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2006年10月16日

再開します

こんにちは。今日からまたジャーナルをつけはじめることにしました。
ひきつづき、藤村くんは主に東京から、山崎は京都からの書き込みになると思います。
毎日のご報告、といったところでしょうか。おつきあいいただければ幸いです。

yamasaki

2006年10月18日

再び

お久しぶりです。しばらく間が空いてしまいましたが、それぞれ状況も変化したところで、リニューアルさせて頂きました。まずはjournalをサンドイッチ・ブログ形式で再開ということで、よろしくおつきあい下さい。

fujimura

2006年10月19日

新建築10月号の月評

月評に悩む。締切はとっくに過ぎてしまっているのだが・・・。これまでのを読み返してみると、なんともさらりと読めてしまうのだが、これでも毎月毎月七転八倒している。いつも作品を擦り切れんばかりに読み込んで、なんとか刺激的な評論に仕立て上げたいと考えているのだが・・・。

「最近勢いがダウンしている」とつかもと師や後輩諸君にダメ出しされてきたが、10月号の青木藤本論はわりと評判が良かった。「今までで一番いい」という人も何人かいた。二項対立なんて猿でもできる評論の形式で少し安易なのだが(実際そういう批判もあるにはあった・・・F事務所のA君とか)、言いたいことは整理しやすいし、伝わりやすい。

今月はどうしようかな。ラインナップとしては、SANAAのトレド、石上さんの工房、松川さんたちの海の家あたりを攻めようと決めてみた。いろいろな展開があり過ぎてすでに数パターンはスケッチできてしまったのだが、オチが決まらない。うーん。

仕方ないのでいろいろたまっていた仕事を片付ける。労務関係の書類を大量に作成してみたり。今夜中には決着つけなくては。

fujimura

2006年10月20日

永山祐子展「光と影」準備開始

今日から永山祐子展の仕込み。京都精華大学と京都工芸繊維大学から計10名強の学生さんたちが駆り出され、永山事務所の木原さんの切れ味鋭い陣頭指揮のもとでがしがし働いていました。今日は展示の目玉の一つ、超巨大な竣工写真の設置。もうものすごい迫力。ああいう写真を見たことある人はほとんどいないんじゃないだろうか。明日はいよいよ永山さんが来て、一気に配置を終える予定です。

企画段階で「そんなに若いのに展示する内容があるのか?」という反応をもらったことがある。わかる。当然の反応だと思う。ただ今回は、永山さんの活動を振り返るような回顧展的な「陳列」をしたいんじゃなくて、あくまでも、自分の作品を伝えることを通じて、永山さんに「新しい空間」を作ってもらえたらいいなと思っていた。

独特の不思議さ(ほめ言葉です)を背後にもった建築をつくる永山さんだから、きっと「展示なるもの」との相性が良いに違いないと思って、お願いしました。展示ってある意味つかみが重要なので。もちろんそんな期待など軽く吹っ飛ばす「才能」が、実際は展示されることになるわけです。10/21-11/28、どうぞお楽しみに。

yamasaki

2006年10月24日

東浩紀の授業、Table of Youth勉強会など

午前は事務所にて定例。いろいろ確認。13時、昼飯を食べていると不意の来客。青森の祖父母であった。以前から「事務所を見たい」といっていたので見せる。5分で帰り、静岡へ向かう。

14時、移動して東工大で東浩紀の授業「ポストモダンと情報社会」。2年生に混じって受講する。文系の授業なんて10年ぶりである。遅刻したので後ろの方の席だったが、睡魔に倒れる学生が続出し、次第に視界が開けていく。ラカン、デリダ、フーコー、ドゥルーズ、リオタールなどをハイテンションで解説。話が脱線しまくるが「まあそんな話をしてもしょうがない」といって無理矢理戻していく。

「60年代のフランスの現代思想が70年代にアメリカに輸入されたときに、『脱近代』という理論的テーマが『脱工業化』という社会的テーマとブレンドされた。誰もこういうふうには説明していないかも知れませんが、ここが一番大切です。覚えておきましょう。」という結論が印象に残る。東さんらしい説明だ。

製図室で2年生に絡んで若干の議論をし、研究室に顔を出して4年生の論文を見たあと、事務所に戻ってスタッフと打ち合わせ。17時、スーツに着替え、都内某所の測量事務所を訪問し打ち合わせ。その後事務所に戻って着替え、20時から建築ノートの巻末企画「Table of Youth」の勉強会。大学院生を中心に週1回集まっている。若い連中と気ままに議論するのは楽しい。

前回同様、大学院生12名を集めてみんなでコラムを書かせてもらう予定。面白いメンバーが揃ったので濃い内容が期待できそうだ。スタッフと打ち合わせ後、終電で東工大に戻り、後輩と議論とかしつつ、深夜3時ジャーナルを更新。

fujimura

2006年10月28日

今週

今週は既存のプロジェクトに動きがある一方で、新プロジェクトがいくつか動き出しているので、身辺はにわかに慌ただしかった。静かなときは静かなのに、お座敷がかかるときはいつも同時だ。

24日、午前は所内で打ち合わせ。午後はとある件の打ち合わせで横浜へ。久しぶりだ。用件を済ませ、事務所へ戻る。翌日のプレゼ内容を確認し、夜は先日声をかけて頂いたある企業の担当者の方々と会食。先日させて頂いたプレゼについて、担当者の方は「意表を突かれた」と表現されていた。条件を整理して可能性を場合ごとにパターン化して提示させて頂いたのだが(藤村事務所はそういうプレゼが多い)、頂いたお話の内容からすればちょっと枠を広げた内容だったかも知れない。

25日、既存のプロジェクトで懸案事項がまとまりそうだったので久しぶりに関係5者によるミーティング。問題は次から次へと出てきて気が遠くなりそうだが、こういうときこそ緊張を保たなければいけない。その後大学へ飛んでいき、17時過ぎ、塚本研のゼミへ。30分ほど遅刻したため塚本師の機嫌が悪いが、そういうときは内容でフォローしようと頑張るので逆に発言は冴える(気がする)。ゼミは夕食なしで22時30分頃終了。事務所へ飛んで帰り、翌日のプレゼ内容を確認。いろいろやり残しがある。

26日、午後イチで新規プロジェクトの初回プレゼンテーション。いろいろご意見を頂き、修正を約束する。スケジュールが少し延びそうなので、時間があるうちにスタディを重ねることにする。16時、大学へ戻り大学院生の授業へ。Adnan Hrambasicというノルウェー人建築家の集中講義のアシスタントをしているのだが、この日は横で聞いて時々コメントするのみ。半分が外国人留学生ということもあり、グループ作業なので一見よくわからないが、しばらくみていると学生の能力差とか役割、掛けた時間の差、というのは手に取るようによくわかる。仕事上でも、短い時間に掴んだ相手方の人間関係などがプロジェクトの鍵を握ることがあるが、それは自分たちにとっても同じこと。他山の石としよう。

27日、朝から諸手続きで役所を回る。途中、旧渋谷公会堂(C.C.レモンホール)の前に大量の熟年女性が集まっており、何かと思えば氷川きよしのコンサートだった。あれだけ特定の世代にアピールできるのはすごいことかも知れない。夕方、事務所へ戻り書類整理をしていると、最近ヨコミゾ事務所から独立した伊藤君から電話。たまたまその日が事務所のオープニングとのことで偵察に出かける。会場に着くと女の子やガイジンが大量に集まってオサレムードに満たされており、さすが段取り上手の伊藤君・・・と、うっかりと勘違いしてしまいそうであったが、実はシェアしている事務所の方々の合同パーティ。23時、大学へ戻ると学園祭の準備が行われており、若者ムード。デザイン研の連中が設営中で話を聞く。自分たちの作品だからか、緊張感と充実感のある表情がよい。製図室を覗くと学生が数名いたのでいろいろ話を聞く。学年に「やる気のあるやつ」「知識のあるやつ」がいないのが悩みだとか。周りを育てないと、自分も育たないよね。それはいくつになっても同じこと。1時すぎ、研究室で若干の調べものをして帰ろうとすると校門近くで酔っぱらった塚本研の学生たちとすれ違う。コンペの打ち上げで飲みに行っていたらしい。疲れがたまっていたせいもあり、なんとなく調子の合わなさを感じるが仕方ない。

