2008年11月22日

教育の場面で

6日18:00、UBC(ブリティッシュ・コロンビア大学)の6週間の課題のうち、最初の2週間の小課題のファイナル・プレゼンテーション@中野。George Wagnerさん、会場淳さんに加え、今村創平さん、木下庸子さん、松本文夫さんも加わってファイナル・レビュー。

今回、浅草の6叉路を敷地に、周囲の7つの角地建築をランドマークとして再設計せよ、という課題を出した。「建築的であること」「ランドマークであること」を条件に、規模や用途の異なる建物を、プログラムや都市形態と関連付けながら設計するよう指示した。たった2週間の課題なのでどうなるかハラハラしたが、リサーチも功を奏して何とか形になった。

生まれて始めて課題なるものを出したが、発表会がこれほど緊張するとは。今まではクリティークするだけなのである意味では気楽だったが、最終発表会は出題者が審査される場であることを身を以て勉強する。

続く4週間は、雷門前の角地(某コンペの敷地)に、同じくランドマークを「超線形プロセス」で設計する、という課題を出した。最初はボリュームとゾーニングだけ、次にプログラム、構造、ファサードと徐々にパラメータを増やしていく。

設計にあたり条件としたのは「毎回必ず1/100模型を作ること」「案を捨てないこと」「枝分かれさせないこと」というもの。超線形プロセス論と同じである。

「考えずに何かをまず作り、それから考えなさい」と言って迎えた第1回エスキス。相変わらずアイディア勝負で作ってきちゃう人や、模型だけでプレゼする、という方法がつかめないのか、ダイヤグラムやらスケッチやらを出してきてしまう人も出てきたが、次第にプロセスのイメージが共有され、3回を経た現段階では全員が案を順調に発展させ、構造やファサードの検討へと駒を進めている。スポーツと同じで、飲み込みのいい人はさっさと感覚をつかみ、どんどん先へ進むが、少々時間のかかる人もいる。

超線形プロセスの授業では、どんな案でも必ず拾う。その時のアイディアの善し悪しで○と×をつけるというよりも、「何を改善した?」「何を発見した?」「で、次は何にする?」と順番に聴いていくカウンセリング型の議論をする。

全員が落ちこぼれること無く、空間のイメージのみならず、構造やファサード、家具に至るまでトータルで設計を行き渡らせるようなスタジオをやってみたいと考えていた。最終講評会は12月9日の予定。さて、どうなるか。

14日、8:15発の飛行機で広島へ。空港で小川晋一さんに拾って頂き、近畿大学へ。小川さんが熱心に働きかけて、合同講評会には毎回東京の建築家を呼んでいるとのこと。そう言えば僕が大学院の頃、つかもと師も行っていた。最近では石上さんや長谷川も来たらしい。

近畿大学はスタッフの畑と城間(BUILDING Kの担当者)の出身校と言うことで、彼らのルーツを辿るという意味もあった。

10:40まずは特別講義。先日の学会で会った広大の連中も来てくれている。「愛と力の関係」と題し、BUILDING K、「批判的工学主義」「超線形設計プロセス論」「PROJECT ROUND ABOUT JOURNAL」を語る。約1時間。

非常勤講師の先生方が聴いて下さっているので緊張したが、終了後「面白かった」「文章で読むよりわかりやすかった」と言って下さり、胸を撫で下ろす。

9月のシンポジウムで対立(?)した土井一秀さんには「シンポジウムのときは時間が短くてわかりにくかったが、今回はきちんと背景を理解できた」と言って頂き、9月のリベンジという当初の目的はとりあえず果たされる。

13:10講評会開始。小学校の設計課題。発表者を選び、順番に講評。なるべく建築的、分析的に話すようにする。最後は学部3年生相手にアーキテクチャー論をぶってみる。細かなところはあまり理解されないだろうが、筋の有る話に人は何らかの説得力を感じるものだと思う。自分がかつてそう思った。

終了後、小川研究室にて交流会(第1ラウンド)。3年生のほかに、小川研の4年生、修士の学生とも話す。その後、広島市内に移動し第2ラウンド。小川文象君も合流。しばらく普通に話していたが、だんだんボルテージが上がり、斎藤正さんと藤本寿徳さんに「お前の言うことはわからん」「そもそも『愛』とか『力』とか言うことがおかしい」と絡まれ(?)始める。

「構造家にやりたいようにやられて何も言えなかったんちゃうん」と挑発する斎藤氏。戸惑っていると、先日は対立していた土井さんが味方してくれて応戦する場面も。

言われているだけでも、と思い「構造を表現すると言うのは、それこそ構造家の言いなりになっているだけなんじゃないですか。」「そんな単純すぎることは恥ずかしくてできない」などと言い返しているうちに、互いの立場の違いがはっきりしてきた。「互いの前提の違いを明らかにすること」とは、「議論」の定義である。

この議論ですっかり打ち解けてしまい、斎藤さんや藤本さんの考えもより深く知ることが出来た。きちんと応えれば、より深く受け止めてもらえる。なかなか濃密で楽しい時間であった。

