メイン

yamasaki アーカイブ

2006年10月16日

再開します

こんにちは。今日からまたジャーナルをつけはじめることにしました。
ひきつづき、藤村くんは主に東京から、山崎は京都からの書き込みになると思います。
毎日のご報告、といったところでしょうか。おつきあいいただければ幸いです。

yamasaki

2006年10月20日

永山祐子展「光と影」準備開始

今日から永山祐子展の仕込み。京都精華大学と京都工芸繊維大学から計10名強の学生さんたちが駆り出され、永山事務所の木原さんの切れ味鋭い陣頭指揮のもとでがしがし働いていました。今日は展示の目玉の一つ、超巨大な竣工写真の設置。もうものすごい迫力。ああいう写真を見たことある人はほとんどいないんじゃないだろうか。明日はいよいよ永山さんが来て、一気に配置を終える予定です。

企画段階で「そんなに若いのに展示する内容があるのか?」という反応をもらったことがある。わかる。当然の反応だと思う。ただ今回は、永山さんの活動を振り返るような回顧展的な「陳列」をしたいんじゃなくて、あくまでも、自分の作品を伝えることを通じて、永山さんに「新しい空間」を作ってもらえたらいいなと思っていた。

独特の不思議さ(ほめ言葉です)を背後にもった建築をつくる永山さんだから、きっと「展示なるもの」との相性が良いに違いないと思って、お願いしました。展示ってある意味つかみが重要なので。もちろんそんな期待など軽く吹っ飛ばす「才能」が、実際は展示されることになるわけです。10/21-11/28、どうぞお楽しみに。

yamasaki

2006年11月14日

永山祐子「光と影」その後+メーク建築

永山さんの展覧会が始まって3週間。たくさんのお客さんに恵まれた展覧会になってます。先日はご師匠の青木淳さんもご来場。ありがたいことです。ていうかTARO NASU OSAKAの青木展は良いです。一ユニット3.5万円の、照明入り発砲スチロールキューブ。これがつながってユニット化し、照明のオブジェになっています。永山展を企画しているときも思ってたんだけど、いま光って考えるべきタイミングに来てると思うんだよなあ。

ところでこの永山展は、4年前に見たafloat-fの衝撃が動機になっています。あの、異常な光量が投入された屋上庭園の不気味さ。空間が光で出来上がっている建築を見て、こういうことをできるというのはどういうことなのかと、ずっと考えていました。

永山さんにはこの展覧会に対して「この展示ひとつとってそれを永山さんの作品だと言えるような、空間と呼んでもいい展示にしてほしい」とお願いしました。建築の展覧会ってただでさえ仮設的だし、建築の展覧会は、ふつう、模型と写真が主な要素。ちょっと気が利いて図面とかスケッチが加わる。もうちょっと気が利いてオブジェみたいなインスタレーションをつくる(サーペンタインとかも大雑把に言えばこれ)。でも今回は、ぜんぜん建築的じゃない展示がメイン。まったく建築じゃないと一見思えてしまう「光のおもちゃ」がそれです。二枚の偏光板の間に、イマジナティブなモチーフが描かれたアクリル板をはさみ、観察する。組み合わせのパターンがたくさんあり、いちど自分で遊び方を見つけると(解説もついてますが)けっこうはまります。これいいですよー。おかげで観客の滞在時間が今までで一番長いかも。「個人的に」楽しめる展覧会になってると思います。一人で来ても二人で来ても、三人以上でも楽しい。来た人それぞれが楽しめるものになっているのではないかと。

いわゆる建築写真も、2300mm×3000mmの巨大パネルが2セットとか、魅力的なスケールアウトぶりです。パネル写真の前に立って、立っている様子を離れたところから別の人に撮影してもらうと、写真上では、オープンハウスに行ったかのような写り方になってしまうぐらいでかい写真です。

