンヌさんともこの日初対面。洞窟絵画の研究をされているという。お話ししていて、探求的な感じは共通しているが、太郎さんが「新宗教」や「結婚式教会」など「社会」との関わりを問題にするのに対し、「芸術の起源」といった「世界」との関わりを問題にするところに違いを感じた。

25日、15:00設計製図講評会@東工大。軸組模型と図面を持って発表。藤岡先生と塚本先生らに挟まって「藤村も何か言え」と言って頂きコメントなどする。エスキース時にはコンセプトや見せかけの形態よりも、寸法や形式など、設計の基本的なことを教えるようにし、講評会のときにはなるべく公平で論理的な議論を心がけている。学生達には、こうした議論を聞きながら、評価されているものと、されていないものの違いをなんとなくつかんで欲しいと思う。

講評会がやや長引き、急いで建築学会の編集委員会@建築会館。五十嵐太郎さんが『建築雑誌』の編集長に就任され、お声掛け頂いて私も委員を務めることになった。フリーペーパーを評価して頂いたらしい。120年の歴史と伝統のある雑誌がどう変わっていけるのか、楽しみだ。

2次会では杉浦久子先生と隣になり、初めてお話しした。メディアテークのコンペのこと、教え子のことなど。

26日、13:30島崎威郎さん来社。ロンドンでの活動のお話やお誘い等。1月にアトリエワンで今村創平さんのご紹介でお会いしたときは、塚本さんとスミッソンズ話で意気投合していらした。島崎さんや塚本さんがいう「コンテクスト」には「オーセンティシティ」とか「サスティナビリティ」が含まれているのだが、作品集を拝見していると「しっとりぬれたレンガ」みたいな、テクスチャーの感覚が含み込まれていると感じた。

同じ「コンテクスト」でも僕の興味は単なる「固有性」のようなもののかも知れない。逆にロンドンにはコンテクストに興味があるデジタル世代の若手建築家とかいないのだろうか。いたら話してみたいと思う。

18:00、某プロジェクト定例@虎ノ門。組織にはいろいろな人がいて、いろいろな誤解もあり、些細な問題が意味もなく重大性を帯びてしまう。ひとつひとつほどいていくしかない。コンセプトもディテールも大事だが、コミュニケーションも同じくらい大事。

23:00、事務所でスタッフと打ち合わせしていると工藤和美さんから電話。建築学会の文化事業委員会に参加して欲しいという。五十嵐さんの編集委員会に続き、委員会を掛け持つこととなってしまったが、せっかくお声掛け頂いたので引き受けさせて頂くことにした。

設計、仕事、研究、論文など、やることは溜まっているが、引き続きこなしていきたい。
fujimura

2007年06月28日

「白の家」を見る

28日、9:30篠原一男の「白の家」を見学。想像以上に大きく、広い。そして暗い。上半分の窓のない抽象的な空間は、あまり空気が動いていない。2階の部屋がとても明るい。1階の書斎は初めて見たが、意外とよい。外観はあまりよく見えないが、かなり大きい。庭はほとんどないが光がきれいに回る。

印象として、現代建築には見えない。古民家か、寺社建築のよう。かつて接続されたであろう伝統とモダニズムの架橋という問題が無効となってしまった現在、この住宅は、自らに引きつけて見るというよりも、彫刻のように外から眺めればよいのかも知れない。

一緒に見学した学生諸兄は一様に「感動した」と言っていた。この住宅が素晴らしいことはよくわかるのだが、発表当時、具体的にどのようなインパクトがあり、どのような議論を起こしたのか、今ひとつ想像できないので、正直なところイマイチ消化できていない。皆は何に「感動」しているのだろうか。「白の家」に入れたという経験に、だろうか。それとも「空間」に、だろうか。
fujimura

2007年06月29日

コンポジションとコンテクスト

28日、18:30新建築のイベントで藤本壮介氏への公開インタビュー@森美術館。新建築編集部の四方さんに「盛り上がらなかったときの助っ人として」召還され参加。観客としていけばいいのかと気楽に出かけたら、左隣が石上純也さんで、右隣が平田晃久さん、しばらくして西沢大良さんが登場し、若い建築家が関係者席にずらりと並んで藤本さんの話を聞くという不思議な集まりに。

インタビューは藤本さんが自作解説を交えながらコルビジェを語るというもので、四方さんの質問に沿って藤本さんが淡々とコルビジェを語っていく。藤本さんの卒論がコルビジェのパースの分析だったこと、「空間というよりも、秩序のようなものが気になる」という言葉などが印象に残った。

で、最後に(一応お仕事として)質問。「コルビジェは『コンポジション』と『コンテクスト』を結びつけて語るという建築家像を提示したが、藤本さんは『新しいコンポジション』は語るけれど、『新しいコンテクスト』は語らないのではないか。」と絡む。

答えは「コンポジションの根源性はコンテクストを超える」というもので、藤本さんらしい。コルビジェというよりカーン的だと感じる。

続いて平田さんは「N-HOUSEでは外形が不定形だったのに、モクバンではキューブになっているのはなぜか」とマニアックな質問。「外形が不定形なこと」が若い世代の建築家が共有されている問題だという(平田さんが気にしているだけなのではと思うが)。藤本さんは「キューブであることとばらばらであることを等価に考えたい」と軽くかわす。

終了後、石上さん、平田さん、藤本さん、新建築、森美術館の方々と近くで会食。建築談義に始まり、事務所経営談義、スタッフの扱い談義など。「スタッフに議論させて、ある結論が出てきたら、そうならないようにする」とか、「スタッフの議論をあえて無視してスケッチを描く」とか、事務所の運営に関しては4者4様でいろいろ工夫を重ねているということがわかって楽しかったが、全員なかなかのワンマンっぷりを発揮していることが明らかになった。

29日、18:00全体ゼミの中間発表会。4月からやってきた勉強会の成果報告として、やや気合いを入れて準備を重ねた。南後君や柄沢君、唯島君が外部から参加してくれたおかげである種の濃度が出て、『10+1』など、いろいろ企画が派生するなど、成果が徐々に出てきている。

発表したレジュメのリストは以下の通り。

1. 1990年代以前の「建築」と「場所」論
 アルド・ロッシ『都市の建築』
 ロバート・ベンチューリ『ラスベガス』
 レム・コールハース『錯乱のニューヨーク』
 デイヴィット・ハーヴェイ『ポストモダニティの条件』

2. アンリ・ルフェーブル『Rythm Analysis』

3. 1990年代以後の「建築」と「場所」論
 Multipulicity『Uncertain States of Europe』
 アトリエワン『フラックス・マネジメント』

建築家による都市論を社会学系の議論とクロスさせるというのがミソで、目玉として、ルフェーブルの『Rythm Analysis』の翻訳を行い、その流れでステファノ・ボエリとアトリエワンを読む、というもの。

ハーヴェイを介した建築論の読みはわりとうまく行って、塚本さんも誉めてくれたが、コールハースとルフェーブルの繋ぎはもう少し練習が必要か。

「コンポジションとコンテクスト」の話でいうと、この日はコンテクストの話オンリー。おそらく、コンポジションに夢中な同世代の建築家諸兄にはまったくアピールしないだろう。

現在の日本の建築シーンにおいて議論の場が崩壊し、「建築はモノだ!」みたいなノーテンキなマニフェストが幅を利かせている原因のひとつは、コンポジションとコンテクストの繋ぎがうまく行っていないからだと思われる。例えば、斜めの壁があったとして、コンポジションの説明をするならば単純に「斜めである」と説明すればよく、コンテクストの話ならばコストなり、上記なり、与件をそのまま説明すれば良いにもかかわらず、壁を斜めにしただけなのに「多様な空間」と書いてしまうような、議論のショートがあまりにも多い。

そういう状況にあって、今回試みたような、建築家が行ってきた議論を社会学系の議論を使って整理しつつコンテクストを制作する、という作業にはそれなりに意味があったのではないかと思う。協力してくれた関係諸兄に感謝したい。

終わってみて、今回は「1990年代」とお茶を濁してみたが、「1995年」を強調することで見えて来る、もっと過激な都市論の輪郭も見えてきたような気がする。機会を見つけて、引き続き展開できればと思う。
fujimura

2007年07月01日

全力ゼミなど

30日、13:30打ち合わせ@所沢。3月にショーケースとエントランスの改装をさせて頂いた写真館のスタジオ改装のプロジェクトで、諸々の判断から9月オープンを目指して進めることとなった。様々な力学が高速で働く某プロジェクトに比べ、関係者全員で顔を合わせて議論することのできるこのプロジェクトにはある種の解放感を感じる。集中して進めたい。

24:00、久しぶりに全力ゼミ@渋谷宮益坂。後輩Iの初担当作のブース、JPの担当作、FJのコンペ案、IとFJのアート作品の構想など互いの近況報告。Iのブースは思ったよりもよさそう。7月後半に実物を見れる予定なので、楽しみだ。

RAJの第2弾の構想など話す。いつのまにか全員社会人となり、担当作等も少しずつかたちになってきた。これからどんどん忙しくなっていくのだろうが、いい間合いでつきあっていければと思う。
fujimura

2007年07月08日

UMAT 発表 / Apple Store トーク / オープンデスク募集

3つほど、告知します。

その1
UMAT (UBIQUITOUS MEDIA ASIAN TRANSDORMATIONS)発表

日時:7月15(日)10:00-11:45
場所:東京大学工学部2号館 roomC
発表:藤村龍至 柄沢祐輔 南後由和
セッションタイトル:「1990年代以降の日本の都市・建築ー情報化する風景の批判的分析」
コメンテーター:五十嵐太郎 若林幹夫
詳細はこちら

7月13日から16日まで東大の情報学環で国際会議。僕たちは「1990年代以降の都市・建築」をテーマに発表します。フリーペーパー、塚本研での全体ゼミ、10+1の東京特集と続けてきた議論を五十嵐太郎さんと若林幹夫さんにぶつける予定(発表は英語、討議は日本語)。

なお、13日はレム・コールハースのレクチャーは中止になったそうです。残念。

発表タイトルはこんな感じです。興味のある人はぜひ。
藤村龍至「郊外型商業空間における物理的条件の構成とその可能性」
柄沢祐輔「1990年代以降の建築における情報空間に関する提案の分析」
南後由和「戦後日本の都市空間における建築家の位置ー表層と深層の分節化」
共同発表「情報化する社会における空間の実践にむけて」

恐れ入りますが聴講には登録が必要になります(一般10,000円、学生4,000円)。
登録はこちら

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その2
Apple Storeレクチャー+トーク

日時:7月27(金)19:00-21:00
場所:Apple Store心斎橋
タイトル:「建築のコンピューターライゼーションを考える」
詳細はこちら

dot architectsの家成俊勝さんと一緒にレクチャー+トークします。家成さんと話して、Appleで話をするのでこういうタイトルにしてみました。関西方面の方、ぜひお集まり下さい。

*

その3
藤村事務所オープンデスク募集

日時:7月30日より2ヶ月間のうち2週間
場所:藤村事務所
詳細はこちら

恒例のオープンデスク募集です。既に何人かから問い合わせを頂いていましたが昨夏、春同様、2週間毎に区切って募集します。学生の皆さん、同級生が遊んでいる夏の間にちょっと時間を割いておくと、秋以降に圧倒的な差がつきますよ。参加した者勝ちです。

*

以下近況です。

2日、15:00設計製図エスキスチェック@東工大。3日、20:00山崎さん来社。RAJ打ち合わせ。「あの形式は2度やっていはいけない」といわれ、はっとする。確かにそうだな。

4日、10:40授業、午後ゼミ、夕方TIT総会、夜研究室OGでフォスター事務所に勤めるTamsinが来ているので歓迎会。フォスター事務所はスタッフが900人いるとか。すごすぎる。

5日、16:00k-project打ち合わせ、その後19:00過ぎ朝霞でお施主様候補顔合わせ。21:00過ぎ渋谷に戻って新建築社の若手スタッフ諸氏と会食ということ(JA風)。同世代ということもあり、共に頑張っていきたいということ。

6日、14:00k-project定例。終盤はスタッフに任せ17:00渋谷の労働基準監督署に駆け込んで社員の労働保険の更新手続き。昨年度の確定保険料と今年度の概算保険料の申告等。アスベスト対策の供出金なる項目が新設されており、しぶしぶ払わされる。20:00南後君、柄沢君とUMAT打ち合わせ。

7日、10:00現場打ち合わせ@朝霞、13:00お施主様打ち合わせ@所沢。大まかなところは参加し、途中からスタッフに任せて退席し夕方帰社。若干の事務処理を済ませる。夜は同世代同業者が集まってホームパーティ@I邸。オトナな感じで他愛のない話。30歳ということ。

8日、休みだったが朝電話があり13:00過ぎ打ち合わせ@渋谷+敷地調査@某所。いきなり新プロジェクト始まる。夜は事務所の近所で集まり。

9日、11:00顔合わせ+自己紹介的にプレゼ@某所。事務所に戻り、いくつか打ち合わせをし、15:00東工大、21:00柄沢君と南後君来社、UMAT打ち合わせ、22:30お施主様来社で打ち合わせ。

10日、11:00柄沢君、南後君と早稲田大学に集合し、若林幹夫先生を訪ねご挨拶。UMATのセッションの打ち合わせと自己紹介。

若林さんとお話ししながら、2002年に東大で行われたTrading Placesという国際ワークショップに参加していた時、最終講評会で大野秀俊さんと若林さんのディスカッションを聴講した時のことを思い出す。若林先生は気さくな方で、「面白いセッションにしましょう!」と言って下さった。頑張りたい。

fujimura

2007年07月17日

「批判的工学主義」を提唱する

13日、10:00打ち合わせ@田町、事務所に戻り、13:00dot architectsの家成さんと大東さんと待ち合わせ@原宿。27日のApple Storeでの発表内容を少し話し合う。その後、東大本郷キャンパスへ。工学部1号館の建築学科図書館で南後君、柄沢君と待ち合わせ。

この日からUMAT (UBIQUITOUS MEDIA ASIAN TRANSDORMATIONS)が始まる。17:00少し前、安田講堂へ。手続きをしてフリードリヒ・キットラーと蓮實重彦の基調講演へ。キットラーのレクチャーは難解でよく分からなかったが、対して蓮實さんのレクチャーはとても分かりやすい。逆に「あらゆる映画はサイレント映画の1形式に過ぎない」という主張は分かりやすすぎて、そのパフォーマンスが意味するところが分からないと感じたが、柄沢君が「磯崎さんが『住宅は建築ではない』と主張するようなものではないか」と言っていてなんとなく腑に落ちる。

終了後、パーティにて田中純先生、吉見俊哉先生、情報学環の院生の人たちなど、いろいろな人をご紹介頂く。

14日、9:00事務所に全力ゼミのメンバー、刈谷さん集合。9月末配布開始を目標に準備を開始したばかりのフリーペーパー『ROUND ABOUT JOURNAL』のキックオフ・ミーティング。13:00ゼミ@東工大。修論がいよいよ大詰め。19:00UMAT打ち合わせ@事務所。こちらも発表前日。

15日朝、徹夜明けのまま東大へ。朝から台風による大雨。慌ただしく準備し、セッション「1990年代以降の日本の都市・建築ー情報化する風景の批判的分析」開始。聴衆は全部で30名ほどか。塚本研からも数名来ている。最初は日本人のみしかいなかったので、日本語で始めたものの、途中で外国の方が入って来て英語に切り替わる。

最初は僕自身による「郊外型商業空間における物理的条件の構成とその 可能性」。スーパーマーケット等の二層構造の話。次に柄沢君による「1990年代以降の建築における情報空間に関する提案の分析」は、「虚の不透明性」という概念について。そして南後君による「戦後日本の都市空間における建築家の位置」は、近代以降、1960年代までの建築と土木の分節について。

そして最後の共同発表「情報化する社会における空間の実践 にむけて」。ミッドタウンから始まり、インフラが自動作動する社会=「工学主義」の社会的条件を明らかにする「リサーチ」とその批判的応用を行う「設計」として再定義し、「批判的工学主義」の実践を提唱して締める。

発表は何とか予定通り済ますことが出来たが、やや押してしまい、討議の時間が30分ほどになってしまったが、コメンテーターをお願いした若林さん、五十嵐さんからひとつひとつコメントを頂く(五十嵐さんの日記におけるコメントはこちら)。

若林さんからは「『批判的工学主義』はメタファーなのか、実践なのか」「誰に向けての提言なのか」というように、議論のスタンスを中心に、五十嵐さんからは「丹下・メタボリズムと『批判的工学主義』を繋げるという理解でいいのか」「ケネス・フランプトンも『批判的地域主義』を提唱する際に具体例を出し、理論に説得力を持たせたが、発表で提示した例はどう捉えればいいのか。」など、議論の繋がりを中心にご質問を頂いた。

会場では田中純さんもずっと聴いて下さっていたので最後に伺うと「アーキテクチャー型権力は政治の問題。政治を問題にするべき。」と短い激励のコメント。

途中から日本語オンリーの議論になってしまい、外国人は徐々に退席していったが、最後まで聴いていてくれていた外国人がいて、話したらRob Shieldsさんだった。「バーチャルなものにもフォーカスしなさい。」「窓を開けたとする。そこにコミュニケーションが生まれる。それはヴァーチャルなもの。フィジカルなもの以外にも建築の役割がある。」と熱く語られた。

関係者で食事に行き、南後君、柄沢君と午後のセッションの発表をいろいろ見て回る。他の人の発表は分野が違うこともあり、ディテールもコンテクストもきちんと理解できたわけではないが、メディア論や都市論の現在の空気感のようなものはなんとなくつかむことが出来た。

10+1のno.47号の同じ特集で寄稿しているドミニク・チェン君と会ったり、2002年にTrading Placesというワークショップで一緒だったマティアス・エチャノヴェ君に再会したり、その他たくさんの同世代の研究者と話が出来たのは刺激になった。またこのような機会があればぜひ参加したい。

終了後、本郷の居酒屋にて打ち上げ。徹夜明け+いろいろな発表を見て頭の芯が疲れている。おもわずウトウトしてしまうが、柄沢君は半分寝ている僕に向かって「藤村君は工学主義とレジティマシーの関係はどう思う?」とか、容赦なく質問を浴びせて来る。答えているうちに目が覚め、話しているうちにまた眠くなる・・・。

22:30頃、「批判的工学主義」の議論の継続的実践を約束して解散。今後、『10+1』やフリーペーパーなど、いくつかの媒体で議論を展開していく予定があるので楽しみだ。いつになく爽快な気分で帰途につく。
fujimura

2007年07月20日

懐かしい友人

19日、10:00虎ノ門にて打ち合わせ。だいたいまとまってきた。

昼食後、東京建築士会の住宅建築賞入賞作品展@ギャルリータイセイへ。長谷川豪の「森のなかの住宅」はシナベニアの長いテーブルの上に、白いバラバラのボリューム、木、家具が並ぶ。安宅研太郎さんの「タカハギハウス」は、部分的な写真をフレームに入れて大量に並べる。柱の横にまで回り込むという意味で会場を上手く扱う。古見演良さんの「トール」は外観模型と内観写真、外観写真と内観模型を組み合わせて展示。武井誠+鍋島千恵さんの「輪の家」は勝負模型1 点と勝負写真6点で分かりやすくアピール。保坂猛さんの「アクリルの家」は図面(平立断面図+構造図+詳細図)、スライド、模型でオーソドックスな展示。

「知り得なかったことを知り得た」という意味では構造図やビデオ等を使って詳細な説明をしている保坂さんの展示が印象に残る。展示の方法がコンセプチュアルという意味では長谷川と安宅さんの展示は特徴的だが、どちらも部分性のみを強調しすぎて建築の全体とか、コンテクストを分かりにくくしている。「全体」「建築」「概念」を過小に、「部分」「アート」「物質」を過剰に評価する姿勢は、一見この世代の特徴のようにもみえるが、やや自己言及的か。部分の集積による多様性そのものを成立させるレベルに関心を開くべきなのではないか。

キュレーターの林さんにご挨拶し、事務所へ戻る帰り道、スタッフから電話。「事務所に『ハワイのジャックさん』という方が見えてます」という。

驚いて事務所に戻ると、懐かしい顔。学部の頃、ハワイ大学にワークショップで何度か行ったことがあったのだが、そのときに知り合った香港系アメリカ人である。同い年でなんとなく気が合い、アメリカに行くたびにハワイに寄って会ったり、彼が日本に来たときに会ったりしていたが、2004年を最後に連絡が途絶えていた。

ハワイ大を卒業後、地元の設計事務所に就職し、もう6年目らしい。米軍基地の仕事等もあるらしく、たまに来日しているが出張先が横須賀、御殿場、沖縄など、基地のある先に限られるという。仕事を覚えて自信が出て来たのか、表情が落ち着いている。

一旦別れ、夕方再会し、飲む。いろいろ近況など。ふだんはクールだが、何かについて話し始めると異様に熱心に説明してくれるところなど、だんだん思い出してくる。アメリカ本土に比べて、ハワイの景気はいいらしい。ハワイ大の連中は卒業後本土に就職するパターンが多いのだが、近年は戻って来る者も多いという。

数時間いろいろ雑談し、再会を約束して別れる。旅行したり、留学したりして世界中に無数の友人が出来たけれど、時を超えて繋がりを保つことはなかなか難しい。「生きていればまた会えるよ」と誰かが言っていたことを思い出す。

fujimura

2007年07月29日

「流行」と「現代性」を分けるもの

20日、17:00千葉研と塚本研の合同ゼミ@東工大。「窓」をテーマにしてそれぞれリサーチし、この日は中間発表。リサーチには特に参加していないが、発表を聞きにいく。

手法を限定し、地味めにまとめた塚本研の発表に対し、千葉研の発表は最近の話題作を取り上げ、ある意味派手。「現代の窓は〜」と現代性を決定論的に語る手法は、藤森照信ならサマになるとしても、そのまま真似ると単なる流行と現代性の混同となる。

21日、もろもろプレゼ+打ち合わせを経て、深夜1:00より久しぶりに後輩K(23歳)と走る。走り始め、「久しぶりなので体に堪える」と弱音を吐くと「さすが30歳」と馬鹿にされる。途中から雨に打たれつつ、往復8km。

23日、18:00編集委員会@建築学会。今月で2回目。

25日、10:00スーパージューリー@国士舘大学。全学年、全講師が一同に会し、各学年の課題を順番に講評していくイベントの形式を「スーパージュリー」と呼ぶらしい。今回は南泰裕さんにお声掛け頂き、木島千嘉さん、永山祐子さん、平田章久さんとともにゲストとして参加。ジョージ国広さんとは初対面。イベント的な雰囲気が独特の高揚感を生んでいてとても楽しい。

残念ながら途中で失礼し、13:30修士論文の発表会@東工大。16:30冬夏会(東工大建築学科のOB会)主催による坂本一成先生の講演会と続き、17:30からの暑気払いをパスして18:30建築学会の建築文化事業委員会へ。工藤和美さんが委員長でこの日が初日。「本委員会(飲み会)」は失礼し、自由が丘に移動し塚本研の修論打ち上げ+壮行会。2次会へ続き3:00終了。

26日、15:00蓄熱フェア@東京ビッグサイト。新建築の中村さんとたまたま会場にいらした曽我部昌史さんを連れて「後輩I」こと日建設計の伊庭野大輔が担当したブースへ。合板に無数の様々な長さの丸棒を差し込んで、全体として3次曲面を形成し、サーモグラフィのドットに見立てつつ、展示品のパネルやパソコンモニターを支える。身近で見るとドットの解像度がやや大きすぎるのと、ぱっと見たときにどの企業の展示なのか分からないところに多少の疑問を感じたが、伊庭野らしくクールな手つきでうまくまとめていた。

プラスティックな素材による仮設ブースばかりが並ぶ会場において、合板によるローファイな素材感が異彩を放っていたが、ミッドタウンにおける建築家の試み(例:隈研吾の「ペレフィネ」、内藤廣の「とらや」等)と同じ構図だということに気がつき、中村さんに力説するも、全く興味持たれず伊庭野に馬鹿にされる。

fujimura

2007年08月01日

建築のコンピュータライゼーションを考える

27日、羽田よりSKY便で神戸へ。神戸空港を初めて利用。片道10,500円は新幹線より安い。あっと言う間に神戸上空へ。眼下に淡路島が見えると思ったら、明石海峡大橋あたりを東へ向けてターンして、須磨浦公園、和田岬をかすめて西から滑り降りるように着陸。

小さな空港で降りるとすぐポートライナーの駅があり、そのまま三宮へ。神戸新聞会館が「ミントビル」というビルに建て変わっていた。ミント色のタイルが評判いいらしい。そういえば阪急会館もきれいな緑色だったが、今は見る影も無い。丸いアーチから出て来る阪急電車のカッコよかったこと・・・。

阪急六甲の伯母宅へ立ち寄る。震災後、だいぶ建て変わったものの、この街の明るさはいつ来てもとてもいいと思う。僕にとって神戸という街は都市性の象徴。埼玉のような郊外にはない心地よさがあって、それは何かとずっと思っている。

伯母宅を後にして、阪急電車で大阪へ。震災後、特急が岡本に停車するようになったことには驚いたが、最近は夙川にまで停まるのですか。ビクーリ。

神崎川駅で下車し、dot architectsの家成さんと待ち合わせ。川を渡り、dotのオフィスへ。広くて明るくて、オシャレなオフィス。スライドの打ち合わせをして、心斎橋へ。歩きながらレクチャーとトークの方向性を話し合う。話しながら、「超並列性」「超線形性」をキーワードにすることにした。あっという間に開始時刻となり、「建築のコンピュータライゼーションを考える」を開始。

最初はdotが「超並列性」を、僕が「超線形性」を軸に自作を紹介。設計プロセスにおけるコンピューター的思考の可能性をプレゼンテーション。質疑応答はとてもたくさんの質問を頂いた。議論の軸を明快にするために「並列/線形」「スケッチ/模型」といった対比をつくったのは、うまく行ったのではないか。個人的にはdotの設計プロセスについて知れたのは面白かった。

最後につかもと研の先輩カガワ氏に質問を求めたところ、「こういう設計プロセスを経て、いいことは何ですか」とちゃぶ台をひっくり返されてしまい、若干しどろもどろのまま終了。

終了後の飲み会は同世代の建築家やデザイナーがたくさん集まり、とても楽しかった。俊さんの一言に皆が一斉に突っ込む。関西的なノリについていけず、やや唖然としつつも、ものすごく仲が良くて互いに刺激し合っている様子が手に取るようにわかった。今回はこちらが一方的に作品を紹介しただけだったが、皆で集まって作品を発表し合うプチ学会のような催しをやったら盛り上がるのでは。これからも絡んでいければと思う。
fujimura

2007年08月10日

国境と建築/AMOレニエ・デ・グラーフ氏レクチャー

7月28日、三宮で高校時代の友人Nと待ち合わせ。昼飯を食いつつ近況を話す。15:00家成さんと待ち合わせ@梅田。昨晩のレクチャーのことを話し合う。いろいろ寄り道したりしつつ、アーキフォーラムへ。

今回が今年のシリーズ「国境と建築」第1回目で、この日は岡部明子さん。やまさきさんが趣旨説明等。

デンマークとスウェーデンの国境=エレズンド、ヘルシンキとタリン=タルシンキ、ルクセンブルグとルール、ウイーンとブラチスラバ等、ヨーロッパの国境付近で連携する都市群の動きを紹介。「国境が揺らぐ欧州空間をいかにデザインするか」「変質する国境に都市や建築は空間的にいかに呼応するか」というヨーロッパにおける建築の課題を紹介。

岡部さんはレクチャーの最中に「ヨーロッパ空間」という単語をよく使っていた。日本にいながら「アジア空間」を意識することはあまりないが、ヨーロッパに滞在するとよくわかる。ベルラーヘにいた頃は、コールハースがWIREDの乗っ取り編集をやって「空間」をテーマにビジュアルな世界地図を大量に発表した頃で、みんなが政治と空間の関係に向かって議論しているようにすら感じられたものだ。

「国境と建築」にふさわしい、ナイス人選でした。>やまさきさん

31日、レニエ・デ・グラーフのレクチャー@森タワー49階。最初は「8年の歳月がかかった」というベルリン大使館(2004)の写真を見せつつ、「それほどの歳月とコストを掛けてまで実現したいという建築の経済性とは何か」と問いかける。そして、「建築家の仕事がどれだけ『考える』ということに傾注したかご覧頂きたい」と畳み掛けレクチャー開始。

まずAMOの紹介。IKEA、AUDI、VWなど、有名企業からのオファーに対し、「建築を『巨大な広告』という以上に根付かせるためには?」と思考したことがAMO設立のきっかけとなったこと。オランダ政府からスキポール空港についてのリサーチを依頼され、徐々に全体的な戦略にシフトし、EUのブランディングへと拡大していったこと。その後2001年の同時多発テロをきっかけとして、仕事の大半がEU・アメリカだったのが、EU・アジアにシフトし、グローバリゼーションの牽引役が英米でなくなったことなど。

現在ではOMAのプロジェクトの大半が民主主義的ではない国に集中し、売り上げの35%を占めるのがUAEでのプロジェクトなのだという。その後はドバイでのOMAのプロジェクトの紹介等。

レクチャー後、後半はつかもと師とのセッション。「建築のオーセンティシティについてどう思いますか」と、思想を共有しようと手を差し伸べるつかもと師と、全然取り合わず実務的な答えばかり述べるレニエ氏。

コールハースは、建築のオーセンティシティ(正統性)にこだわっていて、最近のヨーロッパの若い世代(MVRDVとかPLOTとかのことか?)の提案に対し、「オーセンティシティが足りない」と批判しているのだという。コールハースはおそらく、グローバル資本主義に乗ってアイコン的に建築が消費されていくなかで、建築の正統性こそが建築家の構えをつくると考えているのだろう。その文化的基盤があるがゆえにOMAのアイロニーは成立する。

つかもと師はおそらく、レニエ氏とその問題を共有したかったのだろうが、良くいえば実務的、悪くいえば場当たり的で哲学のない人のようだった。

質問タイムとなり、「OMAのなかでのAMOの机の配置を教えて下さい」と聞く人がいて、マニアックな人だなと思ったら松田達さんだった。レニエは「えーと。長方形ですねえ・・・(笑)」とややシニカルな応対。

感想としては、グローバリゼーションに批判的に介入しようとするAMOの活動は興味深いが、それをアイロニーでしか表現できていない最近のOMAの活動はあまり刺激的なものではない。ドバイの話も中国の話も、「建築的思考」というよりも状況報告的であり、その意味で特に刺激的なものではなかったように思う。

対象が刺激的だけに、レクチャーから得るものに少々物足りなさが残る。
fujimura

2007年08月22日

ツール・ド・三浦半島(前編)

お盆休みの13日、深夜ランニングに飽き始めた後輩K(23)が自転車を購入したことをきっかけにサイクリング部が結成されたため、久しぶりにツーリングに行くことに。行き先は三浦半島がいいのではということで、横須賀に決まる。

前日、ひさしぶりに自転車を取り出したところあまりの調子の悪さに愕然。タイヤはパンク、チェーンは錆び付いており、滑りが悪い上にシフトチェンジするとすぐに外れる始末。全く自転車として機能していない。仕方がないのでパーツ等を諸々買い揃え、調整を試みる。久しぶりに没頭するメンテナンス作業は楽しい。

・・・とはいうものの、久しぶりに慣れないチェーン交換などした結果、うっかり手順を間違えて失敗。予備のピンはなく、夜中にチェーンのピンを売っている店などなく、万事休す。参加をあきらめかけたが、多少の手先の器用さを頼りになんとかリカバリーし、交換成功。なんとか準備を整えたがいろいろ手間取り、結局睡眠時間2時間+朝食抜き+若干の遅刻で大岡山駅に集合。既にタイヤの空気が抜けており、横須賀どころか、川崎までも行ける気がしない・・・。

メンバーは後輩Kのほか、H部、K笹の4人。K笹は杉並から東工大までチャリ通学していたとかで装備が本格的。KとH部はビギナーらしい。僕は一応チャリ部だったが・・・自転車はガタガタだし、体力的に既にきつい。環7から第2京浜に入ったところで早くも置いていかれ、年齢差が空間化される。

後輩K笹が順番を替わってくれ、先頭となって進むもやがてバテバテとなり、超スローで鶴見川を渡る。すぐ横の歩道を老人がママチャリで追い抜いていく・・・。我ながら情けないが、足に力が入らず1パーミルでも勾配があると全然スピードが出ない。後輩達は優しくついてきてくれる・・・。

なんとか横浜へたどり着き、関内のローソンで休憩。やや回復。空腹を満たしたので少し調子が出たが、やがて登り坂となってバテる。

金沢八景で昼になり、昼食@某ファミレス。カロリー重視でガッツリと。クーラーとかソファーとか氷水とかが異様に心地よい。「ファミレスには公共性がある」と主張するH部。

注文待ちの間に自転車のメンテなど。ドロドロの格好のまま集団で行動するこの感覚かなり懐かしい。

昼食+メンテで体調+自転車ともようやく調子が出てきた。灼熱の16号を横須賀目指して南下。危うい路肩を走りながら、自転車専用道を造って欲しいと切に願う。路線バスなど、構わず寄せて来るので実に危なっかしい。「『曖昧な空間』など不要、現代都市は機能主義的であるべき」とひとり心の中で若手建築家批判など展開しているとやがてトンネルが現れる。

トンネルは非日常の象徴・・・。短めのトンネルをリズミカルに抜けていく。

4つか5つ目のトンネルをくぐると、急に視界が開けた。左側に海、前方によこすか芸術劇場(丹下健三)が見える。横須賀に来るのは高校生の時以来かも知れない。懐かしい。坂を駆け下りる。・・・ゴールはもうすぐだ。(続く)
fujimura

2007年08月23日

ツール・ド・三浦半島(後編)

自転車を三笠公園に止め、東京湾唯一の自然島である猿島へ。フェリーで海を渡る。非日常的である。

猿島のビーチはかなりの混雑。それでも施設がいろいろ整備されており、便利である。太陽が照りつけ、猛暑。海の家でレジャーシートとパラソルを借り、海へ飛び込む。泳ぐというよりは体をほぐす、的に。遊泳禁止のブイまで往復し、昼寝。後輩諸君は浮き輪を借りて遊んでいる。

16:00になり、帰りの船は長蛇の列。横須賀側に戻り、とりあえず海軍カレーを魚藍亭にて食す。後輩K笹の頼んだイカスミカレーが異様な辛さ。

食事を終え、帰路につく。体が軽くなってきて、16号を快調に飛ばす。トンネルをいくつかくぐり、金沢文庫。磯子の高層マンション群を抜け、運河沿いを登っていく。このあたり空間の広がり方が、なんとなくオランダの風景に似ている。

あっという間に横浜市内。信号が多く走りにくい。

桜木町駅前のコンビニで小休止。クーラーが異様に寒く感じる。ほどなくして動きだし、そのまま国道15号(第一京浜)を飛ばして鶴見。蒲田から環8に折れる。

最後の環8が長かった。チャリ部の合宿で東工大から羽田へ向かうときにこの道を通ったときのことなどを思い出す。あれからかれこれ10年近い。風景はあまり変わらない。自分は変わっただろうか・・・などと考えていると田園調布で曲がるタイミングを間違えそうになる。

ようやく自由が丘にたどり着く。心地よい疲労感を感じつつ飲んだ打ち上げのビールが旨すぎる。後輩Kは「あと30kmは走れますね」などと相変わらず余裕をかましている。

4人で長かった行程を振り返りつつ、今後の継続的な活動の構想を語る。もう少し調子を上げて、峠越えなどしたいものだ。(完)
fujimura

2007年08月31日

議論してものをつくる世代

8月後半は原稿、決算、学会、論文等重なり異様なプレッシャー。せっかく確保した事務所の夏休みも、自転車旅行から帰ってきた翌日から仕事・仕事・仕事。

14日、せっかくの夏休みなので、図書館に行く。丸1日体を動かした反動で、異様に作業がはかどる。

19日、事務所再開。朝8時に出社。始業前に2時間ほど集中できるのはよい。特に原稿は集中する必要があるので朝しか出来ない。

この日からオープンデスクのメンバー入れ替え。2週間完全交替制も定着してきた。新メンバーで自己紹介など。

午後のお茶の時間(15:00)に学生達と話す。ある学生から「新建築出てましたね」と言われたので感想を求めたところ、「痩せたなと思った」などと顔写真の話しか出て来ない。よくよく聞いてみても、書いてあることは「よくわからない」という。

昨今の学生諸兄に議論を呼びかけてもあまり反応がないことには慣れているつもりだが、それはなぜだろうと思って聞いたところ「単語がわからない」という。新建築8月号の藤本壮介さんへのインタビューの最後で「コンポジションとコンテクスト」をめぐって質問を投げかけているのだが、その学生は「コンポジション」も「コンテクスト」も意味がわからないのだという。

私:「コンテクスト」の単語の意味くらい知っているだろ?
学生:え・・・「文章(´Д`)?」
私:それは「テクストΣ(´д`;)」

どうりで東工大で学生にレクチャーの感想を聞いても「藤本さんって堂々としてるんですね!」とか、「石上さんってよくしゃべるんですね!」とか、表面的な感想しか言わないわけだ。最初は遠慮しているのかと思ったが、どうも本当にそのような感想を抱いているようだ。

Table of Youthにしても、フリーペーパーにしても、読者の9割くらいは顔写真と経歴しかみていないのではないか。とすれば、なんとなく薄い彼らのリアクションにも納得がいく。

考えてみれば、今の建築界に「議論してものをつくる」というロールモデルがなさ過ぎて、イメージがわかないのかも知れない。そもそも議論とは「互いの前提を明らかにすること」だが、あちこちでみかける野武士世代の某巨匠らの対談のように信念を吐露し合う(過剰にぬるい)か、「朝まで生テレビ」のように唾を飛ばして論争する(過剰に熱い)イメージしかなく、ものを作ることと考えることがすんなりと結びつかない人が多いのかも知れない。

少し絶望的になりつつも、この日から彼らとは、建築についての議論を求めることを止め、「なぜ議論するのか」「どうやって議論するのか」という、「議論することの意味を議論」することにした。彼らなりに僕の言っている意味を理解してくれているとは思うが、道のりは険しい。

そんな日の夜、東工大3年生の鎌谷、山道、小林が来社。昨年設計の授業でアシスタントをしたときに出会った連中で、設計でも目立ちつつ、建築以外の知識も豊富で、議論もでき、なかなかバイタリティがある若者たちである。

1986年生まれの彼らは、我々の「76世代」に対抗?して「86世代」を名乗り、この夏から興味を持った人に手当たり次第インタビューをとってサイトで公開するという、前のめりな活動を始めた(space journal)。

やや肩肘張っているとはいえ、問題意識が明確で、文章もなかなかうまい。何よりも建築が好き、というまっすぐな感じがとてもいい。

彼らには是非、「議論してものをつくる」というあたりまえのロールモデルを、同世代の連中に向けて示して欲しい。そうすれば、トートロジーに満ちた日本人建築家たちの議論も、少しは変わるのではないか。

元気な後輩達に刺激され、自分のやるべきことも見えてきた。今後の展開に期待したい。
fujimura

2007年09月03日

建築学会大会/九州ランドスケープ・ワークショプ

29日。建築学会の大会に出席するため羽田へ。出発直前、遅れに遅れて10+1原稿提出。なんとか着いたときにはつかもと師はじめ、研究室の人は勢揃い。

午後、福岡大学に到着。後輩Kと学食に籠りスライドをまとめつつ発表準備。「表層と深層」を軸に、建築類型と都市形態の関係を高らかにマニフェスト。いい台本ができたのでは、と軽く盛り上がり会場へ。

ところが、会場に着くとラップトップにアダプターがないことが発覚。冷静なふりをしてアダプターを持っている人を探すK。たまたま同じセッションでMacユーザーがいたので、なんとかデータを移し、発表にこぎ着ける。

練習不足に加え、直前のちょっとしたアクシデントにより若干の動揺。何度か噛んだ上、全体に棒読みなところを指摘される。

ふたつほど質問も頂くが、Kの答えが「なっていない」とつかもと師。さらには「お前のフォローもなっていない」ととばっちりを食らう。つかもと師のそう言いたい気持ちもわかるが・・・。

31日午後、ひと通り関係者の発表を聞き終え、一行と分かれて「九州ランドスケープ・ワークショプ」の会場へ。どひ研の大先輩で今は福岡大学で教えている柴田さんと再会。

「九州ランドスケープ・ワークショプ」は福岡大学のほか、九州大学、同芸術工科大学、熊本大学、九州工業大学など、いくつかの大学の建築と土木を学んでいる学生の主催で、互いの作品を紹介し合い、講評し合うという趣旨でこの日が記念すべき第1回。僕と柴田さんはゲストクリティークとして呼んで頂いた。

発表はどれも興味深かった。まちづくりワークショップ、研究室で進めたプロジェクト、ランドスケープや建築の実施設計等々。最後のディスカッションでは表層と深層、しまいには南後君の「有名性」を持ち出して議論。大いに盛り上がる。

修了後、学内の食堂で軽く懇親会。その後大名に移動し、2次会。公共空間の計画に学生が参加する意味について議論。所有者、行政、使用者のどれでもない、という立場から、逆に各セクターの利害を超えて、ファシリテーションできることに意味があるのではないかというある学生の意見に納得。

柴田研をはじめとする土木系の学生は住民や行政など、外部の人々との接触の機会が多いからか、とても場慣れしていると感じる。誰に振っても堂々とした意見が返ってくるし、乾杯の音頭も上手いし、シンポジウムにしろ飲み会にしろ、準備や進行などの手際が良い。

今回は異分野のいろんな事例を知って勉強になったし、柴田さんと久しぶりに議論できたし、何よりもたくさんの意欲的な学生達に会えて、とても楽しかった。ぜひまたこのような場に参加させてもらえれば、と思う。
fujimura

2007年09月08日

新スケープ 都市の異風景 / 建築ノート3号

先日、中央アーキ編著による『新スケープ 都市の異風景』が出た。同世代のグループがこのような本を作り上げたことに対して、その行動力に感心する。

後半にインタビュー「お気に入りの風景」が掲載されている。建築家は藤村龍至、小嶋一浩、西沢大良、宮本佳明、藤本壮介、石上純也といった顔ぶれ。

ある日突然電話があり、その2日後にインタビューと撮影があった。

インタビューはルポ風、語り風、コラム風といろいろあるのだが、僕のはサカカヨとの対談風にまとめさせてもらった。同世代感を出しつつ、中央アーキを軽く批評し、さらに彼らの師匠である小嶋さんに接続し、アトリエワンなどの東京論などを外観して、「表層と深層」の構図を作ってみた。

自分の考えもあるのだが、彼らの考えを聞けたのは楽しかった。今回はイントロ的だったけど、彼らの本作りの衝動というのが、どの辺りから出てくるものなのか、そのうちその深いところを聞き出せればと思う。

論理というより雰囲気があり、展開というよりリズムがある全体のテイストは、とても今風で、彼らの鋭い感受性が出ている。ビジュアルとテキストが半々な感じもとてもいい。ぜひお手に取ってご覧頂きたい。

7日、16:00k-project現場。いろいろミニバトルがあるが(というか攻められっぱなしだが)、冷静にまとめていく。知識や経験も大事だが、結局のところ大事なのはコミュニケーション能力。

20:30すぎ、渋谷に戻ってTable of Youthの打ち上げに合流。槻橋さんとメンバー7名。完成した3号の誌面をサカナにいろいろ話す。個人的には、1号は「メイキング」に焦点が当たっていたが、2号は「建築」に寄り、3号は「人物」に寄ったなと思う。4号の展開が楽しみ。

巻末のToYは、ある種のかたちができつつある。「出たい」という学生も多いらしい。僕としては、こういう場があることで意欲と野心のある学生達と交流できるのは楽しくていいのだが、メンバーのなかには、少し目的をはき違えていると感じられる人もいたりして、なかなか難しいと感じる今日この頃である。

コルビジュエ展で流されていたシャルロット・ペリアンのインタビューで、「彼は、建築がダメなら絵を描き・・・絵がダメなら文章を書いて・・・ありとあらゆる手段で考えを伝えようとしたけど・・・結局拒否され続けた」という一節がとても印象的だった。

文章など書かなくても建築は建つだろう。でもそれでは足りないから建築家は文章を書くのである。

逆に、そういう切迫感のない文章は読んでいてつまらない。先日も「こんな説明ならば、書かなければいいのに」とある学生のポートフォリオに綴られた、無意味に長い説明文を読みながら思った。彼はただ、何を書いたら自分の考えが伝わるのか、方法を知らないだけなのだが。

絵本のようにふわふわとした世界観が悪いとは言わないが、それでは全く歯が立たないと気がついたのは、やはり留学してからだろうか。

伝えるために書く。伝えることをはっきりさせるために話し合う。4号でも、そういう場を作りたい。日頃から言いたいことが詰まってあふれてるような人には、ぜひ登場してもらいたいと思う。
fujimura

2007年09月12日

SDレビュー2007/小嶋+赤松展など

12日、11:00打ち合わせ@虎ノ門。申請前で検討事項が多く、16:30くらいまでかかる。

その後帰社し、またほどなくしてSDレビューのオープニングへ。去年くらいまでは上の世代と下の世代が半々くらいだったのだが、今年はほぼ完全に同世代以下の建築家ばかり。しかも、処女作の基本設計中、みたいな案が多かった。

たくさんの入賞者の方々に、話しかけて頂いた。世代が近いので、気軽に話しかけてくれたのだろう。

しかし、なぜか「酷評して下さい」というひとが多かった。「酷評」なんて、今までしたことがないのだが(´д`;)。

鉄板のたわみで屋根にやわらかい曲線を出そうとしている大西+百田の「千が滝の別荘」は、いい意味で建築らしくなく、SDレビューらしい処女作性を感じた。実現に向けて頑張って欲しい。

翌13日は小嶋一浩+赤松佳珠子展のオープニング。今回も会場にあふれんばかりの人。スピーチがほとんど聞き取れない。わずかに西沢大良氏が「CAtのデザインは過剰である」と言っているのが聞こえた・・・。

いろいろな人にご挨拶をし、さりげなくインタビューの依頼等も済ませる。

展覧会は進行中の巨大プロジェクトの模型がメイン。個別の方法論はあるにせよ、正直なところ、全体のストーリーが読み切れなかった。

ただ、ひとつ思ったのは、「黒と白」というフレームは「白」と「黒」のハイブリッド構造であるところが特異だということ。昨今の建築界の議論は、「特定の機能が設定されていない」=「白」ということをいたずらに過大に評価する風潮がある(伊東さん、青木さん、藤本さんetc...)が、現代社会の空間は、一方でどんどん「白」くなり、他方でどんどん「黒」くなっているという複合性、対立性がある。「黒と白」はそうした複合性、対立性を外さずに、問題を対象化しうるフレームであるところが面白い。

2次会へ移動する際、藤本さんが先日塚本研で行った僕のプレゼンテーションについて感想をくれた。「普通建築家のいうことって、聞いてだいたいのことはわかるんだけど、藤村君の話は最初から最後まであまりにも意味が分からなさすぎた。」のだそうだ。僕としては、当たり前のことをものすごくわかりやすく話したつもりだったが・・・。

「あの後、あまりにもわからなさ過ぎて、もしかしたら全く新しい世代が出てきたのかも知れない、と思ってちょっと感動したんだよね。」とのこと。

僕が「話が通じなかった」といってしょげていたので励ましてくれたのかも知れないが、そういう捉え方もあるのだろうか・・・。「いやぁ、K-PROJECT楽しみだねぇ」と、プレッシャーを掛けて頂く。頑張りたい。
fujimura

2007年09月22日

10+1 no.48「アルゴリズム的思考と建築」

22日、10+1 no.48号届く。

今回の特集は「アルゴリズム的思考と建築」。前半は磯崎新、伊東豊雄、藤本壮介、MVRDVヤコブ・ファン・ライスへなど、第一線で活躍する各世代の建築家らへのインタビュー。後半は田中浩也+久原真人、松川昌平、藤村龍至、柄沢祐輔ら、若手世代の論考で構成される。

磯崎さんからワカテまで、「アルゴリズム的思考」をキーワードに世代を串刺しにした編集が素晴らしい。特集記事だけでなく、ドミニク・チェン君の論考などの連載記事もシンクロ感があり、新しい時代の「うねり」が感じられる。

私はここで、「超線形設計プロセス論 ~新たなコンテクスチュアリズムへ~」という論考を寄稿させて頂いた。ここで述べたような設計プロセスに関する議論は、Jt2007年1月号を皮切りに、プリズミック・ギャラリーでの藤村展、round about journal、建築ノート、10+1、Apple Store、そして今回の特集と、このところずっと展開してきたことである。結果的に2007年はそればかり論じていたような気がする。

特集を早速事務所のオープンデスクの学生達に見せたところ、「こういううねりがあることはわかるが、なぜこういう議論が必要なのか、自分に引きつけて考えられない」という反応が返ってきた。彼らの鈍い反応には多少がっかりしてしまうが、実際のところ「早速自分でもやってみよう」と思えない現在の環境下では、仕方がないことなのかも知れない。

今後の課題としては、ここで展開した「超線形的設計」を、UMATで発表した「批判的工学主義」と両輪をなす存在に育て、一貫したストーリーを組み立てることだろうか。

ともあれ、ぜひお手に取ってご覧頂き、「うねり」を感じて頂ければと思う。
fujimura

2007年10月01日

オープンソース/オープンデスク

25日、学会の編集委員会へ出席。企画も詰まり、作業始まる。連載2本を担当する予定。面白くなりそう。

27日、13:00六本木ヒルズへ。今度round about journalで座談会をするドミニク・チェンさんからクリエイティブ・コモンズ・ジャパンのセミナーのご案内を頂いていたので、予習を兼ね、出かける。

CCJP事務局長でNII客員准教授の野口祐子氏、Mozilla Japan 理事長の瀧田佐登子氏、ライターの小寺信良氏、津田大介氏、wikipedia / wikiaの創始者ジミー・ウェールズ氏のプレゼンテーション。司会はドミニクさん。最近のCCの動向、wikipediaとwikiaの違いなど、いろいろ知らなかったので勉強になる。

話を聞きながら、オープンソースとアルゴリズミック・デザインの理念レベルでの類似性を再確認した。さらに、wikia searchの試みのように、設計プロセスを開放することによって深層へ介入するというコンセプトは、昨今の10+1やround about journalで議論している内容と、かなりの割合で目的を共有していると感じた。座談会が楽しみである。

20:00同じくRAJで登場してもらう予定の伊藤君とサシ飲み@渋谷。いろいろ語りあって充実した感触を得る。

28日、10:00耐圧板スラブ+基礎梁配筋検査@K-PROJECT。オーノさんに来て頂く。その後、近所の喫茶店で別件についてブレスト。Kの始まった頃は、かなり時間をかけてじっくり議論を重ねていた。お互い忙しくなりつつあるが、この時間の楽しさがあるから他の苦労も忘れようというものである。

29日、オープンデスク最終日。この夏もたくさんの学生が参加してくれた。昨夏から弊社では、春休み、夏休みは2週間毎に区切って募集することにし、その他の期間も学期の頭にのみ募集するようにした。

そもそも、オープンデスクとは学校の帰りに通う塾のようなもの。製図室での勉強にちょっと補習する感覚で来てもらうのがいい。春と夏は短期集中講座みたいなものだ。だから、あまりあちこちの事務所を梯子するよりも、1カ所にじっくり通った方がいい。

初日には模型どころか挨拶も覚束ない学生諸兄も、教えていくうちに次第に自分から動くようになるし、議論にも自然に参加するようになる。2週間という期間、あるいは週1回ずつ数ヶ月というペースは学習の期間としてちょうどいい。

オープンデスク期間を終えて、そのままいなくなる人もいるし、休みのたびに何度も参加してくれる人もいる。コミットの仕方は人それぞれだが、彼らは皆、ここで何かを学んでいくだろうし、こちらも彼らからいろいろ学んでいく。オープンデスクとは、そういう空間なのではないか。

というわけで、現在秋学期のオープンデスク参加者を受付中です。奮ってご参加を。

fujimura

2007年10月04日

工学部2号館で座談会を行う

2日、とあるプロジェクトの現地調査で時間がかかり、ゼミに大幅遅刻。しかも2週連続。つかもと師に「たるんでいるのでは」と注意されるΣ(・ω・;|||」。ブッキングが思わず被ってしまうほど働いているのは、むしろ頑張っているのだが・・・。

プロジェクトのほうはいろいろ展開していて、このところかなり楽しい。産みの苦しみもたくさんあるけれども。

ゼミには見知らぬガイジンがちらほら。この秋から留学生がたくさん入ってくるらしい。

ゼミ後、ダッシュで東大へ。19:30本郷三丁目で柄沢祐輔君と合流。過日とある提唱を行ったかの工学部2号館にて、南後由和さんと、ドミニク・チェンさんと合流。座談会を行う。

議論の冒頭で「ドキュソ(DQN)って何?」って聞いたらドミニク君に「(社会から)乖離してますよ」と注意される。その後は議論にあまり道筋を付けず、その場の流れに従って話す。ドミニク君にはいろいろ聞きたかったことなどをじっくり話すことができ、文章のクールな感じとは異なり、知られざるヲタ性も垣間みれて、なかなか楽しかった。気がつけば23:30。

この日の議論でわかったこと。

-「プロクロニズム」なる概念は「アルゴリズム」という言葉で言おうとしていることとほぼ同義。
-情報レイヤーで見えてきた「プロクロニズム」=「アルゴリズム」なる概念を建築レイヤーで「コンテクスチュアリズム」に結びつけるという議論のデザイン
-「批判的工学主義」と「有名性」を繋ぐストーリー

そのまま居酒屋に移動し、南後君、柄沢君、ドミニク君といろいろ盛り上がっているうちに終電を逃し、ジョギングの約束をすっぽかして後輩Kに軽くキレられるσ(^_^;)。

今週はインタビューのブッキングを続々まとめ中。今回はかなり面白くなりそう。こうご期待。

fujimura

2007年10月08日

モテる人々

4日、建築学会にて建築文化週間が始まる。今年から文化事業委員会に参加させて頂いている関係もあり、初日の「建築夜楽校」に出かける。工藤和美委員長の挨拶に始まり、藤本壮介さんのレクチャー、播繁さんのレクチャー、藤本さんと播さんのシンポジウム。打ち上げに同席させて頂くが、年配の方々も藤本さんを絶賛しており、改めて藤本さんの世代を超越したモテぶりを見せつけられる。

5日、20:00NUNOの安東さんの展覧会オープニングへ。大御所からワカテまで勢揃いしており、こちらも相当なモテっぷり。いとう事務所ピーポーがたくさん。その後やまさきさん、ぽむ桂さんと八百長バーにて打ち合わせ+雑談。終電で帰宅。

6日、19:30菊池宏展オープニング+レクチャーへ。開始時刻に行くと道路に人があふれている。が、店長の荒田さんに特別に入れてもらい何とかレクチャーを聴く。1階の大きなガラスに水森亜土のようにペンで板書するスタイルがかっこいい。外側からも大勢が見ている。レクチャーはまずポストモダンとの距離を語り(歴史)、動線を語り(計画)、樹木と光の関係を語り(環境)、棚の荷重を語り(構造)、「5単位はもらえる(本人談)」内容で包括的。菊池さんらしい。その後、中央アーキのサカカヨをはじめ、若者達と飲む。

7日、10:00RAJミーティング。午後はmashcomix益子さんとミーティング。夜は『10+1』48号打ち上げ。田中さん、松川さん、柄沢君、ドミニク君、編集の飯尾さんが藤村事務所に集結して18:00から終電まで議論するというかなりマッチョな企画。互いの論考に対する感想を淡々と述べ合っていたが次第にエスカレートして壮絶な相互批評に。僕のテキストについては「超線形というネーミングにセンスがない」などと批判されつつも、互いの理解はどんどん深まっていくという罠。24:00終了。その後後輩Kと走る予定だったが「K井の家で飲んでいる」とメールがあり、終電で合流。ついついマッチョなノリを引きづり後輩諸兄に『10+1』への意見を求めるもやや引かれる。3:00帰宅。

8日、10:00中村拓志さんインタビュー@NAP。次号のROUND ABOUT JOURNAL vol.3(12月発刊予定)に掲載するものだが、かなり面白いインタビューが採れた。話に無駄がなく、ヒネリがあり、こちらの勝手なストーリーにも上手く乗ってつきあってくれる。さすが売れっ子。短い時間だが、とても勉強になった。

中村さんの他にも、インタビュー日程が続々決まってきた。今回も楽しくなりそうだ。

fujimura

2007年10月14日

Archi TVのコンペで審査をする

13日、13:30Archi TVが開催されている建築会館へ。2003年、2004年、2006年と呼んでもらっているので今年で4回目。会場に着くと、学生の服がみんなピンク色。みんなで揃えたらしい。

今年は篠原聡子さん、手塚貴晴さんとともにコンペの審査員として呼んで頂いた。まず控え室で簡単に概要の説明を聞き、ギャラリーに展示されている作品を見つつ、ポストイットで作品を選ぶ。コンペのテーマは「都市と人をつなぐ装置」。集まった作品はおよそ40作品ほど。集中して審査する。

ざっと一巡してなんとなくカテゴリー分けし、気になるものをささっとマーク。他の審査員の先生方がマークしているのを見ると意外と気になってしまうので、なるべく早めに決めてしまうのがよいかと。

一旦控え室に帰り、15:00から2次審査スタート。手塚さんの司会でどんどん進む。順番に選考理由を述べて行く。

この日、言いたいことはただひとつ。「建築論も都市論も、パブリック/プライベートの関係を問う時代は終わった。これからは表層/深層の関係こそがクリティカルだ!!」ということ。レクチャーではないから、詳しいことを伝えるのは難しいけれど、確信に満ちたメッセージは必ず伝わる(はず)と信じ、何かにつけて連呼する。

いろいろと議論しているうちに、物質と情報の関係を鮮やかに描いた男子的作品と、屋外のアクティビティをふわふわっと描いた女子的作品の一騎打ちに。審査員的には藤村(男子)vs篠原(女子)の構図を手塚さんが上手く演出してくれる。

作者を壇上に上げ、意図するところを聞き出そうとする手塚さん。戸惑いつつもそれに答える学生。僕も篠原さんもそれぞれ応援演説を試みる。

終盤に差し掛かって、手塚さんが「(男子組の作品は)手法は鮮やかだけれど、ビジョンが無いのではないか」とコメントしたことがきっかけになって形勢が不利に。なんとか本人達からメッセージを引き出そうとするも力及ばず。女子組の作品が1等に。

1等案「天候に左右されるアクティビティ」は、タイトルを言葉通りに受け取るとただのアウトドア・ライフのようだが(と言ったら手塚さんに「アウトドア・ライフの何が悪いの?」と突っ込まれた・・・「屋根の家」批判!?)、アクティビティを制約する存在を「天候」というメタファーで表現しているというシャープさがあるのでは、と深読みさせるいい意味での緩さと、何よりもアクティビティのビジョンがきちんと描かれている姿勢がよかった。

対して男子組の案(藤村賞)は現代社会の二層構造を鮮やかにモデル化しており、それが「都市と人を繋ぐ装置」として提出されていることに圧倒的な批評性を感じさせるが、描かれた家具達がスタティック過ぎて、表現としてちょっとクール(ただし手塚さんは「大塚家具」と表現)過ぎたようだ。

篠原さんも手塚さんも、大学で教えていらっしゃるので学生の扱いが上手い。議論が偏ったり、硬くなったりしないように工夫しながらコメントされているのがわかって、とても勉強になった。適度な緊張感と、お祭り的な盛り上がりと、かるい充実感が得られてとても楽しいイベントとなり、2時間があっという間に過ぎた。

学生イベントらしくところどころぎこちなくはあったけれど、今風なお題と、適度な人選と、抜かりない運営で、今年も気持ちよく参加させてもらいました。きちんと来年以降に繋げていって欲しいと思う。運営メンバーの皆さん、お疲れさまでした。

fujimura

2007年10月17日

新スケープ vs 旧スケープ

16日、18:00中央アーキのサカカヨに拉致られ、赤坂の中華料理屋へ。石川初さん、住宅都市整理公団や『工場萌え』で有名な大山さんをはじめ、石川さんの仲間の方々、ぽむ桂さん、編集者など、10名以上集まっている。

そもそもこの集まりは、『新スケープ』をみた石川さんが中央アーキと話したい、ということでセッティングされたらしい。で、なぜか僕が付き添いということで同席。石川さんに「弁護士を連れてきた」と煙たがられる(?)。

「なぜ『新スケープ』なの?」「『速度』って冴えているよね」とか矢継ぎ早に質問+感想を繰り出す石川さん。対して中央アーキの3人は、警戒しているのか「理論めいたことをいうと叩かれるから、なるべくそれっぽく見えないようにした」などと、さらりとかわそうとする。

途中からほとんど石川さんの説教部屋(?)状態となり、大山さんが横から突っ込みを入れるという構図へ。口の挟みようがなく、しばらく傍観。

しかし、話が展開するうちに以下のような構図が浮かび上がってきた。

新スケープ:団地、工場、高層ビル、首都高 etc...=郊外的、テクノスケープ的
旧スケープ:合掌造り、棚田、里山 etc...=正統的、伝統的

大山さんは所沢で生まれ、千葉に引っ越して育ったという典型的な郊外っ子なのだそうだ。「新スケープ」的なるものを肯定するほかはないのだという。対して石川さんは、「新」にも、「旧」にもどちらにもつかないというか、決められない、というスタンス。

聞いているうちに『東京から考える』の東vs北田みたいになってきて、面白いので口を挟み、石川さんのスタンスを問う。

同じ郊外育ちの僕としては、「新スケープ」にある種の親しみと諦めがあることは確かなのだが、同調に留まることには違和感があり、「批判的新スケープ」なるものを構築する必要があるのでは、と(大真面目に)主張。

いつの頃か、「住宅都市整理公団」のサイトをはじめて見たとき、ある種の親近感と不安感を抱いた。大山さんが「団地」や「工場」の企画を仕掛けるのは、「まず笑ってもらうところから入らないと、議論そのものが起こらない」という考えからなのだという。単なる鑑賞に留まらない、大山さんなりのアクション(=政治)の方法なのだと聞いて、今さらながらとても勇気がわいた。

大事なことは、「新スケープ」は「旧スケープ」の批判ではない(つまり、単純な世代論ではない)ということ。「旧スケープ」に対する批判と、「新スケープ」に対する批判は別モノであり、旧スケープと新スケープの混在状況において現代のデザイナーは皆、そうした状況をどう整理し、介入するかスタンスが問われている。

・・・ということが僕のなかで整理された。「新スケープ」というコンセプトは、「新スケープ」を批判的にデザインしていく活動として、広く展開されればもっと面白くなるのでは。

その後中央アーキの3人とミッドタウンに移動し、飲み直す。2:00頃終了。

翌日、『STUDIO VOICE』の中矢さんから最新号が送られてきて、書評欄をみたら『新スケープ』が取り上げされており、「藤村龍至との対談はアトリエワン以降の東京観を示す」と紹介して下さっていた。ありがたいです。


fujimura

2007年10月20日

ディスカッション/ネゴシエーション

17日、15:00久しぶりにゼミ。研究室にガイジンが異様に増えていて、ゼミの雰囲気が変わってきている。竹山聖さんが、研究室にガイジンが増えた結果、理論について議論することを諦め、フィールドワークに特化するようになったとおっしゃっていたことを思い出す。塚本研もそろそろ成熟期か?

18日、10:00から打ち合わせ連発@虎ノ門。17:00まで缶詰め。18:00京橋へ移動し、INAXの虫鹿さんと前田アトリエの武藤さんへインタビュー。INAX:GINZAのコンセプトや設計プロセスについて伺う。その後飲む。1月の展覧会+イベント企画(詳細は後日発表)の打ち合わせ。

19日、17:00高円寺駅前の喫茶店にてゼネコン工事部長と打ち合わせ。ここしばらくタフな展開が続いたがこれも建築のプロセス。嫌いではない。19:00代官山で商業施設sarugakuのオープニングへ。平田晃久さんの設計。小ぶりのスケールがかわいい。外部通路をひな壇で吸収しているところ、住宅地の裏側という立地等、とても面白い。路地のような空間に人がたくさん集まっている。

その後原宿へ移動し、20:30吉村靖孝さん+英孝さんにインタビュー。処女作「ダブル・テンポ」から近作まで、包括的に話を伺う。すごくいいインタビューがとれた。その後吉村さん、先輩カガワさん、川上さんと渋谷で飲み。前半やや力尽きるも話止まらず5:00終了。

20日、10:00長坂常さんインタビュー@中目黒。前回に引き続き、今度は郊外の作品を軸に。

21日、22:00藤原徹平さんインタビュー@目黒。初めてゆっくりお話ししたが、とても意外な展開だった。原稿が楽しみ。

22日、10:00プレゼ@某所。13:00ミーティング@虎ノ門、15:00南後君と待ち合わせ@代官山、sarugaku見学後、南後君と平田晃久さんの事務所へ行きインタビュー。ふたりとも初対面だが、泉北ニュータウンつながり。一旦事務所に戻り20:00ロターリの打ち合わせ@池袋。

23日、11:00某工務店で契約条件等詰め。13:30プレゼ。

24日、10:00打ち合わせ@虎ノ門。13:00某大御所アーティストインタビュー@表参道。一同元気出る。一旦戻り、18:00お施主様打ち合わせ。ややヘビーだったがなんとか乗り切った。

深夜1:00後輩KとK井と走る。6.7km。最後のダッシュがマジ気持ちよい。

25日、10:00より図渡し。14:30、R&Sie(n)のフランソワ・ロッシュのインタビュー@東京都現代美術館。「space for your future」展について、生物のイメージを求める理由、機械言語、コンテクストとの関わり、数学的モチーフの応用、篠原一男、デザインプロセス、作家性、権力と空間の関係、近作についてなど一気に聞くことができた。

過激なイメージに引っ張られてしまうと見ることができないが、彼が一番連発していた単語は「ネゴシエーション」であった。彼らにとって空間とは関係性であり、デザインとはネゴシエーションのプロセスであり、建築とはオープンプロセスの無限の反復によってつかみ出されるシナリオの生成行為なのだという。

あまり想定していなかったのだが、その内容があまりにも『10+1』のアルゴリズム特集の内容とシンクロしていて面白かった。そう頻繁にあるわけではないが、ひとつのコンセプトのもとに、様々なアイディアが結束するような瞬間がある。今はそういうタイミングなのだと思う。

fujimura

2007年10月28日

建築のコンピュータライゼーションを考える Vol. 2

Apple Store Ginza(銀座)におきまして、石上純也さん、松川昌平さん、家成俊勝さん、南後由和さんと下記のイベントに出演します。

7月27日にApple Store心斎橋で行なわれた同名のシンポジウムに続く第2弾で、「建築のコンピューターライゼーション」をテーマとして、4者の近作を通したプレゼンテーションとディスカッションを行ないます。

かなりコンセプチュアルでコアな内容になると思いますので、ぜひ足をお運び頂ければ幸いです。

イベント名:建築のコンピュータライゼーションを考える Vol. 2

趣旨:建築設計のコンピュータ化が進んだ1990年代に建築を学び実践した1970年代生まれの建築家たちが、設計プロセスにおけるソフトウェアやコンピュータ的思考の用い方を互いにプレゼンテーション。「建築のコンピュタライゼーション」をテーマに話し合います。

Apple Store Ginza イベントカレンダー

出演(レクチャー+討議):家成俊勝(ドット・アーキテクツ)、石上純也(石上純也建築設計事務所)、藤村龍至(藤村龍至建築設計事務所)、松川昌平(ゼロスタジオ)
モデレーション:南後由和(東京大学大学院情報学環)

日時:11月2日(金)18:00-20:00
場所:Apple Store Ginza(銀座)3Fシアター

よろしくお願いします。

fujimura

2007年11月05日

流れを作り出す

28日、10:00伊庭野、藤井、松島、本瀬、刈谷、益子さんと自由が丘のスタバにてミーティング。12月発売の『ROUND ABOUT JOURNAL』 vol.3と1月のvol.4について。

場所を移し、11:00五十嵐太郎さんインタビュー。『エディフィカーレ』から『10+1』、『トンチク』から『建築雑誌』まで、数々メディア作りをされてきた経験を中心に話を伺う。解散後、分担して即日文字起こし+原稿化。原稿は『RAJ vol.4』として『建築雑誌』2008年1月号に掲載予定。

29日、13:30ゼネコンにて鉄骨屋、オーノさんと打ち合わせ。主要な議題を詰めた後は担当に任せ、現場の体制について社長と相談等。

18:00編集委員会@建築学会。1月からリニューアルなので編集作業も大詰めで会議も長引く。その後恒例の飲み会→五十嵐さんと目黒線で帰宅。

31日、15:00ゼミ@つかもと研。早々に終わるはずがなかなか終わらず「箱展」オープニングは行けず。20:00設備事務所と打ち合わせ。

1日、14:00打ち合わせ。終了後、その足でdot architectsの家成さん、大東さんと合流して銀座Apple Sotreへ下見。イベント担当の方と設備、配置等について確認。家成さんに今回のために作ってきたという映像を見せて頂く。軽く焦りつつ表参道へ行き、『GYRE』のオープニングの様子を覗いた後、20:00より事務所にて設計定例。

2日、打ち合わせが予定より早めに終わり、銀座へ。喫茶店でスライドを確認した後、Apple Storeへ。家成さんたちが既に到着。石上さん、松川さん、南後君も到着。控室で軽く打ち合わせ。開演10分前、客席を見ると結構埋まっている。

18:00になり、予定通りイベント開始。今回は直前のメール告知のみだったので動員が心配だったが、来場者が100名を超え、会場では立ち見が出ている。家成さんの挨拶の後で、コンピュータの技法を語るというよりも、意味を考えたいということ、コンピュータライゼーションを場所論との関係で捉えたい、という論点を提示してイベント開始。

トップバッターは石上さん。『神奈川工科大学の工房』を中心に。パワポで設計のプロセスをざっと見せ、後半は件のソフトをデモ。CADだと拡大したときに柱が点になってしまう、という不便さを解消するための手段だったというソフトウェアは、模型や手書きのプランと徹底的に並列されており、ある種のミクストメディアを構成している。

2番手は家成さん。「時間が止まったような気がした」という震災の体験を出発点に、現在進行中の『House 00』を語る。かつて飯島洋一氏が『崩壊の後で』という論考でユニット派批判を仕掛けたが、本当の意味で震災の影響を受けたのは彼らの世代であり、新たな文脈が浮かび上がるのはむしろこれからなのではないかと思う。「復元と更新」というキーワードとともに、素材やディテールを絞らずに部分毎に個別の対応を重ねることで全体を構成する手法を提示。

3番手は自分。今回は最初に魚の発生過程の写真を用い、『建築の発生過程』と題してプレゼ。『K-PROJECT』の設計プロセスを分析し、境界条件(21個)とプロセス(40段階)の関係を図にして示す。まだ洗練されてはいないが、僕は「設計する」ということについて設計していて、それが場所の潜在的なコンテクストを復活させることに繋がる、というストーリーを提示。

最後は松川さん。『砺波の美容室』の設計プロセスを中心に。行為の関係性を表した抽象的なダイアグラムからスタート。場と場の関係を選び取り、インタフェイスを組み込むプロセスのなかで自己組織的なプランを発見し、その全体性として現れてくるもののなかに自然の偶発性を呼び込みたいと主張。ソフトウェアを用いた設計のプロセスというレベルを超え、ソフトウェアを相手に議論を重ねた思考のプロセスと読んだ方が相応しい。

その後、南後君の仕切りで討議。ジオメトリーとメタフィジックスとの関係、新たな建築的思考のスキームとしてのメディアのインテグレーション能力、表象的な記号化に頼らないコンテクストの読み方をコンピューターを介しながら開花させる可能性、ハーヴェイ的な「非場所」の固有性を立ち上がらせる媒介装置としての建築の可能性について、など。うまく話題を行き渡らせて議論を深めていく。

最後に会場からドミニクが質問。「皆さんの話は設計プロセスの話に終始していて、竣工という物理的なプロセスが終わった後のプロセスについて話していないのでは」と突っ込みが入る。

包括的な質問なので4人とも答える。

藤村:「設計プロセスを作品単体で考えない、という捉え方がある。ある方法論を継続的に展開していくことで、関係性が生まれていく」
松川:「メタボリズムのように物理的な新陳代謝を問題設定自体が困難。生物のメタファでいえば、遺伝子を設計している」
家成:「ディテールや使い方を含め、『いかに朽ちるか』を考える」
石上:「クライアントと設計者という2者の問題に終始したくない。いろいろな問題がよく分からない状態で建ち上がってくるといい」

さすがドミニク。議論の補足とまとめを兼ねたような、いいところを突いてくる。ひと通り議論を終え、建築をめぐる生物/無生物の境界という壮大な論点が提示されたところで終了。

4人の発表も刺激的だったが、南後君の仕切りが素晴らしく、心地よい充実感が残る。そもそも「なぜ生物のメタファーなのか」や、建築そのものの性質(ネイチャー)とメタファーの関係などについては今後もっと議論を深めていきたいと思うが、単なる技法の話や「恣意性の排除は可能か」などといったつまらない堂々巡りを避け、新しい議論を展開できたのではないかと思う。

年明けの1月19日(土)にINAX GINZAで『ROUND ABOUT JOURNAL』のイベントをやる予定なので、またこのような議論の続きをやりたい。

3日、13:00田中浩也、松川昌平、柄沢祐輔、南後由和、ドミニク・チェン、飯尾次郎さんが来社。諸々ミーティング。前夜の記憶も生々しいうちに、再び熱い議論を交わす。それぞれが個々に精力的な活動を展開しているメンバーであるが、話せば話すほど、高い次元での共時性を感じる。「アルゴリズム特集」で盛り上がった矢先に『10+1』が休刊してしまうのは残念ではあるが、僕らとしては次の流れを作り出すべく走り出すのみである。

fujimura

2007年11月20日

仕込みが続く

5日、20:00山崎さんと合流し岡部明子さんインタビュー@表参道。「ユーロ・アーキテクツ」から「サステイナブル・シティ」を経て、現在まで。これで次号RAJのインタビューは全部揃った。あとは編集作業を残すのみ。

6日、10:00大鳥居駅に集合し、つかもと研の後輩K笹の研究対象であるところの町工場を見て歩く。19:00、先日埼玉に完成したお茶屋さん(内装)を鳥村さんに撮影して頂く。モノが多くポイントもたくさんあるため終電までかかってしまったが、いい写真が撮れた。

7日、10:00学会の編集委員をご一緒している倉方俊輔さん、イラストレーターで漫画家の益子悠さん、マシツマと待ち合わせ@上野。国立西洋美術館を見学し、打ち合わせ。そのまま東工大へ行き、ゼミ。

8日、18:00『Ka』の編集委員会@東工大。坂本先生の意向で東工大の機関誌『Ka』の編集を今年から学生ベースで進めることになり、各研究室から博士課程の学生が1,2名ずつ委員として参加することになった。メインの企画ブレスト。『建築雑誌』の編集委員会を小さくした感じ。

10日、10:00ロータリー財団の募集要項検討会議@鶴ヶ島。その後幕張の東京モーターショーへ。1991年に晴海から幕張へ移ったばかりの頃1,2度来たことがあったが、その後はあまり来ていなかったので約15年ぶり。

当時はデザイン面で「フラッシュ・サーフェス」という面イチのディテールが登場し(日産セフィーロなど)、技術面においても4輪ダブルウィッシュボーン・サス(ホンダ・アコードなど)、4WS(四輪操舵)、アクティブサス(油圧制御)など見ていてわくわくしたが、今は各社とも環境性能を意識したコンパクトカーばかり。

ブースのデザインは吉岡徳仁を起用したTOYOTAが最も垢抜けておりダントツ。日産のは和風の照明+木目の壁紙でミッドタウンのようだ。全体にすごく混んでいたが、入場者数が200万人近くあった15年前に比べると現在は140万人程度だそうで、空間に余裕が生まれているのは確か。

13日、20:00横浜国大Y-GSAの北山スタジオの学生来社。23日に桜木町駅で行なわれる「ヨコハマ・パークウェイ・プロジェクト展」のシンポジウム(19:00-22:00@旧東横線桜木町駅)に参加することになり、その打ち合わせ。概要を聞き、その後じっくりメンバーの個人的なテーマを聞き出す。

途中から助手の坂下さん(中央アーキ)も加わって議論。時間を掛けてしっかりと問題意識を共有することができたので、23日が楽しみだ。レクチャーもやるので、横浜周辺の方々はぜひお集まり頂きたい。

15日、9:00施主打ち合わせ。14:30工務店で打ち合わせ。最近、平日週末を問わず打ち合わせが多いので、前半は設計定例等事務所ベースで、水曜はゼミ、後半は施主打ち合わせや現場定例等外まわり、というようにリズムを作るようにしている。何事もリズム、リズム。

集合時刻にやや遅刻するもなんとか滑り込み19:00『Ka』の編集委員会@東工大。特集企画のテーマをめぐり、ブレストの続き。

これまで隣接する研究室の博士課程の連中とじっくり話す機会がなかったが、この委員会をきっかけに議論する機会ができたのは嬉しい。同じ東工大と言えど、各研究室の議論の違いはいろいろあり、それがなかなか面白い。もともとゼミに馴れた連中だし、お互いに話題をうまく拾いあって発展させつつ、かつぴったり2時間で終わる。いい雰囲気。

16日、20:00年明け発行の『建築ノート』vol.4にむけて、「Table of Youth 4」ミーティング。vol.1以降、毎回6名継続+6名新規加入というルールで続けてきた。今回新たに「継続は3回まで」というルールを加えた。これで必然的にチームが新陳代謝することになる。

『SD』の「海外建築情報」や、『建築文化』の「オーバーシーズNOW」など、雑誌の後ろには若い書き手が解放区的に構成するページがあり、新しい世代を醸成する場所になっていたのだという。『SD』にせよ、『文化』にせよ、『10+1』にせよ、雑誌の休刊が相次ぎ、単行本へと企画の重点がシフトするなかで、若い書き手が出てくるような解放区的な場所が少なくなりつつあるが、「ToY」はそういう場所が必要だという槻橋さんの思いによって生まれた企画である。

今回も各大学から個性的なメンバーが集まった。学校の枠を超えて同じ世代どうしの議論に参加するのはきっと楽しいと思う。今回も若者らしく熱のあるページに仕上げたい。

17日、アトリエワンの新作「鶴山荘」見学会で軽井沢へ。新谷さんの十八番であるデッキプレートを部分的にサッド一致してラチス梁を構成した屋根+フルハイトのサッシで切れ味鋭い外観となっているが、プランで見るインフォーマルな感じはあまり出ていない気もしてやや残念。床段差+三つ又のコンセプトは「川西町コテージB」を思い出す。

現地に行く前、久しぶりに「ハウス・アサマ」に寄る。西側の軒、壁面を延長したルーバー等、今見ると非常にぎこちなく見える。「入れ子の平面」と「屋根勾配」を関係づける風車型プランの形式性が付加要素である軒を統合できなかったのだ。その意味で最新作の「ノラ・ハウス」は「アサマ」を乗り越えている。ただ、白と茶の塗り分けは「アサマ」のほうが室内風景としては切れ味がよい気がする。

このようにみると、「鶴山荘」:「川西町コテージB」、「ノラハウス」:「ハウスアサマ」は構成上の対応関係にあり、脱形式化していくアトリエワンの作風の変化をみることができる。

18日7:00起床。『10+1』や『STUDIO VOICE』等、溜まっている原稿を一気に書く。原稿は集中力を要するので、朝か日曜がはかどる。なんとか書き切って、その後20:00RAJ定例@藤村事務所。1月のイベントの詳細を詰める。ブレストが盛り上がり、ディテールまで一気に決まる。これが実現したら画期的な建築イベントになるだろう。期待して頂きたい。

fujimura

2007年11月22日

レクチャーのお知らせ(11/23 19:00@桜木町)

明日19:00より、下記のイベントの一環として、横浜の旧東横線桜木町駅舎(JR桜木町駅前)にて「批判的工学主義とアルゴリズミックデザイン」をテーマとしてレクチャーとディスカッションを行ないます。

ぜひ足をお運び頂ければ幸いです。

「ヨコハマ パークウェイ プロジェクト 
— 都市の未来を誘導する都市中心部の軸線空地 —」

■日程:2007年11月23日(祝)19:00

■プログラム

19:00〜藤村龍至氏レクチャー
19:30〜プロジェクトメンバーによるプレゼンテーション
20:00〜藤村龍至氏とプロジェクトメンバーの討論会
21:00〜懇親会
22:00 終了

■場所:創造空間9001 旧東横線桜木町駅舎(JR桜木町駅前)

■概要
Y-GSA 北山スタジオでは2007年度後期課題において、現在廃線となっている旧東横線桜木町駅ー横浜駅の区間(10m×1.2km)の高架上と隣接する国道16号のエリアに、「都市の未来を指し示す装置としてのパークウェイ」を構想します。今回、創造空間9001において「ヨコハマ パークウェイ プロジェクト展」と題し模型、ドローウィング、映像によって、ただの遊歩道ではない人々の活気に溢れた「場所」を表現しました。人々が使い、楽しむことのできる色とりどりの仕掛けを用意し、現在の都市計画に対する新しいビジョンを提示します。

■プロジェクトメンバー:川口圭介、川口周二、祖父江一宏、田中裕一、百枝優、矢野剛(以上6名Y-GSA北山スタジオ)、北山恒(Y-GSA教授)、坂下加代子(Y-GSA設計助手)、櫻井淳(櫻井淳計画工房)

■展示日程:2007年11月20日(火)〜11月25日(日)

■開館時間 10:00~19:00(初日は12:00閉館、最終日は17:00閉館)

fujimura

2007年11月28日

パブリッシュ・ラッシュ

ある女性編集者Aさんとの会話。

A:「(某ワカテ特集をみながら)最近の若い建築家ってイケメンが多いわよね。」
僕:「そうですか (^ ^;) 。」
A:「ロン毛がいて、坊主もいて、KAT-TUNみたい。」
僕:「・・・。」

ちなみに「坊主」とは藤本壮介さんのことです。

さて、このところ各種媒体への執筆や編集作業が続いています。ありがたいことです。これから年明けにかけて、順々に出て行く予定ですので見かけたら感想等頂ければと思います。

以下、簡単にご紹介。

1.『建築知識12月号』(2007年11月20日発売)
模型特集。安藤忠雄、伊東豊雄、妹島和世+西沢立衛/SANAA、隈研吾、藤本壮介、五十嵐淳、長谷川豪、藤村龍至、菊池宏、オーノJAPAN、佐藤淳の模型論が並ぶ。ちゃんとマニフェストにしておいてよかった。こういうとき、きちんとストーリーを組み立てて応えられるが勝負なのだと気を引き締める。

藤本さんはその辺抜かりなくさすがメディア慣れしている。隈事務所の文章は塚本研の後輩の平林が担当している。「模型は建築だ」というのはちょっとベタですが、頑張っていますね。

2.『ナゴヤ新聞』(2007年11月・配布中)
名古屋工業大学の北川啓介先生らNACの発行するフリーペーパー。トップ面に「日評」を書かせて頂きました。「800字で天声人語みたいに」というリクエストを頂き、なんとかまとめました。

3.『SD2007』(2007年11月末予定)
第2特集で「若手建築家の都市論」というテーマ。塚本由晴が監修者になり、平田晃久、原田真宏+真魚、藤本壮介、藤村龍至、石上純也、長谷川豪に都市について語らせる、という企画。僕は『10+1』で論じたアルゴリズム論と批判的工学主義を繋いだストーリーで話しました。

後日、藤本さんに「あまりにも僕の理解の範囲を超えていて、全く新しい世代が出てきたと思った。ちょっと感動した」と言われました。塚本研メンバー(後輩)による座談会というのもあるらしいですが、連中が何をしゃべったのか気になる。

4.『STUDIO VOICE 2008年1月号』(2007年12月6日発売予定)
R&Sie(n)のフランソワ・ロッシュへのインタビュー。『Space for Your Future』展のオープニングの日に、現代美術館で。生物メタファーについて、かたちについて、設計プロセスについて、都市について、など。難しかったが充実の内容で仕上がりが楽しみ。

5.『10+1no.49』(2007年12月25日予定)
7月に東大で行なわれた国際会議UMATでのセッションにて発表した「批判的工学主義」についての論考。定義・マニフェスト編(藤村)、空間・身体編(柄沢)、歴史・メディア編(南後)の3本建て。「批判的工学主義」をきちんと読める形で出すのは初めてなので気合い入りました。これでno.47(東京特集),no.48(アルゴリズム特集)と続いてきた一連のストーリーが完成。

6.『Tokyo from Vancouver 2』(2007年12月予定)
カナダのブリティッシュ・コロンビア大学の雑誌。「超線形設計プロセス論(『10+1』no.48所収)」と藤本事務所の青木君と交わしたメール対談「若手からみたワカテ(『ROUND ABOUT JOURNAL』vol.1所収)」の英訳が掲載予定。

7.『ROUND ABOUT JOURNAL vol.3』(2007年12月予定)
ご好評を頂いたフリーペーパーの第2弾。今回はインタビューに絞って、ストーリーの展開が浮かび上がるように人選、編集を進めている。インタビューは全て完了し、原稿を製作中だが、どの原稿も読んでいて鳥肌が立つほど面白いので乞うご期待。少々押し気味だがなんとか年内に発行予定。

8.『建築ノート Table of Youth 4』(2008年1月予定)
建築ノート巻末の若者企画第4弾。今回からは監修という立場で、12名のテキストをディレクションさせてもらった。時間と労力を使うが、若い連中の試行錯誤につきあうのは面白い。現在最後の編集作業中。

9.『建築雑誌』(2008年1月-2009年12月)
日本建築学会の機関誌。2008年1月号から2年間編集に参加する。さしあたって連載を2本と6月号くらいで特集を1つ担当する予定。編集委員会は委員長の五十嵐太郎さんを筆頭に、元『日経アーキテクチャー』の細野透さん、大学の先生方、国土交通省の方などで僕はほとんど最年少。

10.『Perspecta 40 (One More Attempt)』(2008年春予定)
伝統的なイエール大学の雑誌。塚本さんとの共著論文「東京のタイポ・モルフォロジー(『10+1』no.47所収)」の英訳。日曜日に図書館に通って英訳を進め、なんとか提出してただいま校正中。

11.『Ka』(2008年夏)
東工大建築学科の機関誌。今年から学生主体の編集になるため、博士課程に在籍するメンバーで集まって議論を重ねた。発行はしばらく先だが、面白くなりそう。

12.『ROUND ABOUT JOURNAL』イベント(2008年1月19日、26日@INAX:GINZA)
フリーペーパー『ROUND ABOUT JOURNAL』に関連したイベントを行ないます。ただいまブッキング等諸々調整中。今までにないタイプの刺激的なイベントになると思いますので、1.19と1.26は予定を空けておいて下さい。詳細は近日発表予定。

このほかにいくつか書籍の企画等が進んでいます。一般誌から学会誌まで横断的に関わっています。

3月のプリズミックでの個展をきっかけに、「藤村龍至」のカラーが少しずつ伝えられるようになってきたかなと思います。今までの原稿依頼の傾向とは異なり、私の主張を取り上げて頂けるようになったのはありがたいことです。特に『10+1』の3部作が完結したことは大きいですね。

2007年は、自分の建築家としてのストーリーを探る1年になりました。2008年はいよいよ懸案のK-PROJECTが竣工します。

fujimura

2007年12月06日

いろいろレビュー

いろいろみたので、順番にレビューします。

1.『SPACE FOR YOUR FUTURE』展(@東京都現代美術館)
石上さんの「四角いふうせん」を見に。大きさと、斜めのラインが効いていますね。上を見上げてあんぐりしていると「動かしてみますか」とスタッフの方に声を掛けられる。動かしてみると重さが実感でき、面白かったです。

「100 ERIKAS」(タナカノリユキ)は意外とインパクトあり。芸能と芸術の混在という日本独特の社会的なコンテクストと沢尻バッシング等、諸々のタイミングを考えるとかなりの問題作なのではと思うが、マスコミレベルではあまり話題になっていないところに物足りなさを感じる。

2.『DEROLL Commissions Series 1: box』(@ars gallery)
通称「箱」展。岡田栄造さんが石上純也、中村竜治、中山英之、永山祐子、山口誠の5人に「箱」をオーダーするという企画。中山さんの作品は少々説明的でやや意外だったが、ほかの4人はなるほどと思わせる「作風」のようなものを感じさせられます。

展覧会をみて、dezain.netを毎日更新していて、研究者で、教育者で、かつDEROLLというブランドを構築するという岡田さんという人物に改めて興味を持ちました。

3.『六本木クロッシング2007:未来への躍動』展(@森美術館)
1970年代以降生まれの作家が多数取り上げられていて、やはり上の世代よりも同世代の作家の作品のほうが面白いと感じる。コンテクストを共有するということはそういうことか。インスタレーションでは名和晃平と鬼頭健吾の作品が見れてよかった。

うなったのは佐藤雅彦+桐山孝司の「計算の庭」。前評判通り、すごい面白い。メディアアートって「感覚の可視化」みたいな作品ばかり、という先入観があったが、これには感動。

4.『ヴィヴィッド・テクノロジー 建築を触発する構造デザイン』(小野暁彦・門脇哲也・乾陽亮 編著 学芸出版社)
大阪で活発かつ継続的に展開されているレクチャーシリーズ「アーキフォーラム」発の単行本。構造をテーマにした昨年度のシリーズをベースにまとめられたもので、恊働する大野さん(オーノJAPAN)のレクチャーではK-PROJECTなど私のプロジェクトも取り上げられて頂いています(>)。

作品をつくるようになって、雑誌に取り上げて頂くようになってから、一番難しかったのは自分なりのストーリーをつくること。そのストーリーが単なる作品解説を超えて、マニフェストに繋がったり、建築をつくる根拠になったりしますよね。

その意味で建築家は日常的にあらゆるメディアでストーリー作りのレベルを問われているわけですが、構造家のストーリーテーリングはとても新鮮。解説レベルでは雑誌などで読む機会も多いものの、作家としてどういうストーリーを持っているのかは興味があって、一気に読みました。結局のところ、「で、何がやりたいの?」と問われるのは意匠も構造も同じですね。

5.『SD2007』(鹿島出版会)
第1特集はSDレビュー2007、途中に原広司×伊東豊雄対談を挿み、第2特集は「住宅でつくる都市 若手建築家たちの、都市へのアプローチを探る」(>)。

原×伊東対談の最後は学生批判。伊東さんが「今の建築学科を出てくる学生、特に日本の学生は何の役にも立たないような気がします(笑)。」と煽り、原さんが「学生たちがダメだというのは幾何学を知らないんですよ」とたたみかける。

それだけ聞くとただの世代論にも聞こえるが、批判の骨子はかなり具体的。伊東さんはアルゴリズムを理解できないと可能性が無い、といい、原さんは「美しいものをつくろう」という美学的な態度ではITに勝てない、といい、両者ともコンピュータ的思考の有無がデザイナーとしての価値を分けつつあるといいきる。それでも「いや、それでもオレは生き残る!」と反論したいあなたには『10+1』48号をおススメします(笑)。

第2特集「住宅でつくる都市」は塚本さんの監修。巻頭の「ヴォイド・メタボリズム試論」はなかなか迫力がああります。60年代の丹下メタボリズムを「コア・メタボリズム」と再定義し、現代の東京の都市空間を「ヴォイド・メタボリズム」と対比させ、建築類型と都市形態の有機的関係(タイポ・モルフォロジー)を主張しています。

若手建築家と塚本さんの対談はほとんど説教部屋。若手建築家から何かを引き出すというよりは持論を展開する場面が多い。

ところで、この特集のタイトル「住宅でつくる都市」には違和感がある。「ヴォイド・メタボリズム」の骨子は建築類型と都市形態の関係であるから、ふつうに考えれば「建築でつくる都市」といったほうが広がりが出るのではないかと思うが、「住宅」というタームに塚本さんのこだわりがあるようだ。

6.『REALIZE 立脚中国展開世界 迫慶一郎/松原弘典』(@ギャラリー間)
中国ベースで活躍される迫さんと松原さんの展示(>)。3階の迫さんの作品群が示すのは、近代以降の権力が半自動的に作動する「工学主義」のコンテクストそのもの。住宅はなく、プロジェクトのほとんどが不動産とインテリアで、中国的コンテクストにおいても「住宅」が批評性を失っているということがわかります。

他方、4階の松原さんの展示を見ていると、レンガを纏った「批判的地域主義」的作品と、カーテンウォールを纏った「批判的工学主義」的作品が対立的、あるいは乖離的に共存しており、工学主義と地域主義の対立する状況が現在の中国なのだろうと理解できますね。今目立つのは前者だが、2008年の北京オリンピック以降に復活してくるのは後者ではないか。その意味で松原さんは「2008年以降」の中国も同時に捉えようとしているのかも知れない。

レセプションのスピーチでは山本理顕さんが迫さんの展示を評して「迫ワールド」と批判。迫さんの答えは「僕なりに場所のことを考えています」と迫さんらしく?直球だったが、「ハーヴェイ的『非場所』の実践だ」と反論するか、少なくとも「ワールドを展開して何が悪い」と開き直るべきだったのではないかと。

ところで、ここで提示された「『工学主義』と『地域主義』のブリッジ」というテーマは、中国という特殊なコンテクストでの特殊な問題であるとタカをくくらない方がいいと思った。冷戦以降の全世界で同時進行するグローバリゼーションに対して建築に何ができるか、という命題は、むしろ現在の日本でこそ問われるべきで、その証拠に、「迫ワールド」は金沢の郊外でも展開されている(ex.「金沢ビーンズ」)。

その意味で、「つくれる」ということを「中国的状況」だと読み替える迫さんの論旨は「失われた10年」の気分を引きずっているようで違和感を感じる。ここ数年の日本の状況というのは、彼らが中国で活動を開始した2000年-01年のそれとは大きく変わり始めている。日本でも「つくれる」人はつくり始めているし、工学化する社会状況との対峙という建築家のテーマには変わりがない。

そのことを自覚させられるという意味で、単なる作品展を超えて時代的な批評性のある展覧会でした。12日のレクチャーに行けなくなってしまったのが残念!

fujimura

2008年01月03日

LIVE ROUND ABOUT JOURNAL開催のお知らせ

フリーペーパーROUND ABOUT JOURNALの編集作業が大詰めです。残るは数コンテンツのみ。頑張ります。

さて、既にいくつかの媒体には告知を出しているのですが、来る1/19から1/26にかけて、下記のイベントを開催致しますのでお知らせ致します。

イベント:『LIVE ROUND ABOUT JOURNAL』

概要:フリーペーパー『ROUND ABOUT JOURNAL』を「ライブ編集」するというコンセプトのもと、会場にて建築家のレクチャー(15分程度)+インタビュー、その文字起こしやレイアウトなど、取材・編集作業をすべてライブ形式で行い、『ROUND ABOUT JOURNAL』を即日発行するというメディア型のイベントです。そこで得られた素材はフリーペーパーとして会場にて展示されるとともに、次号の記事の一部となります。

詳細はこちら

日時: 平成20年1月19日(土)・26日(土)2:00p.m〜8:00p.m
場所: INAX:GINZA(>) 7階 クリエイティブスペース

ゲスト・レクチャラー(1月19日):大西麻貴+百田有希/伊庭野大輔+藤井亮介/武藤圭太郎/中央アーキ/長谷川豪/吉村英孝/松川昌平/田中浩也/永山祐子/中山英之/南後由和(モデレーター)

ゲスト・レクチャラー(1月26日):釜萢誠司+針谷將史/g86/伊藤暁/柄沢祐輔/藤村龍至/平田晃久/南後由和/中村拓志/吉村靖孝/ドミニク・チェン(モデレーター)

定員:100名(申込不要・先着順)
入場料:無料
主催:TEAM ROUND ABOUT(藤村龍至/山崎泰寛/伊庭野大輔/藤井亮介/松島潤平/本瀬あゆみ/刈谷悠三)
共催:株式会社INAX
お問い合わせ:有限会社藤村龍至建築設計事務所
TEL:03-3463-0161 FAX:03-3463-0162

フリーペーパーはイベントの終了時(20:00)に配布する予定です。

以上、よろしくお願いします。
fujimura

2008年01月08日

ROUND ABOUT JOURNAL vol.3 完成間近!!