その後、ホテルのラウンジにて学生も合流し、第3ラウンド。広島のほか、島根、兵庫、大阪、香川等関西圏の出身者が多い。ざっくばらんに話す。

第4ラウンドはお好み焼き。来て下さった宮森洋一郎さんに、先日のシンポジウムを見て「いろんな人に影響を与えている」と言って頂く。ただ「谷尻さんは声が大きかったが、藤村さんは声が小さくて聞き取りにくかった。そこに社会に対する姿勢がそのまま出ている。君は社会を語っているけれども、姿勢は内向きなのではないか」と苦言を頂戴する場面もあった。「フリーペーパーでアウトプットするところまでが一連のプロセスなので、そこで評価して欲しい」とお願いする。

第5ラウンドはつけ麺。10倍を必死に食す。0:30解散。朝イチの飛行機から長丁場ではあったが、学生たちとの出会いもあり、なかなか刺激的で濃密な時間を過ごさせて頂いた。小川晋一さん、広島の皆さん、ありがとうございました。

fujimura

2008年11月21日

西田+藤村展、本日スタートします

本日スタートします。昨日、UBCでの授業後に設営完了のチェックに行ってきました。ただのチェックのはずが、だいぶ作業が残っており、結局終電まで作業しました。

西田さんエリアと藤村エリアを肩を並べているのですが、なかなか迫力ある展示に仕上がったと思います。

オープニングは本日18:00からです。お近くの方は是非。

*(以下、コンセプト文)

西田司+藤村龍至
URBAN COMMONS

本展は、建築家・山本理顕氏のディレクションにより開催される展覧会である。西田は野毛で計画中の「横浜アパートメント」、藤村は高円寺に竣工した「BUILDING K」を中心に、それぞれの設計コンセプトを展示している。

私たちは同じ1976年に生まれ、80年代の東京郊外で育ち、バブル崩壊後の90年代後半に建築を学んだという共通の背景を持つ。郊外化が進行し、コミュニティも場所も失われていくなかで、どうやったら都市に濃密な経験を取り戻すことができるか、という問題意識もまた、共通している。

「横浜アパートメント」と「BUILDING K」の共通点は、ともにコモン・スペースを内包していることである。前者は1階に、後者は屋上に、それぞれコモン・スペースを持っている。ここでは、こうしたコモン・スペースでのアクティビティの可能性を、西田は都市のグランドレベル(1階)、藤村がルーフレベル(屋上階)を切り口に、それぞれ表現している。

それらのスペースはそれぞれの建築の特徴に留まるものではなく、それぞれの地域(野毛、高円寺)独特の建築のあり方の提案であると考えた。ここでは、西田は「インタラクション」、藤村は「設計プロセス」をテーマに、それぞれの建築がどのように生まれ、また地域を再定義していくのか、コンテクストとの関係や、それを描くための方法論を表現しようとした。

こうした建築の設計によって得ることの出来るアクティビティの場や、建築言語のような都市の共有物の総体を、「URBAN COMMONS」と名付けた。「保田窪団地」や「建外SOHO」の実践を経て、「地域社会圏」の構想を提示している山本氏と、建築の可能性について議論しているうちに浮かび上がってきた概念である。

「URBAN COMMONS」は、都市空間に濃密さを取り戻すための建築的な方法足り得ると、私たちは確信している。

fujimura

2008年11月13日

明日、広島に行きます!

直前ですが、小川晋一さんにお声掛け頂き、近畿大学工学部*にてレクチャーをさせて頂きます。

日時:11月14日(金)10:40-12:10
場所:近畿大学工学部*メディアセンター1階 マルチメディア講義室

外部の方も聴講できるそうです。お近くの方は是非。

*追記:正しくは「工学部」です。お詫びの上訂正致します。

12月に曽我部昌史さんにお声掛け頂き、下記のシンポジウムに参加させて頂きます。

「建築家ピーター・クックと未来を語る」
日時:2008年12月8日(月) 13時~16時30分
場所:熊本テルサ テルサホール(熊本市)
内容:英国現代建築の先駆者ピーター・クック氏を迎え、アートポリスや建築の未来を考えていきます。
出演:伊東豊雄 桂英昭 末廣香織 曽我部昌史 松原弘典 藤村龍至
入場無料、事前申し込み不要

詳細はこちら

南後さん、インタビューされていますね。
インタビュー04「都市・建築における無名性の価値、有名性の価値」/南後由和 前半
インタビュー04「都市・建築における無名性の価値、有名性の価値」/南後由和 後半
(Querycruiseサイト)

(批判的工学主義について)現状の都市・建築をめぐる社会学的診断というか、いわば現代の建築家が置かれている社会的位置を踏まえた姿勢とも言えるのではないでしょうか。だから特定の建築家としての藤村さんや柄沢さんだけが取り組むべき問題ではなく、建築界全体が無視することができない問題のひとつとして、アトリエ系事務所、組織・ゼネコン系事務所、研究者の垣根を越えて、多くの人に開かれたものにできればと思っています。(インタビューより)