青木さん書き下ろしのテキスト(2000字)が入ったリーフレットと、ポストカードも売ってまして、これがまたかわいいです。

そういやこの「メーク建築」は、isshoの集合住宅を見て思いついたような記憶があります。「モテメイク」を建築にも。ていうかいつからそんなあっけらかんと「モテ」が語られるようになったんだっけ。けれんみの向く方向が、いまはそっちなのか。いやもう全然知らない領域なのでなにがなんだか。ただ、化粧って光の操作(見え方への興味)だとは思います。

yamasaki

2006年11月20日

ご来客

ここしばらくはご来客が続きました。まず火曜日には西澤徹夫さんがご来館。

ひと通りご挨拶していろいろとお話ししていただけました。青木事務所出身の西澤さんにお聞きしたかったのは、事務所内でのディテールの継承方法。周知の通り原則四年制の青木研。さいきんディテール集が出たわけですが、青森のようにひとつのプロジェクトにおいて担当者が複数いる場合や、プロジェクトの途中で担当が変わる場合、次にやってくるスタッフが必ずしも経験豊富なわけではないはず。むしろ大学を出てすぐの若者である可能性が高そう。青木さんが直接口を出す場面はなんか少なそう(←想像です)。となると、実務経験の浅い新担当者はどうやってディテールを克服し、プロジェクトを完遂させるのか。事務所になんかとっておきの分類方法とか、対処マニュアルがあるんじゃないか。

とまあそういう疑問を、実務ばりばりのインテリア事務所で働いている友人が常々口にしていたのです。で、お聞きしてみました。結論から言うとそういったマニュアルめいたものはいっさいなく、新担当者はとにかく勉強するらしいです。あとは昔の作品を参照して、OBに直接電話したりするんだとか。まあそうですよね。でも青木研のスタッフ同士が独特のつながり方をしているからこそなんだろうな(青木さんの誕生日には毎年OBが相談してプレゼントを決め、持っていくんだそう)。それに若くして世に放り出されるっていう事情もあるだろう。採用段階で、まだ知らない新しい知識に対して素直なひとが選ばれているのかもしれない。

週の後半には阿野太一さんが再び上洛されていたので、金曜日に龍門へ。岡田さん森田さんとかとくやまにも声をおかけしつつ、阿野さんの情報ツウぶりに驚嘆しながら料理を堪能。この日は龍谷大学のキャンパス内に作られた飯田善彦作品の撮影だったそうですが、撮影日における各社カメラマンの駆け引きのお話しなどなどなどなど伺う。こういうプロの貴重なお話し、プラクティカルな意味でなにかの役に立たないものでしょうかほんとに。

今日は神戸芸工大の花田先生がいらっしゃいました。afloatの現場工事をご覧になったことがあるとか。正直うらやましい。偏光板の実験コーナーにいたく感じ入ってらっしゃいました。このコーナーにはまると、多くの人の滞在時間が大幅に更新されます。

あと個人的には、X社にちょっと書かせてもらった原稿や、初めて構成から文章までやらせていただいた、イラストレーターへの取材原稿の最後の詰めの作業とかしてました。とくに後者のお仕事は畑違いすぎて面白く、仕事としてもとても勉強になりました。いや建築だって畑違いには違いないんですが、正直もうなにが自分のフィールドなのかわかりません。どちらも来月出ます。