2008年1発目のアウトプット、フリーペーパー『ROUND ABOUT JOURNAL vol.3』の輪郭が見えてきました。

特集「都市ビューティ革命 表層と深層を架橋せよ!」

シュウ・ウエムラ/ドミニク・チェン+柄沢祐輔+南後由和+藤村龍至/平田晃久/中村拓志/吉村靖孝+吉村英孝/藤原徹平/勝矢武之/長坂常/武藤圭太郎+虫鹿元博/岡部明子/エイドリアン・フォーティ/マティアス・シューラー/伊藤暁/g86/益子悠/藤井亮介/松島潤平

企画・編集:藤村龍至/山崎泰寛
編集協力:伊庭野大輔/藤井亮介/松島潤平/本瀬あゆみ/刈谷悠三
デザイン:刈谷悠三
発行予定:1月19日(LIVE ROUND ABOUT JOURNALにて配布開始予定)
発行部数:5000部(予定)

前号の後に見えてきた課題「表層/深層」や「批判的工学主義」について、「郊外」や「素材」をキーワードに、熱い議論がクールに展開。

巻頭はなんとシュウ・ウエムラさん!!座談会、若手建築家へのロング・インタビュー、メール対談、コラムなど、かなり豪華かつ濃密な内容になっています。

松島潤平の日記にも取材風景などが紹介されています。

今回もかなり衝動的に作りました。でも、読めば次の文脈が見えてくるはずです。

ご期待下さい。

インタビュー記事をアナウンスした矢先ですが、ウエムラ氏が12月末に逝去されたとのニュースが飛び込んできました(>)。今度のRAJが最後のインタビュー記事になったそうです。心からご冥福をお祈りします。
fujimura

2008年01月13日

ほっと胸を撫で下ろす

4日、10:00事務所にて仕事始め。新たな1年の始まり。年間計画などを話す。15:00ゼミ。

5日、打ち合わせ。19:00事務所にて新年会。いつも通り大勢の友人、学生、編集者の方などが集まってくれた。4:00くらいまで。終わって片付けをして、腹が減ったのでスタッフとセンター街へ出てラーメンをすする。

6日、9:00より刈谷と山崎さんとRAJ3の校正をするも終わらず。入稿は来週に持ち越しに。

8日、11:00八束先生のご紹介で「トウキョウ・コレクション」の審査員をすることになり、学生ふたりが説明にやってくる。修士2年生だからか、落ち着いている。3/6(木)にヒルサイド・テラスにて行なわれる予定の公開審査会に佐藤淳さん、馬場正尊さんと出席する予定。13:30よりK-PROJECT現場打ち合わせ。懸案事項が片付いてきて少しずつ前向きな雰囲気になってきた。17:00論文打ち合わせ。つかもと師と査読の返信の文案を詰める。

9日、11:00INAX打ち合わせ@銀座。会場にていろいろ詰め。レイアウト、オペレーション、告知方法など。15:30あるプロジェクトの顔合わせ@品川。各社から出席して総勢15名近いが、最近はこういう会議のスタイルにも徐々に慣れてきた。中座して17:30施主打ち合わせ@和光。かれこれ2年近く打ち合わせしてきているが、ようやく仕上げの打ち合わせに到達。事務所に戻って20:00よりRAJ3打ち合わせ。終電で帰宅し、1:30後輩Kと走る。いつもの通り駒沢公園まで往復7km弱。最後は一応ダッシュして部活っぽく。

10日、編集のFさん来社。コンセプトを練る。13:00元大成アメリカ社長のTさん来社。かれこれ10年前、アメリカを旅行したときにお世話になり、以来ずっと年賀状をやり取りさせて頂いていたが、年始に連絡を頂き、ご友人の方々と共に事務所を訪ねてきて下さった。事務所の様子などお話しさせて頂く。16:00ドミニク・チェンさんと打ち合わせ@六本木ヒルズ49F。LRAJのモデレータを務めてもらうので、出演者のことやイベントの概要など。移動して17:30、ゼミ@塚本研。修論の詰め。20:00Ka編集打ち合わせ。

11日、打ち合わせのあとスタッフと分かれ、17:00松島とmashcomixの皆さんと打ち合わせ@外苑前。とある企画のご相談をしたところ、快諾してくれた。今、ノリにノっているチームだけあって、何かとてもわくわくさせられるオーラを感じる。

12日、13:00より慶応SFCで松川昌平さんが担当されている授業「デザイン言語」のゲストクリティークへ。田中浩也さん、柄沢祐輔さんと一緒に。

この授業は、アルゴリズミック・デザインを日本で唯一展開している授業と言ってよい。敷地も用途も自由で、最初にプログラミングを教え、そのスキルを用いてデザインをデベロップする。アウトプットは、A1ボード+模型+プログラム。

学年が混ざるため成果には多少バラツキが出るが、全体にすごくレベルアップしていて、松川さんの試行錯誤が学生たちを確実に後押ししていると感じられた。当然講評にも熱が入り、アルゴリズミック・デザインとは何かについて立場が分かれ、最後まで議論が盛り上がる。

1点だけ気になったのは、学生たちの多くが、最終形のみをプレゼンテーションしていたこと。アルゴリズミック・デザインとはプロセスへの注意が最終形を決定する、というのがキモなのだから、ボツになった案や試行錯誤の過程を含めてプロセスをもっときれいに表現するべきなのだ。たったそれだけのことで、設計の意味など根本から変わってしまう。

RAJ1の巻頭座談会(「誘導から栽培へ!?」)に始まり、『10+1』のアルゴリズム特集へ連なる一連の議論は、もとを正せば昨年1月にこの授業のクリティークで松川さんたちと議論をして大いに触発されたことがきっかけだった。SFCの学生たちもRAJを熱心に読んでくれているようで(ある学生が黄色く変色したRAJを見せてくれた)、とても嬉しい。

21:00、事務所に戻って刈谷と山崎さんと3人でRAJ3校正続き。建築でも編集でも論文でもそうだが、何事も「終わった!」と思ってからが長い。赤を入れ、隅々まで繰り返しチェックする。それでもまだ修正事項が出てくる。何度もチェックして、修正を繰り返してなんとか4:00終了。これでようやく校了である。週明けには入稿し、1/19のINAXイベントにはなんとか間に合いそうだ。ほっと胸を撫で下ろす。
fujimura

2008年01月15日

段取りが命

13日、10:00RAJのメンバー事務所集合。フリーペーパーの編集で明け方4時に解散したばかりだが、今度はINAXイベントの詰めを行なわなければならない。フジイさんが用意してくれた会場平面、準備リストをもとに議論。ランチを経て解散。

14日、20:00RAJ再集合。イハツがイベント当日の進行表を書いてきてくれたので、それをもとに議論。当日はレクチャー(15分)と質疑応答(5分)を1クールとして、録音(20分)→文字起こし(30分)→データ集め(10分)→校正(5分)→入稿→レイアウト(20分)→チェック→印刷という作業フローを確認。当日はそれをシステマティックに10回繰り返していく。

5分刻みの時間を完全に守り、かつ流れにミスがなければ20:00過ぎに印刷作業を終え、フリーペーパーをライブで編集するというパフォーマンスを完成させることができる。遅れたら・・・考えるだけでぞっとする。レクチャラーにはくれぐれも時間を厳守するようにお願いしなければならない。スタッフだけでなく、モデレータや出演者も含めた全員のチームワークが問われる。

15日、今週よりK-PROJECTの建て方が本格化。銀座の現場も今月からスタートした。14:00エクスナレッジにて打ち合わせ。16:00INAX打ち合わせ。最後の詰め。19:00東工大にてKa編集会議。ようやく企画書完成。

この日、学会の『建築雑誌』が大学などで配達されたらしく、「載ってましたね」とリアクション多数。さすが35,000部のマスメディアだけはある。

ここでは建築都市系のフリーペーパーが誌面をジャックする企画「建築雑誌ジャック」を担当させて頂いている。初回取り上げたのは『ROUND ABOUT JOURNAL』。2ページをRAJのvol.4ということにして号外的に扱い、巻頭企画「建築雑誌は必要か?」に引っ掛けて「オルタナティブ・メディアは必要か?」と題して編集長の五十嵐太郎さんにインタビュー。

オルタナティブ・メディア『エディフィカーレ』の編集から『10+1』、FLAT、トンチクなどを経て建築雑誌の編集に関わっての抱負などを伺った。雑誌の中に、さりげなく他者性が織り込まれるような構成とした。

デザインは刈谷さんのアイディアで一見横組のデザインにさりげなく縦組を挿入するという、雑誌の形式性を逆手に取ったような仕掛け。「ジャック感」が上手く出るか心配だったが、今日のリアクションを見る限りはきちんと意図が伝わったようだ。この連載枠では2月号で名古屋の『FLAT』、3月号で芸大の『空間』を取り上げる予定。乞うご期待。
fujimura

2008年01月20日

文字を起こして、歴史を起こす

LIVE ROUND ABOUT JOURNALの初日が無事終了しました。1日のうちに10組の建築家にレクチャーをしてもらい、フリーペーパーを即日発行するという私たちのチャレンジは、なんとか達成することができました。

記憶が新鮮なうちに振り返っておきます。

9:00RAJのメンバーが会場であるINAX:GINZAに集合。INAX虫鹿さんを交えミーティング。全体の流れを確認。INAX:GINZAショールームアドバイザーの皆さんの朝礼にも顔を出しご挨拶。

10:00学生スタッフ続々到着。全体ミーティング。会場担当、文字起こし担当に分かれて詰め。文字起こしチームは12人。2つに分かれ、つかもと研の後輩KとK笹がリーダーとなって6人ずつのチームを組む。作業フローを確認して早速練習を開始。

12:00昼食。メンバー全員で机を囲んで食べる牛丼が異様に旨い。試合前の雰囲気。

13:00入場者が徐々に入り、席が埋まり始め、出足好調。バックスクリーンの前でスタッフ全員で撮影。準備作業は最後の詰め。

13:50挨拶していよいよ開始。会場は席がほぼ埋まってしまった。90人前後か。

14:00最初のセッションは大西麻貴+百田有希と伊庭野大輔+藤井亮介。大西+百田コンビは初レクチャーだというが、しっかりまとめてくれた。伊庭野+藤井も徹夜で何度も練習したというだけあって落ち着いたプレゼ。モデレータの南後君がそつなく話題を展開していく。

14:30スタッフから「中央アーキの皆さんが来ていません」と連絡が入る。出演者の携帯番号リストですぐ連絡するよう指示。その後10分前くらいに到着し、事なきを得る。

15:00次のセッションは武藤圭太郎と中央アーキ。武藤さんもレクチャーは初めてだというが、話し方があまりにも堂々としていて驚いた。今回のレクチャーにあたっては前田さんが直々にスライドをチェックして下さったらしい。

中央アーキは3人並んだときのオーラがあり、長く活動しているグループならでは。松本君のしゃべりはそつがないし、サカカヨの発言には力があるし、上領君のコメントには鋭さがある。『新スケープ』でサカカヨと対談したときに都市について議論できるイベントをつくりたいと話していたので、部分的にでも実現できて良かった。

レクチャーの間に編集ルームへ。作業は順調にスタートしている。見に来てくれた新建築の四方さんと橋本さんに「著者校正はするの?」と聞かれ、新聞と雑誌の違いに気づく。今まで意識したことはなかったが、新聞のインタビューというのは校正がない。そういう意味ではRAJは雑誌と新聞のあいだ(もしくは両方)をやろうとしている。

16:00次は長谷川豪と吉村英孝。塚本研の同級生と先輩ですと紹介してみる。作品は全く違うが、配置図から入るスタイルは塚本さんに似ていると思った。長谷川にはある種の演技力があるが、それをさらりと交わして「反復と反転」というキーワードを与える南後君。吉村さんは「動的シンボリズム」というキーワードを提示。一見「動的」にはみえない建築どうしを関係づける、面白い軸を与えたなと思った。

17:00松川昌平と田中浩也。この日のために何度も打ち合わせをしてきたというだけあって、抜群の連係。コンパクトなレクチャーに濃密なメッセージが籠る。「アルゴリズム」についての関心が高まっているせいもあって、ふたりの話に食い入るように聞き入っている観客たち。

18:00最後は永山祐子と中山英之。オーディエンスの熱気も最高潮。立ち見が会場を取り囲んでいる。永山さんは展覧会「届かない場所」に併せて、「届かない場所」というレクチャータイトルをつけてくれた。中山さんは「グレーについて」。新作の住宅が衝撃的。ふたりの主張に関連性が感じられ、聞いていてとても面白い。

19:10総括座談会開始。「主観をもとにして設計をするのはいいが、それを説明に使うのはどうか。」という長谷川の発言に反論が集中。中山さんがテーマを汲み取り、アルゴリズム論に繋げたり、いい盛り上がりを見せる。ここでも南後君がいいモデレーションを続ける。

20:30そろそろ配布予定の時刻を過ぎているが、各回とも4000字前後と想定していた文字数が6000字くらいで上がってしまい、編集に負荷がかかった結果この時点でようやく永山さんと中山さんの著者校正。配布が21時過ぎになりそうなので、議論の時間を延長するよう依頼。

21:00最初の1枚の原稿完成。INAXの方にコピーを依頼。

21:15司会者席に戻ると、議論もそろそろ収束モード。結果的に2時間じっくり議論できたおかげで、会場も含めてある種の一体感が生まれている。

最後、南後さんに総括コメントということで振って頂き、テーマ「愛と力の関係」について述べる。これまで活動するなかで見えてきた「表層と深層」という枠組みや、ブログと専門誌を繋ぐ、というフリーペーパーの位置づけについて話す。ネットで誰もが情報発信できるようになった時代において議論を生んでいくには「編集」という行為が重要だと考えていることなどを述べた。

「愛と力の関係」とは、「大きな物語」が失効した後の個人の価値観と社会の権力の関係であるととりあえずは言えると思う。全部のパートに参加できたわけではないが、総括座談会の討論も、概ねテーマに沿ったものであったと思う。個人的にはその構図に個人のなかで何をみて(入力)、何をつくるか(出力)という情報的なデザイン行為の捉え方も重ねられると思っているが、そのあたりは26日に話したい。

21:20討論を一旦終了。会場後方のスクリーンでは表紙のレイアウトが見える。もう少しで完成か。

21:25最後のコピーが完了し、A4判12ページのフリーペーパー完成。ずっと想像してきたものができたわけだが、成果物を見て「ここまでできるんだ」と思い、なんだか感動してしまった。レクチャーや討議のライブ感がテキストとレビュー、タイトル、写真によってパッケージされている。

編集スタッフ全員でオーディエンス1人1人に1枚ずつセレモニーっぽく渡していく。白黒コピーだが、表紙にシールを貼るという刈谷のアイディアにより、かっこよさが増した。シールが会場で配布されたオリジナル版であることの証明にもなり、よりコンセプチュアルになった。

当初の目的は予定を90分もオーバーしてしまい、INAX:GINZAの皆さんを始め、関係者の皆さんには迷惑をかけてしまったが、フリーペーパーを即日発行し、議論のライブ感をパッケージングするという当初の目的はなんとか達成させることができた。

21:30会場にて関係者で懇親会。興奮冷めやらぬ空気。最後は山崎さんがスピーチをして、(なぜか)長谷川豪が一本締めを仕切り、終了。個人的にはスタッフに加わってくれた学生たちの「思いがけず楽しかった」というアイロニー込みのコメントがとても嬉しかった。彼らには「文字を起こして、歴史を起こす!!」と言い続けてきたが、彼らにも何か手応えをつかんでもらえただろうか。

22:30近所で2次会。出演者全員とメディア関係者が参加。議論の続きが深夜まで続いた。

というわけで初日は無事に終了しましたが、26日には2回目が控えています。いろいろ不安要素を抱えていますが、1日目の反省点は改善してきちんと成功させたいと思います。

当日刊行されたフリーペーパー『ROUND ABOUT JOURNAL』vol.5(特集「愛と力の関係」)は26日まで、INAX:GINZAで配布しています。また19日に刊行したフリーペーパー『ROUND ABOUT JOURNAL』 vol.3(特集「都市ビューティ革命」)も、INAX:GINZAにて配布中です。

どちらも感想など頂ければ幸いです。よろしくお願いします。

fujimura

2008年01月23日

あえて閉じる

LRAJについて、いくつか反応を頂きました。

五十嵐太郎さんは「『エディフィカーレ』以降のもっとも重要なオルタナティブ・メディアの試みだと確信しました。僕らには想像できなかったかたちで、若手の核となるムーブメントが進行している。」と紹介して下さいました(>)。

松田達さんは「出演者も、敷地などの観察から建築をつくるヴィジュアル派(=表層/観察/感覚/目/「愛」)と、手順の設定から半ば自己生成的な方法論で建築をつくろうとするアルゴリズム派(=深層/観測/論理/身体/「力」)に二分可能。」と分析されています(>)。

その他、ブログなどでイベントについて書いて頂いた皆さん、どうもありがとうございます。19日の様子について、詳しくはメンバーの松島潤平の日記伊庭野大輔の日記でリポートされていますので、よかったらご覧になって下さい。

松島も書いていますが、LRAJは単なるレクチャーのシリーズというよりも、それらを編集することを見せるイベントである、ということは案外伝わりにくかったようです。私たちが狙うのはいろいろな主張を同一平面に並べることでストーリーをつくる=編集すること。そしてその編集プロセスを開放することにあります。その意味で後半の総括討論について様々な反応があることは悪くないなあと思います。

このイベントは、モデレータを社会学者の南後由和さんやドミニク・チェンさんにお願いし、異なる分野の視点を導入するなどの工夫をしつつも、基本的に建築界というサークルに「あえて閉じる」という戦略を採っています。広げるべき議論もないままに闇雲に「広げる」ことだけを模索するよりも、まず建築家の間でアクティブな議論の場を生成させることが、社会に対してメッセージを発信する前段階として、必要なプロセスだと考えるからです。その狙いについてはもっと伝えていくべきなのかも知れません。

まだ準備が残っていますが、26日の討論を今から楽しみにしています。19日のように盛り上げたいですね。

21日、10:00たまっていた仕事を片付けていく。いくつかの打ち合わせ。14:00源泉税の納入で会計事務所の担当者が来社。ついでに給与と経費の計算を済ませ、銀行へ。17:00INAX:GINZAへ。26日に向け、改善点などを話し合う。

18:30建築学会の文化事業委員会へ。10月下旬にAND(Archi-neering Design)展が開催されるので、それに合わせて建築文化週間で行なうイベントの計画など。その後齋藤会長も交え新年会。最後は工藤和美さん、五十嵐太郎さんと帰る。

22日、10:00打ち合わせ@虎ノ門。エレベータで建築家のYさんにバターリ。13:30移動し、K-PROJECT現場へ。先週より鉄骨建て方も本格化。900Hの大きな梁が入って躯体にますます迫力が出てきた。住宅地の中にとても暴力的なスケールの構造が入っている。その後現場定例。この日は問題もある程度片付いていたので冒頭だけ参加し、あとはスタッフに任せ移動。

15:00着工したばかりの(仮称)G-PROJECTの現場定例へ。この日が1回目。現場事務所が市場の上にあるので通うのが楽しくなりそう。K-PROJECTよりやや大きい500坪強の現場だが、関係者も多く、今まで経験した現場事務所の中で一番大きい。現場監督より工程説明、現場に移動して地縄の確認など。その後分科会。

18:00昨日に引き続いて建築学会の編集委員会。『建築雑誌』は1月号が無事刊行され流れがでてきた。2つの連載企画(「建築マンガ」「建築雑誌ジャック」)と6月号の第2特集を担当。終了後恒例の飲み会。LRAJの感想などを頂く。途中から山崎さんが合流。そのまま流れて2次会。五十嵐太郎さん、南泰裕さん、倉方俊輔さん、MDR齋藤さん、ぽむ桂さん、山崎さんというメンツでいろいろ話しているうちに朝。楽しかった。始発で帰宅。

23日10:00ゼミ@塚本研。終了後、製図室でg86メンバーと軽く打ち合わせ。別室では卒業設計が始まっている。後輩諸兄の構想を聞いて回る。象徴主義を批判し地域主義を唱えるというパターンは分かりやすいが、もうちょっと他のアプローチはないものか、などと思う。頑張れ東工大生。

ROUND ABOUT JOURNALvol.1-3は1月26日までINAX:GINZAの7階クリエイティブスペースにて展示+配布中です。vol.5(19日の成果物)も26日まで会場限定で配布していますので、26日に会場に来られない方でバックナンバーを入手されたい方、vol.5を手に入れたい方はINAX:GINZAへぜひいらして下さい。vol.5は会期中のみの配布ですし、展示期間中は編集ルームにも入れますよ。

fujimura

2008年01月28日

夜明け前に

LIVE ROUND ABOUT JOURNALの2日目がおかげさまで無事終了しました。

1日目は約220人、2日目は約240人の方に来て頂くことが出来、全体にいくつか反省点も残るものの、イベントとしては概ね成功させることができたと言えると思います。内容についても、1日目はオーディエンスからの質疑応答も含めて活発な議論が展開されたのに対し、2日目は途中に「批判的工学主義」のセッションを挟んだこともあり、比較的テーマに沿った、軸のある議論が展開されました。その意味で1日目で問題の枠組みを印象づけ、2日目に方向性を提示する、という私たちの狙いはほぼ実現できたように思います。

その狙いの背景には、日本の大人しいレクチャーのあり方を変えたいという思いがありました。このブログでは初期の頃、ヨーロッパ人建築家のレクチャーリポートを盛んにアップしていましたが、ヨーロッパやアメリカで行なわれているレクチャーがトピックを提示して、建築家同士の議論の場になっているのに対して、日本人建築家のそれは新作発表と裏話に終始する場合も多く、観客も建築家の話の内容を評価するというよりは、顔写真と経歴(大学や出身事務所など)ばかりに注目する、という状況がしばしばみられ、なんとかできないかと思っていました。

ここではそのような状況に対して新しいレクチャーのあり方としてセッション形式にして複数の建築家が同時にレクチャーする平面を整え、かつそれを横断して俯瞰するモデレータを他分野に方にお願いすることで文脈を提示し「内容を聞く」ものにしようとしました。必ずしも徹底できなかったのですが、各レクチャーにタイトルをつけてもらうようお願いしたのも、作品ではなくトピックやストーリーを提示してもらう、という意図があったからでした。名前だけを見て判断するのではなく、「議論の場」そのものに参加したいと思えるようなイベントに近づけたいという思いがありました。

いくつかのブログなどでの反応をみる限り、その試みは一定の成果を上げているように思えます。

各レクチャラーの皆さんは、15分という短い時間での発表にも関わらず、同世代が集うということもあり、とても気合いを入れて準備して下さいました。総括討論でも自作だけではなく、他の建築家の方々の主張に積極的に繋げるかたちで意見を述べて下さり(これは日本のレクチャーではなかなか見られない)、次第にある熱気が生まれていったように思います。「議論する」ということの熱さ、面白さを再認識させて下さいました。

また、南後由和さんとドミニク・チェンさんのモデレーションも素晴らしいものでした。南後さんは19日の議論で、「建築の可能性とは何か、答えを用意して下さい」と問いかけ、建築家の社会的役割の議論を提起して下さいました。ドミニクさんは26日の議論で、情報分野での議論を紹介しながら、「アーキテクチャー型権力」と建築の関係について、議論を開いていってくれました。建築プロパーではないけれども、このふたりなら絶対に面白い、と根拠なく確信しむちゃ振りしてしまいましたが、こちらの予想など遥かに越えて、素晴らしい議論を誘導してくれました。

そして学生スタッフの皆さんは、卒業設計前や設計課題の締め切り前の重要な時期にも関わらず、文字起こしや会場運営などのサポートをしてくれました。彼らのピンと張りつめた緊張感や統率の取れた姿が訪れた人に驚きを与えたことは間違いありません。

最後にスポンサーでもあるINAXマーケティング部とINAX:GINZAの皆さんには、告知や会場のセッティング、当日のサポートなど、何から何まで、本当にお世話になりました。2日とも予定時間を大幅に押してしまいご迷惑をお掛けしてしまったのですが、私たちの作業を暖かく見守って下さり、出来上がった原稿をコピーするため、駆け回って下さいました。

以上、このイベントを盛り上げて下さった全ての皆様にお礼を申し上げます。どうもありがとうございました。

当日の様子を軽く振り返っておきます。

8:50INAX集合。準備を始める。

9:50スタッフミーティング。その後学生が集まり全体ミーティング。前日に伊庭野(元アメフト部)がハッパを掛けた結果、ほぼ全員が遅刻なしで揃う。「試合前のロッカー室」みたいな雰囲気。

12:00お約束の牛丼ランチ。緊張する。

13:00スタッフ全員で写真撮影。客が入り始める。

13:50いよいよ2日目開始。トップバッターは釜萢誠司+針谷将史。あえてふたりばらばらに話す。針谷が「精度」について語り、釜萢が「制度」について語り、表層と深層の対比が浮かび上がっているのが面白い。続いてg86。途中スライドが固まったりしてヒヤヒヤしたが、彼らの勢いと行動力が伝えられれば、と思う。

15:00次は伊藤暁。「適当に付けた」などとポーズをとりつつ話す「自律する建築」というテーマを、ドミニクがインターネットの議論にうまく繋げてくれた。続いて柄沢祐輔は「風景に論理を導入する」と題し、アルゴリズムを用いた設計論をプロダクトからインフラまでスケールを横断して紹介。

16:00自分の番である。Apple Storeでも話した設計プロセス論「『流れ』を設計する」を発表。平田晃久さんは「Animated Topolography(動的な空間的地形?)と愛の力」と題し、幾何学と行為の緊張関係を語る。トップダウン的に形式を与えようとする平田さんに対し、徹底的にボトムアップ的に形式を成長させていく僕のやり方を対比的に示すことで、「形式と生活」という議論の軸が浮かび上がる。

17:00引き続き「批判的工学主義」について。あえてこの位置に挿入したのは、議論の流れを意識してのこと。柄沢君、南後君と3人でスイッチしながら話す。倉方俊輔さんにマイクを振ったところ、「情報分野での『アーキテクチャー型権力』と実空間のそれは違うのではないか」と指摘されるも、まさにそこが議論のミソ。スーパーマーケットの分節を情報空間的に「あえて誤読する」という戦略を説明することができた。さすが鋭い。

18:00最後のセッションは中村拓志さん。女の子が無邪気に鳥に餌をやったり、編み物をする「Dancing Tree, Sinnginng Bards」の写真をバックに、淡々と環境問題を語る。まさに「愛と力」!!インタビューのときにも感じたが、その場の空気を読んで、ささっとこちらの枠組みに乗ってくれる感じが素晴らしい。

そして吉村靖孝さん。「動物と建築」と題して始まったレクチャーのスタートは「せんだいメディアテーク」2等案!!先ほどの情報空間論と完璧にシンクロして興奮。1995年のこのコンペこそが、批判的工学主義の文脈に照らしても歴史的事件だったのだと再認識。レクチャーでは阿見町の「平和資料館」のような空間的な主題(表層)を展開するプロジェクトと、「ソレイユ・プロジェクト」のようなシステム的な主題(深層)を展開するプロジェクトが並走しているところが面白いと感じた。

19:10最後の総括討議。マイクを回しつつ話す。特定の人物に質問が集中するというよりは、「批判的工学主義」というトピックを中心に議論が進む。冒頭で吉村さんが「方法論が違えども、全部同じに見えるんじゃないか」「自然をメタファーにすると建築はいらなくなってしまうんじゃないか」と心配そうに(?)問題提起。確かに1990年代は建築家不要論がもっとも強かった時期だったが、今こそそれを覆す必要がある。

佐藤敏宏さんからは「建築家の倫理をどう考えるか」と重い質問が飛ぶ。倫理の依って立つ命題の見えない時代の建築家の倫理についてこそ、私たちは考える必要がある。松川昌平さんは「建築の寿命に比べて社会的なプログラムの寿命はあまりにも短い。社会的なプログラムを根拠に建築を構想するのは危険じゃないか。」と問題提起。19日組と26日組で多少温度差があるとすれば、26日組は社会的プログラムを引き受ける、という姿勢を明快にしているという点だろうか。その違いがはっきりしたとすれば、それはむしろよいことだ。立場の違いを見出したあとで、意見交換していければいいと思う。

21:30様々な議論が提起されたが、ここで一旦総括討議終了。編集作業は押しに押してしまい、フリーペーパーを発刊できたのは結局22:00少し前。前回の反省を活かしたはずが、逆に時間がかかってしまった。議論に出てくる固有名が難しく、起こしに時間がかかってしまったらしい。待って下さったオーディエンスの皆さんには感謝しなければならない。メンバー全員で1冊1冊にシールを貼りつつ、丁寧に渡す。

22:10懇親会スタート。最後のスピーチでINAXの虫鹿さんが「ミーティングで『革命を起こす』と言っているのを聞いて最初は引いていたけれど、終わってみて本当にそうかも知れないと思えた」とおっしゃって下さり感動した。ずっと暖かく見守って下さったINAXの皆様には心から感謝したい。

22:40撤収を完了して、2次会に流れる。ここで学生諸兄と別れる。学生の1人に「楽しかったです」と言われ、再び感動。今まで手伝いをお願いして文句を言われたことはなかったが、「楽しかったです」とストレートに言葉にして言われると嬉しい。彼らが今回のイベントに参加したことで何を感じたか、じっくり話を聞きたいところだが、それは後日のお楽しみということにしておこう。

3:30「アルゴリズム」「愛と力」「モテvsヲタ」を軸に2次会も程よく盛り上がったが、閉店となり店を出る。3次会の店へ向かって、みんなで銀座の街を歩く。なんという爽快さ。

歩きながらふと考える。このようなかたちでイベントを開催できたのも、ブログだったり、勉強会だったり、展覧会だったり、些細なきっかけと出会いのおかげだということ。TEAM ROUND ABOUTにしても、仕事帰りに夜中にファミレスで議論していた連中がいつの間にか力をつけ、世に問いかけるような活動を仕掛けるほどに成長してきている。メンバーの高いモチベーションによって、ほどよい緊張感が維持されてきたことは喜ばしいことだが、こういう楽しさをいつまで続けることが出来るのか、先のことを考えると逆に身が引き締まる思いだ・・・。

6:00まったりと3次会も終了し、散会。夜が明ける。新しい時代の幕明け・・・を勝手に予感しつつ皆と別れ、地下鉄に乗る。

・・・というわけで長くなりましたが、イベントやフリーペーパーの感想など頂ければ幸いです。今後ともROUND ABOUT JOURNALの活動をよろしくお願いします。
fujimura

2008年02月02日

インタビュー/スタディ/オープンデスク募集

東工大建築学科の機関誌『Ka』の取材が本格化。数年前から年に1度の発行となり、今号から学生中心の編集体制へと移行することとなった。歴史意匠系の各研究室の博士課程の学生8名を中心に会議を重ね、企画がまとめられた。

29日、この日は最初のインタビューで安田幸一先生の話を伺いに安田アトリエへ。学校そばのコンビニの裏の、ビルの1階を改装したアトリエ。ガラスブロックのファサードがきれいで、こんな近くにあったとは知らなかった。「言葉とデザイン」を切り口にインタビュー。日建設計に長く在籍された後で大学に戻って来られた先生ならではの独特の作家像が興味深かった。

31日は建築史の藤岡洋保先生へのインタビュー。スタンスが明快で、話に全く淀みがなく、熱い。現代の問題を解決するために過去の事例を参照する、というデザイナー的な視点や、堀口捨巳や「巨大建築論争」の神代雄一郎の話が興味深かった。

大学院1年生の頃、藤岡先生の授業で建築評論を書く機会があった。特定の建築を選び、それを同時代の他の建築と比較したり、同じ作家の後の作品を参照したりして、その作品を位置づける、という課題だった。僕たちは「パレスサイドビル」(日建設計/林昌二)を選び、丹下作品の香川県庁舎などのコアシステムと比較したり、「日比谷電電ビル」(日本電信電話公社施設局建築部/國方秀男)と比較したりして、読み方を探ろうとした。この経験を通して、建築を批評することの面白さを知ったような気がする。藤岡先生の話を伺いながら、懐かしく思い出す。

2月1日、GAの山口さん来社。『GA JAPAN』の記事にて先日のイベントLIVE ROUND ABOUT JOURNALを取り上げて頂くことになり、インタビューして頂いた。来週は『新建築』にて南後君、ドミニク君と3人で鼎談の予定。台湾の雑誌『Dialogue』の取材も決まった。ありがたい。

この日は打ち合わせを梯子する。藤村事務所では現在、大型のビルのプロジェクトが3件進んでいる。いずれも400-500坪くらいの規模で、今年から来年に掛けて竣工する予定。そのうちK-PROJECTは建て方が佳境、5月末には竣工する予定である。

その他にこの年明けから住宅プロジェクトが1件始まった。独立住宅の設計は初めてだが、事業ビルとは異なる面白さがあり、とても楽しく設計を進めさせて頂いている。ビルは今まで1/100でスタディしてきたが、ここでは篠原一男に倣い、1/50でスタディを進めている。

今のところいつものように線形に積み上げて、ボトムアップしていくスタディを展開。今、ようやく005案に辿りついた。だんだんスタッフの体(頭ではなく)が追いついていけば、加速度的にスピードアップしていくだろう。3月末までの設計期間にどれだけ飛躍できるだろうか。

春休みのオープンデスクの募集を始めました。たった2週間だけですが、毎日一緒に議論しながら模型をつくる経験は、きっと4月からの生活を変えます。一緒に歴史をつくりたい人はぜひこちらへ。意欲ある皆さんの応募をお待ちしております。

先日のイベントLIVE ROUND ABOUT JOURNALについて、TEAM ROUND ABOUTメンバーの松島潤平伊庭野大輔藤井亮介が詳細にリポートしていますので、よかったらご覧になって下さい。

出演者のひとり、大西麻貴さんも、熱い感想を書いてくれています。

会場に聴きに来てくださった方の反応も嬉しいですね。佐藤敏宏さんは偶然来られたそうですが、イベントの主旨を即座に理解して、朝まで議論におつきあい下さいました。その他、直接お会いしたことはない方ですが木村覚さんという方が「批判的工学主義」について、詳細に感想を書いて下さっています。

ROUND ABOUT JOURNALvol.3はINAX:GINZAにて配布中です。今後建築系書店等で配布して頂く予定です。まだまだ在庫がありますので、配布に協力して下さる方(特に地方の方歓迎)には100部ずつお送りします(学生の方は無料)。送り先の住所、氏名、学校名or勤務先、学年を明記の上、藤村事務所までご連絡下さい。連絡先はこちら。お待ちしております。

fujimura

2008年02月03日

ROUND ABOUR JOURNAL vol.3 全コンテンツ解説

ROUND ABOUT JOURNAL vol.3について配布に協力して下さる方を募集したところ、早速メールが続々。東京近郊、関西圏、地方など地域も様々。学生だったり社会人だったり属性も様々。ただ一様に熱い文面で嬉しくなる。月曜日から順次発送しますので、よろしくお願いします。

さて、恒例(?)の全コンテンツ解説を。

ROUND ABOUR JOURNAL vol.3 特集「都市ビューティ革命」

「1995年以降の建築・都市」をテーマにしたvol.1+2に続く今回は「表層と深層の関係」にテーマを絞って構成。「『批判的工学主義』は『都市ビューティ革命』となりうるか」と問いかけるイントロに続いて11本のインタビュー、座談会、メール対談、レポート、論考を収録し、濃密な議論を展開しています。

シュウ・ウエムラ「からだの深層からきれいになる」
巻頭はビューティ界の巨匠、シュウ・ウエムラ氏。植村さんの提唱されている「美容と健康の関係」は、まさに表層と深層の関係。とても気さくに、かつ論理的にお話を展開して下さいました。特に後半の都市について論じるくだりは新鮮。最後に藤井亮介の小論「美を培う」が補完し、全体として私たちの主張を美しく翻訳しくれています。

柄沢祐輔+ドミニク・チェン+南後由和+藤村龍至「次世代の東京を描く」
「ビューティ」から一転して男子4人組によるガチンコ座談会へ。「批判的工学主義」を提唱する柄沢+南後+藤村と「プロクロニズム」を提唱するチェンの意見交換しつつ、「批判的工学主義」の行先を議論しています。収録は「批判的工学主義」を提唱した東大工学部2号館にて。

平田晃久「泉北ニュータウンから『生命のような建築』を考える」
大阪府堺市の泉北ニュータウン出身の平田さんに、偶然にも同じニュータウンの出身である南後君がインタビュー。堺は古墳が多いことでも知られていますが、「横から見るとただの森だけど上空から見ると幾何学」という古墳のもつ二重性についてや、ニュータウン=均質という図式的理解を超えて、工学的空間に生命性を見出すという思考など、あえて『東京から考える』的な自分語りをして頂くことで、平田さんの持論を引き出すことができました。

中村拓志「『おもてなし』のアーキテクチャー」
このインタビューを読んで中村さんの印象が変わった、という反響をたくさん頂いています。中村さんの展開する「恋する建築」というコンセプトを「アーキテクチャー型権力」の文脈と接続して議論することで中村さんの批評的側面が引き出せたのではないかと思います。

吉村靖孝+吉村英孝「自由を得るために深層を開く」
レッシグを引用して議論を展開している数少ない建築家の一人である靖孝さんと、塚本研の先輩で個人的も関わりの深い英孝さんのおふたりに、初めて同時にインタビュー。MVRDVやアトリエワンなど、時代的に影響の強かった建築についてもいろいろ議論できて楽しかったです。

藤原徹平「『エンデ的建築家像』をもって『科学的公共性』をめざす」
勝矢武之「深層から建築家の立場を考える」
最も組織的なアトリエ事務所のひとつである隈事務所の藤原さんと、最もアトリエ的な組織事務所のひとつである日建設計の勝矢さんへのインタビューを並列させています。グローバル・キャピタリズムの最前線で活躍されるおふたりと、建築家の社会的役割や位置づけについて議論しています。シチュアシオニスト研究の修論がベースになっているという藤原さんと、「降りる自由」を担保するべきだという勝矢さんの主張は、ともに資本に対してクールなのが意外で興味深いです。

長坂常「状況を直視して、ギリギリまでデザインをしないというアプローチ」
武藤圭太郎+虫鹿元博「タイルの可能性を表現し、新たなコラボレーションを誘発する場」
建築家の社会的位置についての議論が続いた後で、現場の状況にフォーカス。まずデビュー作「haramo cuprum」以来、郊外型集合住宅のプロジェクトを手がける長坂さんに、郊外的文脈で働く工学の力のありようと、それに立ち向かう熱い姿勢に敬意を表しつつインタビュー。最新作sayamaのプロセスが前回のインタビュー「ちゅうぶらりんのまま設計する」にそのまま連続しているという話がとても面白い。
次に前田則貞アトリエの武藤さんと、INAXの虫鹿さんにINAX:GINZAの改修プロジェクトについて伺いました。1Fエントランスホールの3次曲面の設計・施工プロセス、90年代のガラス建築ブームのあとでタイルメーカーが模索したマーケティング戦略など、担当者ならではのリアルなお話を伺えました。

岡部明子「EUの表層と深層」
現場から一転してアカデミックかつグローバルに。バルセロナの磯崎アトリエに勤務し、ヌーベルやコールハースなどの建築家にインタビューした処女作『ユーロ・アーキテクツ』から『サステイナブル・シティ』を経て、最近の研究に至るまで、岡部さんのライフ・ヒストリーを語って頂きました。建築家という表層から都市政策という深層へ、岡部さんらしい批判的な眼差しが伺える、貴重なインタビューに仕上がっています。

エイドリアン・フォーティ「カルチュラル・メディアとしてのコンクリート建築」
昨年6月に来日した『言葉と建築』のエイドリアン・フォーティの日本滞在記+ミニ・インタビュー。「大切なことは『批評的であろう』と考え続けることです。」というメッセージは、批判的工学主義を提唱する私たちへのエール!?

マティアス・シューラー「建築と設備のあいだ」
SANAA「ツォルフェライン・スクール」において採用された「アクティブ・インシュレーション」など、独創的なアイディアで注目を集めるエンジニア、マティアス・シューラーへのインタビュー。伊庭野が日建設計の研修旅行でドイツに行った際に採って来た素材を再構成しています。

松島潤平「遠く離れた都市を愛し、力強く変える方法」
国際コンペで必ず問題となる、地域性、場所性についていかにアプローチするか、という課題について、イスタンブール国際コンペを担当した経験からケン・ヤング、MVRDV、隈研吾、黒川紀章、ザハ・ハディト、フクサスらを比較し、批評しています。

伊藤暁「『キティちゃん』問題~複数の作家性が並列可能なプラットフォームをめざして~」
前回藤本事務所の青木君と展開して好評をいただいたメール対談「若手からみるワカテ」の第2弾。今回はヨコミゾ事務所在籍時に「富弘美術館」などの現場を担当した伊藤暁君に登場して頂きました。「キティちゃんの張り紙でも貼れちゃう気分だった」という感覚は、「富弘」~「アルメラ」~「せんだい」を繋ぐ表層と深層を分ける設計手法の流れを位置づけ、あらためて「富弘」の提起した「メタ設計」という問題が再浮上させているように思えます。

g86「冷静と情熱のアーキテクチャー」
ラストは学生は常に建築家や社会学者の出す2次3次情報しか得られない、という自らの情報環境に疑問を持ち、自らインタビューをまとめてネットで公開するという活動を展開し始めた東工大の学部3年生4人組g86へのロングインタビュー。彼らの分析力(冷静)と行動力(情熱)に満ちた言葉は、荒削りではあるけれども、メディアの言説に踊らされ、トートロジーに陥りがちな同世代の学生たちに、いい刺激を与えることでしょう。

益子悠「建築マンガ」
vol.1+2に引き続き、mashcomixの益子悠さんにマンガを描いてもらいました。今回のテーマである「表層と深層」をもとに議論し、干支が次々と脱皮しながら繋がっていき、さらに表紙の女の子に繋がって表紙と裏表紙を繋ぐという、益子さんらしい、クールでフォルマリスティックなマンガに仕上げて頂きました。

以上、全コンテンツ解説でした。

ROUND ABOUT JOURNALvol.3はINAX:GINZAにて配布中です。

引き続き、配布に協力して下さる方を募集します。100部ずつお送りします(学生の方は無料)。送り先の住所、氏名、学校名or勤務先、学年を明記の上、こちらの連絡先までメール下さい。お待ちしております。

私立大学では既に発表会を終えているようですが、東工大では2月に入り卒業設計が本格化。g86も手伝っていました。後輩Yは曲線のプランを描いている。K笹は組織設計みたいなタワーで工学主義(?)。K井は都市空間における城郭の役割がテーマらしく、批判的地域主義(?)的。みんな楽しそう。盛り上がって欲しい。

春休みのオープンデスクも募集中。学部生、初心者歓迎。興味ある方はこちらへ。意欲ある皆さんの応募をお待ちしております。
fujimura

2008年02月13日

RAJ発送/K-PROJECT上棟/建築あそび交流

ちょっと遅くなってしまったのですが、この週末にROUND ABOUT JOURNAL vol.3を発送しました。京都のUさん、大阪のKさんなど、お届けした方から早速メールを頂いています。PDFでwebに公開するのもよいけれど、メールで募った希望者に直接送付するのはmixiの足跡機能にも似て、誰に届いたのか実感できるのがいいですね。というわけで学生の皆さん、届いたらまず連絡をよろしくね。

ROUND ABOUT JOURNALvol.3はINAX:GINZA、お茶の水の南洋堂、大阪の柳々堂にて配布して頂いていますが、配布に協力して下さる方(特に地方の方歓迎)には100部ずつ直接お送りします(学生の方は無料)。送り先の住所、氏名、学校名or勤務先、学年を明記の上、こちらまでメール下さい。お待ちしております。2月29日まで。

5日、13:30坂本一成先生インタビュー@東工大。坂本先生と初めてじっくりお話する。形式と便宜の緊張関係に建築の意味を見出したい、と主張される先生に、スケールやプロポーションの役割とは何か、執拗に問いかけてみた。とても贅沢な時間だった。

18:00ちょい遅刻で新建築社へ。南後由和、ドミニク・チェン、藤村龍至という組み合わせで鼎談。初めて3階のサロンに入る。よく雑誌で見る部屋である。やや緊張しつつも鼎談開始。先日のLIVE ROUND ABOUT JOURNALを振り返りつつ、そこで浮かび上がった諸問題について討議。ふたりとも切れ味鋭い問題提起の連続で盛り上がり、あっという間に20:30。こういう議論を定期的に続けていたら何かすごい文脈が生まれていくのではないか。

6日、K-PROJECT上棟式。現場係員のS井さんも今日はなんだかテンション高い。鳶の親方、お施主様に続いて四方を清める。簡単に挨拶をし、近隣挨拶。会食のセッティングはご挨拶も兼ねてお隣のお寿司屋にしてもらった。

現場ではカオティックな街並にものすごいボリュームが立ち現れつつある。しかもそれが4つのコアで軽快に浮かんでいるのが痛快!5月末の竣工まで気が抜けないが、ここまで来たら前進あるのみ。絶対にモノにしてやる、と気合いが入る。

19:00柄沢、南後と「批判的工学主義」の打ち上げ。継続的な議論から生まれつつある小さなコンセプトを、大きな流れに変えていくべく継続的に仕掛けていく。

7日、打ち合わせ@エクスナレッジ。こちらも定期的に打ち合わせを繰り返しながら、少しずつイメージを固めて来た。この日でおおよそ方向性が見えた。「これ上手くまとめたら歴史に残るでしょう!」と一同テンション上がる。

10,11日は佐藤敏宏さんを訪ねて福島へ。1/26のLIVE ROUND ABOUT JOURNALに偶然いらして下さり、私たちの活動に興味を持って頂いたとのことで、打ち上げを兼ねてみんなで押し掛けて議論の続きをすることにしたのだ。

1泊2日、正味24時間とちょっと。佐藤さんの建築の見学と、旅館での討議。とにかく濃密な時間を過ごした。疲れもすっかり吹き飛んでしまい、車中でも、食事中でも、延々議論し続けた結果、「建築主義者」というありがたいネーミングを頂く。それでも佐藤さんは「話したいことの1/4しか討議できなかった」という。

世代論的で、世代の連続よりは断絶を強調しているところとか、建築をモノというよりメディアとして捉えているところなど、「ROUND ABOUT JOURNAL」の一連の活動は、「建築あそび」に知らず知らずのうちに大きく影響されているのかも知れない、と再認識した。特にプラットフォーム的構造をもつイベント「LIVE ROUND ABOUT JOURNAL」が、佐藤さんの一連の活動の原点であるという「土湯温泉ワークショップ」(1984年)にそっくりなのに驚いた。

佐藤さんの建築は2002年に初めて建築あそびに参加させてもらったときにいくつか見せて頂いたが、改めて拝見すると当時は見えなかったものが見えてくる。形態のメッセージ性も、ディテールの荒々しさも、その建築に住まう人々の知性がこれらの建築を支えているという当たり前の事実も、当時は何も理解していなかったな、と思う。

伊庭野も松島も藤井も、佐藤さんの挑発に刺激され、自分の意見を表明するうちに自分の考えが鮮明になるという、貴重な体験をしたと思う。興奮気味に「楽しかったです」と話す彼らを見て、佐藤さんがあの日たまたま現れたという偶然に感謝しなければならない、と思った。
fujimura

2008年02月15日

RAJvol.3配布協力者引き続き募集(2/29まで)

ROUND ABOUT JOURNAL vol.3は岡山のJさん、群馬のOさんからも「届きました」旨メール。嬉しいですね。続いて福岡のMさん、札幌のNさんから配布協力の申し出を頂き、100部発送しました。広島のOさんという方からもメールを頂きました。すぐ発送しますので、少々お待ち下さい。届いたらご連絡をお願いしますね。

これで配布に協力して下さっている方は札幌、群馬、東京(2)、京都(2)、大阪(2)、岡山、広島、福岡、熊本と全国展開(^_^)/。東北、四国、沖縄あたりの人でご協力頂ける方がいたらぜひメール下さい。もちろん、上記と同じエリアの方でも大丈夫です。フリーペーパー本体は無料、送料のみご負担頂いています(1000-1200円程度)が、学生の方、学校等で配布される方には無料でお送りしています。送り先の住所、氏名、学校名or勤務先、学年を明記の上、こちらまでメール下さい。2月29日まで。

濃密な誌面ですので、きっと読み応えがあると思います。読んだ方、感想をメールして頂ければ、次の誌面づくりに必ずフィードバックします。よろしくお願いします!

だいぶ埋まってきましたが、藤村事務所のオープンデスクも引き続き募集中。学部生の皆さん、春休みにちょっとだけ時間を割いておくと、4月以降に圧倒的な差がつきますよ。時間を無駄にしたくない方はぜひ。

明日(16日)、宮城大学の講評会のため仙台に行きます。
fujimura

2008年02月20日

講評論

RAJの発送作業続く。静岡Oさん、新潟Sさん、仙台Mさん、京都Wさん、鹿児島Tさん。そろそろ在庫が少なくなって来た(あと400部くらい)ので、欲しい方はお早めに。

15日、塚本研の後輩Nの壮行会@自由が丘。2次会ではカラオケに突入。マイクを話さない留学生たち。4時頃解散しマックで始発待ち、的な。

16日、そのまま一睡もせず事務所へ。新建築社へ書評原稿を送ったあと、新幹線で仙台へ。宮城大学の卒業設計自主レビュー@せんだいメディアテーク。中田千彦さん、岩下暢男さん、本江正茂さんと一緒に12人の学生の作品を講評。

講評会に呼んで頂いた時は意図して分析的に話すようにしている。分析的な講評が一番フェアだと思うからだ。自分なりにメッセージを込めたつもりだが、どれだけの学生に伝わっただろうか。

面白かったのは、「宮城らしさ」をテーマにしている人が皆無だったこと。以前、新潟大学の学外講評会に参加した時は新潟のローカリティに関わる提案が多かったので、地方の大学とはそういう空気なのかと思い込んでいた。他の大学ではどうなのだろう。

もっとも宮城大学の場合、「日本一決定戦」が近くで開催されていて、運営スタッフをやっている学生も多いそうだから、卒業設計のトレンドを良くも悪くも学習してしまっているのかも知れない。その意味では「日本一」にあまり接続していない東工大の方がむしろローカルっぽい。

ところで卒業設計のトレンドとは、一言でいえば「個人の主観を根拠にした形式主義」。機能はもちろん、歴史も伝統もテーマにはせず、個人の感覚を形式化し、オーバードライブさせる。

そういう趣向に「社会性がない」と批判するのは容易だが(そして大半の大学ではそういう講評が行なわれているのだろうが)、ここで必要なのはむしろ「まだ個人の感覚の掘り下げが足りない」と問いかけることなのではないかと思う。現代の工学的状況においてはコンビニで立ち読みをし、自動車に乗り、ショッピングモールの売り場で家電を買って・・・という日常の身体感覚を建築的に掘り下げるほうがよっぽど社会性があるのだが、そういうアプローチの作品にはなかなかお目にかからない。おそらくそれを評価し、議論する枠組みが大学の講評会にはないのだろう。

結果、大学では地域性や公共性を持ち出して適当に繕い、学外では「つくりたいからつくりました」とトートロジカルに語る、という議論のショートが反復される。このままでいいのか。

17日、11:00住宅施主打ち合わせ@事務所。引き続き13:00台湾の雑誌『Dialogue』誌の取材打ち合わせ。『Dialogue』は文字通り「話し言葉」を重視した媒体で、RAJのコンセプトとも通じるものがある。LRAJ の記事は早速『新建築』『GA』『日経アーキ』に掲載して頂いたが、結果的にどこよりも早かったのがこの『Dialogue』だった。しかも次号では8ページの記事を組んでもらえることになった。

レイアウトも出来そうとのことなので、vol.4のようなジャック形式で、vol.7として対応してみたい。RAJの活動が日本の地方で知られていくように、中国語圏、英語圏でも広まっていくのは面白い。

17:00移動し、石上純也さんのKAIT工房の内覧会へ。工科大学的な無表情な裏庭に、ものすごいオーラを発していた。石上さんらしい、偏った個人的な身体感覚が徹底的に追及され、抽象化された形式主義的な建築。まさに卒業設計のトレンドとも重なる手法である。

構造の現れ方など、建築的な細部もあるのだが、その扱い方はやはり建築的というよりは美術的な思考を感じる。緩めなスケールと均質な照明計画、鉄骨平屋という構造、透明なファサードなどがあいまって、スーパーマーケットのような、とても郊外的な空間性を感じて、そこに親近感を感じたりもした。あと、経験としては意外とスタティック。極端な話、写真1枚で伝わってしまう。『新建築』なら4ページで紹介できてしまうような単純明快さがある。

そこで会った人と感想を話し合うがありきたりな感想しか出て来ない。これについて何か書くとその人の講評力がバレるような感覚を覚える。「中と外が曖昧」とか、「機能が曖昧」とか書いたら負け、そんな建築だ。

ともあれ、きっと様々な媒体に載って世界を駆け巡る記念碑的作品となるだろう。海外ではどういう評価がなされるのだろうか。

20:00渋谷に戻り、LRAJのメンバーで打ち上げ@事務所近くの飲み屋。久しぶりに全員揃った。振り返って余韻を噛み締めたり、今後の課題について話し合ったりするはずが、結局(いつもの)茶飲み話。日曜の夜は開いている店も少なく、ファミレスに移動して高校生のようにダベる。この放課後感、部活感が長続きさせる秘訣だろうか。でもなんとなく次号のテーマや攻め方は見えて来た。あとは仕掛けるタイミングの問題だ。
fujimura

2008年02月29日

どこに届き、いかに響いているのか

2月末日をもって、RAJの配布を完了しました。藤村事務所にストックされていた在庫もきれいさっぱりなくなりました。増刷はしませんので今後はお問い合わせ頂いてもお渡しできませんが、あしからずご了承を。

おかげさまで最終的に札幌から鹿児島まで、列島を横断するように配ることができました。ご協力頂いた皆様、どうもありがとうございました。感想をお送り頂ければ幸いです。

今回の「配布協力者募集」という新たな試みを通じて、私たちの発信する情報がどこに届き、いかに響いているのか、よく理解できた。基本的に東京近郊などの都市部からはほとんど問い合わせがなく、熱心だったのは地方在住の学生や若手建築家たち。都市部の学生はレクチャーやオープンデスク等で生の情報がほどほどに集まるから、オルタナティブ・メディアの動向などいちいち注意していないのかも知れない。それに対し、地方の学生や若手建築家たちはネット発の情報に敏感だ。議論の新しいイメージを提出したいと考えている僕たちからすれば、こうした情報のギャップをひっくり返し、意欲の高い読者と直接繋がることの方がはるかに効率的だといえる。

18日、18:00編集委員会@建築学会。担当の連載企画「建築マンガ」に対して五十嵐賞を頂く。

19日、『ヴィヴィッド・テクノロジー』の出版記念トークショーへ。これだけの構造家が一同に会しているという企画は新鮮。その後の懇親会では、あまりお話したことがなかった小西さんや満田さんともじっくり話せて楽しかった。

23日、卒業設計発表会@東工大。投票で淡々と賞が決まっていく。あれよあれよという間に金賞が確定。長く続いた祭りも、終わりは実にあっけない。一度順序が決まると、そういうものだったのかも知れないと思えてしまうが、評価は自分で作るもの。勝っておごらず負けて腐らず。たかが卒業設計ではないか。

同日、「トウキョウ・コレクション」の事前審査で早稲田大学へ。八束はじめさん、太田浩史さん、馬場正尊さん、青井哲人さんらと一緒に、修士論文の梗概の束を渡され、選考を行う。

普段見慣れているとはいえ、初見の論文の内容を見定めるのは楽ではない。レベルも様々で、精緻なものもあればいい加減なものもあり、絵日記か!と言いたくなるようなものも多い。

それでも不思議なもので、ざっと眺めているうちに自分なりの評価基準ができてくる。「A:位置づけと方向性があるもの」「B:分類しただけのもの」「C:手法レベルで論をなしていないもの」という具合に3段階評価をしてみると、おおよそ1/3ずつに分かれた。ここで選ばれた論文は、6日にヒルサイド・フォーラムで公開審査が行われる予定。

24日、都立現代美術館で川俣展。吹き抜けでカフェ・トークを聞く。社会の中における美術の役割、という話が出て、「現代美術で社会を変えられるとは思わない。トリートメントみたいに、使ったらつやがよくなったとか、そういうもの」という川俣さんの発言が興味深い。展示をじっくり見て、最後にビールを飲んでいると、オランダの美術館の雰囲気を思い出す。

28日、都市再生機構の武田重昭さんらによる勉強会「都市再考会議」で山崎さんとレクチャー。ふたりで何か話すというのは初めて。メディアのあり方について議論。

武田さんは造園の出身で、造園の人とだけ議論することに閉塞感を感じるという。僕は建築家と建築の話ばかりすることに閉塞感を感じたことはない。話題を絞ることはむしろ議論に軸をつくるので、むしろ開放感が感じられる。RAJではシュウ・ウエムラさんにインタビューを行い、建築や都市について議論したが、これは例えば青木淳さんに映画の話をしてもらうのとは似て非なる話だ。

3月1日、MUSEUM OF TRAVELのイベント出演。社会学者の田中大介さん、新雅史さん、建築家の吉村英孝さんと「コンビニ」をテーマに議論するという企画。南後君のコーディネートで、いつもは建築の議論に南後君を引っ張り込むかたちだったが、今回は少しアウェイな感じ。

初対面同士、かつお互いがどのような研究をしているのかもよくわからず話が噛み合うか心配していたが、さすがに議論慣れしている人たちだけあって白熱。田中さんは若林幹夫さんの、新さんは上野千鶴子さんのゼミの出身だけあって、田中さんはアジアや都市の枠組みでやや抽象的に、新さんは家族や資本の枠組みでやや具体的に展開。最後に質問コーナーがあり、たくさん質問を頂く。

「コンビニ=均質」というステレオタイプな理解に社会学的な分節を試みる田中さんも、「実家がコンビニを経営している」というバックグラウンドから実感を込めてコンビニの変容を示唆する新さんも、ともに迫力があり、刺激的だった。呼んでくれた南後君と、イベントを主催している井上さんらに感謝したい。

アイディア・コンペや卒業設計も大事だが、建築の将来を考えるなら、こういう議論にこそもっと人を集められるようにしないといけない。新しい議論のイメージをつくりたい。
fujimura

2008年03月09日

研究は現実を上回る

『新建築』3月号で南後由和+ドミニク・チェンとの鼎談、『GA JAPAN』3+4月号でインタビューが掲載されました。両者とも、LRAJ開催後すぐの企画でした。ありがとうございます。

その後の反応をいくつか頂きました。建報社のサイト「KENCHIKU」やぽむ日記、nordicmanさんのブログなど。

ぽむ桂さんの「コイツらこそ真の暴走族」「警察(建築メディア一般)を巻き切って東を制した感あり」という表現は面白いですね。確かにチームとしての秩序感、スピード感はありました。nordicmanさんは同世代の編集者の方のようですが、中村拓志さんのブックショップと私たちのイベントを並べて「手の内をみたいという欲望」として論じてくださっています。

「ライブ編集」というコンセプトの一番の狙いは編集者や読者に対する問いかけであったのは確か。単なるプロセスの透明化ならそば屋でもパン屋でもやっていますしね。

フリーペーパー「RAJ vol.3」の配布に協力して下さった方の反応もちらほら。広島の小川文象さんida-10さんなど。

ida-10さんは「昨年春に青山のプリズミックギャラリーで藤村展を見た際、藤村さんのいう『超線形プロセス』にはそれほど興味を惹かれなかったが、今回やっと意図するところが分かったように思う」と率直な感想を書いてくれています。創作の「意味」というのは1度ではなかなか伝わらないもの。2度目、3度目でようやく伝わることもありますね。

そのほか、五十嵐太郎さんが迫慶一郎さんとの対談で「批判的工学主義」について言及して下さっています。『建築雑誌』についてのインタビューでも私たちの活動について触れて下さっています。

イベントも面白いですが、事後的にメディア上でこうした反応を頂くのも面白いですね。

身近なところですが、LRAJを振り返った建築あそび@竹屋の詳細が松島潤平の日記伊庭野大輔のブログ藤井亮介のサイトにレポートされています。

2日、スペインの雑誌『PASAJES』の取材でK-PROJECTの現場へ。撮影に立ち会う。ちょうど鉄骨工事の目処がついたところで、建築のシンボリックなシルエットが街並のなかに出現している。想像以上に迫力があり、若いスペイン人写真家も興奮気味に大量に撮影していった。仕上がりが楽しみ。

その後合同講評会@安田講堂へ。1000人以上の学生が集まっていることに驚く。東浩紀は「この道路いつもは混むんですけど、本当にこんなもの計画して大丈夫なんですか」などと市民目線のコメント。最後の「僕は大きいスケールと小さいスケールの衝突に興味がある」というコメントは講評の内容としてとても的を得ていたと感じた。

グランプリは芸大の学生。東工大で得点したのは1人だけで全体に東大が強かった。4月から藤村事務所に来る予定のI君は内藤賞。今年はインフラがトレンドのようだ。個人的には雑居ビルをテーマにした難波研の学生の案は面白いと思った。

賞については、学校ごとの傾向や個人の実力というのもあるが、議論を行わず投票のみで順位をつけるというのであれば、結局一番大きいのは審査員の好みとその場の印象の問題となる。講評会なのだから、審査員どうしが議論を行い、好みや当初の印象を覆して新しい価値を発見し、構築するプロセスを見せなければ、単なるゲストのマイクパフォーマンスになってしまわないか。

事務所に戻りワソサソこと王銘顕さんとチームラウンドアバウトのメンバー集結。台湾の雑誌『dialogue』に掲載される予定の座談会を収録。6-10ページが予定されているので、『建築雑誌』のようにジャック型の記事にして、台湾の同世代の建築家に議論を働きかけるような内容にする予定。

6日、「トウキョウ・コレクション」の公開審査。全国から集まった大学院生たちが修士論文の発表を行い、八束はじめさんのモデレーションのもと、馬場正尊さん、佐藤淳さんと僕がコメントをするという内容。大きなゼミのよう。

この日の議論のうちで最も面白かったのは「最適化」というキーワード。佐藤淳さんが「コンピューターを使うと何がいいと思いますか」という質問が面白かった。佐藤さん自身がよく聞かれることなのだという。

自然科学系の論文においては再現可能性の担保が原理ではあるが、常に主観性と客観性の緊張関係が求められる。そのあたりがアルゴリズミックデザインにおける最適化の問題に似ている。僕の場合は「論文と同じように設計を行う」という発想が「超線形設計プロセス論」のベースになっているのだが、根底には主観と客観の緊張関係という主題が常にある。

やや気になったのは「現実は研究を上回っている」という割り切りに似た共通認識のようなもの。現実から抽出したモデルはモデルにすぎず、モデルそのものには意味がないという。僕はむしろモデルは現実そのものであり、モデルによって初めて現実を変えることができると考えるべきだと思う。「研究(や設計)は現実を上回る」と考えなければ、研究と実践を繋げられるはずもないではないか。

この日、新潟大のKや福岡大のMなど、以前卒業設計の講評会などで会い、印象に残っていた連中と久しぶりに再会できたのは楽しかった。バイタリティのある人物は、お互い特に連絡を取っていなくても自然と視界に入ってくるから不思議である。就職を控え緊張していることと思うが、それぞれの道で頑張ってほしいと思う。頑張っていれば、いずれまたすぐ再会するだろう。
fujimura

2008年03月15日

「好きな場所に好きなものを提案する」というトートロジーについて

7日、13:30スペインの雑誌PASAJESの取材。英語インタビュー。日本人の若手建築家を取り上げるとかで、藤本、平田、NAP、石上、藤村という組み合わせだそう。

8日、13:30住宅打ち合わせ@事務所。お施主様に了解を得て、プランの大枠固まる。こんな感じだろうか。

10日、13:30NHKディレクターのKさん来社。このブログを読んで下さったそう。事務所のこと等話す。

11日、11:00打ち合わせ@エクスナレッジ社。昨年から定例的に打ち合わせてきたが、おおよその企画方針固まる。15:00銀座プロジェクト定例。先日、プレスリリースも出て情報が解禁となった。今回は藤村事務所が総合デザイン監修という立場でNTTファシリティーズと恊働させて頂いており、小規模ながらミッドタウン的構図。今後、設計のスピードと規模を上げていくためにはこうした関わり方に慣れていく必要があるのは間違いない。

12日、11:00g86のメンバー来社。今度は銀座でラジオをやるらしい。次々と企画を打ってノリにノっている。最近ちょっとオーラも出ている。

13日、10:30実施設計中の某プロジェクトの構造関係の問題で打ち合わせ@某社。申請関係の苦労話はよく聞くが、あまり巻き込まれたくないものだ。関係者が多いと調整に時間を取られてしまうのは無駄ではあるが仕方あるまい。組織としての体力を鍛えるしかない。

21:00塚本研設立10周年記念の同窓会打ち合わせ@事務所そばの居酒屋。我々の代(3期生)が全体幹事を担当し、総勢50名近くが集まる予定。同期で集まって打ち合わせしていると懐かしい。修士課程を卒業したのはもう6年も前のことだが、皆変わったと言えば変わったし、変わらないと言えば変わらない。

14日、18:30学会の文化事業委員会に出席。10月の学会賞受賞記念講演会や建築文化週間の段取り等。中谷正人さんとディスカッションして出した夜楽校の企画について、委員の方々の反応は悪くなく、もう少し揉んでいくことに。

15日、14:30「卒、」講評会@横浜のBANKART。2006年以降3年連続。今年は小泉雅生さん、千葉学さんとご一緒する。学生の自主運営で頑張っている。案そのものは全体にやや大人しい感じもしたが、結局のところ審査する側の力量が問われている。

今回気になったのは理想と現実の関係について。ある現実(分析)に対してある理想(構想)をぶつけるのが設計だとすると、例えば「代官山に美術館を提案する」のは、「好きな場所に好きなものを提案する」というトートロジーであって、何かを提案したことにならないのではないか。好きなものを提案するのはよいのだが、「問題だと思う場所に好きなものを提案する」べきなのではないか。

残るは22日の東海地区卒業設計展だ。どのような議論になるか、楽しみだ。
fujimura

2008年03月17日

人が集まり、意見が飛び交う状況をつくる

16日、千葉事務所オープンハウス。階段や庇等、要素も多く、図式の抽象性や建物としての完結性というよりは棟の独立性の方が強く感じられ、全体としては散逸的に見える。通路幅の違いが効いて、敷地の奥からも海が見えるのが面白い。

帰り際、千葉さんにお礼と感想を述べる。オープンハウスの感想って難しい。見た直後は、その建築の意味というのはよくわからないからだ。「案を見たときは図式的だと思ったけど意外と気持ちがいい」という感想は9割くらいの人がいうだろうと思い、ちょっとひねったつもりで「図式を見たら全体性が強いと思ったけど案外独立性が強い」と分析的に言ったら後輩Kとコメントが被ってしまい、やや失敗。

16:00事務所に戻り、編集者の方ととある雑誌企画打ち合わせ。編集でも設計でも、企画の初期段階でブレストするのは楽しい。2時間ほど議論して方向が定まる。

19:00先日のLIVE ROUND ABOUT JOURNALの学生打ち上げと、台湾の雑誌『Dialogue』でのRAJ記事掲載祝いを兼ね、ワソサソこと王銘顕さんを迎え「ワソ祭」@事務所。王さんの仕込みもばっちりでワンタン3種(豚、鳥、牛)、焼きビーフン、大根餅のライブ調理で盛り上がる。

友人や後輩、編集関係者にも何人か来て頂き、改めてイベントの感想や反響等を伺う。

訪ねてきてくれた東工大の学生諸兄に設計中の住宅の模型を見せる。せっかくなので感想を求めるも、「屋根がつまらない」だの、「開口がよくわからない」だの、挙げ句の果てには「雑誌に載ってもスルーしそう」だの、言わせておけば言いたい放題である。建設的な意見ももらうが、批判が続出で防戦一方。

生意気な奴らめ!と憤りつつも、自分も午前中のオープンハウスで冴えないコメントを残してきたことを思い出し反省。設計者である自分も含めてその計画の意味や可能性というのは設計過程ではよくわからないし、またあらかじめ分っているものでも、瞬時に判断すればよいというものでもない。

それでも彼らの意見を求めるのは、他人の顔色をみているとなんとなく自分たちのやっていることの意味がつかめてくるからだ。篠原一男はいつも研究室の学生にコメントを求め、その内容にむっとし、無言になりながらも次の日にはちゃんと案を変えていたというが、きっと似たような作業だったのではないだろうか。

建築トークも、非建築トークも、ほどほどに盛り上がって3:00頃終了。最後まで残った若者連中とラーメンをすすって帰る。独立以来、彼らには模型を作ってもらい、議論につきあってもらい、時に一緒に騒ぎを起こしながらこれまでやってきたが、いつまでこういう時間を共に過ごせるのだろうか。

17日、新しいオープンデスク2名来社。初日なので軽く面接。

引き続き住宅の実施設計。篠原一男に倣い、昨日の学生諸兄の意見も参考にしつつエスキス。大枠は変えず、マイナーチェンジを試みる。とりあえず屋根の排水経路がずっと気になっていたこともあり、屋根形式を変更してみることにした。

いつも思うことだが、お施主様でも、役人でも、近隣でも、抵抗や批判を受けたプロジェクトほど面白くなるのはなぜだろう。その逆に、あまり抵抗も批判もなく実現してしまったプロジェクトほど、後で苦労する気がする。人が集まり、意見が飛び交うという状況をつくるのは意外と難しいし、労力もかかるが、面白い建築をつくるためには必要不可欠な作業であると実感する。建築のプロセスはスムースに進んでほしいと願う一方、スムースにいかないことほど勉強になることはない。
fujimura

2008年03月23日

スタンスが問われる

21日、槻橋さんを囲んでToY4打ち上げ。メンバーは続々と就職を決めている。決まっていないのはスイスに留学予定の後輩Kとコンペ王Fのみ。アトリエ、組織、ゼネコン、留学と進路は様々だが、M1の後半にもなるとどういう立場で建築に関わって行くのかというスタンスが問われ始める。

途中まで槻橋さんに「批判的工学主義」について批判されていたような気がするが、いつの間にか爆睡。大学院に入りたての頃、つかもと師に「建築家は徹夜明けであろうと何だろうと、朝まで語り、語り、語りまくらなければならない」と言われたことを思い出し反省。

それにしても、槻橋さんのあの溢れるようなエネルギーはどこから湧いてくるのだろう。設計と編集の関係をどのように捉えているのだろう。いつかじっくりインタビューしてみたい。

22日、二日酔いの頭を引きずり9:15発のぞみで名古屋へ。名古屋駅でFLATのメンバーに会い、そのまま「東海地区合同卒業設計展」の会場である名古屋市立大学へ。久野紀光先生に久しぶりにお会いし、近況を伺う。

今回の合同講評会のゲストは乾久美子、原田真宏、武井誠、中村竜治、藤村龍至というメンバー。個別にざっと展示を見て、各自で面白そうな作品を1点選ぶ。

選ぶ基準は好みもあるが、最近は「これを選ぶとこういう議論が展開できるかな」という判断もできるようになってきた。まあ、そうは言っても結局のところプレゼンに実力は出てしまうものだから、誰が選んでも選ばれる作品はある程度絞られるだろう。

・・・とタカをくくって控え室に戻り、ふたを開けてみると全員バラバラ。お互いに「それのどこがいいんですか」というくらいに選んだ作品の傾向が違っていて面白い。控室でしばらく話す。中村さんが「建築家はかたちに責任を取らなければならない」というので「かたちは建築の一部に過ぎない」と返したら早速議論が白熱。

2次審査では模型を使ったプレゼと質疑応答。前半は場所性について、後半は作家性について問題提起してみる。

途中乾さんがある作品について「その変なかたちの突起物は何か」とかたちに集中的に突っ込んでいるので、僕が「この作品が提示している一連のストーリーのなかでは、その突起のかたちはジョークのようなもの」と応援演説する場面があった。

議論していると、「設計を通じて場所を理解する」という姿勢に共感し、かたちそのもののインパクトよりも「建築的思考をどう使ったのか」というストーリーを重視するスタンスを強調する自分に気がつく。振り返ると、この日の議論の主題のひとつは「かたち」派(乾、中村)と「ストーリー」派(藤村)の対立にあったのかも知れない。講評会の主役は学生の作品だが、結局のところ、講評する側のスタンスが問われるところが面白い。

議論を経て投票の結果、1位と3位が同率となり、再投票の結果「せんだい」でも上位に入ったという作品(かたち派)が1位。1次審査で僕が選んだ作品(ストーリー派)は3位に。

懇親会では入賞者やFLATのメンバーと話す。なかなか盛り上がっているようだ。今回のイベントをきっかけに、新陳代謝を繰り返しながら世代をつくるグループに育って行って欲しいと思う。

その後、名市大の伊藤先生、久野先生、愛知淑徳大の清水先生、名古屋大の恒川先生、生田さんと飲む。学生だけでなく、先生方の繋がりも深い。これからもいろいろ交流させて頂ければと思う。

この春もいろいろなイベントに呼んで頂いたが、この春最後のイベント出演が今週25日に予定されている。

アーキサミット08 東京 春の陣

86世代のスタンスを問う機会としたい。イベントに参加する諸兄は「朝まで語る」覚悟で臨んで頂きたい。
fujimura

2008年03月26日

仕掛けたものが勝つ

25日、朝から打ち合わせを数本こなし、銀座のギャラリー58へ。g86が仕切るラジオ番組(?)に出演。

イベント全体の主催はコジマラジオという、台東区の旧小島小学校をベースにFMラジオを運営している芸大生を中心とした学生グループ。メンバーのひとりがg86のサイトを見て声をかけたのだという。

この日はg86がホストとなり、同世代の大学生らのグループとディスカッションを行う「アーキサミット」。東大、東工大、Y-GSA、早稲田大、理科大、明治大等のサークルやグループが順番に出演し、「宣言」を出して行くという形式。

最後に公開インタビューと討論。もちろんその内容はその場でラジオ放送される。途中「team JK」こと女子高生のグループもエントリーしていて会場を沸かせたらしい。うっかりすると「非モテ男子の集会」みたいに堅くなってしまうところを、うまくほぐしている。仕掛けが最小限かつ効果的。

17:00少し前に会場に着くと大入り満員。ギャラリーの方にご挨拶してトークスタート。g86のスタンスを問い、問われ、スタンスを問うということの意味について問う。なかなか刺激的。

いろいろ話したが、言いたいことはただ一つ。20代は議論の仕方を議論せよ、ということ。最初はまとまらないようなバラバラの議論も、何度も繰り返して行くとまとまってくる。それが本当の世代的な「宣言」になる。

そういう世代をつくるプロセスに乗ることができたという意味で、あの日、あの会場に居合わせた人は幸運だと思う。誰でもいいから、なるべく早く次の仕掛けを打つといい。互いに仕掛け合って行けば面白い世代に育つだろう。今後の86世代の盛り上がりに期待したい。

当日の様子はギャラリー58のblogでライブリポートされています。
fujimura

2008年03月27日

【チーム110】伊東合宿開始

昨年末結成されたチーム110のメンバー(松川昌平、田中浩也、柄沢祐輔、南後由和、ドミニク・チェン、飯尾次郎)と合宿をすることになった(ドミニクは欠席)。場所は伊東の山喜。築70年だが無線LAN完備の和風旅館である。机と椅子を畳の上にセットして会議室仕様にして打ち合わせすることができる。IT系のエンジニアたちの開発合宿のメッカである。

これから以下のプログラムで合宿を行う。

14:00-16:00 第1部 討議のための討議
16:00-19:00 第2部 個人発表
21:00-23:00 第3部 企画会議
23:00-endless 第4部 討議

これから合宿の様子をライブでリポートしようと思います。
fujimura

【チーム110】伊東合宿・第1部

第1部はまず、6人のスタンスの確認から。

理論/実践
松川 環境情報/建築設計(環境観測装置としての)
柄沢 空間論(社会工学としての)/建築設計(空間論のエクリチュールとしての)
藤村 建築論(社会工学としての)/建築設計(ソーシャルアクションとしての)
南後 建築社会学/批判的フィールドワーカー
ドミニク インターネット/ソーシャルアクティビスト
田中 空間認知科学・空間情報科学/エンジニアリングアーティスト

続いて本のイメージを話し合う。

-建築論に収まらない
-1960年似ている状況、似ていない状況(ref.東京宣言)

レファランス
-『20世紀建築研究』著者不在の状況−新しい書き手
-『反美学』ハル・フォスター編
-『ELEMENT』セシル・バルモンド

「設計」という概念(ref.「一般設計学」吉川弘之)
建築設計/社会設計/情報設計/アーキテクチャー
fujimura

【チーム110】伊東合宿・第2部

第2部は個人発表。順番は下記の通り。

16:40-17:40 柄沢
17:40-18:40 藤村

20:00-22:00 松川
22:00-23:00 南後
23:00-24:00 田中

まずは柄沢祐輔。「不均質な均質さ」について。「デカルトvsライプニッツの図式で現代社会は説明できる」「コンピュータは『ライプニッツの層』を初めて制御可能にした」と主張。

続いて僕は「批判的工学主義としての建築」。「工学主義」の定義、3つの姿勢、組織類型都の対応、「批判的工学主義」によって再定義される現代建築、設計の手法論、都市論的戦略について語り、建築運動としての「批判的工学主義」を提唱。

夕食後、松川昌平。場当たり的、非計画的、多様な空間、自然的、ボトムアップな建築を設計するために、位相空間的なグリッドを生成するためのソフトウェア「Topological Grid」を操作しながら、方法論を提示。

-逆システム論(機械言語vs自然言語)
-周辺環境と相互作用する建築
-アルゴリズム的思考=「かた」の発見と「かたち」の開放
-関係性が複雑だからといって空間体験が複雑になるのか

次は南後由和。1.ルフェーブル、シチュアショニストの都市・建築論、2.グラフィティ/落書きのフィールドワーク、3.戦後日本における建築家の有名性の生産・流通・消費。

-際に留まり続けること=transvergence-vergence(離接運動)
-「設計」とは何か
-1960年代の思想家・建築家再考ーブックガイドを超えて

最後は田中浩也。工学の定義、テクノロジーの進化に対する態度ー「批評的」「発明的」、世界と社会、ものづくり革命(ニール・ガーシェンフェルド)、開放系技術、工学的民主主義、アーキテクチャーの再定義、技術(テクノロジー)と技法(テクネー)の補完関係、エスセティクスの図示
fujimura

2008年03月28日

【チーム110】伊東合宿・第3部

第3部は企画会議。まずは第2部の個人発表を通じて明らかになったスタンスの具体的な違い、こだわっていることは何か、を確認。

柄沢 対立するジオメトリーの共存(モーフィング)
藤村 逆システム論としての人力アルゴリズム(実現性・批評としての工学)
松川 コンピューテショナル・アルゴリズム(人知を超える)
田中 パーソナル・ファブリケーション(発明としての工学)

5人の主張を貫くメタフィジックスはあるか?

-ディスクリート?
-アルゴリズミズム?
-プロクロニズム?

-『10+1』no.48号の続き? 49号の続き? 両方の続き?

-言語の内容を整理したい
-外部との接続をどう果たすか

次回の目標:章立て?

なぜ21世紀型の知が必要なのか?

-S,M,L,XL?
-LIFE STYLE?

積極的に激しくコラージュするエディトリアル・デザイン?

A:巨大資本、技術、貨幣、都市、web
B:チープ革命、技術、微創造、web、都市
C:ソーシャル・ビルド

Cに対してどうアプローチするか。スターティングポイントの違いが明らかに(0:柄沢)(1:Aから=藤村)(2:A,Bから=松川、南後)(3:Bから=田中、ドミニク)。0-3の違いを念頭に置いて引き続き議論を進める。
fujimura

2008年04月01日

新潟郊外をフィールドワーク

28日、10:30チーム110第1回合宿を解散。温泉にも入らず、アルコールもほとんどなしでノンストップ議論。心地よい疲労感が残る。これから1年間、継続的、定期的に議論を続けて行くことを確認する。

17:00東京に戻り、明治学院大学へ。文学部の長谷川一准教授にインタビュー。機械と身体の縫合域という連載でスーパーマーケットやターミナル駅の内部空間について議論を展開されている。

31日、9:00東京駅で南後君、柄沢君と待ち合わせ。上越新幹線で新潟へ。新潟駅で岩佐明彦先生と岩佐研の小出君と待ち合わせ、新潟市周辺における郊外型ショッピングセンターと、信濃川沿いのタワーマンションをめぐる工学主義建築のフィールドワークへ。

最初は新潟亀田IC周辺の大型店舗を回る。アークプラザ新潟+スーパーセンタームサシ新潟店(2002)。運営はアークランドサカモト(本社:新潟県三条市)。スペースフレームの庇がかっこいい。次にイオン新潟南ショッピングセンター+ジャスコ新潟南店(2007)。運営はイオン(本社:千葉市)。売り場面積69,079sqmで新潟県最大。2007年11月の都市計画法改正により、最後の大型開発となるらしい。さらに近所にあるアピタ新潟亀田店(2000)へ。運営はイオン(本社:愛知県稲沢市)。資料集成にも掲載されているという大型店舗だが、昨年のイオンの出店により競争を強いられているという。

イオンとアピタの間には建築的にクリアな差があるのが面白かった。

アピタ:直線、蛍光灯、直接照明、Pタイル、計画学的、工場的
イオン:曲線、ダウンライト、間接照明、タイルカーペット、インテリア的、住宅的

アピタとイオンの差は機能主義と工学主義の差異を考察する上で示唆的だ。逆に言えば、アピタがイオンに逆襲を仕掛けるには、工学主義に基づく建築学的知見が使える、と感じた。

今回の発見は「ロードサイドショップ」と一言で言っても、建築的にはどんどん世代交代が進んでいるということ。イオン系のショップが成功しているのは建築的仕掛けも重要な役割を果たしていると言えそうだ。2007年11月の法改正以降郊外型店舗の出店が抑制されている現状では、旧世代型の大型店舗は新世代型へ建築的なリニューアルを進める必要に迫られるだろう。

その後、新潟空港近くの河渡地区にある小型のロードサイドショップが駐車場の周囲を取り囲む、ヴィレッジ型の事例を見学。貯木場跡を埋め立てた土地だという。

このような点在型を第1世代(河渡地区)、機能主義的複合型(アピタ新潟亀田店)を第2世代、工学主義的複合型(イオン新潟南SC)を第3世代、というように、とりあえずは分類できるような気がした。

さらに、朱鷺メッセの展望台で新潟市内を見下ろしたあと、万代橋周辺の高層マンション群へ立寄り、ショールーム等を見学。信濃川沿いに高層マンションは絶対高さ50mの規制があるため、敷地の間口一杯に板状に横に広がる傾向にあるのだという。建築規制のあり方と、それによって誘導される都市景観の関係について、考えさせられる事例である。

その後、ベルラーへ時代の同級生の東海林君らが主宰するアトリエsikiへ。新潟大学のOBで新潟をベースに活動している。川沿いの工場にあるアトリエは、かつてマース川沿いにあったMVRDVの旧オフィスを思い起こさせる。新潟や青森でプロジェクトが進行中とのこと。

sikiの一角をお借りして岩佐先生へインタビュー。フィールドワークで発見したこと、岩佐先生の研究や問題意識、計画学との関係、これから展開の方向性など議論。

古町の一角で飲んで帰京。議論が盛り上がり、結局終電になってしまった。明治学院大長谷川先生、新潟大岩佐先生へインタビューの内容は『建築雑誌』6月号の第2特集「批判的工学主義」特集に掲載予定。

1日、年度初め。この日から2人入社し、スタッフは6人に。1人は新潟大院(岩佐研)修了。もう1人は東大(千葉研)卒業。今後は徐々に新卒採用を進めて行こうと思っている。軽くオリエンテーション。オープンデスクも3人来ているので、事務所が手狭になってきた。

11:00書籍企画打ち合わせ@エクスナレッジ。予算計画、スケジュール等諸々固まる。RAJの流れを汲む本格インタビュー集。11月発売に向け、本格的に作業を開始する。

14:00JA編集部斉藤さん来社。企画打ち合わせ。昨年来展開させてきた議論をまとめるいい機会になりそうだ。英訳が予定されているのも嬉しい。打ち合わせ後、K-PROJECT現場へご案内。内装が急ピッチで進み、内部空間の輪郭がはっきりわかるようになってきた。低めに大きく開いた窓がかわいいのでは。
fujimura

2008年04月07日

林昌二の「毒」を倉らう

3日朝、K PROJECTの現場で打ち合わせしていると「杉並区の職員の方が立入検査だと言って来ています」と現場監督。一瞬ひやりとしたが、聞くと「構造について検査して欲しい」と近隣から要望があったのこと。4Mも跳ね出しているので通りかかった人が驚き、区役所に問い合わせたらしい。

現場を案内して、構造の概要を説明。2階の先端部でジャンプする職員。当然びくともしません。メガストラクチャー+吊り構造なので、確かに1階は異様な光景ではあるが、説明したら納得して帰って行った。とりあえず、通りがかった人が思わず通報してしまうくらいのインパクトはあるようだ。

18:00ka座談会@東工大。巻頭特集として、「建築デザインと言葉」をテーマに安田幸一、藤岡洋保、八木幸二、塚本由晴、坂本一成、奥山信一の各教授にみんなでインタビューして回ってきた。最後に総括座談会。白熱して終わる。博士課程の連中で研究室を横断して議論する機会はこれまでなかなか無かったので、いい機会を与えて頂いたと思う。

5日、塚本研究室10周年記念パーティ。3期の5人(長谷川、深海、藤村、松岡、宮崎)で、全体幹事を担当。仕事の合間に名簿作成やらケータリングのセッティングやら当日の司会やらでばたばたしたが、久しぶりに同期で集まって作業できたのは楽しかった。

つかもと師の最新作レクチャー、海外在住の卒業生からの動画メッセージ、プレゼント、スライドショーなどで盛り上がり、1期生のよし村さんの感謝の言葉、つかもと師の言葉、集合写真、で締め。2次会もサプライズケーキなので程よく盛り上がり、明け方散会。

6日、11:00久しぶりに全力ゼミ。それぞれの近況を持ち寄って議論、という原点に戻る。最初はK-PROJECT現場ツアー。今まで散々説明して来たが、目の前に現れつつある建築を仲間に紹介できるのは単純に楽しい。いつもは辛口な連中も、反応は上々。それぞれの近作も興味深い。実務に深く関わるようになって来ているので聞いていて勉強になる。

7日14:00、林昌二氏インタビュー@林邸。批判的工学主義特集で。

冒頭から「皆さん東京が変わった、変わったというけれど、大して変わっちゃいないんですね」とひねりの効いた回答に戸惑うも、これが林昌二の「毒」という奴かと噛み締める。柄沢さんが毒をものともせず粘り強く切り込む。最終的にとても面白い話を引き出せた。

『林昌二毒本』を読むと、林氏がアトリエと組織、有名性と無名性、芸術性と効率性の間で奮闘されて来た軌跡はあまりにも輝かしく、今日の工学主義が全面化したコンテクストにおいてはどの論考もとても刺激的だ。その本人に直接話を伺えたことは、我々にとって貴重な財産になるだろう。

明日はプランテックに伺う予定。乞うご期待。
fujimura

2008年04月12日

人生を設計する

ROUND ABOUT JOURNAL vol.7が台湾の雑誌『DIalogue』をジャックして発行されました。なんと10ページ!!巻頭鼎談ではこれまでの活動、LRAJのリポートとともに台湾の建築ジャーナリズム事情をワソサソこと王銘顕さんに伺いながらディスカッションし、中国語と英語に翻訳されて掲載されています。

収録の様子はマシツマ日記でどうぞ。

K PROJECTの現場写真をUP。スペイン人の写真家Javier Callejas Sevilla氏が撮ってくれたもの。東京がアンダルシアみたいにみえる。現場ではもう外装工事まで終了。竣工まで気を抜かず、急ピッチで進めなければならない。

8日、折からの悪天候により飛行機が遅れてしまい、大江匡さんのインタビュー延期。18:00現場。怒号が飛び交う現場小屋(恒例)。人間関係のもつれを取り除くのも建築家の大事なお仕事。

9日、10:40アシスタントを務める設計製図第一授業@東工大。2004年以来4回目だが、今年で最後になる予定。毎年思うことだが、表情なくぞろぞろと入ってくる新2年生はイモのようである。設計製図第一とは、イモがヒトに進化する過程である。

先生からの言葉、課題説明、製図道具の説明、製図板の配布、課題の配布を終えて終了。水曜日はサークルがあるらしく全体にソワソワしている。この空気に触れると春が来たなと思う。

10日、11:30打ち合わせ@INAX。RAJやLRAJでお世話になった虫鹿さんに近況を伺いつつ、諸々ご相談など。動くときは素早く。

11日、打ち合わせやアポ続く。11:00書籍企画@事務所、13:30プロジェクト定例@品川、16:00K PROJECT現場、19:00佐藤敏宏さん、花田先生@新宿、21:00構造打ち合わせ@オーノJAPAN。

花田先生にRAJの活動をご報告。ジャーナルを研究している方に「ジャーナルです」とモノを渡すのはさすがに緊張するが、先生は批判するでも賞賛するでもなく、「ジャーナルを名乗るにはエディターシップを発揮しなければならない」「定期的に刊行されなければならない」と講義して下さった。

佐藤さんから「RAJはジャーナルではなくPRに過ぎない」と批判され続けてきたが、先生からは「ジャーナル共同体」なる概念を教えて頂く。国家の定義(国民、領域、主権)と同じで、読者、研究領域、方法論、がそろえば、「ジャーナル共同体」が成立する。方法論とは、固有の思考を強調することで共同体の内外に線を引く作業である。RAJは建築的思考の固有性、世代の固有性をテーマとしているから、まさに我々のやっていることである。

いつも思うことだが、周縁から中心へ、オルタナティブからメインストリームヘ、議論を開いていくためには、議論の生成過程の全体を設計しなければならない。つまり、時間的に考えなければならない。

しかし、実際によくありがちなのは言葉を易しくしよう、とか、違うジャンルの人の話を聞こう、とか、ある種の空間的な発想である。一見開いているようでただ漠然と話題を逸らしているだけのことも多い。留学すれば何かが得られる、と漠然と期待するのと似ている。

議論を開くためには、まず議論がなければならない(大前提)。そのためにはまず、ジャーナル共同体を結成し、アイデンティティを確立するところから始めたほうがいい。

まず議論する仲間をつくり(1=結成的段階)、次に議論を通じて共同体のアイデンティティを確立し(2=確立的段階)、そこで獲得されたテーマを社会に広め(3=PR的段階)、論争を仕掛け共有していく(4=政治的段階)、という一連の段階を経て「ジャーナル」は形成されていくと考える。

これを建築家の人生と重ねるなら、1=20代(修行)、2=30代(住宅)、3=40代(商業)、4=50代(公共)に対応するのではないか。一見閉鎖的な議論からスタートし、だんだんと開放されていって、社会化されていく。だから20代建築家は同世代と積極的に交わったほうがいいし、30代建築家は議論を仕掛けてアイデンティティを確立したほうがいい。そうやってその先の広がりを獲得していく。

つまり「議論の場の設計」とは、人生の設計なのである。だからこそ、今やらなければならないことがたくさんある。
fujimura

2008年04月16日

思ったよりさわやかな

K PROJECTの現場が佳境。400坪ともなると職人の数も多い。最近は40人くらい入っている。現場とはいろいろ緊張関係もあるが、共同体的な一体感もある。彼らと駆け引きしながら、日本社会はこうやって成長して来たんだなと思う。他方で、高度成長期とバブルの両方を経験している60歳前後の監督がそろそろ世代交代となる。建築業界の雰囲気も少しずつ大きく変わって行くだろう。

13日、20:00チーム110ミーティング@藤村事務所。ドミニク→田中→松川→藤村→南後→柄沢の順にゼミ形式で発表。「設計」をめぐって議論が展開するも、メンバーの全員が建築家ではない(半分は非建築家である)ので、実際の設計プロセスやモノを作るイメージを感覚的に共有できないと感じる場面もあり、少々もどかしいのだが、逆に建築プロパーとだけ議論していると設計過程のいい加減な部分を変に許容してしまうという弊害もある。議論はなまじ通じないくらいが理論が先鋭化してちょうどよい。24:00終了。次回は5月中旬に行うことになった。

14日、12:00南後君と柄沢君と待ち合わせ、プランテックへ。『建築雑誌』の「批判的工学主義特集」に関連して大江匡さんインタビュー。工場や研究所の建築からキャリアをスタートしたことが現在の組織的、領域横断的な設計姿勢に繋がっているのだという。「アクティビティをよく観察する」という設計アプローチは計画学の使い方調査のよう。

最初は緊張したが、こちらの質問について明快な答えをビシバシ返してくれる。ノリにノッている人、という印象。90分が一瞬で過ぎてしまった。社会学に興味があるというのも意外だったが、話を聞いているとなるほど、と理解できる。若手では中村拓志さんの感触に最も近いものを感じる。

15:00設計製図第一@東工大。塚本先生の自己紹介から課題説明。話が長めだなーと思っていたら、結局90分話が続く。

17:30後輩Sを連れて移動。長谷川豪と待ち合わせ、K PROJECT現場へ。いろいろな人を現場に案内しているが、毎回いろいろな発見がある。長谷川が空間やかたちについて詳細かつ的確に指摘するのには驚いた。いろいろ話し合った後で、「思ったよりさわやか」とコメントをもらう。もっとごちゃごちゃしている建築だと思ったとのこと。松川さんとは逆のコメント。

19:00現場からダッシュし、学会の編集委員会に駆け込み議論の途中から拝聴。「批判的工学主義」特集関連のインタビューが無事終わったことをご報告。毎回長丁場だが個性的な方々ばかりで面白い。

21:00いつも必ず出席することにしている委員会の飲み会を欠席し、先日の塚本研10周年同窓会の打ち上げへ。同期の長谷川、深海、松岡、藤村で飲む。先日のパーティを振り返り、来年に向けて引き継ぎ事項をまとめる。

15日、18:00この日は文化事業委員会@学会。10月に建築会館で行うシンポジウムの企画案の概要をプレゼ。委員の皆さんの反応もよく、概ね了承を頂く。終了後は本委員会(=飲み会)。

16日、10:40設計製図第一。トレース課題が始まる。その後塚本研ゼミ。大会論文のチェック等。新学期が本格的に始まった。大学が始まると、生活にリズムができてよい。新4年生の連中にも久しぶりに会う。

藤村事務所にてオープンデスク募集中。新学期、同級生に差を付けたい人はこちらへ。学部生歓迎。将来のために、時間を少しだけ割いておきましょう。懇切丁寧に教えます。
fujimura

2008年04月27日

『原初的な未来の建築』を読んで

19日、後輩の結婚式2次会@六本木。日建設計+森ビルというビッグネスカップル(?)。森ビルの人たちの威勢の良さに圧倒される。

20日、ロータリー地区大会で埼玉へ。久しぶりに壇上でスピーチ。音楽ホールらしく声がよく響いて気持ちよい。

帰り道、所沢で途中下車し、お世話になっている地元の方を訪ねる。商店街の向こうにはタワーマンションが建ち並ぶ。駅ビルの開発計画もあるそうだ。商店街からは丸井が撤退し、パチンコ屋や百円ショップ、飲み屋チェーンなど、郊外型の店舗だらけになってしまった。だんご屋の醤油の匂いが、わずかに所沢らしさを感じさせる。

22日、10:00INAX:GINZAで打ち合わせ。14:00打ち合わせ@オーノJAPAN。スタッフが増えて活気がある。オーノ氏と冗談をいいながら打ち合わせしている時間は楽しい。最も純粋で建築的な時間のひとつ。

26日、11:00雪谷の「斉藤助教授の家」(1952)へ。取り壊しが決まったそうで、見学会が行われた。行ってみると長蛇の列。整理券をもらうと「12:20のご案内です」と告げられる。

室内から見ると水平性というのは案外感じないが、外から見ると庭にすーっとのびる軒と縁側のラインが気持ちよい。

受付で配布された藤岡洋保先生の論文*1によれば、当初の設計案はより大きな平面計画だったが、厳しいコストの条件から面積が削減され、さらに既存の基礎を全面的に活用することになり、実施案のキャンチレーバーを含む非対称的な要素が生まれたのだという。

制約条件から建築の形式を抽出するのは建築設計の基本だが、制約条件を技術で味方に付けるという発想は、東工大的な思考なのかも知れない。

もっとも、制約を形態に置き換えるだけなら基礎平面と平面形状を合わせたはずで、わざわざ寝室を跳ね出したり、南側にテラスとしてはみ出させたりしたのはインターナショナルスタイルの導入という建築の潮流を読んだ上での美学的な判断があったのだろうし、清家さん独特のユーモアも感じさせる。

今見ると、近代主義と伝統の架橋、というわかりやすい目標が共有された時代がうらやましい。現代でいうと、資本主義と地域性の架橋ということになるだろうか。当時の定番的建築形態と言えば水平ラインだとすると、今はなんだろう。

事務所に戻り、住宅打ち合わせなどを経て、藤本壮介さんの書籍『原初的な未来の建築』出版記念パーティ@INAX:GINZAへ。五十嵐太郎さん、乾さんがスピーチ。ちょっと歓談し、最後に藤本さんのスピーチ。

本は模型写真のビジュアルや文字組等、グラフィックデザインの完成度が高い。コンテンツは、本人によるタイトル付きの明快な宣言文がないのが物足りない感じもするが、前後に伊東さんや五十嵐さん、藤森さんの論考や対談を挟むことで、建築家・藤本壮介第1期の集大成を感じさせる構成となっている。