ルーツからアジェンダまで、包括的な内容で読み応えあります。「批判的工学主義」についても、南後さんが言うとさわやかに聞こえますね。なぜだろう。

mashcomixの益子悠さんからメールを頂く。ブログで藤村事務所のHPを紹介してくださったとのこと。

ちょっと前ですが、HPをリニューアルしました。扉は益子さんのイラスト。全体はショールームと倉庫というIKEA的二層構造を応用し、JPEG(インデックス)とPDF(データ)の二層構造にしました。

まだまだ改良を重ねるつもりですが、とりあえずご報告まで。

BankARTの展示の準備(11/19まで)を手伝ってくれる方を、期間限定で募集中です。長期は無理だけど少しなら手伝ってみたい方、歓迎です。こちらまで。

fujimura

2008年11月09日

11/21-30「西田司+藤村龍至」展@BankART

現在開催中の横浜トリエンナーレ関連イベントとして、建築家・山本理顕さんのご推薦を頂き、下記の展示を行う運びとなりました。お忙しいことと存じますが、お立ち寄り頂ければ幸いです。

同世代の建築家、西田司さんとの2人展です。

*(以下、概要)

BankART BANK under35
西田司+藤村龍至展
「URBAN COMMONS」

横浜トリエンナーレに連動し行われている「BankART Life 2」展で山本理顕氏ディレクションのもと行われる展覧会。同じ1976年生まれの西田と藤村が、都市の共有物(URBAN COMMONS)をテーマに展示を行う。

場所 BankART studio NYK 1F (BankART Mini)
(横浜市中区海岸通り3-9)
期間 11月21日(金)〜11月30日(日)
時間 10:00-19:00
入場 900円(共通)

11/21(金)18:00より会場にてオープニングパーティを開催
11/30(日)14:00-16:00 山本理顕氏を交えシンポジウムを開催
16pのカタログを発行予定

問い合わせ先 BankART studio NYK 045-663-4677

fujimura

建築界のザクティ革命!?

g86と筑波批評社がチャット対談していますね。

筑波批評社×g86対談 前編(筑波批評社ブログ)
[Interview]vol.17批評集団 筑波批評社(g86)

参考:藤村龍至インタビューについて(筑波批評社ブログ)

前半は「議論する僕ら」の自意識について語り合い、後半の最後のほうに議論の枠組みが見えてきます。なかなか面白いですね。

*(以下引用)

塚田: 地域とか地方とかの関係で建築が担える役割みたいなものってあると思いますか?

山道: そこを今めちゃかんがえて、ショッピングセンター研究をしているのですが、都市形態とかと絡められるんじゃないかなとか。

塚田: 個人的には安易に、その地域っぽさを取り入れる、ご当地キャラみたいなものはいやだなとか思って不安に思ってるのですが。

山道: それこそ地域の差異を建築の何かに変換したいですね。

塚田: 今ある都市の形を所与の条件として、そこに最適化するみたいなことですかね。

シノハラ: まさに、藤村さんの批判的工学主義みたいな話ですね。

山道: 特産品とかではなく、空間的な差異に落としたいですね。

(中略)

鎌谷: 実際藤村さんのインタビューをされて、どんな感想をお持ちになりました建築にたいして。

シノハラ: 実務と思想が繋がっていること(実務的な思想を作ろうとしていること)、新しい価値基準を作ろうとしていること、建築業界そのものを変化させようとしていることの3点に、なるほどなあと思いました。すごくざっくりした感想で申し訳ないですが。

山道: 東工大の建築の文脈て、スペクタクルじゃなく、どうインパクトを作るかっていうのが、あるかもしれませんね。そこにある、ごく普通の要素をどうこねくりまわすか

klov: ショッピングセンターとかコンビニとか普通に考えたら建築家の作家性とか絡まないところに絡む。

山道: そうですよね。ショッピングセンターとかコンビニがおもしろいのはシステムと絡んでるからだと思います。

塚田: 作家性が取り戻せない状況でいかに振舞うかについてかなり刺激的でした。そういうのって文学でもなんでもいろんなところで見られる現象なので。つまり作家性が抜け落ちるということだよ、ケータイ小説とか。

山道: 村上春樹も、ビームサーベルとかが出てくるようなSFでないのに、飛び感があるのはそれに近いと思います

klov: 飛び感。

山道: あくまで日常的だけど内容は飛んでる。ケータイ小説とかはとび感は無いような気もしますよね

klov: なるほど。ベンチューリの逆!