yamasaki

2006年12月12日

建築と展示

11/29
東京。午前中はパラレル・ニッポン、伊東豊雄展をはしご。前者は建築関係者向けの、ひいき目にいってどこの建築雑誌(固有名詞ではなく)ですか?なパネル展示。いろいろ事情があったんだろうか…と妄想をふくらませながら、たとえそうだとしても、写真美術館で展示するのに、写真家のクレジットが一つもないのはおかしいし、結局何を見せたいのかが全く伝わってこない展示内容に心底がっかりする。パンフレットに挟み込まれたA4のコピー、写真提供という形で列挙された名前が悲しすぎます。一方、写真美術館所蔵の写真が展示されているエリアはさすが。アラーキーが首都高速上で撮った写真にアークヒルズが写っており、それを建築写真として紹介していたものがいちばん印象深い。そのエリアは入場料もとっていなかった。
対照的に、伊東豊雄展はとにかく部屋ごとのねらいがはっきりしていてすばらしい。勉強になるのは展示の順番。最新プロジェクトをたっぷり紹介して、伊東さんがいまどこにいるのかを簡潔明瞭に展示。次に展示空間ならではの建築的経験を構成。構造の面白さなど、一見マニアックな内容を「わかる」ように見せる。最後にそれまでの仕事一覧を、元所員の個人的なエピソードを練り込んで密度の高いクロニクルに。直筆原稿が熱い。とにかくメリハリ重視で飽きさせない。かといって飛び道具に頼らずしっかり展示内容を伝えきる。ヌーヴェル展と同じ空間でやったとは思えないほど、軽快な展示でした。建築な人が、非建築な友だちとかを連れて行っても大丈夫だと思います。
午後は渋谷で、スフェラで来年予定している飯田竜太さんの展示の打ち合わせ。面白いアイディアが次々出てくる方で、準備のやりがいがあります。建築関係者との親交が厚いこともわかった。だからというわけではないけど、ひとつのオブジェに空間的な発想を投入した、ある意味で建築的な作品を作る作家です。お楽しみに。
夕方東陽町に移動してA4で写真展を見る。対象への愛情をひしひしと感じる内容。その後清澄白河のギャラリーコンプレックスに移動して初めて中を見る。この日はギャラリー小柳(杉本博司)とエルメスギャラリー(今回は会場構成がコンスタンチン・グルチッチ)に行けなかったのが残念。

11/30
中高時代の同窓生と朝ご飯を食べ…の前に、久しぶりに横浜から8時台の東海道線と、品川からの山手線に乗ってしまい、2度圧死するかと思った。田町のkinko'sで書類を作って、午前中いっぱいは誠文堂親交社の大庭さんと打ち合わせ。これすごい良い企画になるんじゃないかと。午後は建築ジャーナルを経由して、光文社の黒田さんといろいろとおしゃべり。夕方外苑前に移動し、オープン直前の中村竜司展にお邪魔する。一通り設置の済んだ会場で、紙を波状に成型した椅子や、そのコンセプト模型とかを解説していただく。インテリアのお仕事が多い方なので、かえって展示内容と実際の展示との間に変な飛躍がなくてすんなり入ってきました。お忙しいところ楽しそうにお話しいただく姿に打たれる。ほんとにありがとうございました。最近、ギャラリーの仕事をメインでするようになって、展示することについて思いを巡らせる機会が多い。中村さんの率直な展示はぐっとくる内容・見せ方。その後渋谷のNANZUKAに、これまた展覧会直前のイラストレーター黒田潔さんを訪ね、来年春の展覧会の打ち合わせ。描く力に溢れた絵をたくさん見せていただきうれしくなる。この時点で20:00。ここでお仕事は終わって新宿に移動し、MDR飯尾さん、INAX高田さん、ぽむ桂さん、藤村くんと思い出横町で飲んだり食べたりして、23:30発の深夜バス(4200円)に滑り込み熟睡。安すぎて怖いです。

12/3
一ヶ月半に及ぶ永山祐子展の撤収。永山事務所の木原さん丸さんと、京都の学生の面々。ほんとに皆さんよく働く働く働く働く…。素晴らしい展示をありがとうございました。

12/5
次回展の準備中に不気味なトラブルが発生。これまでになかった種類のトラブルで戸惑い、ついいらいらしてしまう。なぜこのトラブルが防げなかったのかが悔やまれて仕方ない。仕事の進め方について大いに反省する。

12/7
次回展の施工が進む。今回は床に桐の板を敷き、その上に家具を配置。展示のために壁を新しく作り、部屋っぽいスペースも出来る予定。

12/9
元スフェラのたきざわさんがプロデュースするinspibloというスペースのオープニングに行ってみた。古いビルをたった一人でリノベーションしつつある彼が、「カルチャーハウス」としてオープンさせたスペース。五条大橋西詰めにあるエフィッシュの店長さんと、五条堀川の増田屋ビルにあるギャラリーアンテナの主宰者のトークイベントが行われていた。左京区とは違う、五条系の雰囲気ってあるよなあとかぼんやり思う。京都の中の「左京区」的なものを卒業した人が、その次に自分の仕事を作ってやっているエリア、という印象を受けました。