28日、昼前に社会工学科時代の同級生である大東君から電話。社会工学科の同級生はコンサルや金融関係が多いのだが、彼は設計をやっている数少ない同志である。近所に現場があり、渋谷まで来ているとのことで急遽来所。彼は社会工学科の大学院を出た後、外資系の設計事務所に就職している。仕事は外資系のオフィスのインテリアが多いらしい。就職、結婚、子供、と人生双六を快調に駆け上がる彼の次に狙うところは、転職かマイホームか。「子供が小学校に入る頃には自然の多いところに引っ越したい」のだそうだ。オトナだなあ。事務所を隅々までチェックされ、「椅子くらいは良いの買えよ。安いところを紹介してやるよ。」とありがたいアドバイスを頂く。事務所設立時にお施主様から頂いた椅子もあるのでしばらくは控えようと思っていたが、そろそろ考えようか。16時、谷内田事務所のオープンハウスにお邪魔させて頂く。今年に入って3回目だが、今回もまたいろいろ勉強になった。谷内田事務所の仕様は比較的統一されているのだが、逆に担当者の違いが出ていて面白い。今回のはとても繊細な感じがした。途中下吹越事務所の高橋君と会い、仕事の話など聞く。こういうときの情報交換はなかなか得難いものがある。

今週はこんな感じでした。


fujimura

2006年10月29日

伊東豊雄展

永山祐子展、無事オープンしたようで、おめでとうございます>キュレーター氏。こちらではオペラシティギャラリーで開催中の「伊東豊雄 建築|新しいリアル」を見てきたので感想を。

まず会場構成について。展示は以下のようになっていました。
SPACE A:最近のテーマである「エマージング・グリッド」というコンセプトについて解説
SPACE B:「物質」をテーマに、1/1の図面、TOD'Sの1/1モックアップなど
SPACE C:伊東事務所の歴史について、関係者へのインタビューを交え、年表形式で総括
形而上(概念)/形而下(空間)/年表と、かなりオーソドックスな三部構成でした。建築関係以外の人にもわかりやすい感じ。

SPACE Bで壁面のTOD'Sの実物大模型を見て思い出したのが、GAギャラリーで開催された「Alchitecture展」。アルミ建築をテーマにした展覧会で、吹き抜けのところの大きな壁面に1/1の断面模型がありました(よね)。

それを作ったのは何を隠そう私(と友人H)です(威張ることではないが)。伊東事務所のオープンデスクに呼ばれて行ったら、中山さんに「フローニンヘンのアルミの家の実物大断面模型を1/1で作って下さい」と言い渡され、大量のアルミレンガの断面をひたすら切り抜きました。事務所に場所がないということで、自宅に持ち帰って製作したり。

床に並べるはずが、あるとき伊東さんの鶴の一声で壁に吊ることになって、本当に断面を切ったみたいにしようと、スタイロフォームとか、床の断面の根太とか、フローリングとか切って並べました。模型はバラバラのアルミレンガを繋いでいるので精度が出にくかったり、全体を吊っているので垂直を出すのが難しかったりで設営にすごく時間がかかったなあ。設営後、なんとか締切に間に合ってみんなでほっとしていると二川幸夫氏が現れて、車の断面がそうみえなかったらしく、「これ何?」「車です」「・・・あんまり、センスないな」と言われて一同がっかりしたり。懐かしい思い出です。

そのときはアルミの薄さが本当に「薄い」ということを示すという命題があり、「1/1でなければダメ」「断面は垂直面でなければダメ」という具合に、物質性とか空間性をそのまま表現する、というのが展示の趣旨でした。今考えれば、ちょうどその頃「せんだい」の生々しい現場が進行していたわけで、伊東さんの考えが概念的、比喩的なものから、より物質的、空間的なものへと、ドラスティックに変化しつつある頃だったのでしょう。

今回の会場構成は、その分節がSPACE A(概念)とB(空間)の間でより明快なものとされていて、それはまた、伊東さんがずっとこだわっている「ふたつの身体」をそれぞれフォローするものとなっています。

SPACE Cは、細長い空間に年表が並び、ドキュメンタリーがそのまま空間化されたような展示となっており、これもオーソドックスだけどとても見応えがありました。泉さんが初めてメキシコ出張に出かけたときの話など、なかなかドラマチック。そのほか、佐藤光彦さんの「かつては伊東さんのスケッチを楕円に置き換えたりしていたのが、最近はそのままになってきている」というコメントが、伊東建築の変化を端的に要約しているような気がしました。

展示全体を通じて、本質的な問題はただひとつ。「『生成』が比喩ではなく現実の空間を設計する原理となるかどうか」が繰り返し問われています。1970年代以降、伊東さんの言説は、概念と空間の境界(=今回の展示でいうSPACE AとBの境界)が無くなる状態を目指し続け、それができなかった(「建築」になってしまった)と限界を告白する、ということの反復でした。しかし、「せんだい」が竣工した2000年代以降、プラクティカルなレベルで両者がどんどん近くなってきているという加速度を感じます。

SPACE Aで展示されていた「台中」の模型のフラットな床と、SPACE Bの3次曲面の床の孔。両者は何か共通する異物感を持っています。あれがなければ、もっと空間が概念に近づき、概念は空間に近づくのではないか。そう思った人は多いはずです。個人的には、サーペインタイン・ギャラリーのフラットバーに腰掛けて本を読んでいる人々の光景(構造と家具の融け合った状態)に、何か突破口があるように感じました。


fujimura

2006年10月31日

初等教育

各方面より「ジャーナル復活したんですね」と突っ込みが入っております。

さて、週明けは事務所でさくっと定例。15時、東工大で授業のアシスタント。東工大では毎年秋に集中講義があり、毎年塚本先生よりアシスタント役を頂戴しております。

2003年秋「Urban Farming」講師:Jacob van Rijs氏 吉村靖孝氏
2004年秋「Ookayama Green Scape」講師:Bernt Knies氏
2005年秋「Terraventure」講師:Wiel Arets氏
2006年秋「Tsukiji Workshop」講師:Adnan Harambasic氏

他にもTokyo Canalとか、いろいろ声をかけてもらって部分的なものもありますが、お手伝いしてきました。学部生の頃からいろんなワークショップに参加してきましたし、基本的にワークショップのノリが好きなので、仕切る側になってしまってもなんらかのかたちで関われることは基本的に嬉しいのです。

最近それがだんだん苦痛になってきました。理由はいろいろありますが、
1.議論が図式的になる(代表例:「日本ではコンビニがあるからキッチンはいらない」とか)
2.具体性は問題じゃなくなる(代表例:「看板の裏に住む」とか)
3.設計がどうでもよくなる(代表例:コラージュに満ちたプレゼとか)
など、バックグラウンドの違うメンバーが集まって濃密な時間を共有する面白さを得る代わりに、建築的なコミュニケーションが希薄になってしまい、ちょっと物足りない感じがしてしまうのです。もちろん、いいワークショップはこれの逆なのですが、単なるコクサイコウリュウならば旅行でも行ったほうがマシなのではという授業もありました。

今回のは学生の取り組む姿勢は比較的マシな感じですが、テーマとしては正直いってあまり自分の役割を見いだせないでいます。

最近は大学院生よりも、学部2年生の授業「設計製図第一」のアシスタントのほうがやりがいを感じます。不慣れな分待ち時間的なものは長いけれど、伸びが素晴らしい。慣れてくると「図式とは何か」「形式と何か」「レトリックとは何か」など、だんだん建築的な議論ができるようになり、図面も見違えるように変わっていきます。全然描けない、と泣きついてきたのに、ほんの数時間で一気に伸びる子もいます。もちろん、適当にやり過ごしてばかりでがっかりさせる子もいますが、全体として教わることが多い。教育には昔から興味があるのですが、方向としてはやはり専門教育よりも初等教育のほうに興味があるなあ。

20時、事務所に戻り「建築ノート」関連の勉強会「Table of Youth」。建築系の大学院生がほとんどなのですが、初めて文章書きます、みたいな人も多いので、これも一種の初等教育のようなものかも。もっと専門的なメンバーにして、高度な内容にしたほうがいいのでは、という意見もありましたが、僕としては若い連中とフラットな感じでつきあっている方が勉強になるし、一緒に成長できるような感じがして楽しいので、このまま続けられたらと思っています。

そんな今日この頃。

fujimura

2006年11月03日

今週のおさらい

30日、朝事務所、午後東工大、夜事務所。月曜恒例のToY2の勉強会もいよいよ佳境。各メンバーとも、それぞれのコラムの方向性を定めつつあります。終わる頃、藤本壮介さんから月評の感想メール。「分析のための分析」「肉声が聞こえない」など、藤本さんらしくソフトですが厳しめなコメントでした。早速、お返事を書き始める。

31日、新建築11月号届く。毎月末に翌月の新建築が届き、数週間の苦しく、楽しい時間が始まるのですが、今月も巻頭から伊東さんと藤本さんの対談あり、SANAA、SOSの新作あり、と見所満載。今月も悩みそう。