それにしてもg86といい、筑波批評社といい、行動力、仕掛けのタイミングの読み、文章の編集力、どれも抜群です。もはや学生の域を超えていますね。

『筑波批評 2008秋』はいよいよ本日(11/9)秋葉原で行われる文学フリマで発売されるそうです。より多くの人に読んでもらえるといいなと思います。

大学院に在籍していた頃(ってそんなに昔ではないですが)、情報化とは何か、市場化とは何か、郊外化とは何か、社会の動きについて話し合いたくても製図室や研究室では話そのものがなかなか成立しなかった記憶があります。今日のように社会が動くときに建築そのものを見ても何も見えないのは当然で、だからこそ学際的な議論がいるわけですが、少しずつ議論が育って来て、分野を超え、世代を超え、面的な広がりを感じられるようになって来ました。

シノハラ君の言う「ザクティ」の意味はよくわからないが、彼らの動きが彼らの世代の学生たちのロールモデルとなって、本当に「革命」のような動きに育って行けばいいなと思う。
fujimura

2008年11月05日

仕掛けの季節

27日、福岡の井出健一郎さんからメールを頂く。福岡でdesigning?というイベントを仕掛けている若手建築家。面識はなかったが、「BUILDING Kを見学させて欲しい」「時間があったらお話させて欲しい」とのことだったので、お会いすることにした。

お会いしてポートフォリオや活動の資料を見せてもらったら、とても精力的で驚く。designing?は福岡で2004年にスタートし、今年で4回目。たったふたりの仕掛けで数万人を動員するほどまでに成長しているというからすごい。ガイドブックのデザインもクオリティが高い。短い時間だったが、すぐにピンと来て、RAJ8用にインタビューをお願いすることにした。

2日、改めてインタビュー@BUILDING K。話を聴けば聴くほど問題意識が一致する。同世代で同じ問題意識を持って活発に活動している人に出会えたことに軽く感動すら覚えた。収録したインタビューはRAJ8のなかでも重要な位置を占めるだろう。

その後、外苑前でマシツマJP、mashcomixの真取さんと「建築マンガ」の打ち合わせ。その足で立ち寄った「日本史」の切れ味に驚く。デザインとか作品の切れ味もなかなかのものだったが、何より岡田さんの企画の鋭さが際立っている。ポストモダンな記号論的アプローチは今の主流ではないが、「あえて仕掛けている感」がカコイイ。

岡田さんは椅子の研究をしているそうなので、今回のような企画との関係をどのように位置づけているのか質問すると、幕末から明治に掛けての、社会状況の変化とデザインの関係に興味があるとの話を聞いて大いに納得。革命はデザインを生むというが、権力構造の変化とデザインの関係はつくづく興味深い。derollシリーズの今後の展開に期待したい。

その足でミッドタウンのDESIGN TIDE TOKYOへ。入口で谷尻誠さんに会う。谷尻さんの会場構成がとてもいい。忙しそうな谷尻さんと少しだけ話して、会場を回る。ISOLATION UNITの柳原君やcentral line studioの酒井君がいて直接話を聞くことができた。初めて行ったがとても楽しい。建築でもこういうことができたら面白いかも知れない。

3日、14:00ブリティッシュ・コロンビア大学のスタジオへ。エスキース・チェック。「顔を作る」とか「構えをつくる」という問い自体に戸惑っている人も多いが、「建築で」ランドマークをつくる、という課題に答えられなければ、インテリア・デザインや看板に負けてしまう。頑張ってもらいたいと思う。

4日、理科大の非常勤後、横浜の山本理顕事務所へ。山本理顕さん、西田司さんと今月21日(金)から始まる展示の打ち合わせ。3人で行うシンポジウムは30日(日)の14:00からと決まった。

終了後、近くにある平田晃久さんの「イエノイエ」を見学。屋根の集合というコンセプトに対し建物全体の輪郭の印象が少々強い気がするのと、内部では意外と構造が気になったが、全体としてはコンテクストに対しアイコンとしてよく機能しており、ただの住宅ではないと感じた。

20:00ロッテルダム在住のDirk来社@BUILDING K。建築家だが、2006年からロッテルダムで「CAMERA JAPAN」という日本映画をテーマとしたイベントをオーガナイズしているのだという。映画関係のイベントだが、藤本壮介さんを呼んだらたくさん人が来たとのことで、次年度以降の企画に再び建築関係の企画を入れることを考えているそう。

それにしても、今週はイベントの仕掛け人に良く会った。秋は仕掛けの季節なのだ。

準備中の書籍のタイトルが決まった。1月のイベントに間に合わせるべく、著者校正用原稿の作成に取り組む。
fujimura

2008年10月29日

植田実さんインタビュー

26日、9:30久しぶりにTEAM ROUND ABOUTのメンバーが集結@BUILDING K。編集者の植田実さんを迎える。

現在準備中の書籍『1995年以後』(仮称・2009年1月発売予定)の目玉として、植田実さんにインタビューを行った。伝説の雑誌『都市住宅』の創刊当時、植田さんは32歳だったという。ちなみに磯崎さんが37歳、伊東、安藤、石山らが27歳、元倉真琴さんらは22歳。

たまたまだが、『ROUND ABOUT JOURNAL』でインタビューしているレンジもほぼ一致している。僕が今年32歳。藤本さん、平田さんらが37歳、最年少のg86が22歳。なるほど、そういう距離感で彼らもムーブメントを作り上げていたわけで、大いに勇気が湧く。