二次会で青木君と、青木君の後輩K(もしくはKY)君と議論。青木君と目地の形式性の議論。「スチボーの模型通り作りたいじゃないですか」と主張するK君。それは幼児退行ではないか、などと問題提起していると藤本さんが登場し、「目地っていうのは建築の『成り立ち』なんだよ。」と一言。

藤本さんの「成り立ち」という言葉は面白い。帰宅後、改めて藤本さんと藤森さんの対談「人口の建築、自然の建築」を読むと、すーっと入ってくるところがあった。

--時間が経過していたり、大勢の人が手を加えていたりするので、自然物のような存在になりかけているように見えるんです。そういうものを建築家がつくれないものかと。(p.128)

--建築というのはすべて「つくられたもの」だけれども、それを少し超えて「できてしまったもの」のようにすることはできないかということです。すごく厳密な人工的なプロセスと、「偶然性」「曖昧さ」とが同時に立ち現れるような形式がありえるのではないかと思うのです。(p.131)

--全部を自分の思い通りにつくるのではなく、半分は設計するという人工的な作業、半分は建築の形式自身がなりたくってなっていくようななにかがあって、その相互作用のなかで現れる建築に憧れているんです。(p.132)

今まで藤本さんの言説にはなんとなく距離を感じていたけれど、最初の説明は「批判的工学主義」*2で、最後の2つは「超線形設計プロセス論」*3で主張した内容とある部分では共振する。現代的なバナキュラーから建築的形式を抽出し、再構成するという作業のイメージとしては、案外近いところもあるのかも知れない。

違うとすれば、『建築家なしの建築』のバナキュラーなものを引用する際に、藤本さんは普遍的で超時代的な「自然」を参照するが、僕は時間と文脈に即した「社会」を参照するところだろうか。

僕から見ると、1990年代にバナキュラーを参照していた建築論といえば、塚本由晴らの『メイド・イン・トーキョー』だ。しかし彼らは、そこから建築的形式を抽出し、再構成するという方向に向かわず、クリシェ(紋切り型)の抽出へと向かっている*4。

東工大的文脈で以上を整理すると、下記のようになるだろう。

清家:民家の国際様式による再構成
篠原:民家の形式性(幾何学)による再構成
坂本:民家の形式性(関係)による再構成
塚本:民家のクリシェ(紋切り)による再構成

その枠組みで藤本さんを位置づけると次のようになる。

藤本:民家の動的形式性による再構成

立場としては、後期篠原に近いといえるだろう。幾何学がより離散的で、動的なところに藤本さんのオリジナリティがある。

ただし、藤森さんは対談のなかで、以下のように忠告する。

--民家の魅力は、集団の無意識を満たしていることにあります。ああいう形が練り上げられ、成立するために、ものすごい時間をかけているからなんです。その長い時間のなかで、自然化が行われるんですね。(p.128-129)

藤本さんのいう『原初的な未来』とは、本来長い時間をかけて醸成される「集団的無意識」*5を建築的形式によって時間を圧縮し、実現することのようだ。そのことについて、藤森さんは「時間の捏造」ではないか、と執拗に問いかける。

それに対して藤本さんは「『成り立ち』としての時間のようなものを考えている」と反論するが、やや曖昧な印象。塚本さんのいう「オーセンティシティ」のようにも聞こえるが、おそらく違うといわれるだろう。

僕は習慣化し、無意識化した行為、生活のアクティビティを設計行為によって再意識化し、権力の環境化に対抗するというシナリオを描きたいと考えているが、藤本さんは意識化、明示知化することを徹底的に避けている。

そうすると、藤本さんのいう「集団的無意識」に対して、藤本さんの設計行為はいったい何を働きかけるのだろうか。いや、何も働きかけはしない、ということかも知れない。でもそれでは「集団的無意識」は単なるアナロジーになってしまうのではないか。

藤本さんはそのあたり、どう考えているのだろうか。そのうちまた聞いてみたい。

*1 藤岡洋保(2006)「『斉藤所教授の家』の設計過程」日本建築学会大会学術講演梗概集
*2 拙稿「『批判的工学主義』のミッションは何ですか?」,Ten plus one (49),94〜95, 2007 (INAX〔編〕/INAX)
*3 拙稿「超線形設計プロセス論〜新たなコンテクスチュアリズムへ〜」,Ten plus one (48),161〜166, 2007 (INAX出版)
*4 塚本研究室10周年記念パーティでの講演(2008年4月5日, 東京工業大学)
*5 ここではユングの「集合的無意識」に近い意味で使用されている
*6 最近よく議論になる私性と社会性、感性と論理というお題にはあまり広がりを感じないが、無意識と意識、あるいは暗黙知と形式知という軸を導入すると見えてくる関係性があるのかも知れない。
fujimura

2008年05月11日

論理と感覚

30日、塚本研全体ゼミ。今期のテーマは「ヴォイド・メタボリズムに向けて」。後輩たちがばっちり資料を準備している。1960年代のメタボリズム関連の言説の読み直しからスタートし、2010年代版メタボリズムの提唱を目指す。

2日、11:00新建築の中村光恵さんにK-PROJECTの現場に来て頂く。VOXEL HOUSE(2004)以来、全プロジェクトを見て頂いている。一通り現場をご案内し、帰りに現場近くの「天助」にて天丼を食す。

20:00デザイナー刈谷氏来社。打ち合わせ。新婚旅行から帰って来たばっかりで日焼けしている。いわゆるひとつの幸せオーラである。

24:00つかもと師打ち合わせ@塚本研。そのまま飲み。

3日、11:00この日は中央アーキの方々をK-PROJECTの現場にご案内。いろいろな部屋を見せ、最後に屋上へ。外の風景を眺めて、「これは新スケープだね」とか話し合っている。面白いリアクション。その後彰国社の矢野さんをご案内。

6日、坂本先生の「水無瀬ANNEX」の見学会へ。坂本先生の住宅を初めて見学することができ感激。先日『Ka』のインタビューで、形式+便宜(論理)vsスケール+プロポーション(感覚)という図式でお話を伺ったのだが、この建築はまさにそれ。

「目線のちょっと上くらいにある大きな庇が隣に立つ本体との関係も含めて全体を統合しており、その他のあらゆる部位は全体性を不用意に構築してしまわないように注意深く部分化されている。」みたいな形式的、論理的な理解もできるが、「CH=2000-2200mmの間に広がる世界。歩くとゾクゾクする」という身体的、感覚的な理解もできる。

形式は書籍や議論でも理解できるが、スケールは経験しないとなかなか理解できない。逆に言えば、スケールは経験すれば誰にでも理解できるが、形式は一定のリテラシーを要求する。つまり、坂本建築の評価にはリテラシーも経験も要求する。

論理と感覚の関係は人によって違うが、坂本建築のように説明可能性と説明不可能性の両方をすっきり分けられる建築は見ていて心地よい。説明可能なだけの建築や説明不可能なだけの建築ほどつまらないものはない。

19:00久しぶりにチーム・ラウンドアバウトのメンバーで集合。ワソサソこと王銘顕さんにRAJvol.7が掲載された『Dialogue』を頂く。今後の企画やメディア展開について打ち合わせ。各メンバーからいろいろな意見が出るが、徐々にひとつにまとまっていく。2008年後半もいろいろ仕掛けていきたい。

8日、9:00『JA』の編集者有岡さんとカメラマンの大沢さんに来て頂き、K-PROJECTの現場を撮影。有岡さんに「あそこはなんでトラスにしなかったんですか」と聞かれ、何のことだろうと思ったら2階の幕板の下地のことだった。確かに2階床で全ての力を受けているように見える。

18:00電車を乗り継ぎ本郷へ。スタッフの伊藤とともに東大へ。学会の委員会でご一緒している竹中工務店の北さんがレクチャーをされるというので聞きにいく。

レクチャーはまず日本のゼネコンに明治以前から続く宮大工系大工の系譜(竹中、清水等)と、明治以降に操業した請負系大工の系譜(鹿島、大成等)の分節からスタート。「竹中調」の説明など、竹中のアイデンティティが語られる。途中「ストロングビル」「東京本社ビル」など近年の話題作も挟みつつ、伝統建築やコンバージョンなど様々なタイプの取り組みを紹介。

とても包括的な内容で興味深かったが、その包括性ゆえにストーリーテーリングになり得ないジレンマも感じた。個人なら、どんなささいなことでもストーリーにして話すことができる。それゆえにより大きな共感を得ることもできる。逆に言えば、ゼネコン、組織系建築家の唯一にして最大の弱点はストーリーの構築不可能性であり、個人建築家の唯一にして最大の武器もそこにある。

9日、朝後輩Kと走る。最近は早朝に多摩川土手を4km程度走る短めのコースに。K宅に向かう途中、自転車のチェーンの調子が悪く、何度も外れる。7:00集合のところを7:25に到着したところ、「もはや早朝ではないですが」とブーブー言われる。

川沿いの空間は気持ちよい。最後にダッシュして、部活的に走り終える。
fujimura

2008年05月14日

アウトプット

インプットの時期とアウトプットの時期は、交互に訪れる。図渡し、着工、プレゼ、竣工がこの1か月の間に集中している。事務所のスタッフも、徐々に育って来ているのを感じる。あたりまえのことだが、急ぎの仕事を取って来てもきちんとモノを出せるようになって来た。

先日、昨年9月に提出した論文が無事採用された。あとは雑誌編集が3件、書籍の企画が2件。原稿が数件。それらも今週中におおよそのめどがつく。終わったら、溜まっている仕事をこなしたい。

K-PROJECTはなんとか間に合いそうだ。いろいろ細かい反省点はあるが、やるだけやったという気持ちが強い。現場を離れるときに感じる、ある種の充実感。一生のうちにそう何度も味わえるものではないかも知れない。この感覚は覚えておきたい。
fujimura

2008年05月23日

倉橋島へ

10日、9:00ロターリの選考試験。試験官も今年で3年目になる。この日は主に語学の試験で英語で質問。16:30終了、急いで都内に戻り、大学のサイクリング部の友人の結婚パーティ。サイクリング部の諸兄は大手メーカーの開発系に在籍している技術系の人が多いので僕のように独立しているのが珍しいらしく、いつも異端扱いだが、ロターリ同様、いい社会勉強の機会になっている。

19日、朝イチでK-PROJECT現場。さらっと見て帰るはずが、いろいろ捕まって話を聞いているうちに昼を過ぎる。15:00設計製図第一。小課題のプレゼ。つかもと師にコメントを求められ時々口を挟む。

20:00事務所にてTable of Youthミーティング。事務所にオープンデスク以外にも学生が集まる機会があるのは重要。いつもどおり新メンバー6名+継続メンバー6名でこの日が顔合わせ。各自関心のあるテーマを披露。最初から完成形が見える人もいれば、あまりまとまっていない人もいるが、話し合いを重ねて揉んで行く。帰り道、後輩Kたちとともにラーメン→ビールとハシゴして帰宅。

20日、打ち合わせラッシュ。合間に研修希望者が来社し、面接。手が動くタイプのようだ。19:30打ち合わせ@虎ノ門、その後編集者の伏見さんと打ち合わせ@赤坂。

21日、6:07品川発ののぞみ1号にて広島へ。9:50前日から広島入りしている父と弟と待ち合わせ。レンタカーで祖母の墓参りへ向かう。祖母は15年前、阪神大震災の前年に神戸で亡くなった。墓は祖父の出身地である広島の倉橋島にある。小学校の頃と高校の頃にそれぞれ1度ずつ来たことがあったが、父が15年祭を期に墓参りしたいとのことで急遽合流することにした。

弟と父は前日、広島周辺のゆかりのある場所を回ったらしい。鶴羽根神社、白神社、二葉の里、向洋の寮の跡など、高校生の頃一緒に回ったことを思い出す。この日は倉橋島に渡る前に海田町の出先森神社へ。曽祖父の出身地らしい。その後、熊野町、呉経由で倉橋島へ。久しぶりに音戸大橋を渡る。

父の希望で島の海沿いをぐるっと迂回。途中細い道を道なりに進んで行くが、風景が昨年行った長崎の五島の感じにそっくり。今は橋が架かっているので車で移動できるが、昔は広島の宇品港から船で6時間かかったというから、隔世の感がある。

13:30本浦の藤村家到着。神社の宮司をしており、隣に神社がある。うちは分家だが、父の世代が28代、僕の世代は29代で一番新しい世代が30代とのこと。年齢の近い30代氏には会えなかったが、大学を卒業後、呉の酒造メーカーに就職し頑張っているらしい。

親戚の方々が徐々に集まり、歓談。何人か亡くなられたが、皆お元気そう。小学生の頃、東京郊外の流動的な環境に比べて、島で、親戚に囲まれて暮らすという共同体的な環境に驚き、うらやましく思ったことを思い出す。

藤村家の墓は神社の裏の、瀬戸内海を望む高台の畑の一角にある。とても環境の良い場所で、少し家が増えた他は以前と何も変わっていない。都会とは時間の流れ方が違う。遠く愛媛の方の海を眺めながら、前に来たときのことをうっすらと思い出す。いつかまた来たいと思う。そのときも、同じ景色を眺めて、この日のことを思い出すに違いない。
fujimura

2008年05月25日

K-PROJECT プレ内覧会

24日、ブログ等で頑張って情報発信している学生を現場に招いて、レポートを書いてもらうという試みを行った。参加条件は「ブログを持っている」「即日レポートをアップすること」の2点。

参加者は各大学から15名程度。いずれも学部4年生くらいで1986年生まれ世代である。下の階から順番に案内していき、最後に最上階の部屋で軽く議論。言わせておけば「屋上は使いにくいのではないか」「ディテールはもっとスタディできたのではないか」などと言いたい放題であったが、自由な感想を引き出すのがこちらの目的。かわりに「批判的工学主義としての建築」「都市風景を変える建築」など、こちらの話もたっぷり聞いてもらった。

コンセプトは2つ。1つめはボトムアップ式であること。通常の建築ジャーナリズムの順序では、まずオープンハウスを行い、編集者の感触が良ければ取材が行われ、竣工後しばらくして掲載が決まり、撮影が行われる。雑誌に情報が出回るのはずっと後である。読者である学生は一番最後に情報を手にする。

ここではあえて、学生に一番最初に取材してもらった。それは、僕にとって次世代を担う彼らの意見こそが一番重要だからであり、彼らのリアクションを一番最初に聞きたかったからだ。

2つめは、即日発信すること。LIVE ROUND ABOUT JOURNALもそうだったが、即日で言葉にしてもらうことで、ある種の臨場感が生まれる。参加してくれた学生たちも自分が見たこと、感じたことを言葉にして、ブログを通じて他人と共有するという体験をすることで、建築へのまなざしはジャーナリズムに与えられるだけでなくいろいろある、ということを学ぶだろう。

アップされたレポートは下記の通り。

g86山道拓人のレポート
http://d.hatena.ne.jp/sandotakuto/20080524

g86鎌谷潤と坂根みなほのレポート
http://d.hatena.ne.jp/g86/20080524

DESIGN HUB中島弘陽のレポート
http://blog.livedoor.jp/koyonet/

YGSA祖父江一宏のレポート
http://blog.livedoor.jp/shumai_ygsa/archives/50999663.html

コジマラジオ森純平のレポート
http://blog.livedoor.jp/sora_tuki_taiyou/

仙石亜沙子のレポート
http://asacosengoku.blogspot.com/

YGSA百枝優のレポート
http://blog.livedoor.jp/shumai_ygsa/archives/50999913.html

首都大学東京浜田晶則のレポート
http://psycholo66.de-blog.jp/blog/2008/05/k_project_ec6d.html

東京芸大山本亮介のレポート
http://chibi-pick-up.blogspot.com/2008/05/k-project.html

東京理科大学近藤哲朗のレポート
http://cufe.exblog.jp/7979891/

東京理科大学長野楓のレポート
http://mapling730.exblog.jp/8655398/

結果はこちらの期待以上で、皆きちんと即日レポートを書いてアップしてくれました。こちらの話したことをマジメにパラフレーズする者、自らの興味に引き付けて話す者、マイペースに自分の発見を記す者など、書き手の個性も出ていて読んでいて楽しいです。参加してくれた皆さん、どうもありがとう。

本番の内覧会は間もなく行う予定です。週明けにご案内を一斉にお送りしますのでよろしくお願い致します。
fujimura

2008年05月31日

BUILDING K内覧会・初日終了

いよいよこの日を迎えた。あいにくの雨。10:00より開始。午前中は学生、午後から一般の方々を迎える。

見学は諸処の事情があり、ツアー方式とさせて頂いた。4人のスタッフで毎時00分、15分、30分、45分と順番に出発して行く。5分ずつ6部屋回り、全体で所要50分、で1サイクル。

1階の入り口で傘袋+靴袋を渡し、受付、荷物置き、待合、挨拶、解説、ツアーと順番に流して行く。やってみると5階の動線で混乱することがわかり、部屋数を減らして対応。完璧なオペレーションを目指す。

本来であれば私が全ての皆様を個別にご案内させて頂くべきところだが、直接お話できる人数が限られてしまうので、1階に留まらせて頂くことにした。来た方にご挨拶し、解説し、戻って来た人に感想を聞く。それを24回繰り返す。あっという間に終了時刻となった。

終了後、近所で伊藤君と柄沢君と飲む。遠慮せず感じたことを言ってもらう。まさに忌憚なきコメント。それが楽しい。

明日はいい天気になりそう。5階のテラスを心地よい風が通り抜けるだろう。初日の反省を活かし、よりよい内覧会としたい。
fujimura

2008年06月08日

BUILDING K竣工

山崎さん、感想+質問ありがとうございます。

素材については、外装はメンテナンスも考慮して基本的に素地のものでハードに、内装はスケールに対応して金属っぽい感じを消してソフトにしよう、みたいな感じでまとめていきました。ゴムチップは近所の歩道橋にヒントを得たもので、遮音のことを考えても合理的な選択だったと思いますが、見た目の素材感としてもわりと好評でしたね。

MBのガラスについては、基本的に建物の裏側を感じさせないようにメガストラクチャーは隠蔽していますが、他方で住人が建物の裏側を忘れずに暮らすことは大事なことだと思うので、ちょっとしたヒントがあることは大事かと理由でああなっています。どちらかというと思想の問題のようなもので、機能的に説明されるものではありませんね。

1日、BUILDING K内覧会2日目。最終的に来場者は400人を超えた。いい天気で屋上のテラスが気持ちよい。1階で説明して、見送って、1時間ほどすると興奮気味に下りてくる。

自分たちはこの建築を全く新しい建築だと思っているが、どうやってその新しさを伝えればよいのかわからない。ただ、いろいろな人に説明していくうちにポイントはわかってくる。

この日はメガストラクチャーというコンセプトを主に空間的な側面から説明したが、社会的側面から説明しても良かったかも知れない。例えば、坪単価を教えると反応が変わる。意匠、構造、設備の融合とは、形式美だけの問題ではなく、コストパフォーマンスやサステイナビリティの問題等も当然入って成立している。そのあたりをどう伝えていくか。

19:00スタッフ打ち上げ@抱瓶。担当の城間の労をねぎらう。設計を受注してからというものの、本当にいろいろなことがあり、血も凍るような場面もいくつも経験した。細かい反省点はいろいろあるにせよ、担当者の能力に助けられた建築だと思う。

2日、11:00新建築編集部の中村光恵さんご案内@K。一通りご案内し、記事の作り方、撮影の仕方など作戦会議。それほど間を置かずに発表できそうだ。その後東工大へ戻り設計製図のアシスタント。事務所に戻り20:00Table of Youth。

3日、11:00展覧会打ち合わせ@INAX:GINZA。既にリリースされているが、6/10に発売される『JA』の若手建築家特集「風景の解像力」のメンバー(乾久美子、藤本壮介、中山英之、平田晃久、中村竜治、石上純也、藤村龍至、長谷川豪)8名の合同展示が6/28(土)から7/5(土)までINAX:GINZAで行われる。面白い展示になりそう。

4日、論文佳境。つかもと師と打ち合わせを繰り返す。この日は深夜1:00スタート。3:30終了。それから修正作業。寝る暇がありません・・・。

5日、9:00撮影@K。あいにくの雨なのでひと部屋のみ。塚本研の連中が見学にやってくる。11:00過ぎシャネルモバイルアートへ。五十嵐太郎さんに話を頂き、周囲の学生に声を掛けてよいとのことだったので、先日の即日ブログレポートに参加してくれた学生にお礼の意味を込めて声を掛けた。総勢14名でザハ建築をうろうろ。

17:00現代研究室の小倉さんと柳澤田実さん来社。『ディスポジション 配置としての世界』の刊行記念シンポジウム(6/21 14:00-17:00@代官山ヒルサイドプラザ)にお声掛け頂き、参加させて頂くことになった。

http://www.hillsideterrace.com/art/080621.html

6日、9:00論文打ち合わせ@ハウス・アンド・アトリエワン。つかもと師とランチ・ミーティングならぬ、ブレックファースト・ミーティング。いわゆる「てにをは」のミスが多く「音読していないからだよ」と横にいた貝島さんに指摘される。

10:30各誌取材@K。新建築大沢さんと鳥村さん、川辺さん、MDR荻原さんの撮影が同時進行。5-6人でポイントを移動しながら撮影を進めていく様子は映画製作の現場のよう。

14:00過ぎ、五十嵐淳さんご案内@K。この日はお施主様や銀行関係者など来客が多く、残工事もあり落ち着かない。ゆっくりお話しできず残念。20:00過ぎ無事撮影と引き渡しが完了。

7日、事務所で打ち合わせ後、13:30菊竹清訓レクチャー@INAX:GINZA。「か・かた・かたち論」。ブリジストンの一連の仕事から1958年のスカイハウス、1968年の『代謝建築論』へ至るストーリー。

氏の主張は「形態ではなく、方法論を問うべき」というものでとても明快。その他にも、使い方から建築を考える、という発想は、意外にも大江匡さんとの連続性が感じられた(ちなみに大江さんは菊竹事務所の出身)。

個人的にはBUILDING Kの構造システムは東光園に似ているといわれるし、設計プロセス論+メガストラクチャーという表現の組み合わせに勝手に親近感を抱いていたのだが、スタッフの方のご紹介で講演後ご挨拶することができた。

菊竹さんだけではなく、BUILDING Kの全体構成は坂出人工土地(大高)のようでもあるし、ダイヤグラムはメガフォーム+グループフォーム(槇)の組み合わせだし、4本のコアは寒河江町庁舎(黒川)のようでもある。メタボリズムの現代的再構成というテーマについて、もう少し整理してみたい。

佐藤敏宏さんの「ことば悦覧」で4月9日にお話ししたBUILDING Kの設計プロセスについてのインタビューが公開されました。龍光寺眞人さんとの議論も楽しかったです。佐藤さん、ありがとうございます。
http://www5c.biglobe.ne.jp/~fullchin/eturan/toukyou2008haru/07fuzimura/01/fuzi01.htm

そのほか、全力ゼミのメンバーも続々レビューをアップしてくれています。ありがとうございます。

伊庭野大輔ブログ
http://ibano.jugem.jp/?eid=90

松島潤平日記
http://www.ne.jp/asahi/studio/lithium/diarylog.htm#080531

藤井亮介ブログ
http://www.fujii-data.com/


fujimura

2008年06月11日

建築雑誌「批判的工学主義」特集/.JA 70「風景の解像力」

日本建築学会の機関誌『建築雑誌』6月号の第2特集「批判的工学主義に向けて」を担当させて頂いた。

フリーペーパーでの議論をきかっけに柄沢祐輔、南後由和と展開して来た「批判的工学主義」を35,000人の読者に向けて放つ。柄沢+南後+藤村によるテキスト、大江匡氏、林昌二氏、長谷川一氏、岩佐明彦氏へのインタビュー。組織的アトリエの大江氏、アトリエ的組織の林氏、メディア論の長谷川氏、研究者の岩佐氏、と立場は異なるが批判的工学主義を論じる上で欠かせない方々にご登場頂いた。いずれもコンパクトだが重要なコンテンツとなっている。

https://secure1.gakkai-web.net/gakkai/aij_zassi/index.html

僕らは日本社会におけるアトリエと組織・ゼネコン系の対立を問題にしているが、これを『10+1』でやるのと『建築雑誌』でやるのとでは意味も効果も違う。チャンスを下さった五十嵐編集長に感謝したい。

継なる仕掛けは10月に建築会館で開催される建築文化週間のシンポジウムである。1月のLRAJ、6月の『建築雑誌』批判的工学主義特集に続けて、より広い議論の場とするべく仕込み中。

『建築雑誌』学会の会員でない方は南洋堂等で購入できます。お問い合わせを。

http://www.nanyodo.co.jp

もうひとつ、『JA』に初めて取り上げて頂いた。10日から店頭に並んでおり、学生たちからも「買いました」というリアクションがちらほら。

今回選ばれているメンバーは全員30代のアトリエ系建築家のみ。『建築雑誌』に比べると発行部数はずっと少ないのかも知れないが、全編英訳されるということもあって、海外への広がりもあり、とても緊張した。僕はあえて竣工写真をほとんど載せず、理論、方法論、実践をオーソドックスに提示することにした。

あえてピークをつくらない乾さん、模型写真+手描きスケッチでスタイルを提示した石上さん、作品紹介に徹した長谷川さん、スケッチを全面展開した中山さん、コンセプトでまとめた平田さん、絵はがきのようにページ毎のレイアウトを完結させた中村さん、キーワードでまとめた藤本さん、というように8人8様だ。

ぱっと見て図像を中心に説明するイメージ派(乾、石上、中村、中山)と形式を中心に説明するフォルム派(藤本、平田、長谷川、藤村)と分けられるように感じる。よくも悪くもイメージとフォルムに拘泥する内向きな建築家像が世代の紋切り的なイメージとして固まってきたような気がするが、このままでいいのだろうか。月末にINAX:GINZAで開催される連動企画展(6/28-7/5)、シンポジウム(6/28,7/5)は、この世代に対する新たな批評を構築する機会としたい。

申し込みはこちらへ。
https://www.japan-architect.co.jp/JA70_Symposium/
fujimura

2008年06月22日

ディスポジション/次世代のコンビニ

BUILDING Kの竣工引き渡し、学会の黄表紙論文の提出を終え、ほっと一息つきたいところだが、書籍企画、原稿依頼、ゲスト審査員依頼などが続く。

28日から始まるJA連動企画「風景の解像力」展の会場調整も佳境。それぞれの建築家の希望を叶えるのは想像以上に骨が折れるが、調整ごとは嫌いではないし、お祭りのようで楽しい。内容は各事務所とも気合いが入っているのでシンポジウムの抽選に外れてしまった人も、展覧会には来て頂ければと思う。会期が短い(6/28-7/5)のでご注意を。

14日、前日に満田衛資さんより連絡がありBUILDING Kへご案内。その後ロータリー財団の最終オリエンテーションのため埼玉の坂戸へ。奨学生を送り出す。13:00から19:00までの長丁場。ロータリーの委員の方々も交代。打ち上げのあと、この日開通した副都心線で渋谷へ。後輩イハツの初担当作である14番出口を通って出ると、本人がいたw。突っ込みどころは満載ではあるが、イハツらしく都会的で端正な仕上がり。内側のガラスにエスカレーターを上り下りする人が映ってカコイイ。

17日、小さな改装の現場。4月入社の櫻井の初担当作。細かなミスが出てしまったが、いいスケールでまとめられたのではないか。お施主様にも喜んで頂けてとりあえず一安心。

19日、この日はアポだらけ。10:00長谷川豪さん、JA編集部の橋本さん、有岡さんとJA展シンポジウム打ち合わせ@新建築社。顔ぶれから言ってどう転んでも面白くなるだろうが、当日の話の道筋をつけるべく若干の議論。

昼食後、13:30PROJECT KOHの定例@品川。いよいよ現場が始まる。気を引き締めて行きたい。移動し、16:00JA展会場打ち合わせ@INAX:GINZA。細かい確認。基本的なことを話し合ったあとはスタッフの伊藤に任せて移動。

18:00過ぎ、スタッフの城間とオーノさんと待ち合わせBUILDING K打ち上げ@リーガロイヤルホテル早稲田。お施主様のお招きで設計事務所、ゼネコン、不動産管理、銀行など、関係者が一同に揃う。お施主様のスピーチに感動。紹興酒に酔いしれて帰宅・・・したいところだが帰社し住宅のお施主様と打ち合わせ。終電ぎりぎりまで。

20日、10:00PROJECT n-GN1の設計分科会@現場事務所。午前中の築地は活気があって面白い。躯体が地上に顔を出して来た。仕上げを徐々にFIXさせていくべく打ち合わせを重ねる。18:00打ち合わせ@MDR。書籍企画と別企画、原稿など3件の打ち合わせ。

21日、10:00住宅打ち合わせ。コストコントロールに苦しんでいるが、何とかまとまりそう。当たり前だが、住宅の計画はビルとは違う難しさがあり、勉強になる。フィードバックを繰り返し、案はどんどん進化している。

14:00『ディスポジション』刊行記念シンポジウム「『うまくいくこと』の倫理と技術」@代官山ヒルサイドプラザ。岡崎乾二郎、小林康夫氏と並んでプレゼンテーション。南後君に「よく引き受けましたねえ」と言われびくびくしていたが、小林先生と岡崎さんにもいろいろ突っ込んで頂き、珍しかったからか会場からも質問が集中。「うまくいくこと」に絡めてきちんと反論できれば良かったのだが、しどろもどろに返答。

残念ながら本の内容について突っ込みを返すことはあまりできなかったが、建築設計における「うまくいくこと」の作業イメージを示すことは辛うじてできただろうか。声を掛けて下さった方々に感謝したい。

本番後も岡崎さんには「超設計プロセス論」のみならず「批判的工学主義」についてもいろいろ突っ込んで頂き、「『批判的工学主義』というのは『批判的批判的地域主義』ということだな!」とご理解(?)頂く。

会場に塚本研の後輩KとSとMYが来ており、打ち上げ後合流して感想を聞く。建築界にはない議論が展開して楽しめたとのことで一安心。帰社し打ち合わせをこなすも頭の芯が疲れる。

22日、10:30近代美術館の「建築が生まれるとき」展へ。担当学芸員の保坂さん経由で『美術手帖』誌での展覧会評のご依頼を頂いた。第一印象としては思考を空間化している青木パートが、青木さんにとって模型を時系列に並べることと設計の手法があまり関係ないように思えた。思考過程の単なるビジュアリゼーション(結果論)と、設計プロセス論(方法論)は大きく違う。逆に青木さんがストーリー(=物語、ナラティブ)についてすごく気にしているのが80年代的思考の影響が感じられて面白かった。

移動し、明治大学へ。学生団体MADS主催のコンペの審査員。お題は社会学的フィールドに建築的な問いを立てる、という趣旨で「次世代のコンビニ」とした。いろいろな案が出たが、形態を提出したもの(曲線で構成された案など)と空間モデルを提出したもの(住宅型のコンビニなど)、に分かれた。両者とも建築的思考と言えるが、より抽象的な後者を高く評価した。

審査では提出された案全てを整理して議論の軸を作り、分析しながら評価を決める、というある意味ではとてもオーソドックスな手続きを採らせてもらった。いいと思う作品をピックアップして、それだけを礼賛するだけだと審査員と選ばれた人だけが楽しいコンペになってしまう。全員の案をきちんと拾って、議論の全体に位置づけるというプロセスが大事だと考えている。そうすれば参加した人全員がコンペの意味を見出せるはず。

終了後のレクチャーは「批判的工学主義」と「超線形設計プロセス論」について。建築の芸術性よりも政治性を強調した。コンペの審議についての考え方と連続する話でもある。今までにあまりみられなかった議論なので、学生たちもきょとんとしている。僕の提示するストーリーは文章よりもレクチャーの方がわかりやすいと思うが、少しはこちらの考えが伝わったのではないかと思う。
fujimura

2008年06月24日

批判が続く!?

先日BUILDING Kへご案内した満田衛資さんがブログで感想を書いて下さっています。

満田衛資さんのブログ「だから構造家は、楽しい。」
http://ameblo.jp/mscblog

非常に正確に見て頂いていると感じる部分と、こちらの説明が足りず、誤解されてしまっていると感じる部分があります。

全体に「超線形設計プロセス論」には比較的共感するものの、「批判的工学主義」には違和感を感じていらっしゃるようです。僕の中では表裏一体なのですが、「なぜそれを主張するのか」というアジェンダ・セッティングの部分がうまく伝えられていないと反省しました。

メールでも叱咤激励を含んだご意見を頂きましたが、そちらもとても刺激的でした。ここで議論を尽くしてしまうと来月のインタビューで聞くことが無くなってしまいますので、話題をしっかり暖めておきたいと思います。

もうひとり、「藤村龍至について」というタイトルで僕のことを論じている人がいました。

itu415さんのブログ「カラー ミー ポップ !」
hhttp://d.hatena.ne.jp/itu415

批判の中に「叱咤激励」的なニュアンスを含む満田さんとは異なり、どちらかというと根本的な「批判」。とはいえ印象論に留まるものではなく、かなり正確に僕の書いたものを読み込んだ上で議論の前提を問いかけてくれています。

構築性を徹底し、飛躍を包含しない「超線形設計プロセス論」は言うならば、最適解のみを生産し続ける資本主義の建築のための方法論である。そこに至った藤村の問題意識は確かに的確であるが、彼が生み出した方法論は徹底すれば資本主義の要請する凡庸な最適解でしかない建築を生み、徹底しなければ建築家の作品としての建築を生む。

書いたものだけで議論を展開させた結果、結論を過剰に単純化させている節もありますが、なるほど、とも思いました。ただ形骸化に陥らず、かといってマニエリスムからも距離を取り、方法論を徹底することによって得られる複雑さを内包した解こそが建築家の作品足りうると主張している私からすれば、彼のイメージする最適解とは、資本主義の要請に従ったかのようにみえて、形骸化してしまった合理主義の産物のことのようで少々違和感が残ります。お会いしたことのない方だと思いますが、いずれお会いして議論してみたいですね。

いずれも自分の議論の伝わり方を知る上で勉強になりました。ありがとうございます。

岡崎乾二郎さんからご返信を頂く。「批判的工学主義」について「輝く都市のコル(アルジェ計画+ビシー政権との絡みも含めて)などの問題とかもっと論じたかった」とのコメント。小林康夫先生からも同じく「検索不能なものとはなにか?ということで議論したかったですね。」とのレスを頂く。ありがたいですね。

17日、藤本壮介さんの事務所へ。前回は『新建築』の月評で「情緒障害児短期療養施設」について執筆するにあたって押し掛けたとき(2006年夏)以来なので、2年ぶり。当時「オープンデスクの風景」と呼ばせてもらった独特の内部空間は「外国人インターンの風景」へと変貌を遂げ、模型の山で事務所が覆い尽くされていました。

「読み飛ばしていた」という『JA70』の拙稿「批判的工学主義」については、「巻末の解説かと思った」「言葉が良くない」と厳しいコメントだったが、背景をお話ししていくうちに「意外と近いかも知れない」と認識を変えて下さった模様。僕の方も、原理的なモデルを量産する藤本さんの設計スタイルについて、コンテクストとの関係をどう取っているのかが理解できなかったが、商業空間の営みを自然現象のように眺めるまなざしがあることを知り、より深く理解できたような気がして楽しかったです。

24日、ぽむ企画の平塚桂さんと会う。学会の委員会などいろいろな場所でよくご一緒するが、じっくり話を伺うのは初めて。建築家の使う言葉に疑問を持ったこと、建築×映像がコンセプトの「建築ナイト」が今から思えば建築×情報だったこと、80年代のニュータウン育ちという共通点、などなど。同時代性を感じられてこちらもとても楽しかったです。

告知:7/10-12に取材で関西・広島に行きます。盛り上がりましょう!詳細は後日。
fujimura

2008年06月27日

「風景の解像力」展、いよいよ6/28から7/5まで開催

「風景の解像力」展、いよいよ6/28からINAX:GINZA7Fで始まります。先ほど会場から戻ってきました。

20:00搬入開始。一番乗りは長谷川事務所。続いて乾事務所、藤本事務所が到着。平田事務所、中村事務所も続々到着。石上事務所と中山事務所は明日らしい。

展示は各事務所とも気合いが入っている。初日のシンポジウムは5倍の人気だったそうで、東大より人気ですねw。チケット当たった方は外れてしまった方の分もしっかりメモを取って、ブログにがっつり即日レポートするつもりで来て下さい。

明日は朝8:00から設営です。

以前RAJの配布に協力してもらった京都精華大新井研の渡辺雷蔵君から『京都精華大建築学部優秀作品集』を送って頂きました。どうもありがとう。

「この冊子はRAJから直接的に影響を受けています」とのことで、学生にインタビューを行い、それだけで構成している。ちょっと分析的でカウンセリングっぽい話の聞き方など、確かにRAJ風。

話のまとめ方がうまい。学生の皆さんの話の魅力的な部分がうまくパッケージされていて、ストレスなく読めました。この調子で議論がどんどん生まれるといいですね。

他方、東北大五十嵐研の大学院生からインタビュー依頼。「批判的工学主義」に興味を持っているとのこと。

dot architectsの家成俊勝さんを中心とした関西在住の若手建築家の皆さんで7/10に関西方面で計画していたイベントの開催場所が神戸芸工大カフェテリアで決まったそうです。家成さん、会場探しにご協力下さった皆さん、どうもありがとうございます!

詳細は未定ですが、濃密な議論の場にできればと思っています。

東京も、関西も、地方も、どんどん盛り上がって行きましょう。
fujimura

2008年06月29日

俎上に上る

8:00会場入り。各事務所のスタッフが続々集まり、テキパキとセッティング。王道的模型展示と映像で構成と生活を見せる長谷川豪さん、巨大なグラフィックと造形的な模型群でコンセプチュアルに攻める平田晃久さん、対照的に小さな本とテーブルを展示し、来週から始まる個展の予告を行う石上純也さん、ジュエリーのように完成度の高い模型と小さな写真で埋め尽くす中村竜治さん、スタディ模型を山のように積み上げた藤本壮介さん、キメの細かい演出でコンセプトをコンパクトに表現する乾久美子さん、繊細なドローイングだけで空気を作ってしまう中山英之さん、というように各建築家の展示も素晴らしくテンションが上がる。

藤村事務所は超線形的なプロセス模型をずらっと並べ、BUILDING Kの1/20を並べ、方法論を展示した。設計のプロセス(結果論)というよりもプロセスの設計(方法論)を提示するということを暗示するために、魚の発生プロセスとエクセル表を掲示。

13:30一旦会場をあとにし、事務所へ。打ち合わせ後、会場へ戻るといきなり混雑が始まっており、手応えを感じる。

16:00関係者顔合わせ。主催者の新建築社、INAX、出展建築家、グラフィックデザインを担当した刈谷さんらが集合。橋本さん、INAX:GINZA辻館長ほかから諸々説明。

17:00シンポジウムスタート。最初は各建築家からのプレゼンテーション。4人とも熱が入りやや伸びるも充実した内容。幕間にコメントを挟む。

休憩後、ディスカッション開始。「司会がしゃべり過ぎ」と突っ込みも入ったが、グローバリゼーションによって顕在化した場所性や慣習の流動化という社会の問題と、情報技術によって可能になった動的な形式性という建築の問題をどう繋げるか、という議論のフレームに4人の実践を位置づけようと試みる。

時間配分に注意しながら議論の流れを作る。LRAJなどで壇上の議論にも少し慣れて来たつもりだが、まとめが難しい。途中一旦ブレイクし、レビューを担当される倉方俊輔さんにコメントを求める。各建築家の立場に明快にコメントをつけてくれたが、「『建築の慣習』というのはつまらない」と司会にダメ出し。

その後の質疑応答は思ったよりも静かだったが、平田さんが「コンテクスチュアリスム(文脈主義)vsフォルマリスム(形式主義)の対立は無効になった」とはっきり宣言してくれて、胸がスカッとした。外部空間についての長谷川さんのコメントは「建築とは街を愛する方法だ」と言っているように聞こえ、とてもいいと思った。

4人の建築家から力強いコメントが出て来て急に気が楽になり、開放的な感じでじゃべりはじめたら急に会場が暖まる。

終了後、司会について「LRAJより俎上に上る覚悟が出ていた(倉方さん)」「最初からあの感じでやればいいのに(新建築編集長・四方さん)」とコメントを頂く。(いつもながら)誉められているというよりけダメ出しに聞こえるのは気のせいか。

来週は自分が発表する番だ。どのような展開になるだろうか。長谷川さんの手腕に期待することとしよう。

倉方俊輔さんが早速昨日の模様をアップしています。昨日参加したブロガー諸兄のレポートも楽しみにしております。

倉方俊輔さんのブログ「建築浴のすすめ」
http://kntkyk.blog24.fc2.com/


fujimura

2008年07月02日

事務所をBUILDING K内へ移転します

事務所をBUILDING K内へ移転することにした。最上階の一室である。今の渋谷にある事務所は立地もよく、坂を上って行くアプローチや周辺の感じが気に入っていたので特に不満はなかったのだが、最近は手狭になってきたことと、自分たちで設計した建築に入居できるチャンスは少ないと考えたことと、何よりも勉強になると考えた。「風景の解像力」展で模型が出ている隙を見計らって残りを移動するという作戦。

2日、引っ越し1日目。本箱と模型から順番に移動。19:00、この場所で夕食を取るのも最後となる。2005年10月以来、2年9ヶ月。モノがなくなって声がよく響く。事務所開設当時を思い出す。

「UTSUWA」も「BUILDING K」も、「批判的工学主義」も「超線形設計プロセス論」も、フリーペーパーもTable of Youthも、全部渋谷のこの部屋から生まれたものだ。たくさんの学生たちに来てもらった。今となっては連絡の取れない人たちばかりではあるが、感謝しています。

新しい事務所から、さらに多くの建築と、コンセプトと、情報を発信して行きたい。

7/3(木)より連絡先が変更となります。高円寺駅から近い(徒歩3分)ので、お近くにいらした際はぜひお立ち寄り下さい。本日一杯は引っ越し、土曜日はシンポジウムと会場の撤収などでバタバタしていますので、落ち着くのは週明けになりそうですが・・・。

FORM_Story of designにて展示をレビューしてくださいました。私たちの展示やBUILDING Kについてコメントを頂いています。

今回初めて藤村さんの模型をみて正直おどろいた。建築が微に細に入り人間の思考とそして手の動きのなかでこのように具現化されるものなのか、整然とならべられた建築模型から、建築家本人の人格までもがあわわせれていて、まるで優れた私小説を読むような充実した印象をもった。
http://form-design.jugem.jp

五十嵐太郎さんも展示を見て下さったようです。近代美術館における青木淳の「迷宮的」プロセスの展示と私たちの構築的な手続きの展示が比較されています。
http://www.cybermetric.org/50/

そのほか、ブロガー諸兄のリポートも続々UPされています。

g86山道拓人
http://d.hatena.ne.jp/sandotakuto

sawada
http://croquisxcroquis.blog21.fc2.com

taniyaan
http://taniyaan.blog.drecom.jp

最後に、展示を手伝ってくれたDESGIN HUB中島弘陽のブログで、準備風景がレポートされています。
http://blog.livedoor.jp/koyonet

5日までで終わってしまうのがもったいない感じもしますが、シンポジウムで盛り上がってしっかり終わりたいですね。

fujimura

2008年07月04日

建築を使う

昨日から、自分たちで設計した建築を自分たちで使っています。すごく不思議な感覚です。仮に使っているだけなのではないか、数日したら渋谷のあの部屋に戻るのではないか、という錯覚にときどき襲われつつも、快適に過ごしています。

使ってみるといろいろ気がつくことがあります。今のところ使い勝手は悪くないし、寸法もいい感じ。昼の感じも、夜の感じも、なかなか気に入っています。建築を使うことが、こんなに楽しく、気持ちのよいものだとは。

「批判的工学主義」について、コメントが続けて出ています。

10+1ウェブサイト
議論が拓く世界──「LIVE ROUND ABOUT JOURNAL」評釈(前篇)|倉方俊輔
http://tenplusone.inax.co.jp

建築史の倉方俊輔さんが、LIVE ROUND ABOUT JOURNALのレビューと、それをもとに議論を展開して下さっています。

LRAJの発表を聞く限り、誤解の種になりそうなポイントは大きく2つある。
ひとつは、既往の建築論との違いに重きを置くあまり、単なる「工学主義」と混同されてしまいそうな点。(中略)もうひとつは、どこまでが「批判的工学主義」の理念で、どこからがそれを達成する手法であるかが、混同されやすい点である。

厳しいなあ(^_^;)。でも、まさにその通りです。

ここでいう「新たなる場所性」とは何か? 「批判的工学主義」を《手段》としたときの《目的》とは何か? 衒いを捨てて、次に論じなければならないようだ。

そうそう、そうなんですよ(-_-)/!!。

明日のINAX:GINZAで、できれば論じたいです。そこんとこ、よろしくお願いします>倉方様

もうひとつは千葉大学の岡部明子先生。

建築雑誌オールレビュー
『建築雑誌』6月号

古き良き都市を標榜する反動的な都市論が目を背けてきたマーケットの必然的産物であるコンビニやタワーマンションや郊外地区。建築家としてこれらと正対しようとする姿勢は頼もしい。

ありがとうございます。

ただ、工学主義を利用する「戦略」とは具体的に何なのか。「メディア論と建築の共同作業」(長谷川一、メディア論)、「計画学と行政の連携」(岩佐明彦、建築計画)が手がかりとして出てはくるが、いかにも動きが遅く弱い。商業主義がマーケティングに圧倒的な投資をして築いているデータベースの牙城を我がものにしている限り、「批判的工学主義」に実効性のある戦略を期待しうるのだろうか。

倉方さんの問いとも通じる問いかけですね。今後の運動の展開や、設計の実践で徐々に示して行きたいと考えています。

30日、18:00編集委員会@建築学会。先日ネットで藤村批判を繰り広げていた学生は五十嵐研の院生ということが判明。

1日、10:00BUILDING Kの掲載打ち合わせ@新建築社。ページ構成を考え、写真を選ぶ。13:00『建築雑誌』に連載中の「建築マンガ」のため漫画家さんと打ち合わせ@外苑前。15:00インタビュー@TNA。武井さんは塚本研出身なのでお話する機会は多いが、じっくりコンセプトやルーツについて伺うのは初めて。とても面白い。

事務所に立ち寄る間もなく地下鉄で移動し、伊東豊雄×セシル・バルモンドの講演会へ。打ち合わせ続きでぼーっとしていたら話しかけられること数回。卒業設計講評会で出会った人が東京に出て来たり、社会人になったり。頼もしい。

セシルの英語は聞きやすく、論理構成がかなり図式的でわかりやすい。

曰く、
1.中心があり、対称的な幾何学
2.中心がずらされ、歪曲された幾何学
3.アルゴリズムで構成されたダイナミックな幾何学

モダニズムは1、デコンは2、自身の展開は3。

アルゴリズムで出来た空間の意味は「ラブリー」以上には語られないのだが、それでサマになるのだから文句は言うまい。建築の新しい展開として、とても面白い。

伊東さんのレクチャーでは「諏訪湖博物館・赤彦記念館」(1993)が1として反省的に語られ、「サーペンタイン・ギャラリー」(2002)が3として位置づけられている。「多摩美術大学図書館」(2007)は2だし、UCBのギャラリーなども2であろう。伊東建築は2と3のあいだで試行錯誤を繰り返していることがよくわかる。

会場(1800人収容)は満員御礼。学生も多いが、スーツを着た社会人も多い。そのことが多少不思議にも思える。セシルの思想はヨーロッパのサロンでは熱狂的に迎えられているとしても、現代の日本社会ではすぐに応用可能であるとは言い難いからだ。

僕らはどうやってレファランスすればいいんだろう。レクチャーで盛り上がって、翌朝オフィスにつく頃には忘れるのか、その日から実務に応用するのか。思想と実務が連続する社会ならもっと面白くなるはずだ。ではどうすればいいのか。それは「批判的工学主義」のミッションのひとつでもある。

3日、11:00打ち合わせ@エクスナレッジ。先が見えて盛り上がって来た。14:00ゼミ@東工大。20:00永山祐子さんインタビュー。23:00事務所に戻る。

最後に、告知を。アキレスの皆さんと、神戸芸工大の皆さんのご協力を得て、10日に以下のイベントを行います。神戸近辺の方はぜひいらしてください。

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ラウンド・アバウト・ジャーナルVol.8公開収録
「若手建築家のアジェンダ」

1995年以降、経済のグローバル化と、情報技術の環境化によって建築設計を取り巻く環境は厳しさを増している。1970年代に始まったアトリエ系建築家と組織・ゼネコン系建築家の乖離や、2000年代以降のあいつぐ建築専門誌の休刊によって議論の場が消滅したことによるメディア環境の断絶は、解決の糸口も見えないまま私たちの前に立ちはだかっている。
2002年より活動を開始したROUND ABOUT JOURNALはブログ、フリーペーパー、イベントの開催などを通じてアトリエ系と組織・ゼネコン系、東京と地方などをブリッジする議論の場を設計しようとしている。今回は、関西地区の若手建築家に公開インタビューを行うことで、彼らが何を考え、実践しようとしているのか、それぞれのアジェンダを共有する場としたい。

■日時:2008年7月10日(木)18:30-21:00

■場所:神戸芸術工科大学 セレンディップギャラリー・カフェ(D棟)

■アクセス:http://www.kobe-du.ac.jp/access/index.htm

■参加建築家(敬称略)

柳原照弘(isolation unit)、市井洋右(市井洋右建築研究所)、今井敬子、山崎亮(studio-L)、香川貴範(SPACESPACE)、家成俊勝 大東翼 赤代武志(dot architects)、笹岡周平(WASABI)、藤村龍至 山崎泰寛(TEAM ROUND ABOUT)

■タイムテーブル

18:30-18:50 挨拶・問題提起(藤村)
18:50-21:00 ディスカッション

■主催:TEAM ROUND ABOUT、アキレス

■お問い合わせ
dot architects
tel : 06-7171-1977
mail : dotarchitects@tcct.zaq.ne.jp

■協力:神戸芸術工科大学 環境・建築デザイン学科
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明日は頑張ります。

fujimura

2008年07月06日

「風景の解像力」展を終えて

昨日で「風景の解像力」展終了。シンポジウムも盛況でイベントとしては大成功。新建築社とINAXのコラボレーションというかたちが作れたのはよかった。このような場を作って下さった両社の皆さんには感謝したい。

今回の雑誌、展示、シンポジウムは、多角的に各建築家のアイディアを知らせるいい機会になっただろうし、自分にとっても世代の近い建築家の皆さんと並んで雑誌や展覧会でプロジェクトを発表する初めて機会だったのでとても勉強になった。

順番に振り返ってみよう。

まず雑誌で思ったのは、自分たちのページが全体の中でかなり浮いてしまったということ。最初に編集長の橋本さんから頂いたお題は「作品紹介ではなく、ステートメントを述べるように」と言うものだったのであえてテキストに6ページを割き、かなりはっきり理論的な文章を書かせてもらったのだが、ビジュアル・インパクトという意味では少し弱かったかも知れない。もっとも、しっかり文章を書いておくとあとでじわりじわりとリアクションが増えてくるので、長期的にみてどちらがいいのかわからないが。

次に展示で思ったのは、特に僕たちの場合は模型がメインだったので、本より意図がはっきり出たということ。今回も方法論に特化した展示を試みたが、隣の藤本さんや石上さんの展示をみて、何事もつかみが大事だという気もした。もっとも、デビュー戦では全力でやるしかないのだが。

最後にシンポジウムで思ったのは、改めて思いを伝えることは難しいということ。自分のキャラクターは出せたし、話したいことを話せたのでその意味では後悔はないが、あとで長谷川さんに「自分は他の人たちがやろうとしないことをやっている、とはっきり言えばよかったのに」と言われ、なるほどと思った。

終了後、南後さんに「今までの発表のなかで一番よかった」と言われ、写真家の川村さんやNUNOの安藤さんに「今までは隙がないという印象があったが、今日の話を聞いて好感が持てた」と言ってもらえたものの、藤本さんには「昔、ギャラリー間で篠原、長谷川、隈、藤本で出たときの篠原さんみたいだった」と言われる。要するに浮いていたということでは。

いつもそうだが、イベントで何かを大量に発信した後は、エネルギーを大量に放出するのでぐったりと疲れる。昨年のプリズミック・ギャラリーのときはオープン後しばらく何も手につかなかったほど。最近は立ち直りが早くなって来たので以前より馴れて来たとも言えるが、意図が通じなかったり、思うような評価が得られないことで、若干のフラストレーションも溜まる。

でもまあ、それがよいのだ。今回できなかったことを改善して、次に活かせればよい。またみんなで集まって、表現して、議論できれば楽しいではないか。
fujimura

2008年07月09日

夜風に吹かれながら

久しぶりに関西に来ています。

10日は神戸芸工大カフェテリアで「ラウンド・アバウト・ジャーナルVol.8公開収録『若手建築家のアジェンダ』」を行いました。短い告知期間にも関わらず80名くらい集まり待って下さいました。

早速をレポートを、と思いましたが既に詳細なレポートがUPされています。ありがとうございます。

portrait in something
http://shinkiti.exblog.jp

ブログまでブログ
http://d.hatena.ne.jp/sakakibara1984

詳細は後日振り返りたいと思いますが、皆さんバラバラで議論が成立しないかも知れない、と心配されていたのに、強い議論の軸が取り出せました。

終了後、皆で地下鉄で三宮に移動し、軽く打ち上げ。終電で帰宅。最後の電車まで、ずっと議論が止まらない。何なんですかその熱さは。

11日は朝イチで京都四条の満田衛資さん、その後広島に移動し谷尻誠さんを訪問。詳細は後日。

夜はFUTURE STUDIOの小川文象君、宮森事務所の石川誠君も合流し、飲み。こちらもとても熱い。

future studio weblog
http://fstudio.exblog.jp

12日は朝イチで京都に戻り静原の森田一弥さんを訪問。その後豊中のdot architectsへ。こちらも詳細は後日。

インタビュー終了後、神崎川駅近くの沖縄料理屋に10日のメンバーが再集結。議論の続き。

店が閉まり、神崎川の川辺に移動し、車座になって議論。10日に議論し足りなかったので、studio-Lの山崎亮さんに絡んでみる。

いい大人が集団で座り込んで河原で議論をしている絵が可笑しい。時折通り抜ける夜風が気持ちよい。議論を続けながら、この気持ちよさと楽しさは一生忘れないだろう、と思った。

「風景の解像力」展に続いて、いい刺激になった。お世話になった皆さん、どうもありがとうございました。
fujimura

2008年07月13日

ROUND ABOUT JOURNAL vol.8 公開収録「若手建築家のアジェンダ」

8日、20:30松川昌平さんインタビュー@BUILDING K。松川さんとは2002年くらいからおつきあいさせて頂いているが、じっくり話を伺うと見えてくるものもある。特にデザイナーとは何か、建築とは何かについて考えさせられる。

10日、午後イチの新幹線で16:00過ぎ神戸入り。三宮でdot家成俊勝さん、大東翼さんと待ち合わせ。喫茶店でちょっとした打ち合わせ後、学園都市の神戸芸術工科大学へ。小学生4年生のとき地下鉄が名谷から学園都市まで延伸されて父と乗りに来たことがあるので、かれこれ20年ぶりということになる。ザ・郊外的な風景が広がる。

今回の公開収録イベントは、僕が別件の企画で関西方面を訪れる機会があり、それに合わせて家成さん、今井敬子さんらが動いて下さり実現したもの。

18:30、人も程よく集まりイベントスタート。トップバッターはデザイナーの柳原照弘君。女の子の入ったスタイリッシュな写真でコンセプチュアルな作品を説明。プレゼンのスタイルは東京で言うと中村竜治さんのものに近いが、中村さんをもっと社会化したような感じである。クールに自己分析しながら話すスタイルにとても共感した。

続いて市井洋右君。郊外の住宅地に立つ住宅を2つほどプレゼ。「単純な形態で複雑な空間を作りたい」と主張。

3番目はSPACE SPACEの香川貴範さん。住宅、ホヅプロ、熊本駅前広場コンペ案を例に「package」「ヒューマンスケープ」といったキーワードを提示しながら、デザインにおける「『』を設計する」というデザイン行為における問いの立て方そのものを問う。「ぐちゃぐちゃしたものを捉えられないか」と問題提起。

4番目はWASABIの笹岡周平君。インテリアの領域でキャリアを積んだだけあってエモーショナルな空間作りがうまい。結婚式場、福祉施設、住宅と手がける領域も広い。

5番目は今井敬子さん。アトリエ系と組織系両方の勤務経験から、「反工学主義」と「工学主義」の境界は「2000平米がクリティカルになる」と興味深い主張。BUILDING Kがちょうどその規模である。2000平米を超えると設計が自動化していくという。まさに工学主義である。「ある一定規模をどう超えるか。」と鋭く問題提起。

6番目はdot architects。家成さんとは昨年apple storeで講演を2度一緒にやらせてもらった。彼らの考え方は十分に知っているつもりだが、今回もどんどん思考が発展し、仮説が確信に満ちていて正直驚いた。来春竣工予定という「住宅00」はドミニク・チェン君が「設計の道具としては最もコンピュータから遠いが、思考としては最も近い」と述べていたプロジェクト。「脱中心化」「動的編成」をキーワードに掲げる。

最後はランドスケープ・デザイナーの山崎亮さん。いきなり「『批判的工学主義』が何のために『批判的』なのか、金儲けがしたいだけじゃないのか。本当にそのデザインを続けていくことが人を幸せにできるのか。」と挑発的に問い詰める山崎氏。背筋が伸びる。

まずローレンス・ハルプリンの『ニューヨーク・ニューヨーク』を引きながらデザイナーズ・デザインを批判。自身のプロジェクトを簡単に紹介しつつ「人口減少時代にデザインをどう位置づけるか」「市民の主体性をどう引き出すか」「いま建築に何が可能か」「『社会建築家』は可能か」とたたみかける。大きな声と流暢な運び、理論と実践を踏まえた完璧なプレゼに圧倒される。「風景の解像力」展のシンポジウムにこんな人がいたらみんな黙ってしまったであろう。

発表の順番を考えているとき、なんとなく柳原君スタート、山崎さん終わりにするといいのでは、と思ったがこれが大当たり。紋切り型の「デザイナーズ・デザイン」に懐疑的な山崎さんと、紋切り型の「公共」に懐疑的な柳原君の対立軸が実にきれいに浮かび上がった。もうモデレーター要らないくらい。

一旦ブレイクし、個別に質問を。柳原君:「場所性をどう捉えるか」、市井君:「周辺環境をどう捉えるか」、香川さん:「全体性をどう捉えるか」、笹岡さん:「デザイナーの主体性をどう確保するか」、今井さん:「『ある規模』を超えたときの建築的思考の可能性とは何か」、dot:「『脱中心化』していったときの効率をどう確保するか」、山崎亮さん:「デザインの力をどう位置づけるか」。

以降の詳細は長くなるので別の機会に譲るが、個人的には柳原君の「ものをどう楽しんでつくれるか?を伝えたい」「ものをつくらないことも伝えたい」という問いかけが山崎亮さんの問いかけにぴったり重なったのが興味深かった。両者とも「デザイナーとは何か」ということを最も問題にしている。僕が「批判的工学主義」の議論で伝えたいこともそこだ。もっと議論を尽くしたかったがそこでタイムアップ。

最後に神戸芸工大の長濱伸貴先生にコメントを頂いてシンポジウム終了。時間はもっと欲しかったが、濃密な時間を過ごした後の充実感が残った。他方で山崎亮さんの冒頭の挑発に応えきれず、多少の悔しさもあったが、それは12日の深夜、神崎川の河原で開かれた会議にて再び議題とすることでいくらか解消することができた。が、まだまだ議論して問題意識を共有していきたい。他にも香川さんやdotの皆さんが提示していたデザインの問題など、話したりないことも多い。

今回の議論は河原での延長戦も含めて可能な限り録音してあるので、次号のフリーペーパーにて濃密な記事となって皆さんの元にお届けできるはずだ。次世代を切り開く刺激的な議論の萌芽と、それを生み出す熱い建築家達の動きがここにある、ということを確信した。

改めて、今回の議論でお世話になった皆さんに感謝したい。またそのうち続きをやれればと思う。
fujimura

2008年07月20日

再び京都へ

15日、13:00山崎亮さん来社。つい先日会ったばかりなのにもうこのタイミングで訪ねて来て下さるこのフットワーク。事務所を見て頂き、軽くBUILDING Kの内部をご案内。先日の議論でご一緒して以来、根本的な問題意識が共通していると感じる。博士課程に在籍しているところなど共通点もある。いくらでも話ができそうな感じがする。

16:00INAX:GINZA。虫鹿さん、小熊さん、辻館長にご挨拶。「風景の解像力」展がうまく行ったので、またやりましょう、と言って下さる。ありがたい。

帰りに石上純也の個展「小さな本のための小さな展覧会」を見る。「風景の解像力」展でも予告されていた通り、ベニス・ビエンナーレに併せて編集されているという『plants & architecture』のページを展示。シンポジウムでは「植物は周辺環境の象徴」と話していたが、都市的なスケールに自作を位置づける試みは少し意外。展示空間は90年代にセゾン美術館で開かれた「迷宮都市」展の妹島和世さんのコーナーを思い出す。

17:00大野博史さんインタビュー@オーノJAPAN。建築家とのコラボレーションの話になって、我々はいつもパラメーターを整理して諸条件を調整していくが、そのようなパラメトリック・スタディはどちらかというと構造家の思考だということを指摘されて驚いた。BUILDING Kはパラメーターのはっきりした建物だが、それはスタディの仕方がはっきり影響している。他の建築家はスケールとかプロポーションとか空間のイメージを提示するのだと言う。なるほど、そうかも知れない。

大いに納得し、「だから話が合うんですね!?」と実感を込めて同意を求めると「いや、構造としてはやりにくいです」と距離を取られる。

20:00中村竜治さんインタビュー@中村事務所。卒業設計の講評会とか、シンポジウムとかではご一緒することはあるが、この日は改めてじっくり話を伺うことができた。「かたち」の意味するところ、特に形式について、「美しいもの、繊細なものには人は何か感じるはずだ」という信念。「short cut」のある流山のコンテクストをどうか考えるか、みたいな少し意外な話もできた。

17日、10:30打ち合わせ@山本理顕設計工場。万国橋に移転してからは初訪問である。西田司さんとともにあるプロジェクトに携わることになった。山本さんに「西田さんと僕は同じ1976年生まれです」と言ったら「だからふたりを呼んだんだよ」と言われる。そういうコンセプトだったらしい。

以前から、高齢化と地域社会など、ミクロレベルで社会を論じる山本さんと中国でグローバルキャピタリズムに則ってマクロレベルで設計を実践している山本さんの関係に興味があった。話していると、前者の側面を西田さんが、後者の側面を僕がそれぞれ分担しているような気もしてくる。どちらも社会的なリアリティの問題であるが、建築家同士で十分な議論が尽くされているとは言い難い。

西田さんの事務所を拝見し、近所で昼食を挟みつつ軽くブレスト。途中Y-GSAの前を通ったが、心地よい距離感でいろいろな事務所や学校が集まっている馬車道駅周辺の環境はなんとなくロッテルダムのそれを思い出させる。OMAやベルラーへやMVRDVが至近距離にあり、互いに行き来しているあの感じである。

その後品川に移動して麹町の定例をこなして事務所に戻ると、程なくして大野さん来社。BUILDING Kをご案内。いろいろお話ししているとすぐに時間となり、移動。

20:00倉方俊輔さんインタビュー@王子。作家論に取り組んだきっかけと意義、歴史と批評の境界、実証と創作の境界、世代に対する認識などじっくり伺うことができた。熱い文章のタッチとは裏腹に、とてもクールに物事を見ている感じが意外。倉方さんのスタンスについて、理解を深めることができた。

19日、講評会のゲスト・クリティークに呼んで頂き、京都精華大へ。朝早くの新幹線に飛び乗り、地下鉄とタクシーで駆けつける。道中で商店建築のエッセイのオチと新建築8月号のキャプションを考えながら、宿題になっている乾久美子さんのテキストを読む。あれこれ考えを巡らせているうちにキャンパスに到着する。11:00新井先生ほかとご挨拶。学生の作品を眺め、投票し、学生とランチに出て、13:00講評開始。

新井清一さんのスタジオは「パラレル・アクティビティ」をテーマにしており、建築的思考を外部の領域へ拡張。パフォーマンス的な作品もあり、少々面食らうが、服部滋樹さんのスタジオのように比較的オーソドックスな建築的スタディをしているスタジオもあり、次第にコメントしやすくなっていった。鈴木隆之さんのスタジオはネットワーク・アーキテクチャーが主題。環境から情報を抽出する試み。

先週の神戸芸工大でのシンポジウムもそうだったが、一見バラバラな議論をしている、その多様性自体は価値のあることだ。しかし、それらを何らかのかたちで位置づけ、議論を束ねていくと、その場に思いがけないパワーが出てくることがある。少々力不足ではあったが、議論の場に呼んで頂いたからには、そのようなパワーを引き出すようなコメントを心がけたい。声を掛けてくれた学生の皆さん、お世話になった先生方に感謝します。

終了後、四条に事務所を構えるGENETOの山中コ〜ジ君と会い、近況を聞く。出町柳の三角州で京都精華大の学生、鈴木先生と打ち上げ。最終の新幹線で帰京。
fujimura

2008年07月24日

0宅論の時代に

20日、13:00西沢立衛さん、MDR荻原さん、斉藤さんと待ち合わせ、乾事務所へ。ある書籍企画のため、乾さんのレクチャーを聴く。西沢さんのコメントに対して、自分の意見を述べる。緊張したが、とても楽しかった。

21日、工藤和美さんにお声掛け頂き、川越市内で開かれた「まちかど講評会」へ。閉鎖した映画館の建物を利用して課題の講評を行う。東洋大学では川越を舞台に課題に取り組んでいるそうだが、僕が川越高校の出身ということで声を掛けて下さった。山崎別邸という大正時代の邸宅を残し、庭に地域の交流施設を計画するという課題。学生の課題に対し、コメント+ショート・レクチャーを行う。

映画館といい、山崎別邸といい、こういう歴史的な資源が豊富な川越は、全てタワーマンションに置き換わってしまった所沢に比べればまだ場所の濃密さが残っていると言える。が、観光地化された旧市街と、マンションが建ち並ぶ駅前の間の対立は以前に比べても深まっているという印象も残る。今や日本全国どこにでも見られる現象だが、我々は設計で答えを出すしかない。

22日、環境エンジニアリングの鈴木悠子さんインタビュー@BUILDING K。塚本研究室の出身で、今は設備設計の分野でキャリアを重ねており、BUILDING Kで初めて本格的に共働した。「設備家」と呼ばれるような、社会に向けて発言することのできる設備エンジニアのロールモデルが作れれば面白い。

23日、桑沢デザイン研究所へ。渡邉健介さんにお誘い頂き、前期課題のクリティークに参加。学生8名に対し、渡辺真理さん、木下庸子さん、大松俊紀さんら総勢7名の講師陣。高密度居住という課題。桑沢と聞くとインテリアのイメージが強いが、都市系の課題にも学生たちは意欲的な取り組みを見せる。

1999年夏、コロンビア大学でのサマースクールに参加した際に、ゲストクリティークに来ていたのが渡邉さんだった。あのとき、トレーシングペーパーで100枚以上のセクションを切る、など腕力で疑似的にコンピューター的思考を導入するスタイルに衝撃を受けた。日本ではスイス建築的なスタティックなボックスを寡黙につくっていくのが主流であったが、コロンビアでは3次曲面と形態生成のためのストーリーテーリングに熱狂していて、そのギャップはなんだろうと考えたことを不意に思い出した。

『新建築』原稿校了。BUILDING Kが8月号に掲載される予定。紙幅に限りがあるが、濃密な誌面ができたような気がする。

BUILDING Kと言えば、FORM_story of designにて詳細に論じて下さっています。
主観的BUILDING K 前編
主観的BUILDING K 後編

同潤会アパートとの比較は面白いですね。ありがとうございます。

時系列的には少し戻りますが、「風景の解像力」展シンポジウムについて、松島潤平のレポートがUPされています。

また、森田一弥さんが、ブログにて先日インタビューのことに触れて下さっています。

森田さんにはいつかお話を伺ってみたいと思っていましたが、お話ししてみると社会との距離とか、自らの職能をかなり正確に位置づけていらっしゃって驚きました。静原の美しい風景を眺めながら、全然フィールドが違うけれど、きっかけが違えば僕もここにいたかも知れない、と思えるような、不思議な交換可能性を感じる。

その前日の満田衛資さんへのインタビューは、ブログで書かれていたことも含め、誤解を解く機会になったのではないかと思う。個人的には構造家としての満田さんにも興味があるが、京都の歴史に位置づけられた建築家としての満田さんのスタンスにも興味があり、今回は主に後者のお話を伺った。設計プロセス論についてや、理論と実践の関係など、もっと突っ込んだ話も伺いたかったのですが、今後も継続的に議論させて頂ければと思う。

場所との関わりで言えば、谷尻誠さんは広島をベースにされているから、もっと広島の話題になるかなと思いきや、あまりそういう話にはならなかった。むしろエリアを限定せずに活躍されているので、広島のことを殊更に意識することもないそうだ。とにかく伝えていきたい、と前向きに話す谷尻さんには大きく刺激を受けた。

24日、田中浩也さんへインタビュー。tEntの事務所を初めて訪れた。様々な工作機械とコンピュータ機器が並ぶ工房。久しぶりにゆっくりディスカッションできた。

26日、10:00小野田泰明さんをBUILDING Kご案内。もっといろいろなことをお話ししたいと思った。12:30、少し遅れて山本事務所へ。山本理顕さん、西田司さんと打ち合わせ。

その後、日本橋に移動し、ラウンドリーディング・プラスに出演。五十嵐太郎さん、槻橋修さん、南泰裕さん、平田晃久さん、吉村靖孝さんと公開読書会を行い、ディスカッションするという企画。

僕の課題は隈研吾さんの『10宅論』。五十嵐さんにこの本を割り当てられたとき、なぜだろうと思ったが、松島JPに「確かに似てますね」と言われる。建築家を社会のなかに位置づけようとする姿勢は共通しているかもしれない。

つかもと師がかつて、住宅を日本の伝統と結びつけた篠原一男を「1宅論」、商品化住宅との対比を指摘した坂本一成を「2宅論」であるとし、その先に「10宅論」を位置づけ、さらに住宅のスタイルが部分化した現代は「1000宅(選択)論」が必要であると主張したが、ここでは現代はスタイルの多様性を生み出す構造そのもの注目するべきであり、住宅というカテゴリーでの議論を一旦キャンセルする「0宅論」を採るべき、と主張してみる。

我ながらキャッチーなのでは、と悦に浸っていたところ、隣に座っていた平田晃久さんに「『0宅論』は『オタク論』とも読める」と突っ込まれる。

会場で五十嵐さんに藤村批判を繰り広げているI君を紹介され、話す。大学院生らしく、いろいろ興味や関心が振れているようだ。批判でも賞賛でもいいが、それがある一貫性に基づいているものでなければ単なる言葉遊びとなる。今後も精力的に評論を量産して欲しい。
fujimura

2008年08月05日

『新建築』の表紙

28日、編集委員会@学会。途中退出し、スタッフと構造家の大野さんと待ち合わせ、近所にあるゼネコンにて打ち合わせ。少々ヘビーな空気からスタートしたが、ポジティブな空気で終わる。何事も早めの調整が肝要。

29日、11:00鳥村さん追加撮影立ち会い@BUILDING K。14:00日経アーキテクチュア取材。19:00H邸の工務店営業+積算担当者来社。

21:00長谷川豪さんインタビュー。長谷川さんは元々つかもと研での同級生だが、互いに作品を発表するようになり、文章を書くようになり、展覧会やシンポジウムに出るようになってきてからというものの、議論していて楽しいと感じる。この日も話題は自然に展開し、とても楽しいインタビューとなった。

しかし、いつから彼はあんなに渋く、さわやかになったのだろう。切断よりも連続を、対立よりも関係を強調するスタイル。これは好かれる。対して僕は連続より切断を、関係よりも対立を強調するのだが、それは異分野の人と意見交換するようになり、つくることの前提を説明する場面に多く出会ったせいだろうと思われる。逆に長谷川は建築分野の諸兄と交流するようになって連続や関係を強調するようになっていったのかも知れない。

31日、朝起きてメールをチェックすると「おめでとうございます」のメールがちらほら。BUILDING Kが『新建築』の表紙になっているらしい。プレゼンテーションしたいことをいろいろ詰め込みすぎて、少し心配していたのだが、まさか表紙に掲載して頂けるとは。四方編集長はじめ、『新建築』編集部の方々の英断に感謝したい。

11:00A邸引き渡し@和光。13:30定例@品川。移動し、16:00南後由和さんインタビュー@東大。この日を最後に助教に就任するとのこと。学生時代最後の記念すべきインタビュー。じっくり話を聞くのは初めてだが、各段階できちんと経験をストックさせながらキャリアを重ねているのがわかる。

20:30中山英之さんインタビュー。すごい人数がアトリエに集まっている。聴衆が多いので少々緊張したが、中山さんの回答は鋭く、かつ的確で、一瞬こちらのインタビューが上達したかと勘違いしてしまうほど無駄がなかった。終了後、スポーツの後のような壮快さを感じる。

1日、銀座プロジェクトの打ち合わせで外を回る。途中、本屋さんで『新建築』をチェック。本当に表紙になっているのを確認し、購入。

移動し、午後はキッチンショールームにて打ち合わせ。終了後、近所の「HUNDRED CIRCUS」へ。旧「ホテル海洋」の建築をコンバージョンしたリプラスの看板プロジェクトで、『新建築』8月号でも詳細に紹介されている。山口誠さん、永山祐子さんの部屋はどれも面白いが、足下のエントランスまわりが思ったよりも窮屈に感じた。

20:30大西麻貴+百田有希インタビュー。意外と苦戦。「スタンスを問う」インタビューだけに若い人は難しいが、じっくりと質問を重ねて答えを引き出す。

2日、納涼会@BUILDING K。屋上でのパーティは想像以上に気持ちよい。くぼみに家具がぴったりとはまって、スケールもいい具合である。来れなかった人も多かったので、涼しくなる頃にまたやりたい。
fujimura

2008年08月11日

2008年後半戦

4日、12:00設計製図第一講評会。この授業、帰国直後から4年間アシスタントを担当させてもらった。東工大を9月に満期退学することになったので(論文の作成は継続)、東工大でアシスタントを務めるのは今年で最後となる。いろいろと勉強させて頂いた。

5日、16:00名古屋工大の北川啓介さんインタビュー@BUILDING K。『建築雑誌』でマンガ喫茶に泊まり続けるというレポートを発表するなど、とにかく型破りでバイタリティのある人、という印象は1999年の夏に初めてニューヨークでお会いしたときから変わらない。当時北川さんはライザーウメモトのところで働いていて、僕はまだ建築を始める前、コロンビア大学のサマースクールに通っていた。

20:00この日2本目のインタビュー@トラフ。最近竣工したという「横浜の住宅」からいろいろ辿っていく。インテリアや商業系からスタートしているキャリアに興味を持ったが、設計はワン・アイディア型でそれをデベロップさせていくスタイルで一貫している。有意義なインタビューになった。

7日、16:00白井宏昌さんインタビュー@BUILDING K。ロッテルダムでの留学時代にルームメイトとしてお世話になった方で、今はLSEでオリンピックと都市計画の関係をめぐってリサーチをされている。

深夜、リビングでブログを更新していると白井さんが帰宅され、一緒にビールを飲みながら議論する、というのが日課のようになっていた。当時はCCTVの設計が佳境だったが、それが実現する前に僕の方のビルが先に完成し、案内しているのがなんだか変な感じだ。

8日、9:30打ち合わせ@INAX:GINZA。今年から来年にかけてサポートのお願い。これまでのフリーペーパーやLRAJ、「風景の解像力」展など、次世代の建築家が集まり、情報発信する場をINAX:GINZAを舞台に作ろうとしてきた流れを発展させ、新しい流れに繋げていきたい。

19:00インタビュー@中央アーキ。昨年刊行された『新スケープ』をめぐって問いかける。同世代なのでいつものようにリラックスできるし、同時にインタビューといういつもより特別なシチュエーションのおかげでいつもより真剣に話を聞くことができた。

この日でインタビュー取材はほぼ終了。これから編集作業にシフトし、11月に刊行される予定。面白い本になりそうだ。

2008年後半戦も佳境。詳細は追って発表していきたいと思うが、とりあえず流れとしては以下のような感じとなる予定。

8月 仙台・阿部アトリエにてレクチャー(25日)
9月 学会発表@広島大学(18-20日)+シンポジウム(企画中)
10月 日本建築学会でシンポジウム(2,9日)開催
11月 横浜トリエンナーレにて展示(21-30日)+シンポジウム(21日)
   インタビュー集刊行
   ROUND ABOUT JOURNAL vol.8発行

2009年1月 『LIVE ROUND ABOUT JOURNAL 2009』開催(24,31日)
3月 住宅竣工
5月 ビル(project n-gn1)竣工
7月 ビル(project KOH)竣工

10月のシンポジウムは学会の建築文化週間における本部企画で中谷正人さんが担当されてきたシリーズ「建築夜楽校」を引き継がせて頂くことになったもの。「建築学と社会学の架橋」をテーマとして、『建築雑誌』6月号の「批判的工学主義」特集を部分的に展開する内容になる予定。学会ならではという感じでゲストもコメンテータもモデレータもかなり多彩なので乞うご期待。

11月の展示は山本理顕さんにご推薦頂き、やらせて頂くことになりました。同じ1976年生まれの西田司さんとオープンしたばかりのBank ART Miniで2人展を行います。初日に山本+西田+藤村+αでシンポジウムも予定。個人的には「批判的工学主義」後の新しい展開の予感。

1月のイベントは今年1月に行ったものの続編。詳細はこれから詰めていきますが、あの熱気と興奮をもう一度蘇らせたいと思います。

このほか、『新建築』表紙の効果か、取材依頼、原稿依頼、イベント出演依頼、非常勤講師の依頼など。

ところで、以下のサイトでBUILDING K論が展開されていました。

建築公園

時事的な話題について、メールで対談したものをウェブで公開するというものらしいです。

faas「いや、俺はけっこうこの建物は惜しいとは思ってるんだよ。」
motoa「ただ俺としては実は完全に否定的ではないんだよね。」

・・・ってオマエらどんだけ上から目線だよ(- e -;)

と突っ込みつつも(どんな方かは知らないので)、これまで僕が展開してきた設計論をかなり丁寧に読んで下さっています。学生ではなく実務をやっている方のようですが、少なくない時間を費やしてこの建築について論じて下さっていることは実にありがたいことです。

惜しむらくは、自分たちで設定したお決まりの結論を自分たちで脱却できていない前半部分。色眼鏡が少なくない事実誤認を生んでしまっています。こちらの説明が足りない部分でもあるのですが。

他方、後半部分では

faas「新しい建築家のタイプが生まれる予感も俺は感じている。」
motoa「少なくとも新しい建築家像の一つとして成立するんじゃないかな。」

という熱いメッセージも頂いていますので、いつか直接お会いして話してみたいですね。そして、彼らのスタンスも逆に問いたい。

その意味で匿名なのが残念。プロフィールを晒して議論を挑む勇気も必要です。建築家にとって評論のクリエイティビティとは、他者を論じて自らを位置づけることです。自らのスタンスがはっきりしていればネガティブなトーンに頼らずに互いの前提や可能性をはっきり位置づけることができるはず。それができないということは結局作家としてスタンスが定まっていないか、単に勇気がないだけです。

その意味で企画として「建築公園」には何かが決定的に足りないが、ここに欠けているものを次に期待したいと思う。
fujimura

2008年08月30日

叱咤激励

22日、山本理顕さん、西田司さん来社。BUILDING Kをご覧頂き、横トリ展示打ち合わせ。

翌日、山本さんから電話。「とても面白かった。構成が緻密だと思った。意匠と構造と設備と。構造は誰?大胆だよねぇ。メガストラクチャーがああいう風に使えるとは思わなかったな。屋上の使い方も新しい。ただ、『周辺に合わせる』って説明する必要があるのかな。でも、とにかく面白かった。」と激励を頂く。

BUILDING Kの屋上の路地は「保田窪」みたいなところもあるし、資本の流れにオーバーライドするという「批判的工学主義」の主張は「建外SOHO」的でもあると勝手に思っていたので、ご本人に見て頂けてとても嬉しい。

25日、ヨーロッパの雑誌でコレスポンダント(特派員)をしているというオランダ人の友人が取材で来社@BUILDING K。「塚本の影響は?」「同世代の建築家との違いは?」などいろいろ聞かれる。これまであまり真剣に考えたことはなかったが、つかもと師の影響も、同世代の他の建築家との違いも、「都市との関係で建築を考えようとすること」なのではないかと思う。

14:00『建築雑誌』のマンガ打ちわせ@外苑前。月イチでいろいろな漫画家の方に会うのは面白い。今回ご担当頂く穂苅さんも強烈な個性を放っているので期待したい。

その後、近代美術館の「エモーショナル・ドローイング」展のオープニングへ立ち寄る。「建築が生まれるとき」に続き、保坂健二朗さんのキュレーション。今回の内容はいわば「芸術が生まれるとき」。アートの分野でプロセス論への関心の高まりがあるのか、保坂さんがそういう文脈を作ろうとされているのかはわからないが、アートの分野でも方法論への関心が高まりつつあるならば、それは興味深い流れだと思う。

26日、ライター加藤さんが取材で来社@BUILDING K。「主観的BUILDING K論」を書いてくれた方。いろいろお話しさせて頂き、楽しい時間を過ごした。プロダクトデザインのことをたくさん書かれているというので、柳宗理の「アノニマス・デザイン」との接続をお話ししたらすごく驚かれ、かつ納得されていた。「そう説明した方がわかりやすいですよ」をアドバイスを頂く。

柳宗理の「アノニマス・デザイン」が偉大だったのは、工業化社会を否定しなかったことにある。工業化がものすごい勢いで拡大するなかで手仕事の復権を唱えたモリス、民芸運動(反機能主義)から一歩進め、工業化の可能性と限界を見極めた上で、批判的に乗り越えようとする柳の精神(批判的機能主義)こそ現代のデザイナーは見習うべきではないか。同じ意味で、情報化、工学化の社会を否定せず、そこに現代の美学を見出そうとする「批判的工学主義」は現代のアノニマス・デザインを目指している(とこの際だから強調しておこう)。

27日、9:00打ち合わせ@虎ノ門。移動し、13:00山崎さんとRAJ関連打ち合わせ@京橋。15:56の新幹線で仙台へ。仙台駅で堀口徹さん、五十嵐太郎さんと合流し、阿部アトリエへ。

阿部アトリエは倉庫ならではの開放的な雰囲気。松川さんたちと作ったsyncを思い出す。その後、五十嵐太郎さんによるインタビュー。編集なしで音声配信するとのことで緊張するがやってみると意外と面白い。RAJの由来、コンセプト、今後の展開など15分でコンパクトに話す。

やがて定刻近くになると小野田泰明さん、石田壽一さん、本江正茂さんなどそうそうたるメンバーが集まって来られ、緊張。会場も、夏休みなので少ないかと思ったが、しばらくすると立ち見も出ていた。

レクチャーの構成は迷ったが、建築プロジェクト「BUILDING K」>理論「批判的工学主義」>方法論「超線形設計プロセス論」>メディア展開「PROJECT ROUND ABOUT」の順に話す。

終了後の討議で、五十嵐さんにみかんぐみの「非作家性」の議論との連続性を指摘される。まさにその通りで、さきほどの「アノニマス・デザイン」や「批判的工学主義」の文脈に照らして、その現代的な意義をを再評価できないかと考えている。他方、みかんぐみがフラットネスを主張してもそのプロセスはブラックボックスなのに対し、僕は「超線形設計プロセス論」によって徹底的にオープン化しようとするという違いも同時に指摘して頂いた。

石田壽一さんには論文と実務の関係性を突っ込まれる。ちょうど8月の黄表紙に論文が掲載されたばかりということもあり、かなり突っ込んだ質問を頂く。「一次オーダーとしての都市形態と二次オーダーとしての建築類型の関係についてどう思っているのか」「一次オーダーに影響を与えようと考えているのか」「研究と設計の関係はどう説明できるのか」などなど。

一生懸命答えるも、しどろもどろで大学院の面接試験のような雰囲気になってしまったが、「超線形設計プロセス論」とは、仮説からスタートし、検証した内容を線形的に書き下すことで再現性を表現する論文の作成方法のような設計手法であると説明する。

東京からわざわざ来て下さった方もいて恐縮したが、学生(主に東北大?)は思ったよりもおとなしかった。先生方が活発だから遠慮が働いたのだろうか。もうちょっと論争などしたかったのだが、またの機会に譲るとしたい。

終了後、先生方と食事。皆さんとじっくり議論の続きをさせて頂き、とても楽しく、励まされた。どうもありがとうございました。

その翌日、五十嵐太郎さんをご案内@BUILDING K。「周辺の写真って見せてないよね」と言われる。確かにアイレベルの写真はあまりプレゼンテーションしていなかった。また、坂本さんの建築のようなぱっと見たときのわからなさがある、とも。

その翌日、石田壽一さんからもメールを頂く。仙台から福岡への移動中、わざわざBUILDING Kへ立ち寄って下さったとのこと。実際に街並のなかに建っているのを見て、「議論を誤っていた感がある」と感じられたとのこと。また学会のときなどにお会いするのが楽しみである。

29日、夕方、中野駅近くの旧桃が岡小学校へ。この秋、UBC(ブリティッシュ・コロンビア大学)の非常勤講師をさせて頂くことになった。この日はオープニング。今村創平さん、会場淳さん、松田達さんに加え、ケン・タダシ・オオシマさんやデイビッド・スチュワート先生もいらしていてご挨拶。乾さんのスタジオがもうすぐ始まるらしい。僕の担当させて頂くスタジオは10月からだが、大変楽しみだ。

またこの日、「建築雑誌オールレビュー」で『新建築』8月号が取り上げられ、岡部明子さんがBUILDING Kに触れて下さった。

建築雑誌オールレビュー

最後の一文について。最初はこちらの取り組みをただ茶化されているだけのようにも読めたが、次第に岡部先生のコメントが私の説明の足りない部分を指摘し、かつこの建築の一番ナイーブなところを補足して下さっていることに気がついた。個人的というよりも、集団的な想像力の果てに「かなしさ」を獲得できれば本望であるし、誌面でもその部分についてもっと表現できれば良かったと反省した。

ところで、先日とりあげた建築公園のふたりが、僕の書き込みを受けて追記をしてくれている。

faas氏追記
motoa氏追記

faas氏曰く、彼はアンチ「私性」らしいが、そもそも「私性」などというものは理論と理論の間、歴史と歴史の間にお口直しのように出てきているもの新しいではないか。そんな一時的で流動的な現象に対抗する方法を模索するより、時代が変わったときに自分が依って立つべき主題や方法論とは何かについて、今探求するべき。新しい時代はすぐそこです。

これからもいろいろな方に自分の建築を見て頂き、叱咤激励頂ければと思う。
fujimura

2008年09月06日

9/19 19:00シンポジウム「若手建築家のアジェンダ」

もうすぐ建築学会の大会です。今年は広島大学が会場です。学会の日程に合わせ、広島を拠点にする若い建築家の皆さんと一緒にシンポジウムを仕掛けることになりました。学会で広島に行く人も、そうでない人も、9/19は予定を空けて、集まりましょう。

シンポジウム「若手建築家のアジェンダ」

平和公園そばのカフェで、若手建築家による公開シンポジウムを行います。私たちが何に基づき、何を考え、何を実践しようとしているのか、それぞれのアジェンダを共有する場としたいと思います。

■日時:2008年9月19日(金)19:00-22:00
■場所:「カフェ ポンテ」広島市中区大手町1丁目9番21号
■アクセス:路面電車「本通」停留所より徒歩3分/「原爆ドーム前」停留所より徒歩2分/原爆ドームより徒歩1分

■参加建築家(敬称略):谷尻誠、小川文象、土井一秀、石川誠、藤村龍至

■申し込み:不要
■入場料:無料
■シンポジウム終了後、アフターパーティを行いますので奮ってご参加下さい(会費1500円程度)

■お問い合わせ先
suppose design office
TEL082-247-1152

藤村龍至建築設計事務所
TEL 03-3330-3765

会場の確保に動いて下さった谷尻さん、ありがとうございます。
盛り上がって行きましょう!


fujimura

2008年09月07日

論争を呼ぶ

東北大の脇坂圭一さんが、先日のハウスレクチャーのレビューを書いて下さいました。

共有化され量産化される議論でオルタナティブを切り開く藤村龍至

五十嵐太郎さんらの『エディフィカーレ』と比較して、『ROUND ABOUT JOURNAL』は建築と社会を架橋する議論を行うことで成立する「双方向性」、イベントでフリーペーパーを即時発効し、受け取った来場者が発信者となる「多産型」のベクトルを持っていると指摘されています。

ハウスレクチャーの前に、『ROUND ABOUT JOURNAL』について、五十嵐太郎さんにインタビューして頂きました。

藤村龍至インタビュー――ラウンド・アバウト・ジャーナルについて

下記の討論でも言及があります。

その2「ネットとフリーペーパーの衝撃」(基調報告2―平塚桂「ぽむ企画のウェブから建築ガールズ特集へ」

コルビュジエやコールハースのように建築家が自作のメディアで自らの理論を発表する例はたくさんあるが、「ROUND ABOUT JOURNAL」以前と以後を分つのはネット環境の有無であろう。雑誌が続々と休刊している時代において、これからの建築家はネット時代にふさわしいメディア戦略とは何か、考える必要に迫られているのだろう。

1日、朝6:30後輩Kと久しぶりに走る。K宅から多摩川まで軽く往復。気持ちよい。

18:00編集委員会@建築学会。最近出産した委員の田島喜美恵さんが先日の「ポスドク問題」に続いて「お産空間」という企画を出してきたが、個人的な体験に根ざしていて面白い。僕は「設計プロセスを考える」という企画を出したところ、倉方俊輔さんに「1年前でも同じ企画を出してきたのではないか」と批判(?)される。もう少し練り直そう。

終了後の飲み会で、最近BUILDING Kのネタが盛り上がるのはなぜか、という話になる。ネットで固有名を挙げて論じているのは氷山の一角で、飲み会などの席で賛否両論、というかほとんどムキになって否定している人たちがたくさんいるのだという。五十嵐さんはBUILDING Kネタで盛り上がっているある飲み会の様子を見て「これで番組が作れる」と感じたそうだ。

話題にして頂くのはありがたい限りだが、そこまで論争的になってしまうのはなぜだろうと話す。その結果、例えば、石上純也さんはすごいと思うけれどやっていることが特殊すぎて批判の対象にならず、長谷川豪さんは創作のフィールドが住宅という伝統的なカテゴリーに収まっているので論争を呼びにくいのに対し、BUILDING Kは「メガストラクチャー」というコンセプトも、「超線形設計プロセス論」という設計論も、「批判的工学主義」という理論も、看過不可能で論争を誘発するレンジを見事についてしまっているのかも知れないという話になる。

しかしまあ、どれも狙ってやっていることではなく、興味があることを追求していったらたまたまそうなっただけだが、「天然論争誘発キャラ」というのもなかなか避けたいところである。

2日、16:00学会の学生ワークショップArchiTVのスタッフ3名が来社。出演依頼を受けている企画の説明を受ける。10/5(日)の10:00-12:00の「建築と、建築」で審査員をする予定。

学生たちと議論するのは楽しい。学生の1人に「藤村さんは難しいことを言っていると思っていたけど、今日ここ(BUILDING K)に来て考えが変わりました」と言われる。

3日、14:00塚本研ゼミ。

4日、7:00集合でアトリエワンの新作「ポニーガーデン」の現場へ。つかもと師は飲み会の席などでも「角を押さえる」と良く言っていたが、本当に敷地の角を押さえているのが面白い。内部は複雑な構成をシンプルなディテールで納めている。見学後、草取り。久しぶりに雑草を抜く。生物の多様性を目の当たりにする。

16:00のmash comix軍司さんと打ち合わせ。その後事務所に戻り、倉方俊輔さんを迎える。程なくして久米設計の芝田さん、宇川さん、竹中工務店の関谷さん、中盾さんら来社。10月の建築夜楽校の事前打ち合わせ。終了後、BUILDING Kをご案内。

てっきり厳しく批判されるかと思いきや、意外にもポジティブな反応。「姿勢がはっきりしている」との感想を頂く。コンセプトにうるさそうなアトリエ派の人々がディテールを中心に反応し、ディテールにうるさそうな組織・ゼネコン系の人の方がコンセプトに反応してくれるというのは意外ではあるが案外そういうものかも知れない。倉方さんは「作風を理解した」と言って下さったが、JAシンポジウムの前にお見せしておけば良かったか。

議論が拓く世界──「LIVE ROUND ABOUT JOURNAL」評釈(前篇)
議論が拓く世界──「LIVE ROUND ABOUT JOURNAL」評釈(後篇)

最後に告知を。10月2日と9日に建築会館でシンポジウムを行います。アトリエ系、組織系、ゼネコン系の建築家、研究者がそれぞれの立場から現代社会の状況における建築の可能性を議論する予定です。

(以下告知)

建築夜楽校2008
テーマ:グローバル社会における「建築的思考」の可能性

主 旨:
商業施設のインテリアでは、什器や商品のレイアウトによって購買客の動線や視線をコントロールし、そっと売り上げを伸ばす工夫がなされている。また、マンションの計画においては、法規や慣習、経済性、物理的条件等、複雑な制約条件のなかで最大限の専有面積を確保する工夫がなされている。このように、社会基盤の整備が進んだ1970年代以降、商業的な効率を最大化するために建築が半自動的に設計され、1990年代以降のグローバル資本主義の台頭によってより一層のスピードが要求される状況が生まれている。
そこで本企画では、このような市場化と技術依存が進んだ「工学主義」的状況で生まれた郊外型の商業施設やタワーマンション等、従来の建築デザイン論にとって周縁であった領域で生まれつつある建築を取り上げ、パネルディスカッション形式で議論することを通じて、グローバル化する社会における建築の新たな可能性を描くことを目的とする。

第1夜:「タワーマンション」とグローバル・シティ
日 時:10月2日(木)18:00~20:30(開場17:30)
パネリスト:
迫慶一郎(建築家・SAKO建築設計工社主宰)
大山 顕(サイト『住宅都市整理公団』主宰)
山梨知彦(建築家・日建設計設計室長)
北 典夫(建築家・KAJIMA DESIGNプリンシパル・アーキテクト)
モデレータ:南後由和(社会学者・東京大学大学院情報学環助教)
藤村龍至(建築家・藤村龍至建築設計事務所代表・建築文化事業委員)
コメンテーター:東浩紀(哲学者・東京工業大学特任教授)

第2夜:「ショッピングモール」とローカル・シティ
日 時:10月9日(木)18:00-20:30(開場 17:30)
パネリスト:
中村竜治(建築家・中村竜治建築設計事務所主宰)
岩佐明彦(建築計画学者・新潟大学准教授)
芝田義治(建築家・久米設計設計本部建築設計部主査)
関谷和則(建築家・竹中工務店東京本店設計部設計主任)
モデレータ:南後由和(社会学者・東京大学大学院情報学環助教)
藤村龍至(建築家・藤村龍至建築設計事務所代表・建築文化事業委員)
コメンテーター:若林幹夫(社会学者・早稲田大学教授)

会 場:建築会館ホール(東京都港区芝5-26-20)
定 員:300名(当日先着順)
参加費:無料

問合せ:日本建築学会事務局出版・普及事業グループ 鎌田
TEL 03-3456-2056 E-mail kamata@aij.or.jp

fujimura

2008年09月18日

明日のシンポジウム

広島に来ています。今日は建築学会大会の初日です。

明日のシンポジウム「若手建築家のアジェンダ」はオープンカフェでの開催を予定していましたが、雨天の場合下記の場所に移動することになりました。

場所:広島市まちづくり市民交流プラザ
住所:〒730-0036 広島市中区袋町6番36号
アクセス:市内電車:「袋町」電停から徒歩約3分
     バス:「袋町」バス停(広島電鉄・広島バス)から徒歩約3分
        「放送会館前」バス停(広島バス)から徒歩約6分
    アストラムライン:「本通駅」から徒歩約6分

会場を移動するかどうかは19日朝に決定しますので詳細は谷尻誠さんのHPでご確認下さい。なお、予定の会場「カフェ・ポンテ」は「原爆ドーム前」、「まちづくり市民交流プラザ」は「袋町」で、400mくらい離れています。
fujimura

2008年09月19日

広島、好天につき

学会2日目。藤本壮介さんが近くの講義室でセッションに参加されていました。僕も無事発表を終え、あとは後輩諸兄の発表を聴くのみです。

さて、本日のシンポジウムですが、予定通り平和公園横の「カフェ・ポンテ」で行うことになりました。朝の曇った天気が嘘のように晴れ渡っています。

シンポジウムの内容はここでまたご報告しますが、広島近辺でお時間ある方はぜひいらして下さい。

fujimura

2008年09月20日

星空の下で、方法論について語り合う

シンポジウム「若手建築家のアジェンダ」、おかげさまで天候にも恵まれ、盛況のうちに無事終了しました。議論も盛り上がり、会場は満員、立ち見の方々が路上に溢れ、ざっと見積もっても200人くらいは来て下さったようです。ありがとうございます。

順に振り返ってみたい。

18:00平和公園経由で会場のカフェ・ポンテに到着した瞬間、そのロケーションの素晴らしさに感動。元安橋橋詰の遊歩道沿いのオープンカフェ。道を行く人がふらっと立ち寄れるくらいに開かれた少し高いテラスにセットされたスクリーンは、遠くからもよく見える。台風は見事に逸れ、夕焼けが美しい。

会場のコーディネートは谷尻さん。「広島らしく、川のそばの気持ちのいい場所を探した」とのこと。素晴らしい行動力。

19:00既に会場は満席。人が道路に溢れそうになっている。マイクをとり、シンポジウムの趣旨とパネラーを紹介していよいよ開始。

まずは私から「批判的工学主義としての建築」と題し、問題提起を兼ねてプレゼ。「批判的工学主義」「BUILDING K」を紹介。

続いて小川文象さん。「break construct 破壊構築」と題し、アイディアコンペ案、実施コンペ案、SDレビュー2008入選作とプレゼ。コンペキラーっぷりを見せつける。

3番目は石川誠さん。「楽しい関係」と題し、施主と対話し、住宅のエスキースを重ねるプロセスを美しくプレゼ。丁寧に分析しながらシチュエーションを読み解く。施主に対して、聞き上手なのだろうと思わせる。

4番目は土井一秀さん。SDレビュー2008入選作「オーベルジュH」などビジュアルを中心にプレゼ。提案も背景も実に美しく、完成度が高い。

5番目は谷尻さん。タイトルは意表を突いて「はじめてということ」。対象を初めて考えるときのように扱うということ、常に建築のつくり方を考えるということ、日常の要素に構造のヒントを見出すこと、などについて語る。設計プロセスでの驚きを大切にするタイプなのだろうと思わせられる。

後半戦。まずはコメント。

小川:見えるものについては「破壊」できるが、見えない環境については?
石川:内部空間についてはわかったが、高知につくることの意味は?
土井:とても美しい空間であることは伝わったが、醜い風景については?
谷尻:構造との関係はわかったが、環境との関係については?