12/10
スフェラショップの店長の発案で、店内のディスプレイを大幅に変更。広く見えるのに空虚さがない、ステキな配置。

12/11
急遽決まったレセプションと、書店で扱っている商材の営業方法について断続的に打ち合わせ。こういうのは見た目以上に時間がかかる。ある筋からギャラリーの運営方法について相談を受け、がんばって考える。作家をその気にさせる、気持ちよく展示してもらうにはどうしたらいいのか、というお話し。ギャラリーの存続を可能にするモチベーションの所在を言葉にすることで、雇われながらも運営を行う自分の立ち位置を捉え直すことができたと思う。

yamasaki

2007年03月23日

展評 藤村龍至展

ご無沙汰しております。3月から東京に出稼ぎに来ています。週末は京都。

21日朝は、ものすごく久しぶりに鎌倉にでかけて畠山直哉を見て、キャラウェイのカレーでたらふくになって外苑前へ向かう。今更ながら湘南新宿ラインに感銘を受けてしまう。いやわかってます、そういう路線が数年前に新設されたってことは。でも大船から渋谷(の先)まで一本でいけるってすごいことだと思う。知られざる線を無理矢理使ったんだろうけど、他にもそういう隠れた路線てのは残ってるんだろうか。あるんだろうな。鎌倉に行くと脳が10年ぐらいタイムスリップする。やや感傷的になった。いや教育実習に通ったりしたからなのだが、坂倉美術館がちと傷んでみえたせいも、あるかもしれない。今日はお休みの日だからなのか、10:30頃に東海道線では自殺者がでており、13:00になっても電車が遅れていた。

で、藤村龍至展だ。オープニングで見たときの第一印象はこんな感じ。
「やりたいことは全部、とはいわないまでもほぼすべてできてる。でも、やりたいことしか、できていないんじゃないか」 コンセプトは簡潔。表現は明快。展覧会をひとことで表すとそうなる。これはわかっていた。でもこの感想は、二回目を見てあっさり打ち砕かれました。

そもそもプリズミックの展示空間は、たぶん展示しにくいタイプの空間だ。低い天井、薄い壁、赤い床(それはいいか)、いびつなプラン。隣の部屋で鳴り響く電話。よわっちい空間なのに、展示が空間に負けてしまうことも多々ありそうだ。

そんな場所で藤村くんの展示は、大きく二つの質の空間を備えていた。一つは窓から窓までの長手方向の空間。入り口からみて前方に左右に伸びており、左から、UTSUWA、K-PROJECTスタディ模型、K-PROJECT展示模型と展示台を三つ並べていた。UTSUWAがいちばん低く、スタディ模型群は腰の位置。展示模型は目線の高さに置かれていた。展示模型は断面が異常に作り込まれており、床の下、壁の中まで再現した緻密かつ執拗な再現力を感じることができる。二つ目の空間の質は、空間構成としてのポイントとなるものだった。それぞれの展示台の前方と後方に、長手方向に横たわった模型空間を三つに輪切りするような空間が設定されている。そこには模型のひとつひとつを解説した画像を、カレンダーのように配置したプレゼンを見ることができる。これで模型と壁の間を視線が往復する、動きのある展示空間が生まれていた。

最大のポイントは、壁のプレゼンペーパーだ。だってさ、それがコメント付きなんだよ!