植田さんと議論したかったのは、なぜ世代論を仕掛けたのか、それらはどういう意味を持ったと思うか、当時の社会的背景との関係についてどう考えているか、など。

『都市住宅』が創刊された1968年は霞ヶ関ビル竣工の年で、巨大建築とインフラが都市を覆い始めた時期に一致する。『RAJ』を発行し始めた2007年は1995年以降のグローバル・キャピタリズムに伴う都市空間の変化のピークの時期に一致する。100冊を数えた雑誌と10号にも満たないフリーペーパーは比較するのもおこがましいが、両者が世代論を問題にしているのは、単なる偶然というよりは、社会的コンテクストの構造的な反復に起因する。

終了後、植田さんにBUILDING Kをご案内。「今までありそうでなかった建築」「このビルだけで写真集を作れる」とコメントを頂く。『新建築』の掲載記事を読み込んで下さっていて驚いた。

植田さんと別れてから、久しぶりにTEAM ROUND ABOUTでミーティング。全員集合したのは恐らく2月のLRAJ打ち上げ以来。さすがにいろんなアイディアが出てスパーク。いろんな企画が一瞬の内に決まった。素晴らしいチームだ。

なお、当日の様子はこちらにも掲載されているので参照されたし。

27日、14:00カナダのブリティッシュ・コロンビア大学(UBC)のスタジオスタート。生まれて初めて「課題」なるものを出したが、考え始めると意外と難しいもの。

悩んだ末、課題は「建築的ランドマーク」とした。ランドマークとはいかに設計可能か、そこに貢献し得る建築的思考とは何か、といったことを議論できればと考えた。

19:00スタジオ後、編集委員会に合流@建築学会。インテリアをめぐって議論が盛り上がる。インテリアとは結局フェティッシュの表現だ、最近の若手建築家はフェティッシュに傾倒しているのだ、という。

なるほどとも思うが、個人的な実感も含め、インテリアはフェティッシュ(表層)の表現を求められる一方で、動線や収容量など、厳密な機能(深層)の解決を求められる分野であり、異なる表現が乖離的に共存する独特の領域を構成していると思う。

インテリアが批評性を持っているとすれば、社会全体の建築設計に対する要求が、インテリアデザイン的に分解してしまっているという点においてである。建築表現にしても、表層と深層の一致よりもそれぞれの強度を求めるが故に、乖離的にならざるを得ず、インテリア化していると言える。

考えてみれば、誰もそうした指摘をしていないのではないか。商業主義が作家像の変更を迫っていることは確かだが、誰もがインテリア=フェティッシュだと片付けがちである。中村竜治さんの眼鏡屋さんが秀逸なのは、装飾は過剰にフェティッシュなのに構成は厳密に機能的で、それらが一致するというよりただ乖離的に共存している点だということもできるのではないか。

先日見た村野藤吾展は、繊細な手すりと同時に巨大な設備シャフトを同時に設計しているという二層構造が最も興味深かった。おそらく、商業主義に身を投じて建築家として名を残した建築家は、そういう二層構造を持っていたのだと思う。「手すり」も「設備シャフト」も、商業主義と深く関わっていることを考えれば、表裏一体の問題である。片方だけ論じていては見えない問題の広がりがある。

31日、18:00成瀬・猪熊の「ひとへやの森 インタラクティブな風景」展オープニングへ。インスタレーションは想像以上に刺激的で、成功していると思った。ただレクチャー後の討議では平田さんにマイクが回ったら最後、さながら独演会のようになってしまい、議論そのものは面白かったが、結局一言しか話せなかった。

彼らはあの風景を「インタラクティブ」というが、もっと説明が必要だと思った。身体と空間との関わりというならただ収納棚がある部屋だってインタラクティブである。どういうインタラクションなのか、もっと説明すれば、そこに尽くされる言葉から彼らは次の展開を導くだろう。

ヒルサイド・ウエストで11/4(火)まで。詳しくはこちら
fujimura

2008年10月24日

ゼロ年代の課題

筑波批評社という文芸サークルの同人誌『筑波批評』の最新号で巻頭インタビュー「批判的工学主義とは何か」が掲載されました。

『筑波批評2008秋』について

「批判的工学主義」とか「超線形設計プロセス論」などで述べて来た「データベースの書き換え」「場所性と作家像の再定義」「メディアのあり方」などの一連の主張について哲学を専攻するシノハラ氏と社会学を専攻する伊藤氏と共に議論しています。個人的にも、今考えていることが包括的にまとまった内容になりました。

インタビューしてきた!(9/10のインタビューについて)
インタビュー先をちょこっとだけ公開するよ。(藤村龍至についての紹介)

彼らの同人誌は11/9の文学フリマにて発売される予定だそうです。筑波批評社は東浩紀さん主催のイベント「ゼロアカ道場」に参加しているようで、何だか盛り上がっている模様

「批判的工学主義」などという、印象としては一見閉じているけれども、逆に異分野の人に通じるというのは「理論」の成せる技。もともとは南後由和さんの企画したコンビニのシンポジウムに出たときに配ったフリーペーパーを読んだのがきっかけで興味を持ってくれたようで、きっかけを与えてくれた南後氏には感謝しております。