全体に東京から来た僕の方がコンテクストに意識的で、広島組は比較的抽象的。次第に「制約条件の再構成にこだわる」藤村 vs 「空間の美しさや気持ち良さにこだわる」土井の構図となり、(いつものように)追い込まれる。

コメンテータとして参加して頂いた満田さんからは「方法論の違いはよくわかったが、『モノの決め方、(プロセスの)止め方』が気になる」とコメントを頂く。

会場からの質疑に順番に応答しながら、パネラーに議論を振って行く。それぞれのキャラクターを立て、4人の違いがなんとなく浮かび上がって来たところでタイムオーバー。

議論が白熱し、通りすがりの人も足を止めて見ていた。若い建築家が議論する姿を伝えたい、という私たちの思いは伝わっただろうか。

終了後、後ろで見ていた後輩Kに「途中のコメント滑ってましたね」とダメだしされる。

今回は郊外化する風景についての問題意識や方法論を共有するところまではなかなか難しかったが、それぞれの主題なり、キャラクターなりの違いはより強く印象づけられたのではないだろうか。

21:30パーティでいろいろな人と話す。売り上げも上々で会場費も無事回収(さすが!)。

23:00打ち上げに移動。充実したイベントの後、打ち上げに皆で移動する感じが楽しい。2次会では議論の続きが盛り上がる。酔いが回って次第に睡魔が襲ってくるも、締めの広島風つけ麺(辛さ10倍)で目が覚める。2:00頃、最後に固く握手して散会。

短く、濃密な時間が終わり、感動の余韻が残った。またいつか、どこかで続きをやりたい。
fujimura

2008年09月24日

話が合う

8日、11:00ブリティッシュ・コロンビア大学ご一行来訪@BUILDING K。13:30ジャーナリスト細野透さん来社。17:00理科大授業ミーティング。小嶋一浩さんと初めてじっくりお話しした。

10日、筑波大の文芸サークル「筑波批評社」の2名来社。哲学と社会学を専攻する学生がフリーペーパーを読み、「批判的工学主義」や「超線形プロセス」について興味を持ったとのことでインタビューを受ける。言葉にしてまとめておくと、時々このようなアプローチを受けるのが面白い。言葉に慣れている連中だけに、少ない時間でかなり深いところを突いてくる。

12日、この日は打ち合わせ+移動ばかり。10:00現場打ち合わせ@築地、14:00テナント打ち合わせ@高円寺、16:00シンポジウムの件で北典夫さんと打ち合わせ@赤坂、18:00住宅工事契約@高円寺、21:00展覧会オープニング@横浜。

15日、18:00小川晋一さん来訪@BUILDING K。じっくりお話しするのは初めて。

16日、18:00大山顕さん打ち合わせ@新宿。10/2のシンポジウムについて。

17日、20:00終了間際のSDレビュー2008のオープニングに駆け込む。広島の土井一秀さんと小川文象さんにご挨拶。曽我部さん、百枝君などに会う。その後東京駅にてつかもと研の連中と合流し、広島行き夜行バスに飛び乗る。

18日-20日学会大会@広島大学。結局3日連続で8:00入り。18日夜は西条にて岡河貢さん主催のパーティへ。地元の酒蔵の一角に東工大系の研究室が集結。坂本研、奥山研の連中に加え、岡河研の連中とも絡むと、「批判的工学主義って何すか」と絡まれる。19日朝は発表。夜はシンポジウム。

翌20日も9:00から計画系のセッションを聴講。門内研の発表は百田有希君の修論。パースの解釈、ワークショップの分析、実験を含む読み応えのある設計プロセス論だが実務を考えるとシンプルすぎる印象もあった。そのほか、アトリエを生態学的に観察した研究や、学生と実務者を比較した研究など。普段は歴史意匠系のセッションしか見ないが、なかなか面白かった。

夜はつかもと研打ち上げ。その後レンタカーで島根入り。吉賀(旧六日市)町にある後輩K宅を研究室のメンバーと訪問。鮎の塩焼きを御馳走になる。

21日、Kのお父さんにご案内頂き、新居千秋の温泉施設、象設計集団の研修所、三分一博史のストーンハウス、内藤廣のグラントワ益田等を見学。場所性や、地域主義について考える。石州瓦の扱いが時代毎に変わって行くのが面白い。グラントワも良かったが、建築としては象の群造形+軸線+ニッチという、70年代らしい濃密な設計に感動。

Kの話に聞く六日町とはどんなところか、一度行ってみたいと思っていたが、山紫水明の美しい場所であった。こうしたコンテクストでは内藤さんのようなオーセンティックな場所性の表現が似合う。自分だったらどうするだろうか。19日の土井さんとのディベートを思い出す。

19:00塚本研のメンバーと別れ、新幹線で新大阪着。dot architectsの家成俊勝さん、ISOLATION UNITの柳原照弘君と待ち合わせ。3人で移転したばかりの柳原君の事務所へ。広々としたギャラリーのようなアトリエ。ここを拠点にイベントを仕掛けて行くという。前日もみんなで集まって議論していたとのことで、大阪の若手の核になっていくと面白い。

翌22日、12:00再びISOLATION UNITヘ。家成さん、大東さんらと一緒に柳原君にインタビュー。いろいろな人にインタビューして来たが、ここまで共感できる人も珍しい、というくらい意見が一致する。違うとすれば個人の緩やかなネットワークを指向している点と、スタティックな作品のスタイルだが、デザインの位置づけや社会との関係の取り方がまるで自分にインタビューしているのではないかというくらいのシンクロ率。とても刺激になった。

18:00山梨知彦さんと打ち合わせ@日建本社。10/2のシンポジウムについて趣旨説明。とても戦略的、分析的に自らを位置づけている人という印象を持った。その意味で柳原君にも通じる。

「批判的工学主義」についてや、アルゴリズミックデザインについての考えを説明すると、すごく共感して下さった。領域も表現も違うし、キャリアも違う。でも、立場が近い。偶然だが、そうした近い考えのデザイナーに1日に2人も出会うことができた。
fujimura

2008年09月29日

10/2(木)18:00建築夜楽校2008「グローバル社会における『建築的思考』の可能性」(1)

10月2日(木)と9日(木)に田町の建築会館でシンポジウムを行います。アトリエ系、組織系、ゼネコン系の建築家、研究者がそれぞれの立場から現代社会の状況における建築の可能性を議論する予定です。奮ってご参加下さい。

(以下告知)

建築夜楽校2008
テーマ:グローバル社会における「建築的思考」の可能性

主 旨:
商業施設のインテリアでは、什器や商品のレイアウトによって購買客の動線や視線をコントロールし、そっと売り上げを伸ばす工夫がなされている。また、マンションの計画においては、法規や慣習、経済性、物理的条件等、複雑な制約条件のなかで最大限の専有面積を確保する工夫がなされている。このように、社会基盤の整備が進んだ1970年代以降、商業的な効率を最大化するために建築が半自動的に設計され、1990年代以降のグローバル資本主義の台頭によってより一層のスピードが要求される状況が生まれている。
そこで本企画では、このような市場化と技術依存が進んだ「工学主義」的状況で生まれた郊外型の商業施設やタワーマンション等、従来の建築デザイン論にとって周縁であった領域で生まれつつある建築を取り上げ、パネルディスカッション形式で議論することを通じて、グローバル化する社会における建築の新たな可能性を描くことを目的とする。

第1夜:「タワーマンション」とグローバル・シティ
日 時:10月2日(木)18:00~20:30(開場17:30)
パネリスト:
迫慶一郎(建築家・SAKO建築設計工社主宰)
大山 顕(サイト『住宅都市整理公団』主宰)
山梨知彦(建築家・日建設計設計室長)
北 典夫(建築家・KAJIMA DESIGNプリンシパル・アーキテクト)
モデレータ:南後由和(社会学者・東京大学大学院情報学環助教)
藤村龍至(建築家・藤村龍至建築設計事務所代表・建築文化事業委員)
コメンテーター:東浩紀(哲学者・東京工業大学特任教授)

第2夜:「ショッピングモール」とローカル・シティ
日 時:10月9日(木)18:00-20:30(開場 17:30)
パネリスト:
中村竜治(建築家・中村竜治建築設計事務所主宰)
岩佐明彦(建築計画学者・新潟大学准教授)
芝田義治(建築家・久米設計設計本部建築設計部主査)
関谷和則(建築家・竹中工務店東京本店設計部設計主任)
モデレータ:南後由和(社会学者・東京大学大学院情報学環助教)
藤村龍至(建築家・藤村龍至建築設計事務所代表・建築文化事業委員)
コメンテーター:若林幹夫(社会学者・早稲田大学教授)

会 場:建築会館ホール(東京都港区芝5-26-20)
定 員:300名(当日先着順)
参加費:無料

問合せ:日本建築学会事務局出版・普及事業グループ 鎌田
TEL 03-3456-2056 E-mail kamata@aij.or.jp

fujimura

2008年10月03日

美と崇高、ストックとフロー

2日の建築夜楽校はすごかった。動員が心配だったが、ふたを開ければ満員御礼。パネラーやコメンテーターの顔ぶれが豪華であったこともあり、「グローバル社会における『建築的思考』の可能性」などという堅めのタイトルにも関わらず大いに盛り上がった。

以下、ブログの速報です。

City_Scape「建築をストックせよ!」

DESIGN HUB「建築夜学校2008 経済を愛する方法」

archi theater「建築夜楽校1/愛される建築のために」

shoya.n design site「建築夜学校2008 グローバル社会における『建築的思考』の可能性」

kamatani/g86「建築夜学校レポート」

syojoa「about建築夜学校001」

9日も盛り上がると思うので乞うご期待!

25日、18:00東京理科大学の宇野研にてレクチャー。作品>理論>方法論>メディアといういつもの流れで1時間+討議。こじんまりとした空間だったのでじっくりと議論できて充実していた。学生のひとりに「説明に完璧を尽くそうとするから逆に反論したくなる」と言われなるほどと思う。宇野さんに『ストリートスマートな建築へ』を頂く。宇野さんの「建築学的多様性」という概念に興味を持つ。

26日、9:20南後君と待ち合わせ、TXで流山おおたかの森へ。社会学者の若林幹夫さんと駅前のSCを見学。噂通り、駅と巨大SCとタワーマンションだけで街がつくられており、ランドスケープがない工学主義の街。中村竜治さんの「short cut」を見学後、シンポジウムの打ち合わせ。その後、現場定例、コンペ打ち合わせなど。

27日、11:00H邸地鎮祭。クライアント夫妻、工務店関係者、構造家のオーノ氏と。いい天気。来年の春先には角地に不思議なスケールの住宅が建つだろう。住宅は初めてだが気合い入れて行きたい。

夕方、土肥研の先輩である古山さんの就職お祝いパーティ@東工大。OBもたくさん集まり、ちょっとした同窓会。社会工学科の人たちと話すのはいつも新鮮で楽しい。3:00くらいまで話す。

28日、11:00アトリエワンの新作の見学。旗竿敷地。フォルマリスティックで、レトリカル。とても知的な建築でとても盛り上がる。アプローチから見ると本しか見えないのもいい。

15:00塚本由晴先生と貝島桃代さん来訪@BUILDING K。竣工後、初めてご案内させて頂く。下から順にご案内し、最上階の事務所にて進行中のプロジェクトをお見せし、じっくりと感想を伺う。貴重な時間である。「各パートの説明は明解だが、もっと関係を説明した方がいい」とアドバイスを頂く。

29日、11:00乾久美子さん来訪@BUILDING K。じっくり見て頂き、感想を伺う。ちょうど乾さんの作品集『そっと建築をおいてみると』が届いたばかりだったので、そちらの感想なども話す。

15:00柄沢祐輔君と待ち合わせ、東浩紀さんと打ち合わせ@新宿。東さんとは初めて顔を合わせる。シンポジウムの趣旨、当日の運びなど説明。「批判的工学主義」についても事前にテキストを読んで頂いたので、「むしろあなた方と議論したい」と言って頂き、イベントの趣旨や進行について説明し、軽く議論。東さんの著作はいろいろ読んで来たので、直接議論できるのは嬉しい。

18:00編集委員会@建築学会。来年の企画案など審議が続く。終了後の飲み会で五十嵐さんにベニスビエンナーレの写真なども見せて頂く。

30日、9:30東京理科大の野田キャンパスへ。今学期より、初めての非常勤講師を務めさせて頂くことになった。野田はTXのおかげで思ったより近かった。運河があり、芝生が広がるキャンパスはオランダの風景を思い出させる。小嶋さんにご紹介頂いて学生に挨拶。

14:00銀座PJ打ち合わせ@築地。今後の方針と予定を確認して16:00塚本研ゼミ。9/30付けで博士課程を単位取得退学するため、これが学生最後のゼミとなる。つかもと師といつものように議論しつつ、あまり最後という気もしないが、しばらくはこの場に参加することもないだろうと思うと不思議な気分となる。

その後、この日から加わる留学生の歓迎会を兼ねた壮行会。つかもと師と最初の出会いから回想しつつ話す。塚本研に合格し、大学院からの編入が決まった日がついこの前のようだ。あれから8年。「論文は書けなかったけど、一定の存在感は示した」とのお言葉を頂く。

一応、博士論文は書き上げるつもりなので、この日は制度上の区切りに過ぎないが、塚本研究室で師に教わったことは量りきれず、深く感謝したい。

短くお礼を言い、学生だけで自由が丘へ行き2次会。3:00解散。長かった学生生活の終わり。この先は論文だけになるため、吉村さんや後輩諸兄とはこの日である程度区切りとなるのかも知れない。いろいろお世話になった。

1日、17:00打ち合わせ@空間研究所。篠原聡子さんにお誘い頂いて、10/19(日)に日本女子大で行われるシンポジウムにパネラーとして出席させて頂くことになった。東大の大月敏雄さんと初顔合わせ。

2日、11:00ペンシルベニア大学の大学院生ご一行が来訪@BUILDING K。引率のMattias HollwichさんはOMAでポルトのcasa da musicaなどを担当したそうだ。ペン大の院生だけあって皆落ち着いていて優秀そう。12月の最終講評会に来てくれと言われる。面白いかもしれない。

15:00麹町PJ定例。16:45建築会館へ。いよいよ建築夜楽校。いつもに増して緊張した。続々パネラーの方々が集まって来て、パソコンの設定にあたふたしているとあっという間に本番となり、会場は満員で、議論は大盛り上がり。それもあっという間に終わり、打ち上げと2次会を終えると3時。いつものように、頭の芯から疲れたが、心地よい充実感が残る。

事前の仕込みにはそれなりに時間を割いたつもりだったが、よくも悪くもコントロールの難しい議論となってしまった。

原因は大山/東さんの「萌え」を位置づけるのに手間取ったこと。大山顕さんは、単なるノスタルジーを超えるために戦略的に「萌え」てみせる。あえて無責任な鑑賞者を演じることで、問題を浮かび上がらせるという大山さんのパフォーマンスには植木等的な二重性があるのだが、そこをうまく牽制できず独走させてしまった。

困っていると、東さんが「制約条件と作家の関係は結局美と崇高の話ではないか」とまとめてくれたのだが、建築的思考の可能性についてここで議論するのは時間もないし無理だろうとあきらめ会場に議論を振るとディスポジションのシンポジウムでお世話になった天内さんが「今日の議論はフローからどうやってストックを抽出できるかについて話しているのではないか」と指摘してくれて、ようやく問いが整理された。

僕らとしては最初からそういう問いを投げかけていたつもりだったが、説明が足りなかったのだろう。作家と鑑賞者の対立軸が最初に前景化してしまい、問いを共有するのにずいぶんと時間がかかってしまった。

終了後、観客の反応はとてもよく、打ち上げの席での会話も弾んだ。だが、肝心の「建築的思考の可能性」については結局踏み込めなかったのはモデレータとして力不足であり、反省しなければと思う。

打ち上げの席で大山さんに聞いた話は面白かった。大山さんが大手家電メーカーに勤務していた際に携帯電話の開発に関わっていて、デザイナーどんなにコンセプチュアルなモデルを提案しても社内で揉まれているうちに無難で切れ味のない製品となってしまう状況にジレンマを抱えていたのだという。それはまさにタワーマンションの抱える問題そのもの。大山さんは最後まで「建築家がタワーマンションを設計すると何かいいことあるんですか」と言っていたが、その一見無責任ふうの問いは自分がタワーマンションの作り手ではないことを自覚して意図的に発しているものだということがわかった。どこまでも戦略的な人だ。

いくつか反省点は残るものの、一度こういうメンバーでこういう議論をしてみたかったので、率直に嬉しい。今回のパネラーの皆さんや東さんとはまた個別にお話しさせて頂きたい。

次週も面白い顔ぶれなので今から楽しみである。しっかり準備をして、いい結論を導きたいと思う。
fujimura

2008年10月09日

10/9(木)18:00建築夜楽校2008「グローバル社会における『建築的思考』の可能性」(2)

10月2日(木)に引き続き、本日18:00に田町の建築会館でシンポジウムを行います。アトリエ系、組織系、ゼネコン系の建築家、研究者がそれぞれの立場から現代社会の状況における建築の可能性を議論する予定です。奮ってご参加下さい。

(以下告知)

建築夜楽校2008
テーマ:グローバル社会における「建築的思考」の可能性

主 旨:
商業施設のインテリアでは、什器や商品のレイアウトによって購買客の動線や視線をコントロールし、そっと売り上げを伸ばす工夫がなされている。また、マンションの計画においては、法規や慣習、経済性、物理的条件等、複雑な制約条件のなかで最大限の専有面積を確保する工夫がなされている。このように、社会基盤の整備が進んだ1970年代以降、商業的な効率を最大化するために建築が半自動的に設計され、1990年代以降のグローバル資本主義の台頭によってより一層のスピードが要求される状況が生まれている。
そこで本企画では、このような市場化と技術依存が進んだ「工学主義」的状況で生まれた郊外型の商業施設やタワーマンション等、従来の建築デザイン論にとって周縁であった領域で生まれつつある建築を取り上げ、パネルディスカッション形式で議論することを通じて、グローバル化する社会における建築の新たな可能性を描くことを目的とする。

第2夜:「ショッピングモール」とローカル・シティ
日 時:10月9日(木)18:00-20:30(開場 17:30)
パネリスト:
中村竜治(建築家・中村竜治建築設計事務所主宰)
岩佐明彦(建築計画学者・新潟大学准教授)
芝田義治(建築家・久米設計設計本部建築設計部主査)
関谷和則(建築家・竹中工務店東京本店設計部設計主任)
モデレータ:南後由和(社会学者・東京大学大学院情報学環助教)
藤村龍至(建築家・藤村龍至建築設計事務所代表・建築文化事業委員)
コメンテーター:若林幹夫(社会学者・早稲田大学教授)

会 場:建築会館ホール(東京都港区芝5-26-20)
定 員:300名(当日先着順)
参加費:無料

問合せ:日本建築学会事務局出版・普及事業グループ 鎌田
TEL 03-3456-2056 E-mail kamata@aij.or.jp

来られる方はお早めに。

fujimura

2008年10月11日

作家像と場所性の再定義に建築的思考の可能性を見る

建築夜楽校第2夜、無事終了しました。

さっそくブロガー諸兄のレポートをどうぞ。

syojoa「建築夜学校002」

sakane / g86「建築夜学校レポート」

archi theater「建築夜楽校2/絵を描くのは誰か」

shoya.n design site「建築夜学校2008 第2夜」

City_Scape「建築における『出来事』、『非場所』における場所性」

サイコロガシ「建築夜楽校 第2夜レポート『場所性と身体性』」

No! Hedge「建築夜学校2008 第二夜 「ショッピングモール」とローカル・シティ」

ブロガーというカテゴリーではないかも、ですが、
ぽむ日記

4日、13:30豊洲の迫事務所へ。迫慶一郎さんへインタビュー。北京へ戻る飛行機の前に時間を作って頂き、シンポジウムの後日談的にお話を伺う。これまで短い時間でお会いすることはあったが、サシで話をするのは初めて。

インタビュー後、「『批判的工学主義』については今回のシンポジウムでよくわかった。でもそれは、自分が普段から考えていることだからだ。他の人に伝えたいなら、もっとビジュアルインパクトをつくった方がいい」と言われる。「言っていることに共感するからこそ、苦言を呈したい」と、熱いメッセージを受け取った。

その後、柄沢祐輔、南後由和、編集の飯尾さんと神楽坂で会い、軽くブレスト。

17:00石上事務所へ。石上純也さんへインタビュー。開催中のベニスビエンナーレのこと、神奈川工科大学工房のことなど、じっくり話を伺う。石上事務所へはRAJ1のインタビューのときに来て以来だから、約1年半ぶりだろうか。そのときは「工房」の1/3模型がたくさん並んでいて圧倒されたが、今は少し落ち着いている。

石上さんの鋭くて迷いのない答えのなかに、戦略的に自分を社会の中に位置づけるデザイナーの姿勢を感じ、ふと京都の森田一弥さんを思い出した。自分とはアプローチもスタイルも異なるが、社会への位置づけ方にある種の交換可能性を感じる人のひとりである。

5日、9:00建築会館へ。ArchiTVの一企画「ソツセイ脱構築」へ。長谷川逸子さんと五十嵐太郎さんと一緒にゲスト審査員。言葉を審査し、次にボードを審査する。模型を封じるという形式で卒業設計のあり方を問うというもの。審査は面白かったが、応募者のほとんどが会場におらず、自分の選んだ人ではない人のプレゼを聞くことになってしまった。

総評で「建築家には建築家固有の思考と言葉があるので、それを意識して語って欲しい」と述べたら、長谷川さんに「私たちの頃は建築家で言葉が閉じていると批判されてばかりだったから、時代が変わったのね」と言われる。控室で長谷川さんから聞く東工大や篠原研の話はとても興味深かった。

終了後、五十嵐さんに誘って頂き、写真家の小山泰介さんと昼食。作品は表層の読み替えを主題にしている。組んだら面白いかも知れないと思う。

6日、打ち合わせを終え、14:00で小川晋一さんと待ち合わせ@航空公園。タクシーで日本大学芸術学部へ。所沢は地元だが、このキャンパスに来るのは初めて。3年生の集合住宅の課題を講評させて頂く。アイディアに拘ってかたちを発展させていない人が多いようだ。設計のうまい人はかたちをどんどん発展させて行くのだが、その違いは案外気がつかないことかも知れない。

終了後、プロペ通りの飲み屋で懇親会。芸術学部の学生だけあって皆それぞれ個性的で人間的な魅力もあるが、「建築に興味が持てない」という学生が多い。製図室にも残らないというし、あまり雑誌も読まないようだ。

学生がどんどん建築を離れるようになった。もちろん僕らの頃も一定の割合でそういう人はいたが、最近は建築そのものを語る学生になかなか会わない。時代を反映しているのだろうか。

7日、9:30理科大非常勤。課題の「ピクニック」について小嶋研助教の坂下加代子さんとエスキス。ピクニックを空間の問題として捉えるのは難しい。聞いているとゲームや仮装の話に脱線しがち。「それは企画の話であって設計ではない。企画と設計の違いを考えよう」と口を挟んで回る。1年生なのでほとんど高校生のように幼いが、それゆえに面白い。

午後はレクチャー。小嶋さんにリクエストを頂き、課題でもある「篠原一男の空間」を解説。東工大を離れると、東工大を語る場面が増える。「住宅は芸術である」というマニフェストを紹介し、4つの様式を解説。その後、自分のレクチャー。1年生も対象だったが、容赦なく「批判的工学主義としての建築」を語る。

小嶋さんも聞いて下さっていたので話に熱が入り、質問もたくさんもらってなかなか楽しかった。終了後、「僕らの頃は『○○主義』と言われないようにするのに必死だったのに、自分からあえて『主義』を唱えるのは逆に新鮮」とコメントを頂き、なるほどと思う。

最近、レクチャーで受ける反応が少し好意的になって来た。『SD2007』の頃は完全なる逆風だったが、最近は徐々に変わって来て、時に追い風すら感じる。しつこく議論の場を仕掛けて来た成果も多少はあるのかも知れないが、やはり『新建築』で作品が発表されたのが大きな転機となったように思われる。

8日、11:00mosakiのふたりが取材で来社。syncでは一時期場所を共有していたが、じっくり話すのは久しぶり。14:00UBC(ブリティッシュ・コロンビア大学)の乾久美子さんのスタジオの最終講評会へ。中野の一角に小さな建築を設計するというお題。うまくまとめている人はいたが、形そのものを捉えている人は案外少ない。今月の下旬からいよいよ自分も教えることになるので、楽しみ。

18:00東工大へ。坂本一成展のシンポジウム。会場は超満員で既に座席はなく、学生に混じって最前列に体育座り。熱気があって楽しい。

前半は坂本一成さんのレクチャー。「形式と現実の緊張関係」をめぐって展開。完結的な「散田の町家」と開放的な「水無瀬ANNEX」の対比は確かに象徴的。後半は奥山信一さんの司会で、坂牛卓さん、八束はじめさんが加わって討論。建築の批評性をめぐって意見交換が進む。

全体に面白かったが、冒頭で八束さんが「Who cares about design?」と短く述べ、それによって建築の固有性を対象とする坂本さんと、非批評としての都市を対象とする八束さんの対立的なポジショニングがなされたのにも関わらず、そのことについては最後まで触れられなかったのが少々物足りない。

疑問としては、住宅ならばともかく、都市空間ではスケールやプロポーションといったオーセンティックな建築固有の概念が通用しなくなっているのではないか。つまり、坂本さんの「建築」が射程とするところは「住宅建築」であって「都市建築」には届かないという偏りがあるのではないかということ。八束さんにはどこかでそれをストレートに問題化して欲しかった。

もっとも、その構図が最初に顕在化してしまうと議論そのものが成立しなさそうであったので、意図的に話題を逸らしたのかも知れない。質問時間もなく、そのままあっさり終了。終了後、塚本研の連中と飲む。

9日、施主打ち合わせを2本終え、建築会館へ。18:00「建築夜楽校」第2夜シンポジウム「ショッピングモールとローカル・シティ」開始。まずアトリエ派として中村竜治さん、研究者として新潟大学の岩佐明彦さん、組織派として久米の芝田義治さん、ゼネコン派として竹中の関谷和則さんの順にプレゼ。

討議に移ると、若林先生がショッピングモールは「見えない建築」であると指摘。そこでの建築の役割として、経験や仕掛けをつくる可能性を指摘し、「建築的経験」というキーワードを提示。建築は「もうひとつの経験」をつくれるのか?と問いかける。僕は「場所性と商業主義は両立可能か」とブレークダウンしてみたが、若林さんがいわゆるオーセンティックな場所性ではなく、視認性が生む場所性のような「引き算としての場所性」について補足してくれた。南後君は郊外型SCが「中心vs郊外」ではなく「地域vs地域」の構図で捉えられるとき、建築が果たすことのできる役割は?と問う。なかなか興味深い。

2日の討論では作家性の再定義が話題になったが、この日のポイントは場所性の再定義ではないかと思った。「非場所の場所性」という主題に対しては、建築的思考が役に立つ場面は多いように思える。つまり、作家像の変更と場所性の再定義が、さしあたって「工学主義的状況における建築的思考の可能性」ということになるのではないか。

打ち上げの席で竹中工務店の車戸城二さんに伺った話が興味深かった。イオンモールのような巨大な商業施設のプロジェクトでは、企画から竣工までの期間が1年しかないのだという。「現場で電気を消してまわるだけで4時間かかる」という巨大な建築が、それだけの短期間で私たちの日常生活に深く実装されてしまう。

責任所在の明快さと時間短縮の有利さという決定的要因により、ゼネコンによる設計施工の体制は今後ますます有利になるだろう。タワーマンションやショッピングモールのような巨大建築でアトリエ系の設計事務所が設計監理を受注するのは論理的に言って不可能に近く、デザイン監修で生き残るしかないだろう。

芝田さんが「そうすると組織はいらなくなっちゃうんですよ」と言っていたが、なるほど、表層(デザイン監修)と深層(設計施工)の二層構造化を止めることはできないとすれば、案外そういう結論に帰結するのかも知れない。となれば、アトリエ系組織系の建築家はデザイン監修という立場を使ってどこまで領域を拡大できるか、という戦略が主題となる。現に安藤事務所や隈事務所の動きを見ているとそう思わざるを得ない。デザイン監修なんてビッグネームの事務所の話だと思っていたけれど、藤村事務所のような若い事務所ですら、大きな規模のプロジェクトではそういうポジショニングで動くことを求められる。そういう時代なのだ。

車戸さんの「アトリエ派の皆さんの仕事は面白いけれど、我々にとってみればボランティアのようなものですよ」という一言が深く胸に刺さる。

これからの日本社会がアメリカ型の社会へ移行していくならば、アトリエ派、組織派は社会的役割を失い、ゼネコン派は立場上「工学主義」に回収され行くだろう。とすれば、「批判的工学主義」はアトリエ派、組織派、ゼネコン派を問わず、あらゆる立場にとって建築家の生きる唯一の道となる。したがって、現状の日本の建築ジャーナリズムにおける「つくりたいものをつくる(アトリエ派)」「その社会が建築をつくる(組織、ゼネコン派)」という建築家のトートロジーの二項対立には早々に終止符が打たれる必要がある。

自らが仕掛けるシンポジウム活動については、年内はこれにてひとまず終了としたい。「LIVE ROUND ABOUT JOURNAL」から「建築夜楽校」に至るまで、2008年は「建築的思考の可能性」をテーマにずいぶんたくさんの議論を仕掛けてきた。おかげでずいぶん論点も整理され、問題意識もだいぶ共有されて来たように思う。特に「批判的工学主義」は東浩紀さんにまで議論が届いたのが大きな成果となった。

2009年に向けて、議論の成果を徐々にアウトプットして行こうと思う。
fujimura

2008年10月15日

菊竹清訓さんを迎えて

建築夜楽校2日目の打ち上げの最中、突然携帯が鳴る。菊竹事務所の塚本さんからで、明日10時に菊竹清訓さんがBUILDING Kに来て下さるという。

先日INAX:GINZAで行われた菊竹さんのレクチャーを聴きに行った際、メガストラクチャー+方法論という組み合わせに勝手に親近感を抱いてはいたが、恐れ多くて話しかけることなどできず、そそくさと帰ろうとしたときのこと。スタッフの塚本さんが紹介して下さった。恐る恐る名刺交換させて頂き、「メガストラクチャーとテンション構造で集合住宅を作りました」と言うと、「今度見に行きます」と菊竹さん。

そしてついに実現

概略をご説明し、構造の説明に及んだとたん「基礎梁はどのように入っているのですか」「杭長は」と質問が始まる。少し興味を持って頂けたのか「これまで設計の経験は」「大学は」とバックグラウンドに質問が及び、まず「構造が上手ですね。寸法も上手です」とコメントを頂く。

だんだんとボルテージが上がり、「吊り材のジョイントは」「たわみの調整方法は」といったディテールレベルから「なぜ窓はこんなに小さいのですか」「あなたのコンセプトは何ですか」といったコンセプトレベルまで、質問が鋭くなる。しどろもどろになりつつ、夢中になって答えていると「それは理由になりません」「そんなものはコンセプトではありません」とどんどんハードルが上がっていく。

最上階の空中路地に着く。「いや、大変面白い。これだけの才能をお持ちなのだから、もっと表現するべきです。」「スケッチをしなさい。言いたいことはスケッチに表れます。」「海外に出なさい。そして仲間を見つけなさい。あなたの言うことを理解する人が必ず現れます。」と激励を頂く。

思い切って「なぜ先生は方法論を問題にされようとしたのですか」と伺ってみた。すると菊竹さんは「それは仮説を問題にするためです」と即答された。「ノーベル賞を取った学者も言っていたでしょう。仮説が重要なのです。」仮説とはもちろん「か、かた、かたち」の「か」に他ならない。

力強い激励のお言葉を頂いていると、伊東さんや藤本さんが「思いっきりやれ」と言うのがなんとなく理解できた。壮大なイマジネーションと強固なアイデンティティがないとこの気迫に対抗できない。

わずか1時間ほどではあったが、何か強烈な印象を残して帰られた。この日のことは一生忘れないだろう。

お忙しい時間を割いて下さった菊竹先生と、スケジュールの調整に骨を折って下さったスタッフの塚本さんに感謝したい。いつの日かまたお目にかかれればと思う。
fujimura

2008年10月24日

ゼロ年代の課題

筑波批評社という文芸サークルの同人誌『筑波批評』の最新号で巻頭インタビュー「批判的工学主義とは何か」が掲載されました。

『筑波批評2008秋』について

「批判的工学主義」とか「超線形設計プロセス論」などで述べて来た「データベースの書き換え」「場所性と作家像の再定義」「メディアのあり方」などの一連の主張について哲学を専攻するシノハラ氏と社会学を専攻する伊藤氏と共に議論しています。個人的にも、今考えていることが包括的にまとまった内容になりました。

インタビューしてきた!(9/10のインタビューについて)
インタビュー先をちょこっとだけ公開するよ。(藤村龍至についての紹介)

彼らの同人誌は11/9の文学フリマにて発売される予定だそうです。筑波批評社は東浩紀さん主催のイベント「ゼロアカ道場」に参加しているようで、何だか盛り上がっている模様

「批判的工学主義」などという、印象としては一見閉じているけれども、逆に異分野の人に通じるというのは「理論」の成せる技。もともとは南後由和さんの企画したコンビニのシンポジウムに出たときに配ったフリーペーパーを読んだのがきっかけで興味を持ってくれたようで、きっかけを与えてくれた南後氏には感謝しております。

昔、ブライアン・イーノのレクチャーにレム・コールハースやアレハンドロ・ザエラポロが来ていて、システム理論について議論していたのを見て、理論が分野を超えていくダイナミクスを感じたことを思い出します。今回の件は小さな出来事かも知れないけれども、主張が分野を超えて響いたと手応えを感じたという意味で、ひとつの成果を感じるものになりました。

12日、20:00OMAの重松象平さんインタビュー@BUILDING K。OMAの設計プロセスは、プロジェクトのスペシフィシティ(固有性)を頼りにスキームを発展させて行く、というアプローチらしい。自分のやりたいことはまさにそれで、聴いていてとても共感した。

ただ、Casa da MusicaやCCTVなどのアイコン建築のシリーズ以降、最近のOMAは迷走気味という印象もある。NYのコンドミニアムのプロジェクトは久々にOMAらしさを感じるので実現が楽しみだ。

17日、アーキニアリング・デザイン展のオープニングへ。展示は濃密で面白い。小西さんがいらっしゃったので一緒に見て回る。どれも面白いが、スカイハウス、ポンビドゥーセンター、モード学園スパイラルタワーなどが新鮮で印象に残る。

ひと通り見て、構造表現のフロンティアは平屋と超高層とドームなんだなと思った。ある高さ、あるスパンを超えると工学の割合が強くなる。構造と意匠の融合、工学と社会の関係という観点からいえば、40-50Mのビルで何ができるかを考えることも問いとしては面白いはず。

19日、7:00後輩KとNに手伝ってもらい、自宅の引っ越し。独立当初は事務所にしていたこともあり、UTSUWAやBUILDING Kの初期案などを生み出した部屋でそれなりに思い出深いが、9月末で東工大を離れたことと、事務所を高円寺に移して以来通勤に1時間くらいかかっていて体力的に辛かったので引っ越しを決意した。この機会に荷物も思い切って整理。もっとミニマムにしたい。

引っ越し後、へとへとになりつつ18:30日本女子大へ。シンポジウム「集住とコミュニティ コミュニティはデザインできるか」に参加。司会は篠原聡子さん、パネラーは東大の大月敏雄さん、URの井関和朗さんと僕。西川祐子さんや小谷部育子さんにもお会いする。

西川さんを含む4者の発表を聴き、後半がパネラーによる討論という構成。「若手建築家はコミュニティの問題をどのように見るか」を話して欲しいとのお題を頂き、80年代のニュータウン育ちというルーツも含めて感じたところをお話しさせて頂く。

専門ではないし、研究を共有しているわけではないという立場から発言を求められていたので緊張しつつも、発表は濃密で学会のようで面白い。「コミュニティ」とか「場所」とか「空間に意味を重ねる」とか、若手建築家の間ではまず議論されない話題ではあるが、発表を聴いてみると意外なほどダイナミクスがあり、逆に新鮮。

日曜日にも関わらずお客さんも集まり、程よく盛り上がって終了。打ち上げで関係者の皆さんといろいろお話しする。小谷部さんに「ニュータウン育ちの建築家に初めてお会いしたわ」と言われたが、あと20年くらいするとタワーマンション育ちの建築家が現れるに違いない。

22日、14:00日刊建設工業新聞の80周年記念号に掲載予定の若手建築家座談会「21世紀の建築・都市」に出席@建築会館。五十嵐太郎さんが司会進行で、メンバーは平田晃久さん、中村竜治さん、福屋粧子さん、吉村昭範さんと僕。

最初に五十嵐さんからベニス・ビエンナーレについて、繊細な日本のデザインと世界のデザイン潮流との距離などが報告され、討論スタート。「21世紀」「グローバリゼーション」「地域主義」等をめぐってそれぞれが持論を展開する。

新聞なのでわかりやすくと思い、建築家が建築家固有の思考と言葉と方法論を持って社会的諸問題に対峙する「建築主義」を唱えたら(例によって)批判が集中。

いや、グローバルキャピタリズムによって社会が流動化しているからこそ、建築はその思考や方法の固有性をまず主張しなければ、という至極真っ当な主張なんですけれどね。あるいはその真っ当すぎる主張が論争を誘発してしまうというか。

座談会をやりながら思ったのは、この日発言した「建築」にせよ、中村さんの「かたち」にせよ平田さんの「生成」にせよ、90年代の後半に「それを言ったら叩かれる」と思われていた一種の地雷タームをあえて復活させている点で共通しているのが興味深い。

例えば、平田さんは90年代にグレッグ・リンらが提唱した「ブロッブ・アーキテクチャー」のコンセプトを意図的に復活させている。座談会のなかで「90年代の試みとの違いは何ですか」と平田さんに聞いてみると、「身体性の有無」だと答えが返って来た。逆に平田さんに90年代のMVRDVの「データスケープ」との違いについて聞かれたので、同じく「身体性の有無」だと答えてみた。

90年代後半に設計環境のコンピュータライゼーションに伴って提出された「ブロッブ・アーキテクチャー」や「データスケープ」などのコンセプトが、身体性や建築性といった概念、場所性や環境といった社会の諸問題を伴って復活してきているのがゼロ年代の一側面なのではないか。

解散後、駅前のカフェでウラ座談会。「皆さんもっと『主義』とか主張してはどうですか」と勧めてみる。中村さんは十分に「かたち主義」だし、平田さんも既に「生成主義」なので、そのように主張したほうがわかりやすいのでは。

18:00事務所に戻ると、dot architectsの家成さんと大東さんが来てくれている。途中でISOLATION UNITの柳原さんも合流。BUILDING Kを見てもらう。その後近所の飲み屋で建築界や社会の諸問題について管を巻き→移動してしっぽり人生について語るコースで夜が暮れる。同世代で、互いに良き理解者であり、心おきなく意見を交わすことのできる貴重な友人たちである。

彼らは大阪ベースなので、近所に住んでいればもっとたくさん議論できるのにと思うが、逆に東京−大阪くらいの距離感がまたいいのかも知れない。2009年は彼らの個展も東京で開かれるとのことなので、たくさん絡めればと思う。

2009年の展開もだいぶ見えて来た。「ゼロ年代」もそろそろまとめに入らなければ。

(以下、『筑波批評』関連の情報を掲載しておきます)

『筑波批評2008秋』

目次
* 批判的工学主義とは何か——建築家・藤村龍至インタビュー
* アダルトヴィデオ的想像力をめぐる覚書——ゼロ年代的映画史講義・体験版(渡邉大輔)
* リアル入門——ネットと現実の臨界(工藤郁子)
* 文芸批評家のためのLudology入門——<ゲーム>定義のパースペクティブ(高橋志行)
* 工学の哲学序説(シノハラユウキ)
* 「コンテンツ植民地」日本(min2fly(佐藤翔))
* ケータイ小説の作り方——ケータイ小説家・秋梨インタビュー
* フィクションするとは一体いかなる行為か(シノハラユウキ)
* 兄弟という水平面/擬似的な垂直性(シノハラユウキ)
* フラグメンタルアプローチ(塚田憲史)
* &LOVE——『あたし彼女』『メルト』(塚田憲史)
* Synodos+筑波批評社
* 座談会 ニコニコ世代に歴史はあるか?

東浩紀氏主催の「ゼロアカ道場」についての情報
http://shop.kodansha.jp/bc/kodansha-box/zeroaka.html

「ゼロアカ道場」は、昨年の12月から講談社BOXと東浩紀氏がタッグを組み、若手批評家を育成するというものです。第一関門から第六関門まで設定されており、第六関門突破者には、講談社BOXのレーベルから1万部をもっての批評家デビューが約束されています。

同人誌を販売するイベント「文学フリマ」についての情報
http://bunfree.net/#l2

イベント名:文学フリマ
日時:08年11月9日(日) 11:00~16:00
場所:東京都中小企業振興公社 秋葉原庁舎 第1・第 2展示室
(JR線・東京メトロ日比谷線 秋葉原駅徒歩 1分、都営地下鉄新宿線 岩本町駅徒歩 5分

「文学フリマ」は、小説・詩・批評といった文章系の同人誌を作るサークルが集まり、販売するイベントで、今回が七回目となっています。筑波批評社は当日「B-62」というブースで本誌を販売しています。
http://bunfree.net/dai7kai/circle_detail.html#B62

彼らの挑戦に対し、「批判的工学主義」がどれだけ貢献できたかは定かではないが、頑張って欲しいと思う。
fujimura

2008年10月29日

植田実さんインタビュー

26日、9:30久しぶりにTEAM ROUND ABOUTのメンバーが集結@BUILDING K。編集者の植田実さんを迎える。

現在準備中の書籍『1995年以後』(仮称・2009年1月発売予定)の目玉として、植田実さんにインタビューを行った。伝説の雑誌『都市住宅』の創刊当時、植田さんは32歳だったという。ちなみに磯崎さんが37歳、伊東、安藤、石山らが27歳、元倉真琴さんらは22歳。

たまたまだが、『ROUND ABOUT JOURNAL』でインタビューしているレンジもほぼ一致している。僕が今年32歳。藤本さん、平田さんらが37歳、最年少のg86が22歳。なるほど、そういう距離感で彼らもムーブメントを作り上げていたわけで、大いに勇気が湧く。

植田さんと議論したかったのは、なぜ世代論を仕掛けたのか、それらはどういう意味を持ったと思うか、当時の社会的背景との関係についてどう考えているか、など。

『都市住宅』が創刊された1968年は霞ヶ関ビル竣工の年で、巨大建築とインフラが都市を覆い始めた時期に一致する。『RAJ』を発行し始めた2007年は1995年以降のグローバル・キャピタリズムに伴う都市空間の変化のピークの時期に一致する。100冊を数えた雑誌と10号にも満たないフリーペーパーは比較するのもおこがましいが、両者が世代論を問題にしているのは、単なる偶然というよりは、社会的コンテクストの構造的な反復に起因する。

終了後、植田さんにBUILDING Kをご案内。「今までありそうでなかった建築」「このビルだけで写真集を作れる」とコメントを頂く。『新建築』の掲載記事を読み込んで下さっていて驚いた。

植田さんと別れてから、久しぶりにTEAM ROUND ABOUTでミーティング。全員集合したのは恐らく2月のLRAJ打ち上げ以来。さすがにいろんなアイディアが出てスパーク。いろんな企画が一瞬の内に決まった。素晴らしいチームだ。

なお、当日の様子はこちらにも掲載されているので参照されたし。

27日、14:00カナダのブリティッシュ・コロンビア大学(UBC)のスタジオスタート。生まれて初めて「課題」なるものを出したが、考え始めると意外と難しいもの。

悩んだ末、課題は「建築的ランドマーク」とした。ランドマークとはいかに設計可能か、そこに貢献し得る建築的思考とは何か、といったことを議論できればと考えた。

19:00スタジオ後、編集委員会に合流@建築学会。インテリアをめぐって議論が盛り上がる。インテリアとは結局フェティッシュの表現だ、最近の若手建築家はフェティッシュに傾倒しているのだ、という。

なるほどとも思うが、個人的な実感も含め、インテリアはフェティッシュ(表層)の表現を求められる一方で、動線や収容量など、厳密な機能(深層)の解決を求められる分野であり、異なる表現が乖離的に共存する独特の領域を構成していると思う。

インテリアが批評性を持っているとすれば、社会全体の建築設計に対する要求が、インテリアデザイン的に分解してしまっているという点においてである。建築表現にしても、表層と深層の一致よりもそれぞれの強度を求めるが故に、乖離的にならざるを得ず、インテリア化していると言える。

考えてみれば、誰もそうした指摘をしていないのではないか。商業主義が作家像の変更を迫っていることは確かだが、誰もがインテリア=フェティッシュだと片付けがちである。中村竜治さんの眼鏡屋さんが秀逸なのは、装飾は過剰にフェティッシュなのに構成は厳密に機能的で、それらが一致するというよりただ乖離的に共存している点だということもできるのではないか。

先日見た村野藤吾展は、繊細な手すりと同時に巨大な設備シャフトを同時に設計しているという二層構造が最も興味深かった。おそらく、商業主義に身を投じて建築家として名を残した建築家は、そういう二層構造を持っていたのだと思う。「手すり」も「設備シャフト」も、商業主義と深く関わっていることを考えれば、表裏一体の問題である。片方だけ論じていては見えない問題の広がりがある。

31日、18:00成瀬・猪熊の「ひとへやの森 インタラクティブな風景」展オープニングへ。インスタレーションは想像以上に刺激的で、成功していると思った。ただレクチャー後の討議では平田さんにマイクが回ったら最後、さながら独演会のようになってしまい、議論そのものは面白かったが、結局一言しか話せなかった。

彼らはあの風景を「インタラクティブ」というが、もっと説明が必要だと思った。身体と空間との関わりというならただ収納棚がある部屋だってインタラクティブである。どういうインタラクションなのか、もっと説明すれば、そこに尽くされる言葉から彼らは次の展開を導くだろう。

ヒルサイド・ウエストで11/4(火)まで。詳しくはこちら
fujimura

2008年11月09日

建築界のザクティ革命!?

g86と筑波批評社がチャット対談していますね。

筑波批評社×g86対談 前編(筑波批評社ブログ)
[Interview]vol.17批評集団 筑波批評社(g86)

参考:藤村龍至インタビューについて(筑波批評社ブログ)

前半は「議論する僕ら」の自意識について語り合い、後半の最後のほうに議論の枠組みが見えてきます。なかなか面白いですね。

*(以下引用)

塚田: 地域とか地方とかの関係で建築が担える役割みたいなものってあると思いますか?

山道: そこを今めちゃかんがえて、ショッピングセンター研究をしているのですが、都市形態とかと絡められるんじゃないかなとか。

塚田: 個人的には安易に、その地域っぽさを取り入れる、ご当地キャラみたいなものはいやだなとか思って不安に思ってるのですが。

山道: それこそ地域の差異を建築の何かに変換したいですね。

塚田: 今ある都市の形を所与の条件として、そこに最適化するみたいなことですかね。

シノハラ: まさに、藤村さんの批判的工学主義みたいな話ですね。

山道: 特産品とかではなく、空間的な差異に落としたいですね。

(中略)

鎌谷: 実際藤村さんのインタビューをされて、どんな感想をお持ちになりました建築にたいして。

シノハラ: 実務と思想が繋がっていること(実務的な思想を作ろうとしていること)、新しい価値基準を作ろうとしていること、建築業界そのものを変化させようとしていることの3点に、なるほどなあと思いました。すごくざっくりした感想で申し訳ないですが。

山道: 東工大の建築の文脈て、スペクタクルじゃなく、どうインパクトを作るかっていうのが、あるかもしれませんね。そこにある、ごく普通の要素をどうこねくりまわすか

klov: ショッピングセンターとかコンビニとか普通に考えたら建築家の作家性とか絡まないところに絡む。

山道: そうですよね。ショッピングセンターとかコンビニがおもしろいのはシステムと絡んでるからだと思います。

塚田: 作家性が取り戻せない状況でいかに振舞うかについてかなり刺激的でした。そういうのって文学でもなんでもいろんなところで見られる現象なので。つまり作家性が抜け落ちるということだよ、ケータイ小説とか。

山道: 村上春樹も、ビームサーベルとかが出てくるようなSFでないのに、飛び感があるのはそれに近いと思います

klov: 飛び感。

山道: あくまで日常的だけど内容は飛んでる。ケータイ小説とかはとび感は無いような気もしますよね

klov: なるほど。ベンチューリの逆!

それにしてもg86といい、筑波批評社といい、行動力、仕掛けのタイミングの読み、文章の編集力、どれも抜群です。もはや学生の域を超えていますね。

『筑波批評 2008秋』はいよいよ本日(11/9)秋葉原で行われる文学フリマで発売されるそうです。より多くの人に読んでもらえるといいなと思います。

大学院に在籍していた頃(ってそんなに昔ではないですが)、情報化とは何か、市場化とは何か、郊外化とは何か、社会の動きについて話し合いたくても製図室や研究室では話そのものがなかなか成立しなかった記憶があります。今日のように社会が動くときに建築そのものを見ても何も見えないのは当然で、だからこそ学際的な議論がいるわけですが、少しずつ議論が育って来て、分野を超え、世代を超え、面的な広がりを感じられるようになって来ました。

シノハラ君の言う「ザクティ」の意味はよくわからないが、彼らの動きが彼らの世代の学生たちのロールモデルとなって、本当に「革命」のような動きに育って行けばいいなと思う。
fujimura

11/21-30「西田司+藤村龍至」展@BankART

現在開催中の横浜トリエンナーレ関連イベントとして、建築家・山本理顕さんのご推薦を頂き、下記の展示を行う運びとなりました。お忙しいことと存じますが、お立ち寄り頂ければ幸いです。

同世代の建築家、西田司さんとの2人展です。

*(以下、概要)

BankART BANK under35
西田司+藤村龍至展
「URBAN COMMONS」

横浜トリエンナーレに連動し行われている「BankART Life 2」展で山本理顕氏ディレクションのもと行われる展覧会。同じ1976年生まれの西田と藤村が、都市の共有物(URBAN COMMONS)をテーマに展示を行う。

場所 BankART studio NYK 1F (BankART Mini)
(横浜市中区海岸通り3-9)
期間 11月21日(金)〜11月30日(日)
時間 10:00-19:00
入場 900円(共通)

11/21(金)18:00より会場にてオープニングパーティを開催
11/30(日)14:00-16:00 山本理顕氏を交えシンポジウムを開催
16pのカタログを発行予定

問い合わせ先 BankART studio NYK 045-663-4677

fujimura

2008年11月13日

明日、広島に行きます!

直前ですが、小川晋一さんにお声掛け頂き、近畿大学工学部*にてレクチャーをさせて頂きます。

日時:11月14日(金)10:40-12:10
場所:近畿大学工学部*メディアセンター1階 マルチメディア講義室

外部の方も聴講できるそうです。お近くの方は是非。

*追記:正しくは「工学部」です。お詫びの上訂正致します。

12月に曽我部昌史さんにお声掛け頂き、下記のシンポジウムに参加させて頂きます。

「建築家ピーター・クックと未来を語る」
日時:2008年12月8日(月) 13時~16時30分
場所:熊本テルサ テルサホール(熊本市)
内容:英国現代建築の先駆者ピーター・クック氏を迎え、アートポリスや建築の未来を考えていきます。
出演:伊東豊雄 桂英昭 末廣香織 曽我部昌史 松原弘典 藤村龍至
入場無料、事前申し込み不要

詳細はこちら

南後さん、インタビューされていますね。
インタビュー04「都市・建築における無名性の価値、有名性の価値」/南後由和 前半
インタビュー04「都市・建築における無名性の価値、有名性の価値」/南後由和 後半
(Querycruiseサイト)

(批判的工学主義について)現状の都市・建築をめぐる社会学的診断というか、いわば現代の建築家が置かれている社会的位置を踏まえた姿勢とも言えるのではないでしょうか。だから特定の建築家としての藤村さんや柄沢さんだけが取り組むべき問題ではなく、建築界全体が無視することができない問題のひとつとして、アトリエ系事務所、組織・ゼネコン系事務所、研究者の垣根を越えて、多くの人に開かれたものにできればと思っています。(インタビューより)

ルーツからアジェンダまで、包括的な内容で読み応えあります。「批判的工学主義」についても、南後さんが言うとさわやかに聞こえますね。なぜだろう。

mashcomixの益子悠さんからメールを頂く。ブログで藤村事務所のHPを紹介してくださったとのこと。

ちょっと前ですが、HPをリニューアルしました。扉は益子さんのイラスト。全体はショールームと倉庫というIKEA的二層構造を応用し、JPEG(インデックス)とPDF(データ)の二層構造にしました。

まだまだ改良を重ねるつもりですが、とりあえずご報告まで。

BankARTの展示の準備(11/19まで)を手伝ってくれる方を、期間限定で募集中です。長期は無理だけど少しなら手伝ってみたい方、歓迎です。こちらまで。

fujimura

2008年11月21日

西田+藤村展、本日スタートします

本日スタートします。昨日、UBCでの授業後に設営完了のチェックに行ってきました。ただのチェックのはずが、だいぶ作業が残っており、結局終電まで作業しました。

西田さんエリアと藤村エリアを肩を並べているのですが、なかなか迫力ある展示に仕上がったと思います。

オープニングは本日18:00からです。お近くの方は是非。

*(以下、コンセプト文)

西田司+藤村龍至
URBAN COMMONS

本展は、建築家・山本理顕氏のディレクションにより開催される展覧会である。西田は野毛で計画中の「横浜アパートメント」、藤村は高円寺に竣工した「BUILDING K」を中心に、それぞれの設計コンセプトを展示している。

私たちは同じ1976年に生まれ、80年代の東京郊外で育ち、バブル崩壊後の90年代後半に建築を学んだという共通の背景を持つ。郊外化が進行し、コミュニティも場所も失われていくなかで、どうやったら都市に濃密な経験を取り戻すことができるか、という問題意識もまた、共通している。

「横浜アパートメント」と「BUILDING K」の共通点は、ともにコモン・スペースを内包していることである。前者は1階に、後者は屋上に、それぞれコモン・スペースを持っている。ここでは、こうしたコモン・スペースでのアクティビティの可能性を、西田は都市のグランドレベル(1階)、藤村がルーフレベル(屋上階)を切り口に、それぞれ表現している。

それらのスペースはそれぞれの建築の特徴に留まるものではなく、それぞれの地域(野毛、高円寺)独特の建築のあり方の提案であると考えた。ここでは、西田は「インタラクション」、藤村は「設計プロセス」をテーマに、それぞれの建築がどのように生まれ、また地域を再定義していくのか、コンテクストとの関係や、それを描くための方法論を表現しようとした。

こうした建築の設計によって得ることの出来るアクティビティの場や、建築言語のような都市の共有物の総体を、「URBAN COMMONS」と名付けた。「保田窪団地」や「建外SOHO」の実践を経て、「地域社会圏」の構想を提示している山本氏と、建築の可能性について議論しているうちに浮かび上がってきた概念である。

「URBAN COMMONS」は、都市空間に濃密さを取り戻すための建築的な方法足り得ると、私たちは確信している。

fujimura

2008年11月22日

教育の場面で

6日18:00、UBC(ブリティッシュ・コロンビア大学)の6週間の課題のうち、最初の2週間の小課題のファイナル・プレゼンテーション@中野。George Wagnerさん、会場淳さんに加え、今村創平さん、木下庸子さん、松本文夫さんも加わってファイナル・レビュー。

今回、浅草の6叉路を敷地に、周囲の7つの角地建築をランドマークとして再設計せよ、という課題を出した。「建築的であること」「ランドマークであること」を条件に、規模や用途の異なる建物を、プログラムや都市形態と関連付けながら設計するよう指示した。たった2週間の課題なのでどうなるかハラハラしたが、リサーチも功を奏して何とか形になった。

生まれて始めて課題なるものを出したが、発表会がこれほど緊張するとは。今まではクリティークするだけなのである意味では気楽だったが、最終発表会は出題者が審査される場であることを身を以て勉強する。

続く4週間は、雷門前の角地(某コンペの敷地)に、同じくランドマークを「超線形プロセス」で設計する、という課題を出した。最初はボリュームとゾーニングだけ、次にプログラム、構造、ファサードと徐々にパラメータを増やしていく。

設計にあたり条件としたのは「毎回必ず1/100模型を作ること」「案を捨てないこと」「枝分かれさせないこと」というもの。超線形プロセス論と同じである。

「考えずに何かをまず作り、それから考えなさい」と言って迎えた第1回エスキス。相変わらずアイディア勝負で作ってきちゃう人や、模型だけでプレゼする、という方法がつかめないのか、ダイヤグラムやらスケッチやらを出してきてしまう人も出てきたが、次第にプロセスのイメージが共有され、3回を経た現段階では全員が案を順調に発展させ、構造やファサードの検討へと駒を進めている。スポーツと同じで、飲み込みのいい人はさっさと感覚をつかみ、どんどん先へ進むが、少々時間のかかる人もいる。

超線形プロセスの授業では、どんな案でも必ず拾う。その時のアイディアの善し悪しで○と×をつけるというよりも、「何を改善した?」「何を発見した?」「で、次は何にする?」と順番に聴いていくカウンセリング型の議論をする。

全員が落ちこぼれること無く、空間のイメージのみならず、構造やファサード、家具に至るまでトータルで設計を行き渡らせるようなスタジオをやってみたいと考えていた。最終講評会は12月9日の予定。さて、どうなるか。

14日、8:15発の飛行機で広島へ。空港で小川晋一さんに拾って頂き、近畿大学へ。小川さんが熱心に働きかけて、合同講評会には毎回東京の建築家を呼んでいるとのこと。そう言えば僕が大学院の頃、つかもと師も行っていた。最近では石上さんや長谷川も来たらしい。

近畿大学はスタッフの畑と城間(BUILDING Kの担当者)の出身校と言うことで、彼らのルーツを辿るという意味もあった。

10:40まずは特別講義。先日の学会で会った広大の連中も来てくれている。「愛と力の関係」と題し、BUILDING K、「批判的工学主義」「超線形設計プロセス論」「PROJECT ROUND ABOUT JOURNAL」を語る。約1時間。

非常勤講師の先生方が聴いて下さっているので緊張したが、終了後「面白かった」「文章で読むよりわかりやすかった」と言って下さり、胸を撫で下ろす。

9月のシンポジウムで対立(?)した土井一秀さんには「シンポジウムのときは時間が短くてわかりにくかったが、今回はきちんと背景を理解できた」と言って頂き、9月のリベンジという当初の目的はとりあえず果たされる。

13:10講評会開始。小学校の設計課題。発表者を選び、順番に講評。なるべく建築的、分析的に話すようにする。最後は学部3年生相手にアーキテクチャー論をぶってみる。細かなところはあまり理解されないだろうが、筋の有る話に人は何らかの説得力を感じるものだと思う。自分がかつてそう思った。

終了後、小川研究室にて交流会(第1ラウンド)。3年生のほかに、小川研の4年生、修士の学生とも話す。その後、広島市内に移動し第2ラウンド。小川文象君も合流。しばらく普通に話していたが、だんだんボルテージが上がり、斎藤正さんと藤本寿徳さんに「お前の言うことはわからん」「そもそも『愛』とか『力』とか言うことがおかしい」と絡まれ(?)始める。

「構造家にやりたいようにやられて何も言えなかったんちゃうん」と挑発する斎藤氏。戸惑っていると、先日は対立していた土井さんが味方してくれて応戦する場面も。

言われているだけでも、と思い「構造を表現すると言うのは、それこそ構造家の言いなりになっているだけなんじゃないですか。」「そんな単純すぎることは恥ずかしくてできない」などと言い返しているうちに、互いの立場の違いがはっきりしてきた。「互いの前提の違いを明らかにすること」とは、「議論」の定義である。

この議論ですっかり打ち解けてしまい、斎藤さんや藤本さんの考えもより深く知ることが出来た。きちんと応えれば、より深く受け止めてもらえる。なかなか濃密で楽しい時間であった。

その後、ホテルのラウンジにて学生も合流し、第3ラウンド。広島のほか、島根、兵庫、大阪、香川等関西圏の出身者が多い。ざっくばらんに話す。

第4ラウンドはお好み焼き。来て下さった宮森洋一郎さんに、先日のシンポジウムを見て「いろんな人に影響を与えている」と言って頂く。ただ「谷尻さんは声が大きかったが、藤村さんは声が小さくて聞き取りにくかった。そこに社会に対する姿勢がそのまま出ている。君は社会を語っているけれども、姿勢は内向きなのではないか」と苦言を頂戴する場面もあった。「フリーペーパーでアウトプットするところまでが一連のプロセスなので、そこで評価して欲しい」とお願いする。

第5ラウンドはつけ麺。10倍を必死に食す。0:30解散。朝イチの飛行機から長丁場ではあったが、学生たちとの出会いもあり、なかなか刺激的で濃密な時間を過ごさせて頂いた。小川晋一さん、広島の皆さん、ありがとうございました。

fujimura

2008年11月24日

理論的、広告的、政治的

UBCのスタジオで超線形プロセスを実践していると、
いつも口を突いて出てくるメッセージが次の3つであることに気がついた。

1. "Do NOT Think!"
2. "Do NOT Imagine!"
3. "Do NOT Look back!!"

1.考えるな。考えることに拘ると、手が止まってしまう。何か作り、後で考えれば良い。

2.想像するな。想像することに頼りすぎると複雑さを受け入れられなくなり、図式的になってしまう。目の前の課題を発見し、小さなジャッジを繰り返して発展させれば良い。

3.振り返るな。最初の方がいいのでは、前の方がいいのでは、と振り返ってばっかりだといつまで経ってもアイディアが積み重なっていかない。出来たものに責任を持ち、問題があるならそれをただ改善すれば良い。

そうやって作業していくと、デザインのアルゴリズムがクリアになり、余計な自意識が取り除かれて、アウトプットがやわらかくなる気がする。そういうやわらかな建築のありかたを「社会的」と呼んでも良いかも知れない。

そのような考えを突き詰めた先の風景が、今回のURBAN COMMONSの展示というわけである。

BUILDING K日記
11/21(会場風景)
11/23(オープニング風景)

展示について、ジャーナリストの片野順子さんが早速レポートして下さっています。

Walking Embassy

オランダに留学しているとき、このブログを見てオランダまで取材に来て下さったのが片野さんである。あれから6年経ったと思うと感慨深い。

その他、下記の通り、ブロガー諸兄が感想をうぷしてくれています。

1.コミュニティーとコモナリティー(KELOG)

西田さんは「人間のコミュニティー(=共同体)がつくる風景」を問題にしているのに対して、藤村さんは「建築のコモナリティー(=共有性)がつくる風景」を問題にしている。西田さんのアプローチは空間プロデューサーでも可能かもしれないが藤村さんのアプローチは建築家にしかできない。似ているようで全然違う。

2.西田司+藤村龍至展(deline)

藤村氏はより多くの他者が介入できるプロセスを(主に建築を知っている人たちに)展示していたのに対し、西田先生は設計プロセスは隠し、他者が介入できる表現を作ろうとしていたことである。両者ともに他者介入の方法論を提出していたが、介入できる懐は西田先生の方が深いような気がした。

3.西田司+藤村龍至展/70’世代で建築の地域性を考える(City_Scape)

『建築の地域性』を、藤村さんは『建築形態』によって、西田さんは『空間現象』によって、獲得しようとしているといえよう。(中略)建築デザインは各々の建築家で棲み分けるべきだと思うが、世代を通した建築コンセプトはある程度共有するべきなんじゃないかなと今回の展示を見て強く感じた。

3人ともなかなか読ませますね。3人とも、藤村=建築的、西田=広告的という分類はほぼ共通しているようです。

そこで指摘されているように、西田さんと僕にはバックグラウンドや問題意識には共通点があることは確かであり、世代的にも一定の共感を覚える一方、アウトプットの仕方や戦略は全く異なる。僕は内向きに狭く、西田さんは外向きに広い、という違いである。

印象だが、西田さんのスタンスはぽむ企画にのそれに近い。建築家は言葉が難しいから、わかる言葉で翻訳しよう、そうすれば建築家はもっと社会的になる、という信念を感じる。

それに対して、僕はもう少しターゲットを建築家に絞ろうとしている。建築家の言葉がわかりにくいのは、そもそも社会に出すべきメッセージを失いかけているからだと感じるからである。

そもそも伝えるべきメッセージが無ければ、言葉をいくら紡いでメディアを整えても意味が無くなってしまう。建築家はまず、建築家同士で閉じた議論を繰り返して自分の立ち位置をはっきりさせ(理論的段階)、そのあとそれをわかりやすい言葉でメディアに載せ(広告的段階)、最終的にそれを社会制度上で運用する(政治的段階)を考えるべきだ。

その意味で、西田さんは僕よりも先の段階へ行っている。僕の議論は閉じているように見えるのは、自分の段階を理論的段階にあると位置づけているからである。そのことを狭く捉えるべきではない。

30日のシンポジウムで、そうしたことも話し合えればと思っている。

展示は30日(日)まで、馬車道のBankART NYKにて。刈谷悠三氏のデザインによるかっこいいパンフレット(フルカラー、16p)も出来上がったので、これを手に入れるために来ても損ではないです。特に、卒業設計に悩める諸兄にはぜひ見てもらいたい。
fujimura

2008年11月29日

設計主義/オープンプロセス/複雑さ/人間的思考

21日、五十嵐淳さんインタビュー@BUILDING K。冒頭から「そもそも都市なんて語る必要があるのか」「建築のことだけを考えれば良いのではないか」と逆に問われる。じっくり話を伺っていって、一致している点と異なっている点を整理していく。

一言で言えば五十嵐さんのスタンスは市場主義的、静観主義的であり、僕のそれは設計主義的、介入主義的である。もちろんどちらがいいということではなく、それぞれが自分の持つリアリティに従ってスタンスを定めていくと、たまたまそうなるということだと思う。

何が一致していて、何が一致していないかが明らかになるのが「良い議論」であるという意味で、この日は良い議論をさせて頂いた。

25日、山梨和彦さんインタビュー@日建設計。先日の建築夜楽校の続きを議論させて頂く。山梨さんは「批判的工学主義批判をしたい」とおっしゃっていたが、終わる頃には完全に共感していた。

建築夜楽校での議論でわかったことは、設計にスピードと責任が求められる現代社会においては「アトリエvs組織・ゼネコン」という規模の対立より、「設計事務所(アトリエ・組織)vs設計施工(ゼネコン)」というサービス形態の対立こそがクリティカルであるということ。すなわち、分離発注型の設計事務所か、ワンパッケージ型のゼネコンか。

ワンパッケージ型を選択するならばアトリエはデザイン監修という立場でゼネコンと組み、アイディアのみを提供すれば良く、そうすると組織設計事務所は役割を失うことになる。そのことを踏まえ、組織設計の可能性とは何か。

山梨さんは「設計施工の利点など、単に設計部と工事部の机が横にあることに過ぎない。」と言い切る。「クライアントはワン・ストップ・サービスの利便性よりも分離発注による透明性を求めている。IT等の利用によって情報共有の仕方を工夫すれば設計期間は短縮できる。」と言う。

オープン・プロセスか、ワン・パッケージか。現代の設計者は選択を迫られている。ワンパッケージ型の覇権主義に対抗し、建築家としての自立性、独立性を保ちたければプロセスをオープンにして、情報共有と作業の効率化を図るべし。神秘的な作家性に拘るなら、ゼネコンと組んで延命措置をはかるべし。そういうことなのだろう。

山梨さんと話していて、自分が「超線形プロセス」に拘るのか、その社会的なコンテクストが見えてきた。

これらは現在準備中の『ROUND ABOUT JOURNAL』vol.8(2009年1月発行)に掲載予定。この日で取材が全て終わり、残るは編集作業のみとなる。

28日、9:30東京駅。新幹線で宇都宮のSUMIKA PROJECT竣工式へ。集合時間に東京駅に着くと、歴代の新建築編集長、植田実さんなど、そうそうたるメンバーが集結している。その人ごみのなかに石上純也さん、平田晃久さんがいてほっとする。指定された席に着き、隣は誰が来るのかと思ったらなんとつかもと師。久しぶりに話す。

宇都宮駅より、バスで順番に藤森棟、西沢棟、藤本棟、伊東棟の順に回る。4者4様。もっとも建築的だと感じたのは西沢棟。「立川のハウス」以来の室内風景論は影を潜め、「板橋のハウス」以来の環境建築を追求している。ボキャブラリー、構成ともにモダニズム的で、天井がルーバーで覆われているためか住宅と言うより公共施設のようにも見える。床、壁、天井、と要素は慣習的なのだが、床に芝生が貼ってあったり、壁が建具の連続になっていたり、天井が透明だったり、と各要素のあり方が丁寧に反転しているので超慣習的な建築となっている。

藤本棟はより空間的、身体的。登ったり、潜ったり、跳んだり、なんだかアスレチックのようでもある。ここまで慣習的な要素をキャンセルしてしまうと、建築として何を手がかりに理解すればいいのかわからず戸惑いもあるが、4棟のなかでは最も刺激的な経験。

藤森棟はなんとなく絵画的で、フンデルト・ヴァッサーを思い出した。開口を極限まで絞っていたり、部分的には建築的な毒も盛り込まれているが、最もポピュラリティを感じる。

伊東棟は2002年のサーペンタイン・ギャラリーのパビリオンを木造で実現したアルゴリズム建築。木造であること、柱が4本あること、内外がはっきり区切られていること、直角や60度などリジッドな部分があり、完全なランダムではないことなどから印象はだいぶ違う。より自然になっていて、東京ガスのショールームとして違和感無く建っている。

伊東、藤本の前衛組(工学的、動物的)と藤森、西沢の後衛組(慣習的、人間的)の対比が際立っているが、2008年にこうした建築群が同時に生まれ、批評的に均衡関係を保っている状況が興味深い。

最後に伊東棟を眺めながら、隣にいた石上さんに「アルゴリズムとかやらないんですか」と聞いたら、「わからない。今はそういうプロジェクトが無いだけかも知れない」とのこと。

磯崎さん、伊東さんと来て、最後の砦となっているSANAAがアルゴリズムをやり始めたら学生たちも一斉にアルゴリズムへ傾倒するだろう。そのタイミングは秒読みという気もする。今の学部3年生くらいがターニングポイントになるだろうか。

29日、朝から横浜トリエンナーレを見て回る。新港ピア会場は巨大な一室空間の倉庫に作品単位のブースが並ぶ、モーターショー型の展示。雰囲気が楽しい。

BankARTの「URBAN COMMONS展」の会場に戻り、友人、知人のほか、国立近代美術館の保坂健二朗さん、新建築編集長の四方裕さん、新建築住宅特集の斎藤悠太さんなどご案内。

保坂さんがキュレーションした「建築が生まれるとき」展では、青木淳さんの模型が並べられていたが、いろいろ考えるところもあったので、保坂さんには見てもらいたかった。僕は「想像しない」「枝分かれしない」「戻らない」超線形プロセスによって、複雑さをどうやって設計するか、ということを考えているが、保坂さんによれば、美術は逆だと言う。複雑な事象から抽象化を繰り返して、どうやって単純化するかを考えるのだと言う。

確かに、青木さんの展示は「よって廃案」=破壊を繰り返す。構築、というよりも破壊のプロセスのように見える。そこで目指されているものは建築的複雑さと言うよりは美術的抽象性を指向しているように見えた。プロセスの意味が根本的に異なるのだ。

URBAN COMMONS展について、web magazine "OPENERS"で紹介して頂いています。
建築家による建築による都市の再考 (OPENERS)

同じく、構造家の田畠隆志さんがレビューしてくれています。
URBAN COMMONS

なるほど、パンフレットは西田:建築的、藤村:メディア的なのに、展示や建築は逆、という指摘はその通りですね。進化論的設計プロセスが自己組織的ではなく、ダーウィン的だ、というご指摘もごもっとも。松川昌平さんにいつも指摘され、なかなか相容れないところなのだが。

「批判的工学主義」で組織とアトリエの両者を批判し、新しい設計組織像を提示しようとしているように、「超線形プロセス」では工学的なコンピュータ的思考と慣習的な人間的思考の両者を批判しようとし、新しい設計プロセス像を示そうとしている。今後、そこのところをもう少し正確に伝えていきたい。

ここのところの議論はどれも刺激的だった。市場主義と設計主義(五十嵐淳さんとの対話)、オープン・プロセスとワン・パッケージ(山梨知彦さんとの対話)、工学的・動物的前衛と慣習的・人間的後衛(SUMIKA PROJECT)、美術的抽象性と建築的複雑性(保坂健二朗さんとの対話)、コンピュータ的思考と人間的思考(田畠隆志さんのレビュー)といった対立項のあいだで、ひとつのストーリーが生まれようとしている。
fujimura

2008年12月02日

空間帝国主義を引き継ぐ!?

「URBAN COMMONS」展、無事終了しました。

最終日は西田司さんと共に山本理顕さんを迎え、シンポジウム。程よく人も集まり、山本さんも手加減無く質問を振って下さったので、思う存分考えを述べることができ、シンポジウム三昧だった2008年を締めくくるにふさわしいイベントになったと思います。

City_Scape「URBAN COMMONS/COMMONSから都市を語る」

毎度のことだが、終わった後はぐったりと頭の芯が疲れ、ある種の虚脱感に襲われる。未だに慣れない。

驚いたのは会場に東浩紀さんがいらしていたこと。しかもその場で原稿を依頼される(!)。たまたま通りかかったそうだが、ありがたいことに、最後まで聞いて下さっていた(会場の後ろの方にいらして、途中見えなくなったので帰られたのかと思ったら前の方に移動していらした)。残念ながら会場が騒がしく、きちんと聞き取って頂けたかは定かではないが。

終了後お話しようと思うも山本理顕さんと話し込んでいて、僕の方もいろいろな方にご挨拶していて結局じっくり話せず。夜楽校のときもバタバタで話せなかったので、結局20文字以上話していないのでは。ともあれ、プレゼンテーションを聞いて頂けたのは嬉しい。

今回、シンポジウムで確認できたことのひとつは、1970年代に「情報・イベント」といった概念によって建築が不要とされるなかで、山本さんがあえて「空間」の役割を主張していたということ。情報化、郊外化の進行した1995年以後の社会は1970年代の状況を構造的に反復しているとすれば、西田さんと僕がこうして山本さんと対話できたことには一定の時代的な意味があるように思える。

僕たちが今回、あえて都市のコモンズを主張し、空間や建築の可能性を謳ったのは、それを主張しなければ建築はただの私的な営みとして片付けられてしまうからだ。私性に籠らなければ建築が作れない、なんて大ウソだ。山本さんが「空間帝国主義者」と呼ばれてもなお、空間に拘って来たことに、大きく共感する。そのことをシンポジウムでは伝えようとしたが、上手く伝わっただろうか。

ところで、2人展と言うのは今回初めてやらせて頂いたが、なかなか面白かった。個展と違い、内容に軸が作れるし、うまくキュレーションすれば、互いを映し合うような関係が生まれる。またどこかで誰かとやれればと思う。

展示の内容には悩んだが、いつも展示している内容を再びベースにバージョンアップすることにした。プリズミック、風景の解像力と見に来ている人には申し訳ないが、新しくこの展示を知ってもらえる人の数の方が多いと判断した。

29日、さらっと横トリも見たが、あまりピンと来なかった。特に映像は見る気がしない。ネタ動画ならyoutubeでいいではないか。

作品よりも、新港ピアの会場構成のほうが印象に残った。大空間+作品毎のブースと言うのは完全な見本市型で、経験としてはモーターショーみたいでもあるが、会場構成として中央にプロムナードが貫通しているのが新しい。「金沢」も「十和田」も脇の道だけだったが、ここでは中央にプロムナードがあるおかげで、さらっと全体をブラウジングできるのだ。きちんと脇道や裏道もあり、しかも回遊性があるのがいい。この構成は商業施設としても可能性があるのではないか。

空間をきちんと使えないと淘汰されて行くのは建築家も美術家も同じだ。2009年、考えるべきテーマになるかも知れない。
fujimura

2008年12月08日

ピーター・クック氏へインタビュー/伊東さんと会う

朝、代官山のアートフロント・ギャラリーへ。ピーター・クック氏へインタビュー。「最近のプロジェクトについて教えて下さい」と言ったら最後、全く淀みなくしゃべり続けること40分。最後の方に質問を辛うじて挟むも、時間が来て終了。

先日の菊竹さんもそうだったが、巨匠とは、話し続け、付け入る隙のない人のことを言うのだと知る。

ただ、聞きたかったメディアや教育と創作との関係、今回の「ヨーロッパ・アジア・パシフィック建築の新潮流」展のポイント、日本人建築家への印象などは話の中に全て盛り込まれていた。聞かれ続け、話し続けていることなのだろう。

流れで、シンポジウムを拝聴。全体に、ストーリーテーリングの上手いイギリス・EU組と、プラクティカルな日本・アジア組の対比が際立つ。EU、アジアとも、見るに耐えないプレゼもあったが、面白い試みをしている建築家もいて勉強になった。

また、討議でC.J.Limが「建築の可能性とはイノベイティブであること」と述べるシーンがあったが、そこのところなどはなかなかよかった。

7日、羽田より飛行機で熊本へ。バスと電車を乗り継ぎ、八代へ向かう。

まず八代市立博物館(1991)へ。城郭の中心、歴史的な建築に囲まれた敷地、柔らかなカーブの重なり、表と裏を意図的に強調するかのような構成。1人の建築家がステップを上がるときの並々ならぬ緊張感のようなものを感じて鳥肌が立つ。

手前に並ぶスチールのドームとテンション材にばかり目が行ってしまうが、収蔵庫まわりはRCのフレームだったり、それほど大きな建築でもないのに、構造の形式が複合的なのがいい。被覆なしスチールパイプのようにも見えるが、実は捨て型枠になっているRC柱も面白い。

空調のダクトにせよ、ぐねぐねの手すりにせよ、あるいは開放型のドレインにせよ、どれも力が入っていて、ディテールが過剰なところも面白い。ああしてみよう、こうしてみようと試行錯誤するクリエイティブなプロセスが想像できる。他方で、平板のまま下地にタッピングビスでバンバン止めている割り切った感じもかっこいい。

途中、通町のギャラリー8を見る。小さな建築なのに、曲線を駆使した複雑な構成。足下のRCの重量感と上部の鉄骨の軽さによる、外観には隠された構成の対比が興味深い。素材は抽象的ではないが、見切り材を極力用いないことで軽さを演出する伊東事務所的ディテール。

続いて、八代広域消防本部庁舎(1995)へ。両端部に設備スペースを確保してベントキャップや室外機、ドレインやダクトが集約されている等、表裏をはっきり作って演出にこだわっている市立博物館に比べるとトータルのディテールやプランニングの完成度は明らかに上がっているのがわかる。

ランドスケープがあり、プログラムが楽しそうに散らばっている感じはラ・ヴィレット・パークなど、当時の楽しい建築の感じがよみがえる。むやみに薄い壁とか作るより、プログラムの配列のほうが開放的で楽しいのではないか。

熊本に戻り、夕方より顔合わせの会食。県庁職員の方々、熊本大学の桂さん、九州大学の末広さんと合流しご挨拶。程なく北京の松原弘典さん、そしてピーター・クック夫妻に再会。

そしていよいよ伊東さんと対面。伊東事務所にオープンデスクに通っていたので、通りすがりに声を掛けてもらったことなどはあったが、きちんとお話しするのは初めて。「藤村さんの世代にとってアーキグラムってどういう感じなの」と聞かれる。気さくな雰囲気とは裏腹に意外と敷居の高い、ザ・イギリス人という感じのクック氏と、若輩に意見を聞こうとするオープンな伊東氏の対比が面白い。

シンポジウム「くまもとアートポリス特別記念シンポジウム『建築家ピーター・クックと未来を語る』」は8日(月)13:00から、県庁横のテルサホールにて行われます。お近くの方は是非。
fujimura

2008年12月11日

超線形スタジオ/3つの壁を克服する

8日、13:00シンポジウム開始。席が伊東豊雄さんの隣だった。

曽我部さんに質問を振って頂き、話す。大人数のシンポジウムは1度しかチャンスは巡って来ないから、振られたときに話したいことは全部話すべし、ということで。伊東さんはメモを取りながらグラフィカルに話すことをデザインしている。その様子が隣で見ていて面白かった。

熊本に巨匠、ピーター・クックがやってきたということ、40歳も歳の離れた若手建築家と並んで壇上に並び、未来について語ることで世代をブリッジする。そんな伊東さんの意図や期待に応えることが出来たかどうか甚だ心もとないが、自分自身は大いに勉強させていただいた。

16:30シンポジウム終了。福岡から駆けつけて来てくれた井出君らと話す。しばらくして懇親会。九州大、福岡大、熊本大、鹿児島大、北九州市立大の学生諸兄と話す。20:00全体で記念写真を撮影し解散。

最後に巨匠に『ROUND ABOUT JOURNAL』を手渡す。ついにRAJが元祖オルタナティブ・メディア『アーキグラム』のリーダーに渡った瞬間である。このときにはすっかり打ち解けて「いい仕事をしたと思うよ」という温かい言葉とともに固く握手してくれた。偶然にも3日連続巨匠と時間を共有することとなったが、この経験を次の活動へと繋げて行きたい。

終了後、松原弘典さん、井出君らと共にロビーに溜まっていた学生を誘い、近所の居酒屋へ移動。議論の続き。ありがたいことに、九州の学生諸兄もこのブログの読者でほぼ完全に僕たちの議論の枠組みを共有している。そしていつものように藤村批判(?)が始まる。応えているうちに夜が更ける。23:00過ぎ解散。

9:00熊本発の飛行機で帰京。空港へ向かう途中、県庁の水上課長代理から電話。お礼を言って搭乗。11:00羽田着、事務所に戻って軽く打ち合わせたあと、16:00UBCのスタジオへ。

この日はスタジオ最終日。15人の残した約100個のスタディ模型を時系列に並べ、ゲストの乾久美子さん、松本文夫さん、木下庸子さん、今村創平さんを迎える。

今回のスタジオでは、「ジャンプしない」「枝分かれしない」「戻らない」をルールとする「超線形プロセス論」を教育プログラムに応用してみた。全員が最初から1/100の模型を作り、毎回記録として残してスタディを進めて行く。

学生によって従来通りかたちをイメージしてしまうなど、プロセスの飲み込み方に多少のばらつきはあるが、アイディアにこだわる必要がないので誰でも論理的にスキームを構築して行くことができ、最終的に大きな落ちこぼれを出さずに、誰もが構造や動線やファサードに意識を行き渡らせた案を完成することが出来た。

それはたまたま「盛り上がった」というような結果論的なものというよりも、もっと方法論的だったように思う。今まで東工大での設計製図や、いろいろな学校でのゲストクリティックに参加して来たが、こういう多様で均質な成果は見たことが無い。普通はもっと単純でばらつく。

よく見ると、最初のモデルで出来るだけ恣意性を排除できた人ほど後半の伸びが大きいと感じた。ヴォリューム、構造、動線、ファサードと条件を複雑にしていって、関係性は複雑だが形態は単純化するような、きれいなインテグレーションを見せた案もあった。反対に、最初に何らかの形をイメージしてしまった人ほどフィードバックが上手く機能せず、案が複雑性の方向へ発展しなかった。他方、恣意的なイメージを排除したままの人は後半でうまく伸びなかった。

そう、設計は論理だけでもダメ。感覚も重要。その感じを伝えるのは難しい。

ここから分かったことは、案の方向をリードするイメージを持たなくてはならないが、最初から出してはダメだということだ。なんと基本的なことか。

授業を通じて、「デザインのプロセス(結果論)とプロセスのデザイン(方法論)は違う、プロセスのデザインはデザインそのものを変える」ということを伝えようとした。最初は戸惑いもあったが、最後にはイメージを共有することが出来たのではないかと思う。教育もまたプロセス。また違う授業等で課題を出す機会があったら試してみたい。

10日、事務所を出て、12:00建築マンガのミーティング@外苑前。13:30工学院大学へ。この日は木下庸子さんのスタジオの最終講評会。3年生の集合住宅の課題。

ちょうど前日がUBCの講評だったこともあり、分析しつつみているとなかなか興味深かった。課題を観察しながらまず思ったことは、彼らの中に「3つの壁」があると言うこと。

1.平面の壁
2.断面の壁
3.イメージの壁

1は基本的な寸法が分かっていないのでモジュールに頼ってしまう人など。集合住宅のように単位が反復する課題だとすぐ「正方形をばらまく」とかやってしまう。模型でごまかされてしまうが、図面を見ると家具の寸法が取れていないのですぐわかる。

2は平面は充実しているのに断面が単調な人。天井高や階段をみるとすぐ分かるのだが、上下の関係まで頭が回らないパターン。

3は平面も断面も自由に描けるのだが、スキームを論理的にデベロップする訓練(考え方)が足りないので既存のイメージに頼ってしまうパターン。ちょっと前だとSANAA、最近だと藤本壮介が元ネタ。石上純也の模型やドローイングの表現を真似る学生は多いが、形式まで真似するのはさすがに難しいらしい。

この日、「3つの壁」を超え、自分の言葉で自由に建築を語ることの出来ていた人は3人だけだった。

3人には多様性とは何か、形態の問題なのか、言語的な問題なのか、その言語は与えたものか、発見されたものか、と議論をふっかける。言語をプロジェクトの固有性の中から発見し、多様性を表現できていた人は1人しかいなかった。彼は3年生としてはなかなかの実力だろう。

1の壁を突破できているのはだいたい半分。2の壁を突破できるのはそのさらに半分。3の壁を突破できるのはわずかに数人。ゲストで行くと学生に「うちの学校のレベルは?」とよく聞かれるが、不思議なことにこういう分布は学校によって変わることはなく、大体同じである。最近の学生は個性が無い、とかそういう言うことではなく、働き蟻の法則みたいなもので、昔からそういうものなのだろうと思う。

経験上、1については、基本的な寸法を教えてあげればすぐ克服できる。自分の家の実測等が効果的。2は断面図の訓練。慣れの問題。3はプロセスの問題。生徒にとっては「超線形プロセス」のように型を与えるとわりと理解しやすいように思える。

これらの「寸法で考える」「関係性で考える」「プロセスのなかで積み重ねる」「言語を構築する」こそは「建築的思考」の内実と呼べるものではないか。こういうことの全てをいきなり学生に求めるのではなく、水泳をバタ足から教えるように順番に教えていくと可能性が広がるかも知れない。

やはり初等教育は面白い。自分のデザイン行為そのものがよく見えますね。この日も勉強になりました。

さて、こうしている間にも、ビルと住宅の現場が本格的に始まって来ました。

BUILDING K日記
project KOH 現場 (12/5)
house H 建て方 (12/10)
house H 建て方 (12/11)

設計期間中は一生設計しているのではないかと錯覚するくらいだが、現場が始まるとあっという間である。思えば1年前はBUILDING Kの鉄骨検査をやっていた。竣工してからずいぶん経つ気もするが、まだそんなものなのだ。
fujimura

2008年12月19日

第29回INAX DESIGN CONTEST審査委員特別賞

BUILDING Kが第29回INAX DESIGN CONTESTの「審査委員特別賞」を受賞しました。

事務所設立以来、初めて「賞」なるものを頂きました。いつも批判ばかり(?)頂戴していますが、評価して頂けるのは嬉しいですね。関係者の皆様、ありがとうございます。

いくつかインタビュー記事が掲載されました。

OPENERS「いま、世界が注目するニッポンの若手建築家たち」 vol.1 藤村龍至

田島ルーフィングHP「屋上を生活のための空間に」

ご批評、ご感想をお待ちしております。
fujimura

2008年12月23日

「作家とは何か」という問題

11日、10:00とある雑誌のインタビューを受ける。

12日、11:00今村創平さんのお誘いで、UBCの学生とともにスカイハウス見学。今更ながら、この小さな住宅に東光園のエレメントが全部入っていることに驚いた。森山邸と十和田の関係みたいなものか。

19:00久しぶりに東工大のドクター連中と飲む@自由が丘。誰にも遠慮することなく(?)、構成の形式について、言説と創作の一貫性について、構成の修辞について、のびのびと議論。楽しかった。

13日、10:00mashcomixと打ち合わせ@BUILDING K。1月のLIVE ROUND ABOUT JOURNAL 2009でコラボレーションすることになっている。打ち合わせをしていて、改めて彼らの持っているクリエイティビティとラウンドアバウトの活動は相性がいいと感じる。ルーツ、ジェネレーション、プロフェッションなど、交差するところがあるからだろう。

15日、11:00山本事務所で長谷川豪さん、中村拓志さんとmosakiの大西さんらが集まり、山本さんと顔合わせとブレスト。事務所に戻り、その後18:00文化事業委員会@建築学会。1年の総括と忘年会。推薦したmosakiの田中元子さんが委員会に加入。面白くなりそう。

16日、立教大学の中村陽一先生らが来訪。インタビューを受ける。ゼミで「批判的工学主義」が高円寺の地域性を再定義していることに興味を持って下さったようだ。人文系の院生のインタビューということだったが、社会人を経験していてる人たちで、なかには一級建築士の資格を持つ建築畑出身の人もいた。

18日、INAX DESIGN CONTEST表彰式@代官山。オーノさんと一緒に参加させて頂く。公開審査ということもあり、異様な盛り上がりだった。

19日、9:30谷尻誠さん、前田大輔さんをご案内@BUILDING K。谷尻さんはいつ会っても行動的で刺激を受ける。おふたりの作品も見せて頂く。その後入れ替わりでGAの山口さんと石坂さんをご案内。

その夜、同世代飲み@BUILDING K。猪熊純君(1977生まれ)のつながりで首都大の門脇君(1977)、メジロスタジオの古澤君(1976)が遊びにくることになり、そのノリで同世代を集めちゃおう、と1976-77年しばりで声を掛けたところ、総勢13名に。ほぼ同い年の連中が小さなテーブルを囲む、異様な光景が広がる。

アトリエに務めている人、独立した人、大学にいる人、大学を出てすぐ独立した人など、絶妙なバランスで集まった。改めて、建築家にはいろいろな道があるなと思う。共通しているのは、30歳を超え、後戻りも出来ず、もう先に進むしかないというシチュエーションのみ。

途中、門脇君とメジロスタジオの古澤君からプレゼンテーションがあった(ガチ)。その後討議(さらにガチ)。話題は「コンピューター・アルゴリズム」でも「情報アーキテクチャー」でもなく、作家性に集中。結局「作家とは何か」という問いは、作家になろうとする若い世代にとって古くて新しい話題なのだと思う。3:00過ぎ解散。

刺激的ではあるが、微妙な緊張感もあり、居心地の良さと悪さが同居する。それが「同世代」というものかも知れない。この顔ぶれは死ぬまで変わらないだろうから、互いに刺激しあって行ければと思う。

22日、遠藤勝勧さん来訪@BUILDING K。あまりの迫力に圧倒されてしまうが、菊竹事務所時代のエピソードなども伺うことができ、とても勉強になった。菊竹さんはビジョン、遠藤さんはディテールと、水準こそ違うが、迫力がよく似ている。

菊竹さんといい、遠藤さんといい、菊竹事務所とはなんと強烈な場所だったのだろうか。

夕方は編集委員会。企画案を出すものの、(いつものように?)厳しい意見が続出。1年前の「批判的工学主義」特集時の審議を思い出す。委員の方々のご意見を伺っているうちにだんだんとやるべきことが見えてくる。

地下の飲み屋に審議は延長。早いもので、2年間の任期も終わりが見えて来た。

24日、渋谷のUPLINKで行われる下記のイベントに出演します。

『レム・コールハース』DVD発売記念上映会

資本主義的都市の膨張を¥E$(YES=円、ユーロ、ドル)という記号を使い肯定するコールハースの上映会をある意味1年で1番資本主義的なクリスマスイブの夜に開催いたします。

お時間のある方はどうぞ。

fujimura

2008年12月27日

2008年を振り返って

東浩紀+北田暁大編『思想地図』vol.2が面白い。vol.1の「日本」も面白かったが、今回の「ジェネレーション」特集、特に後半の「胎動するインフラ・コミュニケーション」はより自分に引き付けて読める。

23日、その『思想地図』の忘年会にお誘い頂き渋谷へ。定刻に着いたら誰もいない。程なくして東さん登場。しかも宇野常寛さん、濱野智史さんらとともに。何やら派手な人が入って来たと思ったら鈴木謙介さん。東さんと鈴木さんとの間でいきなりハイテンションなやり取りが始まる。

その他、西島亮介さん、福島亮大さんなど続々集まって来て、最後に北田さん登場。3号以降の展開について丁々発止の議論。これがシンポジウム会場だったら観客が殺到するのでは。

少々あっけにとられていると、東さんに「藤村さんはシンポジウムの壇上ではクリアで攻撃的なのに、飲み会ではおとなしいのでは」と指摘される。vol.3での原稿の構想について話すと、「建築誌では書けないことを思い切って書いて欲しい」とハッパをかけられる。

2次会へ移動しつつ、鈴木謙介さんと話す。同い年なので「76世代盛り上げようぜ」的に意気投合。その他、濱野智史さんとアーキテクチャー・トーク。この「かなり通じている感」はかなり新鮮。

東さんと北田さん以外ほとんど初対面だったが、かなりの人が「批判的工学主義」のことを知っていた。『筑波批評』のインタビューを読んでくれたのだと言う。恐るべし筑波批評社。2008年の批評界では新世代の書き手が続々登場しているので、今後の交流が楽しみだ。

24日、コールハースDVD上映会@UPLINK。五十嵐さんと一緒にトークショー。コールハースは自分にとっても最大のロールモデルなので嬉しい。

映画では生い立ちからCCTVまで、本人や関係者へのインタビューを時系列的にテンポ良くまとめられている。オランダに留学し、OMAの伊東事務所にバイトに通っていた2002-2003年はちょうどCCTVの設計中だったので映画のなかにはリアルタイムで重なる部分もある。怒号が飛び交う殺伐とした事務所のなかを忙しそうに早足で動き回るコールハースの姿を思い出す。

資本主義社会の最前線で活躍しているコールハースだが、映画を見ているとトップダウンの意思決定が効く特殊なコンテクストでしか建築を実現していないこともよくわかる。オランダ大使館(公共)、CCTV(国営テレビ)、ポルト(公共)、プラダ(ミウッチャ・プラダ)など。

コールハースを後続世代が乗り越えるためには、真の意味でジェネリックシティの建築を実現する新たな建築家像を示す必要があるだろう。トークショーでは前夜の『思想地図』モードで「google的建築家像」を提唱したところ、五十嵐さんにいろいろ突っ込まれる。まだ少し議論は粗いが、自分のなかでストーリーは見えて来ている。『思想地図』で一気にまとめたいと思う。

DVDは特典映像も面白く、一見の価値ありです。

25日、石上純也さん、藤本壮介さんらと忘年会。神楽坂のバーの地下にある、すごく小さな個室にて。たわいもない話で楽しく過ごす。

27日、恒例の事務所忘年会。最初は10人くらいでこじんまりと。やがて続々集まり出してラッシュアワーのようになる。学生、編集者の方々、友人たちと集まって話しているうちに時間が過ぎて行く。

2008年は1月の「LIVE ROUND ABOUT JOURNAL」に始まり、6月のBUILDING K竣工、「批判的工学主義」特集、「風景の解像力」展、10月の「建築夜楽校」、11月の「URBAN COMMONS」展と、めまぐるしい1年だった。

やはりBUILDING Kが竣工したことは大きい。厳しいスケジュールとバジェットのもと、400坪の建築を無事引き渡せたことはひとつの自信になったし、事務所にとっても大きな蓄積になったと思う。9月で大学院を退学し、10月から大学で教え始めたことも心境の変化としてはなかなか大きかった。サポートして下さった関係者の皆様に感謝したい。

2009年は1月のLIVE ROUND ABOUT JOURNAL 2009およびフリーペーパー、インタビュー本の出版を皮切りに、3月に住宅の竣工、6月と9月に2本のビルの竣工がそれぞれ控えている。新しい建築プロジェクトや出版企画も進んでいる。2009年は2008年に提出した理論とプロジェクトをベースに、様々な応用を試みる年となるだろう。

他方で事務所の経営や博士論文など、課題もいろいろある。厳しい社会情勢のなか、より力強い建築家の活動や設計事務所の体制づくりを考え、実践して行きたいと思う。

2008年もご愛読ありがとうございました。2009年もどうぞよろしくお願い致します。
fujimura

2009年01月03日

明けましておめでとうございます

今年もよろしくお願いします。

五十嵐太郎さんとお話しさせて頂いたコールハースについてのトークショー@UPLINKのリポートがアップされました。

現代建築の怪物「レム・コールハース」の実態とは?五十嵐太郎×藤村龍至

トークでも話したのですが、昨年いろいろな場所で議論を繰り返して、浮かび上がって来た問題は次の3点に集約されました。

1.設計組織の再定義
規模の対立(アトリエvs組織・ゼネコン)からサービス形態(分離発注vs設計施工)の対立へ

2.建築ジャーナリズムの再定義
紙媒体中心の再現可能性からネット媒体中心の検索可能性、遭遇可能性へ

3.設計教育の再定義
作家主義(唯一性、個人性)から実務主義(複雑性、集団性)へ

スペシフィックなトピックとしてサステイナビリティやアルゴリズム等いろいろあるのですが、ジェネラルな方向性としては上記の3点という感じがしました。

総じて言えば、1995年以後の社会的変化(グローバリゼーション、情報化)の文脈において、建築分野においても作家、メディア、プロジェクトの意味が変わりつつあることへの対応だと整理できるのではないでしょうか。

これらの動きに関しては、工学主義先進国のアメリカの動きに注目する必要があるでしょう。その流れを単純に肯定するだけでも、否定するだけでも不十分なのですが、大きな変化があるとすれば、それに対するスタンスを問われることだけは間違いなさそうです。

今年も引き続き議論して行きたいと思います。まずは1/31のLIVE ROUND AABOUT JOURNAL 2009です。申し込み方法は5日中に告知させて頂く予定です。

よろしくお願いします。
fujimura

2009年01月06日

【LRAJ2009】事前申し込み制中止のお知らせ

LIVE ROUND ABOUT JOURNAL 2009関連のお知らせです。

今回は会場にて入場料(1000円)を戴くので、そのオペレーションとの関係を考慮し、事前申し込み制とさせて頂いておりましたが、「ラウンドアバウト(回転広場)」と言いながらファンクラブイベントみたいになるのはいかがなものか、と話し合い、事前申し込みを中止させて頂くことしました。

昨年も途中入退出は自由でしたので、ちょっとだけのぞく、という人も結構いました。そのことが逆に熱気を作ることもあるので、あまりスタティックにならないようにしたいと思いました。変更に際しましては、申し込みを予定して下さっていた皆様に混乱をさせてしまい、申し訳ございません。ご理解を頂ければ幸いです。

というわけで当日まで予定が読めない方も、地方から参戦しようと思っている方も、前向きにご検討頂ければと思います。

よろしくお願いします。
fujimura

2009年01月17日

作家か、父親か

講評会シーズン突入。オーノさんから「リアクション芸人みたいですね」と馬鹿にされつつも、今年もいくつかの学校からお誘いを頂く。

8日、明治大学へ。2年生の設計製図最終講評会。図書館の設計。

13日、東京理科大学へ。1年生のデザイン最終講評会。「あなたの部屋を空間化せよ」という課題。どうなることかと思ったが、うまい人はうまい。

15日、関東学院大学へ。2年生のデザインスタジオ2の最終講評会。リサーチをベースにデザインを展開するスタイル。厳しい講評が続くが、そもそも正解のない非常に難しい課題で、このような講評をしていて学生は救われるだろうかと不安になりながら話す。

終了後はレクチャーもさせて頂いた。話し終えて、少しほっとした。
敵は工学・工学版(石川初さんのブログ)

17日、慶応大学へ。デザイン言語ワークショップの最終講評会。毎年恒例となりつつある。柄沢さん、田中さんに加え、今年は西澤徹夫さんも一緒に。

前回以前の受講者や理科大での受講者も来ていたので、総括討議のテーマは「そもそもこの授業の意義は何か」。とても盛り上がり、学生を交えた打ち上げはなかなか楽しかった。

毎度のことながら、学生の評価はいつも悩ましい。迫力や批評性はあるが課題の設定や建築としての納まりを逸脱している学生と、きちんと計画し納まっている学生のどちらを評価するべきか。アトリエと組織の社会的評価みたいなものだろうか。

ある大学でご一緒したある方は「できる子は叩き、できない子は誉めればいい。子育てと一緒だ」とおっしゃっていた。自分のスタンスはどちらかというと逆で、共感できるものは率直に賛同し、納得いかないものは容赦なく異議を唱えるべきだと思ってきた。

教師には作家型と父親型があるなと思う。伝統があったり、有名なプロフェッサー・アーキテクトがいる学校だと前者の傾向が強く、一般的な大学や低学年の教育では後者の傾向が強いのかも知れない。自分は知らず知らずのうちに作家型クリティークをしている。

作家型教育はある種の格差社会をつくる。評価されれば自信を得て自己実現して行くし、されなければ建築が徹底的に嫌いになり、建築家なる存在に恨みを抱いてしまう人もいる。

父親型教育はある種の平均的社会をつくる。落ちこぼれを生まないが、実力がある子のやる気を削いでしまう。

学部時代所属していた社会工学科の課題は典型的な父親型教育だった。エネルギーを注いでいるのに、なぜか怒られる。しかもまともな理由がない。かわりに評価されるのはおとなしく、そつなくまとめた人。当時は自分の性格の問題だと思っていたが、今考えれば、教育の性格の問題だったとも思える。

他方、大学院から所属した建築学専攻では、学生はやたらとナルシスティックで、プライドが高かった。所属してさえいれば伝統やジャーナリズムと接続できるからだ。ただ、思いっきり作家として学べる環境なのに、なぜか建築が嫌いになる人も多かった。今考えれば、いいと悪いしかない世界だから、評価されなければふてくされるしかなかったのかも知れない。

作家型か、父親型か。やる気のある人を伸ばして、落伍者を出さないようにケアもできるような授業はできないのだろうか。一見矛盾するが、それを実現しなければ、やる気のある人は伸びないし、建築に半ば恨みに似た感情を抱く人は減らない。

理科大の講評会の最後に小嶋一浩さんが言っていた「全員が建築家になるとは限らないけれど、建築のファンでいて欲しい」という言葉が妙に印象的だった。

「建築」を「社会」に置き換えてみれば、政治の課題に似ている。作家型と父親型は、新自由主義と社会民主主義みたいなものだ。ギデンズの『第3の道』みたいな、新しい方法はないだろうか。

今年はいくつか非常勤をやらせて頂くので、しばらくそのあたりことを考えたいと思う。
fujimura

2009年01月19日

【LRAJ2009】チラシ出来!!