月評って、なんていうか、「Z会」みたいな感じなんですよね。添削はないですけど。

10月号の自分の月評については、議論の軸はそれなりに明快なものができたと思いますが、文章表現のレベルで整理しきれなかった感あり。今月はいよいよ最後なので、ぴしっとキメたいところ。

1日、午前事務所、午後東工大。ゼミで発表を試みるも塚本師の反応はイマイチ。23時頃終了。仕方がないので終了後後輩と飲みにいく。そういう夜もありますよね。

2日、午前事務所、午後東工大。件の国際ワークショプが終了。Mappingというお題はやや空振り気味でしたが、学生たちは終盤で急激な盛り上がりを見せ、いつになくプロダクティブな最終プレゼ。数年前に比べると学生の英語レベルも上がっている感じがしました。終了後、おでんパーティでシメ。21時、事務所戻り。

・・・いつもはここで終わりなのですが、この日は事務所から戻って24時、後輩Y、N、Sと緑が丘で待ち合わせ。最近YやFが夜中に近所を走っていると聞き、つられて先週くらいからひとりでなんとなく走り始めたのですが、この日は一緒に走ることになり合流。30分だけ走る予定が、いつの間にか駒沢公園まで往復することになり、途中道を間違えるなどした結果、合計10km近く走ってしまいました。最後は無駄にラストスパートなどしてゴール。15年ぶりくらいに部活的風景。気持ちよすぎる。

3日、朝から後輩Sを引き連れ101design+川口有子さんによる「多摩の家」オープンハウスへ。最下階のシンプルな郊外住宅的な空間から最上階の東工大的空間へ至るシークエンスの展開が面白かったです。

4日、深谷でsoupdesignによる「KNOT」オープンハウス。土井さんとは今年の学会ワークショップ(ArchiTV)の審査員でご一緒させて頂きました。ある意味ではとても埼玉的な、厳しい文脈に対し最大限の建築的パフォーマンスで応答されていて、とても刺激になりました。

5日、千駄ヶ谷でAPPOLOによる「GRAPH」オープンハウス。Tokyo Canalで一緒だった小牧君の初現場担当作ということで全力ゼミメンバーの伊庭野(N設計)、本瀬(F事務所)と見に行きました。小牧君が軽くテンパり気味だったので質問を控えめにした結果、「外は何ですか」「公園です」「いい環境ですね」みたいな、不動産屋さんと内見に来た客のような会話を交わしてしまいましたが、気持ちのよいインテリアでした。次回の担当作は来年夏竣工予定とのこと。楽しみです。

そんな一週間。

fujimura

2006年11月14日

永山祐子「光と影」その後+メーク建築

永山さんの展覧会が始まって3週間。たくさんのお客さんに恵まれた展覧会になってます。先日はご師匠の青木淳さんもご来場。ありがたいことです。ていうかTARO NASU OSAKAの青木展は良いです。一ユニット3.5万円の、照明入り発砲スチロールキューブ。これがつながってユニット化し、照明のオブジェになっています。永山展を企画しているときも思ってたんだけど、いま光って考えるべきタイミングに来てると思うんだよなあ。

ところでこの永山展は、4年前に見たafloat-fの衝撃が動機になっています。あの、異常な光量が投入された屋上庭園の不気味さ。空間が光で出来上がっている建築を見て、こういうことをできるというのはどういうことなのかと、ずっと考えていました。

永山さんにはこの展覧会に対して「この展示ひとつとってそれを永山さんの作品だと言えるような、空間と呼んでもいい展示にしてほしい」とお願いしました。建築の展覧会ってただでさえ仮設的だし、建築の展覧会は、ふつう、模型と写真が主な要素。ちょっと気が利いて図面とかスケッチが加わる。もうちょっと気が利いてオブジェみたいなインスタレーションをつくる(サーペンタインとかも大雑把に言えばこれ)。でも今回は、ぜんぜん建築的じゃない展示がメイン。まったく建築じゃないと一見思えてしまう「光のおもちゃ」がそれです。二枚の偏光板の間に、イマジナティブなモチーフが描かれたアクリル板をはさみ、観察する。組み合わせのパターンがたくさんあり、いちど自分で遊び方を見つけると(解説もついてますが)けっこうはまります。これいいですよー。おかげで観客の滞在時間が今までで一番長いかも。「個人的に」楽しめる展覧会になってると思います。一人で来ても二人で来ても、三人以上でも楽しい。来た人それぞれが楽しめるものになっているのではないかと。

いわゆる建築写真も、2300mm×3000mmの巨大パネルが2セットとか、魅力的なスケールアウトぶりです。パネル写真の前に立って、立っている様子を離れたところから別の人に撮影してもらうと、写真上では、オープンハウスに行ったかのような写り方になってしまうぐらいでかい写真です。

青木さん書き下ろしのテキスト(2000字)が入ったリーフレットと、ポストカードも売ってまして、これがまたかわいいです。

そういやこの「メーク建築」は、isshoの集合住宅を見て思いついたような記憶があります。「モテメイク」を建築にも。ていうかいつからそんなあっけらかんと「モテ」が語られるようになったんだっけ。けれんみの向く方向が、いまはそっちなのか。いやもう全然知らない領域なのでなにがなんだか。ただ、化粧って光の操作(見え方への興味)だとは思います。

yamasaki

2006年11月20日

ご来客

ここしばらくはご来客が続きました。まず火曜日には西澤徹夫さんがご来館。

ひと通りご挨拶していろいろとお話ししていただけました。青木事務所出身の西澤さんにお聞きしたかったのは、事務所内でのディテールの継承方法。周知の通り原則四年制の青木研。さいきんディテール集が出たわけですが、青森のようにひとつのプロジェクトにおいて担当者が複数いる場合や、プロジェクトの途中で担当が変わる場合、次にやってくるスタッフが必ずしも経験豊富なわけではないはず。むしろ大学を出てすぐの若者である可能性が高そう。青木さんが直接口を出す場面はなんか少なそう(←想像です)。となると、実務経験の浅い新担当者はどうやってディテールを克服し、プロジェクトを完遂させるのか。事務所になんかとっておきの分類方法とか、対処マニュアルがあるんじゃないか。

とまあそういう疑問を、実務ばりばりのインテリア事務所で働いている友人が常々口にしていたのです。で、お聞きしてみました。結論から言うとそういったマニュアルめいたものはいっさいなく、新担当者はとにかく勉強するらしいです。あとは昔の作品を参照して、OBに直接電話したりするんだとか。まあそうですよね。でも青木研のスタッフ同士が独特のつながり方をしているからこそなんだろうな(青木さんの誕生日には毎年OBが相談してプレゼントを決め、持っていくんだそう)。それに若くして世に放り出されるっていう事情もあるだろう。採用段階で、まだ知らない新しい知識に対して素直なひとが選ばれているのかもしれない。

週の後半には阿野太一さんが再び上洛されていたので、金曜日に龍門へ。岡田さん森田さんとかとくやまにも声をおかけしつつ、阿野さんの情報ツウぶりに驚嘆しながら料理を堪能。この日は龍谷大学のキャンパス内に作られた飯田善彦作品の撮影だったそうですが、撮影日における各社カメラマンの駆け引きのお話しなどなどなどなど伺う。こういうプロの貴重なお話し、プラクティカルな意味でなにかの役に立たないものでしょうかほんとに。

今日は神戸芸工大の花田先生がいらっしゃいました。afloatの現場工事をご覧になったことがあるとか。正直うらやましい。偏光板の実験コーナーにいたく感じ入ってらっしゃいました。このコーナーにはまると、多くの人の滞在時間が大幅に更新されます。

あと個人的には、X社にちょっと書かせてもらった原稿や、初めて構成から文章までやらせていただいた、イラストレーターへの取材原稿の最後の詰めの作業とかしてました。とくに後者のお仕事は畑違いすぎて面白く、仕事としてもとても勉強になりました。いや建築だって畑違いには違いないんですが、正直もうなにが自分のフィールドなのかわかりません。どちらも来月出ます。

yamasaki

2006年11月21日

テーブルにつく


13日、朝イチで某所の現場にて施工業者と打ち合わせ。施工会社の社長は僕よりも若い方でした。予定より長引いて午後の東授業は欠席。

事務所へ戻り、夜はTable of Youthの勉強会。この日で第2期の最終回を迎えました。「建築ノート」の巻末企画として始まった第1期から約1年。留学や就職などでメンバーの半分が入れ替わり、現代思想や社会学の知識がある人、卒業設計やコンペで賞を取っている人、独自の創作論を展開する人など、今回も各大学から多彩なメンバーが集まりました。