ただのキャプションじゃない。コメント、もっとはっきりいえば、画面の外から藤村くんが唐突に語りかける「吹き出し」が書いてある。具体的にいうと、「スタディ模型-4」ではなく、「おそるおそる突起を出してみる」なのだ。UTSUWAのうねうねが決定されていく過程が、物語として語られていくわけだ。たぶん本人は「説明できないことはしません」という決意のもとに設計をしているわけだ。だからどの設計物をとっても、彼がストーリーとして再現できない設計は行われない。将棋で、指し終わったあとに手順を一手目から検討し合う「感想戦」ってあるじゃないですか。あれができない設計はしないわけですね。というか、ひとつひとつの「筆使い」に客観的にコメントをつけられるのが、彼の才能なのではないかと。で、これがきわめて愉快。コメントのセンスに脱帽だった。もう、思い切り笑えたポイントがあった。まさか藤村くんの展覧会で笑いをとられることになるとは夢にも思わなかった。いいなあ。あれを見にもう一度行っても良いぐらいだ。

いちばんよかったのは、DMのイメージを決定する「藤村のデスクトップを再現したイメージ画像」のスタディ。素材をばらまき、小物のストーリーを整え、臨場感ではなくビジュアルイメージとしての手の角度が決定されていく様子が面白い。ああいうのをほんとうのイメージ画像というのだ。それが貼られた壁には、ほかにも「イメージが決定されていく(実現されていく)プロセス」がいくつか展示されていた。「設計のプロセス/プロセスの設計」というテーマはちゃんと表現されていた。

でもなあ。不満がないわけでもない。とにかく展示のコンセプトを明瞭に提示した点で、とても胸のすくさわやかな印象が残ります。だけど、ちょっと素直すぎやしませんか? ダミーのボリュームを模型の周りに配置して、それぞれのスタディ模型を都市の中に息づかせてみたり、プレゼンペーパーのコピーを過剰に貼り込んだ一帯をつくるなり、思考の過程でたどりついた最終形じたいを疑うような、そういう情報の「検索空間」があってもよかったんじゃないかなと。

あとたぶん時計回りの動線を考えていたんだと思いますが、打ち合わせ台(プリズミックギャラリーの宿命的な仕様)に荷物を置いたぼくは、逆時計回りに回ってしまった。だからなにって感じですが、ギャラリー空間の左から回ってくる模型の質と、右から回ってくるプレゼンペーパーの質が真ん中でぶつかって、ちょっと戸惑いました。まあこれは個人的な感覚なので大したことじゃないですね。

とまあ、やりたいことはやって、しかもそこからうっかり逸脱した(ほんとにうっかり、という感じだ)面白さが展示されている。これは一般論だが、まっとうなものの中にかいま見えるズレは、どんなときでも面白いものだし、そういうハズシがない物事、人物はつまらない。ただ、今回のズレは、「えーそこがズレてんの?!」と、ズレの位置じたいがズレていて面白く、しかも、ごくまっとうな展示が真横にあるわけだから、ちょっと動揺してしまう種類の面白さなわけです。たぶん藤村くんには、彼じしんぜんぜん気づいていない才能が隠れているのではないか。まったく味わい深い。いいもの見せてもらいました。ありがとう。


yamasaki

2007年03月24日

追記


そうそう、もう一点だけ。


いまのところround-about journalは会場限定配布らしいですが、これ、せっかくなので各地の先輩がたに届けてはいかがですか。それも、郵送とかじゃなくて、オープンデスクの人が直接ポストに投函するの。オープンデスクの学生さんたちにとっても、事務所めぐりにもなるし(めぐるだけだけど)よい経験になるのでは。5部ずつとか。


さらに、移動・投函などその行程を記録し、まとめると面白いと思います。殴り込み、あるいは道場破り、といった趣もありますが、やっぱり元・議論の世代に対しても、何らかのアクションになり得ると思います。


それともう一つ、会場ビルの入り口に貼ってあるポスター(?)ですが、これって情報----会場の階数とか場所とかが書いてない----を整理していろんなところに貼るべきじゃない? 南洋堂に貼らせてもらうとか、都内のギャラリー(ふつうのアートギャラリー)に送りつけるとか(DMも)、そういうことがあっても良いと思います。あの手の出たデスクトップのビジュアルイメージは、いろいろな種類の人を呼び寄せる力があると思います。


ほんとは25日の打ち上げで提案したかったんですが、行けないのでここに書いておきますね。


yamasaki


2008年03月14日

建築の教育、設計の教育

それにしても、我ながら、前回の日記は最後のところでずいぶん身勝手なことを書いてしまった気がします。お前はただのマニアな観客だろと、胸ぐらつかんで言ってやりたいです。