LIVE ROUND ABOUT JOURNAL 2009関連のお知らせです。

チラシのPDFデータをアップしておきます(1/21以降に配布します)。実物のアクセントカラーは金色です。2コママンガはmashcomix!!
LIVE ROUND ABOUT JOURNAL 2009

昨年、来れなかった人のために、いくつかのレビューをまとめておきましょう。

まずは出演者の皆さん。読んでいるだけで昨年の興奮が蘇ってきます。

LIVE ROUND ABOUT JOURNAL (大西麻貴+百田有希)
LIVE ROUND ABOUT JOURAL二日目終了! (g86 | space journal)

次に、観客として見に来て下さった皆さん。様々なリアクションを戴きました。

次世代の建築家たち (五十嵐太郎 | Twisted Column)
Round About Journal / visual vs. algorithm? (松田達 | Jacques Ta2)
critical engineering-ism (松田達 | Jacques Ta2)
LIVE ROUND ABOUT JOURNAL 開催される (KENCHIKU)

LIVE ROUND ABOUT JOURNALについて。 (ケモノミチ ~ Another position)
LIVE ROUND ABOUT JOURNAL (S to U blog)
LIVE ROUND ABOUT JOURNAL - ひきこもる建築家たち (DESIGN HUB)
Live Round about journal (mosaki的東京経験値)

スタッフ側もまとめておきましょう。

文字を起こして、歴史を起こす (round about journal)
夜明け前に(round about jounral)
1/19 (STUDIO LITHIUM)
1/26 (STUDIO LITHIUM)
ダイヤリー (藤井データ)
LIVE ROUND ABOUT JOURNAL 1/19
LIVE ROUND ABOUT JOURNAL 1/26

福島の建築家、佐藤敏宏さんとは、このイベントの意味についてじっくり話し合いました。

建築あそび in 竹屋

最後に、今年モデレータを務めて頂く倉方俊輔さんの評釈です。厳しいご意見もありますが、正確な位置づけと問題提起をして下さっており、当日の議論が楽しみですね。

議論が拓く世界-「LIVE ROUND ABOUT JOURNAL」評釈(前篇)
議論が拓く世界-「LIVE ROUND ABOUT JOURNAL」評釈(後篇)

ご期待下さい!!

fujimura

2009年01月20日

オープンデスクの季節に

いくつかオープンデスクの問い合わせをもらっているので、正式に募集を始めました。こちらでも告知しておきます。

2009年春休み オープンデスク参加者の募集について

オープンデスクは学校の他に建築を学ぶ塾のようなものだと思う。春休みや夏休みのオープンデスクは春期講習のようなものなので、2週間くらいがちょうどいいと考えている。全員同じ日にスタートして、共に学んで、少しずつ成長して、解散する。そんな感じが気に入って、ずっと同じ形式でやってきた。

今までいろんな学生が参加してくれたが、9割くらいの学生は1度参加したらそれっきり。今どこで、何をしているのかもわからない。若手建築家の事務所を順番にハシゴしている学生もいる。受け入れる側としては少々不愉快ではあるが、それぞれに事情はあることだし、自分のことを考えてもあまり人のことは言えない。

反対に2度、3度と通って来てくれて、会うたびに成長を遂げて行く。そんな学生がいることもまた、事実である。全員が藤村事務所に就職するわけでも、アトリエに進むわけでもないが、時々イベントに顔を出してくれたり、近況をメールしてくれる人もいる。オープンデスクとは、そういう交流を通して、場所を交換不可能化していくプロセスなのではないだろうか。

というわけで、意欲ある皆さんのご応募お待ちしております。
fujimura

2009年01月25日

東浩紀さん@BUILDING K

『住宅建築』2009年2月号の山本理顕特集に、コラム「建築主義者の今日的意味」が掲載されました。ガチンコな山本論になりました。また、『建築ノート vol.6』で、Table of Youthを担当させて頂きました。ご覧下さい。

21日、20:00URの武田重昭さんが主宰する「都市再生会議」幹事会の新年会。都市系の人々と話すいい機会となる。LRAJに出てもらう予定の山崎亮さんに会えたので軽くミーティング。

22日、山本理顕さんのご紹介で都筑区の大槻哲夫区長とお会いする。都筑区は港北ニュータウン区と言ってもいいくらい、区域の大部分がニュータウンとして区画整理されている。ただし、まとまった農地がニュータウンと隣接しているのが特徴である。

面白かったのは、「都筑野菜」の直売が徐々に盛り上がっているという話。「地産地消」でエコロジーになる、互いの顔が見え、生産者と消費者の双方にとって刺激になる、旧住民と新住民の交流になる、といろいろメリットがある、と力を入れているとのこと。

「都筑野菜」と聞いて、最初はよくある名産品のことかと思ったが、都筑の中で野菜をコミュニケーションの媒体として機能させようとするコンセプトが面白い。

お話を一通り伺った後、区長に公用車(初めて乗った)で農地エリアをご案内頂く。途中、いちごのビニールハウス(これも初めて)を訪ね、経営する田丸秀昭さんにお話を伺う。農大を出た後、体験型の農業をやりたいと、ビニールハウスの経営を始めたそう。

水耕栽培のいちご畑は工場のようだ。MVRDVのパヴィリオンにこういう空間があった。いずれ機会を改めて取材に伺いたい。

その後、区長に港北NTをぐるっとご案内頂いたが、「多摩」ほどオールド化しておらず、「千葉」ほど発展途上でもない、ほどよい成熟を迎えている場所、という印象を持った。段階としても設計のコンセプトとしても「筑波」の雰囲気に似ている。

東急等の民間のニュータウンに比較すると、UR系のニュータウンは理論の色彩が強く、歩行者専用道路が立体的にネットワークされているなどかっこいいが、歩車分離されている分だけスケールの落差は激しく、街並としてはかなり暴力的に感じる。

その夜、久しぶりに東工大へ。製図室は閉め切り前夜でお祭り的雰囲気。研究室では修論生が追い込み中だが、留学生の追い出しパーティがあったので便乗して参加。研究室の近況を聞く。

途中、留学生に書道セットを贈ることになり、手本として学生の1人が何か書くことになり、何を書くべきか議論になる。つかもと師に最近のコンセプトを求めると「存在」だということになった。「経験」から「ふるまい」に来て、「存在」へ。

24日、11:00東浩紀さんら来訪@BUILDING K。『思想地図』vol.2でも活躍している濱野智史さん、西田亮介さん、入江哲朗さんらとともに。「批判的工学主義」が実際にどのような空間を生んでいるのか、「超線形設計プロセス」の批評性とは何か、実際にご覧になって頂いた上で、意図を説明させて頂いた。

途中から内見モードの東さんが、やけにリテラシーの高い濱野さんにツッコミを入れているという構図。

東さんに「超線形プロセス」の方法はgoogleドキュメント的であるとご指摘頂いた。一見パタン・ランゲージ的でもあるが、履歴というアイディアはない。そのことを強調した方がいいとアドバイスを頂く。

その後、履歴を残すこと、ランゲージとログの違い、暗黙知と形式知の関係における単純な事実を積み重ねることの意味など議論。そのまま文字に起こしたいくらい濃密な時間となった。

そのまま28日のシンポジウムと次号の作戦会議が続く。

シンポジウム:「アーキテクチャと思考の場所」
パネリスト:浅田彰、磯崎新、宇野常寛、濱野智史、宮台真司
司会:東浩紀
日時:1月28日17:30
場所:東京工業大学大岡山キャンパス講堂

あまりにも豪華すぎるメンバーとストライクな内容。当日が楽しみである。
fujimura

2009年01月28日

Don't Look Back

『日経アーキテクチャー』の「注目の10人」に選んで頂きました。倉方俊輔さんが丁寧に紹介して下さっています。

山本理顕さんよりハガキを頂く。住宅特集に書かせて頂いた批評文について。

25日、10:00LRAJ定例@渋谷。機材リストや配線図の確認、進行表の確認、グラフィックの確認、マンガのコンセプト、食事や2次会の手配確認等を詰める。メンバーの集中力が高まって来た。不安だらけだが、なんとか乗り越えられる気がしてきた。

26日、10:00昭和女子大でレクチャー。女子学生相手に「批判的工学主義」を説く。通じにくいかなと思ったが、「今までで一番わかりやすかった」と言われる。UBCの学生向けに使った「Do NOT Think」「Do NOT Imagine」「Do NOT Look Back」のフレーズがヒット。「就職にも使えそう」「恋愛にもいいかも」とのこと。確かに教祖っぽいフレーズではあるが。

15:00上海で働く南方来社。楽しそうなブログで時々様子を知らせてくれていたが、仕事をするようになって建築の見方の幅が広がっている様子。頼もしい。

19:00編集委員会の企画会議へ。特集案の企画書は、前回の反省と頂いた助言をもとにリライトしてみたが、今ひとつ広がりが出ないまま提出。五十嵐さんに「このままだと新鮮味が無い」と言われてしまい、申し訳ない感じになっていると、細野さんのスイッチが入り、いつの間にか企画が決まっていた。「これを実現したら伝説になる」と言われ、「会議はするもんだね」と五十嵐さん。さて、どうなるか。

27日、10:00倉方さんとLRAJ打ち合わせ。イベント開催が数日後に迫り、メールが大量に届いておりキャパオーバー気味。出演者の皆さんとのやりとりはイハツが窓口になって交通整理してくれているのでだいぶ助かっている。藤井は機材、マシツマはmashcomixとのやりとり。夜中に刈谷からフォーマット案が届く。

いろいろ大詰めだ。
fujimura

2009年01月31日

【LRAJ2009】いよいよ当日

LIVE ROUND ABOUT JOURNAL 2009関連のお知らせです。

いよいよ当日、あいにくの雨模様ですが、なんとか準備は整いつつあります。このあと会場に向かい、8:00から朝礼です。

いくつかメールでお問い合わせを頂きました点につきまして、お答え致します。

-途中の入退場は自由です。そのさい、入場時にお渡しする引換券(シール付き)をお見せ下さい。

-万が一開場の定員を著しく超えてしまった場合、入場をお断りすることがあります。その場合、メールアドレスを残して頂き、後日PDFデータにてライブ版フリーペーパーをお送りする等の対応を検討致します。

-一旦入場し、再入場を希望される方の場合も同様です。

-会場にいらっしゃっていない方へのPDF送付等の対応は行いません。会場にて連絡先を記入された方のみ、とさせて頂きます。

-ライブ版フリーペーパーは原則として本日のイベント終了後のみの発行です。

スタッフ一同、オペレーションには万全を期したいと思いますが、ご理解、ご協力をお願い申し上げます。

いよいよ10:00開場です!!
fujimura

2009年02月01日

LIVE ROUNDABOUT JOURNAL 2009 終了

おかげさまで「LIVE ROUNDABOUT JOURNAL 2009」は無事終了しました。ご来場頂いた皆様、どうもありがとうございました。

あいにくの雨模様、8:00に朝礼。40名近いスタッフが集結。編集チーム、会場チーム、受付チームに分かれ、手際よく準備を進める。10:00を過ぎると受付に行列が出来始め、11:00の開始時には既に会場は満席、立ち見が出始める。

倉方俊輔さんのモデレートで各セッション開始。どの発表も素晴らしかった。狙い通りの展開もあり、意外な発見もあり、途中、石上さんが時間を間違えて遅れそうになるなどいろいろハプニングもあったが、あっという間に6つのセッションが終わる。

総括ディスカッションからは南後由和さん、濱野智史さんに加わって頂く。議論は3時間近くに及び、内容はなかなか刺激的だった。この内容は既に文字に起こしてあるので、いずれアウトプットできればと思う。

倉方さんには最後に厳しいコメントを頂いてしまったが、モデレータとして議論を的確に整理して頂いた。10時間以上議論に集中するのは本当に大変だったと思う。倉方さんのご協力にはまず感謝したい。どうもありがとうございました。

そして、コメンテータを努めて下さった南後さん、濱野さんには、錯綜する議論を丁寧にフォロー、展開して頂いた。また、コラボレータのmashcomixの皆さん、忙しいスケジュールを調整し、出演を快諾して下さった皆さんにも、刺激的なコンテンツを提供して頂いた。皆さんなしにはこのイベントは成立しない。どうもありがとうございました。

g86を始めとする東工大の後輩諸兄約30名が、昨年に引き続きスタッフとして参加してくれた。彼らと経験を分かち合えたことを単純に嬉しく思う。どうもありがとう。

そして、INAX:GINZAの皆さんには今回も本当にお世話になった。予定を大幅に超過してしまったが、暖かく見守って頂き感謝しています。どうもありがとうございました。

フリーペーパーを渡し、懇親会や片付け等、あっという間に時間が過ぎ、INAX:GINZAを出たのは結局23:00。2次会、3次会と続き、5:00解散。

何もやらないよりは、何かを始めた方がいい。始めたことは、続けた方がいい。そんな単純なことを再確認した1日だった。

議論では「メタフィジックス/フィジックス」「有形/無形」「良いアーキテクチャー(=アクティビティを誘発するきっかけ)/悪いアーキテクチャー(=規制)」「方法論/結果論」などいくつかの軸が出てきた。これらについてはまた改めて別の場所で議論していきたいと思う。

前方のステージと後方の編集スペースの距離ができてしまうという会場構成上の問題は、プロジェクターのケーブルやモニタ分配器などの機材をレンタルし、編集スペースのモニタやカメラの映像を前方のスクリーンに投映することで改善した。これは会場担当の伊庭野、藤井のアイディアで、これで一気に会場に一体感が出たと思う。スクリーンを300mm上に移動し、椅子と椅子を交互にずらして視認性を向上するなど細かな改善を積み上げた。

マンガをライブで起こす、というチャレンジは、マンガ担当の松島と藤井のスキルが活かされ、想像以上によい成果を残したと思う。mashcomixの皆さんとは、ぜひまた一緒にコラボレーションさせて頂きたい。

山崎さんと本瀬のレビューもよかった。mosakiの田中さんも絶賛していたが、見出しの下の数行のテクストが誌面でよく効いている。本文のまとめもg86の鎌谷と山道の添削が上手で、だいぶストレス無く読めるようになった。

デザインの刈谷はページ数が増えて苦戦していたが、昨年に引き続き素晴らしいグラフィック・ワークを披露した。誌面の緊張感はさらに増している。

見に来てくれた皆さんは、あの空間で何を感じただろうか。僕らの活動を見て、自分たちも何かやろう、と感じてくれれば嬉しい。そのプロセスにおいてこそ、クリエイティブなアーキテクチャーとしてのLIVE ROUNDABOUT JOURNALの成果は問われる。

fujimura

2009年02月05日

議論のアーキテクチャを設計する

「LIVE ROUNDABOUT JOURNAL 2009」の写真を下記にて公開しています。

BUILDING K 日記 (1/31)

リアクションが出揃って来たので軽くご紹介します。

まずはリアクション編。

[1]出演者、スタッフなど

1.[建築浴のおすすめ]
http://kntkyk.blog24.fc2.com/blog-entry-199.html
2.[mosaki]
http://blog.mosaki.com/?eid=812029
3.[g86 sando]
http://d.hatena.ne.jp/g86/20090202
4.[City_Scape]
http://d.hatena.ne.jp/cityscape/20090201/1233563585
5.[sumica 02:21:23]
http://ibano.jugem.jp/?day=20090205

どれも臨場感がありますが、特に4,5はスタッフの様々な努力を知ることが出来て面白いですね。


[2]昨年も参加した人など

1.[ぽむ日記]
http://pomu.tv/cgibin/nikki/read.cgi#31
2.[DESIGN HUB]
http://blog.livedoor.jp/koyonet/archives/51547955.html
3.[seedandrippleの日記]
http://d.hatena.ne.jp/seedandripple/20090202/1233590348

1はクールなレポート。確かに、「アーキテクチャ」というならブログ執筆を「呼びかけ」ちゃダメなのです。昨年痛烈批判してくれた2は落ち着いた感じでレポートしてくれています。3は去年総括だけ見て面白いと思い、今年は最初から見てくれたそうで、とても嬉しいです。


[3]今年初めて参加した人など

1.[考える建築店]
http://d.hatena.ne.jp/hattorikazuaki/20090131/1233431053
2.[matt]
http://www.mattoct.jp/blog/2009/02/live_round_about_journal_2009.html
3.[Architectural Creation Garage]
http://d.hatena.ne.jp/miyachikunihiko/20090202/1233557776

1は最速で、帰宅する頃には事務所宛にメールが届いていました。2は会場で質問してくれた李明喜さん。3は比較的辛口。作家性にこだわる建築学生の典型的な方法論アレルギー的リアクションでいい感じだが、結論を逆にした方が主張としては批評性がある。


[4]他分野の人など。

1.[logical cypher scape]
http://d.hatena.ne.jp/sakstyle/20090202/1233582958
2.[No Hedge!]
http://d.hatena.ne.jp/klov/20090202/1233579811

1,2とも印象論ではなく、きちんと内容や関係で理解しているところがすごいですね。異分野の人とここまで議論を共有できるのが単純に嬉しいです。

多少の異論、反論はありますが、まずは書いてくれたことに感謝したいと思います。どうもありがとうございます。

次にリアクション編。


[1]ディスカッションの狙いと達成度

1.情報系の「アーキテクチャ」なる概念を建築界へ里帰りさせる
2.大阪から3組を呼ぶことで、東京的な作家主義を相対化する契機とする
3.異なる方法を持つ人々が、問いを共有して並ぶ状態をつくる

1は濱野さんのおかげである程度達成できたが、李明喜さんが批判されたようにまだまだ方法の議論になっていない。2はアンケートを読む限りまずまずのインパクトを示せたようだ。3までは到達できなかったが、山崎さんやmosakiも含め、「クリエイティブなアーキテクチャーをどうやったら設計できるか」という問いを立てて並ぶという議論の平面を示す1歩手前までは行ったのではないか。

[2]発見された仮説

1.建築家が方法論を否定するのは、方法論が作家なる存在を相対化してしまうからである
2.建築家の議論が主観的であり、実践的であり、個人的である理由は、建築がフィジカルな存在であることに関係がある
3.情報環境を設計する際に、人がフィジカルな存在であることを考慮するとき、建築のあり方は示唆的である

1は倉方さんやmiyachikunihikoさんのリアクションに典型的に表れている。建築界の「方法論アレルギー」を緩和し、新しい議論の平面をつくるのが当面の課題。2は李さんからの質問などに反応しながら考えたこと。建築家の勉強不足と捉えるより、構造的だと捉えた方が見えて来ることがある。3は1/28のシンポジウムを聞きながら思ったこと。建築家は情報社会を語るとき、もっと胸を張ってもいい。

[3]個人的な発見

1.倉方さんのモデレーションは作家単位で進行する。やはり作家論の人だけある。
2.南後さんのモデレーションは関係づけで進行する。さすが社会学者らしい。
3.濱野さんのコメントは入り口がマニアックだが、展開力がある。

限りなく印象論に近く、事後的な分析ですが、モデレータやコメンテータの個性がよく分かりました。

[4]構造的課題

1.「知っていたけど行かなかった」という人が多かった。
2.総括ディスカッションでマイクが回って来ない。
3.最後にレクチャーをする建築家が最初の建築家のレクチャーを聞いていないので、全体で前提を共有できない。

1については話を聞くと、11:00-20:00という時間設定が規制力として働いたらしいことがわかる。また、出演者の人数に関わる問題でもある。人数を多くするのには、既存媒体に出演機会の少ない人に発言機会を提供し、新たな議論の平面をつくるという狙いがある。人数を絞ると新人、メディア関係者、異分野、組織に属する人、地方の建築家等がリストに乗らなくなることが多くなり「常連」が同じ話を繰り返す場になってしまう。しかし、2の状態が続くと、発言がネガティブになってしまう。量をさばくシステムが必要だろう。3は総括ディスカッションを編集時間に充てているため生じる問題。改善するには抜本的に構造を変える必要がある。

[5]今後の課題

1.閉鎖的に見える(と批判されがちである)
2.総括ディスカッションにしか来ない人が少なくない
3.議論の軸が見えない(と批判されがちである)

1は谷尻さんが指摘して下さったり、mosakiもたびたび言及していたが、1/28のシンポで東さんも言っていたように、議論が開かれているかどうかは固有名詞の問題であることも多い。「一般の人」を盾にするような議論を避ける方法を考える。2は作家のネームバリューで判断している人が多いということ。作家主義の強い建築業界では仕方がないが、時間の問題。文脈や関係こそが面白い、という感覚が共有されてくれば、個別のレクチャーを通しで聞く人も増えるはず。なお、アンケートによると通しで朝から聞いた割合は28.8%だった。何とか80%くらいにしたい。

最後に課題。

[1]目標

1.参加したくなる
2.通しで聞きたくなる
3.ブログでリアクションしたくなる

1は告知、評判だけに限らない。話題になればなるほどインディーズ・バンドのライブのように閉鎖性が高まることもある。常連だけにならず、かつ一度来た人がまた来たくなる仕組みづくりが必要。2は空間そのものの魅力に限らず、議論の設計の問題かも知れない。総括ディスカッションは何らかのかたちで解体する必要があるだろう。3はリンク、匿名性など、ネットの仕組みを上手く使うことがポイントとなるだろう。もうひとつの参加の仕組みとして、アンケートはわりと使える気がした。

[2]結論:議論のアーキテクチャをどう設計するか

1.量をさばくこと
2.関係を構築すること
3.方法的であること

1は開放性の問題。メンバーを入れ替える、話題を入れ替えるようにする。そのために量は欠かせない。多人数で議論を成立する仕組みを考える。2は議論の鮮度の問題。作家主義を相対化し、新たな議論の平面をつくったほうが作家も編集者も観客も刺激を受ける。セッション制にしてカップリングする、レクチャーにタイトルをつけてもらう(LRAJでは「近作について」を避けるようお願いしている)、異分野の人をコメンテータにする、など。3は方法論の問題。「アーキテクチャーを設計する」と主張するからには、LRAJも方法で語れるようになっていなければならない。方法が提示されていれば真似することが出来るだろう。

イベントの仕組みや成果を分析することが、そのままアーキテクチャについての議論になっている。その意味で、LRAJは単なる興行ではなく、建築論になっている。次回(?)に向けて、イベントそのものが提示できることをもっと考えていきたい。
fujimura

2009年02月09日

初の書籍『1995年以後』2月20日発売!!

2月20日、藤村龍至/TEAM ROUNDABOUT初の著作『1995年以後~次世代建築家の語る現代の都市と建築~』がエクスナレッジ社より出版されます。

阪神大震災、オウム真理教事件が起こり、windows95が発売されインターネット元年と呼ばれた「1995年」、既存の物理的なインフラの脆弱性が露呈し、新しい情報環境のインフラが現れ始めた年です。私たちはこの「1995年」に注目し、それ以降に建築を学び始めた建築家たちが何を感じ、何を考え、何を実践しているのか、議論を続けてきましたが、このたび1冊の書籍として出版させて頂く運びとなりました。

インタビューに登場するのは建築家、研究者、批評家など、32組の方々です。

藤本壮介/平田晃久/長坂常/森田一弥/白井宏昌/倉方俊輔/満田衛資/中山英之/中村竜治/吉村靖孝+吉村英孝/重松象平/トラフ/中村拓志/石上純也/谷尻誠/大野博史/TNA/dot architects/松川昌平/北川啓介/平塚桂/田中浩也/永山祐子/藤原徹平/勝矢武之/柄沢祐輔/中央アーキ/長谷川豪/鈴木悠子/南後由和/ドミニク・チェン/大西麻貴+百田有希(掲載順)

一部フリーペーパーの再録もありますが、ほとんどが語り下ろしです。どのインタビューも4000字以上のロングインタビューで、スリリングな議論になっていると思います。

1995年以後 -次世代建築家の語る都市と建築-
藤村龍至/TEAM ROUNDABOUT・編著
四六版(126X186mm) 398頁
出版社:エクスナレッジ
発売日:2月20日
価格:2,310円(税込)

ご期待下さい!!

fujimura

2009年02月10日

けんちくの手帖にて、フィジカルなアーキテクチャの可能性を考える

まずは毎度おなじみ、マシツマ日記での渾身のレポートをどうぞ。

山崎さんと一緒に、吉永健一さんと山崎亮さんが主催のイベント「けんちくの手帖」に出演してきました

カブハウス
ケモノミチ ~ Another position
空間感傷。

着いたときには既に席が埋まりつつあり、レクチャー開始時には立ち見も出る盛況でLRAJの余韻を感じました。「議論のアーキテクチャを設計する」と題したレクチャーの内容はマシツマ日記のレポートのように、LRAJというイベントそのものの手の内側=アーキテクチャをプレゼンテーションし、今後の展望をお話ししました。

続いて、山崎亮さんの司会でディスカッション。先日とちょうど反転していました。私たちの活動は「けんちくの手帖」のコンセプトと限りなく近く、いろいろな水準で対称性のある議論となりました。

地下のカフェに下りる階段に入れない人が溢れる。最終的には80人も集まったそうで嬉しいです。フィジカルな限界を感じつつも、熱気を共有するというフィジカルな空間の持つ純粋な可能性も再認識しました。

二次会ではLRAJに出て頂いたdot architectsの家成さんと大東さんを始め、『1995以後』でもインタビューさせて頂いた森田一弥さんのほか、同世代の建築家や、学生も大勢来てくれて朝まで議論。楽しかったです。吉永さん、山崎さん、お招きありがとうございました。

翌日、山崎さんと新大阪駅で待ち合わせ、ラウンドアバウトジャーナルの今後についてミーティング。出版に伴う販促イベントの可能性と、いくかの企画について。14:00の新幹線で帰京後、渋谷駅近くのいつもの場所にて東京のメンバーとミーティング。大阪で話し合ったことを共有する。

LRAJ以後、いろいろ議論は飛び火しているが、メタフィジックスとフィジックス、専門性と一般性、客観と主観、どちらにも触れているのが建築の可能性だと再認識している。『1995年以後』の出版を控えて書籍のことをよく考えるが、書籍とか、本屋のことを考えると建築の可能性が見えて来るように思う。逆に言えば、出版社や本屋は物理的なアーキテクチャ=建築の可能性をもっと考えた方がいいのでは。

例えば、けんちくの手帖の最後に山崎亮さんから「これまでのバックナンバーはPDFで公開しないんですか」と聞かれて、たぶんしないほうがいいと答えた。「ライブ編集」でネットに勝とうと思ったように、フィジカルな限界はフィジカルに超えようと模索した方が新しいものが生まれる気がするからである。物理的なアーキテクチャの限界を見極めて、可能性に展開するようなデザインを考えたい。

LRAJで得られた知見をもとに、メタフィジカルなアマゾンに負けないフィジカルな本屋とかレコード屋の設計など、考えられないものだろうか。同じ問題意識を持っている書店の経営者がいたら、ぜひ一度話してみたい。

そんなことを考えながら帰宅し、目に飛び込んで来たのはTVCC炎上のニュース。フィジカルな炎のなんと恐ろしいこと。同じ「炎上」でも、タレントのブログとはわけが違う。行方不明の消防士もいるようだが、無事を祈りたい。
fujimura

2009年02月18日

『1995年以後』のレビュー執筆者を公募します

2月20日、藤村龍至/TEAM ROUNDABOUT初の著作『1995年以後~次世代建築家の語る現代の都市と建築~』がエクスナレッジ社より出版されます。(詳細はこちら

発売に先立ち、ブログにてレビューを執筆して頂ける方を公募します。いち早く本を手に入れるチャンス!!

条件は下記のみ。

1. ブログを有していること(新規立ち上げ・匿名・ペンネーム可)
2. 期限までにレビューをアップし、公開できること

ご協力頂いたサイトはRoundbout Journalにて一斉にリンクさせて頂きます。

募集:1. 北海道・東北、2. 中部、3. 近畿、4. 中国・四国、5. 九州・沖縄(申し訳ありませんが今回は首都圏からは募集を行いません)の各エリアから2名ずつ(先着順)、合計10名
内容:建設的な内容であれば自由です
字数:読みやすい長さであれば自由です
締切:2/28(土)22:00
謝礼:恐れ入りますが、本書の発送をもって代えさせて頂きます

学生/社会人、建築関係/それ以外の別は問いません。

下記項目記入の上、メールにて下記宛先までご応募下さい
郵便番号:
住所:
電話番号:
氏名:

応募先:藤村事務所『1995年以後』のレビュー執筆者募集係
nishimura*ryujifujimura.jp(*を@に置き換えて下さい)
担当:西村

ご応募頂き次第、出版社から直送致します。

1995年以後 -次世代建築家の語る都市と建築-
藤村龍至/TEAM ROUNDABOUT・編著
四六版(126X186mm) 398頁
出版社:エクスナレッジ
発売日:2月20日
価格:2,310円(税込)

ご応募お待ちしております!!


fujimura

『1995以後』レビュー執筆者 近畿地区受付終了!!

レビュー執筆者、早速応募メールが届き始めています。近畿地区は定員に達したため、受付を終了しました。ご応募ありがとうございました。

「けんちくの手帖」効果か、近畿地区は初速が早いですね。1.北海道・東北、2.中部、4.中国・四国、5.九州・沖縄の方、引き続きご応募お待ちしております。

なお、今回は首都圏(関東地方1都5県)、および海外からの応募は受け付けておりません。あしからずご了承下さい。
fujimura

2009年02月19日

『1995以後』レビュー執筆者 北海道・東北地区受付終了!!

いよいよ明日発売日ですが、書店に並ぶのは23日くらいからになりそう、とのことです。あしからずご了承下さい。

レビュー執筆者、近畿地区に続いて、北海道・東北地区は定員に達したため、受付を終了しました。ご応募ありがとうございました。

2.中部、4.中国・四国、5.九州・沖縄の方、引き続きご応募お待ちしております。
fujimura

2009年02月20日

2月28日20:00、南洋堂で平塚桂さんとトークをします。

いよいよ本日、『1995年以後』が発売になりました。Amazonでは早速売り切れてしまったようです。店頭に並ぶのは来週くらいからと聞いていましたが、南洋堂では本日入荷したと伺いました。都内の大型書店では20日から並んでいるようです。

さて、その南洋堂の皆様のご好意で、『1995年以後』の刊行を記念して下記のイベントを企画させて頂きました。ゲストに平塚桂さんを迎え、1995年以後の問題として、建築書の問題について話し合いたいと思っています。

日時:2月28日(土)20:00-22:00 (19:30開場)
場所:南洋堂書店

テーマ:けんちく書店でけんちくとけんちく書の未来を考える
出演:藤村龍至・伊庭野大輔・松島潤平・刈谷悠三/TEAM ROUNDABOUT
ゲスト:平塚桂(ぽむ企画)

「1995年以後」顕在化した情報化社会の到来は建築家に建築不要論を突きつけ、結果として建築の新たな役割を考察させる契機となりました。ここでは同じく環境の変化を迎えている書店や書籍のあり方を考えることで、新しい書店、書籍、建築の可能性を考えます。

1月28日の思想地図シンポジウムでも話題になった「アーキテクチャ」の問題、特に「メタフィジカル/フィジカル」軸で考えるに、建築と建築書と建築書店は共通の課題を抱えていると考えられます。すなわち、情報環境が拡大するなかで物理環境の新たな役割をどう描くかが問われています。

webの時代に紙メディアや実空間のイベントの可能性を試行錯誤する私たちにとって、webで登場して紙媒体に移行した平塚さんとどのようなトークになるのか、今から大変楽しみです。

これ以降も、まだまだたくさんの販促イベントを企画中です。ご期待下さい!!

fujimura

2009年03月02日

ローカルな領域で生まれた活動はダイナミズムを失わずにグローバルな広がりを作れるか

『1995年以後』おかげさまで南洋堂の月間ランキングで2位だそうです。発売後約1週間しかなかったことを考えると、なかなかの初速です。ありがとうございます。

28日、その南洋堂書店さんでイベント「けんちく書店でけんちく書とけんちくの未来を考える」を開催させて頂きました。

ぽむ日記
FORM_Story of Design

以下、議論のまとめです。

<第1部:「勝手メディア」の可能性>

1.ネットにダイナミズムをどうやって生むか
→イベントや書籍をきっかけにレビューの執筆を呼びかけてきた

2.ネットのダイナミズムを失わずに、どうやって紙媒体を使って議論を展開できるか
→ネットのアーキテクチャをあえてフィジカルに追いかけることに可能性を感じる
(ex.ライブで文字起こし、紙媒体の配布先をネットで募集、レビューを地域毎に募集etc...)

第1部は平塚桂さんが『建築雑誌』4月号で企画された「勝手メディア」特集の意図からスタート。雑誌が元気がないと感じたという。ネットでは自由だったのに、紙媒体だとおとなしくなる!?「私」の主観で議論できないことがそもそもの原因なのか。他方でネットもおとなしい。ブログレビューを呼びかけること等で、横の繋がりをつくれないか、ネットとリアルと、連動するように仕掛けを打てないか、と議論が進行。

<第2部:フィジカルなメディアの可能性>

1.専門/一般、ネット/紙、同世代/多世代、非商品/商品
建築はずっと2つの言葉ををブリッジしてきた
→2者の「統合」よりも、2者間の「運動」に可能性がある

2.『1995年以後』を出版したことで、Team Roundaboutの活動はひとつの局面を迎えた
専門、ネット、世代、非商品というローカルな領域で生まれた活動のダイナミズムをグローバルに開放できるか?

第2部は書籍を作るということはどのような意味があるのかについて。結局のところ、ウェブと紙媒体の違いは単なる言葉の違いでしかない。ウェブの方がローカルで、紙の方がグローバルのメディアだというのはあまり意識したことがなかったが、ある意味で発見だった。

以下、会場で頂いたご質問です。

Q.面白いブログ/つまらないブログの基準は何か
-中身で判断することはない。知っている書き手かどうか。知り合いのブログは読むし、知らない人のブログは読まない(伊庭野)。
→ネットでは無限の広がりが得られるというより、フィジカルに広がりをつくらないと、ネットでの仕掛けそのものが広がりを作れない。

Q.「世代」の持つ政治性を意識しているか
-意識していなかったが、今回自覚した。ブログと一緒で、会ったことがある人に話を聞いただけ(藤村)。
→その力を次の企画で使うか使わないかで展開が違って来るだろう。

Q.インタビューをして、どれだけ共感されたか
-「問いの理解はしている」という状態を作りたかった(藤村)

Q.建築の言葉が一般性を獲得できるか
-「地震が恐い」みたいなリテラルな身体性からアプローチしたい(平塚)
-設計者は勝手に規範を作り上げる(松島)
-建築の本は、一般の人は絶対買わない(伊庭野)
-読者に教育をする(刈谷)
→ローカルな言葉=力があるけれども、広がりがない、グローバルな言葉=広がりがあるけれども力がない 専門/一般、ネット/紙媒体、世代/多世代、どれでも共通することだが、ローカルな言葉の「力」を、グローバルな広がりの中で展開できるか

「話が長い」とイハツにダメだしされるなど、モデレートに反省が残るが、専門誌が休刊し、ブログが無数に乱立している今日においてどのように議論の場を設計するか、あらためて戦略を練るきっかけになりました。「平塚さんと」「南洋堂書店で」議論した成果だと思っています。平塚桂さん、南洋堂の皆さん、来場者の皆さん、どうもありがとうございました。

3月7日(土)は大阪INAX TILE the SPACEに、8日(日)は京都スフェラにTEAM ROUNDABOUTが出没します。近畿地方の方々、よろしくお願いします。
fujimura

3/7(土)16:00 続・手の内側 @ INAX the TILE space (大阪・四ツ橋)

南洋堂に続き、メディア撹拌作戦第2弾として、今週末大阪で下記のイベントを開催致します!!

タイトル:ROUNDABOUT JOURNAL 公開ディスカッション
テーマ:続・手の内側

日時:3月7日(土) 15:30開場16:00-18:00 懇親会18:00-19:00
会場:INAX the TILE space(四ツ橋)

去る1月31日に東京・INAX:GINZAで開催されたイベント「LIVE ROUNDABOUT JOURNAL 2009」にて浮かび上がった論点を報告し、新たにSPACESPACEのおふたりを迎え、「手の内側」=設計の方法論をめぐる問題を掘り下げつつ、議論の次なる展開を模索する

ゲスト:SPACESPACE, dot architects, 柳原照弘山崎亮
モデレート:藤村龍至, TEAM ROUNDABOUT

主催:TEAM ROUNDABOUT
協力:株式会社INAX

申し込み:不要
定員:80名(当日先着順)

お問い合わせ:INAX the TILE space 王尾亜紀子(おうびあきこ)
TEL:06-6539-3721

当日の連絡先:王尾携帯
INAX the TILE space ショールームは休館日につき、外線は繋がりません。
TEL:090-5463-0406

参考URL
-roundabout journal (ブログ) http://www.round-about.org/
-LIVE ROUNDABOUT JOURNAL 2009 レポート
http://d.hatena.ne.jp/buildingk/20090131
http://www.ne.jp/asahi/studio/lithium/diarylog.htm#090131

会場アクセス

大阪市西区新町1-7-1 INAX大阪ビル2F
http://dds.inax.co.jp/tile_space/

地下鉄四つ橋線「四ツ橋」駅
長堀鶴見緑地線「心斎橋」駅
1-A出口から徒歩2分
「四つ橋」の交差点から北へ1つ目の信号 南西角

LIVE ROUNDABOUT JOURNAL 2009にて、大阪より殴り込みを掛けて頂いたdot architects, 柳原照宏さん、山崎亮さんに加え、「若手建築家のアジェンダ」にもご登場頂いたSPACESPACEの香川貴範さん、伊藤立平さんにも加わって頂き、議論の延長戦をやろうと思います。白熱間違いなし。

あいにく「卒業設計日本一」と重なりますが、卒業設計はとっくに卒業された皆さん、「けんちくの手帖」でご興味を持って頂いた皆さんは、ぜひこちらにどうぞ。
fujimura

2009年03月03日

『1995年以後』ブログ・レビュー vol.2

3/7(土)16:00大阪INAXシンポジウム情報はこちら
3/8(土)13:00京都スフェラトークショー情報はこちら

『1995年以後』レビュー第2弾です。北海道・東北、中部、近畿、中国・四国、九州・沖縄に分けて募集させて頂きました。

一足先に5名の方々がアップして下さいましたのでご紹介します。残りの方は到着し次第アップします。

1.[gl weblog] from 北海道
愛にあふれた本

2.[カラー ミー ポップ !] from 宮城
さようなら、perfume

3.[いつか、一緒に家を建てよう] from 大阪
1995年以後 ー 次世代建築家の語る現代の都市と建築 レビュー

4.[Memorandum&Diary 空間感傷。] from 大阪
1995年以後 次世代建築家の語る都市と建築レビュー(近畿より)

5.[MG54σ] from 福岡
1995年以後レビュー_1
1995年以後レビュー_2

感動を素直に表現して下さっている方、分析的、批判的レビューを展開して下さっている方、この本の読み方を提示して下さっている方など、それぞれが個性的なレビューを寄せて下さっています。どうもありがとうございます。

ネットだとどこの誰がアップしているか、想像しにくいのですが、特定の地名とともにレビューがアップされるとき、空間的な広がりが想像できて、フィジカルの限界を少しだけ超えられたような気がしますね。

なお、これをもちまして、『1995年以後』のレビュー募集は終了とさせて頂きます。たくさんのご応募、ありがとうございました。残る5名のレビューも順次追加しますので、お楽しみに。
fujimura

2009年03月04日

痩せオーラ

3/7(土)16:00大阪INAXシンポジウム情報はこちら
3/8(土)13:00京都スフェラトークショー情報はこちら

このところ、告知ばかりで近況を書く暇がなかった。寝不足が続くと頬が痩ける癖があるのだが、最近は痩けっぱなしである。たまに心配されるが、本人はもう少しで痩せオーラが出るのではないかと能天気に構えている。

昨年秋から、正月を挟んで『1995年以後』にずっと追われていたので、無事出版できてほっとした。編集の伏見さんとデザイナーの刈谷さんも大変だったと思う。改めて、お疲れさまでした。

基本的に原稿の執筆は休日と夜間なので(昼間は建築設計業と若干の社長業をこなしております)、原稿が溜まれば溜まるほど休日と睡眠時間が減るという罠。昨年、涼しくなってから休みらしい休みがありません。楽しいからいいですけど。

出版後もお世話になった方々への献本の発送作業や請求書の作成など、関連作業は続く。竣工後の方が大変なのは建築と一緒ですね。

それにしても、イベントでいろいろな人と連続的に議論できるのは楽しい。これを片っ端から文字に起こして行ったら、それなりに情報の蓄積になるだろう。いつか、あの頃はよく議論していたなあと振り返る時期が来るのだろうか。32歳というのは建築家にとってどういう年齢なのだろう。

出版と前後して、事務所を渋谷に移転した。これまで8ヶ月間BUILDING Kに入居していたのだが、日頃の行動範囲を考えると、渋谷がベストだと判断した。建築は使いやすかったし、高円寺の街自体はとても魅力的だったのだが、TEAM ROUNDABOUTでブレストするときも結局渋谷に集まることが多かったので、いつか移転するならば早い方がいいと判断した。

事務所は以前に比べると少しコンパクトになったが、ちょうど住宅とオフィスビルの現場が本格化し、スタッフとの密なコミュニケーションが必要だと痛感していたところだったので、スタッフの作業を覗きやすい配置になったのと、窓から首都高速道路が見下ろせるのが気に入っている。渋谷駅から3分、セルリアンタワー裏の便利な場所なので、お近くにいらした際はぜひどうぞ。

と言っているそばから留守中に山崎亮さんがいらして下さったそうだ。恐るべきフットワークである。真似したいものだが、あまり真似るとますます頬が痩けるだろうから、ほどほどに飛び回りたいと思う。
fujimura

2009年03月06日

濃密なスライド出来!!

3/7(土)16:00大阪INAXシンポジウム情報はこちら
3/8(土)13:00京都スフェラトークショー情報はこちら

渋谷の某所に籠り、明日、明後日のレクチャーの準備。久しぶりにスライドを一新。

数々のイベントと重なり、動員が心配ですが、そんなことがどうでもよくなるくらい、濃密なスライドが出来ました。明日の大阪INAX the TILE spaceで発表します。

先日の「けんちくの手帖」ではLRAJ2009の報告会的な意味合いが強かったのですが、今度はこれまでRAJが展開してきた議論の「内容」を総ざらいします。そんなこと、東京でもやったことありません。

「1995年以後」とは何か、「表層と深層」とは何か、「愛と力の関係」とは何か、「工学主義」とは、「批判的工学主義」とは何か。そして、「アーキテクチャ」とは何か。きちんと整理してこなかったので、分かりづらいと批判を頂いてきましたが、諸々反省のうえ、全部解説させて頂きます。

さらにLRAJ2009で出てきた論点を踏まえ、討議を行っていきたいと思います。SPACESPACEのレクチャーも初めて聞くので、メンバー一同とても楽しみにしています。

ある意味で、LRAJのもっとも濃いところを抽出したようなイベントになるでしょう。興味のある方は明日、16:00に四ツ橋のINAX the TILE SPACEにお集まり下さい。議論の密度が濃くなると思われるので、ノート or ICレコーダ持参のこと。

京都Sferaは先日の南洋堂の続きで、メディア戦略編になるでしょう。オルタナティブ・メディアを使ってアクションを起こしたい人向けの内容になると思います。岡田栄造さんにもいろいろ伺いたいこともあるので、とても楽しみです。

ぽむ桂さんも書いて下さいましたが、今回の大阪、京都ツアーでは、TEAM ROUNDABOUTのメンバーも登場するので、いつもと違った感じになると思われます。

どちらも乞うご期待!!
fujimura

2009年03月12日

RAJ-OK tour (1) 大阪編 アーキテクチャ論の可能性:デザインとユーズの循環的な関係

7日、8日と、TEAM ROUNDABOUTのメンバーと、大阪、京都に行ってきました(OK tourと刈谷氏命名)。いつものように、議論して、議論して、議論しまくって帰ってきました。

イハツ(伊庭野大輔)のレポートは下記。
round about journal in 関西一日目(sumica 02:21:23)

2日間ずっと議論していたのに、帰りの新幹線で力尽きて一眠りして目覚めたら、イハツたちがまだ「批判的工学主義の議論はどうやったら拡大できるのか」について議論していました。マジメだなー。

大阪でも京都でも、それぞれの場所で迎えてくれた最高の仲間と、最高の議論をして、たっぷりと刺激を頂くことができました。

ユーザー性善説 (カブハウス)
訳あって、鮮度落ち (Another position)
3/7 続・手の内側 (”シコウ”の日々)
090309 / 続・手の内側 @ INAX the TILE space (yu-fli_stock)

順に振り返りたいと思います。

7日、7:00東京駅集合。行きの新幹線での議題はとりあえず「TEAM ROUNDABOUTは今後どうするべきなのか」問題。それぞれ考えていることは違う。とりあえず2010年までは続ける、と言ってきたが早いものであと1年である。会社のように頼れる組織ではないが、ただのサークルにしては開かれた存在になってきたこの活動を、解散するわけではないとしても、ひとつの区切りをつけるべきだろう。そのほか、あれこれ話しているうちに新大阪着。

昼食後、肥後橋の柳々堂へ。オーナーの松村さん親子にご挨拶。この旅行の目的として、僕たちの本が誰に、どのように届いているのかを見極めるということがある。本を実際に売って下さるのは書店の方々だから、全員でご挨拶に伺う。店内と店頭で記念撮影。

その後、ISOLATION UNITのオフィスを含むいくつかの柳原照弘さんの作品へ立ち寄ったあと、INAX the TILE spaceへ。徐々に出演者が集まり、16:00RAJ公開ディスカッション「続・手の内側」スタート。

まずはこれまでの議論の経緯、LRAJ2009「手の内側」での議論等をダイジェスト的に説明。続いてSPACESPACEの香川さん、伊藤立平さんにショートレクチャーをして頂く。その後、討議。

ここでは、LRAJ2009でも話題になった「アーキテクチャ」をめぐって議論が展開。

山崎亮さんの職能は「ランドスケープのデザイン」と呼ぶよりも、「アーキテクチャのデザインをしている」と言う。そこで「人のふるまいに関わる物理的な条件」のうち、床・壁・天井といった既存の建築的ボキャブラリを(1)「建築的なアーキテクチャ」(デザインの問題)、ファシリテーションのための物理的な設えのことを(2)「コミュニケーションのアーキテクチャ」(ユーズの問題)と分ける。

すると、柳原照弘さんのいう(1)「デザイン」と、(2)「デザインする状況をデザインする」という議論がシンクロして来る。

SPACESPACEのふたりは、「特定の形態によって、特定の活動を強制する」というよりは「誘導する」のだという。(1)と(2)の関係が一致するというよりは、特定の形態が複数の活動を誘発する(ex.弁当売り場に並ぶ人のために引かれた線が遊びのための線になる)というように、曖昧につながっているというイメージを提示。

本当にそうなのか、コミュニケーションの設計が建築的アーキテクチャを変えることがないのか、と問いかけてみる。

そこへdot architects。彼らの設計上のコミュニケーションから生まれた「超並列」という概念は、建築部位の徹底した「部分化」という形態に直結している。「コミュニケーションのアーキテクチャが建築的アーキテクチャに1対1に対応していると考えたい」と家成さん。

山崎亮さんが(1)「建築的なアーキテクチャ」と(2)「コミュニケーションのアーキテクチャ」の関係を直接的に考えられるのは住宅だからではないのか、と指摘。確かに、SPACESPACEのふたりは組織系の事務所出身で、公共プロジェクトの提案を軸にしているのに対し、dotの3人はアトリエ系の事務所出身で、住宅プロジェクトの提案を軸に議論を展開している。

本当にそうなのか。コミュニケーションと形態の関係は、規模の問題を超えられないのか。

すると山崎亮さんから「自分は常に両者を一致させたいと葛藤している」という答えが返ってきた。意外だが、これで霧が晴れたように感じた。これまで山崎さんのアプローチと僕のそれは、見た目には全く異なるがどこか接点がある、と感じてきたのだが、これで完全に一致していることが明らかになった。

この日の議論のポイントは以下の2点に集約されるのではないかと思う。

1.上流ー下流軸
デザインの上流(前提条件)からアプローチするか、下流(形態)からアプローチするか。

2.建築ーコミュニケーション軸
建築のアーキテクチャとコミュニケーションのアーキテクチャを一体に考えられないか。

1について、この日の議論では「上流から派」の山崎、柳原と、「下流から派」のSPACE、dot、つまり非建築ー建築ときれいに分かれたが、果たしてそれらはきれいに重なるものなのか。

2について、この日の議論では「ゆるやかに関係する」とするSPACEと「1対1に対応する」とするdot、つまり公共ー住宅ときれいに分かれたが、果たしてそれらはきれいに重なるものなのか。

「アーキテクチャ」という概念のもと考えられるのは、デザインというコミュニケーションの形式に、人々のコミュニケーションやアクティビティを誘発する形態を生み出す契機があり、デザインとユーズの循環的な関係が隠されているということだ。そのことが今回の議論でよく見えてきた。そのことこそは、濱野智史さんがいうようなwebの生態系から建築が学べること、あるいは建築という伝統的な社会システムが思い出すべきことなのではないか。

充実した議論で、あっという間に2時間以上が過ぎた。2007年の「建築のコンピュータライゼーションを考える」に始まり、2008年の「若手建築家のアジェンダ」、2009年の「LRAJ2009」および「けんちくの手帖」と、これまで何度も議論を重ねてきたことの蓄積を感じたが、福島から来て下さった佐藤敏宏さんから「お前しゃべり過ぎ!! 早口過ぎ!!」とダメだし。

アンケートでは「大阪で生の議論が見られた」「大阪にはこのような機会がない」という意見が多かった。東京において、議論の内容そのものが新しいシンポジウムがたくさん見られるわけではない。むしろたくさんのレクチャーがありすぎて聴講者側が受動的になっているぶんだけ温度が低いかも知れない。僕からみると、大阪は今、最も刺激的な議論をすることの出来る数少ない場所のひとつとなっている。

刺激的な仲間を見つけ、共有できる議題を見つけ、「議論の場」を設計できるかどうかは結局のところ、自分たち次第なのだのだと思う。そのことをここで再確認した。いつもこちらの議論に熱く応えて下さる大阪の皆さんに感謝したい。
fujimura

2009年03月16日

『1995年以後』ブログ・レビュー vol.2・完成版

『1995年以後』レビュー第2弾・少し時間が掛かってしまいましたが、10名全員のレビューが揃いましたので、リンクさせて頂きます。

北海道・東北、中部、近畿、中国・四国、九州・沖縄に分けて募集させて頂き、『1995年以後』をお送りして、レビューをアップして頂いたものです。

vol.1(2月22日公開)でも10名分のレビューを下記にてリンクしています。
『1995年以後』ブログ・レビュー vol.1

1.[gl weblog] from 北海道
愛にあふれた本

2.[カラー ミー ポップ !] from 宮城
さようなら、perfume

3.[champ] from 宮城 new!
「1995以後」ブックレビュー

4.[from 1986] from 愛知 new!
『1995年以後』review@nagoya_#1

5.[yokasの日記] from 長野 new!
都市と建築を語る

6.[いつか、一緒に家を建てよう] from 大阪
1995年以後 ー 次世代建築家の語る現代の都市と建築 レビュー

7.[Memorandum&Diary 空間感傷。] from 大阪
1995年以後 次世代建築家の語る都市と建築レビュー(近畿より)

8.[オナカのブログ] from 広島 new!
1995年以降

9.[MG54σ] from 福岡
1995年以後レビュー_1
1995年以後レビュー_2

10.[HOSSION MASSION MUSSION PASSIOn] from 沖縄 new!
ぶっくれびゅーう゛ぉりゅーむ① 1995年以後―次世代建築家の語る現代の都市と建築

文字通り、北は北海道から南は沖縄まで!地域別にレビューを寄せて頂くことが出来ました。ご協力頂いた全国のブロガーの皆さん、ご参加頂き、どうもありがとうございました。

それぞれの視点が出ていますが、それぞれの受け止め方の違いのようなものもよくわかって勉強になります。特に、沖縄の学生からみたメディアとの距離感のようなものはすごく新鮮ですね。リンク先のブログを拝見していると、琉球大学の皆さんには熱さを感じますし、福岡周辺もブログで盛んに情報発信している印象があります。

前回のエントリでは地名とともにアップされるブログのレビューには不思議な広がりを感じることができる、と書きましたが、10名並べたときには、そういう空間的広がりとともに自分が書いたことと同世代のブロガーが書いていることを比べることもできるという、共時性も感じられます。それもなかなか面白いですね。ここからブロガー同士の交流が生まれれば面白いなと思います。

やはり本とwebとイベントは似て非なるメディアですね。本を出して、そのことがよくわかりました。ここから学んだことを、次の機会に活かしたいと思います。

そして番外編。今回の企画とは別に、自主的にレビューを上げて下さっている方がいるのでご紹介します。

[中2階から] from 東京 new!
『1995年以後』世代の建築家は世界をいかに切り開くか?

[カブハウス] from 大阪 new!
『1995年以降』(藤村龍至 / TEAM ROUNDABOUT 編著 エクスナレッジ刊)

それにしても、「1995年以降」でアップしている人が多い。
この方も「以降」だと思っていたようです。

[だから構造家は楽しい] from 京都
『1995年以後』でした

わかりづらかったかな・・・。

ほんまに、かんにんえ!
fujimura

2009年03月19日

RAJ-OK tour (2) 京都編 日常的/工学的/批判的

8日は京都へ。その前に宿泊先の中之島近辺で建築ツアー。まずは大阪国際会議場(黒川紀章)へ。メガストラクチャー建築である。

時間がなかったのでエレベータとエスカレータでささっと見て回っただけだが、プロポーションが決定的にダサイ、ディテールがぜんぶ標準的でつまらない、内部で構造を感じられないのは面白くないなどと悪態をつきつつも、「建築の内部をトラックが走り回る」という工学的想像力にあふれたスケール感はやはりダントツに面白い。

この前事務所でオープンデスクの学生に初めて買った新建築(1993年7月号 表紙:梅田スカイビル)の話をしていて、「1995年以前」の建築は今と全然違うなあと思った。「1995年」直前の建築と言えば「梅田」と「関西空港ターミナルビル」(新建築 1994年8月号 )で、どちらもエンジニアリングの結晶。当時、関空の屋根のカーブがオープン・エアダクトの気流のラインから決められていて、照明の反射板を兼ねていると聞いて、高校生ながらに感動した記憶がある。

その後、なんとなく「工学」とか、その位置づけ方のモードが変わったのだ。メタボリズムー社会工学世代から野武士ー都市からの撤退世代へ。建築家の作風の問題というよりも、社会の構造の質的な変化による建築家の立ち位置の変化である。大御所がメガストラクチャーを駆使し、若手が文学的レトリックを駆使し、なんとなく棲み分けられていたあの頃の陰鬱な気分を、伊東豊雄やSANAA、アトリエワンやみかんぐみなどが打ち破って行ったように思う。

でも今思えば、文学的想像力やレトリックが言葉から物質のレベルに移行して、工学的想像力の方が複雑化して見えなくなって行っただけなのかも知れない。この構図を打破しなければ、新しい建築のモードは見えないのではないか。

・・・そんなことを考えていたら、川の向こうにきれいなファサードのビルが見えた。イハツから「中之島ダイビル」(日建設計, 2009)だと教えてもらう。周囲のビルに比べて明らかに繊細な立ち姿は、工学的想像力の現在形かも知れない。

マシツマに案内してもらった朝日放送(隈研吾+NTT-F, 2008)の本社は、いかにも「アトリエ」的な再生木材の市松模様のファサードと「組織」的な金属パネルの対比が何とも現代的で面白い。再生木材で全体を覆ったら面白くなく、部分的に、しかもバラバラに覆っているこのバランスに、社会的なリアリティを感じる。

京阪電車の中之島新線からの快速急行で京都へ。ところがこの電車、「快速急行」とは名ばかりで、守口市とか、枚方市とか、やたら停車駅が多い。阪急電車の特急が震災後に岡本や夙川に停車するようになった時にも驚いたが、今は都市間特急がスピード競争していた時代は終わりを告げ、途中駅から客を拾い、大阪、京都へ「上る」郊外型のそれへと、変容してしまったのだ。

つまり、この「快速急行」という煮え切らない電車は社会と都市の構造の質的な変化を象徴しており、明らかに「1995年以後」のパラダイムなのである。

・・・と隣にいたイハツに力説していたら「テッチャン話」と要約される

11:30過ぎ、Sfera着。岡田栄造さん、スタッフの皆さんとご挨拶し、セッティング。

13:00、岡田さんの司会でレクチャー開始。

4号 (岡田栄造のデザイン日誌)
時系列で (ブログまでブログ)
デザインの部屋8 「TEAM ROUNDABOUT×岡田栄造」へ(エルマガジン社スタッフブログ)
愛と力(HASH BLOG)

前半はTEAM ROUNDABOUT JOURNALができるまで。
マシツマの日記(STUDIO LITHIUM diary)で振り返っておきましょう。

(1)2002年、藤村と山崎でround about journal(このサイト)がスタート。
(2)2005年6月頃、藤村、藤井、松島、本瀬が終電で会うようになり
(3)伊庭野も加わり深夜に勉強会開始。「全力ゼミ」と名付けられ、次第にレジュメを持ち寄って集まるようになる。
(4)勉強会の成果としてフリペを作ろうという構想が沸き上がる。
(5)2006年末、藤村事務所の忘年会に刈谷が遊びに来たことをきっかけに本格的に作業開始。roundabout journalと全力ゼミを合併し、TEAM ROUNDABOUTが結成される。
(6)2007年3月、ROUNDABOUT JOURNAL vol.1+2の配布が開始される。

振り返ってみると、松島たちのグループに僕が乱入し、刈谷さんや山崎さんを巻き込んだという流れですね。仕事の終わった後、夜間や休日に、部活のように続けてきました。ちょうど就職するかしないかの頃だったので、大学院で議論していることと、社会で向かい合うことのギャップが自然と議論の的になっていきました。

岡田さんから「なぜ続けられたのか」と問いつめられる。メンバーでいろいろ話をさせて頂くが、最終的に以下の3点に集約されるのではないかと思う。

1.日常的であること
「お勉強会」にしない。日常的な関心について議論する。
ex. アトリエと組織、理論と実践の関係について議論したことが
「批判的工学主義」に繋がったように、いつも考えていることを議論する。

2.工学的であること
インフォーマルにしない。集まりは定例化し、
作成するメディアもなるべく形式的、計画的、論理的に作成する。
ex. レジュメの作成、段取り表の作成、コンセプト重視のレイアウト

3.批判的であること
慣例化しない。内部批判者の意見を尊重し、活動を常に改善する。
ex. 形式重視のvol.1+2をコンテンツ重視にシフトするため、あえてオーソドックスにした。

後半は狙い通り(?)岡田栄造さんへの逆インタビュー。
岡田さんがなぜdezain.netをやるのか、質問攻めに。

その目的は?
可能性は?
展望は?

いろいろお答え頂きながら、議論をしていると、
自分たちの活動もよく分かり、刺激的。
どんどん掘り下げる。

途中で答えながら汗をかいている岡田さんをみて、
初めて質問攻めにしている自分たちに気がつき我に返る。
すみません。

でも面白かったです。

その後、満田さんと森田さんに今日のイベントと『1995年以後』についてコメントを頂く。

満田さんからは「今日初めてRAJのこれまでの経緯を知ることができたが、途中から言説を知った人も多いので、フォローを忘れないように」というアドバイスも。確かに今までは自分たちのペースで発信してきてしまったが、多くの人を巻き込んで議論を展開している以上、今までの議論を一度整理し、開いていく必要があった。今回、「デザインの部屋」でその機会を頂けたのはありがたい。

後日、満田さんからはとても熱い支持表明がありました。

僕は藤村龍至という男を支持する

「支持する」という立場を、ストレートに言葉にして、かつ公に表明するということは並大抵のことではありません。

こちらの執拗な問いかけに対し、ブログでは厳しいコメントを頂くこともありましたが、メールでは熱い返信を下さったりと、ずっと真摯にボールを返して下さっていました。こちらの思いが伝わって嬉しく思うと同時に、「支持する」と表明して下さった気持ちに応えなくてはと思うと、より一層気合いを入れなければと背筋が伸びる思いです。

誰かが主義を主張して、それについて継続的に議論を繰り返して問題を共有し、支持や不支持を表明する。とても古典的かも知れないけれど、真っ当な言論のあり方なのではないだろうか。

最後は質疑応答。

Q. 団地マニアのブームのように、仕掛け方で大きな影響を与えることについては?

RAJ vol.3のとき、全国から配布協力者を募集したら、東京からはほとんど応募がなく、地方から瞬時に反応があった。それだけ地方には真剣に議論の場をつくりたいと思っている人が多いということ。

だからvol.8では地方をベースにする人々と議論を展開するというコンセプトにした。趣味の共同体の拡大に留まるよりも、小さくても社会的な問いかけをして、議論のネットワークを増やしていきたい。

Q. TEAM ROUNDABOUTの今後の展開は?

松島「アーキグラムみたいにビジュアルイメージを出したい」
藤井「物理的なメディアの可能性を試したい」
伊庭野「部活と勉強の両立みたいなもの。メリットが無くなるまで続ける」
刈谷「ライブ感が面白いのでその可能性につきあいたい」
山崎「『建築ジャーナリズム』を復活させたい」

僕は「このメンバーでいつか政治にコミットしていきたい。」と答える。

フリーペーパーを作って議論をして、そこで培った問題意識やスキルは、最終的に社会のコアな部分で活かすべきだと考えている。そういう社会的な意思を持たなければ、単に「若手で盛り上がった」という話になってしまうからである。

ある質問に対する答えで岡田さんが「つくる人の言葉しか信用されないのは問題だ」とおっしゃっていた。LRAJ2009でmosakiの田中さんとも少し議論になったが、デザイナーが送り手側、メディアが受け手側と棲み分けるのはおかしい。ともに信念を持って社会に問いかけていく職業なのだから、同じ立場で社会に問いかけていくべき。その意味で「デザイナーはジャーナリストたれ」「ジャーナリストはデザイナーたれ」と言う必要があるのではないか。

ここまで議論を進めてきて、岡田さんがアカデミズム、ジャーナリズム、コマーシャリズムの領域で活動を展開されていることも、RAJでデザイナーが「ジャーナル」をつくろうとすることも、その意味が理解されたような気がした。RAJの活動の総括を超えて、デザインと社会の関係、デザイナーとメディアの関係、批評とは何か、議論することができ、私たちにとってもとても有意義な時間となった。

今回の議論は大阪、京都とも、とても盛り上がったので、早速東工大の後輩諸兄にお願いして、文字を起こしてもらいました(協力してくれた皆さん、どうもありがとう!)。京都編は岡田さんに質問攻めにした部分を中心にvol.8(2009年3月末発行予定)に掲載したいと考えています。

その後、スフェラの皆さんと集合写真を撮り、関係者で打ち上げ。満田さんがセッティングして下さったお好み焼き屋「竹」にて。京都らしい、濃密な空間で会話も弾む(ex. イハツのレーシック手術話、ゴルフ話etc...)。ひさしぶりにみ江さんにも再会できて嬉しかった。佐藤敏宏さんも思い切ってお誘いしてよかった。

20:30頃、皆さんに見送って頂き、一同帰路につく。タクシーのなかで、心地よい疲労感と感謝の気持ちに包まれる。ブログと終電で始まった小さな活動から徐々に交流が生まれ、問題意識を共有できる方々に出会えたということが、単純に嬉しい。またいつか、メンバーで皆さんに会いにいきたいと思う。

お世話になった大阪、京都の皆さん、貴重な経験をさせて頂き、本当に感謝しています。
fujimura

2009年03月27日

google的建築家像は可能か

当日の告知となりますが、今日、京都のmediashopでレクチャーをさせて頂くことになっていますのでご案内致します。

openlab.×Querycruise 藤村龍至講演会「google的建築家像は可能か」

シンポジウムの枕で話すとか、ROUNDABOUT JOURNALのことを話すとか、司会をするとかはありましたが、単独レクチャーは久しぶりです。大学では時々レクチャーさせて頂きましたが、大学以外では2008年8月仙台のハウスレクチャー以来ですね。

先日の「デザインの部屋」はメディア論的な内容だったので、今回は単独レクチャーらしく、理論>方法論>実践とじっくりお話しできればと思っています。

ちょうど今、『思想地図』vol.3用に同名の原稿を書かせて頂いているんですが、なかなか終わりません。でも、そろそろ大詰めです。レクチャーの議論にも反映されると思います。

『思想地図』といえば、vol.2でも刺激的な論考を書かれている濱野智史さん、西田亮介さんが僕のことについて言及してくれています。

ICC メタバースプロジェクト vol.1 濱野智史 「メタバースのアーキテクチャ」
西田亮介「アーキテクチャをめぐる、思考と実践のインタラクション」

1月28日の東工大シンポジウムでは東浩紀さんが磯崎新さんに藤村龍至のことを解説しているという不思議な光景が展開されていましたが、久しぶりにアレグザンダーと磯崎新を読み直すきっかけになりました。そのことについても今後考えていきたいと思います。

28日は近畿大学にて学生ワークショップ「建築×合宿」の最終講評会です。谷尻誠さんとご一緒します。学生の皆さんからもらったテーマは「革命」。

谷尻さんと、「革命」というテーマにふさわしく革命的(?)な課題を出したところ、中間講評を担当した柳原照弘君から「学生の作品見る前から議論させないで下さい!」と電話がありました(笑)。学生の皆さんも試行錯誤されているようですが、エスキースを担当されたdot architectsの家成さんと電話で話したところ、だんだんと課題を理解してきている、とのこと。中間講評、エスキースを担当された講師の皆さんが課題に協力して下さっていて、とても感謝しています。

課題のコンセプトは京都でのレクチャーと連続します。どのような作品が出来上がっているか、とても楽しみです。
fujimura

2009年03月29日

関西で「設計とは何か」について考える

27日、8:00house H現場。その後渋谷の事務所に戻り、資料をチェックして、すぐ飛び出して地下鉄に乗り、刈谷と待ち合わせて11:00打ち合わせ@清澄白河。13:30project KOH現場定例@半蔵門。終了後、15:50東京発の新幹線に飛び乗る。車内で『思想地図』の原稿仕上げ。あと一息。京都に着き、三条京阪に移動し、鴨川沿いのスタバにてレクチャーのスライドを仕込む。

19:30mediashop着。定員30名と聞いていたが、思ったより広い。店長の斎藤さんにご挨拶し、20:00レクチャー開始。

この日は久しぶりに60分のフルセット(シンポジウム用の15分セット、講評会用の30分セット、単独レクチャー用の60分セットがある)。「検索的」「工学的」をキーワードに「BUILDING K」から「批判的工学主義」まで、一気に話す。

1.理論「批判的工学主義」
2.方法論「超線形設計プロセス論」
3.実践「BUILDING K」

少々文字の多いセットになってしまったが、さすが日頃勉強会を粛々と進めているRADらしく、質問がいろいろ出る。

岡田さんからは「『運動』と言っても、結局『スタイル』に回収されてしまうのでは」と(ややクールに)質問を頂くが、「モダニズムという運動がインターナショナルスタイルとして消費されたのは事実だが、モダニズムという運動を興した側に立つべき」と(頑張って)反論。

openlab.×Querycruise 藤村龍至講演会「google的建築家像は可能か」(ブログまでブログ)
google的建築家像は可能か(3216)
文章を書こう(Diagonal runs)
シコウの日々

22:00過ぎ、レクチャー終了。すぐ下の飲み屋で打ち上げ。職人の皆さん、チーム京都(山崎さん命名)の皆さんと話した後、学生諸兄と議論。話していたら、たまたま隣で京大宗本研の学生が打ち上げをしていて数人が乱入(?)してきたので一緒に議論。「藤村さんの本とか読んだことないんですけど、今日話してみて面白かったんで、これから読んで勉強します。」と言っていた。京大生はなかなか生意気な感じがいいですね。

素晴らしい議論の場を提供してくれたRADの川勝君、榊原君を始め、いつも厳しく、暖かい京都の皆さんに感謝したい。3:00終了。

28日、山崎家で目覚める。10::00京阪電車で大阪へ。近畿大学で行われている「建築×合宿」へ。

講評会は、谷尻さんと僕のレクチャーからスタート。その後、講評開始。谷尻さんとご一緒するのはかれこれ3回目なので、コンビネーションはばっちり。

テーマは「住宅を超える」。参加者は15大学から70名近く。5人くらいずつで、全部で14班もある。僕は主に設計プロセスを問い、谷尻さんが主に「それはどんな提案になっているのか」と建築としての批評性を厳しく問う。

初日に「課題」としてA4用紙2枚に書かれた「超線形設計プロセス」のマニュアルを配ったのだが、文字だけで説明が足りるわけもなく、学生たちを随分と混乱させたらしい。しかし、25日に行われた中間講評の講師の先生方(柳原照弘さん、松岡聡さんほか)が丁寧に解題して下さり、翌26日のエスキースチェックの講師の先生方(dot architects, 木村松本の皆さん)がしっかり展開して下さって、当初は訳がわからないと言っていた学生たちも、次第に理解し、どんどん発展させていった。とてもきれいにプロセスを提示してくれているグループもあって、こちらの意図がきちんと伝わったことを実感し、素晴らしい跳躍を見せたグループもあった。

今回わかったことは、超線形プロセスの原則は(1)ジャンプするな、(2)想像するな、(3)後戻りするな、だが、設計をうまく進めるためには、コツのようなものの説明が必要だということ。

そのコツとは(1')仮説的であいまいな型を設定すること(2')プロセスのなかでイメージを膨らせること(3')細かなフィードバックを繰り返して形とコンテクストの間に動的な関係を築くことが重要だということである。(1)と(1')、(2)と(2')、(3)と(3')が互いに対応し、相補的に働く。

これらはデザイナーの「勘」のようなものだが、今回学生の皆さんに課題を出してみて、そのことをどう説明すればいいのかがよくわかった。今回の「建築×合宿」により、「設計」行為のより正確な定義に近づいた。それが最大の成果である。

「超線形設計プロセス」は特殊な方法論に見えるが、デザイナーの暗黙知を形式知化しようとするという意図のもと設計されている方法論である。面的に広がる可能性を線的に切り取っていることや、段階毎に模型にして形態を保存することは、建築デザインの「かたちで思考する」という特徴を形式化したに過ぎない。

少々うまくいかなかった班もあったが、それらは例外なく面的に展開したり、保存を怠ったり、敷地をつくらなかったりと、方法論から外れていた班であった。方法論とは、徹底すればするほど案が進化するし、手を抜くとすぐにクオリティが下がる。そういう意味では、成功した班より失敗した班のほうが方法論の可能性を逆照射してくれることが多い。

今回、学生の皆さんと考えたことは、「こういうプログラミングを行えば複雑な設計を得られる」という設計作業のフィールドワークのようなものだったのだと思う。1,2回生には少々酷だったかも知れないが、意外なくらい皆がついてきたし、いろんな感想や意見をもらうことがができた。やはり対等に接して議論するという姿勢が重要だと改めて感じた。

彼らにとって「設計とは何か」を考える、強烈な経験になっただろうと思う。最後まであきらめずに参加してくれた学生の皆さんに感謝したい。

「スタイルをコピーするな!」と怒るばっかりの先生はたくさんいる。しかし、「設計とは何か」について、根本的に考えたり、議論したりする機会はなかなかないのではないだろうか。この議論の真価は、今年この合宿に参加した学生たちが数年後に証明してくれるだろう。関西圏の学生たちのさらなる盛り上がりに期待したい。

それにしても、この巨大な集団を集め、合宿させるという困難な企画を、学生メンバーだけで自主的に運営しているのは驚異的だ。昨年までに合宿に参加したOB, OGたちが後輩のためにサポートしている姿勢もいい。自分たちで議論の場をつくろうと頑張っている関西地区の学生の盛り上がりを、メディアを鵜呑みにしている諸兄も、学校がつまらないと嘆いているだけの諸兄も見習うべきではないか。

その後集団で移動し、布施の居酒屋で打ち上げ。大宴会場での乾杯は壮観だ。学生たちは「難しかったけど、勉強になりました!」と口を揃える。UBCのときと一緒だ。「ずっと心配だった」という柳原照弘君が「全員が納得していたので驚いた」と言っていたが、試行錯誤を経て、彼らなりにこちらが伝えたいことを理解してくれたのだろうと思う。

学生たちと別れ、心斎橋に移動。アーキフォーラム組と合流する。この日は長坂常さんのレクチャー。聞きたかった。3:00まで話す。後半は少々もうろうと。

議論して、飲んで、議論して、という時間は楽しい。時々ふと何歳くらいまでこうした時間を過ごせるのだろうと不安になるが、高い志を持ち、それを共有しようとする仲間がいる限りは、こうした時間を失わずにいることが出来るだろう。2月の「けんちくの手帖」以来の関西行脚はこれにて一旦区切りがつくが、またそのうち来たいと思う。
fujimura

2009年04月09日

Starting Over

ずっと取り組んでいた『思想地図』vol.3用の原稿がほぼ収束。16,000字は人生最長の作文で四苦八苦してしまいました。気がつけば桜が満開。新しい季節の始まりです。

いくつかニュースです。

1. dot architects の個展始まりました。

ドット・アーキテクツ展「超並列」(建築浴のすすめ)
dot architects 展「超並列」@プリズミックギャラリー(sumica 02:21:23)

『1995年以後』でのインタビューやLRAJ2009をはじめ、数々のイベントで議論させてもらっているdot architectsの始めての個展です。進行中の「住宅00」、そのコンセプト・モデルである「超並列模型」、敷地の環境を映したムービー、の展示が文字通り「並列」されています。

オープニングで、「都市は超並列なのではないか」と大マジメに語っている家成さんに「そりゃそうだ」と思わずツッコミ入れたくなってしまったが、都市の都市性を形式知にしようとし(住宅00)、それをもう一度暗黙知化(超並列模型、都市)するという思考のモデルを、きちんと方法論のレベルで提出しているところが彼らの批評性であると思う。その意味でdot architectsは、クリストファー・アレグザンダーの『時を超えた建設の道』を継承していると言えるのではないか。

彼らの方法論がフィジカルに成立し、都市の建築たり得るのか。web的な想像力のなかでは自然に感じられる「超並列」というコンセプトも、フィジカルな空間ではアレグザンダーのごとく夢から醒めてしまうのか。彼らの挑戦は始まったばかりだが、ある方法論が異様な質を湛えた建築を生み出していることにとても共感する。5月17日まで。

2.非常勤講師 @ 理科大、首都大、日本女子大

今年から東京理科大学に加え、首都大学東京、日本女子大学で非常勤講師をさせて頂くことになりました。理科大(4年)、首都大(3年)は前期、日本女子大(3年)は後期です。

前期の課題をようやく提出しました。大阪のワークショップで得たことをフィードバックし、新しいスタイルの設計スタジオを展開したいと思っています。

大阪のワークショップで感想を書いてくれている人がいました。
建築合宿09(ケンチククラブ)

なかなか臨場感ありますね。ある原理について、皆で考えていくという経験はなかなか濃密なものがありました。彼らが今後、それぞれの大学に戻ってどういう展開を見せるのか、楽しみにしています。

3.『1995年以後』について

佐藤敏宏さん、西田亮介さんが私たちの活動について言及して下さっています。

斎藤歩に聞く(佐藤敏宏さんHP)その1
若手建築家はいま何を考えるのか(Tipping Point Blog)

佐藤さんによる斎藤さんインタビューは「建築あそび」LRAJ2009について『1995年以後』について、建築系ラジオ、10+1データベースへと話が展開します。斎藤さんの語り口がクールなので自分たちのことを書かれている気がせず、客観的に読めました。

西田さんのエントリからは「島宇宙の外から」の視点を知ることができます。佐藤さんと西田さんはIT+コミュニティという共通点がありますね。

売り上げの方は好調、おかげさまで南洋堂3月ランキングで3位(店頭1位)だそうです。ありがとうございます。

4.対談、インタビュー始まる

6日、日建設計山梨知彦さんと対談。昨年のシンポジウム、RAJ vol.8インタビューに続いて、お話しさせて頂くのは3度目。フレームを共有しているので、どんどん議論が深まっていく。短い間に同じ方と議論を重ねるのは効果的だなと感じます。

この日はBIM (Building Information Modeling) について、実際に活用している実務家に若手建築家がその可能性を問う、という企画。最初、電話がかかってきたときにはBIMのことはほとんど何も知らなかったのですが、その可能性を知るにつれて、自分たちのやっていることとかなり深く関わっているという実感を得ました。「超線形設計プロセス」がやろうとしていることはローテク版BIMと言えるし、そのめざすところは、批判的工学主義の方法論であると言えるのではないか。

9日はBUILDING Kにて建築学会斎藤公男さん、10日は新宿ジュンク堂にて難波和彦さんとお会いする予定。10日は難波さんの『建築の4層構造』と『1995年以後』をクロスさせる試み。既に満員御礼、立ち見も満席だそうで、今から楽しみです。
fujimura

2009年04月14日

ROUNDABOUT JOURNAL vol.8 coming soon!!

首都大、理科大で出題完了。早速議論が起こっているようです。

藤村龍至ショートレクチャー

最初はできるだけ何も考えず、プレーンでニュートラルな形態から始めるのがコツ。カタチをどんどんアウトプットしながらイメージを膨らませていくようにして、最初は機械のように無心で作業してもらえればと思う。

新しいスポーツみたいなもので、運動神経がよくて飲み込みがいい人もいれば悪い人もいる。最初は多少混乱するかもしれないが、逃げずに練習=スタディを繰り返して頂きたい。だんだん面白くなっていきますよ。

10日、現場定例のあと、新宿へ。18:00過ぎ、ジュンク堂へ。難波さんも到着。

難波和彦×藤村龍至トークセッション @ジュンク堂 新宿店(BUILDING M日記)
難波和彦×藤村龍至トークセッション(阪根タイガース)
1970/1995(Architectural Creation Garage)

この日のキーワードは「工学」。ひとつは工学と社会の関係、もうひとつは工学と建築の関係。社会工学+メタボリズムの破綻した「1970年」以後と情報化+郊外化の始まった「1995年」以後の状況を比較し、意匠論における「工学」の可能性を確認するという内容。

難波さん自身が「アトリエ建築家とハウスメーカーの間」と位置づける「箱の家」の立ち位置は「批判的工学主義」的だし、安藤忠雄的に「反復」的に作品を発表するシリーズ型の作品像は思考を外部化してフィードバック・ループを構築する「超線形設計プロセス論」的なので、様々なポイントで議論は交差した。

キーワードのひとつは「変数」。読み込みを増やすことはできるか。変数を減らさずに「統合」することはできるかと執拗に問いかけると、難波さんはポール・ヴァレリーを例に出して「いやぁ、若いね!自分も40歳まではそうだった」とコメント。ここがこの日の最大の対立点ではないかと思う。

この討議の内容は『建築雑誌』6月号、および10+1 websiteにて原稿が掲載される予定。ちょうど昨日、文字起こしが上がってきましたが、刺激的な原稿になりそうです。

終了後、松川昌平さんと斎藤歩さんと一緒に反省会。朝まで。

11日、百年記念館に塚本研のOBOGが集まり同窓会。昨年立ち上げられた際は仕切りをやらせてもらったが、今年は4期の仕切りでスタート。まずは恒例のつかもと師レクチャー。その後1期のメンバーが壇上に上がり、シンポジウム(?)。

この集まりの名前を決めるコーナーでは「百年ゼミ」と「ツカパー!」が候補に。つかもと師のジャッジで、前者が正式名称、後者が通称に採用。

その後、研究室に戻って2次会。はせがわと、後輩のう作とつかもと師に絡んでいると、議論は次第にマジモードになり、気がつくと全員参加(!)。

これまでも部分的に議論が盛り上がることはあるけれども、あくまで議論好きな一部のメンバーが発言しているだけだった。でも、この日は全員が参加して一体感。こんな状況は初めてではなかろうか。ちょっと感動。

名古屋の卒業設計イベントで会った森田恭平さんから連絡があり、来社。『1995年以後』を読んでインタビューがしたくなったとのこと。批判的工学主義や、建築家が言説を生産することの意味などについて1時間少々話す。

森田君のサイトで近々公開されるようですが、我々の活動に刺激を受けて行動に移す人が出て来ているのは嬉しいですね。刺激が足りない、と嘆いているばかりの諸兄も行動しましょう。新学期ですしね。

その他、『1995年以後』についていろいろ興味深い言及がありました。

1995年以後(AtsuyositeBlog)
建築家の話を読むのが好き という話(majime-note)
藤村龍至×藤本壮介 建築か社会か(kuro-nicle -chronicle-)
藤村龍至+TEAM ROUNDABOUT 役割の補完(kuro-nicle -chronicle-)
字引的書物(白線分析)

また、東浩紀さんからコメントがありました。

社会学者?(東浩紀の渦状言論 はてな避難版)

『思想地図 vol.3』に掲載予定の論考は、「批判的工学主義」や「超線形設計プロセス論」について、現時点で最も詳細にまとまったものになりました。貴重な機会を頂き感謝しております。また、『建築雑誌』6月号で掲載予定の「続・『批判的工学主義』特集」で東さんにもご寄稿頂きました。

難波さんにも「社会学者の動きに過敏に反応し過ぎ」とご指摘を頂いたので、僕の話し方が少し無批判に響いてしまっているのかも知れないのですが、東さんが書いていらっしゃるような「東浩紀=社会学者」という誤解も含め、一般的に建築関係の人は同世代の異分野の動きに鈍感かもしれないですね。建築界には「1995年以前の」ポストモダニズム言説の乱用世代のトラウマが根強くあるような気がします。

僕は彼らの言説を引用するだけじゃなくて、「自動的に設計されているように見えるかもしれないけれども、工学的アプローチを徹底することによって、そこには介入する余地があると思いますよ」とメッセージを返していて、そこが重要なのです。そうすると逆に「そのアプローチはweb的だ」と再び指摘を頂いたりして、こちらの思考も動的に進化していく。この「一緒に考える」感覚は、世代の近い論客と議論することの意義だと思います。

建築家にとっては法規制や市場ニーズ、クライアントや構造家との付き合い方と一緒ですね。うまく間合いを取りながらアウトプットし、そのことの意味をよく考えて次の創作にフィードバックしていけばいいのです。これは「1995年以後の」議論のかたちではないかと。

『思想地図』原稿がようやく脱稿し、RAJ vol.8原稿もまとまってきたと思いきや、『ユリイカ』と『新建築住宅特集』から原稿依頼、レモン画翠からゲスト講評出演依頼、日刊建設工業新聞、a+uから校正依頼、『建築ノート』から取材+座談会依頼。あとぽむ桂さんから『凸と凹と』についてレビューを書きなさい、という依頼(というか指令)が来ましたよ。

あと、GWは福岡に呼んで頂いています。詳細はもうすぐ発表できると思いますが、なかなか濃密なイベントになりそうですよ。福岡周辺の皆さんは一緒に盛り上がりましょう。

ちなみに、もうすぐタブロイド版フリーペーパー『ROUNDABOUT JOURNAL vol.8』が発行されます。コンテンツは超濃密!! 巻頭から巻末まで、刺激的なインタビュー、座談会、論考の数々が続きます。神戸、広島、東京(LRAJ2009)、大阪、京都で展開した議論の数々も収録。神戸>LRAJ>大阪、と議論が次第に進化していく様子がわかります。

福岡を皮切りに配り始められると思います。連休前後にはvol.3と同様、配布協力者も人数限定で募集する予定ですので、希望者は心のご準備(?)を。
fujimura

2009年04月19日

5/2-4, デザイニング展2009 (福岡)で、3日間で5本のトークイベントに出演します!!

福岡の建築家、井手健一郎さんにお誘い頂き、下記のイベントに参戦します。3日間で5本(!)のトークショーに出ます。

*(以下、概要です。)

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デザイニング展2009 公式トークイベント
ROUNDABOUT JOURNAL × DESIGNING
" TRANSMISSION " 2009.05.02.SAT --- 05.04.MON 3DAYS/5EVENT

デザインに関わる人たちが、「今、何をデザインしようとしているのか?」
ということを伝達するためのトークイベントを3日間/5回連続で開催します。
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#001 TRANSMISSION KICK OFF
テーマ:今、何をデザインしようとしているのか?
     [ 東京/地方・メディア/ローカリティ ]
日時:2009.05.02.SAT 14:30 --- 16:30
場所:デザイニング展2009メイン会場 [ 福岡市中央区天神1.7.11 イムズB2F/イムズプラザ ]
スピーカー:井手 健一郎
      藤村 龍至
コメンテーター:松岡 恭子
モデレーター:平瀬 有人

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#002 DESIGNING STUDENTS
テーマ:風景をかえるもの
日時:2009.05.03.SUN 14:00 --- 16:10
場所:デザイニング展2009メイン会場 [ 福岡市中央区天神1.7.11 イムズB2F/イムズプラザ ]
スピーカー:学生 [ 学生展出展者/9名 ]
クリティーク:藤村 龍至
モデレーター:井手 健一郎

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#003 SOUTH JAPAN STUDENTS MEETING
テーマ: 教育と実践・社会性と作家性
日時:2009.05.03.SUN 20:00 --- 21:30
場所:TIME & STYLE WESTEND( 福岡市中央区大名1-6-21 )
スピーカー:藤村 龍至
コメンテーター:平瀬 有人
モデレーター:井手 健一郎

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#004 リノベートのはなし
テーマ:何故残すのか、何を残すのか
日時:2009.05.04.MON 14:00 --- 16:00
場所:デザイニング展2009メイン会場 [ 福岡市中央区天神1.7.11 イムズB2F/イムズプラザ ]
スピーカー:井手健一郎・斉藤昌平・貞国秀幸・野田恒雄・春口治彦・松山真介
モデレーター:藤村龍至

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#005 若手建築家のアジェンダ [ 福岡 ]
テーマ:マイ・アイデンティティ
日時:2009.05.04.MON 19:00 --- 21:00
場所:紺屋2023 屋上[ 福岡市中央区大名1.14.28.屋上 ]
料金:1500円(1ドリンク+軽食付)
スピーカー:井手健一郎・イノウエサトル・清原昌洋・相良友也・平瀬有人・二俣公一
モデレーター:藤村龍至

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参加者 [ 50音順 ]
井手 健一郎 [ 建築家/リズムデザイン一級建築士事務所 代表/DESIGNING 共同主宰 ]
www.rhythmdesign.org www.designing10.jp
イノウエサトル [ 建築家/イノウエサトル建築計画事務所 代表 ]
www.inouesatoru.jp
清原 昌洋 [ 建築家/アトリエキューブ 代表 ]
www7a.biglobe.ne.jp/~atelier-cube
斉藤 昌平 [ 建築家/株式会社 斉藤政雄建築事務所 専務取締役 ]
www.sa-o.com
相良 友也 [ 建築家/相良建築工房 代表 ]
www.sagara.e-arc.jp
貞国 秀幸 [ プロデューサー/コヤマコンセプト株式会社 取締役 ]
www.kichi-project.jp
野田 恒雄 [ 建築デザイナー/no.d+a(number of design and architecture) 代表/TRAVELERS PROJECT 主宰 ]
www.travelers-project.com
春口 治彦 [ 不動産/有限会社 ひかり生活デザイン 代表 ]
www.fpchintai.com
平瀬 有人 [ 建築家/佐賀大学理工学部都市工学科 准教授/平瀬アトリエ ]
www.yha.jp
藤村 龍至 [ 建築家/有限会社藤村龍至建築設計事務所 代表取締役/ROUND ABOUT JOURNAL 共同主宰 ]
www.ryujifujimura.jp www.round-about.org
二俣 公一 [ デザイナー/ケース・リアル株式会社 代表取締役 ]
www.casereal.com
松岡 恭子 [ 建築家/東京電機大学未来科学部建築学科 准教授/株式会社スピングラス・アーキテクツ代表取締役 ]
www.spinglass.co.jp
松山 真介 [ 建築家/株式会社 アポロ計画 代表取締役/リノベエステイト 共同主宰 ]
www.apollo-keikaku.com www.re-estate.net

*(概要以上)

それにしてもすごい。最初に井手さんの企画案を見たとき、「体力もたないのでは」「声枯れるのでは」と思いましたが、面白そうなので受けて立つ(!)ことにしました(^_^)。

まもなくリリース予定の『ROUNDABOUT JOURNAL』vol.8 では井手さんのインタビューも掲載されています。福岡の建築家の皆さんにお会いできるし、DESIGNING展は一度見てみたかったので、今から楽しみです。GW、濃密な時間を過ごしたい諸兄は福岡に集まりましょう!!