このところ集中して週1回のペースを維持したおかげで、話題もそれぞれに展開し、ユニークな評論集になりました。前回と同様、「建築ノート」2号の白黒ページに掲載される予定です。事務所での議論はどうしても実務に偏るので、こういう機会はとても貴重ですね。引き続き第3期に繋げて行ければと思います。

14日、朝事務所に出て、午後は塚本研のゼミ。その後留学生の自己紹介+帰国組の報告会。留学先で得たものは様々あるようですが、留学は帰ってきてからの過ごし方のほうがむしろ難しいと思います。頑張ってほしいものです。

15日、構造打ち合わせ。「かたちをもっとシャープに」とリクエストが入る。期間もコストも限られているなかで勝負できることを一瞬のうちにまとめなければならない場面では、筋力のようなものが問われます。

16日、某社でプレゼ。基本的な方針は認めて頂いたのですが、プランに不安があるということで細かい詰めをすることになり、スケジュール変更することに。事務所へ戻ると友人Tから「近くまで来た」ということで連絡があり、会いました。深夜、後輩YY、Kと走る。

17日は終日仕事。夕方打ち合わせ。

18日は13:00施主プレゼ。その後東工大に行き作業した後、事務所へ、19:00に塚本研の先輩OBのカガワさん来所。ときどき事務所に遊びに来られては、進行中の模型や図面にありがたい突っ込み(というか脅し)を下さる優しい先輩です。今回は「建築家は内装というと棚ばかり作る」とご批判を頂く。

19日は朝から埼玉に戻ったり、いろいろ用事をこなして、19:00より全力ゼミ。いつもは飲み屋とかで互いの近況報告をしながら議論するというざっくばらんなスタイルなのですが、「もう少し生産的な議論をしたい」ということで今回からは事前に統一のお題を出して各自レジュメを準備することに。

どうしても時間が取れず手ぶらで出席したところ、他のメンバーは全員レジュメを書いてきており軽く気まずい。どのレジュメも濃い内容で議論に花が咲きました。全員実務をやっているので、ToYとは違うテンションの高さがあります。

彼らは基本的に東工大の後輩たちですが、研究室も違うし、特に接点がある訳でもなかったのです。彼らが就職してからときどき終電で会うようになって議論するうちになんとなく始まったこのつきあいも、早いもので1年半近く続いています。それぞれ仕事が忙しいのにもかかわらずダレることなく集まりが維持できているのは、メンバーの意識の高さによるところが大きいですね。今後が楽しみです。

今週はこんな感じでした。

fujimura

2006年11月26日

レクチャーから自慢話まで


20日、朝は事務所。原稿が大詰め。月評に加え、建築ノート、Jtの作品解説など立て込んでいる。19時よりUBC(ブリティッシュコロンビア大学)のスタジオにお招き頂きレクチャー。前回の講師が乾久美子さんで、翌々日が藤本壮介さんの講演だそうですが、他の方々よりも年齢が近いということで、なるべく素な感じでお話させて頂きました。

英語というのもあり質問にはあまりうまく応えられなかったのですが、今村創平さんがいろいろフォローして下さいました。ありがとうございましたm__m。

21日はプレゼデー。まず朝11時、青山の某社へ伺ってプレゼ。まとまる。事務所へ戻り、15時、今度は埼玉で施主プレゼ。1回目なので緊張しましたが、無事受け入れて頂くことができました。事務所に戻り、新建築の月評ゲラを送信。これで全12回終了。編集部の中村さんには最後までご迷惑をお掛けしてしまいました。18時半、渋谷の某社で3件目のプレゼ。こちらもなんとかOK。

22日、朝11時に編集事務所にて建築ノートの企画「Table of Youth」の原稿提出+打ち合わせ。メールでもよかったのですが、いろいろご迷惑をお掛けしていることもあり、あえて持参することに。担当のKさんとお話しして雑誌全体の空気感もつかめました。今回も面白くなりそう。

午後は塚本研のゼミ。その後留学生の自己紹介+帰国組の報告会の2回目。深夜、後輩YY、K、Nと8kmくらい走る。

23日、終日仕事。16時オーノさん来所など。

24日、朝事務所、15時塚本研でゼミ。卒論、修論ともに大詰め。つかもと師も以前言っていましたが、「M2の冬」はとても楽しいもの。論文執筆の最終段階は思考力の伸びを実感できる機会ですし、特に修士の学生は純粋に「研究だけ」に集中できる人生最後の時間だと思います。そういう時間を共有できるのは楽しい。

25日、後輩I、F、Mと千葉事務所の見学会へ。Mを待つ間、後輩Iが「会社を辞める」というのでFと話を聞いていたところ、(いつも通り)ただの自慢話に。

集合住宅はスタッフによるツアーガイド形式で、我々のガイドは塚本研出身の後輩T。生意気キャラだったTも、だんだん落ち着いて来たなあと思う。建築は駅前、雍壁という土木的なスケールへの対応と、千葉さんらしい図式的なプランのまとめ方でした。設備スペースの解き方は執念としかいいようのない緻密さで、とても勉強になりました。コストのこともあると思いますが、窓にしろ、中庭にしろ、ヒューマンなジェスチャーが全くないのがこの建築の特徴だと思いました。15時、事務所に戻っていろいろ詰め。

今週はこんな感じでした。

fujimura

2006年12月03日

動物の時代/そこにしかない形式/ジオメトリー


27日、東さんの授業に3週間ぶりに出席。途中からの出席になってしまいましたが、前半は「解離性同一性障害 (Dissociative Identity Disorder=DID)」について、後半は「動物化するポストモダン」について。「動物化するポストモダン」の解説は、主に時代区分についての解説でした。

1945-70年「理想の時代」
1970-95年「虚構の時代」
1995年-「動物の時代」

東さんは社会学者の大澤真幸らが主張する「理想の時代」と「虚構の時代」の時代区分に加え、1995年以降は消費材と情報処理だけがある「動物の時代」であると主張しています。

そういえば、新建築10月号に掲載されていた伊東さんと藤本さんの対談で、「動物」というキーワードが出てきていました。五十嵐さんが藤本さんの展覧会を評して「動物的」だと述べたのだそうです。対談ではわりとフツーに「直感的」という意味で使われていたので残念ながら「動物化」の議論とは関係なさそうですが。

28日は終日事務所で仕事。終電で大学へ行き塚本研で論文生の進行状況をチェック。

29日、プレゼ。プランに関して了承を頂く。案に対するだいたいの疑問は解消して頂けたようでひと安心。複雑な問題が一気に解けてきました。その後塚本研でゼミ。卒論は大詰め。

30日、この日もプレゼ。こちらも了承。そのまま見積図作成に入ることになり事務所に戻って指示。夜、山崎さんが東京にいるとのことでMDRの飯尾さん、INAXの高田さん、ぽむ桂さんと新宿で飲みました。その後深夜後輩YYと駒沢公園まで往復8km。アルコールが抜けず体調的には辛めでしたが、走ってしまえば気持ちよい。

1日夜、ギャラ間で千葉展オープニング。新建築の編集の中村さんに「展覧会どうでした?」と聞かれたので気楽にコメントしたところ、「展覧会評書く人探してるんだけど」とのこと。・・・まさか試されていたとは。

結局書かせて頂くことになり、さっそく会場に戻って千葉事務所に勤める後輩T(ガイシュツ)と議論しつつもう一度おさらい。複数の作家を並べることのできる月評と違い、千葉さん個人の評論となるので緊張しますね。

2日は奨学金を頂いたロータリー財団の集まりがあり、埼玉へ。年度が変わったので毎年発行される機関紙の編集、名簿の管理の方法等、役員同士の引き継ぎ内容を確認。その後、来年出発する奨学候補生のオリエンテーション。自己紹介、財団の話等に続き、スピーチの練習等。

今年の候補生は、国際政治を専攻するU君と環境社会学を専攻しているS君。それぞれ南アフリカ、アメリカへの留学を希望しています。この日のお題は、「それぞれの専攻分野等について、15分で述べよ」というもの。

U君は沖縄出身で、子供の頃から「なぜ戦争が起こるのか」と考えていたのだといいます。大学に入り国際政治を専攻し、フィリピンにフィールドワークに出かけた際、都市開発によって追い出された人々が暮らしている山間部の悲惨な状況をみて、教育開発の問題に取り組み始めたのだそうです。

S君はもともと野生動物に興味があり、大学に入って「環境社会学」と呼ばれる分野を専攻するようになったといいます。野生動物には希少種が絶滅してしまう方向と、生態系のバランスが崩れたことで特定の種が激増するという方向の、両方の問題があるのだとか。アメリカではオオカミの絶滅によって過剰に繁殖したシカの頭数を抑制するため、カナダからオオカミを輸入し、生態系の回復に成功したそうで、こうした問題についての議論を日本で展開していきたいのだそうです。