とはいえ、今仕事で建築教育(ただし大学)の特集の一部に関わっているので、どうしてもいろいろと考えてしまう。先週も取材で、3月6日に難波和彦さんに会いに東大に、7日には石山修武さんに会いに早稲田に行った。この二大学では、調布市のコンペで学部生が競作したり、合同ゼミを計画したりと、大学間の垣根を越えた設計教育に取り組んでいる。だから大学ごとのキャラの違いがきっと表れるに違いないと思ったからだ。

難波さんのお話で気づかされたのは、東大の公開講評会が教員主導であったこと。考えてみれば講評会なんだから、教員主導であるのは当たり前なのだけど。とにかく、東大以外の、しかし一流どころによる評価軸を持ち込むことで学内の評価を相対化し(最優秀賞以外がすべて個人賞である点も、評価軸の多様性を担保していると思う)、教員も学生もそのずれを目の当たりにできるという、きわめて教育的配慮に満ちたイベントだ。言い換えれば、大学の設計教育の一環だと言える。しかも学生はスーツを着て、安田講堂という徹底的に祝祭化された空間でプレゼンテーションを行う。いち社会人を育てるための設計教育とでも言うべきか。

一方、石山さんのお話は、とても射程範囲が広い、飛距離の長いものだった。「海外に出ろ」ということと、建築以外の余計な知識(教養)を大事にしろということ。海外に出て戻ってこないぐらいで良いんだ。それこそ国際化だよね?とか。また女性など、社会的なマイノリティが爆発する瞬間に期待しているようだった。建築ガールズが、カワイイとは別の視角から捉えられていた。一方で、早稲田の学生の、学生時代における「旬」など、ほろ苦い話も伺う。いずれにしても、建築は教養の束だという主旨の発言を聞けたのは良かった。

ちなみに、20代の頃学外で最初に講義したのが京大だったそうで、「大教室なのに学生が5人しかおらず、コンチクショーと思ったよ(笑)」という。でもそれ、たぶん、たぶんていうか間違いなく、石山さんが京大生に人気なかったとかでは決してなくて、先生1人に学生5人って京大的には普通のできごとだったんじゃないか(今はそんなことないと思うけど)。数年前に研究室(教育)で川本三郎さんの集中講義を受けたときも、確か受講生10人ぐらいだったなと思い出す。

二つの大学と、8日の修士設計展、9日の卒計展を見て思うのは、建築の教育と設計の教育が、別物として考えられている(あるいはねじれて繋がっている)のではないかということだ。しかも、在学中に受ける設計教育はある意味でどんどん標準化され、逆にその分(その分?)、多様な評価を受ける機会が積極的に設けられている。各地の公開講評会や、何よりせんだいをはじめとする数々の卒計甲子園がある。京都の合同展は教員ノータッチだし、せんだいも学生会議がリードしているから、東大の公開講評会や、全国修士設計展の状況とは違う。つまり、大会自体もさまざまな評価軸を体現している。み江さんは、「わかものは言葉との距離感に悩んでいるんじゃないか」と指摘する。うまく説明できないけど、どこかが繋がっているように思う。

12日はほぼ6年ぶりに大川信行さんにお会いして、またいろいろと示唆を受けた。で、要求工学という分野をはじめて知る。ほんとうに、知らないことがたくさんある。そこに、2月23日のアーキフォーラムでお話しいただいた宮沢章夫さんの議論と、3月5日に見たチェルフィッチュの舞台がふいに重なってくる。そういえば、アーキフォーラムの二次会では、宮沢さんと延々スタディについて議論していたのだった。また考える。

yamasaki

2008年06月05日

BUILDING Kを見た

5月31日にBUILDING Kを見ることができた。1階がテナント、2〜5階が住居。ガラス張りの1階に、4本の構造体が立ち上がっている。これらの構造体は5階まで達しており、5階以下のフロアはこの構造体から吊り下がっている。さらに、この4本の構造体には設備系統がすべて収納(内蔵)されているという。