関連して、本イベントの様子をリポートしてくれるブロガーを募集する予定です。詳細は後日、本ブログで告知しますので、乞うご期待!!
fujimura

2009年04月22日

教育と創作、作家と教育者

20日、首都大へ。第1回エスキス。

建築デザイン第1回エスキス(ARCHI-BLOG)
無くしたものはいらないもの 本物は手に残る(post_tokyo)
システムは作家性を超えうるのか(The things you own end up owning you.)
藤村龍至(NEED MORE)

1週目なので、ひとりあたり1,2個模型ができていればいいな、と思っていたら平均5,6個、多い人は12個くらい作って来ていた。ものすごい盛り上がっている。祭りですねこれは。

履修者が70人(!)もいるので途中からかなり素早く進めたにも関わらず13:00開始で終了は19:00。でも全く飽きなかった。よくいる「何もできませんでした」という人や、何もないのにしゃべるだけ、という人が全くおらず、とても生産的な雰囲気。

プロセスを語り、そのなかで発見したことを語るというプレゼは彼らにとっても初めてだが、見る方も初めて。少々不安だったが、深尾先生と助教の猪熊純君がきちんと論理を見て的確な指摘をしてくれたおかげでスムースにチェックができた。

チェックの内容はなかなか発見的だった。この日はボリュームスタディだったので「ボリュームを立ち上げたら圧迫感があったので小さくしました」という人が多かったのだが、必要な要求面積(100平米前後、最低90平米)をきちんと取った人は少数で、ほとんどは80平米台。ひどい人は70平米しか取っていない人もいた。立ち上がったボリュームの分節を工夫するとか、条件のなかで建築的な想像力を膨らませられた人は少ない。条件のなかでイメージを膨らませる思考を訓練しておらず、イメージに条件を合わせようとする思考だということがよくわかる。

他方、条件が同じで方法論を統一しているにも関わらず、不思議なくらい多様性が出ているのは見ていて楽しかった。例えば、駐車の方法など限られていそうなものだが、70人いて2人だけしか採用していない配置が見つかったりする。

出題するときにもう少し強調するべきだったかも知れないが、与条件を簡単に変える学生が多いことに改めて驚いた。与条件を変えてしまっては「手を使ってサッカーをする」みたいなもの。自由なようでいて、とても不自由な思考だということをまず伝えなければならない。条件とか制約とかルールというものは自由を制限するものではなく、むしろ不自由を開放する道具なのである。

そのように考えると、エスキスは模型に現れている曖昧な個性をひとりひとり立てていく作業となる。短いやり取りで、平凡なかたちが意味のあるものになっていく。それをただ繰り返せばいいのだと思う。

だから、「君は天才だ!」とか、「お前は建築家になれない!」とかいう必要がない。僕が学生のとき、よくそういうことを言う先生がいたが、生徒のやる気と可能性を削ぐだけである。もっとふつうにコミュニケーションすればいいのだ。

エスキスしながら、そんなことを考えた。

終了後、猪熊君と食事でも、と言っているうちに、飲みますか!みたいな話になり、スタジオに残っていた学生20名前後とともに居酒屋へなだれ込む。しばらく学生と話していたが、いつものように(?)猪熊vs藤村の対決図式へ移行。やがて門脇君が藤村側に味方することで猪熊君を追い込み、学生がそれを眺めているという構図へ。

対立のポイントはいわゆる作家性の問題である。「方法論は天才を生まない」という典型的な作家主義者であるロマンチスト・猪熊氏(アトリエ派)と、「天才は勝手に方法論を超えていく。凡人を『意味のある凡人』にすることが最も重要」と主張するリアリスト・藤村(批判的工学主義者)のディベート。

さらに議論は創作と教育の関係、作家と教育者としてもスタンスの問題へ及ぶ。僕は創作も教育も、さらにいえば批評も研究も、全部一貫して考えたいと思うのに対し、猪熊君は「教育は教育、創作は創作」だという。作家としてのコンセプトと、教育者としてのコンセプトが一致していないのは思想として矛盾しているのではないか、と問いつめるが猪熊氏は「バランスが大事」などと真っ当なことを言う。それはずるいのではないか、スタンスが問われるのでは、と追い込み学生に意見を求めると、藤村批判派と擁護派が現れ、クリアなディベートとなる。

課題の最終日に飲むことはあるが、2週目に飲むというのも悪くない。緊張がほぐれ、コミュニケーションが円滑になったところで議論をすると、論点を共有することができる。

もっとも、言わせておけば「藤村さんは『批判的工学主義』とかいいながら、結局作品をつくろうとしているのではないか」とか、「難しく言い過ぎなのではないか」などとなかなか生意気(褒め言葉)なことを言うが、そういう意見が次々に出てくることはむしろ嬉しい。

考えてみると、この課題は学生にふたつのことを求めているのだと思う。まず、課題が示す方法論に対してはロールプレイとして無批判に従って欲しい。しかし、その理念に対しては常に批判的にディベートして欲しい。全員が同じ結論に向かう必要はない。むしろこの課題の提出する理論や方法論をたたき台にして、自分のスタンスを明らかにして欲しい。

当たり前のことではあるが、そういう活発なコミュニケーションを誘発する具体的な方法論を、ここでは探ろうとしているのだと思う。この課題を通じて自分の考えがクリアになれば、みんなもっと建築が好きになるのではないか。
fujimura

2009年04月23日

「デザイニング展」トークショーのレポート執筆者を公募します

先日告知させて頂いた通り、5月2日から5日まで福岡で開催される「デザイニング展2009 公式トークイベント ROUNDABOUT JOURNAL × DESIGNING " TRANSMISSION " 2009.05.02.SAT --- 05.04.MON 3DAYS/5EVENT」のレポートを執筆して頂ける方を公募します。

条件は下記のみ。

1. ブログを有していること(新規立ち上げ・匿名・ペンネーム可)
2. 期限(翌日)までにレポートを執筆し、公開できること
3. 5月2日のキックオフ・イベント(#001)に参加できること

ご協力頂いたサイトはRoundabout Journalにて一斉にリンクさせて頂きます。

募集:5名程度(定員になり次第締切)
内容:建設的な内容であれば自由です
字数:読みやすい長さであれば自由です
謝礼:恐れ入りますが、粗品の進呈をもって代えさせて頂きます

学生/社会人、建築関係/それ以外の別は問いません。
メールにて下記宛先までご応募下さい

応募先:藤村事務所「デザイニング展トークイベント」レポート執筆者募集係
nishimura*ryujifujimura.jp(*を@に置き換えて下さい)
担当:西村

福岡の若手建築家たちが生み出す、濃密な議論の場にコミットしたい、
意欲的な皆さんのご応募をお待ちしております。

学生の皆さんは、いい経験になりますよ。

ご応募お待ちしております!!


fujimura

2009年05月03日

福岡シンポジウム・ツアー開始

デザイニング展シンポジウムツアー、初日が開けました!

早速レポが上がっております。
デザイニング展/transmission セッション1(hand, made)
DESIGNING? transmission#001 KICK OFF (KA4K)
"TRANSMISSION"_1日目 (MG54σ)
デザイニング展 transmission#001 (S2)
ROUNDABOUT JOURNAL×DESIGNING展(hiroaki_imabayashi blog)
#001 transmission KICK OFF (だいたいでいいのです。)

9:30羽田発、福岡空港着。チェックイン後、デザイニング展のメイン会場である天神のIMSへ。井手健一郎さん、平瀬有人さんと合流。会場がでかい、というかデパートのアトリウム(!)。「公開処刑ですね、ガハハ」と井出さんが笑う。コメンテータの松岡恭子さんも合流し、打ち合わせ。

14:30本番スタート。オーロラビジョンにスライドが映っている。「15:00に一旦CMが入ります」って、テレビ局ですかここは。

会場が大きいと声を張らざるを得ない。駅前広場で演説する政治家になった気分である。広島では声が小さくて聞こえなかったと言われたので、頑張って話す。井手さんは声がでかい。谷尻さんも声が大きかった。社会に対する気合いのようなものを感じる。

松岡さんからは「速度」「社会性」というキーワードを頂いた。短い時間に的確なコメントを頂き、感謝。

終了後、井手さんの案内で大名地区に点在するデザイニング展の会場を回る。いろいろな場所でプロダクト・デザイナーや建築家、家具メーカーなどが工夫を凝らして展示をしている。これだけの広がりのある展示を井手さんたちがわずか3名でこなしているというのが驚きだ。

展示会場をまわりながら、同世代のデザイナーたちといろいろ話す。プロダクトの人と話すと柳原照弘君の名前がよく出る。多くの人が4日19:00から行われる「若手建築家のアジェンダ」行きますよ、と言われる。テンションの高まりを感じる。

「若手建築家のアジェンダ」会場にて、フリーペーパーROUNDABOUT JOURNAL vol.8を4日の配布を開始します。偶然ですが、今回のインタビュイーは、巻頭の山本里美さんを始め、迫慶一郎さん、井手健一郎さんと、福岡県出身者が多く集まっています。井手さんインタビューはデザイニング展の開催趣旨に通じるものになっています。お楽しみに!

今日はこのあと、14:00から再びIMSアトリウムで学生展講評会、20:00からTIME & STYLEでレクチャー+討議です。


fujimura

2009年05月04日

福岡2日目

福岡2日目終わりました。

#002 デザイニング学生展 (講評会)
デザイニング展/transmission セッション2 (hand,made)
transmission #002 レポート(空間と風景と手に届く範囲のこと)
”TRANSMISSION”_2日目vol.1(MG54σ)

#003 STUDENTS MEETING(藤村レクチャー)
デザイニング展/transmission セッション3 (hand,made)
transmission #003 レポート1/2 (空間と風景と手に届く範囲のこと)
transmission #003 レポート2/2 (空間と風景と手に届く範囲のこと)
”TRANSMISSION”_2日目vol.2(MG54σ)
#003 transmission (だいたいでいいのです。)

午前中は平瀬有人さんと待ち合わせ、九州大学西新プラザでアーキニアリング・デザイン展の九州巡回展を見る。東京でも見たが、濃密な展示であると改めて思う。

構造表現はざっくりいってタワー(高さ)、ドーム(スパン)、パビリオン(繊細さ)であることを実感する。現代社会ではそれらがタワーマンション、ショッピングモール、住宅に展開されている。「アーキニアリング・デザイン」の示す工学の技術的側面を「批判的工学主義」の社会的側面に結びつけたら面白いかも知れない。

14:00から#002デザイニング学生展レビュー。昨年のデザイニング展に参加した学生が結成したグループが大名地区に提案を行う「大名の風景を変える」プロジェクト。大きな会場にもだいぶ馴れて来た。

バッグ、みどりの日JACKという色眼鏡、地面をキャストした作品、風船を飛ばすプロジェクト、写真を剥がすと色が出て来るというモデル、大きなスカート、参加型写真展のプロジェクトなど8作品を順番に講評。

続いて「他者にどう参加させるか」「どういう行動をとらせたいか」「大名について思うこと」になどついて意見を聞く。初日に示した「東京の建築家=メディア、福岡=サイト」という図式はここでは崩れ、サイト派よりメディア派が多数を占めたことが意外だった。

また、提示されていた作品の多くが参加型で、デザイニング展のコンセプトと共振していたことは印象的だった。

#003はTIME AND STYLEに移動してSOUTH JAPAN STUDENTS MEETING。前半は藤村のレクチャー。「愛と力の関係」と題して「BUILDING K」「批判的工学主義」「超線形プロセス」に至るまでのフルコース。末廣香織さんと平瀬有人さんにコメンテータをして頂く。

末廣さんはオランダ文脈から、平瀬さんからは古谷研>スイス文脈から、「批判的工学主義」の背景になっているアーキテクチャ>オランダ文脈を批評して頂く。おふたりとも大学で教えていらっしゃるので教育の観点からも意見交換。

平瀬さんとは「せんだいメディアテークコンペ」(1995)で伊東案が勝って以降、原っぱのような曖昧な空間を旨とする「ランドスケープ型」が主流になったが、社会全体は厳密なコントロールを旨とする「アーキテクチャ型」が主流となった。後者をフォローする建築論が不在であるという認識で一致。どこへいっても提案がカフェみたいな空間ばかりになっている昨今の卒業設計の状況を見ても、古谷案の読み直しから建築批評の全体を組み立て直さなければならないだろう。

そのほか、ネクサスプロジェクトでローカル・アーキテクトをされていた井本さんより作家性や芸術と工学の関係についてコメントを頂く。オーセンティックな作家であるホールに対し、コールハースはまさに「考えるな」の人だったという。コールハース的非作家の作家性の可能性について討議する。

学生たちからは活発な質疑。二次会に移動して討議の続き。「超線形プロセスではガウディのような建築はつくれないのではないか」などと、なかなか生意気でよろしい。4:00にホテルに戻る。

今日はこれからIMSで#004「リノベートのはなし」。19:00から紺屋2023屋上で#005「若手建築家のアジェンダ」でファイナルです。

fujimura

2009年05月07日

ROUNDABOUT JOURNAL vol.8 完成!!

ついに完成しました!!

ROUNDABOUT JOURNAL vol.8
特集:マイ・アイデンティティ
私らしさを纏うために

巻頭インタビュー:山本里美 [LIMI feu]
「私らしく、日本人らしく、女性らしく」

インタビュー
五十嵐淳(北海道):「『天国』のような空間をめざして、『セオリー』を構築する」
迫慶一郎(北京):「ビジュアル・インパクトで『工学主義』的状況を一点突破する」
山梨知彦(東京):「データベース的建築家像とオープン・プロセスの可能性」
柳原照弘(大阪):「『デザインする状況』をデザインする」
井手健一郎(福岡):「『デザインすること』について考え、社会に対峙する」
岡田栄造(京都):「ジャーナリストとデザイナーの関係」

シンポジウム
1.神戸:「デザインの根拠を考える」若手建築家のアジェンダ (2008.7.10)
2.広島:「建築の前提を信じること」若手建築家のアジェンダ (2008.9.19)
3.東京:「アーキテクチャとは何か!?」LIVE ROUNDABOUT JOURNAL 2009 (2009.1.31)
4.東京:「アーキテクチャを設計する方法」LIVE ROUNDABOUT JOURNAL 2009 (2009.1.31)
5.大阪:「コミュニケーションとかたちの関係」 (2009.3.7)

テキスト
鈴木亜生:「『情動』を設計する --中村拓志『Lotus Beauty Salon』をめぐって」
山崎泰寛:「ベネチアビエンナーレ2008 観戦記 --オランダ館に発見した議論の場」

SYMPOSIAST
1:柳原照弘・市井洋右・SPACESPACE・笹岡周平・今井敬子・dot architects・山崎亮
2:小川文象・石川誠・土井一秀・谷尻誠・満田衛資
3,4:成瀬友梨+猪熊純・乾久美子・mosaki・柳原照弘・寳神尚史・dot architects・勝矢武之・山崎亮・原田真宏・長坂常・石上純也・藤本壮介・倉方俊輔・南後由和・濱野智史
5:柳原照弘・SPACESPACE・dot architects・山崎亮

今回はRAJ史上最も濃密です!! テーマはアイデンティティについて。すなわち作家性と場所性についてです。「1995年以後」「都市ビューティ革命」「愛と力の関係」と来て、「アイデンティティ」にたどり着きました。

vol.3の配布協力者をネットで募集した際、東京付近からほとんど応募がなかったかわりに、地方からはたくさんの応募がありました。その反応を見て、本当に「議論の場を設計する」必要があるのはメディア環境に恵まれた東京ではなく、地方なのだということに私たちは気がつきました。

そこで私たちはメディアと地方の関係を軸に、東京のアトリエ派以外の建築家たちと議論を展開し、作家性について、場所性について、インタビューやシンポジウムを繰り返しました。メディアを介してしか社会と関われない東京の建築家と異なり、地方にはダイレクトに社会と関わる逞しい建築家の姿がありました。最初はぎこちなかった討議も、回数を重ねていくと次第に問題が共有され、生産的な雰囲気へと空気が変化していきます。

1月に行われたLRAJ2009では、神戸や広島で得た刺激を東京へ持ち帰ろうとし、さらにそこで得た論点を3月の大阪のシンポジウムでまとめ上げようとした様子がおわかり頂けると思います。

配布は段階的に行います。入手方法については当ブログ等で順次告知していきます。乞うご期待!!
fujimura

2009年05月09日

RAJ8 INAX:GINZAほかで配布開始!!

ROUNDABOUT JOURNAL vol.8の配布が始まりました。

以下の場所で、置かせて頂いております

【東京地区】
-INAX:GINZA(5/8配布開始)
 LRAJの開催場所であり、いつもお世話になっております
 僕らにとってはホームグラウンドのような場所です
-南洋堂書店(5/8配布開始)
 2月にTRAと平塚桂さんとのトークショーをさせて頂きました
 『1995年以後』が2月売り上げ2位!! ありがとうございます
-ジュンク堂新宿店(5/10配布開始)*
 4月に難波和彦さんとのトークショーをさせて頂きました
 6階建築雑誌コーナー、7階哲学雑誌コーナー、8階デザイン雑誌コーナーで展開して頂いています

【京都地区】
-sfera archive(5/10以降配布開始)
 3月に「デザインの部屋」でお世話になりました
 同所で収録した岡田栄造さんインタビューはRAJ8に完全収録!!
-media shop(5/10以降配布開始)
 3月にレクチャー「google的建築家像は可能か」をさせて頂きました

【大阪地区】
-INAX the TILE SPACE(5/14以降配布開始)
 3月に「続・手の内側」を開催させて頂きました
 RAJ8にもその記録が完全収録!!
-柳々堂(5/11以降配布開始)
 vol.1より配布して頂いております
 3月にはTRAメンバーで訪問させて頂きました

【福岡地区】
-ジュンク堂福岡店3F建築書コーナー(5/11以降配布開始)
 デザイニング展のメイン会場IMSの隣です
 「若手建築家のアジェンダ」に来れなかった方はぜひこちらで

各箇所250部限定です。追加はありませんので、なくなり次第終了とさせて頂きます。お早めに!!

松島JPも書いていますが、ROUNDABOUT JOURNAL vol.8は、『1995年以後』と併せてお読み頂くと、面白さが倍増します。

『1995年以後』ブログ・レビュー vol.1
『1995年以後』ブログ・レビュー vol.2・完成版

東京・京都・大阪・福岡以外での配布方法は、後日お知らせします。乞うご期待!!

*お詫び ジュンク堂書店新宿店では、棚卸し等の都合上、実際の配布開始は5/10午後になったとのことです。5/10の午前中にお問い合わせいただいた方もいらっしゃったようで、大変申し訳ありません。お詫び致します。

なお、各箇所ともバックナンバーの在庫はありません。あしからずご了承下さい。
fujimura

2009年05月17日

超線形プロセス・スタジオ、快調!?に進む。

11日。首都大エスキス。12日は理科大エスキス。

首都大の方はだいぶ佳境に入ってきました。残すエスキス・チェックはあと1回。

気持ちはいつもLondon calling(post_tokyo)

(1)初回のポイントはボリューム=面積だということ。なんだそんなこと、と思うが、ボリューム=ただのカタチだと思っていた人が多く、ほとんどの人は必要な面積を全然満たしていなかった。必要な面積を取りつつ、カタチを調整してルールを発見することを教える。

(2)その次のテーマは寸法。「テーブルの高さ知ってる?」と全員にその場でテストしたら、合っていたのはわずか数名。ダイニングテーブル、キッチン、ベッドなど、エスキスしながら教えて行ったら今週はだいたい合っていた。家具の寸法だけじゃなくて、家具と家具の隙間も、特定の寸法で決まっていることを教える。

(3)次は構造。構造芯の通し方、柱の落とし方など、基本的な事柄を教える。構造芯と敷地の境界線だけでも捉えるべき情報はいろいろある。その抑え方を教えるとただの箱が、コンテクストを読み込んだ濃密なフレームへと進化する。

(4)そして今週は再び家具である。面積も押さえられ、プランニングも構造も出来た、となったら、次は家具の「向き」である。ダイニングテーブルにも、ソファーにも、キッチンにもベッドにも、あらゆる家具には「向き」がある。背にする壁もある。それを教える。

そのときに、重要になるのが「意識の向かう先」である。家具の向きは意識の向きである。「この家の中心はどこですか」と聞く。中庭だったり、リビングだったり、階段だったり、前庭だったり、人によって全く違う。「ここです」という場所に向けて、家中の家具の向きを集めて中心をつくって行く。家具も、構造も、開口も、その家のあらゆるエレメントの意味がそこで確定するだろう。

今週はここまで。次週は屋根と窓あたりが最後のチェック項目となり、おおよそ住宅の全体像が概観できるだろうか。

現段階では蓄積をもとにイマジネーションを膨らませられている人もいるし、空回りしている人もいる。履歴が可視化されるので、アイディアを積み重ねられているかどうか、設計力がはっきり出てしまうのが少々酷だが、ここは粘りどころだ。

学生諸兄はあまり焦らず、今までのように目の前の問題をただ解き、フォードバックしつつ、イマジネーションを膨らませることに集中して頂きたい。それだけでよい。

理科大はボリュームとプランニングを洗っている段階。今週は構造がトピック。床は4本の柱で支え、梁は柱の交点にあるのですよ、と教える。テーブルから1本の脚を取り、3本足で支えたような模型がある。そこにどういう力が働きますか、と聞く。

次週は大野博史氏に来てもらい、中間講評を行う予定。

fujimura

RAJ8 全コンテンツ解説+配布協力者先着20名募集

ROUNDABOUT JOURNAL vol.8、全コンテンツの解説をお届けします。

ROUNDABOUT JOURNAL vol.8
特集:マイ・アイデンティティ
私らしさを纏うために

P.1 巻頭インタビュー:山本里美 [LIMI feu]
「私らしく、日本人らしく、女性らしく」

「アイデンティティ」というテーマに対して、巻頭インタビューを誰にするか、随分考えました。リサーチを重ね、「LIMI feu」の山本里美さんに受けて頂くことができました。2007年にパリコレにデビューし、2008年パリに路面店がオープン。今とても勢いに乗っている方です。

お話を伺って、我々の直感はあまりにも当たっていることが確かめられました。拡大を続ける大手アパレルブランドの前に「生きた化石」のように服を作り続けるデザイナーズ・ブランド、という構図は組織とアトリエの対比と重なります。30代のデザイナーが今、何をなすべきか、ビジネスとクリエイションのバランス、都市や建築について、など、今回の特集で考えるべき課題が全て出てきます。単なる異分野交流ではない、まさに巻頭インタビューにふさわしい内容。

P.2 五十嵐淳(北海道)インタビュー
「『天国』のような空間をめざして、『セオリー』を構築する」

「そもそも都市について論じることに何の意味があるのか」とのっけからRAJの活動に懐疑的な五十嵐さんとの対話。「好きだからつくる、で何が悪いのか」と疑念をぶつける五十嵐さんの問題意識を、徐々にほぐそうと試行錯誤する過程が読み取れます。『1995年以後』の藤本壮介さんや、大西真貴さんらのインタビューのように、多少対立的な意見を持つ人とのディベートは、互いの主張の前提を明らかにするので、濃い議論になりますね。

P.4 迫慶一郎(北京)インタビュー
「ビジュアル・インパクトで『工学主義』的状況を一点突破する」

昨年秋の建築夜楽校「グローバル社会における建築的思考の可能性」でタワーマンションについて議論した翌々日に収録しました。都市についての興味から山本事務所へ、建外SOHOでの経験、中国の若手建築家たちについて伺いながら、迫さんの建築やメディアに対する方法論にとても肉薄した内容になっています。迫さんの対峙している状況は単なる中国固有の状況ではなく、グローバルな状況なんだということを伝える内容になっています。

P.4 山梨知彦(東京)インタビュー
「データベース的建築家像とオープン・プロセスの可能性」

山梨さんと最初にお会いしたのも、建築夜楽校「グローバル社会における建築的思考の可能性」の事前打ち合わせでした。組織とアトリエの技術の格差が決定的になりつつあり、メディアがアトリエ派の建築家ばかりをアーティストのように扱う昨今、この状況を真剣に考えないと、クリエイティブに建築を考える環境はどんどんなくなっていってしまいます。山梨さんは組織設計事務所の限界と可能性を熟慮し発言している、数少ない建築家だと思います。

圧巻は後半。オープン・プロセスとワンストップ・サービスの対立についての議論です。組織とゼネコンの対立(いわゆる専兼問題)は建築業界にとって古くて新しい問題ですが、商業主義が拡大する昨今では、設計事務所は設計プロセスを見直し、設計のあり方を考えないと設計施工に負けてしまうかも知れない。設計の情報化は「設計」という専門職を守るための、最後の切り札になるでしょうか。

P.6 柳原照弘(大阪):「『デザインする状況』をデザインする」
P.6 井手健一郎(福岡):「『デザインすること』について考え、社会に対峙する」

柳原君と井手君は、今僕がもっとも共感するデザイナー、建築家です。RAJのコンセプト「議論の場の設計」ととても近い問題意識を持っており、しかもどんどん行動していて、いつも刺激を受けています。

柳原君の発表を最初に神戸で聞いたとき、こんなにも考えの近い人がいるのか、と感動したことを思い出します。スタイリッシュで知的なコンセプトの背後にある、社会に根ざした自分の立ち位置と戦略。ここでは、彼のルーツから転機、デザインについての考え方等、じっくり読むことが出来ます。

井手君にお会いしたきっかけは、彼からのメールでした。BUILDING Kの事務所でお会いしてみてピンと来て、すぐインタビューをお願いしました。なぜデザイニング展をやろうと思ったのか、そこから学んだことは何か、今どんなことを考えているか、こんなにクリアに語れる人はなかなかいないのではないでしょうか。

全体としては、対立的な五十嵐さんから徐々に共感的な柳原君、井手君へと緩やかなこう配を描いていますね。

P.8 神戸:「デザインの根拠を考える」若手建築家のアジェンダ (2008.7.10)
P.8 広島:「建築の前提を信じること」若手建築家のアジェンダ (2008.9.19)
P.10 東京:「アーキテクチャとは何か!?」LIVE ROUNDABOUT JOURNAL 2009 (2009.1.31)
P.11 東京:「アーキテクチャを設計する方法」LIVE ROUNDABOUT JOURNAL 2009 (2009.1.31)
P.12 大阪:「コミュニケーションとかたちの関係」 (2009.3.7)

後半は各地で展開されたシンポジウムの収録です。いろいろなところを回ってみて、社会との接続の仕方が神戸、大阪はダイレクト型、東京、広島はメディア(作家)型という感触がありました。

そこでRAJは大阪組と集中的に議論を展開するという作戦に出ました。LRAJ2009では大阪から3組来てもらい、その熱が冷めないうちにもう一度討議を反復しています。神戸>LRAJ>大阪と議論を続けて来て、最後には「アーキテクチャ」の概念を手がかりに、作家性の再定義によって場所を取り戻す、という議論のフレームを獲得することができました。RAJの議論の最も進化形ではないかと思います。

P.12 岡田栄造(京都)インタビュー
「ジャーナリストとデザイナーの関係」

岡田さんの「デザインの部屋」にて、後半部分で逆インタビューさせて頂いた部分を収録。「別に『議論の場』は設計したくないんだよね」という岡田さんのスタンスを伺いつつ、後半ではRAJの将来目標について確認する場面もあります。

P.14 鈴木亜生
テキスト「『情動』を設計する --中村拓志『Lotus Beauty Salon』をめぐって」

元NAPの鈴木さんの論考。NAPの「Lotus Beauty Salon」を平田晃久の「桝屋」、乾久美子の「新八代駅前のモニュメント」と比較して論じ、形式と表層のハイブリッドを実現している同プロジェクトの特異性を論じています。あえて若手の作品に限定して論じることで、それぞれの作品の可能性の広がりが感じられるところがいいですね。最近では、そういう具体的な作品批評の場もなかなかありません。

P.14 山崎泰寛
リポート「ベネチアビエンナーレ2008 観戦記 --オランダ館に発見した議論の場」

山崎さん渾身のレポート記事。2008年のベニスビエンナーレオランダ館で繰り広げられていたのは、シンポジウムで討議された内容をその場で文字起こしし、本を発行するというどこかで聞いたようなプロジェクト「ARCHIPHOENIX」。キュレーターAna Dzokicに、なぜそのような展示をすることになったのか、メールインタビューも敢行。

P.1, 14 軍司匡寛
マンガ「私のやりたいこと、私の役割」

ご協賛を頂いているINAXの商品、SATISをモデルに、「トイレに行きたいトイレ」という設定が「やりたいことを探す私」とシンクロするという内容。LRAJ2009でも展開した「2コママンガ」と、RAJ3でも試みた「ループマンガ」という2つの形式が掛け合わされています。

さて、配布場所から遠い場所に居住されている方のために、今回も配布協力者を募集致します。

条件は下記のみ。

1. ブログを有していること(新規立ち上げ・匿名・ペンネーム可)
2. 期限(5月30日)までにレビューをアップし、公開できること
3. 配布に協力し、配布先を公開できること

ご協力頂いたサイトはRoundbout Journalにて一斉にリンクさせて頂きます。

募集:先着20名
内容:建設的な内容であれば自由です
字数:読みやすい長さであれば自由です
締切:5/22(金)22:00(定員に達し次第締切)
謝礼:恐れ入りますが、誌面の発送をもって代えさせて頂きます

学生/社会人、建築関係/それ以外の別は問いません。

下記項目記入の上、メールにて下記宛先までご応募下さい
郵便番号:
住所:
電話番号:
氏名:
予定配布先:

応募先:藤村事務所『ROUNDABOUT JOURNAL vol.8』配布協力者募集係
nishimura*ryujifujimura.jp(*を@に置き換えて下さい)
担当:西村

各応募者に50部お送りします。ご応募は学校、書店など、なるべく公的な場所で配布して下さる方が望ましいです。

ご応募お待ちしております!!

fujimura

2009年05月20日

男に二言はないプロセス

18日、首都大スタジオ(3年生)最終エスキス完了。13:00に始めて、猪熊さんと手分けしつつ、終わったら22:30であった。さすがにフラフラで帰りの京王線で終点に着いても立ち上がれないほどだったが、「プロセスがメイン」「全員が主役」とスローガンに掲げる以上、最後くらいは仕方がない。体は芯から疲れるが、講評の時間はとても充実しており、やっていて全く飽きない。

「Do NOT Think」と言っているのに、最後の方は「考えて」しまい、「考えたんですけど、違うなと思って」という学生が何人かいた。よくよく聞いていくとそうする理由は「アドバイスに従いたくない」というただの自意識でしかない。そういう学生の案は自意識が邪魔をして飛躍できていないことが多い。逆に自意識から自由になって機械的な作業に徹することが出来た人はどんどん進化している。

最終エスキスは、プロセスのログを辿り、論理手続きの矛盾点を探し当て修正しつつ、ヒストリーのなかで発見された主題を確認し、それが建築表現の中心と一致しているかどうかを確認する作業である。評価基準は(1)論理的な手続きによって得られた形態の「意味」が獲得できているか、(2)その内容は適切か、および(3)その建築的表現は的確か、の3点に集約される。

ざっと見たところ、(1)が出来ている人は1/2、(2)はさらにその1/2、(3)まで達している学生はさらにその1/2くらいという感触。

機械的、といっても成果物の方向性はほどよく分散しており、中心の取り方で5,6タイプといったところ。提出後の分析が楽しみ。

19日、理科大藤村ユニット(4年生)エスキス。構造家の大野博史さんにゲストに来てもらい、中間講評、というか構造打ち合わせ。首都大が70名近いのに対し、こちらは7名なのでじっくり出来る。ボリュームスタディで出て来た空間のイメージをもとに、構造的な検討をしてもらう。前回の打ち合わせでとりあえず構造を考えて入れてくるように指示したのだが、「柱の入れ方がわからない」と言って手が止まった学生が数名。「わからない」という学生に聞いてみると打ち合わせの内容を無視して別の内容を「考えた」り、欠席したりして論理的手続きの反復を怠ったことに原因があった。プロセスに乗って淡々と模型を作って来た人は、それをもとに議論できるのでどんどん先に進む。

検討の結果、マエダ:L字ダブル型、イマモト:コア+キャンチ型、ハリカイ:純ラーメン型、キムラ:L字コア+メジャーマイナー型、カワイ:扇ブレース型、ヨシモト:田の字型、ゲンダ:ブレース+ランダムコア型となった。バリエーションが少ないようで案外あるものである。「考えるな」と言っても、それは論理的手続きを徹底せよ、という意味で、手続きが個性を浮かび上がらせていく。それが工学的想像力、工学的作家性というものだろう。

例えば、構造形式だけでも敷地の読み方、プログラムの取り方がわかる。今回の敷地は「角地」で、「変型多角形」で、「背後は5階程度まで建て込んでいる」という特徴がある。それをどう捉えるかを考えて行くだけで、十分に個性が出る。

それにしても、基本設計でエンジニアとともに打ち合わせする時間は本当に楽しい。この時間のために建築家をやっているようなもの、と言ったら言い過ぎだろうか。理科大の学生諸兄にもこの楽しさは伝わったと思う。

終了後、くれぐれも「考えるな」と伝える。「超線形プロセス」とは、「男に二言はないプロセス」なのである。でもそれは何も特殊なのではなく、他人と意思決定を進める以上当然のことであるが、学生のほとんどはエスキスで話したことは無視しても良いと思っている。打ち合わせにメモを持参せよ、あいまいなことはその場で決めなければいけない、今日決めたことは次週きちんと踏襲しなければならないと教える。逆に言うと、建築学科の4年生が、そんなことも知らないということである。

施主とは、言われたことをやらないと怒り、言われたことしかやらないと怒る人物である。そういう人物と対話しながら設計作業を進める建築家とは、言われたことに従いつつ、想像力を膨らませる訓練をしなければならない。それを一言で言うと「線形であり、線形を超える」=超線形ということである。

去年から大学で教え始めて、建築学科の学生が、面積を満たすことを知らず、家具の寸法を知らず、構造の取り方を知らず、家具の向きを知らず、図面の描き方を知らないという事実が単純に興味深い。現状のデザイン教育がいかに構想力、表現力重視で分析力、構築力を軽視しているかがわかる。現状、面積や寸法、構造、家具、図面の描き方をどこで習うのかと言えば、実務だということになる。教育と実務の断絶はなかなか根深い。

他方、最初はだらしなかったのに、面積や構造など、より実務的な条件を与えていくにしたがって徐々にやる気を出し始めている学生もいる。「超線形プロセス」は、表現よりも分析が得意な学生はむしろ構想力を発揮できるスタイルかも知れない。そしてそのほうが複雑な課題に対して有効であることは言うまでもない。

また、学生はメディアに影響を受けているようで必要な情報がまるで伝わっていないのも興味深い。例えば首都大では誰もアトリエワンの「ハウスアサマ」(2000)を知らなかった。理科大ではSANAAの「マルチメディア工房」(1995)も知らなかった。写真を見ると思い出すらしいのだが、細かいところ、というかタイトルすらみていないようだ。

つまるところ、学生というは適当にウェブと雑誌(の画像)を流し読みし、うまくコラージュしているだけなのかも知れない。どうりで図面には洗濯物と植物しか描いていないはずだ。その果てが卒業設計でお城を作ったり手紙を読んだりしているということなのだ。自分もかつてそうだったから何とも言えないが、だからこそ改善する方法も提案できる気がする。

さしあたっては、6/1の首都大での最終講評会が楽しみである。「設計プロセスを設計する」と言っているからには、新しい講評会のスタイルを提示したい。

FLAT前代表の森田恭平君のサイト「culstu」にて、インタビューが公開されています。

藤村龍至インタビュー

森田君は3月の東海地区卒業設計展dipcolleで仕切っていた人物で、現在はロンドンに滞在中だそうです。『1995年以後』を読んで、インタビューしたくなったとのこと。興味を持って実際にインタビューに来たのは初めてだったので喜んで受けさせて頂きました。

「三河」という郊外的コンテクストで建築家は必要か、真剣に問いかけてくれました。学部生レベルでも、「批判的工学主義」も徐々に浸透していくといいですね。

ROUNDABOUT JOURNAL配布協力者、徐々に応募が集まり始めています。相変わらず北の方からの反応が少ないですが、奮ってご応募を。
fujimura

2009年05月27日

思想地図/ユリイカ/建築雑誌

『思想地図 vol.3』と『ユリイカ』がいよいよ発売されます。

NHKブックス別巻 思想地図 vol.3 特集アーキテクチャ 東浩紀 北田暁大・編
296ページ, 1300円

ユリイカ6月号 特集レム・コールハース
230ページ, 1300円

思想地図はアーキテクチャ特集。熱いです。拙稿「グーグル的建築家像をめざして」はこれまでの集大成。16000字です。理論「批判的工学主義」から方法論「超線形プロセス」に至るまで、1995年以後の状況に始まり、表層と深層、巨大建築論争、批判的工学主義、超線形プロセス、グーグル的建築家像による新しい地域主義へ、と展開しています。

RAJ>10+1>JA>建築雑誌とバージョンアップして来て、建築論のフレーム、マニフェストとしてひとつのストーリーが出来上がったのではないかと思います。批判的工学主義や超線形プロセスをじっくり批判したい方(?)はぜひ。

巻頭の1月28日の東工大シンポジウム再録はあの日の興奮が蘇りますね。途中の東浩紀さんの発言のなかで藤村への言及があります。また、RAJ vol.8のLIVE ROUNDABOUT JOURNAL 2009の総括ディスカッションはこの連続で読んで頂くと広がりが出ると思います。

ユリイカはコールハース特集。拙稿「コールハースと設計プロセス」は思想地図論文をコールハースと関係づけて再構成したもの。8000字。超線形設計プロセスを構想するきっかけのひとつ、「ネクサスワールド」の線形性と「カーサ・ダ・ムジカ」の非線形性に注目してみました。

こちらも、滝口範子さんと五十嵐太郎さんの対談のなかで言及して頂きました。

どちらも2008年から2009年にかけて議論しまくった成果を反映し、最近の思考が凝縮していると思いますが、昨年末のコールハースDVDのトークショーから話し始めた「グーグル的建築家像」がキーワードになっています。

現代建築の怪物「レム・コールハース」の実態とは?五十嵐太郎×藤村龍至

執筆に当たっては、どちらも大変苦しみました。特に前者はURBAN COMMONS展の会場で東さんにお話を頂いて以来、半年近くこの文章を考え続けて来たので、ようやく手が離れた、というのが正直な感想。貴重な機会を頂いた東さんには感謝しています。

なお、東さんのブログで編集後記が公開されています。

思想地図vol.3編集後記(東浩紀の渦状言論 はてな避難版)

東さんも言う通り、分野も年齢も異なる執筆者らが、共通の問題のもとに呼応し合っているのが素晴らしい。この感覚は「スーパーフラット」以来では。

そういえば最近久しぶりにスーパーフラット展のカタログをみたら、表紙裏に書かれた村上隆さんと東浩紀さんのサインの日付が2000.5.20でした。パルコ・ギャラリーで行われたトークショーで頂いたものですが、ちょうど今頃でしたね。僕は大学院に入ったばかり(=建築を学び始めたばかり)でした。あの一瞬は建築界も含め本当に熱かった。それも既に9年前の話ですか。

そして、これらの原稿とともに苦しんだ建築学会の機関誌『建築雑誌』6月号の担当特集がもうすぐ配送されます。特集タイトルは「検証・批判的工学主義 BUILDING Kから考える」。

まさかのBUILDING K特集です。建築雑誌(35000部)で、しかも自分で。第2特集とはいえ、単独の建築について特集が組まれるのは『建築雑誌』の長い歴史でも初めてでは、と言われております。

巻頭は難波和彦さんとの対談、続いて斎藤公男学会長への大野博史さん、鈴木悠子さんを交えたインタビュー、東浩紀さん、山梨知彦さんの論考、伊藤暁さん、萩原詩子さん、高木栄一さん、佐藤敏宏さんの多角的検証ときて、ラストは倉方俊輔さんの批評文と、大変読み応えのある内容になったと思います。

五十嵐さんより「敵をたくさん作っちゃって下さい」と激励(?)頂く。編集委員長の五十嵐さん、顧問の細野透さん始め、暖かく見守って頂いた委員の先生方には感謝しております。

ROUNDABOUT JOURNAL vol.8配布協力者、締め切りました。多数のご応募、ありがとうございました。早速配布を開始して下さっているようです。

『ROUNDABOUT JORNAL vol.8』配布中(カブハウス)
ROUNDABOUT JOURNAL vol.8 謝辞&レビュー(Torepe)

そのほか、受け取られた方はレビュー+配布場所のご案内を5月30日までにアップして下さるようお願いします。協力者以外の方も、既にレビューをアップして下さっている方もいますね。ありがとうございます。

090518 / ROUND ABOUT JOURNAL vol.8 を読んでみた(yu-fii_stock)
Round About Journal Vol.8 レビュー(deline)

配布協力者募集は締め切りましたが、INAX:GINZAはじめ、東京、京都、大阪、福岡の専門書店、大型書店では引き続き配布されています。各所ともまだ在庫はあるようですが、場所によってはそろそろ品薄になって来ているようです。手に入れたい方はお早めに。
fujimura

2009年05月30日

TVCMに「手」が登場

富士通の携帯「F-09A」のTVCMに起用して頂きました。今週から放映が始まっているそうです。

藤村の「手」がCMに登場しています(BUILDING M 日記)
TV-CM 動画(富士通 サイト)

「その手のひらは、いつも新しい」というキャッチコピーで、28歳ピアニスト、27歳WEBクリエータ、29歳パティシエ、32歳建築家、32歳農業と、いろいろな職業の人の「手」が登場し、最後に「26歳、俳優」とキャプションが出て、俳優の暎太さんが登場します。

「世の中をあっと言わせる手のひらがある」「チャレンジを止めない手のひらがある」とナレーションがあり、手のひらがクリエイションやオリジナリティの象徴として扱うというのがコンセプトのようです。どことなく、LRAJ2009のテーマである「手の内側」とリンクしていますね。

5月某日、横浜の某所でまず動画の撮影。聞くと、今回は建築家やパティシエ等、いろいろリサーチしてこの人は、と思った人を推薦し、選んで下さったそうです。実際に映像に出るのは手と年齢だけなので誰の手でも良いのでしょうが、リアリティに制作者のこだわりがあったようです。待ち時間の間、同世代のクリエータの人たちといろいろ話せて楽しかったですね。

キャッチコピー作成のため、撮影の間に担当の方から僕の仕事についてインタビューを受けましたが、事前にWEB上でのインタビュー等をかなり熱心に読んで下さったようで、ふだん僕がお話していることについていろいろ具体的にご質問頂きました。

後日、ポスター用の写真撮影の現場で、「批判的工学主義」や「超線形設計プロセス論」が数行のコピーに生まれ変わっているのを見て驚きました。『思想地図』で16000字も書いたことが、わずか20文字くらいに凝縮されるとは。これが広告的表現というものですか。

ポスターの撮影現場ではmashcomixのTAOさん(=電通マン)に遭遇。現場が暗かったこともあり、お互い最初は気がつかず、しばらくして気がついてびっくり。コピー担当の方もそうでしたが、広告の現場でも、同世代くらいの人が活躍しているんですね。

TAOさんに「『最後の晩餐』の手の感じで」とリクエストされましたが、そもそもシンポジウムの司会ですら棒読み、棒立ちの自分には難しすぎる。が、細かく指示をもらい、「いい手してますね」とか褒めてもらっているうちに次第にいろいろなポーズを取れるようになり、なんとか1時間程度で撮影が終了しました。

理論的段階のあとは広告的段階へ、なんて言ってきましたが、偶然にもいいタイミングで実際の広告の現場に参加させて頂き、マスにメッセージを伝えるということを肌で感じることができました。いい勉強をさせて頂き感謝しています。

fujimura

2009年05月31日

青木淳さんと対談/青井研と議論/東工大学生インタビュー

青木淳さんと対談させて頂きました。

青木淳さん 来訪(BUILDING M 日記)

「建築が生まれるとき」展でレビューを書かせて頂いたこともあり、一度設計プロセスについてじっくりお話させて頂きたいと思っていました。ありがたいことに、青木さんも昨年の私と西田さんの展覧会「URBAN COMMONS展」を見て下さっていたのだのだそうです。14日にBUILDING Kをご案内させて頂き、29日、対談が実現しました。

興味深い論点はたくさんありましたが、設計に対する理解やスタンスがことごとく逆でした。

例えば、僕はバラバラになりそうなアイディアをまとめ、単純な形態を複雑なものに「構築」するのが設計だと主張しているのに対し、青木さんは硬直しそうになるスキームを「破壊」して柔軟にさせることが設計だという。僕はコンペであろうともコミッションのように考えたいと思っているのに対し、青木さんはコミッションであろうとコンペのように考えたいという。僕が変数が増えれば増えるほど建築が豊かになると考えているのに対し、青木さんは変数が増えるほどポピュリズムに陥り、凡庸になると考えているという。僕が合意形成のプロセスに建築の最も重要な意味があると考えているのに対し、青木さんは見たことがないものをつくることに建築の意味を見ているという。

最初から最後まで、暗黙知と形式知の関係をめぐって議論させて頂きましたが、経験を積めば方法から自由になれるのだよ、と諭されるような場面もありました(まあ、いつものパターンですが)。難波さんのときと同じく、情報化の問題と集合知の問題を考えると必ずしも経験だけに還元できないのではないかと反論を試みる。

スリリングな議論で、あっという間に2時間以上経っていました。貴重な時間を頂いたことを感謝します。

24日、明治大学の青井哲人さんと研究室の皆さんがBUILDING Kに見学に来て下さいました。

アヒル・ヴァナキュラー・テイストといったところがキーワードでしょうか(akihito aoi’s blog)
高円寺・阿佐ヶ谷 建築巡りツアー(Architectural Creation Garage)
建築を濃くする-BUILDING Kを見学して-(青井研ブログ 石榑督和)

学生諸兄のコメントもなかなか生意気でいいですが、青井さんのコメントはとても参考になりました。

以下、引用。

お会いする前の勝手な予見はこんな感じ → 彼の師匠でもある塚本氏はドゥルーズ的、対して藤村氏はデリダ的。

塚本:現象としてのトーキョーの海に手を突っ込んでぐいと直接に強い変異体を掴み出してそれを一般解(の候補)と言い切ってみせるようなところがある
藤村:現象を生み出しているあらゆる基底的諸元を手許に並べてスタディを徹底する作業のなかから内破的にズレを導こうとしている。どことなくネガティブな回路の不可避性、手続きの自動性などがアイロニカルに言われているのではないかと思わせるところがある。

以上が先入観だそうです。以後は実際にご案内し、議論させて頂いた後の感想。

藤村さんの方法の重要なところは、設備、構造、法規、周辺環境、採算性、その他諸々の諸元にヒエラルキーを与えず、むしろそれらをレヴィ・ストロースが言う「資材」のように見ているフシがあること。つまり、疑いようのない結合を果たしてしまっている(ように見える)諸元を、いったんほどいて独立に働きうるようにしておいて(つまり色んな潜在的結びつきをもった資材性の状態へと差し戻して)、互いの組み合せの可能性をいろいろ試す。で、面白いと思うものを育てる。

「テキストから想像してたのと違ってかなり明るくて開放的」だそうです。なるほど。よく藤本壮介さんにも「顔写真が良くない」と言われますが、ナルシスティックでアイロニカルな感じに見えるわけですね。

けれどブリコラージュと違うのは、あくまで諸元のインテグレートを目指すこと。その意味でやはりエンジニア(的デザイナー)。むしろ中途半端なエンジニアリングの眠った可能性を推し拡げようとする純正モダニストでもある。

そうですね。メガストラクチャーとか、テンション構造とか、人工地盤とか大好きなので。

ところが面白いのは、出来上がったものが工学ヴァナキュラー的であること。つまりこれまで“あちら”にあずけていた諸元を可能なかぎり意識化して“こちら”へ引きずり出し、分析的に処理して再統合しているのに、出来上がりは無意識的に生み出されている周囲の風景に擬されている。これはフィニッシュだけの問題として済ませられそうになく、設計の過程で終始そういう方向付けがなされていると考えるべき。

そうですね。設計の最初期から隣のビルみたいに作ろう、という方向付けがありました。何気ない雑居ビルが一番クールだと思っていたので。

スクールの問題とも絡むが、藤村さんにはやはりヴァナキュラーの側に立つのが普遍的たりうるという思想(イデオロギー)が垣間見える(ポストモダンぽくてもこれはモダニスト的で、ある種ユートピアン的だが、それが生産的なプラグマティズムと同居しているところが藤村さんの特徴かな)。

ローコストで、効率が良くて、風景に馴染んでいる。それが濃密な建築をつくる条件になっている。それだけで十分ではないかと。「コアを表現する」とか、「細い柱を表現する」とか、建築家にとって大事でも、建築にとってはどうでもよいことである(と設計時は特にそう思っていた)。

案内を始めたときは雨でしたが、次第に晴天に。屋上で、青井研の学生たちと議論。こちらの意図が多少でも多く伝わったのであれば良かったです。

議論しながら「批判的工学主義」と「工学主義的バナキュラー」の関係がうまく伝えられていないということがよくわかりました。

1.「批判的工学主義」は建築家が社会にどういう立ち位置を取るか、という普遍的な理論。
2.「超線形プロセス」は藤村が「批判的工学主義」を全うするために実践している個人的な方法論。
3.「工学的バナキュラー」な意匠は「批判的工学主義」を全うするために藤村が適用したテイスト。

宮地が言う「もっと表現的でもいい」というのはもっともです。ビジネスとかサービスとして成立するのであれば、できるだけ表現的な方がいいとは僕も思います。

というか、誰も表現を封印するべき、などとは言っていない。むしろ、効率がいいから、コストがないからという理由で形骸化した合理主義に陥ってデコレイテッド・シェッドを量産している立場を批判し、同じ条件でもこれだけのことが出来るじゃないか、なせやらないのだ、建築の可能性を活かそうではないか、という建設的な主張をしているつもりです。

青井さんが示唆されている通り、その意思をもっと「明るく」表現するべきなのかも知れませんね。

ブログで感想を頂いた青井さん、宮地さん、石榑さん、とても勉強になりました。どうもありがとうございました。

29日夜、東工大の鎌谷、山道、坂根、乾谷が来社。卒業設計展にあわせて、フリーペーパーをつくるのだそうで、インタビューを受けました。

卒業設計を終え、それぞれ充実したM1ライフを送っている模様。初めて彼らに会ったのは彼らが学部の1年とか2年とかの頃で、随分前のような気がするが、まだM1かとも思う。

その頃は「批判的工学主義」も「超線形プロセス」も「BUILDING K」も、まるでなかった。全部一緒に作ってもらったようなもので、付き合ってくれた彼らには感謝しています。

7月に展覧会とトークイベントをやるらしいので、86世代の諸兄は期待していていいのでは。

fujimura

2009年06月04日

ROUNDABOUT JOURNAL vol.8 全国展開!!

配布協力者の皆さんのご協力を得て、各地で配布を行っています。レビュー執筆のご連絡を頂いたものを、ここにリンクし、公開致します。

ROUNDABOUT JOURNAL vol.8レビュー(Atelier Spike)

ただ一方的に情報を受け取る状況を嘆く、もしくは傍観するのではなく、主体的にその状況にコミットし環境を変えようとするTEAM ROUNDABOUTの姿勢は共感を禁じ得ないし、これからの展開を考えると期待に胸が躍る思いだ。

新潟から発信する建築サークル「Shin」のメンバー。熱いレビューをありがとうございます。ブログをベースにポータルサイトを構築してるところがユニークですね。今後の盛り上がりに期待しています。

ROUNDABOUT JOURNAL vol.8レビュー(03.コノトコロハ)

このフリーペーパーこそコミュニケーションアーキテクチャであり、公共空間的デザインを行っていて、存在意義としてとても高いと個人的に思う。まずは多くの人に立ち止まってもらい意識的に参加してもらえることを願っている。

今年4月からローカルのラジオで「建築家の仕事をもっと知ってもらう」という趣旨でインタビュー活動をされているそうです。いつか機会があればお話を伺ってみたいですね。今治市周辺のたくさんの場所で配布して下さいました。

ROUNDABOUT JOURNAL vol.8レビュー&滋賀県の配布場所(medium-small)

「方法論としてのプロセス」とは方法論であり、「「デザインする状況」のデザイン」ではなく「デザインする状況」ではないか。それは上流でも下流でもなくデザインの中流ど真ん中ではないだろうか。方法論や手法も重要な主題ではあるが、「方法論としてのプロセス」までのプロセス(「デザインの上流」のデザイン、「デザインする状況」のデザイン)に対してのアプローチも同時に考えていかなくてはならない主題であるはずである。

じっくり読んで下さっていますが、この部分には少々誤解があるのではないかと思います。恐らく、私たちやdot architects、井手健一郎さんらの言いたいことは、「方法論を提示することが『デザインする状況のデザイン』である」という認識なのではないか。単なる自分たちの手のうちの話をしているのではない、ということを伝えたいですね。

ROUNDABOUT JOURNAL vol.8 review !

最終的に自分が好きだからという建築に終結するほうが、シンプルでやりやすいってのがあるから、今すごくそういう手法が多いのだと思います。こう言う自分も含めて。だからこそ、五十嵐さんの、法規やマーケットとか社会的な環境といった日々動いていくものよりも、気候というほぼ不変に近い環境を考えるべきというお話に共感できたけど、一方で、藤村さんの言われていることもすごく気になる。

気持ちをストレートに書ける人で、説得力がありますね。ただ、最近の講演会のリアクションとかを見ていると、「五十嵐さんに共感するけれど、藤村の言うことは気になる」という程度には関心を持っている人が、考えを変えて「共感する」というレベルにまで変わっていく人もいます。もっといろいろな場所に出かけていって、きちんと講演したいですね。

『ROUNDABOUT JOURNAL vol.8 “マイ・アイデンティティ”』(カブハウス)

K:この号の中にも藤村龍至さんのそういう発言があるんやけど、“関西の建築家・デザイナーに対する共感”みたいな部分、客観的にどう思う?
A:関西に住むものとしてはうれしいけど、柳原さんや山崎亮さんやdotの家成さんなんかのある時期の議論の場を経験されてきた方々と偶然にも共通認識を持ってしまってたっていうだけかもしれんし。

柳原さんや山崎さんやdotだけが「関西」じゃねえぞ、という抗議!? 実際にそういう声もあるのだとは思いますが、それよりも新しい議論を起こし、方法論を立て、立場を表明して社会に向けてメッセージを発する彼らに共感するからこそ、耳を傾け、意見交換し、コラボレーションしていくことのほうがよっぽど重要だと感じています。

ROUNDABOUT JOURNAL vol.8 謝辞&レビュー 完成版(Torepe)

全文読んでみての感想は一言で言えば大きな渦ができていると感じたことだ。この情報化社会に逆境するかのように紙媒体のフリーペーパーが持つ力もとても大きなものに感じることができた。配る側がいて、それをもらっていく側がいる。特になにをしたでもなく、ただ配布協力者としていたのだけれどもそれでも、たった数日で無くなるのをみるとなんだかうれしく感じた。人の力、学生の力、建築の力っていうのはまだまだ想像できないほど大きなものなのかもしれない。

まるで僕らの意図を代弁してくれるかのようなレビューです。嬉しいですね。大きな渦、みんなで作っていきましょう。

今回の募集は、レビュー執筆という条件をつけたにもかかわらず、多数のご応募を頂くことが出来ました。そして、応募者の大多数が関西地区、という結果になりました。昨年から今年に掛けて議論を集中的に投下した成果!?が出ていますね。

これにてROUNDABOUT JOURNAL vol.8の公式な配布は終了となります。ご協力頂いた皆さん、どうもありがとうございました!!

fujimura

2009年06月07日

その形態を「建築」にするもの 首都大スタジオを終えて

1日、首都大学東京の授業、最終講評会がありました。

首都大学東京「建築デザイン1」最終講評会(BUILDING M 日記)

早速、ブロガー諸兄のエントリが上がっております。

住宅の設計プロセスを設計する-住宅課題・出題者=藤村龍至(ARCHI BLOG)
住宅課題−講評会・議論(ARCHI BLOG)
they're playing the song of the century(post_tokyo)

最終講評会はコンセプチュアルな授業のラストにふさわしい、コンセプチュアルな進行を考えた。

(1)作品講評は成果物を類型毎にグループ化し、比較しながら行う
(2)プロセスと形態の関係を評価し、最終成果物の良い/悪いは一切議論しない
(3)後半は全員参加の討議とする

(1)は成果物の広がりを検証することが目的。中心の取り方で「南西庭」「道路側庭」「南東庭」「西庭」「中庭」「スリット」「階段」などの類型が抽出。加えて、ボリュームの「分割」、屋根、階段等特定の部位を肥大化させた「建築要素」、中心そのものを取らない「非中心」など、10のグループが講評会前にあらかじめ抽出された。同じ類型の中ではプロセスの比較がしやすい。

(2)は講評者の参加の仕方を問うもの。通常の設計課題は往々にして、お題だけ出して/イメージのみを出させ/好き嫌いのみで評価することに終始しがち。ここでは、あくまで論理を検証するのが目的なので、最終形のあり方は設計者の価値判断の結果として尊重する。学生に対して「もっとほかにあるんじゃないか」「これでいいのか」というコメントは禁止。

(3)は後半の討議。課題はあくまで「設計プロセスの設計」なので、最終目的は設計プロセスについてそれぞれがある知見を得ること。そのために、参加者全員で、課題を振り返り、批判的に検証する。

講評会はグループ毎に講評者全員で1つだけその場で発表作品を選び、発表させ、気になった作品にコメントを残す方式。実施コンペの公開審査等でも、こういうふうに類型化してそのなかでいいものを選び最終案を競うパターンが多いが、今回の方法はそれに似ている。

個人的にお願いをして、ゲストに松川昌平さんに来て頂いた。松川さんは慶応大学と東京理科大で「関数空間 algorithmic space」をテーマにとてもコンセプチュアルな授業を展開している。慶応の授業には毎年最終講評会に呼んで頂いており、継続的に観察させて頂いている。視点や問題意識を共有しているからこそ、いい比較ができるのではないかと考えた。

前半の講評会は淡々と進む。参加して下さった青木茂さんを始め、ゲストの方々も「プロセス」を評価するというルールを徹底させて頂いたのでコメントの水準が揃い、議論の生産性が上がる。なお、パースやダイヤグラムは一切議論の対象とせず、設計プロセスの妥当性のみが審査される。

後半は、前半の講評会で出たいくかの問題を整理し、討議。各問題には提起した人の名前が付いている。

(1)深尾問題=恣意性問題「面白いという価値判断はどう扱われるのか」
(2)赤崎問題=論理性問題「建築の形態と意味を合わせて考える必要はあるのか」
(3)佐藤問題=偶然性問題「フェテッシュ(自らの嗜好)の取り入れ方をどうすべきか」
(4)永井問題=線形性問題「ジャンプ、迷走はプロセスにおいて許容されるか」

(1)は設計者の主観的な気づきはむしろ奨励される。ただし、プロセスに回収する
(2)は形式的な水準に限るわけではないが、それを中心に観察したほうが論理性そのものを表現しやすい
(3)はあってもよいが、案を拘束しないようにする
(4)もむしろ奨励されるが、ジャンプした後はその「意味」をよく考え、論理的手続きの連続として示す手腕が必要

一通り議論が巡ったところで松川さんに「今日一番議論したいことを言って下さい」というと、(いつものように)松川節が炸裂!滔々と藤村批判を繰り広げ、「学生はどう考えているのか知りたい!」と問う。本気の論争が始まる。

松川さんの批判は「超線形プロセスは『1つの可能性』しか検討していない。あらゆる可能性を検討した上で淘汰されていくのが論理的に正しいのではないか」というもの。

今回の課題は、ボリューム→内部プラン→家具→構造→家具の向き→屋根・開口と検討する順番をあらかじめ決めていた。その週で検討する水準は決まっており、一通りエスキスチェックした後でどんなことをフィードバックすればよいか、共有しながら進めた。

松川さんは例えば6つの水準で3通りずつ選択肢があるのなら、3の6乗=729通りの組み合わせがあるはずで、それを全て試し、比較しないと、正確な淘汰が起こったとは言えない!と主張する。

僕が(いつものように)「松川さんの言うことはメタフィジックスとしては正しいが、多くの可能性を試すには時間的な制約もあり、フィジカルには限界があるのではないか」と反論すると「それはコンピュータを使っていないからだ」という。

念のために補足すると、僕は松川さんの主張についてはこれまで散々議論して来たので100%理解していると自負している。僕の提唱している手段には物理的な限界があることは十二分に承知しているし、松川さんの主張は論理的に100%正しいと思っている。しかし、いくら松川さんの方法論に論理的な正しさを感じても、実務的、教育的な現実とのバランスを考えると、限界を感じてしまう。僕はそのことをずっと主張しており、これまで議論は平行線を辿ってきた。

松川さんの思考はあくまで「科学」のメタファーであり、「設計」をあくまで理論のモデルとして捉えるが、僕はあくまで「政治」のメタファーであり、「設計」を意思決定の手段として捉える。その違いが出ている。

ざっくばらんに言って意思決定は「科学的」ではなくても、合意が形成されればそれでよい。僕は、あるプロセスがどんなに恣意的に見えても、手続きがあり、様々な外部が内部化されていく批判的、検証的、分析的なプロセスさえあればそれでよい、と考える。

松川さんは「科学者として」その態度が許せないらしく、毎回同じことを批判して下さる。もうそこはいいではないか、降参しているのだから、と思うが、決して許してくれないw。

本気でディベートしている僕らを見て、学生は何かを感じ取ってくれただろうか。僕に付こうと、松川さんに付こうと、そんなことはどうでもいい。自分たちのやっていることの意味を理解し、自分ならばこう考える、と主体的に建築を捉えるようになればそれが成果である。

最後に深尾精一先生の総評。「70名の学生がひとりの脱落者も出ずに、最後まで参加した。しかも、全員が最後まで残って熱心に討議に参加している。教育方法として素晴らしい」とコメントを頂く。

「全員が」脱落せず、面積や構造、家具寸法や屋根といった建築的に必要なほぼ「全ての」エレメントを取りこぼすことなく、図面にまとめられていることはこの手法の特徴ではないかと思う。図面の精度等、表現力に個人差はもちろんある。しかし、学生たちが主体的に自分のやっていることを自分の言葉で語ることができるようになることは成果として大きい。

むろん、この課題の手法が建築の全てではない。だから、次以降の課題でこの手法を適用する必要はない。ただ、この課題を通じて、建築の問題として考えるべきことは何か、設計の作業として具体的にどんなことをしていけばいいか、より明確にイメージできるようになるとすれば、よい影響を与えるのではないだろうか。

かなり実験的な課題ではあったが、深尾先生、助教の猪熊純さんの協力もあり、期待以上の成果を得られたことをまず感謝したい。金沢から駆けつけてくれた松川さんを始め、ゲストに来て下さった青木茂さん、古澤大輔さん、門脇耕三さん、そして何よりも、毎回いつも楽しそうに盛り上がって議論に参加し、様々なことを教えてくれた参加者の学生たちに感謝したい。彼らの最終レポートを読むのが楽しみである。

6日、慶応大SFCキャンパスにて、松川さんのスタジオの中間講評会があった。今年はいつもと違い、SFCと理科大の合同である。松川さんはSFCに加え、昨年から理科大工学部でも教え始め、ともに「関数空間」の課題を出している。

今年はSFCと理科大が合同だったことで、気がついたことがあった。SFCの学生の発表を聞いていても、アルゴリズムの説明はあるが、設計プロセスのイメージがないため、イマイチピンとこないことが多かった。ところが、理科大の学生は一般的な意味での建築設計を学んでから参加しているため、設計プロセスのどの部分でアルゴリズムを使うか、という分析が可能なのである。理科大の学生がSFCの学生に比べて決して設計の完成度が高いわけでも、建築の知識やセンスに優れているわけでもないのだが、理科大の学生の発表になった途端に設計のイメージが湧いて来たのである。

理科大生の発表を聞いていると、アルゴリズムの使い方には大きく言って幾何学生成に特化した「パターン型/モヂュール型」と、所与のイメージにアルゴリズムで根拠を与えるような「モチーフ型/裏付け型」があった。

ただ、SFC、理科大に共通して、プログラミングをする前の思考の整理がうまくいっていないのか、想像力の問題なのか、学生たちの提案はグリッド、サークル、キューブ、ボロノイ図の4つのパターンにほぼ収束している。そして、ほぼ全ての案が平屋、ファサードなど個別の自律的なエレメントのデザインに終始しており、関係性まではデザインできていない。全体として現時点では「建築のイメージ」にふさわしい複雑性、全体性を構築しようとしている提案は皆無に近かった。

「建築のイメージ」とは何か。昔ベルラーへで聞いた哲学者マヌエル・デ・ランダのレクチャーで、彼はこう主張していた。

グレッグ・リンら、いわゆる「ブロッブ・アーキテクト」は、環境を構成する因子から定量化可能なものを抽出し、プログラム言語に置き換えて形態を生成しようとした。ところがその形態は「建築らしく」なかったために、ただの形態になってしまった、すなわち「哲学」がなかった、と。

建築も音楽も、デジタル化が進んでいる。ただ、MIDIデータにパターンを与えても「音楽」にならないように、CADデータにパターンをいくら与えても「建築」にならない。単なる「CADデータ」を「建築」にするもの、それが「建築とは何か」という思考、すなわち「哲学」なのだという。

同じことを僕は松川さんや、松川さんのスタジオを履修する学生の作品に対してずっと感じて来た。彼や彼らの作品には、幾何学のパターンはあるけれども、デ・ランダがいう「哲学」、つまり「建築らしさ」がないために、形態が「建築」として立ち上がっていないのではないか。もちろん、幾何学のパターンが切り開く建築のイメージがあることは想像できる。だが、そのアイディアが全体の統合というよりも部分のパターン生成や検証作業に留まっているうちは、それを「新しい建築」と呼ぶにはまだ飛躍があると言わざるを得ない。

松川課題が現時点で抱えている限界を乗り越えるために、最も批評的な課題が、首都大の藤村課題である。

僕は、デ・ランダのいう「哲学」、すなわち、どの水準で/どの順序で/何を検討すればただの形態が「建築」になるのか、を知りたいと思ってきた。そこで今回の課題では、学生の集団をいわば「設計マシン」のような機械に見立て、何をどのように指示すれば「建築」が立ち上がるのか、検証しようとした。

まず、検討の水準としては、(1)ヴォリューム、(2)内部プラン・家具、(3)構造、(4)家具の向き、(5)屋根・窓を挙げ、番号の順序をたどった。最初に「ヴォリューム」を抜きにして形態や空間のイメージを膨らませてから最後に検討すると、だいたいスキーム自体が崩壊する、というように、なるべく制約の多い順から検討する必要があった。これはうまく行ったと思う。

ただ、(1)ではまず、面積と高さ、庭と駐車場の位置、敷地の境界線との関係などが主な境界条件となることを教え(=入力)しなければならなかった。(2)では家具の寸法、家具と家具の隙間の寸法を教えなければならなかった。(3)では構造芯の取り方と敷地境界線の関係を教えなければならなかった。(4)では家具に向きがあることを教えなければならなかった。(5)では屋根の形式、窓の作り出す形式を教えなければならなかった。

(4)の段階以降では、それまでに検討して来たボリューム、構造芯、家具の向き、屋根や窓などを駆使して、「中心をつくる」ことを教えなければならなかった。僕は「中心化(センタリング)プロセス」と勝手に呼んでいたが、どこかに中心をつくることで設計の「主題」を浮かび上がらせた。すると、不動産屋の間取り図みたいだった図面が、急速に「建築」の図面になっていくように進化した。

つまり、設計プロセスのなかで検討された「検討の水準」「検討の順序」「境界条件」「中心化」が、「建築らしさ」を構成する「哲学」として浮かび上がって来たのだ。例えば、松川課題の履修者がこれを身につければ、彼らの限界は自ずと可能性に変わっていくはずだ。

現状では、藤村スタジオの提案には複雑さを構築する「建築」のイメージがあるが、「淘汰」を再現する科学的なプロセスがない。松川スタジオの提案には論理的な淘汰のプロセスはあるが、建築のイメージがない。ただし、両者とも技術的な問題なので改善の余地は有る。今後何をすればいいのかは、今回よくわかった。

建築的思考の基本に徹する藤村課題は初等教育向けだが、プログラミングの習得を同時進行させる松川課題は高等教育向けである。松川さんといろいろ意見交換させてもらった結果、両者をハイブリッドさせればよい、というのがさしあたっての結論である。すなわち、前半を藤村が、後半を松川さんが担当する。現代的な設計理論、コンピュータ・アルゴリズムの建築設計への応用について考える上で、最強の教育プログラムではないかと思う。いつかどこかで実現したい。

修了後、湘南台で朝まで議論。今年からは僕も授業を持つことで、相互に批評ができたのが最大の収穫だった。このやりとりを通じて、今後、取り組まなければならない問題にひとつの明確な補助線を引くことができたように思う。立場やアプローチは異なるけれど、いつもとことんまで議論してくれる、松川さんには感謝している。

追記:松川さんも今回の首都大とSFCでの講評会について書かれています。
首都大 藤村スタジオ最終講評会とSFC+理科大 松川スタジオ中間講評会(000studio/memorandum)

ここで学んだことをフィードバックして、新しい設計教育のあり方を示していきたいと思う。設計教育のあり方が変われば、長期的に見て世の中の建築のあり方が変わっていくことに繋がるはずだからだ。

fujimura

2009年06月11日

空間とともに設計を、スケッチとともに方法論を、自己とともに他者を

9日、レモン展に参加。卒業設計の審査をさせて頂く。

卒業設計の審査は人によっていろいろなかたちがあるが、僕はいつも全体をざっと1周することにしている。全体を見渡すと傾向もよくわかるし、論理のパタンを読んで、どの案とどの案を選ぶと壇上でどんな話が出来るか、いろいろ予測するのは楽しい。

審査のとき、今年は不作だ、とか、農作物みたいにいう人もたまにいるのだが、僕はあまりそういうことを思ったことがない。面白い案は必ずある。それをどうやってピックアップして、どういう議論を作れるかは、むしろ審査する側の「眼力」の問題だと考える。

レモン展は初めて参加させて頂いたが、とても充実していた。いろいろなタレントに出会えたし、壇上での審査も勉強になった。

今回一番切れ味を感じたのは東洋大の佐伯周一さんの作品。樹木の根の形態に注目し、分析して言語を与え、再構成してみせたもの。根に注目するという着眼点の意外さ、それをきちんと再構成する論理構成の良さ、絵のうまさ等、とても素晴らしい。一見風変わりだが、こういう作品を自分の言葉で語れるかは審査員の力量がむしろ問われるし、その良さをただ「いい」と押し切るのではなく、他の審査員の先生方に「論理的に」伝え、評価を変えていく作業が一番スリリングで楽しい。

北海道大の石黒卓さんの作品も一目見てピンと来る建築としての重層性を持っていて惹かれた。スケールやボリュームといった建築的な複雑性があり、10Mグリッドを再構成するという設計の方法論があり、集合の論理を内包したような都市性がある。「設計」を地域性の再構成のために使っている。壇上で質問してもビジョンが明解だし、とても共感できる。

形がデーハーな東工大の鎌谷潤さんの作品は図書アーカイブの機能を再構成してイメージを与えたもの。スケッチは圧倒的ではあるが、示されている「設計の意味」を分析すると、提案としては少々物足りないと感じた。アーカイビングという着目点とアルファベット+時系列という整理は明解だとして、その図式を単純に表象しただけだとしたら、それって下水処理場をドラマチックに描いたことと何も変わらないじゃないかと聞くと、答えは出て来なかった。もちろん、並の4年生よりは知識が豊富で、頭のいい彼のことだから、僕の質問の意味はもちろんわかっているし、問題を冷静に把握しているはずだ。

ただ、審査員の眼力ってこんなもんだろ、と馬鹿にされているとすら感じるほどケレン味たっぷりなプレゼはなかなか役者ではあると思う。審査員として、こういうのに単純に引っかかってはいけない、と思っていたら長谷川賞。理由は「卒業設計らしくていい」とか。こういうときは案外素朴なんですね。

個人的に推したくても今ひとつ推し切れなかった作品のひとつに理科大の村田加奈子さんの作品である。理科大での講評会で当初補欠的な順位だったこの作品は、方法論についての議論を尽くした後で順位を上げ、もう少しで1位になりそうだったことを思い出す。

日本の大学で、アルゴリズム系の作品が1位を取ることはまだ少ないのではないかと思う。作家主義バリバリの昨今ではアルゴリズム=自動=意志が弱い、というイメージがまだまだ強いようだが、村田さんはそんなことまるで気にしてない風で力強い。模型表現にスケール感とかディテールが弱いのが少々残念だったが、何か確信に満ちて新しい方法を示そうとしている。

卒業設計の講評会は毎年たくさん呼んで頂くが、最近はだいたいいつも最後に「私性」か「社会性」か、という議論になり、「やっぱりその空間を経験したいかが大事だ!」という話になって、結局「やっぱり個人のイメージが大事だよね」という話に落ち着いてしまうことも多い。つまり、学生たちがナイーブなのは、それを講評する側のトーンがナイーブだからでもある。

ただ、いくら講評する側の枠組みが強固だと言え、それに立ち向かう諸兄までそのトーンにつられていては少々従順すぎやしないだろうか。それは例えば「歌舞伎」という作文のテーマを与えられて「この大事な文化を守らなければいけない」と書いてしまうようなもので、マンネリもいいところである。そういうときは「歌舞伎は大衆文化なのだから、大衆から支持されなくなったら消滅されても構わない」と書いた方が光る。そういう頭の良さというか、勘の良さも、一方では必要なのではないか。

その意味で、佐伯さんや村田さん等、今年のレモン賞の受賞作のなかでそういうベタな表現に距離を取ったクールな案が選ばれていたのは審査に参加させて頂いたものとしてとても嬉しい。そして、方法論を鮮明にした石黒さんの案が「せんだい」で日本一になったことは、新しいヒーロー像を生むのではないかと期待が膨らむ。

レモン展で再確認したのはやはり、「いいものはいい」「好きだからつくる」というセリフは、そろそろ言い尽くされている感があるということ。工学が複雑に発達した現代では、いくら「好きだから」と絵を描いても、それが現実に実現しようがないことは学生だってわかっているはず。なぜそれを作っているのかと言えば「卒業設計だから」としか思えない。その無意味さを打破するには、現代の社会状況に照らして「設計の意味」を考える、という真っ当な思考が必要なのだ。

・・・という趣旨のことを述べたら、審査委員長の富永譲さんに「なんでそんな古くさいことをいうのか」とツッコミを頂いた。確かに、富永さんらは硬直した建築論を個人の内発的なイメージで突き抜けようとした世代だ。たが今は、難波和彦さんも書かれているように、時代が一回りしたのである。今こそ、メタボリズムやアレグザンダーの時代に戻って、もう一度社会と「設計」の関係を捉える時期なのではないか。

ただし、それは「私」に対して「社会」を対峙させるのではない(ここ重要)。アトリエと組織を単純に対峙させても枠組みが違いすぎて面白くない。東浩紀さんが『建築雑誌』で書いて下さったように、人工物(=作品=アトリエ)と自然(=匿名=組織)を対立的に捉えるのではなく、一見中途半端にみえる「批判」というポジションこそが、今必要な戦略であり、そこで新しい設計組織像、新しい作家像、新しい作品像を作っていく必要があるのだ。

だから86世代の諸君!そろそろ「内部と外部の曖昧な関係」とか、「自分が住みたい」とか、終わりなのではないか。時代はとっくにアーキテクチャーとアルゴリズムのフェイズに突入しているのに、建築だけが、卒業設計だけが、いつまでも私性主義で足踏みしているのはつまらないのではないか。

今こそ「空間」とともに「設計」を、「スケッチ」とともに「方法論」を、「自己」とともに「他者」を、語ろうではないか。そうすればこのマンネリに満ちた空気は突破できるだろう。2010年以後、86世代諸兄の切れ味が問われる。

fujimura

2009年06月14日

6月28日、濱野智史さんと「設計」を語ります

6月28日19:00より、青山ブックセンター本店(渋谷)で濱野智史さんとトークイベントが開催されます。

『思想地図vol.3』刊行記念 濱野智史×藤村龍至トークイベント 「設計/デザインを考える」 

濱野さんにはLIVE ROUNDABOUT JOURNAL 2009にも来て頂きましたが、『思想地図』でも、『ユリイカ』でもご一緒していますので、久しぶりにお話しできるのがマジで楽しみです。

さっき知ったのですが、同日に同じ場所で長坂常×中山英之×西澤徹夫のトークイベントもあるようですね。芸術 vs 工学、表層 vs 深層ですか。分が悪いのでは。

でも両方見ると、現代社会の構図がよく理解できそうですね。賢明な諸兄はぜひ両方見ることをおススメします。「表層と深層を架橋せよ!」ということでw。

思想地図、ユリイカ、建築雑誌と感想がちらほら届いております。

1.インテリアを語る/検証「批判的工学主義」(matt | atlas ver.beta)

この<特集:検証「批判的工学主義」>や思想地図〈vol.3〉特集・アーキテクチャ、ユリイカ2009年6月号 特集=レム・コールハースなどで藤村龍至さんのテキストを集中して読む機会になりました。思想地図の「グーグル的建築家像をめざして」は、状況から解釈ではなく状況からプロセスを表した秀逸なテキストだと思います。

李さんのインタビューは『建築雑誌』6月号の第1特集で掲載されていますが、「これで建築とインテリアの間にコミュニケーションは生まれるのでしょうか?」と問題提起。一度ゆっくりお話伺ってみたいですね。

2.『BUILDING K』藤村龍至(藤原徹平)

すごく凝った感じのボリューム構成とすごく適当そうに見える外壁材とのアンバランスな組み合わせが、普通でない。すごく丁寧につくったフランス田舎風煮込みを100円ショップで買った陶器の器に盛るような感じかな。少し違う気もする。まな板がテーブルマットで出てきた感じか。

貴社設計の「ONE表参道」も3面がアスロック素地ですけどw。藤原さんらしい、簡潔なテキストでコメント頂き感謝。

3.『グーグル的建築家像をめざしてー批判的工学主義の可能性』を読んで(dislocated passage)

論を丁寧にトレースし、ちょいちょい口を挟むという構成で、最後に「藤村龍至氏には設計活動、実施であれ、アンビルトであれ、新しい作品を作っていくことを期待している。」と激励。肝心の彼の主張は何なのだろうとも思うが、関心を持って下さっているのは嬉しい。

このテキストを読んでいると、口を挟んでくれているところが今回の論考で意図が通じにくかったところだということがよくわかる。次回バージョンアップするときに反映させて頂くことにしよう。

そのほか、先日対談させて頂いた難波和彦さんも日記でコメントして下さっています(6月2日・3日)。

『思想地図』vol.3を読み続ける。藤村龍至の「グーグル的建築家像をめざして 批判的工学主義の可能性」は、これまで藤村さんが書いて来た「批判的工学主義」の総まとめになっている。(中略)巻頭の共同討議「アーキテクチャと思考の場所」に関する藤村流のコメントもあり、なかなか充実した論文になっている。

藤村さんが提唱する「超線形設計プロセス」は設計プロセスにおける磯崎流の「切断」を模型によって外部化し「保存」する点に特徴があるが、この「模型による外部化」について、藤村さんはちょっと気になる注釈(注釈36)を行っている。「近い将来「模型」のはたす役割は3次元CADのシステム(BIM)に移行するであろう。総合的な設計データの保存は竣工後の改修や改築をスムースにし、建築をより「プロセス・プラニング」的にする」。

このコメントの後半は正しいが、前半は明らかに間違っている。「模型による外部化=物質化」から得られるノイズに溢れた情報は、決して3次元CADシステムがもたらすヴァーチャルな情報では代替できない。藤村さんは気づいていないようだが、僕の見るところ超線形設計プロセスによる進化論的なデザインは模型化=物質化によるノイズ=突然変異によってもたらされるのだ。これは藤村さんが一連のインタビュー記事をインターネットではなくフリペーパーに外部化=物質化していることとも関係している。外部化=物質化は情報を身体化し、予測できないノイズを生み出す。要するに情報の物質化は、真の意味で予測不能な「外部」をもたらすのである。「切断」の最大の可能性は、そうした「外部」を生み出す点にあると言っても過言ではない。

コメントに感謝致します。

翌日のコメントでも「設計プロセスに非線形な不確定性=カタストロフを避けることは出来ない」ことをご指摘頂いています。

念のため補足させて頂くと、僕は設計プロセスが一般的に予測不可能性、カタストロフ、ノイズを避けることは出来ないというご指摘はもっともで、そのことに反論するつもりはありません。

ただ、僕が設計プロセスを進化論的にプレゼンテーションするのは、時代状況から考えて、予測不可能性やカタストロフを強調するよりも、その限界を踏まえた上であえて設計手続きの可能性を考える方がポジティブに感じられるからです。

難波さんが繰り返しご指摘されるように、デザインは本来非線形なプロセスをたどるし、カタストロフは避けられないし、アレグザンダーは失敗したかもしれない。が、その認識に立つことと、社会的な意志を持った人がそれを果たしたいと考えるとき、その人の挑戦を手助けする道具として「設計」を用いようとすることは別の話なので、限界よりは可能性を論じたいと思うのです。

恐らく、「設計」の限界を主張することが批判として重要だった1970年代という時代があったのだと思うが、今は時代が一回りし、「設計」を主題にしたほうがメッセージになる時代なのではないか。

a+uの『MVRDV FILES』(2002年11月臨時増刊)でのヴィニー・マースと青木淳の対談で、「シニシズムに打ち勝つには共感が必要」と主張していたことを思い出す。

久しぶりにヴィニーに会いたくなって来ました。いつか「批判的工学主義」や「超線形プロセス」の話をしてみたい。

というわけで、濱野さんとの討議は楽しみです。じっくり難波さん(や青木さんや富永さん)への反論を組み立てたいと思いますw。

fujimura

2009年06月20日

夢と現実、学生と社会人、ビジュアルとマニュアルのあいだ

16日、理科大エスキスチェック。淡々と模型をバージョンアップさせて来ている人もいるが、「家具」のフェイズになって足踏み状態となる者も出て来た。

よくCADだと寸法が身に付かない、と言われるが、これまでイマイチ理解できなかった。コンピュータ=ヴァーチャル=寸法感覚の欠如、というのはいささか図式的すぎるではないか、と思っていたが、理科大の学生を見ていると、本当にそうなのでびっくりしている。

個人の能力もあるだろうが、昨今はゆるゆるの平面に家具と洗濯物と植木鉢をばらまくのが流行だということもあり、寸法で空間を構築していく設計のイメージがそもそも湧かないらしい。

コンピュータ世代にとってそれは深刻な問題のように響くが、自分の経験に照らしても、単にいくつか基本的な寸法を覚えればいいだけの話で、問題はそこまで深くない。コンピュータ化と寸法感覚の欠如は直接的には関係なく、単にコピペが簡単に出来るので自分で寸法を入力しなくてもよくなり、誰かからもらった家具データをとりあえず並べる、ということが起こりやすい、というだけのことである。どちらかというとGUI(グラフィカル・ユーザ・インターフェイス)やマウスのせいである。

データの複製コストが下がり、異なるバージョンを出しやすくなったことはCAD化の最大のメリットのひとつではあるが、教育レベルではその部分を注意深くフォローしておかないと「製図」にならないということがよくわかった。逆に言えばそこさえ改善すれば図面が見違えるように濃密になるということも首都大の授業で検証できたことである。

なので、自分のスタジオでは毎回、学生ひとりひとりに「これ、何ミリのつもりで描いたの?」とひとつひとつ質問し、チェックすることにしている。それでその人の寸法の感覚や手抜き度合いが把握できるからである。こちらとしては、コピペを「摘発」することが目的ではなく寸法を覚えてもらうことが目的なので、その場で具体的な数字も確認しながら共有していく。

この日、最後に遠藤勝勧さんの本を見せたらいいリアクションだった。寸法はイメージという夢を壊すものではなく、寸法という現実をもとにイメージを膨らませる手がかりのようなものなのだ。その感覚が共有できるといい。

本来「設計」とは、現実を切り離して夢だけを語るのではなく、夢を切り離して現実だけを語るのではなく、夢と現実を繋ぐような作業なのではないか。面積、構造、寸法、形式といった建築的思考の諸形式は、それらをつなぐ道具になりうる。

そんなふうに夢と現実の関係について考えていたある日、上海の設計事務所に勤務するMY君が『1995年以後』のレビューを書いてくれたと連絡があった。

仕事としての建築(MY life)

さて本書は、仕事として建築を始めたばかりのボクにとっては、かなり刺激的なものです。

仕事として直面する建築は、大学(院)まで戯れていた建築とは大きく違います。
違うというか別ものです。

この違いは本当に興味深い。

お。

この違いをおもしろく感じる日もあればつまらなく感じる日もあります。
良い意味で違いを感じることもあれば悪い意味で感じることもあります。
この違いを早く知りたかったと思うときもあれば知りたくなかったと思うときもあります。

なるほど。

そんなこんなで少しずつ「仕事としての建築」を感じたり考えたりしていたボクにとって、いまこの本に出会えたことはとても大きな出来事でした。
タイミングといい内容といい、ん〜パーフェクト。

ふむふむ。

ボクと同じような境遇の若いみなさんに是非読んでもらいたい1冊です。

そしてみんなで議論しましょう。
議論のネタに最適です。

いいねえ!

しかも「超批判的青春驀進書籍!」って、なかなか笑えます。さすがMY君。

他方で、こんなリアクションもあった。

minori-minoryの日記

藤村さんの話は学科の友達ともよくします。難波さんとの対談もあったり、実作が出てきたりと、傍から見ていても今一番アツい若手の一人だと思います。

ふむふむ。

ただ、僕のような建築を勉強したての人間から見ると、どうも腑に落ちないところがいっぱいあります。

おっと。

ある友人も『Building Kってかっこ良くないよな。』って言っています。建築は外観だけではないとは思いますし、ぱっと見ではなく、じっくりと感じることの出来る価値感がBuilding Kにはあるのかもしれませんが、いかんせん無個性すぎて・・・

あれ。

社会的立ち位置が明確になりますが、若いのにここまでシステマチックな様子は、勉強し始めたばかりの僕からしたら夢がなさ過ぎて悲しくなります。

そうですか。

わざわざ完コピで引用してもらった挙げ句、「悲しい」と言われるとこちらが悲しくなるが、それはさておき、彼のリアクションは現状の藤村龍至系の言説に対する学生の平均的な反応かな、と感じるところもある。MY君の熱いリアクションと正反対である。

このことは『1995年以後』を始めとして、ROUNDABOUT JOURNAL関連の言説の響き方にも通じるものがある。

『1995年以後』はインタビュイを1971年生まれの藤本壮介さんを筆頭に、1983年生まれの大西麻貴さんまでに絞ることで、「世代」というコンセプトをはっきりと打ち出した。そのことが読者の反応の違いをくっきりと浮かび上がらせてもいる。

まず、読者を以下のように分類する。

第1層(1970年生まれ以前)39歳以上
第2層(1971-1983年生まれ)26歳以上38際以下
第3層(1984-1986年生まれ)23歳以上25歳以下
第4層(1991-1986年生まれ)18歳以上22歳以下
第5層 異分野

第2層が本書に登場するインタビューの年齢層。第4層が学生。第3層はその中間で、就職を控えた大学院生か、就職したばかりでいろいろ考えているフレッシュマンたちである。

現状のリアクションはだいたい以下のような感じだ。

第1,2層:「若手」という括りがひっかかって、斜め読み。
第4層:「社会との関係」が主題なのであまりイメージできず。
第5層:テクニカルタームが多いので少々リーチしにくい。

一番反応が熱いのがMY君のような第3層で、ブログ等で頼まれてもいないのにわざわざ引用して熱心にレビューしてくれているのはほとんどこの層である。TEAM ROUNDABOUT自体、社会に出たばかりの頃の学生と社会人、教育と実務、夢と現実のギャップについて悩み、議論したところから活動をスタートさせているから、よくも悪くもそういう年代に突出して響くメッセージとなっているのだろう。

ポテンシャルのありそうなのは第5層で、『思想地図』『ユリイカ』を通じて藤村龍至の論文を読んだ人が流入してくる可能性がある。固有名詞とテクニカルタームさえフォローできれば「1945/1970/1995」というフレーム自体は社会学や批評の分野の方が共有されているし、テーマ自体も情報化と郊外化なので、馴染みやすいはず。

よくも悪くもターゲットを絞った本になったとは思うが、何事も最初は1点突破しないことには始まらないので、試みとして悪くなかったと思っている。卒業設計のお祭り騒ぎを終えて、将来を考え始めた人、就職して、考えさせられることの多い23-27歳くらいの人には時代を超えて刺激する本になるのではないか。

1995年以後―次世代建築家の語る現代の都市と建築

リアクションを見て、次の攻め方も見えてきた。作品集(学部生のネタ)とマニュアル本(院生や実務のネタ)の間で、全部の層を同時に刺激するような本をつくりたい。

ところで刺激的な本と言えば、売れ行き絶好調という『思想地図 vol.3』の、建築学生における浸透率はまだまだ低い。理科大で『思想地図』を買っている人は現在のところ7名中1名のみ。藤村スタジオを履修していて、毎週散々呼びかけられてもこの反応だから、建築学生でこれを買って読んでいる人はまだまだ少ないのだろう。せっかく哲学、批評、文学、社会学、情報社会論、建築学を横断する、「スーパーフラット」以来の大きな共振現象が今、まさに起きつつあるというのに。

この本を買っている建築関係者はもともと思想系の本をよく読んでいたり、鈴木謙介さんのラジオのリスナーだという人が多い。つまり、建築学生が『思想地図』を買うとすれば、もともと読者だった人で、一般の建築学生にとってはビジュアル・ソースにならないし、実務家にとってはマニュアルにならないので、新たな購入動機になりにくいようだ。逆に思想系の読者が建築に興味を持って建築関係の本を買うきっかけになる可能性は高い。

20日、某研究会で濱野智史さんと会う機会があった。少し話したのだが、28日に青山ブックセンターで開かれる濱野藤村対談はかなり熱くなりそう。しかし、先ほどの理由から想像するに建築の学生はあまり来ず、藤村という新しい書き手と濱野さんの絡みに興味を持った思想地図系の読者のほうがたくさん来てくれるような気がする。

僕としては、建築関係者のほうにより多く来て欲しいと思っている。「アーキテクチャ」は「スーパーフラット」以来の共振現象であり、しかも「建築」が主題になっているという前代未聞の事態である。「建築」が時代を語るコンセプトになりかけているときに、肝心の建築家がその議論に参加していないのでは少々寂しいではないか。

「アーキテクチャ」そのものはビジュアルでもなければ、マニュアルでもない。コンセプトである。夢を見させてくれるわけでもなければ、すぐに現実に役立つものでもない。まさに夢と現実、学生と社会人、ビジュアルとマニュアルをつなぐものなのだと思う。そしてそれは、いつの時代にもあるものでもない。時代の節目にふっと現れるもので、目の前に現れたときにつかまなければならない。逃せば溝が深まるし、つかまえられればその溝を埋めることができる。

だから私たちは、このコンセプトをつかまえようと、議論を繰り返すのである。28日も、その意味で重要な機会になるだろう。だから少々課題の締め切りが迫っていようが、せっかくの休日に時間がなかろうが、この時代の節目に建築に関わることの意味を見出したいならば、この機会を見逃す手はないのである。読者諸兄の行動に期待したい。

fujimura

2009年07月09日

メモを取り/質問を考え/最後まで残りたまえ

25日、山崎さんと共に五十嵐淳さんの住宅を見学させて頂く。中に入っても、CH=7000mmの吹き抜けや、頭上に乱れ飛ぶブレース、思わず蹴飛ばしそうになる照明など、身体の感覚が慣れるまでしばらくかかってしまった。窓も小さいし、屋根は異様に大きい。慣習的な適正値が全てキャンセルされている感じ。

キャンセルといってもネガティブな印象は全くなく、どちらかというと攻めの設計でかっこいい。スケールにしても、ディテールにしても、車の運転みたいなもので、腕に自信が無いと攻めるなんて出来ない。

27日、編集委員会の打ち上げ旅行で長野のリゾナーレへ。mosaki大西君の完璧な段取りで心地よく楽しませて頂く。団体バスに乗り、風呂に入り、食事し、飲むといういわゆる親睦旅行。飲み会がはけた後、若手ばかりの部屋で酒も飲まずに深夜までダベる的な。修学旅行みたいな夜を過ごす。

翌朝は建築見学。ベリーニの全体計画は、古典主義的な共用施設棟と集落的な客室棟の対比が秀逸。ただし、客室棟はアルゴリズミックな表現にあふれた昨今から見ると少々硬い。もうちょっと壁面線の角度がずれるといい感じになると思うのだが。

KDaの設計したインテリアや建築も見学。サークルプランで構成された「もくもく湯」はどうも風呂に入っている気がしない。慣習をキャンセルしたと言っても、五十嵐さんみたいなかっこよさとはちょっと違う。ルール自体を共有していないというか・・・。他方、電車の広告でよく見るチャペルは演出的でなかなかよかった。

28日、旅行を途中で切り上げ、あずさ号で都内に戻る。19:00、青山ブックセンターにて濱野智史さんとトークイベント。

濱野智史×藤村龍至トークイベント 「設計/デザインを考える」@ABC

レビューがたくさん挙がっております。

Eternal Principle of the Inherited Mind(yomoyomoの「情報共有の未来」)
設計/デザインを考える(matt | atlas ver.beta)
ウェブ的? シミュレーション的 ?(Tip. Blog)
10年代へ向けて(simon)
濱野智史×藤村龍至トークイベント 「設計/デザインを考える」(つれづれん)
「思想地図 vol.3」刊行記念 濱野智史×藤村龍至(kuro-nicle -chronicle-)
設計/デザインを考える(Jump Over The Moon...)
社会のための方法論と、私のためのバランス感覚(Scape + Space)
設計/デザインを考える(jump a light @ the city lights)

事前に(3回も)打ち合わせをしたこともあり、短い時間でかなり濃密な議論ができたのではと思う。会場は予想取り思想地図系が多く、建築系は少なめ。最初に「建築系の学生はこういう場所に馴れていないので、メモを取りながら聞きなさい。質問を考えながら聞きなさい」とあらかじめ釘を刺しておく。

討議にあたり、思想系の読者に藤村を紹介するという設定で進めるのがよいだろうということで、建築的な話題を濱野さんが情報社会論的に噛み砕くという設定で展開する。また、東さんの質問に応えるためにも、言い切り型のトークをしようと確認。結局ウェブと建築は違うよね、という印象を与えたら失敗なので、いかに問題を共有しているかを連呼するという作戦。

実際に「超線形プロセス」は濱野さんのいうアーキテクチュアル・アプローチそのものなので、話が合わないわけが無い。「言い切る」という部分でも、東さんの質問に応えるかたちで最後に濱野さんが「批判的にしむら主義」を唱え、無事トーク終了。

続いて質疑応答。最初に手を挙げたのは建築学生(偉い!)。その他、「『超』線形という大いなる矛盾については」「スケールに限界はないのか」等々、活発にいろいろ質問が挙がったあと、最後に鈴木謙介さんが「そうは言ってもウェブと建築は違うだろ」と社会学者らしく?水を差すが、濱野さんがすかさず空気を読んで「続きはラジオで!!」と応じ(濱野さんはこの日の文科系トークラジオに出演する予定で、トークイベントで告知をする予定だった)、爆笑を取る。

絶妙な振りと返し。完成度高すぎる。建築系のトークイベントではなかなか見られない。

この日の午後に長坂さんたちのトークイベントがあったのだが、両方見たという『新建築』の四方編集長が「こっちは文字数がかなり多いですね」と四方さんらしくクールなコメント。ただ、今日の議論は刺激になったと言ってくれた。

打ち上げ後、東さんと電話で話す。twitterで内容を把握されていて驚く。

2日、15:30李明喜さんと対談@霞ヶ関sign。ひょっとして攻撃的だったらどうしよう!?とかビビっていたらすごくソフトな話しやすい方でした。かなりシンクロ率高いディスカッションが出来て大いに満足。ありがとうございました。勧められてtwitterに手を出してみました。これはいいかも。ブログが立体化できる感じ。

3日、10:00理科大学生エスキス@事務所。7人中5人の設計があまりにも遅れているので、事務所で補講をすることになった。ところが、現れたのは1名だけ。1時間以上遅刻して、2名が欠席(うち1名は無断欠席)。結局3名が参加。

「『ジャンプするな』ってジャンプしろ、ただしその意味を考えろ」って意味だよ・・・。
「『想像するな』って想像しろ、ただしプロセスのなかで」って意味だよ・・・。

逆説というものはなかなかうまく伝わらないものだ。最後の方になって、全部わかる。関西のワークショップでも、首都大でもそうだった。だって「ジャンプしろ」「想像しろ」「後戻りしろ」だったら何も考えるきっかけにならないけれど、逆のことを言われるとよく考える。この二重性を理解してもらうには時間がかかる。仕方が無い。

4日、午前中、首都大の連中と久しぶりに会い、16:00東工大の百周年記念館で卒業設計講評会+シンポジウム。坂本一成、高橋寛、高橋晶子、大成優子、吉村英孝、藤村龍至というメンバーで。あえて東工大関係者だけで固め、東工大的な建築の思考の固有性について論じ、そこから建築の可能性について議論するというガチな試み。

事前に自分のインタビューを含むフリーペーパーが配られたので(とてもいい出来)、その内容に触れながら立体的な議論を試みる。

前半は大成さんが「もうちょっとリアリティを」と学生へお説教。よくある展開。実務をやっている人間が学生に向かってリアリティを求めることも、「学生なんだから描きたいものを描けばいい」というのも、どちらも表面的な議論になりがちだが、学生と実務家あるいは教師が対等に議論するには、設計の方法論に限る。そうでなければ、また「私性と社会性の対立」とかに陥るだけだ。

途中まではおとなしくしていたが、人数の多いシンポジウムでは発言する機会が少ないので、持論を展開するに限るので切り替える。「1990年代以降の重要な社会的変化は情報化と郊外化であって、卒業設計はだいたいどちらかに分類される。ただそれらを繋いだ卒業設計が見られない。そうした社会の変化を繋ぐ行為こそが批評的だろう。だからこそ、今設計の方法論について議論するべき」だと主張。

するといろいろ反論が出て(もちろん狙い通りだが)、「建築にとって重要なのは着地点であって、方法論はどうでもいい」と坂本先生が暗に藤村批判。そこですかさず「構成の形式を研究して来た坂本先生が『方法論は関係ない』というのは逆説であって、むしろ『方法論こそが重要だ』というメッセージだ、それを勘違いしてはいけない」と観客に向けて釘を刺すと坂本さんが我が意を得たりと「その通り。本当は方法論こそが重要だと思っている。間違って伝わったらいけない」と同意してくれて、無事シンポジウム終了。

「空間」とか、「設計」は私性と社会性を繋ぐ道具であって、「空間」=私性、「設計」=社会性ではない。そのことを議論するために、高橋さんはフィクションという言葉を導入されていた。

坂本先生は今年の3月で名誉教授になられたので、いつになくリラックスされていたように思える。初めて坂本先生と議論らしい議論が出来たことが素直に嬉しかった。終了後、打ち上げへ。あまり話したことのない学生もいて楽しい飲み会。鎌谷がリーダーっぽく振る舞っていて成長を感じる。

登壇者としても、主催者も多いに満足して解散したのだが、レポートを読むと伝わり方は千差万別。

エヴァ、東工大卒業設計、藤村龍至(中井翔也)
建築教育と建築現場のハザマ(doggyのブログ)
TITEC DIPLOMA 2009 レポ(サイコロガシ)

シンポジウムで話されたことと、受け取られ方が180度違うものもある。

東京工業大学 卒業制作展(archi_diary)

トークイベントについては藤村氏が方法論について語る中で坂本氏の「方法というものはさして重要ではなくてその着地点こそが重要なのではないだろうか」と一言が胸に突き刺さった。

うーん、だからそれは逆説だよ!