それにしても、ふたりともスピーチがうまい。慣れもあるのでしょうが、構成が明快で、リズムがよく、聞き慣れない話に人を引込みつつR財団の趣旨ともうまく結びつけています。

終了後、急いで事務所へ戻り、プリズミック・ギャラリーの 中村竜治展のオープニングへ。レクチャーは聞き逃してしまいましたが、会場は若い建築家、編集者などでとても賑わっていました。どれも思考の蓄積を感じる力作ばかりで、大変刺激になります。

例えばこの椅子には「とりあえず『椅子』のふりをしている立体」とでも呼びたくなるような、物理性と仮想性の不思議なバランスを感じます。また、椅子と並んでクマのぬいぐるみのようなかたちが並べられていることからもわかるように、中村作品においては、ある形態を「理解するための」ジオメトリーと、「作るための」それがきれいに重ねられています。

3日は休み。夕方、少しやり残したことがあり事務所で作業していると、後輩I(ガイシュツ)が来所。この日は朝からサッカーをやり、昼からアメフトの試合を観戦し、さらにフットサルの試合を3時間ほどやってきたとか。しかもこのところ毎日6時には退社しているのだという。「会社のグチ」といいながら、ただの自慢話としか思えない。

今週もこんな感じでした。

fujimura

2006年12月05日

掲載誌情報など


年末から年明けに掛けて、徐々に出る予定です。

12/1 新建築12月号(新建築社):月評最終回
12/15 SD2006(鹿島出版会):SD2006総評
12/20 新建築住宅特集1月号(新建築社):計画案、テキスト、データ等
12/20 建築雑誌12月号(日本建築学会):隈研吾氏インタビュー
12/下旬 建築文化シナジー「旅。建築の歩き方」(彰国社):
松原弘典氏、曽我部昌史氏インタビュー
1/1 新建築1月号(新建築社):千葉展の展覧会評
(詳細未定) 建築ノート2号(誠文堂新光社):Table of Youth

ずっと前に書いたものもありますが、たまたま発行時期が重なりました。テキスト、計画案、インタビュー、企画モノなど、いろいろあります。

12月号で新建築の月評も最終回。毎月毎月、送られて来るとそればかり考えてしまう生活を送っていたため、今月もつい、どんなストーリーを組み立てようか、などと考えてしまいます。

振り返ってみれば、石上さんと西沢さんを並べた2005年12月号(1発目)の月評が一番手応えがあったかも。坂本先生のquico神宮前が掲載された3月号あたりで力尽き、8月号の集合住宅特集あたりはバテ気味な感じ。

東工大の連中に聞くと、アトリエワンに楯突いたりした5月号あたりが「一番テンションが上がった」らしい。その他、青木さんと藤本さんを並列的に論じてみた9月号の月評が「面白かった」と言ってくれる人も結構いました。身近な人たちから感想をもらえるのはありがたいですね。

さて、最新の12月号を見ると、中山さんの住宅はやっぱり目を引きますね。箱がすっと浮かんでいる写真が誌面で見ても強烈。苦心の跡も散見される断面も見ていて飽きない。過剰に作家性が演出されたテキストやタイトルまわりも、あそこまで完成度が高いとかえって自然にすら見えてきます。

12月号にはK事務所の後輩Hの担当作や、同級生Hの処女作も載っています。Hのテキストはユクスキュルの環世界みたいな空間観を説明しようとしているみたいですが、作品の説明としては無理があるような。ボキャブラリーが単純すぎる気がします。

ともあれ、新世代の登場が印象づけられた誌面であることは確かですね。

fujimura

2006年12月11日

論文のリズム/建築と教育/建築の図式性


4日、朝は事務所で定例。東授業は休講。16時からゼミ。卒論が大詰め。

5日、終日仕事。

6日、事務所→塚本研ゼミ。

7日、朝イチで工務店訪問。打ち合わせ。近所にある現場を回るなどして、事務所に戻って打ち合わせ、17時、大学へ。卒論の提出へ向けて大詰め。3人の卒論生のために、15人近い先輩が総出で作業している。M1の学生が作ってくれたカレーがうまい。結局徹夜。つかもと師も徹夜。

この間、梗概のチェック→修正が無数に繰り返される。言葉が入れ替わり、図版が入れ替わり、論がどんどん進化していく。8ヶ月近く見てきた論文だが、80%くらいはこの日に進化するのではないかと思えるほど充実した時間。

つかもと師が文章で引っかかるポイントは「主語述語をはっきりさせろ」「淡々と述べろ」「繰り返しを無くしろ」のいずれかなので、頭で論の内容をフォローしていなくても、3つのうちどれかを予測的に当てはめ、言葉にするとだいたいOKが出る。つかもと師が「俺は坂本研のゼミ中ずっと寝ててもシャープなコメントができた」とよく自慢していたが、要は「論のリズム」のようなものをつかめるかどうかだと思う。それが論文の全てだとは思わないが、論の流れをつくる(読む)ために必要な感覚であることは確か。あるベテラン不動産コンサルの人が「税金でも家賃でも、話しながらだいたい適当に数字を載せていくと計算ができあがる」と言っていたが、ひょっとしたら近い感覚かも知れない。

2人目の3回目のチェックが終わった明け方5時過ぎ、力尽きて机上にて睡眠。言葉に集中していると、体というより頭の芯が疲れる。横ではつかもと師も突っ伏している。

9時、全員起きて再び梗概チェック。序論から順に読み合わせながら、言葉のひとつひとつを確認していく。程なくして「俺、序論と結論だけ見ようかな。」とつかもと師。せっかく全体の完成度を上げようと皆で頑張っているのに嫌なこと言うなあと思ったら「昔、坂本先生がそう言っていて『なんて嫌なことを言うんだ』と思ってたけど、最近はその気持ちがわかる」とのこと。ちょっと見透かされた気分と、妙な説得力。

提出間際、研究室のメンバーが一致団結して、奇跡的な作業効率を発揮する。12時、最後まで落ち着かないままに梗概が完成し、3人とも無事提出完了。A3用紙1枚に膨大な労力がつぎ込まれ、3つの論文がかたちを成した。

提出後、皆で近所のイタリアンレストランまで歩き、ランチ。塚本研では「梗概提出後のイタリアン」がいつの頃からか恒例になっている。興奮冷めやらぬうちに今年の論文の出来を振り返るこの時間は、いつも楽しい。4年生Kが3人を代表してお礼のスピーチ。素直な感謝の辞ではあったが、内容はまだまだ練習が必要だな、後輩Kよ。

事務所に戻り、打ち合わせ。夕方、明治大学での坂本先生のレクチャーへ。徹夜明けで少々疲れていたのだが、出かけることにした。明治の連中は活発なので事務所に手伝いにきてもらったり、レクチャーや勉強会などいろいろなところでよく会うのだが、彼らの勉強する環境を一度見たいと思っていたのと、事務所のスタッフにも一度坂本先生の話を聞かせたいと思っていたこともあった。

レクチャーのタイトルは「建築のつくりかた」。設計手法が主題のようだが、坂本先生らしく内容の厳密な定義に従って「散田の住宅」から順番に振り返る。住宅作品の説明に「包含関係」とか「隣接関係」とかが普通に出て来るが、聴衆はどのように受容するのだろう。詳細はまた機会を改めてレビューしたいが、「新作発表と裏話」に終始する日本人建築家のレクチャーとは大いに異なる、とても刺激的で、かつ自分の頭の中が整理されるような、論理的な一貫性に満ちたレクチャーだった。

終了後の懇親会で田路先生とお話する機会があり、田路研で行われる実施設計はどのように進むのか訪ねたところ、「学生の案は実施では大概使えないけれど、彼らが『自分で考えた』と思えるようにうまく誘導する」と教えてくれた。話を伺いながら、この田路先生の人柄こそが、学生が萎縮すること無く、伸び伸びと成長させるポイントなのだろうと感じた。最近明治大出身の若手建築家が活躍しているのも頷ける。

帰り道は事務所のスタッフや2年生も一緒だったこともあり、建築と教育の関係について考えさせられる。このところ論文につきあっていたせいかも知れない。

9日、終日仕事。論文でロスした分を取り戻す。

10日、後輩Iに車を出してもらい、F事務所のM、塚本研のNとともに保坂猛さんの「アクリルの家」のオープンハウスへ。アクリルによって、目地、方立といった建築的な部位が消去された、巨大で透明な開口が新鮮。とくに外からの見え方は面白く、斜めから近づいて見ると、めらめらしたテクスチャーも相まって、「境界面」を強く感じる。