その建ち方が小気味よい。高円寺駅を南口に降りて、雑多な商店街を通る。たしか、この通りの先には佐藤修悦さんが展示をした古着屋さんがあったはず。一言で「高円寺的」と言われてしまうような通りだ。ファーストフード、風俗店、飲み屋、コンビニ、古本屋、BUILDING K。中央線快速ホームからも見えるのだが、通りを歩くといっそう面白い。 次々と通りすぎる小さな店舗の少し上あたりに、少しずつビルの上階が見え隠れする。高さがばらばらだから、山のシルエットに近い。この第一印象がとてもよい。よい、というか、腑に落ちる。そして建物の前に差し掛かると、引きを取って建つ大きなガラス壁が突然目に飛び込んでくる。ぱっと見ると、巨大なガラスの空間が上の大きなビルを支えているようにも見える。それはありえない建物だ。ただ、瞬間的に「ありえないもの」として見えるために、この建築がとてもチャーミングなものに思えた。

既存のまちなみの雑多さを複雑化することなく、しかしすでに見事になじんでいる。

たぶんこの1階には、ドラッグストア的なテナントが似つかわしいのかもしれない。路面は、ファーストフード、風俗店、飲み屋、コンビニ、古本屋、ドラッグストアと変化する。生れるのは日本の商店街のきわめて日常的な風景に見える。しかし、それは、つくり直されたものだ。新たな意味を押し付ける(あるいは声高に提案する)のではなく、まちがもともと持っている文脈から外れない建築によって再構築された、新しい都市の風景だと思う。

それは、「よくある建物」という意味ではもちろんない。既視感はなく、しかしまちにフィットした建築(しかも新築の)が建っている。まちの文脈が流れ込む血管を太く鍛え上げて、都市的欲望との終わらない闘いに耐え抜く建築がつくられたと思う。

--

でも、質問してみたい箇所もあります。プランニングと構造ではない部分についてです。

まず、共用部について、藤村くんがどうやってあの内装にたどり着いたのか、知りたいです。5階以下の共用部の床は、どういう経緯で黒いゴムチップの床になり、天井の高さが決まり、壁の塗り方や階段のあり方が決まったのでしょうか。あるいは決めたのでしょうか。内装や素材の話はこれまであまり聞いたことがないので、どう考えているのか、いちどお聞きしたいのです。めんどくさい質問ですみません。

もうひとつ細かい話ですが、設備が詰まっているスペースは非常に見栄えがよかったのですが(手前のメーターボックスに入る検針の人もらくちんだろうし)、あそこに入る扉だけが、共用部におけるガラス扉(しかも大きなガラス)であるために、やけに個性的に見えました。それはまるで「マシーンさん」の部屋のような、ある種の人格を帯びている印象さえ受けました。外に見せないように設備を収めたのなら、なぜ住民が見えないようにしなかったのか、少し不思議でした。そこで、なぜそのような扉なのかをお聞きしたいです。

yamasaki

2008年08月04日

5〜6月に見たものなど

さて、しばらく経ってしまったが、6月14日をもって東京を引き払い、(転勤で)京都に戻った。家族としては長く、仕事としては短い1年3カ月。個人としても、round about journalのフリーペーパーやイベント、箱展で仕事をさせていただいたこと、アーキフォーラムで魅力的なゲストにお越しいただいたことなどなど、この期間は短いながらも非常に濃密な時間だった。できなかったこともまたたくさんあります。京都で生活を仕切り直して、また楽しく建築とつきあっていきたい。