一見ものすごく当たり前なことを言っているようであるが、最近建築メディアでアルゴリズムや藤村氏の『超線形設計プロセス論』などを含む設計プロセスというものが、その方法によって生み出された成果としての空間よりも大きく取り上げられ、あたかもそのプロセスこそが凄いと言わんばかりだが、設計の方法論というものはあくまでその建築家の情報整理の仕方を提示しているだけであり、そこに新しさとかを求めていくというのはちょっと違うんじゃないかと改めて感じさせられた。

それも「プロセスこそがすごい」=「空間こそがすごい」という逆説!

トークイベント自体に関しては、もうちょっとモデレーターが議論を提示、展開していけたらよかったんじゃないかなとちょっと感じたのと、コメンテーターもそうだが、ちょっと内輪過ぎなのでは(笑)

だから「あえて閉じる」のがコンセプトだよ!!

もちろんここでは糾弾しているわけじゃなくて、ネタをベタに受け取ってしまう彼は、愛されるべき存在であると思う。

同じ学生でも、g86の連中とはすんなり議論できることも、なぜここまで開きがあるのだろう。そんなに難しいことを言っているわけではないから、普段他人と議論する機会が少ないだけなのかも知れない。

そんな諸兄にいい方法を教えよう。シンポジウムに参加するとき、メモを取りなさい。質問はトークの最中に考えなさい。そして、懇親会には最後まで残りなさい。そうすれば、ネタをベタに受け取ることも、質問に満足いく答えが得られずにブログで文句を書くこともなくなり、人生が生産的になるぞ。

ちなみに、「超線形プロセス」も設計プロセスのなかにメモ(履歴)を残し、質問(改善点)を見つけ、コミュニケーションを尽くそうとする方法論である。そうすれば設計が的外れになることも、紋切りに陥ることもなく、濃密な建築が得られ、社会が生産的になるのである。

もちろん、最後のはネタだからマジレスとかしないように。念のため。

fujimura

2009年07月10日

濃密な夏を過ごすために

藤村事務所では下記の通り、夏休みオープンデスクを募集します。

2009年夏期休暇 オープンデスク参加者の募集について

-1.対象:建築を学んでいる学生(大学院・大学・専門学校)
-2. 期間:下記の期間のいずれか
 (a)7月27日-8月7日
 (b)8月17日-8月29日
 (c)8月31日-9月12日
 (d)9月14日-9月26日
-3. 内容:パース・模型製作、資料整理等の設計補助
-4. 時間:毎日9:50集合|日曜休|交通費:支給なし|食事:支給あり
-7. 定員:各期間2名
-8. 締切:7月25日

詳しくは藤村事務所のHPをご覧下さい。

というわけで、遅くなりましたが、今年の夏休みもオープンデスクを募集します。弊社のオープンデスクは2週間で区切っています。つまり、初日と最終日があります。あえて「常連」に依存せず、できるだけ多くの人と接するようなシステムにしたいとこれまでやってきました。2週間経つと、いろいろな作業が上達して、いい動きをするようになりますし、いろいろな話をしてその人を深く知ることができるので、最終日はちょっとした卒業式みたいな気分になります。このようなシステムはあまり見かけないので弊社独自のスタイルだと思います。

リピータ歓迎です。2回、3回と参加してスタッフになった人もいます。いろいろな事務所をラリーのように回っている人などもいますが、そのような態度は基本的に誰も歓迎しないので注意しましょう。自分が本当に興味を持っている建築家のもとに何度も通うほうが得られるものが大きいですし、迎える側も親身になれると思います。

時々勘違いする人がいるので言っておきたいのですが、「オープンデスク」とは、こちらにとって将来のスタッフを探す機会でもあります。初日に「やっぱり自分には合わない」などと言って翌日から来なくなる人などがいますが、設計事務所は学校でも塾でもないので、参加すればやる気が出るかも、と「自分探し」モードで来るのは止めましょう。

参加者に高いスキルや知識を求めるわけではありません。ただ、建築が好きで、建築の話がしたい/聞きたいと思っている人に来てもらったほうがこちらも話していて楽しいですし、そういう人とはできるだけ時間を割いて接したいと思っています。また、将来建築家として独立したいと考えていて、働く場所としてアトリエの雰囲気を知りたい人にとってはスタッフと話したりして将来をイメージするいい機会となると思います。

ご応募お待ちしております。

fujimura

設計の情報化を考える1日

明日(11日)、東京理科大(神楽坂キャンパス九段下校舎・飯田橋)で、東京理科大藤村ユニットと東京理科大+慶応大学SFC松川スタジオの合同講評会が行われます。公開の了承を頂き、ここにお知らせ致します。

設計の授業の一貫でコンピュータ・プログラミングを教える学校は、世界的には主流となりつつありますが、日本ではほぼ皆無です。そんな状況下、日本でほぼ唯一!?プログラミングを課しているのが松川昌平さんのスタジオ(慶応大学・東京理科大学)です。ここ数年来、講評会には毎回呼んで頂き、議論に参加させて頂いていますが、今年は理科大の藤村ユニットの発表会も同じ日にやらせて頂くことになりました。

単なる講評会というよりは、学生の課題を材料にした壮絶な討議の応酬となります。

議題は当然「プ・ロ・セ・ス論」です。

毎回、アナログ vs デジタル、政治 vs 科学など、設計プロセスをめぐって論争となりますが、明日はどうなることやら。

東京理科大学藤村ユニット最終講評会

学年:4年生
人数:7名
課題概要:「浅草観光文化センターコンペ」(2008年実施・最優秀:隈研吾建築都市設計事務所)の要項を素材に、「超設計設計プロセス論」に従って設計を行う

日時 : 2009年7月11日(土)11:00-14:00(終了時間は前後するかもしれません)
場所 : 東京理科大学 九段下校舎 KN701教室
住所:〒102-0073 千代田区九段北1-14-6
アクセス : http://www.tus.ac.jp/info/access/kagcamp.html
キャンパス案内 : http://www.tus.ac.jp/camp/kagurazaka.html

ゲストクリティーク(敬称略)
松川昌平(000studio)
藤原徹平(隈研吾建築都市設計事務所)

「浅草観光文化センターコンペ」の最優秀案を担当されている隈事務所の藤原さんもご参加頂けることになりました!

以下、松川スタジオの講評会の開催要項です。


東京理科大学+慶応義塾大学SFC 合同最終講評会
東京理科大学: 建築・都市設計 2009
慶応義塾大学SFC:デザイン言語ワークショップF(空間生成)2009

日時 : 2009年7月11日(土)15:00-19:30(終了時間は前後するかもしれません)
場所 : 東京理科大学 九段下校舎 KN701教室
住所:〒102-0073 千代田区九段北1-14-6
アクセス : http://www.tus.ac.jp/info/access/kagcamp.html
キャンパス案内 : http://www.tus.ac.jp/camp/kagurazaka.html

ゲストクリティーク:
松田達さん(松田達建築設計事務所)
藤村龍至さん(藤村龍至建築設計事務所)
柄沢祐輔さん(柄沢祐輔建築設計事務所)

スケジュール:
15:00 - 課題概要説明、ゲスト紹介
15:10 : 中間発表 一人5分+質疑5分程度
(発表形式=A1パネル+模型+パワポ)

18:10 - 休憩10分

18:20 - ゲスト・クリティークによる公開投票:3票/ゲスト
18:30 - 公開審査
19:20 - 最優秀賞1点/審査員特別賞3点 選出
19:30 - 中間講評会終了

20:30 - 打ち上げ(場所未定)

プロセスより結果のほうが重要なのではないか、などとナイーブな書き込みをしている諸兄も、いつも同じことばかり考えていては煮詰まるばかりです。たまには新しい視点で建築を眺めるのもよいでしょう。

というわけでご参加お待ちしております。

発表者の皆さんは準備よろしくお願いします。

fujimura

2009年07月15日

ブログをtwitter的に書いてみる

twitter、フォロワーの方が徐々に増えております。

藤村龍至(ryuji_fujimura)on Twitter

twitterを導入すると、ブログが立体的になりますね。昔、東さんのサイトに「近況」「より近況」っていうのがあったなと思い出す。

というわけで、今日はtwitter的にブログを更新。


1. ARCHITECT JAPAN 2009 / ARCHITECT TOKYO 2009が、8月1日からGYRE表参道ほかで始まります。

TEAM ROUNDABOUTはARCHITECT JAPAN 2009のキュレーションを担当。「1995年以後の社会状況と建築表現の関係を考える」をテーマに、隈研吾+NTTファシリティーズ、古谷誠章、ヨコミゾマコト、日建設計、MVRDV+竹中工務店、中央アーキ、徳山知永、伊庭野大輔+藤井亮介をフィーチャー。巨大戦後日本建築史マンガ「1945/1970/1995」をmashcomixとともに制作中。会期は8月30日まで。


2. 「生成の世代」展が8月1日より清澄白河のhiromiyoshiiで始まります。

ARCHITECT TOKYO 2009参加企画のひとつ。TEAM ROUNDABOUTはこちらでもキュレーションを担当。藤本壮介、中山英之、中村竜治、吉村靖孝、藤村龍至、dot architects、山崎清道をフィーチャー。会期は8月29日まで。


3. 『建築ノート』No.7に藤村のインタビュー掲載されています。

mosaki田中元子さんの熱い文章が印象的。あえて竣工写真は1点のみ!!で1点突破的にまとめてみました。Table of Youthの総括座談会も掲載されています。


4. 『住宅特集』8月号にて藤村と青木淳さんとの対談が掲載されています。

青木淳さんの連載「いま、住宅をつくるときに考えること」で設計のプロセスについて討議。刺しつ刺されつという感じでなかなか読み応えある対談に仕上がっていると思います。


5. ハウスメーカーのエコプロジェクトを集中して取材中です。

とある企画でHEMSとか蓄電とか風の解析とか再生マーケットとか林業とか家電とか立て続けで見学させて頂いています。エコ技術について、集中的に勉強するいい機会になりました。どの試みも、とても面白いです。かつては「アトリエ」がコンセプトを開拓・先導し、「組織・メーカー」がそれを洗練・普及させるという図式が成立していたのだと思いますが、今日のように技術依存が進んで行くと、それが完全に入れ替わるということが実感できました。ただ、そうは言っても、ゼロエミッション系の技術をよく見て行くと伝統技術系と最新技術系の言説が混在していること、統合的な論理が欠けているということもよくわかります。メーカーの弱みがわかれば、アトリエのとるべき道もよく見えてきます。


6. 理科大藤村ユニットの最終講評会が終了しました。

東京理科大学藤村ユニット最終講評会(BUILDING M日記)

松川スタジオOBのむらじ君がtwitterでtsudaっていたので以下引用。

これから公開審査でーす。
8:37 PM Jul 11th webで
藤村スタジオの成果を見て何となく「濃密な空間」の意味がわかりましたww
8:38 PM Jul 11th webで
「評価基準=フィードバックをプレゼンテーションしていたか」藤村s
8:51 PM Jul 11th webで

(中略)

「松田さんとはアルゴリズムのイメージが逆」「違うイメージを導入したい。やりたいことを描かずにものをどう創りだすか」「最初にイメージできるものを作ってもおもしろくない」藤村s
8:52 PM Jul 11th webで
「複雑なものを入力して、出力していくと、収束していく」藤村s
8:53 PM Jul 11th webで

(中略)

「設計プロセスを踏襲した上でどれだけステップを踏んで成果まで高められたか、アウトプットを評価するか。どちらか?」松川s
9:01 PM Jul 11th webで
「もし、結果とプロセスを切り離したら、結果オーライみたいな議論にしかならない」藤村s
9:02 PM Jul 11th webで
「結果からプロセスが読み取れるかが重要」柄沢s
9:02 PM Jul 11th webで
「結果が同じならどうか(プロセスがよいかわるいか)」松田s
9:04 PM Jul 11th webで
ぼくはやっぱり藤村さんの議論は重要だから、ちゃんと批判的に学びたいと思う。
9:05 PM Jul 11th webで

(以下略)

同じく松川スタジオOBの黒川彰君もレポートを上げてくれています。

東京理科大学藤村龍至ユニット最終講評会レビュー(じゆうちょう)

最終講評会はなかなか盛り上がって終了しました。松川さん、藤原さん、松田さんの神コメントに感謝。松川さんとの討議シリーズもこれにて一旦総括。松川さんからはいろいろ教えてもらいました。これまでの討議で得たことを、また自分なりに展開していきたいと思っています。

さてさて、夏本番ですね。おかげさまで藤村事務所のオープンデスクはまもなく定員です。定員をオーバーしている期間は、選考させて頂きますので、申し込みの際には少しアピールして頂ければと思います。スタッフも募集中ですので興味がある方は奮ってご応募を。

藤村龍至建築設計事務所

ARCHITECT TOKYO/JAPANのほかにも、森美術館「アイウェイウェイ展」やプリズミック「成瀬猪熊展」など、今年の夏は建築系の展覧会企画が目白押しです。東京の人も、東京以外の人も、展覧会情報をチェック!!

fujimura

2009年08月02日

ARCHITECT 2.0とARCHITECT TOKYO 2009、ついに始まる。

キュレーションをさせて頂いた2つの展覧会が始まりました。

ARCHITECT 2.0展 オープニング(BUILDING M日記)

31日は「ARCHITECT TOKYO 2009」および「ARCHITECT 2.0」展のオープニング・レセプション。関係者の多い展覧会なので、調整に大いに時間を費やしたが、無事オープンすることができた。

当初はhiromiyoshiiのキュレーション依頼から始まった話だったが、やがて全体のリリースの作成、広報窓口、GYREの共通展示会場の構成を一手にお引き受けすることになった。加えて「ARCHITECT 2.0」展のキュレーションも依頼され、毎日各ギャラリーと設計事務所、GYREと連絡を取りながらいろいろな物事をまとめていくこととなった。

いくら調整ごとが嫌いではないとは言え、なかなかに骨の折れる仕事ではあったが、都市とか政治とか言っているからにはこれくらいささっとまとめられなければならない。

・・・とは言うものの、実際はいろいろ手違いやすれ違い等もあり、関係各方面にご迷惑をお掛けしてしまった。皆さんのご協力があり、なんとか無事こぎ着けたというのが正直なところ。

28日から始まった搬入と設営。各ギャラリーと設計事務所から続々運び込まれる模型たち。続々と空間が出来ていく。29日夜にはだいたい揃う。30日、キャプションをどんどん取り付けていく。会場が一気に情報化される。「2.0」展会場にmashcomixとTEAM ROUNDABOUTのコラボレーションによる「巨大戦後日本建築史マンガ」が掛けられると会場の濃度が一気に変わる。圧巻、の一言。

31日、なんとか準備を終え、最後の調整をしていると、批評家の浅田彰さんや白石コンテンポラリーアートの白石正美さんなど、そうそうたるメンバーが登場。企画監修者の飯田さんが呼んで下さったようだ。緊張しながら説明をする。浅田さんは『思想地図』や『ユリイカ』を読んで下さったそうで、展覧会の趣旨も素早く理解して面白がって下さった。

18:00過ぎ「2.0」展プレス発表。簡単な挨拶のあと、マンガから順番に説明をしていく。ノンストップで40分くらいかけて全作品の出展意図を説明。ここで伝えたいことは全部説明した。さすが本物のプレスの方々は熱心にメモを取って下さり、手応えを感じる。

プレス発表の間、白石さんが後ろの方でずっと説明を聞いて下さっていたのが嬉しかった。白石さんは今から20年前、表参道にあった伝説のギャラリー「東高現代美術館」で建築展を企画したことがあったのだという。そのときの参加者は当時30代の妹島和世さんたちだった。「2.0」展はそれ以来の建築展だと言ってくれた。

19:00より共通のオープニング・レセプション。徐々に人が増え、足の踏み場もないほどに。伊東豊雄さんはじめ、出展建築家の皆さんやメディア関係者の方々、美術関係者の方々がたくさん集まって下さった。「2.0」展のほうは一様に好評だったが、人が多すぎて途中からマンガしか見えない状況になってしまう。

21:30無事終了。その後の打ち上げの席ではとろけるような睡魔に教われる。こんな気持ちは久しぶりだ。LIVE ROUNDABOUTの1回目を終えたときと同じような、何か新しい出来事を起こした手応えのようなものを感じる。

今までにない、問題提起型の展覧会になったと思う。ぜひ多くの建築関係者に見て頂ければと思う。

1日は「生成の世代」展のオープニング・レセプション。

「生成の世代」展 オープニング(BUILDING M日記)

31日と違い、プレス発表等はないので、リラックスして臨む。21:00終了。オーナーの吉井さん、出展者の皆さん、TEAM ROUNDABOUTメンバーと近所のもんじゃ焼き屋さんに移動し、打ち上げ。

もともと現代アートはそんなに詳しい方ではなかったが、今回の仕事で一気に詳しくなることができた。今回の参加ギャラリーは現代アートの最先端を扱うところばかりなので、吉井さん、小山さんをはじめ、有名なギャラリストの皆さんといろいろお話しできたのは貴重な経験になった。

美術と建築は似ているようでとても違う。展示ひとつとっても、例えばアートギャラリーの展示では、キャプションの類いはほとんど表示しない。ハンドアウト(作品リスト)も、カウンターでお願いしないともらえない。ビルの入り口に来ても、どこにギャラリーがあるのかすぐにはわからない。会場の入口のタイトルもとても小さくしか表示していない。

そのようなこともあり、hiromiyoshiiの会場では「小山Gの展示の一部かと思った」という人や、「全部藤本さんの作品だと思った」という人もいた。「説明し尽くす」主義の私たちとしては苦しいところではあったが、今回はそういう流儀であると割り切って、美術的なプレゼンテーションに徹することにした。

会場は山崎清道さんが頑張ってくれて、とてもきれいな空間に仕上がったと思う。彫刻のように飾られた模型たちはいつもよりオーラを放っているように見える。

BankARTの展示のときもそうだったが、今回も建築関係者へ向けてというより、美術関係者や他領域の観客へアピールすることを考えた。1点突破で同じ展示を続けたのはそのような理由による。プリズミックから数えて、何度同じプレゼをしているのだろうかと思うが、作風がある程度浸透するまでは常連客より新しい客を取るべきだと考えた。このあたりのさじ加減は難しいが。

何はともあれ、ここ数ヶ月、時間を費やしてきたふたつの展覧会が、無事オープンできたことを喜び、感謝したい。ぜひ多くの方々に訪れて頂き、感想を頂きたい。

なお、アートギャラリーは基本的にコレクターとギャラリストの取引の場。サンダルに短パンの学生がうろうろするような雰囲気ではないので、学生諸兄は服装に注意。

fujimura

2009年08月03日

ならば君はどうするか?という問題

2夜連続で開催されたビッグ・イベントの翌朝、西田司/ON designの新作「横浜アパートメント」の現場へ。

現場は横浜の野毛山動物園裏の住宅地にある。時間が迫っていたが、地図を忘れ、道に迷ってしまう。途中まで辻君に迎えにきてもらい、雨のなか走って現場入り。心臓破りの坂がきついですが。

今回は「横浜アパートメント」の竣工直前の現場で行われたインスタレーションを巡るシンポジウム「僕らは実『現場』所をどこにみるか?」に呼んで頂いた。インスタレーションは、「403 Architecture」という横浜国大出身のグループによる。「横浜アパートメント」には1階に大きなコモンスペースがあり、2階に4つの個室がある。今回はコモンスペースの実践の例として、西田さんが呼びかけて彼らのインスタレーションとシンポジウムが実現したのだという。

まず西田さんに建物を案内してもらい、403のトークからシンポジウムのスタート。「斜に構えた連中の集まり」とかカッコつけている割には、聞いている方が恥ずかしくなるくらいベタに熱くリアルなものを皆で作ったことの感動を述べる403メンバー。いいですね。

6人が今回のプロジェクトで感じたことを代わる代わる語り続けていたが、一貫して単管足場、布板(=マテリアル)の話と現場(=サイト)の話が中心。熱さはあるが、当事者以外にとってはとりとめがなく、広がりの感じられない議論であったのは確かである。当然の帰結として会場から「初めて来た人には通じない話だが、ギャップをどう考えるか」と質問が出る。

その後、休憩を挟んでシンポジウム。

こういうとき、僕のようなゲストの役割は、
彼らの「熱いが狭い」主張を客観視して、問題を取り出し、議論を拡げることである。

まず予想されるリアクションを整理。

後輩は「先輩すごいなあ」とベタに感動するだろうし
同級生らは「内輪で盛り上がりやがって」と斜に構えるだろうし、
先輩らは「当たり前のことで盛り上がりやがって」と思うだろう。

ラウンドアバウトの議論も全く同じなのでよくわかる。

だからそれがいかに素晴らしかったか、だけを語っても伝わらないので、
いかに客観視する問題のフレームを作れるか、がポイントとなる。

そこで僕が組み立てようとして議論は下記の通り。

作品をつくることは素晴らしいが、「その先にどこへ向かうか」を考えると、
可能性としては論理的に2つの方向にしか展開し得ないことに気づく。

1.表現を極める=芸術にする=アーティストになる
2.機能を極める=工学にする=工務店になる

その2択感は、建築家が置かれている状況と全く同じ。

1.表現を極める=芸術にする=アトリエ派
2.機能を極める=工学にする=組織・ゼネコン派

本来は建築家という職能は両者のあいだに位置づけなければならないのに、
それが不可能になってしまったのが1970年以後の技術依存が進んだ社会。

ならば君はどうするか?

アーティストか、工務店か、はたまた第3の道を探るのか?
「単管足場」の先に、君のスタンスが問われる。

現代建築がいかに可能か、について議論をしていると、
図らずもその人の人生観なり、建築観なり、社会観なりが出てしまう。

ああ、君はゼネコンに就職するわけね、とか。
ああ、君はアトリエに行くわけね、とか。
ああ、君は第3の道を目指してけもの道をたどるわけね、とか。

それを明らかにすることがまず重要。
そこが何よりも、建築の可能性を考えるための起点となるからである。

今回のテーマである「実『現場』所をどこにみるか」という問いは、
まず君自身のスタンスに問いなさい、ということになる。

彼らのような20代にとって、アトリエか組織かという就職の問題は
個人の問題のように思えて、そのまま社会の問題に繋がってしまう。
だから大学院生が「社会」とか、「都市」について考えるなら、
セルフビルドのことを考えるよりも、
「就職」のことを考えるのがもっとも正しい。

一生セルフビルドを続けるならそういうスタンスもあり得るけれども、
そんな根性のある人はほとんどいないからである。
やれるもんならやってみたまえ。

彼らは「プロセス」の話に期待して呼んでくれたみたいだが、
話を聞いていると「スタンス」の話のほうがしっくりきた。
スタンスを定めずにプロセスの話だけしていても意味がないし、
逆もまた真なり。

現状、日本の建築系の議論は90%以上「身の回り」オチである。
「作ることそのものが素晴らしい」とか。
「身の回りから考えていきたい」とか。

それでは話が前に進まない。
当事者で盛り上がって終わり。

そういう話は自分たちで勝手にやって下さい、
という空気になって議論はまずまず閉じる。

西田さんも僕も、その先に行こうとしているし、
403の彼らもそういう展開を期待しているはず(べき)。

メンバーの原崎さんは「藤村さんの言っていることは
社会人になって働くから少しはわかるようになったが
観客の学生の皆さんにはわからないのではないか」と言っていた。

たぶんそうだろう。
それはわかっている。
でも問題は常に提起しなければならない。

ちなみに僕は「どうせすぐには通じないが、しつこく話せばいつかは通じる」と考える。
黒川紀章が「共生」という単語の入った講演会のタイトルを数えたら
1000回超えていたという。そうやって同じ単語を強調していくと
世の中が「共生」「共生」と言うようになる、と。
そういう姿勢が大事かと。

先日の思想地図イベントに参加してくれた人のひとりは
「観客が一緒に成長している」と表現してくれた。
議論の楽しさだけ、充実度だけ考えるなら話す人を選べばいいだけの話だが、
それではやがて管を巻くだけの議論になるのは目に見えている。
成長するためには「話の通じない人に」アプローチするのが重要。

僕らはずっと一貫して「メディアに訴える」という戦略を採っている。
RAJvol.8や福岡のデザイニング展で実感したことだが、
地方の建築家であれば社会=コミュニティやローカリティに直接出会えるが、
東京の建築家はメディアを介さないと社会に出会えないという
決定的なスケールの違いがある。

ゆえに採るべき戦略にも違いがある。
だから私たちはフリーペーパー、シンポジウム、本、展覧会と
メディア活動に焦点を定めて活動を展開し、
メディア関係者にターゲットを絞って問題提起を続けている。

メディア関係者の意識を変えなければ、
議論そのものの風向きが変わらないからである。

西田さんは「横浜」でローカル型、コミュニティ型のアプローチを採りつつ、
しっかり『新建築』の編集長を呼んでいるあたり、
メディア型のアプローチも忘れない。
素晴らしいバランス感覚。
とても共感する。

そして、そんな西田さんの戦略的なフリに対して
ベタなまでに熱く盛り上がっちゃう403のメンバーにも、
とても共感する。

建築家は、熱く、かつ戦略的でなくちゃね。
これからも頑張って仕掛けて頂きたい。

展覧会のオープニングの直後というタイミングで
自分たちの活動を振り返る意味でもいい機会だった。
呼んでくれてありがとう。

それにしても、すごい建築が現れたと思う。
「スタンス」や「プロセス」がそのまま立ち上がったような建築。
BankARTで模型を見て以来、ずっと期待はしていたが、本当に実現してしまうとは。

「横浜アパートメント」は間違いなく西田さんの代表作になるだろう。
そういう建築が立ち上がる瞬間に立ち会えたのは同世代の建築家として幸運だった。
またそのうち訪れたい。

fujimura

2009年08月08日

ダイアリー/アーカイブ/プロセス

10+1website「特集:建築とアートの新しい関係」にARCHITECT TOKYO 2009関連のレポート記事を寄稿させて頂きました。

ARCHITECT TOKYO 2009──アート・ギャラリーで建築展を開くという試み(藤村龍至)

同特集では美学芸術学の天内さんも寄稿されています。

記録することの意味(天内大樹)

川俣論>磯崎論ときて、最後に藤村論!!

そのプロセスの重要な役割は、実は模型という形で残された彼らの検討プロセスのログ、あるいは設計要素=「変数」の一操作ごとに残されたダイアリーであり、それが集積されたアーカイヴである。過去の操作を保存する模型群は、設計の"Undo"操作を保証するためではなく、むしろ一つの「変数」を読み込んだときの操作を保存し、そのベクトルを無効にしないようにするためのものと考えられる。

そうそう。

そうしたベクトルの集積が、検索ないし比較の過程を具現化し、そこに建築家の職能を見いだす──というのが藤村の議論である。ここでも、アーカイヴの意義が別の形で読み込まれていることが理解できよう。

そうそうそう。

こうしたアーカイヴの重視は、おそらく方法論のドラスティックな進歩が見込まれているときに、見込まれた将来の方法論を適用する材料を集める過程を軽減することが目論まれている★7。おそらく、建築でも美術でも、そのような予感が広範に共有されているのだろう。

そう、そうなんだよね!

天内さんによれば磯材、川俣、藤村は下記のように整理されると。

磯崎:建築家の署名がどこまで有効かを測定するためにアーカイヴを利用する
川俣:美術家の署名につきまとうある種の思い込みを解除するためにアーカイヴを利用する
藤村:建築家の署名がそもそも成立するのかを測定するためにアーカイヴを利用している

なるほど。

このブログにしても、twitterにしても、ダイアリーやアーカイブをそのまま設計や批評の材料にしているような感覚がある。作家がログを残すことはコルビジュエの時代からあったけれど、ログ=履歴そのものを設計の材料にするような方法論はこれまでありそうであまりなかったと思うのだが、さまざまな情報技術や、それがもたらした想像力がそれを可能にしていることは言えるのではないかと思う。それを「新しい署名の方法」と定義することはできるのではないか。

つい先日、R&Sie(n)に務める木内君とペン大でセシル・バルモンドのスタジオを受講していた福西君と話す機会があった。フランソワ・ロッシュとセシル・バルモンドは現代のアルゴリズム表現の2大カリスマのような建築家で、そこで学んだ彼らがたまたま揃ったのは興味深い。

海外を見渡すと、どこかで見たような形態が氾濫している。似たような形態の洗練の度合いでしか比較できない。それらを差異づけ、意味付けるものは背後にある設計の方法論だが、それをまともに議論しているのは日本しかない、と木内君はいう。

ヨーロッパやアメリカの建築が全体に行き詰まっているのは確かだが、木内君がいうほど日本で設計の方法論の議論が盛んだとは今のところあまり思えない。「結果論」としてプロセスを公開するような企画はいくつかあるけれど、「方法論」として正面からプロセスの問題を議論している企画は少ないのではないか。まして、その社会的な意味を議論する機会はどれだけあるだろう。

結局のところ、表層で多彩な表現があふれているときに表現のオリジナリティをいくら追求しても、多少の流行はつくれるとしても、結局マーケットに消費されるしかないという構造は、アートも建築も似たようなものなのだと思う。そんな時代にいたずらに美術の表現だけ真似て、あるいは建築の表現だけ真似て、「建築とアートが近づいた!」と議論しても生産的とは言えない。どちらかと言えば、天内さんが指摘するような磯崎さんや川俣さんのように記録や表現を生み出す構造的なレイヤーでのクリエイションのほうに可能性があるのではないか。

ということは、建築家にせよ、アーティストにせよ、あるいは批評家にせよ、向かうべき方向は見えているといえる。10月の建築夜楽校シンポジウムは、今回のアートイベントで学んだことを持ち帰り、新たな議論を構築するきっかけとしたい。
fujimura

2009年08月12日

ARCHITECT 2.0展 全コンテンツ解説

表参道GYREで開催中のARCHITECT 2.0展、おかげさまで動員も好調のようです。

松島JPが日記をうぷしていますね。
7/31 (STUDIO LITHIUM diary)

それでは、恒例の全コンテンツ解説を。

会場ではまず、「戦後日本建築史マンガ」が時代を切り取ります。

1.1945-1970

テーマはビジョンとリアリティの関係。経済の成長と技術の発展が著しい時代には、ヴィジョンとリアリティが緊張関係を保つことができた。博士と市長のコミカルなやり取りは科学と政治の緊張関係が、手塚、アトム的なタッチで描かれます。

2.1970-1995

ここで描かれるのは資本主義と作家性の関係。巨大建築論争からバブル建築に至るまでの建築の巨大化と、それがもたらしたアトリエと組織の乖離およびそのカップリングが、ジャンプ(=商業マンガ)ふうの劇画タッチで描かれます。

3.1995-2010

最後は萌え系マンガで現代を描きます。脈絡のない学園マンガが教室を暗示する均等なコマ割りをベースに描かれ、ヲタキャラがその周辺を埋め尽くします。最後にそれをギャルがくるっと丸め、深層を規定するエンジニアの存在と次なる展開を暗示します。

時代毎に天丼+夢オチ、少年漫画+少女漫画、ギャル+ヲタというベタな表現を展開しています。RAJや建築雑誌でコラボしてきたmashcomixの皆さんが、それぞれの持ち味を活かして3名ずつ、合計9名のチームを組んでくれました。ミーティングでセッションを繰り返してストーリーをつくり、赤入れしながら絵を完成して行くプロセスは、単なる原稿依頼というよりはセッションと呼ぶにふさわしい作業だと思います。

越澤太郎さんによるキャッチコピーにも注目。越澤さんは私が携帯電話のCMに出演させて頂いたときのコピーライターです。mashのマンガのラフが上がってきた後、越澤さんともセッションを行い、一緒にコピーを練って行きました。こちらは初めてのコラボでしたが、非常に刺激的でした。

マンガにしろ、キャッチコピーにしろ、簡単そうで難しい、実に絶妙なバランスの上に成立する表現だと思います。我々の込み入ったコンセプトをmashcomixがビジュアルで、越澤さんがキャッチコピーで、うまく開いてくれました。

会場では、それぞれのマンガに解説がついています。マンガも広告も本来、解説はタブーとされていますが、本展ではあえて詳しい解説を加え、説明主義的にプレゼンテーションしています。昨今の作家の寡黙主義に対する批判でもありますね。

次に、出展作品に移りましょう。

1.せんだいメディアテークコンペ応募案(古谷誠章)1995

いつか実物を見たいと思っていたコンペ応募当時の模型です。パネルは東京大学で開かれた「ヴァーチャル・アーキテクチャー」展当時のもの。アマゾンの書架システムのコンセプトが95年当時に提出されていたことが驚きです。当時は判断できなかった古谷案の批評性を、今なら冷静に判断できます。

2. 富弘美術館(ヨコミゾマコト)2005

カラフルな模型も楽しいですが、壁面のパネルにもぜひ注目して頂きたいと思います。シングルラインで描かれたサークル・プランが日を追う毎に濃くなって行き、フィードバックを繰り返してジオメトリーが濃密にされていくプロセスが一目瞭然。表層と深層をきっぱりと切り離しメタレベルに立つその設計者像は、とても現代的だと思います。

3. W-PROJECT(日建設計)2009

山梨チームの方々が、渾身のパネルを出展して下さいました!ファサードの部分模型+美しくレイアウトされたシミュレーション+ヒューリスティックなアプローチを描いたプロセス・ダイヤグラム。美術関係者も一様に驚いていました。チームワークを見せつけられました。巨大性と建築の固有性を示唆するそのマニフェストは、新しい地域主義の可能性を示唆します。

4. GYRE(MVRDV+竹中工務店)2008

MVRDVと竹中工務店の関係はバブル期によく見られた外タレとローカルアーキテクトの組み合わせにあらず。工務店がコンペを主催し、MVRDV案を選んでいるという関係が設計者像として決定的に新しいのです。表参道に並ぶ建築は、差異と言ってもしょせんファサードの違いに過ぎない、建築家が「表層を超える」と言っても、所詮はファサードのパターンが構造を兼ねただけじゃないか、と言っている(かのような)コンセプチュアルな模型が痛快!

5. 朝日放送(隈研吾+NTT-F)2008

GYREと並ぶ、ダブルクレジット型のプロジェクト。担当の藤原徹平さんいわく「ビルを一個でもつくったことがある人ならきっと伝わる建築」。アトリエと組織が手を取り合えば、都市スケールで建築的思考を展開できる。コストがないから、時間がないからといってあきらめてんじゃねえ!というメッセージが伝わってきます。

6. re: schematic (徳山知永)2009

石上さんや隈さんとのコラボレーションなどで活躍する徳山さんのドローイング・ワーク。プロジェクト毎に開発された専用のCADが生み出す固有の表現を、「新しい図面」と呼んでいます。設計作業の深いところへぽんと踏み込むエンジニアのフットワークに現代性を感じます。

7. 新スケープ(中央アーキ+樋口兼一)2007

徳山作品が新しい深層のメディアアート的な表現とすると、それと対称的なのが中央アーキ+樋口兼一の写真表現です。彼らは自分たちの観察する対象を「新スケープ」と読んで区別しています。アトリエワンのメイド・イン・トーキョーのような、「B級」に注目することで価値の転倒を目論むという意図もなく、淡々と日常を切り取る姿勢を3枚の写真が的確に表現しています。

8. Browin' in the Wind(伊庭野大輔+藤井亮介)2005

代官山インスタレーションで1等を取ったインスタレーション作品。CFD解析のような大量の矢印を並列させた作品は、深層に広がる情報空間を暗示します。

会場では全ての作品にキャプションが長めに描いてあります。イントロの文章も含めて、ちゃんと読んで頂ければと思います。

なお、会場で配布しているアンケートは全部目を通しています。消費者がメーカーにクレーム付けるような調子で書かれたアンケートもたまにありますが、アンケートもコミュニケーションの手段です。匿名だからと言って汚い言葉でネガティブな印象ばかり書いていると、あなたのコミュニケーションのセンスが疑われますよ。僕らに手紙を書くつもりで記入すれば、もっと生産的な内容になるはずです。ネットも同じですけどね。

それにしても、今回はキュレーションという作業に大いに可能性を感じました。まだまだ勉強して次の展開を考えたいと思います。将来的にはコールハースみたいに本格的にキューションを展開してみたいですね。

今回は非常に限られた時間でのキュレーション・ワークでしたが、ARCHITECT TOKYOのラインナップとはまた異なるかたちで現代の日本を切り取るフレームの提示ができたのではないかと思っています。建築をリアリティをもって考えたい人に、ぜひ見に来て頂きたいと思います。

会期は30日までです。17日のみ、全館休業日なのでご注意。

fujimura

2009年08月18日

次世代の都市理論が完成するとき

2009年の夏休みは仕事の合間に後輩諸兄とフェスとか海とか行っている間に終わりました。2009年後半戦のスタートですね。

「ARCHITECT 2.0」展は相変わらず盛況。ブログ効果か、アンケートの調子がポジティブになってきた。入場者は一見少なく見えるが切れ目なく入ってきており、通常のGYREのイベントの1.5倍ペースで推移しているそうだ。LIVE ROUNDABOUTやシンポジウム等ではどんなに頑張っても200人の動員が限界であることを考えると、展覧会というメディアの大きさを思い知らされる。

そんな矢先、とてもポジティブな展評を発見。

2009-08-19 ARCHITECT JAPAN 2009─ARCHITECT2.0 WEB世代の建築進化論(Fairytale/Diary 童話日記)

近年まれに見る、「構造」と「批評」のある展覧会。裏を返せば本展キュレーターである藤村龍至さんが現代の建築界に投げかける批判的メッセージとしても読める。

我々の意図を読み取ってくれて、美術の状況と比較して下さっています。こういうレビューは嬉しいですね。

夏休み最終日の16日、東浩紀さん+宇野常寛さんの『Final Critical Ride』の打ち上げに参加させて頂く。荻上チキさんらと初対面。濱野智史さん、黒瀬陽平さんらと久しぶりに話す。東さん飲み会は毎回転校生みたいな気分で臨むがだいぶ慣れてきて楽しくなってきた。東さんのテンションにエネルギーをもらう。「建築界は外側と接点を持つべき。藤村はようやく開けた接点だ。これからも批評の世代交替のために共闘しよう」と檄を飛ばされる。

『Final Critical Ride』は1000円の同人誌というレベルを超えている。巻頭の仮面ライダー対談は異様に熱い。ライダー自体は見たことがないが、聖地が埼玉らしく、大宮とか川越とか東松山の写真が載っている。

濱野藤村対談「設計/デザインを考える」は今読み返してもとても刺激的な対談だと思う。いずれ建築系の読者にも読んでもらいたい。コミケ会場では学生も買いにきたそうだ。そのうちのひとり、後輩Nがレビューを書いてくれている。

全体を俯瞰するという価値(日常の想像力)

全体に読ませるが、最後が良くない。

この方法論は「ジャンプしない、枝分かれしない、後戻りしない」として、様々な設計条件を論理的に一つ一つ検証していくことで形式を発見し、成長させていく際に、同時に「イメージ」も形成していくことが意図されているのだと思うが(そこに飛躍しない飛躍という可能性が生まれる)そのイメージが形成される過程のダイナミズムをまだ実践できていないのではないかと感じる。様々な情報をコンテクストとして読み込んで行く時に、ハッとさせられるイメージを提示させられるかどうか、つまり日常を相対化できるかどうかがこの方法論の一つの勝負どころであると思われる。

要するに雑誌で見て「外観ダサくね?」っていう感想を述べている。よくある建築学生君のオチ。まだまだ読みが浅いのでは。

17日、夏休み明け業務再開。竣工検査やら会計やら原稿やらに追われる。この日から北大M1の石黒君と東大3年の西倉君の研修スタート。ふたりとも動きがよく、よくしゃべる。とてもよい。BUILDING Kのスタディをやっていた頃、生意気な東工大の後輩諸兄と議論しながら設計していた時期の雰囲気を思い出す。楽しくなりそうだ。

石黒はBUILDING Kの外観は好きだという。西倉はダサいと思ってましたという。好き/嫌いは趣味の問題なのでどちらでもいいのだが、ただ、ふたりともロバート・ヴェンチューリは知らないのだという。コルビジュエとコールハースの間にヴェンチューリがいることを、今の建築学生は知らないし、ヴェンチューリを知らないとBUILDING Kのアグリーさというのは理解されるはずもないのではないか。

18日、インタビュー取材@事務所。編集者の内野正樹さんがインタビューア。「フリーペーパーをつくった動機は?」から始まり、かなり綿密に練られたペーパーを片手に、次々と質問が繰り出される。少し話がそれると「それ違う」という表情をされるので空気を読みつつ話す。ほとんど面接試験である。

内野さんとこういうかたちでお話しさせて頂いたのは初めてだったので、とても緊張したものの、なんだかとても手応えを感じるインタビューだった。

途中、BUILDING Kの外観の話になる。設計の過程で、一旦かたちは完成したが、近隣住民の要望を踏まえて階数を下げたらプロポーションが崩れた。しかし、それでその建築のかたちはより多くの意見を読み込んだことになるので建築家としてはそちらのほうが満足だ、雑誌を見てプロポーションが悪いなどと言われるのは極めて表面的な印象論に過ぎず、建築家として目指すものが違う、という話をしたら、大いに納得してくれた。

別にカッコ悪いものを目指しているわけではないし、構成のレベルでの形式美のようなものはむしろこだわりがある(分節と統合のレトリックなど)のだが、今のところ表現としてうまく伝わっていないのだろうと思う。「アーティキュレーション」なんて言ってもなかなか理解できる学生は少ないので、後輩Nのような印象論ばかりが出てくる。

もっともその状況そのものは理論が浸透し、作品が増えるればそのうち改善されるので大して心配していない。妹島さんが出てきたときだって、みんな「ああ、あのおしゃれなパチンコ屋さんの人」とか言っていたのだ。それよりも今考えるべきことはたくさんある。

そのうちのひとつが、都市の問題である。19日、長谷川豪さん、中村拓志さんと一緒に参加している「地域社会圏」のミーティング@山本事務所へ。僕だけうまくかたちにならず苦戦していたので、この日は個別に特別ミーティング(ただの劣等生ですが何か)。ようやくおおまかな方向性はOKが出た。よかった、よかった。これで迷うことなくスタディに没頭できる。

山本さんは上機嫌でいろいろな集落の写真を見せてくれた。集落は奥深くて面白い。しばらく議論に花が咲く。

ブログに端を発し、フリーペーパーでの議論を経て、「超線形設計プロセス」という方法論は、「批判的工学主義」=新しい地域主義という目的を得た。そのおおまかなストーリーは『思想地図 vol.3』で構築することができたと思うのだが、問題はその先に構想される社会像をいかに描くか、である。まだ直感レベルの仮説でしかないが、恐らくジェネレーションの問題をアーキテクチャ的に建築化できたとき、次世代の都市理論は完成するだろう(とtwitterでもつぶやいてみた)。

それがどういうものなのか。その理論を構築するのが次のステップであり、当面の目標となる。僕の中では、40歳までにその理論を完成させるというおおまかな目標が生まれつつある。「地域社会圏」の研究会は、そのきっかけとなるあろうか。10月の締め切りに向けて、スタディを進めたい。
fujimura

2009年08月21日

「生成の世代」展 トークイベント(8/29土 18:00)のお知らせ

GYRE+都内6ギャラリーで開催中の建築展も折り返し点を過ぎましたが、hiromiyoshiiで開催中の「生成の世代」展最終日に下記のトークイベントを行います。奮ってご参加下さい。

トークイベントのお知らせ

出演:藤本壮介、中山英之、中村竜治、吉村靖孝、藤村龍至、dot architects
モデレーター:TEAM ROUNDABOUT

日時:8月29日(土)17:30開場 18:00
会場:清澄庭園 大正記念館(清澄白河駅下車徒歩5分)
料金:1000円(税込)
定員:先着150名
主催:hiromiyoshii

<お申し込み方法>
メールの件名に「生成の世代展、トークイベント参加希望」とご明記の上、info@hiromiyoshii.comへお送りください。本文には、必ずお名前、ご住所、連絡がつくお電話番号を明記くださるようお願いいたします。

なお、申し込みは1回のメールにつき1名様分のみとさせていただきます。各トークは先着順に参加受付の上、順次メールにてご連絡さし上げます。

*お電話でのお申し込みはできません。
*キャンセルはお受けできませんので、お申し込みが受付された場合には必ずご参加をお願いいたします。万一キャンセルの場合でも、料金を頂戴いたします。
*スペースの都合上、お立ち見のお席をご用意する場合がございます。ご了承ください。

展覧会情報

出演:藤本壮介、中山英之、中村竜治、吉村靖孝、藤村龍至、dot architects
モデレーター:TEAM ROUNDABOUT

会期:8月29日(土)まで
会場:hiromiyoshii(清澄白河駅下車徒歩5分)
入場無料/12:00-19:00/日月祝休
お問い合わせ:info@hiromiyoshii.com(担当:関島)

fujimura

2009年09月02日

10/1,8(木)18:00 建築夜楽校2009「データ、プロセス、ローカリティ——設計プロセスから地域のアイデンティティを考える」開催!!

10月の日本建築学会の建築文化週間で、今年も「建築夜楽校」を担当させて頂いております。今年もかなり熱いです。乞うご期待。

−建築文化週間2009−
建築夜楽校2009
テーマ:データ、プロセス、ローカリティ——設計プロセスから地域のアイデンティティを考える

主 旨:建築設計のCAD化が進んだ1990年代以降、設計技術の「情報化」が叫ばれ、コンセプトレベルではコンピュータ・アルゴリズムをはじめとする設計プロセスに関する議論が盛んに行われたが、実務レベルでの応用が難しいとされてきた。ところが近年、設計環境のグローバリゼーションにより、実務レベルで3次元CAD、BIMの導入が盛んになされてきており、技術的な前提の変容に伴って設計プロセス論は再び転換期を迎えていると言える。
 他方、社会学等で度々指摘されているように、地域社会の空洞化に伴う地域アイデンティティの喪失=「郊外化」は著しく、風景の固有性はますます失われつつある。これらの変化は共に90年代以降の重要な社会的変化であることは認識されつつあるが、両者の関係を具体的に論じた建築学的な議論はあまり見られない。
そこで本企画では、「データ」「プロセス」「ローカリティ」をキーワードに、「情報化」を「郊外化」の原因として遠ざけるのではなく、情報化によってもたらされた知見を郊外化に対抗するためのコンセプトとして捉え直すことで、建築の新たな社会的役割について考える。

第1夜:データとプロセスの関係について考える
日 時:10月1日(木)18:00〜20:30(開場17:30)
パネリスト:
中山英之(中山英之設計事務所)
小嶋一浩(CAt・東京理科大学)
山梨知彦(日建設計)
コメンテータ:難波和彦(東京大学・界工作舎)
    江渡浩一郎(産業技術総合研究所)
モデレータ:藤村龍至(藤村龍至建築設計事務所・建築文化事業委員)
      濱野智史(日本技芸)

第2夜:プロセスとローカリティの関係について考える
日 時:10月8日(木)18:00-20:30(開場 17:30)
パネリスト:
    五十嵐淳(五十嵐淳建築設計・北海道)
家成俊勝(dot architects・大阪)
井手健一郎(rhythmdesign・福岡)
コメンテータ:古谷誠章(早稲田大学・NASCA)
        鈴木謙介(関西学院大学)
モデレータ:藤村龍至(藤村龍至建築設計事務所・建築文化事業委員)
     濱野智史(日本技芸)

会 場:建築会館ホール(東京都港区芝5-26-20)
定 員:300名(当日先着順)
参加費:無料
問合せ:日本建築学会事務局出版・普及事業グループ 鎌田
    TEL 03-3456-2056  E-mail kamata@aij.or.jp

fujimura

2009年09月07日

戦力求ム

夏のイベントが終了し、9月は落ち着いて設計モード。住宅2つのほか、集合住宅等、いくつかの基本設計が同時進行し、事務所の模型の山が積み重なってきた。エスキスが楽しい。

さて、山崎泰寛さんのインタビューが佐藤敏宏さんのHPで公開されていますね。

2009年8月2~9日 ことば悦覧in京都 記録集 山崎泰寛さん編 

いろいろ知らなかったことがわかって面白かったです。ケンチクナイト、懐かしいですねw。

柳原照弘さんやdotの家成俊勝さんらが中心となって今月18日から開催されるイベント「DESIGNEAST」の「DESIGNLOUNGE」というコーナーで、20分のショートレクチャーをさせて頂くことになりました。大阪発のイベントなのに「EAST」と名付けるあたり、世界を意識した戦略を感じさせていいですね。

福島の佐藤さんに限らず、大阪の柳原君や家成さん、広島の谷尻さんや福岡の井手君など、状況を変えるべく行動している同世代の建築家には本当に刺激を受けます。メディアそのものがどんどん縮小していくなかで、本当に批評的で刺激的な状況は自分たちの手でつくる以外にない、という認識は、今では当たり前のこととして共有されていますね。

他方で、「自分たちの手でつくること」そのものには何の意味もないことを忘れてはいけない。問題は刺激的な状況に自分たちが包まれ、「刺激を得られる」かどうかであり、そしてそれを外部に「届けられる」かどうか。

・・・と意気込んでいるところで少し残念なエントリがあった。

「ARCHITECT2.0展」/「アルゴリズミック・デザイン」/「理論と実践」(建築について 地方から建築について考える)

「ARCHITECT2.0展」で藤村龍至氏との話に出た「アルゴリズミック・デザイン」について、建築系ラジオを聴き直したり、松田達氏のブログ、藤村龍至氏のブログを読み返してみた。(中略)

松田達氏のブログではより詳細に書かれていて、松川氏は「科学」、藤村氏は「政治」というメタファーで建築を捉えている。そして松田氏自身は「建築」がメタファーだ、と。「科学」や「政治」という建築の外部のメタファーではなく、建築自身を「建築的思考」をもってのみ「建築でしかできないこと」に到達できる、としている。(中略)

そして「建築という実作で勝負する」というスタンスは僕たちを勇気づけてくれる。建築を設計している多くの人たちは、独自の建築理論や設計論を展開させても多くの場合は誰にも相手にされない。それはある特別な人たちのみに開かれた世界。けれど、僕たちだって建築をつくることができて、実作・実践で勝負することには可能性は開かれている。(中略)

もちろん僕は設計論や方法論を軽んじているわけではなくって、それらはそれで可能性を広げてくれるし、それとは別に実作で勝負する世界があってもいいのだと思う。両者を横断することで、建築の可能性はより広がっていくのだろうと思う。けれどとにかく、少なくとも僕は、実作・実践で勝負をしていかなくてはいけない。

彼は地方在住の建築家であり、私たちの展覧会へ足を運んでくれ、ラジオの議論やブログのエントリ等もよく読んで下さっているという方なのだが、「残念」だと書いたのは、彼がここで得た結論が僕らが伝えたいことと全く逆だからである。

彼は地方の在住だからよく知っていることと思うが、現状では「実作」でいくら勝負したつもりであっても、それだけでは社会になかなか届かない。そもそもメディアは縮小傾向にあって掲載の機会は限定されているし、掲載されたとしても「建築」そのものが社会から乖離した現状では、そのメディアは専門家や一部のファンにしか届かない(=彼がいう「多くの場合は誰にも相手にされない。それはある特別な人たちのみに開かれた世界」)。

そのような現状で「良いものをつくれば届く」という発想はナイーブに響くし、「自分には関係ない」とやり過ごすのも消極的過ぎる。

もちろん、個人の主張が届く範囲なんてたかが知れているし、どんなにいいものをつくったつもりでも、上手く伝わらないし、伝わったところで、社会構造が大きく変わることはないこともわかっている。

しかし、だからこそ「戦略」が必要なのだ。僕らがイベントや展覧会を起こすのも、東京のメディアに頼らず自分たちの手でムーブメントを起こそうとする柳原君、家成さん、谷尻さん、井手君といった人たちに共感するのも、そこに「目標」があり、「戦略」があるからである。

僕らが「理論」で勝負しようとするというのも、それ自体が目的であるということは決してない。ひとつの「戦略」なのだ。すなわち、意味のある「理論」を提示すれば、必ず異分野の論客に届く。するとその論客はいろいろな媒体で僕らのことを取り上げてくれようとする。そこから輪が広がれば、いずれ社会全体に届くようなメッセージへと拡大する。「一般」にメッセージを届けるには、そのようなプロセス的な作戦が有効なのではないかと僕らは考える。

念のため補足をすれば、僕らは「理論」といってもそれのみを体系立てて論じる能力はない。「超線形」にしても、「批判的工学主義」にしても、生きて行くうえで、きちんとした設計料をもらって、個人的にも社会的にもクリエイティブだと思える仕事をするためにはどうすればいいか、自分たちなりに経験を分析して作戦にしたものを提示しようとしているに過ぎない。

逆に言えばそれは限りなく「実践」的な行為であって、「それらはそれで可能性を広げてくれるし、それとは別に実作で勝負する世界があってもいい」などという、生半可なものでは決してない。むしろ実践や実作で勝負をするためにやっているのである。

もし彼が現状に満足し、肯定しきっているなら特にいうことはない。しかし、現状に多少なりとも不満を覚え、将来に一抹の不安を感じて何とかしたいと思うならば、「理論」なり「イベント」なり「メディア」なり、他人を巻き込んで行動し、道を切り開こうとするべきではないか。

もっとも、彼のメッセージには僕らのプレゼンテーションに足りていないことを教えてくれるものだ。「クリエイティブな環境をつくりたい」というストレートなメッセージをもっと主張して行かないと、「あいつら、趣味で学生相手にフリーペーパーとか展覧会とかつくっていて、気楽なもんだね。俺は仕事、仕事」みたいな感想を持ち帰る人も出てきかねないということだ。

僕らは自分たちの不満や不安を解消するために、週末に少しだけ時間を割いて活動をしてきただけだし、そのことを誇大に宣伝するつもりはない。ただ、それだけのことでそこそこの情報は発信できるし、その姿勢を人に伝えようと努力していれば、同様の問題意識を持つ人とどんどん連係するくらいのインパクトは、誰でもつくることができる、ということは伝えて行きたい。

独自の活動を展開するための条件は、webがあるのだから東京でも地方でも違いはないし、むしろ人の繋がりが強い地方のほうが展開しやすいということを考えれば、「一般」という言葉を免罪符のように使って対岸にいようとするのはずるいのではないか。

それで何が変わるのかと、性急に答えを求める人もいるだろう。しかし僕たちは、単なる議論でも、「戦略」的に発信する限りにおいては、メッセージが届く範囲も少しずつ広がるだろうし、それが力になって環境も少しずつ改善して行くだろうし、それしか方法はないと考える。それは自分たちがRAJのvol.9までをつくってきて、はっきりしたことである。活動を開始した2007年頃には、ここまではっきり言い切れることはなかった。しかし、活動を続けていろいろな反応に揉まれて行くうちに、メッセージがどんどんクリアになってきていることは確かである。

・・・というようなことを悶々と考えていたところ、東浩紀さんが『週間朝日』でまるまる1頁を使って、その思いを伝えて下さいました。

資本主義への「埋没」「抵抗」でない「第3の道」探る若手建築家(東浩紀の「批評するココロ」)

藤村氏は「批判的工学主義」や「超線形設計プロセス論」を掲げる理論派の秀英です。(中略)

むろん僕には彼の建築家としての資質を判断する能力はありません。仄聞すると、業界内には批判的な向きもあるとか。けれども、彼の試みはまちがいなく現代社会の本質に触れている。今後、注目すべき人物だと思います。(中略)

藤村氏は建築家です。だから彼にとっての最大の幸せは、作品として個別にすぐれた建築物を完成させることにあるにちがいない。けれども彼は同時に、現在の閉塞状況が、そんな個人プレイをいくら積み上げても打破できないものであることをよくわかっている。(中略)

ぼくたちには彼のような知性がもっともっと必要なのだ、と思いを新たにしたのでした。

一般紙なので少し強めに書いて下さっていて恐縮ですが、建築領域以外に、東さんのような理解者がいてくれることは心強い限りですね。

東さんによれば、文学でも思想でもアートでも同じ光景が広がっているのだという。どう「同じ」なのかが説明できるならば、どう連係して行けばいいのかがわかるわけで、同じ社会に対峙する限り、どんどん議論を広げて行くことができるということでもある。まさに「理論」の力。

・・・とはいえ、我々も設計事務所として力をつけていかなくてはならない。いくら名前が広まり、メッセージが広まったと言っても、設計の技術が伴っていなくては説得力に欠けるというものだ。「理論の力」は訴えなければならない。ただ、それを訴えれば訴えるほど、「作品の力」も問われる。それは自覚しているつもりだ。

気負う必要なないが、緊張感は保って行きたい。

というわけで、藤村事務所ではスタッフ1名と、秋学期からのオープンデスクを若干名募集することになりました。興味のある方は、奮ってご応募下さい。

STAFF WANTED!!(藤村龍至建築設計事務所)

事務所そのものは、超線形的に発展し始めています。ユニークで力強い戦力を求ム。


fujimura

2009年09月17日

3つのテスト---フォルム、メソッド、コンテクスト

11日はギャラリー間「日本一決定戦」のオープニングへ。順位がはっきりついている展覧会というのもなんだか面白い。

上位5作品が全て群造形(コレクティブ・フォーム)である。曲面系が少なく、ボクセライズしたような低解像度系の造形が発達しているのは日本の特徴だと思うが、今回の結果をみると、それがはっきりしている。

その状況は興味深いし、60年代の議論との比較も可能だろうが、他方でこれだけ多種多様なイメージにあふれた今日の状況では、多少捻ろうが、積み重ねようが、あらゆるフォルムには既視感があることも事実である。そのような時代には、どのような「方法」で設計されたのか、そして、どのようなコンテクストと関係を取れたのか、という裏付けだけが唯一確実な批評の手がかりとなることに注意したい。

具体的には、下記のようなテストをすればよくわかる。

1. フォルム(形態)にインパクトがあるか
2. メソッド(方法)は明快か
3. コンテクスト(文脈)を浮かび上がらせているか

「下宿都市」や「触れたい都市」などの京大勢には1までしかない。
石黒案と大野案は2まであるが、大野案には2までしかない。
石黒案のみ、さりげなく3まで満たしている。模型も小さく、プレゼンもおとなしいが、アイディアの重層性が感じられる。

講評会等で作品を見ていても、1で半減、2でさらに半減、3まで満たすものはとても少ない。方法もコンテクストもないのに「ここに住みたい」とか言われても・・・という場面も多い。

もちろん、これらは展覧会のオーディエンスが事後的に見るから言えることであって、卒業設計に取り組む当事者にとっては知る由もないことであるし、反対にオーディエンスにはわからない審査の場の力学もいろいろと働いたのだろう。

日本一の石黒卓君はこの夏、3週間ほどオープンデスクに来てくれたのでいろいろ話した。まじめで優秀だが、ポートフォリオを見て少々驚いた。卒業設計までは全然ぱっとしないのだ。自己流で、軸がない。失礼な言い方だが、地方の建築学生の典型である。どこかで化けたとしか思えないが、4年生になる頃から少しずつ他の人がどうやっているか研究し始めたのだという。確かに学習能力は高そうだが、レモン展の審査会場での堂々とした受け答えの印象しかなかったので、人は半年でここまで変わるものかと驚いた。

彼はとにかくよくしゃべる。そして何も知らない。知らないくせに思ったことをそのまま言う。そこはとてもよい。

オープニング後、遅れて打ち上げに合流。深夜の六本木で3次会、4次会と進み、最後は入賞者の学生諸兄らとまったり飲む。いろいろ議論。「下宿都市」の池田君は最後まで悶々としたままで攻略(?)できず。

石黒君にしろ、池田君にしろ、大舞台で作品を認められ、賞を勝ち取ったことは賞賛に値するし、誇るべきことだと思う。しかし、卒業設計まではすごく良かったのに、ちょっと目立ってしまったが故にちやほやされた挙げ句、迷走してしまう人がいるのも事実。終わったことはさっさと忘れて、次のステップに向けてまた頑張って欲しいと思う。またそのうち飲みましょう。

12,13日は越後妻有トリエンナーレへ。作品は玉石混淆だが、ものすごく大量の人を動員していて興行としてかなりの成果を上げているだろうことがわかった。山奥の廃校になぜこんなに人が押し寄せるのか。アートの力というか、仕掛けの力を感じ、そのことに多いに感銘を受けた。

同時に、他ジャンルの表現を見るのは勉強になる。稚拙さに開き直ったものは面白くない。説明的すぎるものも面白くない。洗練されたものはわくわくさせられるが、それだけだと先がないような感じがする・・・などなど。

16日、朝イチで所沢ビエンナーレへ。第1回だそうだ。所沢駅前の西武鉄道の車両工場の跡地が会場。地元だがここに来たことはなかった。ものすごく味のある空間で現代美術の展示場としてとても魅力的。この建物を保存し、現代美術館として再生したら面白そうだが、いずれタワーマンションとショッピングモールになるのだろうか。

同じ日の夕方、SDレビュー2009のオープニングへ。優しげなドローイングが目立つ。なんとなく審査員の先生方が持つ若い世代へのイメージがあって、それがフィードバックされて似たようなイメージが再生産されているという状況だろうか。これは応募者の問題というよりも、企画の問題のような気もする。

展覧会にはいくつかの効果がある。ギャラ間、SDのような教育的効果、妻有、所沢のような地域振興的な効果、など。やりようによってはいろいろ可能性のあるメディアだと感じる。

他人の展示を見て学習したことを、自分の仕事へとフィードバックしなければと思う。何事も学習、学習。夜楽校の関連展示も急がなければならない。

スタッフを引き続き募集中です。条件を少し変えました。

STAFF WANTED!!(藤村龍至建築設計事務所)


fujimura

イベント・スケジュール情報

藤村が関係しているイベント一覧です。申し込み方法等、詳細はリンク先でご確認下さい。

9月19日21:00/ショートレクチャー(20分)/DESIGNEAST DESIGNLOUNGE/大阪

10月1日18:00-20:30/モデレータ/建築夜楽校2009/建築会館(田町)
10月1日-16日/展覧会・キュレーション/建築博物館(田町)
10月8日18:00-20:30/モデレータ/建築夜楽校2009/建築会館(田町)
10月11日11:30-13:00/トークイベント/Archi-TV2009/建築会館(田町)

11月初旬/展覧会・キュレーション/大阪
11月19日/レクチャー/名古屋(予定)
11月26日18:00-20:00/レクチャー(90分)/JIA市民大学講座まちづくりセミナー/大阪

12月中旬/トークイベント他/北海道(予定)

随時アップして行きます。

fujimura

2009年09月29日

「世界水準の」デザイン/思考の場をつくるために

19, 20日と大阪で開催されていたDESIGNEASTへ行ってきました。とても気持ちよくプレゼンテーションできたし、いろいろな人のトークを楽しんだし、打ち上げに参加させて頂きながら、心地よい充実感を一緒に味わうことができました。主催者の皆さん、成功おめでとうございます。

家成さんから準備の状況を聞いていましたが、短期決戦であれだけのイベントを成し遂げたことは快挙と言えるでしょう。

他方、このイベントに参加させて頂いて、突き上げるような高揚感を共有させて頂いた反面、イベントを仕掛ける同世代の立場として、いろいろ考えさせられるところもありました。

一番重要な問題は、何が「国際的」で、何が「世界水準」なのか、ということです。今回も、「世界水準のイベントを」と銘打たれてはいましたが、外国人のレクチャーが前日やその日の日中にあったという事実以外は、いつものメンバーといつもの話をしてきたという感じもありました。僕が発表させて頂いたのはその日の最後のコマで、こちらがまとはずれだったのか、運営メンバーも少々お疲れ気味だったのか、質問も受けられず、少々まとまりのない議論になってしまった、という意味では、いつも以上の成果、とは言えなかったかも知れない。

「国際的」ということに関して言えば、以前オランダに留学していた頃、「議論ができない」というコンプレックスがありました。言葉の壁もあるにはあるのですが、比較的英語は好きで日常会話程度なら何とかなっていたので、それより大きなことは「語るべきことがない」あるいは「語るべきことがうまく言葉にできない」ということでした。

留学するまでは「海外で働く」ということに漠然とした憧れがありました。学部3年生の頃、とある国際ワークショップに参加したことがきっかけで英語でコミュニケーションすることの楽しさに目覚め(ありがちですが)、バイトして貯金しては海外に行く、という日々を過ごし、英語もどんどん覚えることができました。

他方、留学している当時OMAにあった伊東事務所にバイトに通わせてもらっていたので、OMAのCCTVチームで怒号を飛ばして仕切っている重松さんや、毎日明け方まで働き、早朝出て行く白井さんを横で見ていて、インターナショナルなチームのなかでバリバリ働いている本当の意味で「国際的な」活躍をしている日本人に憧れる一方で、そういう環境に立つことの難しさも悟らされました。

重松さんのように帰国子女で英語が全く不自由しないか、白井さんのようにまとまった実務経験がある人もいるが、そのどちらもない自分がそのまま就職を試みてかたちとして「海外で働く」ということになっても、単なるCG係、もしくは模型係となってワークショップの片隅で黙々とヒートカッターの技を披露するだけなのではないかと。

もっとも、学校では毎週火曜日のイブニングレクチャーで必ず質問する、帰ってから必ずroundabout journalの日記でレビューする、というささやかな実践も行っていました。外国人のことなのであだ名など付けて気楽にレビューしているうちに、日本の建築関係者のあいだでも多少知られるサイトになり、同時に、よくしゃべるヨーロッパ人にもいろいろいて、本当に耳を傾けるべき議論を展開している人はごくわずかであることもわかってきました。

その経験を通じて、「海外」であること、「英(外国)語」であること、「国際的」であることそのものには何の意味もなく、「議論の濃度=ナカミ」こそが重要であるという認識を持つに至りました。何とも当たり前のことですが、それまでの自分は「海外」であること、「英(外国)語」であること、「国際的」であることがより特別で、より複雑で、より上位であることだと思っていたのです。

遅まきながらそのことに気がつき、海外に長く留まることに意味を見出せなくなり、1年でさっさと帰国してしまいました。

それからというものの、それまでの海外志向の反動で、単なる「コクサイコウリュウ」に疑問を感じるようになりました。留学帰りということで、東工大で毎年開かれる国際ワークショップではしばしばTAをやらせて頂いていたのですが、その当時はそれが嫌で嫌で仕方がなく、留学生に話しかけられたりしても、英語で何か話をするのもかったるく感じていたほどでした。

それでも毎年繰り返される「国際ワークショップ」にはコミュニケーションの面で多少の苦労が伴うので、苦労を共に乗り越えて行くプロセスで独特の高揚感も生まれ、最終日の打ち上げでは毎回なんとなく「感動」してしまう。でもゲストらが帰国し、報告書をまとめる頃には「楽しかったけれど、楽しかっただけなのではないか。何か得たことはあるんだろうか」と反省することになるのでした。

もちろん成功例もたくさんあって、MVRDVのヤコブや吉村靖孝さんを講師に迎えて行われた「URBAN FARMING」のワークショップなど、楽しいだけでなく、コンセプチュアルな水準で刺激的だったワークショップの経験もたくさんありました。

つまり、こうした企画の成否は、コンセプトやテーマの切れ味に尽きるということです。単に「国際的」というだけでは、それ自体に意味はない。似たものに「異分野」と「1/1」があります。雑誌やイベントなどの企画会議をやっていると、そういう企画がしばしば出てくるのですが、「国際的なこと」、「分野が異なること」、「つくること」そのものの意味を問うような問題設定があれば別ですが、無批判にこれらのテーマを選び、そこそこ盛り上がり、何かをやった気になって終わるということもしばしばです。

もちろん、経験として「楽しさ」を得ることは大事なので、20代まではそれでいい気がします。だけど、それだけでは先へ進めない。30代になったら、見せかけの「楽しさ」でごまかさず、本当に刺激的なコンセプトを生み出す濃密な議論の場を、まずはつくらなければならないのではないか。そこから生まれたコンセプトが、本当に刺激的なものなら、それは必ず異分野の人にも届くし、外国にも届くし、つくることに繋がるのではないか。

僕らはそういう問題意識のもと、「日本語」で、「建築の内側」で、「同世代」で、というように「あえて閉じる」戦略を採るようになりました。闇雲に「開く」とか「つくる」ことを唱えるよりも、第1段階としては、「閉じる」とか「考える」ことを唱えたほうが構築的で「濃密な」議論が出来るからです。本当に濃密で「ヤバい」議論は、誰かが必ず「翻訳」して伝えようとするし、その流れで「開いて」「つくって」いけばよい。というか、本来そういう順序であるべきでしょう。

DESIGNEASTの興奮から一夜明け、ぼんやりと、しかし何度も考えたことはこんなことです。運営の完成度はとても高かったし、イベントとして華やかで楽しかったし、ラストの雰囲気にはとても感動した。けれども、そこで交わされた議論を振り返ると、彼らのいう「世界水準の思考の場」はどの程度生まれたのだろうか。確かに、海外からも、東京や他の地方からも、異分野からも、多彩なゲストは集まった。トークもそれなりに弾んだ。でも肝心の議論は、「思考の場」として、どれだけの強度があったのだろう。「デザインの状況」について、どれだけ踏み込めていたのだろう。イベントに参加させて頂いた者として、同世代で近い問題意識をもって行動する者として、自戒をこめて、そこは冷静に考えていきたいと思いました。

ただ、確実に言えることは、今回のDESIGNEASTに参加させてもらって、僕らも本気で「世界水準の」議論を目指さなければ、と奮い立つことができたということです。こちらにも、フリーペーパー、シンポジウム、書籍、展覧会と議論の場を展開してきた蓄積があります(「閉じて」きただけに)。ここからどう世界へ向けて展開するか、を僕らもそろそろ考えなければならない。大阪の皆さんが短期間であそこまで展開したのだから、こちらも彼らに負けないスケールで外向きに情報を発信しなければ、と心を新たにしたのでした。


fujimura

2009年10月03日

建築夜楽校2009 第1夜を終えて

1日、恒例の「建築夜楽校」のシンポジウム「データ、プロセス、ローカリティ」の初日「データとプロセスの関係を考える」が開催されました。

五十嵐さんのカルチベートトークでもtwitterが活用されて盛り上がっていたので、ハッシュタグ(#yagakkou)を用意し、観客に参加を呼びかけました。
twitter--#yagakkou

「こたつ」でも活躍していた石川君が実況してくれました。偉いぞ。
建築夜学校2009 第一夜 前半部分(architecture_database)

議論の内容は上記のtwitterほか、リンク先を追いかけて頂ければ幸いです。

ぽむ日記(10月2日)
「建築夜学校2009」と藤村龍至さんの3つの力(建築浴のすすめ)

建築夜学校第一夜レポート(deline)
建築夜学校第一夜レポ 前編(koichi_katayama blog)
建築夜楽校第一夜(ARCHI BLOG)
データを誰が集めるか(eureka)
建築夜楽校2009第一夜・感想(東亜重工)

ここではモデレータとして感じたことを記し、次週に繋げる問題を提示しておきたいと思います。

ショートレクチャーをお願いした3人のプレゼは、とにかく刺激的でした。

まず中山英之さんからは「2004」の設計プロセス。データに対する観察力(クローバーを発見したり、室内に印象的なシーンをたくさん描いたり)と、アルゴリズムに対する構想力(それを見慣れない形で住宅に再構成する)に分けられる。少女っぽい趣味とか、話の巧みさも魅力的だが、それ以上にプロセスが面白い。以前から中山さんにプロセスの話をしてもらいたいと思っていたが、ここではどんぴしゃにはまる。

小嶋一浩さんからは「宮城県立迫桜高校」と「スペースブロック・ハノイモデル」の話をして頂く。前者は教育>政治>建築と設計が濃密に進化していくプロセス。後者は大学院生が長い時間を掛けて設計されたことで固有の設計条件が抽出され、極めてgoogle的な集合知的なプロセス。

山梨知彦さんからは「ヒューリスティック・アプローチ」と題して技術的前提としてBIMのご紹介と、「2.0」展でも話題となった「w-project」と各誌の表紙を飾っている「木材会館」の話をして頂く。大量の変数を効率的に扱い、創造的な枠組みを抽出するための方法論を披露して頂く。

後半の討議は、コメンテータに江渡浩一郎さんと難波和彦さん、モデレータに濱野智史さんに加わって頂き、「データとプロセスの関係」、特に設計の情報化をめぐって「個人」や「経験」をどう位置づけるかについてテンションの高いやり取り。

ここからは感想を。

技術的な前提として、BIMのような設計の情報化ツールがこれから普及して行くのは間違いがない。かつて90年代に2次元CADがごく普通に浸透したように、アトリエ派も学生も、数年したらごく普通に3次元CADやBIMを使いこなすようになるだろう。それは時代の流れであって、いいとか悪いとかではない。

こうしたツールが可能にするのは、多くの変数を扱えるようになるということ。ユーザー参加やIT化、CO2排出量やエネルギー問題、セキュリティなど、扱うべき情報量が社会的にも、技術的にも増えてきていて、公共建築やオフィスビル、商業施設だけでなく、住宅ですらも多変量解析的、都市計画的になっているのは時代の流れであって、ひとりの人間が全体像をスケッチできるほど単純ではない。

だから建築家は皆、多くの変数を扱うことに慣れるべきだし、多くの変数を扱うことの面白さを表現するべきだし、そういう教育をするべき。BIMはそのための最適なツールのひとつである。現状、BIMを用いた建物が凡庸に見えるとしたらそれは構造的な問題ではなく、技術の移行段階だからであって、そのうち決定打が出てくるようになる、ということだろう。

BIMに関して言えば、今のところ、設計側でその最先端の位置にいるのが山梨さんのチームであって、その状況を追いかけているのが我々アトリエ派の立場である。

そのコンテクストで言えば、「大きければ大きいほどシミュレーションが正確にできる。すなわち、大きければ大きいほどサイトスペシフィックな建物が出来る。それが巨大建築の可能性である」という山梨さんの主張はとても刺激的である。この日のプレゼでは「アトリエの先生方はスタッフが徹夜してくれますから」とか、「3時間で設計したものが実際に建っています」とか、林昌二譲り?のヒール役を演じて下さったのだが、もうそんな悪ぶる必要はないくらい、ポジションが反転してしまっていると感じる。

つまり、かつてであればコンセプトをリードするのがアトリエで、組織側がこれを洗練させていた、と言えたのだが、技術への依存が高まる現代社会では、コンセプトを開拓しているのはむしろ組織側であって、アトリエ側はそれを洗練しているに過ぎず、コメントがヒール役のそれのようにならざるを得ない。中山さんの「シミュレーションは決定を先延ばしにするツールに過ぎない」なんて、あまりにも痛快で、かつての林昌二のようではないか。

BIMがひとつの可能性だとして、そのなかで発揮されるべきクリエイティビティにはおそらくふたとおりある。ひとつがデータに対する想像力。もうひとつはアルゴリズムに対する想像力である。

つまり、料理の美味しさは素材(データ)と調理(アルゴリズム)で決まるとして、BIMは「よく切れる包丁」みたいなもの(ツール)である。「包丁だけよくても素材や調理が悪ければ味は凡庸になるに決まっている」もしくは、「素材ばかり仕入れても、捨てることになるだけだから、必要なものだけ仕入れればよい」というのが難波さんの主張であり、ごくごく真っ当なご指摘である。

難波さんの主張を聴衆や読者が誤解しないように補足を試みるならば、googleを始めとする情報技術の浸透によりもたらされた新たな想像力は、「大量の変数を高度に処理すると、それだけで意味有る情報が取り出せてしまう」というものである。1970年代はあくまで机上の空論、メタファだったのが、1995年以後の社会ではそれが日常的に実装され始めてきた。

難波さんの主張はそうした工学的なアプローチを実践する立場に立った上で(ex.「箱の家」)、その方法論の限界を認識するというものであって、ゆめゆめ難波さんの首長を字義通り受け取り、「そうだ、やっぱり個人でスケッチとかして考えよう」と考えないようにして頂きたい。

ただ、ラストの方で江渡さんが「中山さんがこの世界に住んでもいいなと思えるようなツールを設計したい」とおっしゃって、なるほど、立場が違えばそういう発想もあり得るのか、とすごく興味深かった。

建築夜楽校で展開したい議論は、現代特有の社会的背景(ユーザー参加、環境問題など)や技術的背景(3次元CADやBIMなど)を前提として、(1)wikiやgoogleのようなプログラミングやwebの思想は建築に応用できるのか、できるとすれば、具体的にどういう萌芽があるのか、(2)共同設計やパタンランゲージなどかつてモダニズムが行き詰まった頃に盛んに議論された設計コンセプトや、模型や図面やスケッチといった設計ツールを、この文脈で読み直すことは出来るのか、そして、(3)その作業によって、具体的に何が可能になるのか、ということである。

こういうとき、やってはいけないのは、「スケッチは豊かでBIMは貧しい」というステレオタイプな議論である。同様に「BIMが心地よくてスケッチがむしろ貧しい」という単純な逆説もやってはいけない。単なる世代間論争になって不毛な対立にしかならないからである。一緒に第3項を考えるような雰囲気をつくらなければ議論が発散してしまう。

しかし、後半はなぜかそういう対立に陥ってしまったような気がして、軌道修正しようとついしゃべりすぎてしまった。飲み会で参加して下さった東浩紀さんからも「自分での主張したいなら講演会でもやればいい」とダメだしをされ反省。

いずれにせよ、パネラーの皆さんと素晴らしい議論を展開できたことをまずは素直に喜びたい。twitterで盛り上げてくれた皆さんにも感謝している。

第2夜の話題も多岐に渡ると思うが、個人的には以下のようなことを考えてはどうかと思っている。

-「ローカリティ」というキーワードは、「地域性」というより「政治性」の話になるのではないか。コミュニケーションとメディアの関係について生産的な意見交換ができればと思う。

-「美」について語らない。「美しい建築とはあくまで『結果』だから、『プロセス』なんて関係ない。結果を追い求めるしかない」みたいな議論は精神論にしかならないのでそこに終始するのは避けたい。

-公共建築をモノにするには、「美」よりも「公共性」を語れるようにならないといけない。第1夜で言えば小嶋さんの「迫桜高校」の事例が示唆的だが、政治的決定のプロセスにどう介入できるか、建築はメディアとしてのリッチネスが高いのだから、webよりweb的に振る舞える可能性がある。その意味で、「ハノイ」は極めてgoogle的であり、モデルとして示唆的である。

五十嵐さん、家成さん、井手さんの発表が楽しみだ。濱野さんや鈴木さんとももう少し作戦会議しておきたい。1日に参加できなかった人も、ぜひ集まって頂きたい。


fujimura

2009年10月14日

建築夜楽校2009を終えて--集合知形成のプロセスにおける建築的思考の可能性

8日、1日に引き続き「建築夜楽校」のシンポジウム「データ、プロセス、ローカリティ」の第2夜「プロセスとローカリティの関係を考える」が開催されました。

今回もハッシュタグ(#yagakkou)にて活発な意見交換が行われました。
twitter--#yagakkou

そして、今回も石川君が実況してくれました。実況芸がだんだん板についてきましたね。
建築夜学校2009 第二夜 前半部分(architecture_database)
建築夜学校2009 第二夜 後半部分(architecture_database)

議論の内容は上記のtwitterほか、下記のリンク先を追いかけて頂ければ幸いです。
今回もたくさんのレポが上がりました。

ぽむ日記(10月9日)
建築夜学校第二夜レポート(deline)
建築夜楽校2009第二夜(To scene Too good)

「データ、プロセス、ローカリティ」解題(kuro-nicle -chronicle-)
登山からピクニックへ | 建築夜楽校2009 第2夜
「町の自転車屋さん」との邂逅(ASD blog)

建築夜楽校2009第二夜・感想(東亜重工)
合意形成ツールとしての建築(eureka)

建築夜学校第二夜レポ(koichi_katayama blog)
建築夜楽校第二夜(ARCHI BLOG)
建築夜楽校:第二夜(post_tokyo)

会場外から

建築夜楽校2009(culAstu)
建築夜楽校2009第2夜のこと01/twitterの実況ログを読んで(建築について)
建築夜楽校2009第2夜のこと02/twitterの実況ログを読んで(建築について)

第一夜が基礎編だとすると、第二夜は応用編。いつもは2夜目になると動員ががくんと落ちるのですが、今回はほとんど落ちず、むしろ熱気は高まったように感じられた。

今回は五十嵐さん(北海道)、家成さん(大阪)、井手さん(福岡)と、あえていろいろな地域から建築家をお呼びしましたが、その狙いは下記の通り。

1. オーセンティックなローカリティが成立しない状況=郊外化した社会的コンテクストを浮かび上がらせること
2. そのような流動的な環境で、どうやって場所の固有性を浮かび上がらせるか、という方法論を提示すること

3人はその明快な設計論において、場所の固有性を浮かび上がらせる方法を持っている建築家だと確信がありました。

そのうえで、議論の設計コンセプトとしては、個人的な実践に見えるプロセス論を、より大きなコミュニケーションのためにどう使うか、という課題設定。その実践に最も近いところにいらっしゃる建築家のひとりが古谷誠章さんであり、建築の物理的限界を乗り越えるための方法論として鈴木さんや濱野さんの見解が必要不可欠でした。

建築家はどれだけの人とコミュニケーション可能なのか、と鈴木さんはあえて基本的な問いかけをしてくれました。壇上ではオープンエンドにすることや設計者と使用者が融合して行くイメージが比較的語られていましたが、それは実際には聞こえはいいけれども、終わりのないマラソンのようなもので、設計者にとってはなかなか過酷な環境のような気がします。人間が物理的な存在である以上、ひとつのプロジェクトに無限に関わり続けることは明らかに不可能です。切断が生じるのはやむを得ず、むしろその切断の仕方をどう変えるかを議論した方がよい。

その意味ではベタにWEB礼賛みたいな感じで議論がまとまったように見えたのは少々心残りです。希望が見出せる展開は、というと、それは以下のようなものです。

建築という意思決定システムをweb的に再編成し、ローカリティをあぶり出す装置として読み替える。ローカリティとは、コミュニケーションのプロセスとともに立ち上がるものであって、あらかじめそこにあるものではない。

つまり、ローカリティとは、あらかじめ目に見えているものというよりも、コミュニケーションを発生させることで初めて見えるものであり、ラディカルに言えば、ローカリティとは、設計作業のプロセスを発生させることで生成可能なものだともいえる。

すなわち、設計プロセスの設計の仕方によっては、コミュニティを検索エンジンのように用いることができ、ローカリティを検索結果としてシステマティックに得ることができる。そしてそのプロセスは同時に、コミュニケーションのメディアとしてのリッチネスも備えており、コミュニティの強化にも役立つ。

今回の建築夜楽校で立ち上がりつつあるのは、そういうイメージなのではないか。

建築はwebと比較してもメディアとしてのリッチネスが高く、人を動かし、一体感を生み出してしまう力がある。建築実務の経験者なら、規律訓練によって完全にコントロールされた工事現場の様子を思い浮かべることも可能でしょう。だからこそ、建築設計のプロセスをWEB的に読み替えるならば、社会的にはWEB以上にWEB的に機能するコミュニケーションのプラットフォームを構築することができる。それは建築の可能性と言ってよい。

五十嵐さんや家成さん、井手さんの作品をその文脈で読むことはなかなか難しいけれども、濱野さんとの議論で出てきた「人間をアルゴリズム化する」という機械と人間が共存するイメージを、もう少し膨らませて共有して行ければ、議論はまだまだ発展しそうです。

建築は今、コミュニケーション・メディアとしての可能性といった、その政治的な機能について議論することと、グローバリゼーションの渦中でスターシステムにのっとりアイコンをばらまいて行くこととのはざまで、大きく揺らいでいます。「アルゴリズミック・デザイン」というトピックも、都市のコミュニケーション・システムの内部に介入することができるのか、わかりやすいフォルマリスムやパターニズムに回収されるのか、実に微妙な時期にあり、前者のように理解しようとする人は希で、後者のようにベタに捉えようとする議論も多いです。

国内では、スター建築家を大胆に起用していた「熊本アートポリス」が「わたまち」へシフトしたように、バブル期にアイコンを大量にばらまいた日本社会も、バブル崩壊後の1995年以後は低成長型へとシフトし、建築のわかりやすいアイコン性よりも、コミュニケーションのプラットフォームになるような機能性を重視するようになるという流れはベースにあります。今回の夜楽校の議論に一定のリアリティがあるとすれば、そのコンテクストに接続しようとするが故でしょう。

他方、世界へ目を向ければ、猛スピードでアイコンを消費するグローバリゼーションの状況は加速し、データだのプロセスだのローカリティだのなどという繊細な議論はとても成立しなくなっていて、PLOTのように確信犯的にアイコンを量産する人もいます。そのギャップをどうするか。

もちろん、どちらの側面も建築家の職能を取り巻く現実です。現状を見る限り、前者は公共建築を手がけるうえでの方法論になるでしょうが、その作品は海を渡って紹介されることは難しく、後者はビジュアルこそ世界を駆け巡るための方法論となるでしょうが、プロジェクトは美術館でのインスタレーションと国際コンペ案ばかり、という「グローバル・アーキテクト」になる可能性もあります。前者が組織、後者がアトリエ型建築家の進む道の先にあたり、前者の方法論をフォローしたのが今回の夜楽校、後者のそれをフォローしたのがARCHITECT TOKYO、というところでしょう。

結局、プロジェクトはあるけれど有名になれない組織派と、有名だけどプロジェクトがないアトリエの対立を追認するばかりです。

そうした構図を打破ずる唯一のスタンスが、「コミュニケーションのプロセスをアイコンにする」というアクロバティックな方法論によって、両者を架橋しているコールハース、MVRDVということになるのではないか。コミュニケーションのプロセスに介入し、ローカリティを抽出してアイコンにする方法論的なコンセプトを身につけることが、現代を活きる建築家の生命線であると、言えるのではないか。

このところの議論の先に、見えてきたのはそんなパースペクティブです。

2007年にフリーペーパーを創刊し、世代論の切り出しからスタートした議論は、職能の位置づけや設計プロセス論を抽出し、教育や経営、政治の議論へと接続されてきました。

議論そのものは多くの人を巻き込みながら、漸進的に進化しているとは思います。ブロガー諸兄のレビューを読んでいると、理解度がどんどん深まっているのがわかります。決して礼賛してくれるわけではないけれど、確信に基づいて明快な文章を書いてくれる。常に外部へ問いかけようとしている僕らとしては、何よりも嬉しいことです。

他方、今回のシンポジウムに関しては下記のようなレポートもありました。

建築夜学校の第2夜が行われる。(地方競馬に栄光あれ)

先ほどのリンク先をたどって頂ければわかるように、実際には活発な意見交換と議論が展開されたにもかかわらず、「盛り上がりに欠けた」「観念論をこね回す議論」「言葉遊び」など厳しい表現が続きます。もちろん、物事の解釈はひとつではないのですが、何がこの方をしてこのようなネガティブなレポートをわざわざ書かせたのでしょう。

どれだけ濃密な議論が展開されても、あるいは、濃密な議論が展開されればされるほど、このような疎外感を抱いてしまう人が発生する。それは毎回力を入れて議論を行うたびに感じることです。

理由は単純で、コンテクストを共有していない、というだけのこと。

解決法もまた単純で、このような人にこそしつこくアプローチをして、何度も参加を呼びかけることです。2度、3度と参加してもらううちにコンテクストが読めてきて、そのうち冷静で分析的なレポートを書いてくれるようになるでしょうし、こちらも彼らにコンテクストを共有してもらおうと工夫を重ねるので、自然とバージョンアップします。

学生でも同じことで、なんとなく話を聞いて、よくわからないと投げやりな印象論で否定的な態度を取ろうとしますが、「ノートを取り、質問を考え、最後まで残る」ことを呼びかけ続けると、やがて積極的に参加するようになります。

そういった説得と学習のプロセスで、自分たちの議論も少しずつ進化して行けばよい。そして、もっと多くの人を巻き込んで行きたいと思います。

今年もパネラーや参加して下さった皆さんのおかげで濃密な議論が展開できました。「建築夜楽校」という、1990年代から脈々と続く議論の場の歴史の一部に参加できたことを嬉しく思っています。

この流れを、11月の大阪、12月の北海道での仕掛けに繋げて行ければと思います。両者とも、鋭意準備中ですのでご期待下さい。


fujimura

2009年10月22日

「ARCHITECTURE AFTER 1995」展開催のお知らせ

この度、AD&A gallery(大阪・肥後橋)を会場に、展覧会「ARCHITECTURE AFTER 1995」展が2009年11月6日(金)より開催されますこととなりましたのでお知らせ致します。

お忙しいことと存じますが、足をお運び頂ければ幸いです。

藤村龍至/TEAM ROUNDABOUT

**(以下、概要)

展覧会「ARCHITECTURE AFTER 1995」展
日時:2009年11月6日(金) - 17日(火) 12:00-20:00(6日は12:00-18:00)
会場:AD&A gallery(肥後橋)
入場無料
主催:建築展実行委員会
特別協賛:大阪工業技術専門学校(天満橋)
後援:AD&A gallery
キュレーション:TEAM ROUNDABOUT
オープニング:2009年11月6日(金) 21:30- (AD&A gallery)

テーマ:「1995年以後」の都市状況から、新たな建築家の役割を考える
趣旨:阪神大震災、オウム真理教事件によって既存の都市インフラの脆弱性が露呈し、「windows95」が発売され、「インターネット元年」と呼ばれて新しい情報インフラの可能性が顕在化した「1995年」以後、現代の社会は一方で情報技術への依存を強め、他方で風景の固有性を失いつつあります。他方、設計技術の情報化は設計プロセスのあり方を変え、新たな建築表現の可能性を示唆しています。そこで本展覧会では、同年以後に活動を展開する次世代の建築家に注目し、現代社会における建築家の役割と可能性を考える機会とします。

出展建築家
乾久美子 梅林克 垣内光司 木村松本 SPACESPACE dot architects 中山英之 中村竜治 藤村龍至 藤本壮介 松岡聡田村裕希 満田衛資 宮本佳明 森田一弥 吉村靖孝

関連企画:ワークショップ
期間:2009年11月7日(土)-8日(日) 9:00-17:30
概要:学生チームにより「1995年以後の住宅」の模型300個を制作します。制作された模型は「ARCHITECTURE AFTER 1995」展1階会場に展示され、模型制作を通じて展覧会のキュレーションのプロセスに参加して頂きます。

参加申込方法:大阪工業技術専門学校までお問い合わせ下さい

キックオフ・ミーティング「『1995年以後』を考える」
日時:2009年11月6日(金)19:00-21:00
会場:大阪工業技術専門学校
パネリスト:鈴木謙介 藤村龍至
概要:「1995年」とは、どんな転機であったのか。社会学者と建築家の対談を通じて、展覧会の趣旨を伝えると同時に、ワークショップのイントロダクションとします。
入場料:学生無料 社会人1,000円

シンポジウムA「『2000年以後』を考える」
日時:2009年11月8日(日)19:00-21:00
会場:大阪工業技術専門学校
プレゼンテータ:垣内光司 木村松本 SPACESPACE dot architects
パネリスト:五十嵐太郎
モデレータ:TEAM ROUNDABOUT
概要:「1995年以後」のコンテクストは、現代の建築家の実践にどのような影響を与え、どのように次の時代へと引き継ぐことができるか。ここでは、2000年に東京・ギャラリー間で行われた「空間から状況へ」展を監修した五十嵐太郎氏を迎え、「2000年以後」のコンテクストについて討議を行います。
入場料:学生無料 社会人1,000円

シンポジウムB「『2010年以後』を考える」
日時:2009年11月14日(土)17:00-20:00
会場:大阪工業技術専門学校
パネリスト:梅林克 中山英之 宮本佳明
モデレータ:TEAM ROUNDABOUT
概要:展覧会を通じて生まれた議論の総括として、「空間から状況へ」展に出展していた建築家、および本展出展作家を迎え、「2010年以後」の展望について、世代を超えた討議を行います。
入場料:学生無料 社会人1,000円

本件に関するお問い合わせ先

(一般・ワークショップ参加希望)
ARCHITECTURE AFTER 1995 事務局
大阪工業技術専門学校
06-6352-0091
担当:岸上勝彦

(プレス)
藤村龍至建築設計事務所
03-3476-6508
office*ryujifujimura.jp
担当:畑克敏

以上


fujimura

2009年10月26日

衝動的フリーペーパー

95年以後展、準備を急ピッチで進行中。いつもの通り、予算も時間もギリギリですが、出展者の皆さんに協力頂き、実行委員の皆さんと連係をとり徐々にカタチになりつつあります。

ワークショップは既に準備が始まっている模様。関西の学生100名が集まり、2日間で1995年以後の模型300個を作成するという企画です。大学生だけでなく、専門学校生、高校生がチームを組み、プロの指導を受けつつ模型制作のスキルを身につけます。模型の課題は1995年以後の雑誌からランダムに抽出し、成果物は展覧会のメインコンテンツのひとつとなります。

学生や一般の方々を巻き込み仕掛けとしてワークショップという企画はよくありますが、展覧会のおまけのように扱うのではなく、きちんと技術の教育をして、そのうえでキュレーションのプロセスそのものに巻き込む仕掛けを盛り込みました。

実行委員会のメンバーも、TEAM ROUNDABOUTも、それぞれの仕事で忙しくしていますが、力を合わせて成功させたいところです。

そんなふうにテンパっている折、僕のことをいろいろと書いてくれているブログを見つけました。

政治家的建築家 藤村龍至論(上) Ryuji Fujimura: Political Architect (1)
政治家的建築家 藤村龍至論(下) Ryuji Fujimura: Political Architect (2)

どういうわけか、僕は非モテ系ブロガーにターゲットにされる傾向があるのですが、彼もその一派のようです。しかも、失礼なことばかり書いてくれている。

もともと建築的ライターとして様々なメディアに登場していたが、近年高円寺に集合住宅と店舗の複合したビルを実現し、建築家としての手腕も示した人物だ。

うーん。「建築的ライター」と名乗ったことはないのだが。最初の作品発表は『新建築』の2004年10月号で、文章を本格的に書くようになるよりずっと前。

佐藤敏宏さんのサイトで、『藤村龍至さんとベラ・ジュンさんと建築あそび』をみて以来興味を持っていた人物なので、まだ学生あがりだった頃から一応知っていたことになるが、

興味を持って頂くのはありがたいが、「学生あがり」なんて言葉をweb上で使うかな。

建築家が勝手に自分のメディアを作るというのは、実はかなり伝統的な行為でもある。『エスプリ・ヌーヴォー』を創刊したル・コルビュジェはじめ、アーキグラムやレム・コールハース等、枚挙に暇がない。

まあ、そんなことは世界の常識ですが。

彼らの初期衝動は、まず間違いなく「俺をみろ」という一念だったろう。「自分が世界で一番面白いことを考えているはずなのに、誰も実際にアイデアを実現する機会を与えてくれない、どのメディアも取り上げてくれない。ならば自分で自分を取り上げるメディアを作ってしまおう」という哀しい怒りだ。

雑誌メディアにはデビュー作から掲載の機会を与えて頂いている(もっとも、最初の頃は撮影・掲載して頂くまでに随分と時間がかかり、絶望的な気分になっていた)し、文章はその前からいろいろな媒体で書かせて頂いていた。「哀しい怒り」など感じたことはなく、むしろ経験の少ない自分にいろいろなことを教えて下さった編集者の方々にはいつも感謝の気持ちを忘れたことはない。それはコルビジュエだってコールハースだって同じだろう。何を勘違いしているのだろうか。

この人物はおそらく、僕らのフリーペーパーの実物を読んだことがないのだろう。RAJは「ブログと雑誌を繋ぐ」をスローガンに、メディアに出ている人物から出たことのない人物まで、幅広く取り上げている。若い建築家や学生の皆さんに執筆の機会を与え、編集者の方々に情報提供する役割を果たしてきたし、既にメディアに出ている方々にも、既存の記事では見られないRAJならではの切り口を提供している。自分たちや他人の宣伝というよりも、議論の場を取り戻したい、という社会的な動機に基づいており、「建築」という職業に対する奉仕活動である。宣伝が目的ならば自分だけ取り挙げれば良いし、ビッグネームとだけ対談すればよい。「同世代」などという切り口は明らかに効率が悪いではないか。

私個人に対する挑発ならともかく、許し難い書き方もあった。

若手建築家はまだ正規メディアにそこまで取り上げられていないし、そんなに忙しくもないので、

失礼極まりない、この書き方はどうだろうか。忙しい時間を割いて協力して下さっているインタビュイの皆さんを見下すような言い方は許し難い。

実際に、インタビューを受けて下さった方のなかには「これまで受けたインタビューのなかで最も自分の方法論に肉薄したインタビューだった」「新しいイメージを切り拓いてくれた」と言って下さる方もいるし、なかには「RAJのインタビューだったら喜んで承ける」と言って下さる人もいる。

インタビューというものは、信頼してもらえないと承けてもらえないし、読んでもらえない。建築家がメディアをつくるというのは、その意味でずっと難しいのである。そういう緊張感の中でやっているということをこのブログの主は理解するべきである。

こうした議論の場は、本来ならば社会に用意されているべきものである。しかし、2000年以降の出版不況によって専門誌が次々と休刊するなかで、従来型の生き生きとした議論の場は次々と失われてしまった。誰かが替わりの場所を用意してくれる、と待っていても始まらない。誰かがやらなければいけない。だから僕たちは自分たちも議論の場づくりに参加するしかない、と活動を始めたのである。繰り返すが、これはあくまで職業に対する奉仕であり、それを通じた社会貢献である。決して内輪の戯れではない。

それにしても、このブログの主はこのような書き方をすれば、自分の見方の浅さを露呈するだけなのに、なぜわざわざこのようなエントリを上げるのか、理解に苦しむ。もっとも、後半はもう少し肯定的なニュアンスで期待を込めて書いてくれているので、失礼極まりないこのエントリも、彼なりの(勇気ある)支持表明の表現だと受け取っておこう。

他方で、こんなブログもあった。

超線形性プロセスって面白いの?(オマな日々)

このブログの主はオマのスタッフらしい。今年のSDレビューに出していたようだが、あの作品こそ「面白いの?」スペクタクル「しか」ないんじゃないの?あんなの、本当に建つの?と逆に聞きたい気分ではある。

そんな反論はさておき、彼の指摘に応えるならば、まず『ユリイカ』では設計プロセスの話に特化しているので詳しい話は伝わらなかったので、こちらのイメージしている設計の「濃密さ」のイメージが伝わり切らなかったのだろうとは思う。例えば、BUILDING Kには空調室外機を裏返して排気ルートを集約し、開放型のダクトを形成している箇所がある。しかもしかもそのダクト部分は構造コアとなり、外観上は周辺のスケールに馴染むための壁面の分節になっている、というアイディアの集積があるが、これなどは設計プロセスの洗い出しを行った成果である。

僕は設計プロセスというのは、枝分かれ、後戻りの繰り返しだと思っている。その費やされる膨大な時間と努力の向こうに誰も予期しなかったアイディアや面白さを発見出来るのではないかと。

念のために突っ込んでおくが、そんなことはあたりまえである(笑)。無限に時間をかけられれば誰でも期しなかったアイディアや面白さを発見出来る可能性は高まるに決まっている。しかし、それでは現代の設計事務所の仕事というより、伝統工芸作家のそれのようになってしまう。社会の経済活動の一端を担うならば、「限られた時間で」誰でも期しなかったアイディアや面白さを発見出来なければならない。その確率を高めるには、より効率的なプロセス論を構築する必要があるというのは誰でもわかる話だろう。

だから私たちは自分たちでもすぐ実行できる仕事上の工夫として、段階毎に模型を残し、合意形成の履歴を可視化して情報共有の効率を高めようとしているのである。それが完璧で揺るぎない唯一の方法だとは思わないが、ちょっとした努力で成果が感じられるならば、やらない手はないと思うのだ。言葉遊びでもなんでもなく、実務に携わるものとして、経営者として、極めてプラクティカルな発想ではないか。

ちなみに、彼が「チェックリスト」と呼んでいるものはちょっと違う。あの「表」は事前に用意した項目を潰したものではなく、プロセスを事後的に振り返って作成したものだ。プロセスを洗い出す中で「発見された」境界条件のリストである。

意図的に挑発的に書くことで自己宣伝しようとする先ほどの某氏より、このオマ氏は思ったことを書いただけのようだから、書き方は失礼だが、許せないことはない。学生たちと一緒で、今は単にこちらの考えに対する理解が浅いだけであるから、いずれ理解してもらえるだろう。

ある考えが周囲に伝わるには実に多くの時間がかかる。それでも今はネットがあるから、昔よりはるかに効率良く考えを伝えることができるのだろうとは思う。もちろん、聞かなくても済むようなネガティブな評判までこちらに届いてしまうのは精神的に少々疲れるが、こちらはそのメッセージで生きて行こうとしているのだから、それを伝えないわけにはいかない。自己宣伝のような欲求とは少し違う。もう少し衝動的なものである。

衝動で作られたフリーペーパーと、単なる宣伝のために作られたフリーペーパーの違いは迫力に現れる。今回の「ARCHITECTURE AFTER 1995」展も、ほとんど衝動的につくられている。その迫力は感じてもらえるのではないかと思う。衝動に任せている分、関係者に迷惑をかけていることも多いことは自覚しているつもりだが、必死に準備をしていると出展して下さる方々の気合いが伝わってきて、一緒にやって下さる方の気持ちを無駄にしないようにしたい、と思いを新たにする次第である。

自分たちの宣伝をしようなどと考えず、批評レベルでの緊張感を保ち、かつ真面目に取り組んでいれば、「なんだあいつら」と斜に構える人々を正面向かせることはいずれ叶うだろう。我ながら楽観的に過ぎるが、地道にやるだけと思えば特段難しいことではない。

というわけで6日から始まる展覧会に向けて、ラストスパートしております。関係者の皆さん、どうぞよろしくお願いします。


fujimura

2009年11月14日

AA95展・ギャラリートーク+シンポジウム・本日開催!!