躯体は合板+FRPなので、テラスも含めて枠とか立ち上がりなどのディテールがほとんど省略されているのに加え、「座れそう」とか「隠れられそう」というヒューマンなジェスチャーが開口部周りから限りなく消去されていることもあり、きわめて建築の図式性が強調された構成となっている。そういう意味では素材よりも全体の構成の論理が気になる建築。

その明快さに頷く一方で、そこまでして図式を指向する必然性とは一体何だろうとも考えさせられる。それは設計をしていて、大野さんといつも議論になるポイントでもある。もっとも、現代は構成の論理よりも素材の並びが前に出て来る時代だし、ここでも「4周に開く」なんていう図式は便宜的に用いられているのに過ぎないのだろうけれども。今回に限らず、大野さんが関わる一連の作品には水平連窓が多いが、いつかじっくり分析して位置づけてみたい。

今週もこんな感じでした。

fujimura

2006年12月12日

建築と展示

11/29
東京。午前中はパラレル・ニッポン、伊東豊雄展をはしご。前者は建築関係者向けの、ひいき目にいってどこの建築雑誌(固有名詞ではなく)ですか?なパネル展示。いろいろ事情があったんだろうか…と妄想をふくらませながら、たとえそうだとしても、写真美術館で展示するのに、写真家のクレジットが一つもないのはおかしいし、結局何を見せたいのかが全く伝わってこない展示内容に心底がっかりする。パンフレットに挟み込まれたA4のコピー、写真提供という形で列挙された名前が悲しすぎます。一方、写真美術館所蔵の写真が展示されているエリアはさすが。アラーキーが首都高速上で撮った写真にアークヒルズが写っており、それを建築写真として紹介していたものがいちばん印象深い。そのエリアは入場料もとっていなかった。
対照的に、伊東豊雄展はとにかく部屋ごとのねらいがはっきりしていてすばらしい。勉強になるのは展示の順番。最新プロジェクトをたっぷり紹介して、伊東さんがいまどこにいるのかを簡潔明瞭に展示。次に展示空間ならではの建築的経験を構成。構造の面白さなど、一見マニアックな内容を「わかる」ように見せる。最後にそれまでの仕事一覧を、元所員の個人的なエピソードを練り込んで密度の高いクロニクルに。直筆原稿が熱い。とにかくメリハリ重視で飽きさせない。かといって飛び道具に頼らずしっかり展示内容を伝えきる。ヌーヴェル展と同じ空間でやったとは思えないほど、軽快な展示でした。建築な人が、非建築な友だちとかを連れて行っても大丈夫だと思います。
午後は渋谷で、スフェラで来年予定している飯田竜太さんの展示の打ち合わせ。面白いアイディアが次々出てくる方で、準備のやりがいがあります。建築関係者との親交が厚いこともわかった。だからというわけではないけど、ひとつのオブジェに空間的な発想を投入した、ある意味で建築的な作品を作る作家です。お楽しみに。
夕方東陽町に移動してA4で写真展を見る。対象への愛情をひしひしと感じる内容。その後清澄白河のギャラリーコンプレックスに移動して初めて中を見る。この日はギャラリー小柳(杉本博司)とエルメスギャラリー(今回は会場構成がコンスタンチン・グルチッチ)に行けなかったのが残念。

11/30
中高時代の同窓生と朝ご飯を食べ…の前に、久しぶりに横浜から8時台の東海道線と、品川からの山手線に乗ってしまい、2度圧死するかと思った。田町のkinko'sで書類を作って、午前中いっぱいは誠文堂親交社の大庭さんと打ち合わせ。これすごい良い企画になるんじゃないかと。午後は建築ジャーナルを経由して、光文社の黒田さんといろいろとおしゃべり。夕方外苑前に移動し、オープン直前の中村竜司展にお邪魔する。一通り設置の済んだ会場で、紙を波状に成型した椅子や、そのコンセプト模型とかを解説していただく。インテリアのお仕事が多い方なので、かえって展示内容と実際の展示との間に変な飛躍がなくてすんなり入ってきました。お忙しいところ楽しそうにお話しいただく姿に打たれる。ほんとにありがとうございました。最近、ギャラリーの仕事をメインでするようになって、展示することについて思いを巡らせる機会が多い。中村さんの率直な展示はぐっとくる内容・見せ方。その後渋谷のNANZUKAに、これまた展覧会直前のイラストレーター黒田潔さんを訪ね、来年春の展覧会の打ち合わせ。描く力に溢れた絵をたくさん見せていただきうれしくなる。この時点で20:00。ここでお仕事は終わって新宿に移動し、MDR飯尾さん、INAX高田さん、ぽむ桂さん、藤村くんと思い出横町で飲んだり食べたりして、23:30発の深夜バス(4200円)に滑り込み熟睡。安すぎて怖いです。

12/3
一ヶ月半に及ぶ永山祐子展の撤収。永山事務所の木原さん丸さんと、京都の学生の面々。ほんとに皆さんよく働く働く働く働く…。素晴らしい展示をありがとうございました。

12/5
次回展の準備中に不気味なトラブルが発生。これまでになかった種類のトラブルで戸惑い、ついいらいらしてしまう。なぜこのトラブルが防げなかったのかが悔やまれて仕方ない。仕事の進め方について大いに反省する。

12/7
次回展の施工が進む。今回は床に桐の板を敷き、その上に家具を配置。展示のために壁を新しく作り、部屋っぽいスペースも出来る予定。

12/9
元スフェラのたきざわさんがプロデュースするinspibloというスペースのオープニングに行ってみた。古いビルをたった一人でリノベーションしつつある彼が、「カルチャーハウス」としてオープンさせたスペース。五条大橋西詰めにあるエフィッシュの店長さんと、五条堀川の増田屋ビルにあるギャラリーアンテナの主宰者のトークイベントが行われていた。左京区とは違う、五条系の雰囲気ってあるよなあとかぼんやり思う。京都の中の「左京区」的なものを卒業した人が、その次に自分の仕事を作ってやっているエリア、という印象を受けました。

12/10
スフェラショップの店長の発案で、店内のディスプレイを大幅に変更。広く見えるのに空虚さがない、ステキな配置。

12/11
急遽決まったレセプションと、書店で扱っている商材の営業方法について断続的に打ち合わせ。こういうのは見た目以上に時間がかかる。ある筋からギャラリーの運営方法について相談を受け、がんばって考える。作家をその気にさせる、気持ちよく展示してもらうにはどうしたらいいのか、というお話し。ギャラリーの存続を可能にするモチベーションの所在を言葉にすることで、雇われながらも運営を行う自分の立ち位置を捉え直すことができたと思う。

yamasaki

2006年12月31日

2007年に向けて


年末は慌ただしく、いろいろ楽しい出来事があった。思い出していくつかご報告。

16日22時過ぎ、F本事務所に勤める後輩Mから「芸大の後輩が藤村さんの事務所に興味があるそうなので、ポートフォリオを見せに行きたいと言っている。私も同席します。」というヘンテコなアポを取られたので待っていると、後輩Mがひとりで登場。

Mは遅れてきたうえになぜひとりでいるのかもわからない。他方で事務所のスタッフは来客にコーヒーも出しておらず、なんという段取りの悪さ!とイライラしつつ冷蔵庫に牛乳を取りにいくと、ガチャリと事務所の扉が開き、扉の向こうに後輩がなんだか大勢いるのが見えた。しかも全員にやにやしてこっちを見ている。

事態を飲み込めずあんぐりしていると連中がどやどやと入ってきた。東工大の連中は卒業生から学部2年生まで、オープンデスクに来てくれている明治大学の学生とか建築ノートのToYに参加しているメンバーなど、いるわいるわ、総勢30名近く。最後に後輩I(よく出て来る)が大きな箱を抱えて登場。

みんな17日が僕の30回目の誕生日と知って集まってくれたのでした。

大きな箱の中身はなんとK-PROJECTのかたちをした特製ケーキ。正確に1/100で、パイプシャフトのメッシュがチョコレートで表現されているなどディテールも完璧。1階はちゃんと浮いており、ガラスが飴で表現されている。サッシュの寸法の違いまで表現してあって、しかもちゃんと最新案なところがマニアック。

聞けばこの日のためにみんなでケーキ作りを画策していたそうな。自作しようと思ったが無理だと悟り、ケーキ屋をあちこちあたって結局ヨックモックで特注したのこと。ケーキ用の図面を引き、若いパティシエと打ち合わせしながら作ったらしい。なんなのその行動力?