昔、ブライアン・イーノのレクチャーにレム・コールハースやアレハンドロ・ザエラポロが来ていて、システム理論について議論していたのを見て、理論が分野を超えていくダイナミクスを感じたことを思い出します。今回の件は小さな出来事かも知れないけれども、主張が分野を超えて響いたと手応えを感じたという意味で、ひとつの成果を感じるものになりました。

12日、20:00OMAの重松象平さんインタビュー@BUILDING K。OMAの設計プロセスは、プロジェクトのスペシフィシティ(固有性)を頼りにスキームを発展させて行く、というアプローチらしい。自分のやりたいことはまさにそれで、聴いていてとても共感した。

ただ、Casa da MusicaやCCTVなどのアイコン建築のシリーズ以降、最近のOMAは迷走気味という印象もある。NYのコンドミニアムのプロジェクトは久々にOMAらしさを感じるので実現が楽しみだ。

17日、アーキニアリング・デザイン展のオープニングへ。展示は濃密で面白い。小西さんがいらっしゃったので一緒に見て回る。どれも面白いが、スカイハウス、ポンビドゥーセンター、モード学園スパイラルタワーなどが新鮮で印象に残る。

ひと通り見て、構造表現のフロンティアは平屋と超高層とドームなんだなと思った。ある高さ、あるスパンを超えると工学の割合が強くなる。構造と意匠の融合、工学と社会の関係という観点からいえば、40-50Mのビルで何ができるかを考えることも問いとしては面白いはず。

19日、7:00後輩KとNに手伝ってもらい、自宅の引っ越し。独立当初は事務所にしていたこともあり、UTSUWAやBUILDING Kの初期案などを生み出した部屋でそれなりに思い出深いが、9月末で東工大を離れたことと、事務所を高円寺に移して以来通勤に1時間くらいかかっていて体力的に辛かったので引っ越しを決意した。この機会に荷物も思い切って整理。もっとミニマムにしたい。

引っ越し後、へとへとになりつつ18:30日本女子大へ。シンポジウム「集住とコミュニティ コミュニティはデザインできるか」に参加。司会は篠原聡子さん、パネラーは東大の大月敏雄さん、URの井関和朗さんと僕。西川祐子さんや小谷部育子さんにもお会いする。

西川さんを含む4者の発表を聴き、後半がパネラーによる討論という構成。「若手建築家はコミュニティの問題をどのように見るか」を話して欲しいとのお題を頂き、80年代のニュータウン育ちというルーツも含めて感じたところをお話しさせて頂く。

専門ではないし、研究を共有しているわけではないという立場から発言を求められていたので緊張しつつも、発表は濃密で学会のようで面白い。「コミュニティ」とか「場所」とか「空間に意味を重ねる」とか、若手建築家の間ではまず議論されない話題ではあるが、発表を聴いてみると意外なほどダイナミクスがあり、逆に新鮮。

日曜日にも関わらずお客さんも集まり、程よく盛り上がって終了。打ち上げで関係者の皆さんといろいろお話しする。小谷部さんに「ニュータウン育ちの建築家に初めてお会いしたわ」と言われたが、あと20年くらいするとタワーマンション育ちの建築家が現れるに違いない。

22日、14:00日刊建設工業新聞の80周年記念号に掲載予定の若手建築家座談会「21世紀の建築・都市」に出席@建築会館。五十嵐太郎さんが司会進行で、メンバーは平田晃久さん、中村竜治さん、福屋粧子さん、吉村昭範さんと僕。

最初に五十嵐さんからベニス・ビエンナーレについて、繊細な日本のデザインと世界のデザイン潮流との距離などが報告され、討論スタート。「21世紀」「グローバリゼーション」「地域主義」等をめぐってそれぞれが持論を展開する。

新聞なのでわかりやすくと思い、建築家が建築家固有の思考と言葉と方法論を持って社会的諸問題に対峙する「建築主義」を唱えたら(例によって)批判が集中。

いや、グローバルキャピタリズムによって社会が流動化しているからこそ、建築はその思考や方法の固有性をまず主張しなければ、という至極真っ当な主張なんですけれどね。あるいはその真っ当すぎる主張が論争を誘発してしまうというか。

座談会をやりながら思ったのは、この日発言した「建築」にせよ、中村さんの「かたち」にせよ平田さんの「生成」にせよ、90年代の後半に「それを言ったら叩かれる」と思われていた一種の地雷タームをあえて復活させている点で共通しているのが興味深い。

例えば、平田さんは90年代にグレッグ・リンらが提唱した「ブロッブ・アーキテクチャー」のコンセプトを意図的に復活させている。座談会のなかで「90年代の試みとの違いは何ですか」と平田さんに聞いてみると、「身体性の有無」だと答えが返って来た。逆に平田さんに90年代のMVRDVの「データスケープ」との違いについて聞かれたので、同じく「身体性の有無」だと答えてみた。

90年代後半に設計環境のコンピュータライゼーションに伴って提出された「ブロッブ・アーキテクチャー」や「データスケープ」などのコンセプトが、身体性や建築性といった概念、場所性や環境といった社会の諸問題を伴って復活してきているのがゼロ年代の一側面なのではないか。