前回の更新以後見たもののメモ。5〜6月の出来事は、ずいぶん前のことのように思う。

まず、「中村竜治展」(08/5/22、OZONE)が素晴らしかった。入り口にあった箱展「insect cage」の美しいスタディ模型群に、あらためてほれぼれと見入った。
 さて、展示空間に入った最初に感じたのは、「写真と同じように白い」ということだ。だがもちろん、写真と実体験が同一であるという意味ではまったくない。写真は視角として白く、空間は経験として白い。スペースいっぱいに充満する白い光。数十枚の薄いクロスが天井から吊り下げられ層をなし、内側から大きな「かまくら」のようにえぐられ、一つの室が生まれる。クロスの素材感と、鋭利な刃物で掻き取らられたかのようなカーブが、絶妙にマッチしていた。
 一方で、えぐられて室内となった空間が、とても暴力的で唐突な現れ方だなとも思った。ある日突然、未知なる空間のただ中に放り出されたかのような経験だった。注意深く見上げると、展示の外側遠くに、天井面に走る規則的なグリッドが見える。天井面とクロスをつなぐテグスが見え、きわめて美しい収まりであることもわかった。吊られたクロスの裁断面が繊細にコントロールされており、そのエッジの表情が、空間の印象を決定づけているのだろうと思った。

 「バウハウス展」(芸大美術館)も面白かった。展示中盤の、学生たちが授業で提出した課題作品が興味深かった。眺めていると、同じ学生の名前が何回か登場している。ひとりの学生が異なる課題に対応し、そこに作風らしきものを感じることができる。ほんの短期間のバウハウスの輝きを、時代状況と重ねて知るのは愉快なことだ。

 そして、「ピーター・メルクリ×青木淳 建築がうまれるとき」(東京国立近代美術館)。キュレーターの保坂さんの慧眼というほかない好企画だと思う。青木さんはたくさんの模型を並べ直して、ひとつの建築がつくられていく様を展示。観客は文字通り紆余曲折しながら、思考の痕跡を目の当たりにすることになる。一方メルクリさんは、基本的にスケッチの展示。一群のスケッチは、隣接するスケッチ同士で微妙な差異を持ち、そのズレが、隣接する二枚の絵の間にある途方もない時間(長短とは関係ない)の存在を教えてくれる。
 対照的な展示方法も面白い。動線化された青木さんの展示に対して、メルクリさんの展示は一つ一つの作品に対峙することが要求される。会場構成を担当した西澤徹夫さんによると、入り口から一番遠い、一番奥の壁には一切展示をしたくなかったそうだ。
 なるほど、展示スペースを埋めようと思えば、白いままで残しておくのはいかにももったいない。しかし、真っ白なままの壁の前を歩いて、展示の続きを見に行こうとすれば、また青木さんの展示も見、一旦立ち止まると、展示室の一番奥から入り口付近を遠くに見やることになる。すると突然、展示スペースをひとつの空間として感じられる。ようやくメルクリさんの模型に辿り着いたときには、模型やスケッチが生み続ける差異を見つめ続けるという、不思議な快楽の虜になってしまう。絶妙な構成だと思った。
 それにしても、近美会館以後、なんと4つめの建築展だという。直近が「ポストモダン建築展」だったこと、回数の少ないこと、そして今回が青木×メルクリだったことなどを考えあわせているうちに、呆然としてしまった。

 最も近い時期に見た、世田谷美術館の「石山修武展」も良かった。特に、ドローイングのすばらしさが記憶に残って仕方がない。偶然聞けた、川合健二を語った連続講義も面白かった。丹下さんが与えるほんのわずかな設備スペースに込められた天才の発想。自由とは何か、と考えざるを得ない。さらに、昨日の新日曜美術館も興味深く見ることができた。今思うと、3月にインタビューして以来、石山さんが語る建築が頭から離れてくれないことに気づく。

 他にも、ROUND ABOUT JOURNALVol.8公開収録@神戸芸工大や、北海道で五十嵐淳さんにお会いしたこと、アーキフォーラムで1年間ぶっ続けでいろいろな方のお話をお聞きしたこと、藤村くんが返答してくれたBUILDING Kのこと、「批判的工学主義」を僕がどう考えているかなど、ここ数週間は考えごとをする機会が多い。

yamasaki


About yamasaki

ブログ「round about journal」のカテゴリ「yamasaki」に投稿されたすべてのエントリーのアーカイブのページです。過去のものから新しいものへ順番に並んでいます。

前のカテゴリはjournalです。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。