なんか花束とかプレゼントとかいろいろもらって何から何まで過剰な演出。もはやネタとしか思えないがここまでされちゃうとやはり嬉しい。しかしみんなよく集まったなあ。K事務所のMは、「さっき打ち合わせ終わって駆けつけました」と言っていたし。

驚きのあまり気の利いたリアクションできなかったけど(泣くとか)、一生忘れられない思い出になりました。みんなありがとう。

23日、信濃町のハウス・アンド・アトリエワンにて恒例の合同忘年会。アトリエワン、塚本研、貝島研のメンバーとそのOBOGらが集合。20日に新建築住宅特集の若手特集が出たので、その話題なども出る。つかもと師が「若手の作品はディスプレイ的でよくない」などと批判するので「マドビルなんてディスプレイそのものなのでは」などとみんなで言い返す。

今年はOBの作品が続々と発表されたこともあり、酒も入って次第に激しい批判合戦へ。忘年会でつかもと師を囲んでこういう議論をするのは初めてだ。後輩たちは遠巻きに眺めている。自分の作品を背負って議論をするというのがかくも楽しく、厳しいものだとは。結局明け方まで議論は続き、一層の気合いが入る。

27日夜、藤村事務所の忘年会。8月の納涼会とあわせて恒例になりつつある。いつものようにオープンデスク君たちに少し早めに集まってもらい、事務所を掃除して、模型をきれいに並べ、料理と酒を用意して、オープンな感じで。19時きっかりに編集者の中村謙太郎さんが来られたのを皮切りに、同世代の建築家、構造家、設計事務所に勤める人々、学生、編集者、大学の同級生や後輩等、続々と集まる。入れ替わり立ち替わり、延べ100名近くはいただろうか。いろいろな人に会えて、近況報告や情報交換をすることができた。忙しいのに毎回顔を出してくれる方もいてありがたい。またやりますのでよろしくお願いします。

28日、早稲田のsyncで恒例のsyncactiveに参加。syncのメンバーとゲストが集まり1年の報告を行い、それについてみんなで議論をするというガチンコな忘年会。今年で3回目。ちょっと遅れて到着すると中村謙太郎さんが軍艦島のスライドショーをしているところだった。

続いて田中浩也さんが久原真人さんとのユニットTENTでの活動を中心に発表。札幌でのつららをモチーフにした照明の作品など、徐々に活動の幅を広げている。松川さんが執拗に創作の動機を問う。ふたりの掛け合いは漫才のようで、聞いていて心地よい。

次が僕で、「建築のスタディと形態の論理性」というテーマで発表。田中さんに「君は何ですぐ創作の根拠を『都市』に結びつけたがるのか」と批判されたが「それは田中さんの創作の根拠が『美』で語られるのと等価でしょう」と反論してみる。相変わらずみんな鋭く、テンションが上がる。

続いて写真家の阿野太一さん。「後輩の鈴木さんという人のスライドショー」>中山英之さんの「2004」の写真(カラー)>「2004」の写真(白黒)>「青森美術館の写真で建築家や関係者に選ばれなかった写真群」が順に発表される。最後の写真群について「これを作品と呼べるかどうか」という阿部さんの問いかけについて、みんなで議論する。

mosakiは今年一年の執筆活動と、co-lab.の活動を報告。2006年は合計50本のインタビューを行ったのだという。相変わらず旺盛な意欲に頭が下がる。その後異業種交流とコミュニティについてなど議論。

次は松川さん。Urban Computerというタイトルのケータイ空間へのコンペ案をプレゼ。いつものように自信たっぷりな松川さんにみんなで反論する。特に田中さんと僕は「この案はコンセプトであってデザインではない」という点にこだわったが、松川さんは「それがデザインだ」と譲らない。そうやって議論を戦わせるうちに、互いの立場が理解されていく。

最後にASDの田畠君。関東学院大学の授業で作った「関数空間ー海の家」のプロセスについて。建築のコンセプトも素晴らしいが、教育のプロセスとしてもとても興味深い。

各メンバーとも、それぞれの分野で活動を拡大しているのが素晴らしく、いい刺激を受けた。みんな自分のやりたいことを掴んで、真摯に追求しているのがいい。

例年時間が足りないということで14時に始められたこの会も、結局終了したのは深夜3時過ぎ。前日の忘年会と違い少人数の集まりではあったが、その分議論も深まって、とても濃密な時間を過ごすことができた。

こうして振り返ると、今年も年の瀬に有意義な議論をたくさん共有することができ、この1年を総括し、次の1年に向けて勢いをつけるための、よい機会となった。よきライバルたちに負けないよう、2007年も気を引き締めて頑張りたい。

というわけで皆様、今年もご愛読ありがとうございました。よいお年をお迎えください。

fujimura

2007年01月25日

寒中お見舞い


申し上げます。今年もよろしくお願いします。

4日、10:00事務所年始のミーティングで仕事始め。実家に帰っていたスタッフの顔色がよい。13:00研究室年始ミーティングでこちらも仕事始め。つかもと師に論文のテーマを言い渡され、「そろそろ潮時だろう」と言われる。

5日、14:00からつかもと研のホルヘの博士論文発表会。つかもと研からは初めての発表者ということもあってか、つかもと師が緊張している。細かいところはいろいろ取りこぼしがあったが、テンポの良いプレゼと冷静沈着な質疑応答を聞きながら「優秀だなー」と感じる。

博士論文は「なぜその研究を行うのか」というイントロや研究と研究のつなぎ方等、全体構成の問題が大きいと改めて思った。夜は同世代の建築関係の友人たちと飲み会。I君の入籍に乾杯。おめでとう。

6日、某プロジェクトのため「建築計画のお知らせ」看板を設置。いよいよ近隣。

10日、近隣でさんざん搾られた後、ハウス&アトリエワンへ。今村創平さんにお声をかけて頂き、つかもと師、ロンドン在住の島崎さん、東大の南後君と僕とで集まりが開かれた。contextを建築のテーマとしている島崎さんが塚本さんに共感を示し、今村さんが突っ込みを入れるという基本形を、若手2人が眺めるという構図。南後君はルフェーブルに詳しく、ルフェービリアンの塚本さんがいろいろ質問している。

14日、休日だが朝9時から全力ゼミ。その後ベルラーへOBの人々とランチ@青山。

15,16日は近隣説明会。参加者の方々から野次が飛ぶ場面もあったが、入念な準備が功を奏し、なんとか無事終了。資料の形式や会場のレイアウトなど、工夫が活きた。特に論文発表会の経験を念頭において準備した想定問答集は役に立ち、ほとんどの質問は想定の範囲内で済んだ。

19日、その昔、証券会社でバイトをしていた際にお世話になったSさんと、当時のバイト仲間だったT君が来所。Sさんとはしばらくお会いしていなかったが、今年の年賀状を見て事務所の法人化を知り、わざわざお祝いを持ってきて下さった。バイトとはいえ厳しい職場で、怒鳴られながら仕事を覚えた。挨拶の仕方や報告や連絡の大切さ、後輩の面倒を見ることなど、社会人としてのイロハをこの人からいろいろ教わった気がする。まだまだ駆け出しではあるが、こうやって近況をご報告できるのは嬉しい。

20日、11時、松川昌平さんの車でSFCへ。松川さんと、田中浩也さんの授業の最終講評会が同じ日に行われ、ゲストクリティークに呼んで頂いた。

田中さんの授業は「パブリック・アレンジメント」というテーマで、「公共圏」がテーマである。松川さんがシステム理論のフレームで参加者の提案を整理し、みんなで所感を述べあう。もう少し議論したかったが時間が来て終了。

松川さんの授業は自身の展開する「関数空間」というコンセプトを授業のテーマにしていて、参加者にまずプログラミングを習得させ、それをもとに建築の設計が行われる。冒頭で僕と、松川さんのコラボレーターである瀧口浩義さん、田中さんが最近の仕事を紹介し、参加者のプレゼ、審査講評を行う。

クリティークをダブルヘッダーでさせて頂いたのは初めての経験だが、どちらも刺激的な内容だった。ここでの議論をこの日限りで終わらせるのはもったいない。何らかのかたちにまとめたい。

その晩、プリズミック・ギャラリーに駆け込み、中村拓志展のオープニングへ。スライドレクチャーの最後の部分を聞くことができた。中村さんの作品は全体的に演劇的だが、最近は「Lotus Beauty Salon」とか「ネックレスハウス」など、構成的、形式的な作品も顔をのぞかせており、中村さんが今後どのような建築的文脈を展開するのか、楽しみである。