解散後、駅前のカフェでウラ座談会。「皆さんもっと『主義』とか主張してはどうですか」と勧めてみる。中村さんは十分に「かたち主義」だし、平田さんも既に「生成主義」なので、そのように主張したほうがわかりやすいのでは。

18:00事務所に戻ると、dot architectsの家成さんと大東さんが来てくれている。途中でISOLATION UNITの柳原さんも合流。BUILDING Kを見てもらう。その後近所の飲み屋で建築界や社会の諸問題について管を巻き→移動してしっぽり人生について語るコースで夜が暮れる。同世代で、互いに良き理解者であり、心おきなく意見を交わすことのできる貴重な友人たちである。

彼らは大阪ベースなので、近所に住んでいればもっとたくさん議論できるのにと思うが、逆に東京−大阪くらいの距離感がまたいいのかも知れない。2009年は彼らの個展も東京で開かれるとのことなので、たくさん絡めればと思う。

2009年の展開もだいぶ見えて来た。「ゼロ年代」もそろそろまとめに入らなければ。

(以下、『筑波批評』関連の情報を掲載しておきます)

『筑波批評2008秋』

目次
* 批判的工学主義とは何か——建築家・藤村龍至インタビュー
* アダルトヴィデオ的想像力をめぐる覚書——ゼロ年代的映画史講義・体験版(渡邉大輔)
* リアル入門——ネットと現実の臨界(工藤郁子)
* 文芸批評家のためのLudology入門——<ゲーム>定義のパースペクティブ(高橋志行)
* 工学の哲学序説(シノハラユウキ)
* 「コンテンツ植民地」日本(min2fly(佐藤翔))
* ケータイ小説の作り方——ケータイ小説家・秋梨インタビュー
* フィクションするとは一体いかなる行為か(シノハラユウキ)
* 兄弟という水平面/擬似的な垂直性(シノハラユウキ)
* フラグメンタルアプローチ(塚田憲史)
* &LOVE——『あたし彼女』『メルト』(塚田憲史)
* Synodos+筑波批評社
* 座談会 ニコニコ世代に歴史はあるか?

東浩紀氏主催の「ゼロアカ道場」についての情報
http://shop.kodansha.jp/bc/kodansha-box/zeroaka.html

「ゼロアカ道場」は、昨年の12月から講談社BOXと東浩紀氏がタッグを組み、若手批評家を育成するというものです。第一関門から第六関門まで設定されており、第六関門突破者には、講談社BOXのレーベルから1万部をもっての批評家デビューが約束されています。

同人誌を販売するイベント「文学フリマ」についての情報
http://bunfree.net/#l2

イベント名:文学フリマ
日時:08年11月9日(日) 11:00~16:00
場所:東京都中小企業振興公社 秋葉原庁舎 第1・第 2展示室
(JR線・東京メトロ日比谷線 秋葉原駅徒歩 1分、都営地下鉄新宿線 岩本町駅徒歩 5分

「文学フリマ」は、小説・詩・批評といった文章系の同人誌を作るサークルが集まり、販売するイベントで、今回が七回目となっています。筑波批評社は当日「B-62」というブースで本誌を販売しています。
http://bunfree.net/dai7kai/circle_detail.html#B62

彼らの挑戦に対し、「批判的工学主義」がどれだけ貢献できたかは定かではないが、頑張って欲しいと思う。
fujimura

2008年10月16日

制度と生活のデザイン

帰宅して晩ご飯を食べていると、奥さんから、「ハンコンデモってのがあったんだって」と聞かされた。半婚?犯婚?と脳内変換できないで困っていると、反婚なんだという。ようは反戦と同じつくりの言葉なんだけど、結婚に反対ってこと? と考えるうちに、ますます分からなくなった。おかしな言葉だなと、まずは思う。

で、検索してみると、ありました、こんな記事

実は、ぼくと奥さんは結婚しているのだけど、一度入籍した後でよく相談して、結局それぞれがもともと持っていた名前を使っている。よくある「仕事は旧姓、戸籍は本姓」ではなく、仕事も戸籍も本名に戻して生活している。結婚を機に名字を変更して「それまで存在しなかった人名」が出現することに、大きな違和感があったからだ。この経緯はとてもおもしろいんだけど、長くなるのでそれは省きます。

さて、自分の話はいいとして、「反婚デモ」である。ぼくたちは、この記事が不快だった。どこか、おかしい。何かがずれている。客観的に見れば、ぼくたちも既存の婚姻制度に疑問を持って、別姓を求めた結果として籍を抜いたのだから、まあ、行動としては反婚と言えなくもない。でも、この「反婚デモ」は方法として間違っているんじゃないかと思う。どうにも共感できない。

たしかに、たとえば10代で子どもを産んで女手一つで育てるのにはたいへんな苦労があったと思う。でもたぶん、その苦労と現状の婚姻制度の間には、まったく関係がない。

現在の婚姻制度には問題がある。たとえば、戸籍を一つにしなければ得られない優遇措置がいろいろとある。夫婦のどちらかが扶養という優遇制度を甘受するためには、自ずから収入に限度を設けなければならない。だから、それぞれが経済的に自立したままで関係を継続するのは不可能だ。現行制度上、夫婦はあくまでも合わせ技で一本なのだ。