95年以後展、本日14:30からギャラリートークを開催します。

「ARCHITECTURE AFTER 1995」展ギャラリー・トーク開催決定!! 会場にて出展作品の解説をさせて頂きます。
解説:藤村龍至・山崎泰寛(本展キュレータ)
11月14日(土)14:30-15:30
会場:AD&A gallery(肥後橋)
参加無料、申し込み不要
解説終了後、質疑応答あり

展覧会「ARCHITECTURE AFTER 1995」展
日時:2009年11月6日(金) - 17日(火) 12:00-20:00(6日は12:00-18:00)
会場:AD&A gallery(肥後橋)
入場無料
主催:建築展実行委員会
特別協賛:大阪工業技術専門学校(天満橋)
後援:AD&A gallery
キュレーション:TEAM ROUNDABOUT

本日17:00から大阪工業技術専門学校にて、シンポジウム「2010年以後を考える」も開催します。

シンポジウムB「『2010年以後』を考える」
日時:2009年11月14日(土)17:00-20:00
会場:大阪工業技術専門学校
パネリスト:梅林克 中山英之 宮本佳明
モデレータ:TEAM ROUNDABOUT
概要:展覧会を通じて生まれた議論の総括として、「空間から状況へ」展に出展していた建築家、および本展出展作家を迎え、「2010年以後」の展望について、世代を超えた討議を行います。
入場料:学生無料 社会人1,000円

関西在住の読者の皆さん、会場でお会いしましょう!
実行委員の皆さん、ラストスパート、頑張りましょう!!


fujimura

2009年11月15日

巻き込みのアーキテクチャを設計する—大阪で考えたこと

11月6日から14日にかけて、「ARCHITECTURE AFTER 1995」展および、関連シンポジウムがすべて終了した。3回のシンポジウムはとても有意義だった。これまでの蓄積と、新しい可能性を感じることができた。今回の企画の実現に尽力して下さった関係者の皆さん、ありがとうございます。

展覧会の様子
「ARCHITECTURE AFTER 1995」展(BUILDING K日記)
「ARCHITECTURE AFTER 1995 展覧会」(大阪工業技術専門学校)
「ARCHITECTURE AFTER 1995」展(architecture 6×6 square 3×2 rectangle)

シンポジウム含め、全体の流れについて(スタッフの目線)
YOU AND I ARCHITECT(S)(WSにスタッフとして参加していたOCTの学生yui okadaさんのレポート)
ARCHITECTURE AFTER 1995(1)
ARCHITECTURE AFTER 1995(2)
ARCHITECTURE AFTER 1995(3)
ARCHITECTURE AFTER 1995(4)

シンポジウム含め、全体の流れについて(参加者の目線)
建築について(高知在住のstttsさん。高知から通って参加して下さいました)
「ARCHITECTUER AFTER 1995」展のこと
「ARCHITECTUER AFTER 1995」キックオフミーティングのこと
「ARCHITECTURE AFTER 1995」シンポジウム「『2010年以後』を考える」のこと01
「ARCHITECTURE FTER 1995」シンポジウム「『2010年以後』を考える」のこと02

その他にも、渾身のレポートが上がっております。いくつかご紹介。
ArchitectAfter1995を通して考えること。(ケンチククラブ)
architecture after 1995(Bogus Headache)
1995年以後を考える(シコウの日々)
「ARCHITECTURE AFTER 1995」展(sumica02:21:23)
Architecture After 1995展 シンポジウムA 「2000年以後を考える」レポート(deline)

6日の鈴木謙介さんとの討議は、「設計」という行為について、改めて考えさせられる機会となった。8日のシンポジウムの最後のコメント(ちなみにこの日は鈴木さんはゲストではなく、観客として参加してくれていた)も、建築家に対する皮肉もなかなか利いており、説得力を感じた学生も多かったようだ。

〈ほんもの〉を捏造する(Soul for Sale)

五十嵐太郎さんはtwitterのコメントで「RAJや展覧会を通じて敵を増やしている」と指摘して下さっている。五十嵐さんにとっては論争を巻き起こすこと=クリエイティブなことなので、褒め言葉として受け取らせて頂いているが、仕掛ける側としては「繋がり」のほうをつい強調してしまうので、鈴木さん同様、いいご指摘を頂いたとも思う。

僕らはこうした議論の場を「ラウンドアバウト」と銘打っている以上、究極的には誰でも入って来れて、いつでも出て行けるような構造を指向している。イベントも、できるだけニュートラルかつ、巻き込み型の構造をできるだけ実装したいと思っている。

けれども、そうした意図とは裏腹に、こういうシンポジウムなり、展覧会なり、何かイベントを興すと、即座に「参加する人/しない人」を分けてしまう。つまり、何かと「繋がったこと」を強調すると、何かと切断されてしまったことを忘れてしまいがちである。そこで疎外感を感じた人が心理的に「敵」になってしまう可能性があることは偶然ではなく、一定程度構造的な問題だとも言えなくもない。

社会学者はそこを指摘するのも大事な仕事なわけだけど、建築家としてはその指摘を受け入れた上で解決策を提示しなければならない。建築家も社会学者や批評家がいうほど現実に無頓着なわけではないけれど、「設計する」という行為にはある程度ついて回る問題について考える、いい機会だと捉えたい。

では、どう考えて行けばいいか。

僕らとしては、今回、3つの戦略があった。

1. 東京の建築家だけでなく、関西の建築家だけでもなく、約半々とした
2. 同世代だけでなく、梅林さん、宮本さん、五十嵐さんを巻き込み、2000年の議論と接続した
3. メインの展示を学生ワークショップによる制作とした

今回、最も発見的だったのは、3の「ワークショップ」の部分ではないかと思う。

ワークショップ「『1995年以後』から『2010年以後』を考える」(BUILDING K日記)
ARCHITECTURE AFTER 1995 ワークショップ初日(大阪工業技術専門学校)
ARCHITECTURE AFTER 1995 ワークショップ2日目

今回は専門学校が舞台であったということもあり、専門学校生や大学生だけではなく、工業高校の高校生も参加する仕掛けがあらかじめ要請されていた。いろいろアイディアはあったのだけど、実行委員のみんなで議論していくうちに、今回の「100人で、2日間で、300個の模型をつくる」という企画が出てきた。ギャラリーや専門学校のキャパシティから設定された「100人で300個」というヴォリュームに、『新建築住宅特集』に掲載された住宅2300件のなかからランダムに抽出された住宅を300件を一斉につくる。

もちろん、参加人数とか、情報の伝達の範囲とか、通える範囲という限界は存在する。参加したかったけど都合が合わず参加できない人もたくさんいる。しかし、「キャパシティ」で決めた人数と、「ランダム」に選んだ対象を展示する、というコンセプトは、コミュニティや能力やトピックで選ぶタイプのイベント(例えば、大学で/大学院生を対象に/「アルゴリズミックデザインについて」討議しましょう、と呼びかけるイベント)とは異なる開放性があるように思える。

他方、「誰でも入って来れて、いつでも出て行ける」などというと、いかにもリベラルでいいんだけど、だいたいにおいてその手のイベントは往々にして「ぐだぐだ」になる。その状況を安易に肯定する立場もあるだろうが、具体的な成果を上げることを目的にされなければ、社会に実装されるような設計思想を実験することにならないだろう。

フラットな姿勢を表明しつつ、「成果を上げる」ために、人々を正確に誘導する環境を設計するということはどういうことか。そのことについて思考するには「100人で2日で300個」という条件設定はなかなか絶妙であった。

当初、ワークショップが始まってしばらく経った初日の午後くらいには、作業がなかなか進まなかった。よくよく観察してみると、作業が進まない班は机が乱雑であった。そこで片っ端から「カッターマットの角度を正す」と「リーダーを確認する」という単純な確認を徹底していったところ、見違えるように作業がはかどり出した。まさに金子郁容がいう「ルールとロール」である。

あくまでこれは一例だが、フラットでリベラルな環境を指向しても、それに上手く機能させるための訓練やフィードバックもまた、必要とされる。「カッターマットの角度」は環境的な数値に過ぎないのだけど、それを正すだけで姿勢が直り、集団の一体性まで生まれて行く。「超線形設計プロセス論」を教育現場に導入し、それがうまく浸透すると、不思議な一体感が生まれるのだが、同じ理由である。

このことをどう捉えたらいいのだろうか。成果を上げるために、参加者ひとりひとりとコミュニケートし、規範を内面化するような規律訓練的なプロセスもないわけではなかったが、異なる学校、異なる学年、異なるモチベーションで集まったバラバラな集団をコントロールするには、カッターマットの角度を直して回るだけでよかった、という視点は建築的でなかなか面白かった。

今回のAA95ワークショップは、アーキテクチャ型の意思決定システムを設計するための条件を考察するには、最適な素材だったと言える。その意味で、東浩紀さんらの提唱する「民主主義2.0」を実装するための具体的な方法として、「設計」や「教育」や「建築」を考えて行く。そういう場だったといえるかも知れない。

ところで、8日のシンポジウムに参加して下さった五十嵐太郎さんから、日記で以下のようなコメントを頂いた。

運動家としての藤村龍至

いつもの調子で煽っていただけなので恥ずかしい限りだが、会場を煽るのもゲストの役割ではある。ただ、60年代的なオーセンティックな「運動家」と似て非なるところがあるとすれば、煽ることが全てのプロセスではない、ということであろうか。全体のアーキテクチャがうまく設計されているならば、最後にちょっとアジテーションするだけでものすごく盛り上がるからである。アーキテクチャを設計し、それをドライブさせる工夫をする「動物的/工学的」作業のほうが重要で、煽ったり宣言したりする「人間的/政治的」作業はほんの一部だけで良い。

ルールとロールの確認を徹底し、最後にちょっとだけアジる。民主主義2.0社会での建築家の具体的な役割のイメージは、そんなところかも知れない、と考えさせられた。

AA95展は、単なる若手の世代論的展覧会という枠組みを超えようと試行錯誤したが、結果として、ゼロ年代の総括や社会実験としての意味も含んだ、多義的なものへと発展することができたのではないかと思う。今回の一連のイベントを通じて紡がれた思考の断片は、また別の機会に引き継がれて、発展していくだろう。実に刺激的な2週間だった。

こうした機会をつくって下さった建築展実行委員会の皆さんを始め、協賛を頂いたOCTやAD&Aギャラリーの皆さん、出展者、登壇者の皆さん、twitterで実況したり突っ込み入れてくれた皆さんなど、このイベントの実現に尽力してくださった関係者は数知れない。皆さんのご協力に感謝したいと思う。

今回は一緒にできなかった人とも、次回は一緒に何かやりたいと思う。そうやって徐々に発展させて行けばよい。物理的な限界はあるにせよ、巻き込みのアーキテクチャを意識的に設計し続けていれば、少しずつ理想に近づくだろう。


fujimura

2009年12月03日

メディア活動を振り返る——とあるアンケートに答えて

大阪の余韻も消えないうちに、師走に突入しました。大学によっては卒業設計が本格化し始め、製図室での議論も盛り上がってきた頃でしょうか。

1月のLRAJに始まり、5月の福岡(デザイニング)、8月の東京(ARCHITECT TOKYO / ARCHITECT 2.0)、11月の大阪(AA95展)と、2009年は各地の皆さんとコラボさせて頂く機会に恵まれ、いろいろと活動を展開させて頂きましたが、ラストは北海道で、レクチャーとトークイベントに参加させて頂きます。

Architecture December 2009 / ROUNDABOUT JOURNAL (北海道組)

北海道ベースの建築家の方々、学生の皆さんとも存分に交流できそうで、今から大変楽しみです。北海道の皆さんは盛り上がって行きましょう。イベントにより深く関わるために、この機会にtwitterへの登録をお勧めします。

また、年明け以降の企画もLIVE ROUNDABOUT JOURNALを始め、続々動き始めました。フリーペーパーROUNDABOUT JOURNALの創刊当初から「2010年」は区切りの年にしたいと考えてきたので、これまで以上に盛り上がって行きたいと思います。

そんな折、九州大学芸術工学部の松山啓浩さんという方から、建築メディアに関する研究という卒業論文のために、フリーペーパーとブログについてアンケートの記入を依頼されました。内容が「よくあるご質問」でもあり、私たちの活動を振り返るいい機会でもあるので、松山さんの了承を得て、ここに公開しつつお答えします。


Q1. あなたがこのメディアを始めた経緯についてお聞きします。どのような経緯でこのメディア(フリーペーパー)を始められたのか具体的にお教え下さい。

建築専門誌が続々と休刊し、BBSがブログに移行して議論の場がなくなったと感じていた2006年末頃、大学の後輩と始めた勉強会が盛り上がっていたので、自分たちで理想の媒体をつくり、自分たちの手で議論の場をつくりたいと考えました。

Q2. どのような人に向けてつくったのかお教え下さい。

建築関係者に向けてつくりました。「異分野の人と対談」というテーマの企画もありますが、自分たちの問題意識も定まらないままに外に出ても議論にならないと考え、むしろ最初は外部の人がわからくても、濃密で、リアルなものをつくりたいと考えました。

Q3.  フリーペーパーを始められたのはいつごろですか。

2006年末に構想を始め、2007年3月に第1号を発行しました。

Q4. フリーペーパーの一回の発行部数はどれくらいですか。

5000部です。   

Q5. 他のメディアではなくフリーペーパーという媒体を用いる理由をお教え下さい。

ブログより公共的で、雑誌より開かれたメディアを作りたかったためです。

Q6. フリーペーパーという手段でなければ、なにか別の手段や別の場での表現を求めたと思われますか。あればそれがどのようなものかもお教え下さい。 

WEBだと思います。

Q7. フリーペーパーを始めた当初と現在ではその目的に変化はありますか。あればどのように変わったのかお教え下さい。

最近はtwitterが議論の場としてかなり機能しています。かつてのメーリングリストやBBSのような、意見交換の場になっています。

Q8. どれくらいの頻度で発行されますか。

タブロイド版と、ライブ版を各年1回。既存メディアとのタイアップ版が年に1回程度で、これまで9号まで発行してきました。

Q9. またその頻度自体に変化はありますか。

ないです。

Q10. フリーペーパーにはスポンサーや他のメディアとのリンクはありますか。あれば具体的にお教え下さい。

フリーペーパーは創刊号より、株式会社INAX様のサポートを頂いています。他のメディアとしては、ブログroundabout journalと、イベントLIVE ROUNDABOUT JOURNALと連動しています。

Q11. あなたのこのメディアへのエフォート率をお聞きします。また、あなたのこのメディア(フリーペーパー)への力の入れ方は、あなたの仕事量を100とした場合、どれくらいの割合になりますか。

フリーペーパーは週に1回、日曜日の午前中にミーティングするだけなので1/14。ブログを含めると全体の20%。営業や広告宣伝ではなく、グーグルの20%ルールみたいに、建築設計という職業そのものの発展のため、職業に奉仕する時間と位置づけています。

Q12. よくチェックされる建築関係のメディアを具体的にお教え下さい。

最近はtwitterが多いです。

Q13. フリーペーパーはいつまで続けようと思われていますか。

さしあたっては2010年までと決めて活動してきましたので、来年はとりあえずひと区切りつけたいと思っています。

Q14. 情報媒体、メディアの発達や変化によって建築そのものの在り方はどのように変化していると思われますか。あなたの意見をお聞かせ下さい。

商業空間が最も先鋭的に変化していると感じます。日用品を売る機能的な商業空間と、ブランド品を売る演劇的なそれとの対比が、役割としてはっきり変わってきました。前者が図式的明瞭性を、後者が空間的刺激を、それぞれ担っており、前者は情報空間的で、後者は前近代的。前者を担当するのは技術力に優れる大規模な組織、後者を担当するのは提案力に優れるアトリエ組織、という棲み分けもはっきりしています。

Q15. あなたのコミュニケーション願望についてお聞きします。コミュニケーション願望は人より強いと思いますか。強い場合は、どの程度強いとお思いですか。

比較的強いかも知れません。インタビューでその人のことを理解するのは本当に面白いし、刺激になります。よく言われるように設計の仕事もコミュニケーションなので、スキルとしては連続していると思います。

Q16. あなたの本業についてお聞きします。あなたの本業は何ですか。(複数ある場合は複数お答え下さい) また、本業以外にも携わっている仕事をお教え下さい。

本業は建築設計ですが、関連する業務として、2008年から設計教育に関わるようになり、2009年からは展覧会のキュレーションを行うようになりました。

Q17. あなたの大学時代の専門についてお聞きします。大学時代のご専門は、どのような分野でしたか。建築の場合は、具体的な専門をお教え下さい。建築以外の場合は、どのような経緯で建築関連に携わるようになったのかお教え下さい。

学部時代は社会工学で、大学院から建築学専攻です。社会工学科での経験は建築という職能を外から眺めるきっかけになったと思います。

以下、ブログについてのアンケートです。

Q1. あなたがこのメディアを始めた経緯についてお聞きします。どのような経緯でこのメディア(ブログ)を始められたのか具体的にお教え下さい。

修士課程のときに、取材して取り溜めたインタビュー記事を公開する場所をつくりたかったためです。

Q2. どのような人に向けてつくったのかお教え下さい。

最初は特にターゲットなし。徐々に建築業界に向けて書く、ということを意識するようになりました。

Q3. あなたのブログについてお聞きします。ログを開設されたのはいつごろですか。

2002年9月頃、個人的にはオランダに留学する前です。

Q4. ブログの一日の閲覧者数はどれくらいですか。

データは特に採っていません。
    
Q5. 雑誌や本の紙媒体ではなくブログというネット媒体を用いる理由をお教え下さい。

自分たちのペースで発信できることですが、2007年にフリーペーパーを始め、2008年にイベントの制作を始め、2009年に書籍を出版し、twitterも活用するようになってからは、ブログの役割も変わってきました。アウトプットする周期の違いでグラデーションを描いているようなイメージです。

Q6. ブログという手段がなければ、なにか別の手段や別の場での表現を求めたと思われますか。あればそれがどのようなものかもお教え下さい。 

同人誌を作ろうとしたと思います。

Q7. ブログを始めた当初と現在ではその目的に変化はありますかあればどのように変わったのかお教え下さい。

twitterを使うようにあってからは、ブログはまとめサイト、というニュアンスが大きくなってきました。

Q8. どれくらいの頻度で更新されますか。

1-2週に1回前後。

Q9. またその頻度自体に変化はありますか。

twitterを始めた2009年7月以後は少し落ちてきました。

Q10. ブログのスポンサーや他のサイトやメディアとのリンクはありますか。あれば具体的にお教え下さい。

スポンサーはないですが、フリーペーパーROUNDABOUT JOURNALとは連動しています。

Q11. あなたのこのメディアへのエフォート率をお聞きします。また、あなたのこのメディア(ブログ)への力の入れ方は、あなたの仕事量を100とした場合、どれくらいの割合になりますか。

他のメディア活動と併せて、20%以内です。

Q12. よくチェックされる建築関係のサイトやブログ等があればお教え下さい。

個人サイトをアンテナでチェックします。

Q13. ブログはいつまで続けようと思われていますか。

今のところライフワークだと思っています。

いい機会を頂きました。ありがとうございます。卒論追い込み頑張って下さい。

fujimura

2009年12月07日

ラストスパート

今週末の北海道は2日で4本のトークイベント。北海道組の皆さんと盛り上がることを楽しみにしております。他方、千葉大の皆さんは「批判的工学主義」の事前勉強会も設定して下さっているそうで。盛り上がっていますね。

年内のトークイベント関係の予定です。2009年は全国を駆け回ったので、楽しく盛り上がって締めくくりたいですね。

12月8日14:40-16:10 @東京理科大理工学部
学内向けレクチャー

12月10日20:00- @ワタリウム(表参道)
「15人の建築家と15人の表現者による対話実験』
藤村龍至(建築家) X Mike Abelson(デザイナー)『リサーチ』

12月11日・12日 @札幌(内田洋行 ユギキタス共創広場 U-cala)
Architecture December 2009 / ROUNDABOUT JOURNAL
11日18:00「建築を話そう」
12日13:00 レクチャー 15:00「建築をもっと話そう」 17:00「若手建築家のアジェンダ」

12月15日19:00- @代々木
La Cambre architecture school レクチャー

12月16日18:00-20:00 @千葉大学
千葉学研究フォーラム
レクチャー「ARCHITECT2.0 グーグル的建築家像をめざして」
自然科学総合研究棟2Fマルチメディア講義室

12月19日18:00-20:00 @富士ソフトアキバプラザ内アキバホール
ねとすたシリアス特別編「民主主義2.0」
東浩紀・宇野常寛・濱野智史・藤村龍至
(申し込み終了)

12月25日19:00- @FM 84.4(FMたちかわ)
TOKYOWESTSIDE
デザイナー酒井博基さんらの番組

5月の福岡(3日間で5本のトークイベント)ではエネルギーを使い果たし、1ヶ月くらい引きずったことを微妙に思い出しますが、何事も慣れ。何とかなるでしょう。

お近くの方はぜひ!

fujimura

2009年12月18日

僕らが北海道に学ぶべきこと

先日お伝えした通り、五十嵐淳さんを中心として、北海道の皆さんにお招き頂き、北海道のイベントArchitecture December 2009 / ROUNDABOUT JOURNAL に参加してきました。

まずは「北海道の状況がどういうものか知ってもらおうと思って」という五十嵐さんのご配慮で、日本建築学会北海道支部主催の北海道建築作品発表会へ。この年に実現された作品を持ち寄り、相互批評するというイベント。大会のデザイン発表会のような雰囲気で、北海道中の建築家が一堂に会する。東京にはない雰囲気で面白い。

北海道の特殊性(gl weblog)

北海道ではその気候条件故にハウスメーカーが弱く、住宅作家が比較的多いそうだが、日建設計も北海道では別会社だし、アトリエブンクみたいな比較的規模の大きな事務所もあり、アトリエ派とソシキ派が拮抗しているのが面白い。後半の総括討議での話題は「風土」「温熱環境」「空間」だった。

会の最後に「東京から藤村さんがいらしているのでコメントを」と振って頂いたので恐縮しつつコメントを述べさせて頂く。

一般的に「風土」「空間」について議論するのがアトリエ派、「温熱環境」について議論するのがソシキ派というように言説が分かれるが、北海道では両者が一緒になってそれぞれの話題に対して議論する場が成立している。そのこと自体が興味深い、と述べさせて頂いたところ、壇上から「北海道の特徴を見事に言い当ててくれた」とコメントを頂いた。

その後、北海道大学の団体HAUS主催のイベント、「建築を話そう」へ出席。学生の作品好評ではなく、各自が話したいテーマを持ち寄り、討議すると言う試み。

建築を話すこと、建築を読むこと(gl weblog)

講評ではもっと短い言葉で、言い切りの発表をして欲しい、と繰り返し述べる。確かに、「何がしたい」のかを「一言で述べる」のはなかなか難しい。それが出来る人のことを「作家」と呼ぶようなものなので、設計を学び始めた学生にそれを求めるのは無理難題ではある。何がやりたいのかがわからない。やりたいことが辛うじてわかる人でも、それが他の人にとってどのような意味があり、これまでの人のやり方とどう違うのか、説明の仕方がわからない。

しかし、今回は彼らにそれを求めた。我々もそうだが、シンポジウムにせよ、雑誌のインタビューにせよ、俎上に上り、衆目に晒されているうちに自分の考えを短くまとめ、伝えることができるようになる。練習次第なのだ。展覧会の構成などをしていても、展示慣れしている人ほど、少ない手数で強いメッセージを残す。石黒君も日本一決定戦にエントリした時点ではただの学生だったはずだが、審査の過程で様々な意味付けがなされ、揉まれて行くうちに、伝えるべきメッセージがクリアになり、「作家」になっていったのだろう。彼がこのイベントで周囲の学生に伝えたかったことは、そういう「作家として振る舞うこと」の意味だったのではないかと思う。

つまり、「建築を話す」とは、作家とは何か、作品を語るとは何か、について考えることなのだ。このイベントはその良い練習の場を提供したのではないか。

終了後、近所で打ち上げ。学生たちと絡む。

一晩明けて、朝イチで五十嵐さんにピックアップして頂き、久野浩志さんの住宅「熊谷邸」と、高木貴間さんの住宅現場を見学に。どちらもとても面白く、興奮した。「熊谷邸」はヴォリュームのバランスとスケール、ディテールが面白い。高木さんの住宅は内部空間の構成が面白い。まだ発表されていないそうなので、雑誌掲載も楽しみ。

13:00から北海道組主催で僕のレクチャー。やりたいこと、それが社会的にどのような意味を持つのか、これまでの試みとどう違うのか、昨晩学生に問いかけたことを、自分なりに話す。今回は最初から最後まで、気持ちよく話せた。質問もたくさん出て、まずは成功。

スタンスが問われる(gl weblog)

15:00から再びHAUSのイベント「建築をもっと話そう」。昨晩のイベントで選抜された学生たちが討議。コメントしながら、twitterで実況も行う。だんだんと、twitterで学生の話を整理しながら進行すると、議論しやすいことがわかってきた。僕はカウンセラー体質なので、ついつい込み入って聞いてしまうのだが、それを画面上でまとめながら討議するやり方はなかなか新鮮。

glのふたりからはゼミみたいと言われた。確かに、僕が博士課程の院生。五十嵐さんが指導教官、でゼミをしているみたいな感じだったかも知れない。懐かしい。

17:00からはROUNDABOUT JOURNAL「若手建築家のアジェンダ」公開収録。神戸、広島、福岡と開催してきたシリーズの第4弾。まず北海道をベースに活躍する建築家であるgl(佐々木さん、関口さん)のおふたり、高木さん、久野さん、堀尾さん、五十嵐さんに「ローカリティ」をテーマにプレゼして頂く。5者のプレゼには相違点とともに様々な共通点がある。glの「日常」や五十嵐さんの「必然性」など、いくつかのキーワードが印象に残る。

その後、北海道建築の可能性について討議。討議では「北海道の冬を乗り越えるべきものとしてネガティブに捉えたくない。雪の美しさなど、ポジティブに捉えたい」という久野さんの言葉が強く印象に残る。

まとめとして、北海道建築シーンの特徴は1.フラットな風景、2.高い温熱環境のスペック、3.アトリエとソシキが拮抗していること、なのではないかと総括。その状況は、1.郊外化によって風景がフラットになりつつあり、2.環境問題によって温熱環境が盛んに議論されるようになり、3.少子高齢化によるメニューの多様化とマーケットの縮小により設計組織のあり方が問われている現在、北海道以外の日本も、すなわち東京も大阪も福岡も、全体が北海道化していると言える。つまり北海道の建築シーンは、日本全体の建築シーンを先取りしている。そのことが今回の討議でよくわかった。

翌日、五十嵐さんの作品「光の矩形」を始めとしたいくつかの建築にご案内頂く。「光の矩形」が住宅然としているのに対し、新作である旭川の住宅は住宅に見えないスケール。光の取り入れ方とボリュームのつくり方には作品毎に展開があり興味深い。他にも窓は徹底的に消去する、寸法は平面で言うと1820とか、断面で言うと2100とか、割と普通の寸法を使っていること、構造は一貫して木造であること、仕上げやディテールの考え方など、ずっと話していると、五十嵐さんが建築で気にされているポイントもなんとなくわかってきてとても楽しかった。

そのほかにもいくつかの建築や現場を見せて頂き、通して感じたことは、多少断熱を怠ろうが、多少換気計画を犠牲にしようが建築が成立してしまう本州と違い、北海道の場合、その厳しい環境条件故に、どんなに過激な空間の提案をしようとも工学の層と空間の層を切り離すわけにはいかない、ということだ。そのことが北海道建築を重層的にしているし、建築の未来形を示してもいる。

つまり、僕らは北海道に学ぶべきなのだ。そのことを今回の一連のイベントや、冬の気候のなかで具体的に感じられたことが最大の収穫なのではないかと思う。

今回は五十嵐さんや石黒君のおかげで、たくさんの建築家や学生たちと知り合えた。イベントで熱い議論を交わして、打ち上げに向かう時の高揚感が楽しい。全員と話をできたわけではないけれど、建築をやっている限りはまたどこかで会えるだろう。一連のイベントの実現に尽力された皆さんに感謝したい。ありがとうございました。

fujimura

2009年12月24日

LIVE ROUNDABOUT JOURNAL 2010、2010年2月6日(土)開催決定!!

LIVE ROUNDABOUT JOURNAL 2010、開催が決定しました。

日時:2010年2月6日(土)
会場:INAX:GINZA
ゲストおよびテーマ:年明けに発表予定

第2回の様子
LIVE ROUNDABOUT JOURNAL 2009(BUILDING M日記)

第3回を迎える今回、これまで同様豪華なゲスト陣をお迎えし、刺激的な議論を展開する予定です。会場で行われた講演をその場で文字起こし、編集、レイアウトを行う「ライブ編集」は今回も行います。ライブ版フリーペーパー(ROUNDABOUT JOURNAL vol.10)は、会場に来て下さった方に限定配布致します。

討議の内容は、2009年に断続的に出てきたアーキテクチャー、アルゴリズム、プロセス論から民主主義2.0に至るまで、知の先端を横断する内容にするべく企画中です。建築だけじゃなく、社会全体の未来が描けるような討議を目指したいと思います。

ゲストの陣容、テーマ等は年明けに発表させて頂きます。乞うご期待!!

fujimura

2010年01月13日

LIVE ROUNDABOUT 2010 テーマ+出演者発表!!

この度、私どもTEAM ROUNDABOUTは、INAX:GINZA[東京都中央区京橋3-6-18]におきまして、下記の通りイベント『LIVE ROUNDABOUT JOURNAL 2010』を開催する運びとなりましたので、ご案内致します。

イベント名 LIVE ROUNDABOUT JOURNAL 2010

内容 「ライブ編集」というコンセプトのもと、会場にて建築家らによるレクチャー+インタビュー、その文字起こし、レイアウトなど、取材・編集作業をライブ形式で行い、フリーペーパー『ROUNDABOUT JOURNAL』を即日発行するというメディア型のイベントです。

日時 2010年2月6日[土]12:00開場 13:00開始 20:00終了[予定]
会場 INAX:GINZA 7F クリエイティブ・スペース[受付 8F]
定員 100名
入場料 2,000円
申込 不要

共通テーマ 「メタボリズム2.0―都市へ回帰せよ」

日本発の国際的な建築・都市ムーブメント「メタボリズム」は、1960年に開催された「世界デザイン会議」にて提唱されました。あれから50年。設計の情報化はどのような表現を生みつつあるのか、建築や都市の時間構造はどう捉えられつつあるのか、1960年代の議論はいかに受け継がれつつあるのか。「メタボリズム」を起点に多角的に討議を行い、21世紀にふさわしい理論へと、バージョンアップを図ります。

プレゼンテータ
磯崎新
藤本壮介
池上高志
李明喜+岡瑞起
酒井康史
連勇太朗

コメンテータ
東浩紀
倉方俊輔
南後由和
黒瀬陽平
橋本純

モデレータ
濱野智史
藤村龍至

出演者は都合により変更される場合がございます。あらかじめご了承下さい。

主催 TEAM ROUNDABOUT
藤村龍至・山崎泰寛・伊庭野大輔・藤井亮介・松島潤平・本瀬あゆみ・刈谷悠三
協賛 株式会社INAX
関連URL www.round-about.org

レクチャーの内容は会場にて公開編集を行ない、フリーペーパー『ROUNDABOUT JOUNAL』として来場者に限定配布されます。

『ROUNDABOUT JOURNAL』は、建築設計、編集、デザインに関わるメンバーによって2007年3月に創刊されたフリーペーパーで、「議論の場を設計する」を合い言葉として、ブログと雑誌をつなぐオルタナティブなメディアによる独自の情報発信活動を行なっています。

『ROUNDABOUT JOURNAL』
[企画・編集] TEAM ROUNDABOUT
[デザイン]刈谷悠三
[発行部数]5,000部
[配布]希望者への郵送、INAX:GINZAおよび大学、書店、ギャラリー等にて

本件に関するお問い合わせ先:
藤村龍至建築設計事務所 [担当:伊藤]
Tel: 03-3476-6508 |Fax: 03-3476-6509
E-mail: office(at)ryujifujimura.jp

fujimura

2010年01月20日

ウェブマガジン『ART and ARCHITECTURE REVIEW』創刊のお知らせ

この度、私どもTEAM ROUNDABOUTは、株式会社ARTiTと共同で下記の通りウェブマガジン『ART and ARCHITECTURE REVIEW』を創刊する運びとなりましたので、ご案内致します。

-媒体名 ART and ARCHITECTURE REVIEW

-内容 アートと建築、それぞれの可能性を、互いの領域を参照することによって再定義することを目的とし、現代アートの専門メディア『ART iT』を企画・編集・運営してきた(株)アートイットと、建築批評に新たなムーブメントを起こそうとする「TEAM ROUNDABOUT」がコラボレートし、美術、建築、思想の議論を横断することで、新たな「議論の場の設計」を試みるものです。

-オープン 2010年1月20日[水]12:00
-URL http://aar.art-it.asia
-毎月20日更新

1月特集:「設計プロセス論の現在」
巻頭インタビュー:伊東豊雄
中山英之、濱野智史、松川昌平ほか

本件に関するお問い合わせ先:
藤村龍至建築設計事務所 [担当:伊藤]
Tel: 03-3476-6508 |Fax: 03-3476-6509
E-mail: office(at)ryujifujimura.jp

ARTiTとのコラボレーションによって、これまでフリーペーパーで展開してきた「議論の場の設計」というコンセプトを、より大きなフィールドで展開していきたいと考えています。

ご感想、ご批評頂ければ幸いです。

どうぞよろしくお願い致します。


fujimura

2010年01月24日

LRAJ2010、来る前にこれだけは読んでおきたい10冊

LIVE ROUNDABOUT JOURNALが2週間後に迫ってきました。今年のLRAJは例年以上にハイ・コンテクストな議論になることが予想されますので、参考文献を挙げておきます。来る人は予習をしておきましょう。

まずこの1冊

-1.『思想地図 vol.3』東浩紀+北田暁大・編, 2009, NHK出版

今回の議論は巻頭の共同討議「アーキテクチャの思考の場所」(浅田彰, 東浩紀, 磯崎新, 宇野常寛, 濱野智史, 宮台真司) と、部分的に連続するものになるはずです。何はともあれ、この共同討議の内容だけは頭に入れて来て下さい。拙稿「グーグル的建築家像をめざして」も共同討議の内容を受けるものになっていますので、まだ読んでいない人は、この機会にぜひ読んで下さい。

そしてこの4冊

-2.『空間へ―根源へと遡行する思考』磯崎新, 1997, 鹿島出版会 = プロセス・プランニング論所収
-3.『ビルディングの終わり、アーキテクチュアの始まり―10 years after Any』磯崎新+浅田彰, 2010, 鹿島出版会*1
-4.『アーキテクチャの生態系』濱野智史, 2008, NTT出版
-5.『1995年以後』藤村龍至/TEAM ROUNDABOUT編, 2009, エクスナレッジ

さらにこの5冊

-6.『動きが生命をつくる―生命と意識への構成論的アプローチ』池上高志, 2007, 青土社
-7.『20XXの建築原理へ』伊東豊雄+藤本壮介+平田晃久+佐藤淳, 2009, INAX出版
-8.『東京から考える』東浩紀+北田暁大, 2007, NHK出版
-9.『10+1 no.48 特集=アルゴリズム的思考と建築』2007, INAX出版
-10.『10+1 no.49 特集=現代建築・都市問答集32』2007, INAX出版

*1 2010年1月30日発売予定

(追記)事前に予習、と言えば濱野智史さんのこの問題提起も逃すわけに行きません。
濱野智史「藤村龍至の『超線形設計プロセス』の限界とその突破」(AAR 2010年2月号)
こちらもどうぞ。
濱野智史「自己組織化は設計可能か──スティグマジーの可能性」(10+1 2009年9月号)

(追記2)本テーマと連続する雑誌として橋本純さんの編集された下記も挙げておきます。
JA 70 風景の解像力 30代建築家のオムニバス, 2008
JA 73 リノベーション、メタボリズム・ネクストへ, 2009

あらかじめ断っておきたいと思いますが、今年のLRAJは、「ゲストを生で見たい」程度のモチベーションでは、大して得るものはありません。建築関係者だけでなく、あるいは学生でも意欲ある人は学部1年生でも歓迎です。ただし、ノートを7時間、びっしりと取り続けるようなつもりで来て頂ければと思っています。

刺激的な議論の場を求めている人にとっては、きっと満足してもらえる内容になるでしょう。近くに議論する相手のいる人は、一緒に予習のための勉強会をしてから来ると、より楽しめるでしょう。当日は参加者の皆さんにも、twitter等をつかって議論へ主体的に参加してもらいたいと考えています。そのためにも、事前の盛り上がりを期待しています。よろしくお願いします。

fujimura

LRAJ2010、よくあるご質問

LIVE ROUNDABOUT JOURNALにつきまして、いくつか質問を頂いておりますので、下記にまとめさせて頂きました。


Q1. 定員が少ないが、入場規制をする予定はありますか?

A1. 申し訳ありませんが、例年立ち見の方は出ます。規制につきましては、当日の様子を見て適宜判断させて頂きたいと思います。別会場への中継などは現在検討中です。お席を確保するために、早めのご来場をお勧め致します。


Q2. 予約の受付や整理券の発行はしますか?

A2. 今のところ、予定はございません。当日先着順とさせて頂いております。


Q3. 主催者側でUstream等での中継はしますか?

A3. 今のところ、予定はございません。


Q4. フリーペーパーを送ってもらえますか?

A4. ライブ版フリーペーパーは、当日のみ、会場のみでの限定配布です。当日ご来場頂いた方でも、発行時刻(20:00過ぎ予定)までお待ちになれない方への送付等は行っておりません。また、バックナンバーの発送も行っておりません。


Q5. 磯崎さんは本当に来るのでしょうか?

A5. もちろん出演はご快諾頂いておりますが、磯崎さんに限らず、出演者のご都合により、予定が変更されることがあります。万が一出演者に変更があった場合には当HP等でお知らせ致します。


Q6. 出演者の発表時刻など、タイムテーブルは?

A6. 当日会場にて発表致します。


Q7. 取材目的の場合、事前連絡は必要なのでしょうか?

A7. 不要です。ただし、弊社よりプレスリリースをお送りさせて頂いた方のうち、2月4日までにご連絡を頂き、開始時刻からご参加頂ける方に限り、お席をご用意させて頂きます。下記までご連絡頂ければ幸いです。当日参加の方にも関係者席はご用意させて頂きますが、数に限りがございますので悪しからずご了承下さい。


本件に関するお問い合わせ先:
藤村龍至建築設計事務所 [担当:伊藤]
Tel: 03-3476-6508 |Fax: 03-3476-6509
E-mail: office(at)ryujifujimura.jp


以上、よろしくお願い致します。

fujimura

2010年01月29日

オープンデスク参加者募集

藤村事務所では春休みのオープンデスク参加者の募集を開始しました。奮ってご応募下さい。

2010年春休み オープンデスク参加者の募集について(藤村事務所)

また、これに先行して2/3と4に某アーティストの展覧会設営があり、2日間限定のお手伝いも募集中です。興味ある方は弊社オープンデスク担当まで。

よろしくお願い致します。
fujimura

2010年02月05日

LIVE ROUNDABOUT JOURNAL 2010 いよいよ開催当日です

日付が変わり、いよいよ当日になりました。興奮のうちに幕を閉じた初回(2008年:テーマ「愛と力の関係」)に比べ、昨年の第2回(2009年:テーマ「手の内側」)は緊張感を保てずに失敗するのではないかと異様に緊張したことを思い出します。今年はイベントの設計面でも新しいことにチャレンジしていますし、内容面でも気分としては攻めのモードです。

今年のテーマについて。「メタボリズム2.0」と銘打っていますが、メタボリズムそのものの評価や批評は行いません。それよりも、メタボリズムの背景にある社会工学的な思想と建築家という職能の関係が焦点になるでしょう。議論の終盤になって、「それでどういう絵が描けるか」と質問する人は必ずいると思いますが、明日はそういう議論はしません。あくまで建築と社会の関係からいかに知を紡ぐことができるのか、について議論したいと思っています。

唐突に聞こえるかもしれませんが、昨年来仕掛けて来たシンポジウム、展覧会、トークイベントなどで繰り返し議論を重ねて来た結果、徐々に立ち上がって来た議論です。

以下、簡単に振り返ってみます。


2009.1.28 思想地図シンポジウム「アーキテクチャと思考の場所」
@東京工業大学
浅田彰、東浩紀、磯崎新、宇野常寛、濱野智史、宮台真司
濱野氏がプロセスプランニング論の批評性を指摘
途中壇上にて東浩紀氏が磯崎新氏に「藤村さんという若手建築家がいて〜」と解説する場面。
「鳥の巣」を例に、情報的なものと物質的なものの乖離が指摘されて終了


1.31 LIVE ROUNDABOUT JOURNAL 2009「手の内側」
@INAX:GINZA
東工大シンポジウムに大いに刺激され、
総括討議にてアーキテクチャ論の展開を試みるも
若手建築家の間ではあまり共有されておらず、不発気味


5.29『思想地図』vol.3「アーキテクチャ特集」発売
「アーキテクチャ」をめぐる本格的な特集
拙稿「グーグル的建築家像をめざして」掲載


6.29 トークイベント「設計/デザインを考える」
濱野智史 藤村龍至
@青山ブックセンター
濱野氏より、超線形プロセス=「人間のアルゴリズム化」=googleという
共通点が指摘される


7.31-8.29 「生成の世代」展
@hiromiyoshii
藤本壮介 中山英之 中村竜治 吉村靖孝 藤村龍至 dot architects 山崎清道
キュレーション:藤村龍至/TEAM ROUNDABOUT


10.1 建築夜楽校「データ、プロセス、ローカリティ」
@日本建築学会
中山英之 小嶋一浩 山梨知彦
難波和彦 江渡浩一郎
モデレータ:濱野智史 藤村龍至

濱野氏 CIM CITYからBIM CITYへ


10.8 建築夜楽校「データ、プロセス、ローカリティ」
@日本建築学会
五十嵐淳 家成俊勝 井手健一郎
古谷誠章 鈴木謙介
モデレータ:濱野智史 藤村龍至

地域社会の空洞化した現代においては、
コンテクストがあってプロセスがあるのではなく、
プロセスが走ることでコンテクストが生成するあり方が示唆される。


11.6-14 「ARCHITECTURE AFTER 1995」展
@大阪工業技術専門学校
キュレーション:藤村龍至/TEAM ROUNDABOUT


11.6 AA95展関連シンポジウム「1995年以後を考える」
鈴木謙介 藤村龍至
@大阪工業技術専門学校
夜楽校で提示された「意思決定システムとしての建築」
という命題を再確認
建築はメディアとしてのリッチネスが高いゆえに
コミュニケーション環境を再構築する力がある

2009年は、『思想地図』との関わりをきっかけに大きく議論が開けた1年でした。
LRAJ2010はその成果を整理、確認し、
今後の課題を提示する機会としたいと思います。

某歴史工学家より「歴史構想家として振る舞え」「偽の命題に絡めとられるな」と
激励のメッセージを頂きました。

ご期待に添えるよう、頑張りたいと思います。
一緒に楽しんで頂ければ幸いです。

fujimura

2010年02月23日

LRAJ 2010 "METABOLISM 2.0" を終えて

2月6日、LIVE ROUNDABOUT JOURNAL 2010が開催されました。おかげさまで盛況のうちに終了しました。

1. 当日の「雰囲気」をざっと知りたい方はこちらをご覧下さい。
Y-PAC.TV vol.2 LIVE ROUNDABOUT JOURNAL 2010
フリーペーパー同様、当日会場で映像の「ライブ編集」を行い、公開したものです。
制作は横浜国立大学の学生グループY-PAC。

2. もう少し詳しく知りたい方は下記の実況レビューをご覧下さい。
LIVE ROUNDABOUT JOURNAL 2010 実況レビュー(松島JP)

3. さらに内容をじっくり追いたい方はust動画を公開していますのでご覧下さい。
#LRAJ2010 USTREAMレポート(fujii-TV)
公開は2月28日までの予定とさせて頂いております。

4. そして、裏方の様子を知りたい方は福島の建築家・佐藤敏宏さんのレポートをご覧下さい。
LRAJ 2010 もう一つのライブ(佐藤敏宏)

今回の議論はまず、冒頭の第1セッションで「メタボリズム」が社会工学を背景としていたのに対して、「メタボリズム2.0」は集合知との関係で建築や設計の問題を考えるという問題設定をしました。カプセルやメガストラクチャーのイメージが重要なのではなく、社会が技術革新とともに構造転換する時代に、設計という概念はいかに更新可能か、を議論することを目的としていたわけです。

この前提を共有するにはいくつかのアクロバティックな設定が必要でした。まず本物のメタボリストを呼ばないこと。単なる再評価ではなく、書き換えを行うからです。次に生命メタファーを断ち切ること。あくまで社会との関係で設計を論じるのであって、創作のためのメタファーが欲しくてこういう問題設定をしているわけではないからです。そして、イメージの話をしないこと。僕らはあくまで方法を問題にしているので、初期段階ではゴールイメージを出さずに議論する必要があると考えました。

結果的に、プレゼンタもコメンテータも物理や情報、批評家や社会学者といった異分野の論客が並び、連君や酒井君のような卒論と修論を出し終えたばかりの現役学生と磯崎新さんのような国際的な建築家がフラットに並び、設計について論じるという刺激的な状況が生まれました。

アクシデントもミスもあり、実力が足りないと思わされる場面もあり、反省材料には事欠かない1日ではありましたが、登壇者の方々を始め、周囲の方々のサポートを頂いて、積み重ねて来た議論をひとつのかたちにできたことに、まずは感謝しております。

他方、こうしたリアルな空間でのイベントのあり方については、いろいろ考えさせられる場面がありました。ustとtwitterというツールが広がって来て、ライブで文字起こしをしてフリーペーパーをその場で発行するということのインパクトが薄れて来ていると実感したからです。家にいても内容はustで十分に追えるし、twitterで熱気も共有できてしまう。twitterや他のメディアをゆっくり堪能できるという意味では家にいたほうがかえって情報量が多いのかも知れません。そのときにリアルな空間で何を仕掛ければより効果的なのか。

これこそがまさに、LRAJのひとつのテーマであった情報と物質の関係です。かつてレムコールハースは、情報空間の図式的明瞭性と物質空間の空間的刺激の関係を論じていました。しかし、今はパソコンのモニターの前のほうが空間的刺激を享受できてしまう。空間的刺激だけでは、人を動員できなくなる時代が到来してしまったのかも知れません。このことは、デパートをはじめとして、小売店がどんどん縮小し、本やCDが売れなくなって来ている昨今の状況とパラレルだと思われます。

もうひとつの問題は、設計者と利用者の関係です。twitterを通じて、観客の反応が直に返ってくるのは刺激的であると同時に、単なる野次のような投稿も誘発してしまいます。そこで今回はtwitterの投稿をダイジェストし、誌面に反映させるという仕掛けを導入しました。炎上に陥らずに観客を巻き込み、生産的な議論を立ち上げる方法については、今後も実験していきたいと思います。

このようなことは基本的に単なるイベント運営上の問題に聞こえますが、集合知をどう立ち上げ、制度設計に反映させていくかという、社会的な課題の縮図でもあります。その意味で、イベント運営の改善点を話し合うことは、そのまま社会へのアプローチ戦略を練るためのスタディになるという問題意識があります。アンケートの意見もふまえ、成果をよく分析して次回以降のイベント設計に活かしたいと思います。

ともあれ、今回も多くの方々に支えられて活気ある議論の場を実現させることができました。ここで得たこと、特に「情報と物質の関係」「設計者と利用者の関係」という基本的な問題をベースに、また次の仕掛けを考えていきたいと思います。

特にヴィジョンを示すことについては、ゴールイメージを避けるという方針で最初にあまり出さないようにしてきたわけですが、今回のイベントでなんとか議論のフレームを提示できたので、今後徐々にかたちにしていきたいと思います。既に展覧会の企画なども動き始めていますが、今回に限らずRAJ関連のイベントや出版物は一過性のものではなく、連続したひとつながりの運動として、継続的に仕掛けていくつもりです。皆さんのお力添えがあれば幸いです。
fujimura

2010年02月28日

「京大フォルマリスム」の行方

卒業設計講評会シーズンです。今年は京都(diploma x KYOTO'10)
、新潟(session! 2010)、名古屋(dipcolle)、北海道(北海道卒業設計合同講評会)の合同展に呼んで頂いております。先週末、京都と新潟に行って来ましたので、順番に振り返りたいと思います。

まずは京都から。

2月26日、まず京都diploma x KYOTO'10へ。広い会場に140点。まずは予備審査から。まずざっと1周し、京大勢(特に高松研)が群を抜いていることに驚く。普通にファースト・インパクトだけで賞を選んだら、確実に京大が独占してしまうと思った。それくらい圧倒的。

2周目。そこに立てられている論理に注目すると、京大勢のほとんどの作品は自己完結的でシステムとして閉鎖したフォルマリスムであることに気づく。この「京大フォルマリスム」は、ビジュアルにインパクトはあるが、建築論として自閉しており、ストーリーの奥行きがみられるものが少ない。京大勢を批判するにはその点を突けばいいことはわかってきた。この日の審査のテーマが定まった。

3周目。自己完結的でなく、コンテクストと十分に対話している、フォルムのシステムとして開放性のある作品を探す。なんとか5作品(京大生も含む)をピックアップ。都市形態と関連づけたもの(立命館・岡田晃佳)、複数性を持ち込んだもの(京大・中園幸佑)、プロセスと関連づけているもの(京大・冨田直希)、身体性と関連づけたもの(京大・藤井亮)、ランドスケープと関連づけたもの(立命館・磯崎裕介)など。

審査は投票結果に各審査員の見方が現れて面白かった。僕は「京大フォルマリスム」を崩す論理を構築できるか、という議論を立てようとそのフレームを何度も強調したが、結局は冒頭の時間的なロスもあだとなって大幅に時間が押し、そのまま終盤戦に突入。

決選投票をしたところ、京都大の木下 vs 立命館大の藤岡という構図に。藤岡作品は魅力的な案ではあったが、説明を聞いても表現力、論理的一貫性において圧倒的な京大陣を引きずり下ろして新しい流れを作るだけのインパクトは感じられず、これを1位にするには審査員側に相当の論理武装が必要だと思われた。

ところがこれを推す塚本さんは「木下作品は建築として美しくない。藤岡作品は優しさがいい」とそっけない。塚本さんらしいといえば塚本さんらしい判断だが、かといって十分な議論を積み上げるだけの時間もなく、再投票の結果藤岡作品が1位になり、賞が決定。

論理を積み上げるというよりも審査員の価値判断が前面に出たかたちで賞が決定したため、恣意的な印象が残った。twitterをみていても観客が置いていかれているような空気が漂っていた。

もっともこれは、議論のまな板の上で作品が力を帯びていくプロセスを醸成するには時間がなさ過ぎたからで、冒頭の予備審査の方法をめぐる議論によるロスやタイプキーピングなど、運営の問題も大きかったと思う。改善する方法はあるはずだ。

終了後のパーティでは京大の学生たちと話す機会があった。審査結果に不服だという。「京大」でひとくくりにされることで割を食ったと感じたようである。

僕としては、カテゴリー毎に作品を選び、審査の軸を作り、十分に討議をして賞を与えるストーリーを共有するというのが自分の考え方だと伝える。「京大フォルマリスム」は圧倒的なプレゼではあるが、論をみるとそれ自体でひとつのカテゴリーをなしている。だから京大内部も含め、論理を審査し、対抗馬を探して軸を探そうとしたのである。1位の案については京大勢を押さえるだけの論理的なストーリーは共有できなかったと思うし、審査員の価値観に一致したことが理由になってしまっているようにみえたと思う。ただしそうだとしてもそれが審査というものだし、2位は京大の案だったのだから、京大カテゴリーのなかで1位になるための戦略も必要だろう、と伝えた。

パーティを終え、塚本さんとホテルを出て、木屋町で山崎さん、満田さん、森田さんと合流。大人だけで飲む。

そうやって大人たちで楽しく飲んでいたところ、そろそろお開きというときに「高松研の連中が藤村さんと飲みたいと言っています」と連絡があった。「京都には『討ち入り』という文化がありますから」と満田さんがいうので、最初は冗談かと思ったが、店を出ると高松研の連中がにこりともせずに待ち構えており本当に「討ち入り」モードだった。

僕としてはとことん議論するのが好きなので喧嘩上等ではあったが、満田さんと森田さんが心配してついて来てくれたくらいなので多少の緊迫感があったのだろう。でもいざ議論し始めるとプライドが高いのか面と向かって座ろうともしないし、挙げ句の果てにみんな寝てしまうし、「討ち入り」の体をなしていない。どちらかというと当事者より、先輩たちのほうがもの申したかったようだ。

彼らの主張は「明らかに圧倒的なプレゼをしている自分たちが上位に選ばれないのは公平さに欠ける」、「審査員の持説を披露する場所になっているのはおかしい」というもの。昨年のせんだいで「京大は選ばない」という審査員の発言があったり、持説の範疇で議論しようとする某建築家のふるまいなどが気になるのだという。ここ数年、京大生があまりにも注目され、それゆえに排除すると感じられるような動きも出ているらしいので、少しナーバスになっているようにも見受けられる。

それを僕にぶつけるのはお門違いというものだが、彼らの気持ちもわからないでもない。ただ話してみると「超線形プロセス2.0」を標榜している冨田直希(彼も京大だが高松研ではなく門内研)に僕が票を入れていたのが気に入らないらしい。「審査の私物化」だという。

冨田は「超線形設計プロセス」を実践すると公言していて学生の間でもそれなりに話題になっていたらしい。どこへいっても人気のある建築家(最近だと藤本・平田)の劣化コピーみたいな案はたくさんあるのだが、冨田の場合は学術レベルで設計プロセスを研究している門内研の所属なので単なるコピーとは話が違う。実際に見てみると、超線形プロセスを3段階に分け個別に検討を重ねて統合するという、論理的な検討を含んだうえで団地を設計するという、極めて精緻な批判的な実践を示していた。

この冨田の実践そのものは興味深いのだが、公開講評会で討議するには僕との関係で閉じすぎていて、塚本さんや青木さんを(そして観客を)巻き込めむストーリーがないのは明らかである。もしこの作品にこの場での役割があるとすれば、全体の核になっている「京大フォルマリスム」の対抗馬として審査員が位置づけて、議論を引っ掻き回す役割である。当然1位になるのは難しいが、批評的なポジションにはなり得ただろう。しかし、他の審査員は(当然のことながら)、「あぁ、藤村のまねしているのね」と捉えられてしまい、意図を伝えきれなかったようだ。

ちなみに、審査員としては、自分の作品に似たものや似た考え方を選ぶのは面白くないものである。持説の披露は講演会でやればよく、公開講評会ではその場の雰囲気のなかで他の審査員とセッションし、新たな評価軸を発見し、その象徴として埋もれていた意外な作品にスポットライトを当ててピックアップするのが一番クリエイティブだし、そういう作品を一緒に探し出す過程で出展者全員が参加できるような議論の平面をつくることに一番の意味があると思う。そういう全体のシナリオを短い時間でささっと考えて点を入れるのが審査シナリオの設計というものである。こういう場で「自分が好きなもの」に投票するほど閉じているわけではない。

そうした考えを伝えると、卒業設計講評会や審査員の建築家に不信感いっぱいの彼ら(というか話を最後まで聞いていたのはひとりだけだったが)も少しずつ納得してくれた。

彼らの気持ちもわかるとはいえ、いいものをつくればそれが正当に評価される、というのも少々ロマンチックな考えではある。審査員それぞれに考えがあり、その場の流れというものもあるのだから、そのなかで相手に自分たちをピックアップさせるようなストーリーづくりは必要だろう。学生の卒業設計講評会といってもコミュニケーションである。押し付けるだけでなく、相手のストーリーにうまく載せる具体的な交渉術もこれほどの規模になると必要なのではないか。

彼らには「せんだい」が控えている。端的にいって、審査委員長の隈さんが閉鎖的なフォルマリスム的作品を選択するはずはないのだから、プレゼが少々充実しているくらいでは隈さんを巻き込むことはできないだろう。賢い京大生のことだから、戦略を練って上位を狙って欲しい。そこで彼らの実力の真価が問われるだろう。

というわけで関西地区ではここ数年続いていた京大の一党支配体制が崩れたわけだが、それは単なる偶然であって、依然として実力差は歴然としていると思う。高松研の学生たちは卒業設計以外でも研究室単位で外部で展覧会をやったりしてトレーニングしているようだし、そういう努力が実を結んでいるとすれば、プレゼン方法にしろ、コンセプトづくりにしろ、京大以外の学生たちは彼らに刺激を受けてもっとトレーニングする必要があるだろう。

作品の内容としては、京大のフォルマリスムがここまで発達しているのだから、そこから目を逸らさずに、より自己批判的に発展させる方向が一番生産的なのではないかと思う。いくつかの作品にはその萌芽がみられたが、現状では多くの作品が形式としての一貫性に閉じているので、コンテクストとの対話に開かれた作品が少ないのが気になる。

その意味で冨田が「超線形プロセス」を京大コンテクストに持ち込もうとしたのは意味がある。京大生のほとんどは『思想地図』の僕の論文もLRAJで議論されたことも知らなさそうだが、彼らの議論するべき方向と、僕らが昨年議論してきたことには、いろいろ接点があるように感じる。

参考:LRAJ 2010 "METABOLISM 2.0" を終えて

というわけで、今回の件に決着をつけるべく、京大の連中を集めて、RAJの公開収録などしてみたらよいのではないかと思っている。タイトルは「フォルマリスムの行方」。彼らのもやもやにもう少しつきあってみると、いろいろ拓けるような気もする。彼らの「討ち入り」には、多少屈折しているとはいえ、そう思えるパワーを感じたことも確かなのである。

fujimura

2010年03月24日

3/29 19:00@INAX:GINZA アルゴリズム討議

卒業設計講評会シリーズもそろそろまとめに入る頃ですが、年度末も大詰めの29日、下記の討議を行います。

タイトル:
アルゴリズムと建築の関係をめぐって
「アルゴリズム的」建築か?「アルゴリズム即」建築か?

出演:田中浩也(慶應義塾大学)、藤村龍至(藤村龍至建築設計事務所)

日時:2010年3月29日(月) 18:30受付
開始 19:00開演
会場:INAX:GINZA(中央区京橋3-6-18)8Fセミナー・ルーム

概要:『アルゴリズミック・アーキテクチュア』(コスタス・テルジディス著/田中浩也監訳/荒岡紀子・重村珠穂・松川昌平訳/彰国社刊)の出版を契機に、アルゴリズムと建築の関係を討議する。

定員:80名
申込:不要
入場料:無料
問い合わせ先:03-3359-3235 (株)彰国社 編集本部 担当 神中

『アルゴリズミック・アーキテクチャ』の刊行記念ということで、久しぶりに田中浩也さんとトークバトルを行います。skypeでボストン滞在中の松川昌平さんも参戦予定です。

ROUNDABOUT JOURNAL vol.1が発行されたのが2007年の3月。その記念すべき巻頭記事が松川さん、田中さんと藤村の鼎談「誘導から栽培へ!?」でした。その後「超線形設計プロセス」という方法論に結実し、『10+1』や『思想地図』などへと様々に展開した議論の原点がこの鼎談でした。本イベントは3人にとって、この3年間の議論の集大成であると位置づけています。

3年間、議論をそれぞれに発展させ、交流を続けてきた結果、社会背景との関係、設計者の位置づけ、他者との関係など、3人の立場の共通点と差異はかなりはっきりしてきました。それはそのまま、アルゴリズミックデザインの射程、特に建築的可能性を示すものになると思います。

また、LRAJの段階ではまだもやもやしていた様々な問題、特にあのとき「メタボリズム2.0」と仮に呼んでいたものが何なのか、ということについてはここではっきり整理したいと思っています。その意味で、LRAJ以後の議論の行方を定めるイベントにもなるでしょう。

スライドをプレゼンテーションをしながらの討議になる予定ですが、『アルゴリズミック・アーキテクチュア』を予習したほうが議論を100倍楽しむことができると思います。今すぐ書店で購入して、29日の討議に備えましょう。

よろしくお願い致します。

fujimura

2010年04月07日

講評会/全国をまわってみて思ったこと

4月になり、2,3月と続いた卒業設計講評会シーズンも無事終了。今年はたくさん回ったので、軽くおさらいしてみたい。


京都:Diploma x KYOTO '10

152作品。日本一決定戦をのぞくとおそらく日本で2番目に影響力のあるイベント。審査の様子は以前のエントリで書いた通りである。京大の学生たちは自分たちのスタイルを洗練させて関西のシーンをリードしてきたわけだが、今年の京都と仙台の審査結果は彼らのスタイルが洗練され、成熟し、それゆえにインパクトを失い始めたということなのかも知れない。軸を失った関西地区の学生はしばらく迷走するかも知れないが、そういうときにこそ新しいものが生まれるので来年以降の行方はむしろ楽しみである。


新潟:Session! 2010

33作品。新潟大の岩佐明彦さんが熱心に学生たちを指導しておられ、新潟大学、長岡造形大学など新潟地区の大学に加え、富山、金沢工業大学など北陸圏の学生が集まる。大都市の学生が美術館と集合住宅の提案が多いのに対し、地方都市の学生は地域活性化や商店街再生の提案が多い。故郷の商店街の再生を提案し、寂れ行く故郷への想いを語るうちに泣き出してしまう学生がいたり、メディア化した大都市のイベントが自分語りに終始しているのとはまた異なる雰囲気がある。
ここでは、順位を選ばず、審査員毎に設定したテーマをもとに作品を選定し講評する審査の形式が新鮮だった。審査員は持論を存分に発揮できるし、いろいろな審査の軸で討議するのでいろいろな学生の作品にコメントが行き渡る。やみくもに祝祭化せず、議論をじっくり盛り上げたい皆さんはこの新潟方式を参考にするといいと思う。ただし、今回は岩佐先生がしっかり場を仕切っていたからこそ機能していた側面は否めないので導入する際には先生や先輩など仕切り役をお願いする必要があるかも知れない。


熊本:(熊本大学3年生)

卒業設計ではないが、3年生の課題講評会。熊本大学の田中智之さんがこの時期に毎年開催されているそうだ。熊本中心部の寺町という都市形態のはっきりした街区に建築を提案するという方法論的で刺激的な課題にも関わらず、雑誌のイメージを程よくまとめたような作品が上位に選ばれており、何か問いかけても「私はこれでいいんです!」みたいな答えばかりでややのれんに腕押しの感があったが、学部3年生ということを考えると仕方ないのだろう。
打ち上げに集まったのは田中研の院生が多かったが、twitterを見て押し掛けてきた鹿児島大の連中が盛り上げてくれて楽しかった。鹿大では数年前に建築家の松永安光さんが退官され、意匠系の先生がいなくなった危機感から自分たちで主体的に活動するようになり、どんどん盛り上がってきたのだという。最後は熊大田中研の院生たちと夜中まで議論。九州各地から集まったノリのいい連中で楽しかった。ノリがよく、研究室の活動も盛んで、よく勉強している感じは信州大坂牛研の感じにも似ていた。頼もしい限りである。


名古屋:dipcolle

68作品。3年連続で呼んで頂いている。今年は来場者の票を審査員の票と並列に扱ってしまうなど(これは組織票がものを言ってしまうのと、ゲスト審査員に対して少々失礼なのでやってはいけない)、運営に多少問題があったが、審査員の人選のバランスもよかったので議論は充実していた。
ただ、昨年来少し気になっているのはdipcolleに参加している一部の学生たちが運営にあまり協力的でないと感じられたこと。イベントや今後の活動について聞くと「僕はFLATじゃないので」みたいなそっけないセリフが何度か返ってきた。聞くとFLATのメンバーは今、5名しかいないのだという。たった5名であれだけのイベントを仕切っていると聞いて逆に驚いたのだが、dipcolleの参加者はFLATの学生たちの努力のおかげでこのイベントが実現していることを自覚して、もっと主体的にこのイベントを支えるべきではないかと、余計なお世話ながら思ってしまった。
ただ、イベントそのものは作品も多く集まり、滋賀や栃木からも参加者があるなど東海地区の枠組みを超える盛り上がりができ始めているので、うまく宣伝すればもっと盛り上がるのではないかと思う。あとはそこに新潟や北海道のような一体感が生まれるかどうか。


JIA神奈川:卒業設計合同講評会

37作品。規模もそれほど大きくないので、じっくり話を聴いてから投票するポスターセッション方式で地方都市型の進行。傑出した作品はなかったが審査委員長の高橋晶子さんの采配が絶妙で議論はわりと盛り上がったのではないかと思う。学校名は伏せて発表されるのでフラットに眺められたのはよかったが、建築そのものというよりは背景の知識がやたら豊富で説明がうまく、そのわりには提案が建築的でない学生がたまにいて、それらはほぼSFCの学生だったのが印象に残っており、また考えさせられた。明治大、神奈川大、東海大の学生たちはプレゼや形態はうまいのだが、肝心のストーリーがイマイチな学生が多く、最優秀含めバランスがよいと感じたのは横浜国大の学生が多かった。


北海道:北海道卒業設計合同講評会

27作品。記念すべき第1回目。五十嵐淳さんを始めとする地元の若手建築家の皆さんのバックアップを受け、北海道中から集まった学生の団体である「北海道組」の主催で開催された。北海道組のとりあえずの目標が合同講評会の開催だったそうなので、本イベントの開催はひとつの達成であるが、参加者は予想よりも少なめだったとのこと。大学の一部の学生の間では「建築家とコネクションをつくっても仕方がない」みたいなシラケた空気もあるらしい。
卒業設計イベントで審査を行い、賞を出す目的は文学賞と同じくシーンをつくることであって、そのことで自分たちの活動をアピールし、活動の基盤をつくっていく社会的なプロセスの一部なのだと捉えるべきである。こうしたイベントを単なる個人のアピールの場と捉えてしまうのは実にもったいないのだが、今後イベントが繰り返されて行けば徐々に浸透して行くだろう。
今年優勝したのは北大の学生だったが、北海道の学生は全体になかなかレベルが高いと感じた。入賞者の皆さんは賞をもらって終わりということでなく、自分が受けた刺激を後輩に伝え、後輩の参加意識を育てるところから始めて欲しい。そうすれば来年以降のイベントはどんどん盛り上がるだろう。


その他、非常勤を務めさせて頂いている東京理科大理工学部の講評会も参加させて頂いた。地方都市の比較と言う観点からここでは詳細は割愛させて頂くが、今年の日本一を取ったつくばに石を並べた作品は票を入れたのでよく覚えている。確かに建築の提案というにはあまりにも抽象的だったが、なぜそれを提案するのかという根拠を語るストーリーがよかった。

こうしてみてくると、大都市型の祝祭化、メディア化した卒業設計イベントは均質化の弊害があるのではなく、むしろ学生同士を刺激し、表現を洗練させている。特に京大の学生たちのように技巧的に優れた模型表現は、こうした祝祭化のひとつの効用であろう。他方、そうした風潮を批判するかのような滋賀県立大の又吉君の極小模型が名古屋で最優秀賞を獲得したように、新しい流れも出てきている。地方都市では大学内部での評価を捨てて合同講評会での評価に賭ける学生など、卒業設計のメディア化が新しい流れを引き出す例もある。

となると、俄然問われてくるのは案そのもののインパクトよりも「何が語られるか」というストーリーであり、それらが語られる議論の場としての卒業設計イベントの設えのほうである。よく話すことだが、1995年以後の都市・建築をめぐる一番重要な変化は情報化と郊外化であって、そのリアリティを一番感じているはずの学生がそうしたテーマに取り組まず、いつまでも美術館だのモニュメントだの、旧態依然としたテーマにばかり取り組んでいるのは奇妙なことだ。郊外化の問題を情報化によって乗り越える、というように、積極的な提案も名古屋や札幌など一部の学生の間では少しずつ見られるようになってきた。これは卒業設計というイベント全体の成熟化であって、ようやく卒業設計の講評会が生産性のある議論の場に育ってきたということではないかと思う。

新潟や名古屋、北海道で少し議論になったが、それぞれの地方にコンテクストがあるのだからそれぞれの建築シーンというものを考えると面白いと思うのだが、案外そういう議論は少ない。大学の内部では「小都市の商店街再生」とか「廃墟に建つモニュメント」みたいなステレオタイプばかりが選ばれるため、郊外化に伴う都市問題とか、情報化に伴う現代の建築家の職能というようなリアリティのある問題はむしろあまり議論されないらしい。JIAではもう少し意匠の議論になるようだが、審査員を務める役員の世代の空気が支配してしまい、学生のリアリティからは距離が生まれるという声も聞いた。メディア化された大都市に比べて地方都市が地に足がついているか、というと一概にそうともいえないようだ。

したがって大学ともJIAとも異なる「合同講評会」のニーズとはメディアとのブリッジなのだが、「東京ではこういうものが流行っていますよ」という話をすればよいというわけではなく、訪問者の目でそれぞれの地方のリアリティをあぶり出しつつ、メディアとも接続するようなストーリーをその場所毎に構築する批評力が問われている。呼ばれたからといっていい気になって「好きなもの」を選べばよいというわけではなく、特に僕のような若手にはそれなりに期待される役割があるのだということは最低限自覚させられた。

余談だが、こうしたイベントに出かけるとだいたい打ち上げがあり、いろいろな学生団体の乾杯の音頭をみるのが面白かった。スピーチを行う代表者の資質もあるが、聞き役のチーム全体が代表者を盛り立てる雰囲気がある団体はまとまりがあって、いい体制ができていることがよくわかる。全般的な傾向として、大都市の学生はふだん生意気な割にスピーチみたいなフォーマルなコミュニケーションはあまり上手くないのに対し、地方都市の学生はプレゼンテーションは素朴なのだが、意外なほどこなれたスピーチをする。地方の学生のほうが社会のヒエラルキーを体で覚えているのかも知れない。

ついでにいうと、土木やまちづくり系の学生のスピーチはもっと上手い。院生などは、即興でマイクを振られても皆こなれたスピーチをする。研究室の活動などでふだんから大人たちの間で揉まれているのでコミュニケーション能力が鍛えられているのだろう。

したがって、これから来年度の卒業設計イベントの準備をする学生たち、特に運営面での問題を指摘された京都や名古屋の学生たちはこれから打ち合わせとともに飲み会をどんどんやり、それもサークルノリで適当に盛り上がるのではなく、全員が順番でスピーチをやるようなフォーマルなノリで進めてはどうか。そうやって普段から練習すれば本番のイベントもぐっと引き締まり、シーン全体が盛り上がって、自分たちの将来も描きやすくなるのでは。

というわけで今年もいろいろなイベントに呼んで頂き、勉強になりました。17日には神戸大学の講評会があるが、ここで一旦総括としたい。呼んで頂いた皆さん、ありがとうございました。

fujimura

2010年07月15日

【プレスリリース】展覧会「Architects from HYPER VILLAGE」開催のお知らせ

メディア関係者各位

この度、私どもTEAM ROUNDABOUTは、hiromiyoshiiよりご指名を頂き、
下記の通り展覧会「Architects from HYPER VILLAGE」を
キュレートさせて頂く運びとなりましたのでご案内致します。

■展覧会名: 「Architects from HYPER VILLAGE」
■キュレーション: TEAM ROUNDABOUT

■概要: 現代都市を都市(city)、大都市(metropolis)に続く超都市(hyper village)として捉え、
そこから生まれた新しい世代の日本人建築家たちをフィーチャーします。

■出展: 乾久美子 五十嵐淳 大西麻貴 垣内光司 木村松本 SPACESPACE
徳山知永 dot architects 中村竜治 中山英之 能作文徳 長谷川豪 藤本壮介
藤村龍至 松岡聡田村裕希 満田衛資 森田一弥 吉村靖孝

■会期: 2010年8月6日[金]-10月2日[土]
■会場: hiromiyoshii
■入場無料 日月祝休 夏期休廊: 8月10日-14日

■hiromiyoshii
135-0024 東京都江東区清澄1-3-2
Tel 03-5620-0555
Fax 03-5620-0550

■本件に関するお問い合わせ先[情報掲載に関して]
藤村龍至建築設計事務所 [担当:岡田有為]
Tel 03-3476-6508
Fax 03-3476-6509
E-mail office(at)ryujifujimura.jp

詳細は上記までお問い合わせ下さい。

昨年hiromiyoshiiにて開催された「生成の世代」、
AD+A gellery(大阪)にて開催された「ARCHITECTURE after 1995」展
(ともにTEAM ROUNDABOUTキュレーション)と連続させつつ、
さらに規模を拡大致しました。どうぞご期待下さい。

出展者の作品紹介をカタログ、会期中のトークイベント、
トークイベントの内容を収録した冊子等も準備中です。
追ってご案内を差し上げます。

どうぞよろしくお願い致します。

藤村龍至/TEAM ROUNDBAOUT

2010年08月25日

【プレスリリース】展覧会「CITY2.0--WEB世代の都市進化論」開催のお知らせ(藤村龍至)

メディア関係者各位

この度、私どもTEAM ROUNDABOUTは、
下記の通り展覧会「CITY2.0--WEB世代の都市進化論」を
キュレートさせて頂く運びとなりましたので、
ご案内致します。

■展覧会名: "ゼロ年世代"の都市・建築・アート「CITY2.0--WEB世代の都市進化論」
■主催: GYRE
■監修: 飯田高誉
■キュレーション: 藤村龍至/TEAM ROUNDABOUT
■企画協力:黒瀬陽平 濱野智史

■概要: 情報環境と出会い、ネットを第二の自然と捉えるような視線で
クリエイティブなアクションに挑み続ける建築家、アーティストたちの
プロジェクトから、都市の未来に向けてのヴィジョンを見いだします。

■出展: 磯崎新 カオス*ラウンジ Julien De Smedt 梅沢和木 名和晃平 渡辺誠
mashcomix 森ビル MVRDV 日建設計 pingpong 濱野智史 泉太郎 柄沢祐輔

■会期: 2010年9月18日[土]-10月24日[日]
■会場: EYE OF GYRE
■入場無料 不定休 11:00-20:00

■GYRE
150-0001 東京都渋谷区神宮前5-10-1, 3F
Tel 03-3498-6990

■本件に関するお問い合わせ先[情報掲載に関して]
藤村龍至建築設計事務所 [担当:岡田有為]
Tel 03-3476-6508
Fax 03-3476-6509
E-mail office(at)ryujifujimura.jp

詳細は上記までお問い合わせ下さい。

本展覧会は、昨年同会場にて開催された展覧会「ARCHITECT 2.0」
(TEAM ROUNDABOUTキュレーション)および
今年2月にINAX:GINZAにて開催されたイベント
LIVE ROUNDABOUT JOURNAL 2010「メタボリズム2.0」の
続編として位置づけられます。

私どもTEAM ROUNDABOUTは磯崎新氏とコラボレートし、
「海市」(1997)の進化形「海市2.0」をプロデュースするほか、
高橋コレクションでの展示も記憶に新しいカオス*ラウンジとの
コラボレーションも展開致します。ご期待下さい。

どうぞよろしくお願い致します。

藤村龍至/TEAM ROUNDBAOUT

2011年11月21日

LIVE ROUNDABOUT JOURNAL 2011 開催!!

この度、私どもTEAM ROUNDABOUTは、
下記の通りイベント「LIVE ROUNDABOUT JOURNAL 2011」を
開催させて頂く運びとなりましたので、ご案内致します。

■ LIVE ROUNDABOUT JOURNAL
「ライブ編集」というコンセプトのもと、会場にて建築家らによるレクチャー+インタビュー、その文字起こし、レイアウトなど、取材・編集作業をライブ形式で行い、フリーペーパー『ROUNDABOUT JOURNAL』を即日発行するというメディア型のイベントです。

■ テーマ:「列島改造論2.0」
1960年代から70年代にかけて、多くの建築家や政治家たちによって提示された日本列島の将来像は、高度経済成長という社会背景のもと紆余曲折を経てさまざまなかたちで具現化されてきましたが、経済のグローバル化と人口減少社会の到来という現在の社会的状況においてそのコンセプトを全面的に書き換える必要に迫られているといえます。そこでここでは、私たちの生きる都市空間の設計思想を振り返り、2011年以後の新たな都市設計のために必要な想像力について、討議します。

■ 出演者
プレゼンテータ:大野秀敏 豊川斎赫 中島直人 八束はじめ
コメンテータ :吉村靖孝 西沢大良
モデレータ  :南後由和 藤村龍至
※ 出演者は都合により変更される場合がございます。あらかじめご了承下さい。

■ 概要
日時 :2011年12月3日[土]12:00開場 13:00開始 20:00終了[予定]
会場 :LIXIL : GINZA 7F クリエイティブ・スペース[受付 8F] (東京都中央区京橋3-6-18)
定員 :100名
入場料:1,000円
申込 :不要
主催 :TEAM ROUNDABOUT[ 藤村龍至・山崎泰寛・伊庭野大輔・藤井亮介・松島潤平・本瀬あゆみ・刈谷悠三]
協賛 :株式会社LIXIL
協力 :東洋大学藤村研究室

なお、11月10日から12月10日までLIXIL : GINZA 1階「INAXブックギャラリー」にて本イベント関連のブックフェアを開催します。

本件に関するお問い合わせ先: 藤村龍至建築設計事務所[担当:沼野井]
Tel: 03-3476-6508 |Fax: 03-3476-6509|E-mail: press(at)ryujifujimura.jp

どうぞよろしくお願い致します。

藤村龍至/TEAM ROUNDBAOUT

2011年12月17日

111217_コールハース浅田対談・メモ

会場:伊東塾(東京都港区)
日時:2011年12月17日11:30-13:30
パネリスト:レム・コールハース 浅田彰

twitterで実況する代わりにパソコンでメモりました。正確さに欠ける箇所もありますので予めご了承頂ければ幸いです。議論の流れをつかむためのご参考までに。
メモ・文責:藤村

浅田:まずなぜこの本を書くことになったのか

レム:建築家同士の終わりのない競争
建築家の関係も破壊された
ひとつの団体として協力することはない
それがひとつの理由

直感的にクリエイティブな国家(state)は興味深い
国家と創造力は組み合わされることがない
下河辺さんによって指揮をされた
国家と建築家の間に前向きな関係があり得た
公共部門と建築家のパートナーシップ
現在の日本において有効なのではないか

浅田:15年前ANY会議
建築と脱構築主義との関係としてはじまった
1995年ごろ新しい関心が立ち上がってきた
当時コールハースさんはラゴスの研究をしていましたよね
1990年代のなかばにメガ構造に対する新しい関心が芽生えた
今回のプロジェクトジャパンはその延長にあるのか

レム:面白い状況がありました
ANY会議はいろんな国の人が参加していて
アイゼンマンは献身的な人です
建築が新しい分野と交流すること
アジアにおけるいろんな力興味深い
西洋から消えたもの
東洋によって包み込まれていくような
アジアのアバンギャルドに興味を持った

アイゼンマン:建築は知的で批評的なもの
コールハース:建築は機能的で現実的なもの
と考えた
その頃ウブリストらと出会った

浅田:アイゼンマンは最後の建築家
レムは都市のダイナミクスに着目した
自律的な建築が生まれうる

レム:建築に関して批評的観点
翻訳とか精神的な
肉体的な形態にしていく

浅田:他の分野との出会い
メタボリズムとの出会い
リスクをとっている
資本主義に絡み取られるリスク
建築家たちは巨大な構造物をつくるということをやった
大阪のソニータワーが破壊される
そのような想定
破壊すべきだという立場もいる
全面的に吸収されて

レム:資本主義に対して反対の立場を取ったとしても
でも現実的でなければならない

浅田:資本主義のダイナミクス
噴出してくる
具体的な戦略を想定しなければならない
飛び込むだけじゃなく
そこから浮かび上がることも考えなければならない

レム:メタボリズムをみる動機
公共部門から民間部門へイニシアティブを移す
官から民へ

浅田:実際吸収された
下河辺や日本列島改造論のために「使われた」
という見方もできる

レム:そういうことも考える必要があるが
潜在的な可能性を明らかにすることも
リスクの指摘にとどまるのではなく
メタボリズムというものの真剣な努力
プロジェクトの間に一貫性が
何らかのかたちであった

水上に建造物を立てることができるか
無から建築をつくることができるか
国家と緊密な関係のなかで
いわゆる国家というものだけに関与

浅田:ここまではイントロダクション
90年代にパラダイムのシフトがあった
それまではアイゼンマン
近代が脱構築を通じながら洗練させていく
対してコールハースは都市へ
市場のダイナミクスや国家と渡り合いながら
メタボリストはリファレンスポイントに
メタボリズムは市場に吸収されたフシもある
列島改造論に利用されたフシもある
そういう試みとして面白かった

レム:メガロマニアについて一言申し上げたい
アメリカ・アポロ計画、日本の万博
建築家自身が自分たちの不毛に対して
特定の努力に対してメガロマニアというべきか

浅田:例えば田中角栄はメガロマニアだった

レム:とても生産的だったのではないか
角栄を成功例として考えても良いのでは

レム:本そのもののプレゼンテーション
もうひとつの重要なこと
「イタリア、オランダ、フランスの建築家」といっても意味が無い
でも「日本の建築家」というと意味がある
日本の建築家の連続性がある
磯崎新はひとつのパイロット・指揮官としての役割

インタビュー
磯崎さん菊竹さん槇さん黒川
下河辺

いつも正装
形式が先に立つという文化のなかで
中国大陸で都市計画を経験して戻ってきた
タブラ・ラサに絵を描いていく
広島の出来事がメタボリストのほとんどにとって
大きな影響を与えている
そのことに心を動かされた
生涯理想主義、単なる懐疑主義に陥らない
若い建築家として

丹下健三は天才
マネージメントあるいは教育・育成の天才
うまれながらの才覚を開花させる能力
また秀逸な頭脳の持ち主
言葉の面で語彙を生み出していくという面でも優れていた
言葉で結びつきを表して2つの文脈を意識させる
ミースはドイツ人だと表明しなかった
日本は日本の伝統に足を置き、
ラディカル

彼らの日常の姿を見てみますと
たやすいものではなかった
丹下のオフィス
ある意味で演劇的美学
演出感覚おどろくべきものをもっていた
決して恵まれていなかった
知識だけではなく
関係性の強化
集団をつくるという能力
大学において
建築の複雑性と関係する
よりリアルなものになっていく
孤立している自立している
仲介者がいるのか
 
菊竹さんのスカイハウス
ある映画批判している
生活の有り様
複雑な
過度に技術的であるということ

ANY会議
こんな一体感の感じられる会議
熱気があり、一貫性があり、喜びが感じられる
驚くべき環境をつくりだした
丹下:組織力のある人
丹下さん以上に効率的な組織はなかった

1960年代において
みんながそれぞれ活躍した
1960年代の近代芸術の面においても
メタボリズムは日本だけに起こったことではない

丹下さんが何を果たしたのか
重要な人物が揃っている
若い人の活躍の場をつくることに努力をした
黒川さんの若さが演劇的な印象を
わかりときの川添さん
とてもアピーリング、魅力的
頭の良い人でも喫煙の罪悪をみるのは気分がいい

人工的な土地
メタボリスト:郊外や田園にもビジョンを持っていた

最後にメディアの役割について
メディアはメタボリズムにとって重要な役割
メディアが最も執着したのは黒川
ロシアにいる黒川
黒川は左翼として行っていた
彼にとっては落胆するようなロシアとの接触

メタボリストは本当にたくさん旅行した
ヨーロッパ建築家以上にコスモポリタン
本人もうまく操作した
新しい男性像が日本にあった
英雄的な業績
建築家が施工業者の一部ではなく、文化人として同等に
当時の記事は今見ると恥ずかしい
黒川は理想を実現すると努力した
コミットメントしようとした

最後に下河辺
スーパーマスタープラン
日本の社会の複雑性
一種のデリリアスな側面

憧れを禁じ得ない
日本にとっても大事な時期だったと思いますが、
この歴史を見ていくこと
建築家たちがどうだったのか
建築家が何をなしうるか

浅田:日本では資本主義+土建国家で片付けられがちだった
丹下や黒川をまともな建築家として扱わなかった
まともな対象としてこれまでかつてなかったし
これからも考えられない
この本を祝福・感謝したい
ただ理論的には批判的
有機的な全体性にこだわりすぎた
樹状構造にこだわった
成長を考えるときにサークル・循環をかんがえていなかった
それは彼らの弱点

レム:隠喩・メタファーを使い
メディアの介在があって人々の目に止まる

浅田:磯崎について議論しておきたい
彼はポストメタボリスト
独自の問題を立てた
時間は直線的・永劫回帰サーキュラーな流れ
メタボリストの集団のなかで特殊

磯崎さんとレム:興味深い対比ができる
斜に構える
メタボリズムは楽観主義だがシニシズム
あなたにもそういうところがあるのでは

レム:この本は彼らについての本なので


質問1:東京の状況についてどう思うか
例えば東京駅の周辺の状況等

レム:特に関心はない

浅田:でも、中国での自分のプロジェクトについてはどうなのか

質問2(藤村):現在の日本の状況について
建築家は資本主義に飲み込まれ、政治に利用されたとあったが、
列島改造論は土地神話をつくり、経済が政治を凌駕してしまった
ところが、人口が減少し始め人が土地を求めなくなると
政治と経済が拮抗する状況が生まれ始めている
現在の日本の状況について示唆することは

レム:日本の現在の状況はよくわからないのでコメントできない

浅田:70年代に都市からの撤退があり
現在の状況はある種想像力を欠いている
住宅やコミュニティのご用聞きにつくだけが
政治的道徳的に正しいとされる現在の日本の状況はつまらない
再び大きなプロジェクトに対する
想像力が求められているとはいえる

質問3:建築家のジレンマについて
メタボリストも最終的に万博という国家に回収された
建築家として上部構造に回収されてしまうことについて

レム:民間セクターで解決できないことを
公共部門に関係しながら解決することも可能

質問4(ケン・タダシ・オオシマ):写真が面白いと思った

レム:そういうレトリック
エントロピーが消えて行くというか
メタボリストが立てた
私自身が保存しようという立場も取れない

質問5:メタボリズムというムーブメントは
実際にできた作品は現実のモノとして素晴らしかった
論理的な破綻が作品を殺してしまった
論理的な部分を建築家が持つことについて

レム:メタボリズムは新陳代謝は隠喩であった
字義通りにそれを考える訳にはいかない

質問6(池上高志):このところ大きな提案が見られない
新しい概念がないのではないか
メタボリズム2.0
新しい概念を持とうとすることに
期待しているか

レム:WHY NOT?
コンセプチュアルな力強いものが爆発する
斜に構える訳ではなくて
楽観的
野望・野心のあり方

浅田:成長の限界
グローバルなシステムを分析して
環境の限界
それは1960年代以降起こっていること
一回地球システムを分析して
京都プロトコルをつくった
どうも実現しようもない
温暖化ガスが影響している
懐疑主義
アメリカなどは市場に任せろと言っている
半世紀経ってグローバルなシステムがわかっている

レム:今の話に回答
野望・野心
誤解されているのは
最近は警戒心をもっている
フラーとかアメリカの建築家やロシア・日本の建築家
社会的な課題に感心を持っていた
建築家という職業の知性を過小評価することができません
見直すべきだと思います

浅田:マッシブ・データ・フロー
複雑系については
巨大なデータを眺めるしかない
理論なんかいらないという話もある
一番原理的なところに戻ってみると
かつては思考実験でしかとらえなかった
100年経ったら現実に実験できるようになった
ex.ニュートリノ
20世紀のはじめの科学革命を工学的に追体験している
巨大なデータのフローを追えばいいというシニシズムは
ある種の知的なデザインを生むかも知れない

質問7:1960年代の他の建築家のグループ
直線的な時間軸という話はあったが
同時代のアーキグラムなどと比較して
メタボリズムの特殊性はどこにあったのか

浅田:具体的な政治状況と結びついているところが違う
ヨーロッパのビジョナリーは面白かったけれども

レム:全面的に同意

浅田:15年前中国人のゲストと話していて
もっとも正直な人間だとレムは言った
アイロニーとは何かについて考えた
でも今日改めて「あなたは正直な人だ」と言い直します

(了)

*追記

コメント

『プロジェクト・ジャパン』はメタボリストやメタボリズムそのものの再評価のように見えるが、コールハースの主題は、政治と建築の緊張関係、建築家同士の協働関係、メディアとの関係などである。八束はじめ氏によれば、メタボリストたちがそのような創造的な関係を結び得ていたのは1960年代までで、1970年代には国会などでも丹下健三のメガロポリス構想が批判されるようになり、『列島改造論』が出される1972年頃には政治のシーンでの建築家の影は薄くなっていく。その後、磯崎は美術の枠組みを用いて建築業界の内部へ意図的に回帰し、黒川は自治体レベルでの交流を続けていく。
『プロジェクト・ジャパン』は1973年のオイルショックで幕を閉じたと考えるべきなのだろう。1995年の阪神淡路の復興会議では下河辺淳が議長を務め、2005年の愛知万博でもメタボリストの一部が委員を務めていたが、2011年の東日本大震災では復興会議のメンバーではプロジェクト・ジャパン世代は影を潜めた。
最後の質疑応答で繰り返し述べられたように、コールハースは現在の日本には興味がないという。確かにオランダ人の彼にとって、日本の過去こそが興味の対象であり、現状も将来も関係の無い話であろう。ベルラーへにいた時、ヨーロッパの建築家たちがヨーロッパの話ばかりをしていて、自分も含めアジア人やアメリカ人らが冷ややかに見ていたことを思い出した。次世代のプロジェクト・ジャパンについては当事者である自分たちが、政治と建築が緊張関係を結んでいた過去を参照しつつ、自力で描くしかないのだ(藤村龍至)。

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