次は藤村展(3/16-5/6)なのだが、中村さんの展示を見て、自分のやるべきことは僕のなかでかなりはっきりした。これから気合いを入れて準備したい。

21日、朝から全力ゼミの連中とミーティング。午後は同級生の長谷川豪が設計した住宅で新年会。つかもと師が夜遅く登場。その後23時、事務所にてミーティング。

以下、告知等(五十嵐さんふうに)。

*インタビューアーとして参加させて頂いた建築文化シナジー「旅。建築の歩き方」が刊行されました。ここでは松原弘典さんと、曽我部昌史さんのパートを担当させて頂いています。松原さんは構成的な話し方をされる方だったのですんなりお話を伺えたのだが、曽我部さんは僕が無理に構成をつくろうとするとするりと交わされてしまい、難しかったことを思い出します。どのインタビューも面白いので、ぜひご一読を。

*「新建築」2007年1月号にて、ギャラリー間の千葉学展の展覧会評「そこにしかない問題を、明らかにする形式の可能性」を寄稿しました。後輩から「あれいいっすね。」と感想をもらう。

*「建築ノート」02号が出ました。今回も巻末企画「Table of Youth」を担当させて頂きました。東京近郊の大学院生を中心に声を掛け、それぞれの関心に従って週1回ペースでレジュメを持ち寄り、意見交換を重ねた成果をテキストにまとめるというもの。前回と半分のメンバーが入れ替わり、新鮮さをキープしつつ、掘り下げる部分もあるという、独特の空気感を内包したページになったと思います。こういう機会から次世代の書き手が生まれるといいですね。

*2月9日16:30より、名古屋工業大学でレクチャーをさせて頂くことになりました。一般にも公開されるとのことでしたので、東海地区にご在住の方はぜひ足をお運び頂ければ幸いです。

fujimura

2007年01月27日

オープンデスク考


最初に「設計事務所」というところに行ったのは学部2年生の頃、表参道駅近くのビルの谷間にある、中庭を囲んだ平屋のオサレなオフィスだった。デペロッパーの下請けでマンションばかり設計しているところで、マンションの模型ばかり作り続けた。

そのうちN建設計とかN本設計などの大手組織設計事務所にバイトに行くようになった。「模型番長」みたいな(女の)人がいて、模型の作り方をいろいろ教えてもらった。

初めてアトリエ事務所にオープンデスクに行ったのは大学院に入ってから。SxLのコンペで大賞をもらった時に、つかもと師に「ほうびをやる」と言われて紹介されて以来、伊東事務所に通い始めた。そのときの仕事はアルミ建築をテーマにした「Alchitecture展」の模型作りで、入所したての中山さんが担当だったので毎日楽しかった。伊東さんはたまに見かけるという感じで、気がつくと背後からじっと模型をのぞいていたりする。風のように現れては消える感じに「建築と同じだ!」と興奮を覚えたりした。

その後、事務所を持つようになって、オープンデスクを呼ぶ側になった。「学生」というとどこにでもいるようだが、事務所のスタディのペースに見合うだけの人手をコンスタントに確保するにはそれなりの工夫を要する。とくに私たちのように模型を大量に作る事務所では、人手の確保が設計の質を左右してしまいかねない。

今、うちの事務所に来てくれるオープンデスクの主力は学部2年生と3年生である。4年生になると研究室に所属してしまうので呼ぶことができず、M1は就職を前提に動くので、結局頼りになるは彼らである。

幸い、2004年と2006年は東工大で2年生の設計製図のアシスタントをしていたので、多くの2年生と知り合うことができた。最初の住宅課題が終わった頃、元気の良さそうな学生数人に声を掛け、しばらくつき合っていくうちにコアな数人が残ってレギュラーのように通ってくれている。

建築学科の2年生とはいえ、最初はどうにも使い物にならない。「面取り」も「一枚残し」もろくにできないし、連絡もせずに欠席はするし、挨拶もせずに帰って行く。だから最初はそのあたりを丁寧に教えないといけないのだが、やがてそのうち言わないでもきちんと掃除をし、しっかりと挨拶をして帰るようになる。3年生も後半くらいになると力がついてきて、時間の読みも正確になるし、自分たちで議論しながら段取りをし、手分けしてきれいな模型を作ってくれるようになる。

2006年の夏休みは試みとして、期間を2週間ごとに区切って募集をしてみた。きちんと終わりを定めて通ってもらい、ずるずると期間を伸ばしたりしないことにした。そのかわり期間中は集中して毎日定時に通ってもらった。2週間くらいならばスケジュールも調整しやすく、挨拶や模型道具の使い方など一通り教えるのにちょうどよい長さだと考えたのである。結果、学生の上達も早く、こちらとしても指示が出しやすく、成果としてはまずまずであった。

今年の2年生をみていると、夏休みに2週間手伝いにきていた子たちは、その後の課題でも順調に成果を上げているようにみえる。模型で差がつくのはもちろん、段取りがよくなるのでプレゼもうまくなるし、設計の内容も次第によくなる。ひとつひとつの課題で成果を出すようになれば自信もつくようだ。

こちらとしてはせっかくいい感じに育った連中が4年になると途端に来てくれなくなってしまうのはイマイチ残念ではあるが、実際のところそのくらいのスパンがちょうどよいのかも知れないとも思う。学部のうちは身近な事務所で集中して通い、修士になったら就職を睨んで憧れの事務所に狙いを定めて通うのがよいだろう。

他方、夏休みや春休みなどの長期休暇は、地方の大学に通う学生たちと知り合えるいいチャンスでもある。2006年の夏休みには遠く新潟や大阪からも来てくれた。オープンデスク慣れしている東京の学生に比べると最初は覚束ないが、変にスレていないので上達は早い。

昨夏に1ヶ月ほど通ってくれたある学生は、帰ってから「急に模型が作るのが好きになった僕をみて、皆が驚いていました。」と言っていた。また別のある学生は「人生で最も濃密な時間を過ごせた。」と言っていた。私たちが何か特別なノウハウを提供した訳ではないが、ひとりひとりと丁寧に向き合おうとする姿勢が、どこか通じたのではないかと思う。彼らはこの春休みにも再び参加してくれる予定である。

というわけで(前置きが長いが)、2007年春休みのオープンデスクを募集しております。申し込みはこちらまで。お待ちしております(^_^)/。
fujimura

2007年02月11日

名古屋工業大学レクチャー


6日、工学院大学のA君という学生からメールがあり、早速7日からオープンデスク開始。「泊まり込み可能です」と売り込んでくるだけあって初日から手際が良い(実際に泊まり込むことはなく、春休み期間中のオープンデスクは毎日22時までに終了させるようにしている)。そろそろ卒制も片付いてきたのか、各大学の学生から続々とオープンデスク希望のメールが入っている。いい感じだ。

8日、16時半八束研の唯島君来社。打ち合わせ。しばらくして、南後由和君来社。3人で座談会を行い、収録。南後君とゆっくり話をするのは初めて。いい議論ができたように思う。

その後19時半、K社に勤める同級生のM来社。打ち合わせ+情報交換。23時終了。終電で東工大へ行く。製図室をのぞくと、さすがに緊張感が感じられるようになってきた。後輩Kは順調にスタディを進めているようだ。

9日、朝、出社後、昼過ぎの新幹線で名古屋へ。16時少し前、名古屋工業大学に到着。北川啓介先生と約8年ぶりに再会。

北川先生とは1999年、コロンビア大学のサマースクールに参加した際に出会った。その後何度かメールのやり取りをさせて頂いたあとはご無沙汰してしまっていたが、覚えていて下さり、今回のレクチャーに呼んで下さった。

今回は学部生向けの授業の一環で、名古屋を拠点とする吉村昭範さん+篠原真基さん、東京から中村拓志さんと僕とで3夜連続のレクチャーシリーズとのこと。前日、前々日とも大いに盛り上がったらしく、「『月評』効果(?)で他大学からもたくさん申し込みがありましたよ。」とハッパをかけられる。参加人数は最終的に100名くらいになりそう、とのこと。

予定の16時半になり、会場へ移動。小さな講義室のようなところかと思っていたら、大きな階段講堂のようなところに案内され緊張が高まる。

・・・と思いきや壇上に上がってしまえば意外にも興奮のほうが勝り、テンションが上がる。経歴を紹介して頂き、レクチャー開始。

今回は学部生向けということもあり、「学生時代の作品から紹介してほしい」というお話だったので、悩んだ末、下記のような4部構成にした。

1.2005- 藤村事務所での作品
2.2003-2005 ISSHO時代の共同設計作品
3.2000-2003 塚本研、ベルラーへでのリサーチ
4.2001- Dual Space Study(個人でやっているリサーチ)

1はUTSUWAとK-PROJECTに絞り、設計の詳細や制作プロセスや設計プロセスをやや丁寧に紹介。2は作品解説を比較的淡々と。3は塚本研で参加した「ペット・アーキテクチャー」とMVRDVのヴィニー・マース・