でも、それは制度のデザインの問題であって、結婚の実体がそこにあるわけでは決してない。結婚生活のデザインは、自分たちで何とかしなければならない。もし自分の不遇の現況を制度に求めるとするならば、それこそが、制度を過信(盲信)し、制度に身を委ねた思考にほかならない。少なくとも、「自分たちにはこんなに良いアイデアがある」と主張しなければならないと思う(記事に載っていないだけで、叫んだのかもしれないけど)。極端な言い方だが、「子守りをしてくれる人を探しても家族制度が壁にな」るなんて主張は意味不明だし(経験上はありえない)、「友達に結婚しない生き方を理解してもらえない」のは、本人の友達の質の問題に過ぎない。つまり、社会や制度のせいではなく、あくまでも自分と社会の関わり方の問題だと捉えるべきなのだ。

検索すると、webでの評価も引っかかった。「結婚がおめでとうの社会では、非婚の人が生きづらい」という彼らの主張に対して、「進学おめでとうの社会は、浪人の人が生きづらい」「新築おめでとうの社会は、中古の人が生きづらい」ということなのか?と疑問が呈されていた。その指摘は鋭い。しかも、笑える。

だからぼくたちは、この記事を読んで次の二つの教訓をかみしめた。
1. 自らが被る不利益を、社会や制度のせいにしてはいけない。
2. 主張する時はかならず対案を出し、実行すべく努力する。

ところで、別姓問題では、役所の「裁量」の幅を実感した出来事があった。ぼくたちは同じ住まいで協同して暮らすことを結婚だと考えたので、「戸籍はどうでもよいけど、住民票には何かしらの記載があってほしい」と望んでいた。すると左京区役所は続柄に「妻(未届け)」と記してくれた。もちろんわれわれへの特例ではない。一向に進まない制度改正に歯ぎしりするカップル一般に示される、役所の心意気である。これ、ロマンチックで、とっても気が利いた表現じゃありませんか? ぼくたちはとても気に入っています。

ええと、このエントリの肝は、言うまでもなく、菊竹さんの言う「もっと表現すべきです。スケッチをしなさい」であり、藤村くんが言う「かたちを発展させていく」ことの実践だということです。

yamasaki

2008年10月15日

菊竹清訓さんを迎えて

建築夜楽校2日目の打ち上げの最中、突然携帯が鳴る。菊竹事務所の塚本さんからで、明日10時に菊竹清訓さんがBUILDING Kに来て下さるという。

先日INAX:GINZAで行われた菊竹さんのレクチャーを聴きに行った際、メガストラクチャー+方法論という組み合わせに勝手に親近感を抱いてはいたが、恐れ多くて話しかけることなどできず、そそくさと帰ろうとしたときのこと。スタッフの塚本さんが紹介して下さった。恐る恐る名刺交換させて頂き、「メガストラクチャーとテンション構造で集合住宅を作りました」と言うと、「今度見に行きます」と菊竹さん。

そしてついに実現

概略をご説明し、構造の説明に及んだとたん「基礎梁はどのように入っているのですか」「杭長は」と質問が始まる。少し興味を持って頂けたのか「これまで設計の経験は」「大学は」とバックグラウンドに質問が及び、まず「構造が上手ですね。寸法も上手です」とコメントを頂く。

だんだんとボルテージが上がり、「吊り材のジョイントは」「たわみの調整方法は」といったディテールレベルから「なぜ窓はこんなに小さいのですか」「あなたのコンセプトは何ですか」といったコンセプトレベルまで、質問が鋭くなる。しどろもどろになりつつ、夢中になって答えていると「それは理由になりません」「そんなものはコンセプトではありません」とどんどんハードルが上がっていく。

最上階の空中路地に着く。「いや、大変面白い。これだけの才能をお持ちなのだから、もっと表現するべきです。」「スケッチをしなさい。言いたいことはスケッチに表れます。」「海外に出なさい。そして仲間を見つけなさい。あなたの言うことを理解する人が必ず現れます。」と激励を頂く。

思い切って「なぜ先生は方法論を問題にされようとしたのですか」と伺ってみた。すると菊竹さんは「それは仮説を問題にするためです」と即答された。「ノーベル賞を取った学者も言っていたでしょう。仮説が重要なのです。」仮説とはもちろん「か、かた、かたち」の「か」に他ならない。

力強い激励のお言葉を頂いていると、伊東さんや藤本さんが「思いっきりやれ」と言うのがなんとなく理解できた。壮大なイマジネーションと強固なアイデンティティがないとこの気迫に対抗できない。

わずか1時間ほどではあったが、何か強烈な印象を残して帰られた。この日のことは一生忘れないだろう。

お忙しい時間を割いて下さった菊竹先生と、スケジュールの調整に骨を折って下さったスタッフの塚本さんに感謝したい。いつの日かまたお目にかかれればと思う。
fujimura